苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

タグ:自由

L-01020201月シークレットレクチャー -10;記憶でつくられる「思い込み」が自由を奪う

 

20201月にコーチ向けのレクチャーを行いました。守秘義務を結んだ上で行う3回の講義の初回。メインテーマは「スピリチュアルペイン」で、初回のサブテーマは「○○」。

その講義内容をブログ用に再構成してお届けします。

ぜひサブテーマを想像しながらお読みください(漢字二文字ですw)。スピリチュアルペインやトータルペインは過去のブログ記事でも取り上げていますが、きっと新たな発見に驚くはずです。

 

 01;「全人的苦痛(トータルペイン)」と「4つの苦痛」の関係

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24505924.html

 02;身体的苦痛

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24553696.html

 03;身体と心は○○○○ -前編-

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24575354.html

 04;身体と心は○○○○ -後編-

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24617501.html

 05;「4つの苦痛」と健康(well-being)の関係

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24642277.html

 06;「4つの苦痛」(部分)どうしの関係

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24682654.html

 07;スピリチュアルペインとは?

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24706915.html

 08;スピリチュアルペインへの対処は、いつから、どこで、行われるべきか?

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24746334.html

 09;抽象度の高い視点により混沌(カオス)からシンプルな法則を見いだす感覚

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24767587.html

 10;記憶でつくられる「思い込み」が自由を奪う

 

 下記の言葉はノーベル平和賞受賞作家 エリ・ヴィーゼルによるものです。

「抽象度の高い視点により混沌(カオス)からシンプルな法則を見いだす感覚」をぜひ感じてください。それは「絶望の中で見いだした希望が育て、自身を導くゴールが磨き上げる“光”」に触れるような体感です。

 

 

 愛の反対は憎しみではない。無関心だ

 美の反対は醜さではない。無関心だ

 信仰の反対は異端ではない。無関心だ

 生の反対は死ではない。生と死の間(にあるもの)への無関心だ

 

The opposite of love is not hate, it’s indifference.

The opposite of beauty is not ugliness, it’s indifference.

The opposite of faith is not heresy, it’s indifference.

And the opposite of life is not death, but indifference between life and death.

 

 

 ヴィーゼルは「生の反対は死ではない。生と死の間(にあるもの)への無関心である」と語っています。では、なぜ無関心となってしまうのでしょうか?

 

 

 私の答えは「自分に対する評価が低いから」。そして、「(その結果として)未来の重要度が下がっているから」です。それを一言にすると「エフィカシーが低いから」。エフィカシーとは、「自分のゴール達成能力の自己評価」のことです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5616012.html

 

 ところで、サーカスなどでゾウを飼いならす方法を御存知ですか?

 

子ども(小ゾウ)の時期に、足につないだ鎖を杭に結び付け地面に打ち込むのだそうです。小ゾウの力では杭を引き抜くことはできません。その状態が続くと、ゾウは鎖が届く範囲でしか行動しなくなります。コンフォートゾーンの完成です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

 

成長に伴い杭を引き抜く力を手に入れても、ひとたび杭につながれたなら、ゾウはその範囲でしか行動しなくなります。「思い込み」がゾウの自由を奪うのです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 

この話が本当かどうかはわかりませんが、「思い込みが自由を奪う」というのは、私たち人間にとっては極めて切実な問題です。なぜなら、大脳(とくに前頭前野)が発達しているため、情報空間に強い臨場感を感じることができる(感じてしまう)から。より強い「思い込み」が可能になったことで、ますます自由が奪われやすくなっているといえます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

 情報空間上の“あるイメージ(I)”に強い臨場感を感じると(V)、そのイメージはやがて現実化していきます(R)。それをプリンシプル化したものが「夢をかなえる方程式 I×V=R」です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

 これは希望に満ちあふれる真理ですが、その一方で人を絶望の淵に追いやる事実でもあります。「I×V=R」が示していることは、「イメージ(イマジネーション)の限界が、その人の限界になる(である)」ということだから。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/17985750.html

 

 

自分の限界とは、自分のイマジネーションの限界のことである

 

 

これはコーチングの祖 ルー・タイス氏の言葉です。

過去の何らかの体験または情報の記憶が、私たちの心の中に「思い込み」を形成します。そして、その思い込みがスコトーマを生みだし、例えば杭など簡単に引き抜けるといった“本当の力”を隠してしまいます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

しかも、人の場合、「思い込み」を生みだす記憶とは“失敗”です。情動を伴った辛い記憶が自らを縛りつけていきます。そして、縁起のつながりの中で、ますますお互いを縛りあってしまうのです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13397552.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12794797.html

 

 認知科学者 苫米地英人博士は、ルー・タイス氏の言葉を下記のように言い換えていらっしゃいます。

 

 

人間の限界はイマジネーションの限界がつくる

イマジネーションによって人は限界を作り、それを壊すことで新しい世界を獲得していく

 

 

 その「限界を壊すこと」はゴール設定からはじまります。1)100%want toで、2)自分中心を捨てながら、3)“現状の外”にゴールを設定(再設定)していくことで、限界を超えていくことができます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 そして、その積み重ねこそが「生と死の間(between life and death)」を明らかにしていきます。なぜでしょうか?

