苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

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Q-148191019/20 鹿児島セミナーレポート -05;心身が万全(=健康)とは?

 

201910月に、鹿児島県鹿児島市(191019)と霧島市(191020)で、一般向けのコーチングセミナーを開催しました。両会場ともテーマは「万全の心身で“今”を生きる」。

ぜひ「人生の最終段階(End of Life Stage)でのゴール(機能・役割)」についてイメージしながら読み進めてください。

 

 01;セミナー概要

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22818842.html

 02;「未来からの時間の流れ」~未来をうみだすものは?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22896681.html

 03;「時間の流れにのる」~時間の流れにのった結果、到達するのはどこ?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22979265.html

 04;「万全の心身」~心と身の関係は?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/23037529.html

 05;「万全の心身」~心身が万全(=健康)とは?

 06;「“今”を生きる」~“今”とは?

 07;「“今”を生きる」~生きるとは?

 08;「“今を生きる」~“今”を生きるために必要/重要なことは?

 

 

05;「万全の心身」~心身が万全(=健康)とは?

 

 セミナーのテーマは「未来からの時間の流れにのって、万全の心身で“今”を生きる」。

時間の流れの源である未来をうみだすものはゴール。その流れにのった結果到達するのは「空(くう)」のはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 そして、「万全の心身」の心と身(体)は同じもの。同じものの抽象度の違いです。よって、心だけ、あるいは身体だけの健康というものはあり得ないといえます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

ということは、人は老いとともに健康を失うのでしょうか?

 私の答えは、半分はYes、半分はNo

 

 まずはWHOWorld Health Organization、世界保健機関)の「健康」の定義を確認してみましょう。1946年のWHO憲章を補足する形で、1998年に以下のような新しい提案がWHO執行理事会で採択されています。

(その後のWHO総会では採択が見送られました。詳細は下記記事で↓)

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859675.html

 

 Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual, and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

 

 健康とは、身体的に、精神的に、スピリチュアル的に、そして社会的に、完全に良好な(満たされた)ダイナミックな状態であり、単に病気がないとか、弱っていないということではない

 

 物理空間には物理法則という厳格な因果律が働いています。それはいわば実存のためのルール。「生」とともに物理空間にあらわれた生命という情報現象は、その因果律に従って「老」い、その過程で多くは「病」み、そしていつか必ず「死」を迎えます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14106619.html

 

 例えば、病原体と戦う免疫力は20代前半が最盛期です。その頃を100%とすると、40歳前後で50%70歳で10%と低下していきます。時の経過とともに、私たちは確実に死に向かって老いていくのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21245972.html

 

 つまり、年齢とともに「完全に良好な(満たされた)ダイナミックな状態」ではなくなっていくのですから、「人は老いとともに健康を失うのか?」という質問に対する答えはYesとなります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859828.html

 

 だから私は、苫米地式のコーチおよびヒーラーとして、「健康とは“状況”にふさわしい状態」と考えるように勧めています。身体でいえば、「年齢相応の状態」であれば健康というように。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859896.html

 

 ただし、年齢などの因果律を考慮するべきなのは物理空間上の身体のみです。大切なことなので繰り返しますが、心と身(体)は同じものです。同じものの抽象度の違いにすぎません。物理空間にあらわれた時の身体は物理因果律に従いますが(だから年相応で健康)、情報空間では物理因果律は関係ありません(よって質問の答えは半分No)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654230.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654316.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831442.html

 

心に年相応という言葉はまったく不要! いつまでも“青春”でかまいません !!

反対に“青春”のままだからこそ、いつまでも気持ちは若々しく、体も元気でいられます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7554483.html

 

 では、どうすれば“青春”でいられるのでしょうか?

 

 答えは「ゴール」。それも現状の遥か外にある「とびっきりのゴール」です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 つまり、「心身が万全(=健康)」とは、止められてもやりたいような心から望むゴールがあり、その実現のためにエネルギーと創造性を爆発させている状態のこと。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19033189.html

 

 コーチングプリンシプル「夢をかなえる方程式 I×V=R」で現実化するものは、「ゴールとして想像(創造)した未来」だけではありません。挑み続ける過程でますます“元気”になる「万全の心身」も含まれているはずです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

Q-149につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 本文中のリンク記事で“青春”を体現されている偉大な先輩たちを紹介しています。もう一人御紹介いたします。かつて院長として働いていた病院に在籍されていた大先輩医師です。

その先生と場を共有するたびに、私はサミュエル・ウルマン(1840~1924年)の詩を思いだしていました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7030948.html

 

YOUTH(青春)

青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ。

若くあるためには、創造力・強い意志・情熱・勇気が必要であり、

安易(やすき)に就こうとする心を叱咤する冒険への希求がなければならない。

人間は年齢(とし)を重ねた時老いるのではない。理想をなくした時老いるのである。

歳月は人間の皮膚に皺を刻むが情熱の消失は心に皺を作る。

悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消滅させ、

雲ひとつない空のような心をだいなしにしてしまう元凶である。

六十歳になろうと十六歳であろうと人間は、驚きへの憧憬・夜空に輝く星座の

煌きにも似た事象や思想に対する敬愛・何かに挑戦する心・子供のような探究心・

人生の喜びとそれに対する興味を変わらず胸に抱くことができる。

人間は信念とともに若くあり、疑念とともに老いる。

自信とともに若くあり、恐怖とともに老いる。

希望ある限り人間は若く、失望とともに老いるのである。

自然や神仏や他者から、美しさや喜び・勇気や力などを感じ取ることができる限り、

その人は若いのだ。

感性を失い、心が皮肉に被われ、嘆きや悲しみに閉ざされる時、人間は真に老いるのである。

そのような人は神のあわれみを乞うしかない。

サミュエル・ウルマン 「80歳の年月の高見にて」より 

 

 

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Q-064~:認知的不協和と頭痛(ヒーリングとコーチングの関係)

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WHO 健康の定義
 

PMⅠ:The Power of Mind

PM-04苫米地理論で見える医療・福祉現場のスコトーマ

PM-04-01WHO(世界保健機関)の「健康」の定義

 

 この章(第四章)では、医療・福祉現場での常識や取り組みを御紹介しながら、苫米地理論で考察していきます。

 

 

WHO(世界保健機関)の「健康」の定義

 

 外来診療中に「健康でいたいですか?」と伺うと、ほとんどの方々が「はい」と答えます。

 

たまに「いいえ」と答える方もいらっしゃるのですが、詳しく伺うと、「もう十分に生きた」か「子供に迷惑がかかるから」がその理由であることがほとんどです。

やりたいことを新たに見つけ、子供に迷惑をかけない安心があれば、「いつまでも健康でいたい」がやはり本音のようです。

 

 興味深いのは、健康の定義の個人差が大きいことです。

同じような症状であっても、「年を考えるとこんなもの」という理解で自身を健康と捉える人もいれば、「昔はこんなことはなかった」という理由で不健康と捉える人もいます。あるいは、健診の検査でまったく問題はなく、日常生活にもなんら支障をきたしていないのに「自分は不健康」と信じて疑わない方もいます。

冗談みたいですが、健康であることを伝えると「そんなはずはない」と怒りだす方もいらっしゃいます。

 

 一体、健康とは何なのでしょうか?

 

 WHOWorld Health Organization:世界保健機関)は、健康を基本的人権の一つと捉え、その達成を目的として設立された国際連合の専門機関です。19467月に署名されたWHO憲章において、健康は次のように定義されています。

 

Health is a state of complete physical, mental, and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

 健康とは、身体的に、精神的に、そして社会的に、完全に幸福な状態(満たされた状態)であることであり、単に病気がないとか、弱っていないということではない

 

 「病気があると健康ではない」「弱っていると健康ではない」という定義でさえ厳しく感じられますが、さらに「身体的」かつ「精神的」かつ「社会的」に、「完全に幸福な状態」です。

この定義どおりに解釈すると、健診で異常がなく同年代と比較しても十分に元気そうに見える人が、自身を「健康ではない」と評価することはもっともであるといえます。

 

さらに1998年には次のような新しい提案がなされ、WHO執行理事会で採択されています(ただし、その後のWHO総会では採択が見送られているそうです)。

 

 Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual, and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

 

 最初の憲章に、さらに「dynamic」と「spiritual」が加わりました。「dynamic」には「静的に固定した状態ではなく、健康と病気は連続した状態である」という意味が込められているそうです。

 

新たに提案された憲章では、健康とは、「身体的」かつ「精神的」かつ「スピリチュアル的」かつ「社会的」に、「完全に幸福なダイナミックな状態」です。

 

 簡単にいえば、WHOの定義では、「健康」とは「満たされた状態」であり「幸福」です。さらにそれらが「完全な状態」です。

74億人の人類において、あるいは人類史において、この定義(「完全に満たされた幸福な状態」)を満たす“健康”な人は、いったい何人いるというのでしょうか?

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

WHO 健康の定義


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