 

L-011につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 アジアゾウのトプシー(Topsy)を御存知でしょうか?

 

 …1875年頃に東南アジアで生まれ、アメリカに密輸された後にサーカスで育てられた象です。

 子どもの頃からの虐待のストレスが原因なのでしょうか、3人の調教師を含む数名を殺したとされています。虚栄心が強いオーナーにより公開処刑が企画され、毒を食べさせられ、電気を流され、最後は首を絞められ殺されました(190314日)。

 その様子をエジソン・スタジオが動画撮影し、「ある象の電気処刑」というタイトルで公開しています(なんと、wikipediaで動画を確認することができます)。

 

 ちなみに、「トプシー(Topsy)」という名は、米国の小説「アンクル・トムの小屋」に登場する奴隷少女の名から名付けられたそうです。

 

 自由を奪う「思い込み」は自身の心の中に生まれるだけでなく、社会の中に広がりお互いを縛り合います。バイオパワー(生権力)です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_292569.html

 

この逸話の根底にある思い込みとは「差別」でしょう。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14249741.html

 

 表面的なコーチングスキルにより個人が自由を手にするだけでは足りません。

縁起をしっかり理解した上で、空仮中の実践として自らコーチングを行い、縁起空間にしっかりコーチングをひろげていくことが重要なのだと思います。

その先に戦争と差別のない世界がある

だから私は、「縁起の理解」と「空仮中の実践」こそが苫米地式の真髄だと思っています。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 

トプシー(Wiki.)

処刑場への橋を渡るのを拒み、報道写真家や見物人に取り囲まれるトプシー

Wikipediaより

 

Q-171:自身の信念を失いそうです vol.3;コーチング実践者向け -後編-

 

 メールでのやり取り中に気になる表現を見つけました。コーチング入門者向け(vol.1)と実践者向け(vol.23)、そしてコーチ向け(vol.4)に分けて考察します。

 (プライバシー保護のため一部変更しています)

 

 vol.1;コーチング入門者向け

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24385304.html

 vol.2;コーチング実践者向け -前編-

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24425213.html

 vol.3;コーチング実践者向け -後編-

 

 憐れみと同情の違いは?

 「共感する能力」はゴール達成の秘訣 その理由は?

 

 以下、認知科学者 苫米地英人博士の「『感情』の解剖図鑑 仕事もプライベートも充実させる、心の操り方」(誠文堂新光社)より引用(青色)し、コーチング実践者向けに解説します。前回(Q-170)のつづきです。

 

人類は共感によって進化し、生き延びてきた

 人間が種として進化し、存続することができたのは、共感する能力があるからです。もしそれがなければ、人が力を合わせて物事に取り組んだり、さまざまな技術を受け継いでいったりすることはできなかったでしょう。

 もちろん人間以外の動物にも、ある程度の共感能力はあります。群れをつくり、お互いを守りあったり、力を合わせて獲物をとったりするのは、「来るべき危険に備えよう」「今日の食べものを手に入れよう」といった、未来に対するなんらかの想定を、共通認識として持っているからです。

 ただ、高度に情報化された空間を共有するためには、やはり前頭前野が発達した、進化した脳が必要です。「ネットや本、テレビなどで知った、見ず知らずの人の不幸な境遇や経験に同情する」といったことができるのは、人間だけなのです。

 

 「力を合わせて物事に取り組む」ことができるのはゴールを共有しているから。そして、「さまざまな技術を受け継いでいったりする」ことも、時間軸まで含めたゴール共有の結果といえます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 人間の種としての進化は、物理的“現実”世界だけでなく、その世界を写像として生みだす情報空間までをも臨場感豊かに感じることを可能にしています。つまり、ゴール自体が進化とともに高次元に移行しているのです(ここでいう「次元」とは「抽象度」のことです)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

例えば、飢えをしのぐこと(physiological needs)から安全を確保すること(safety needs)へと変わり、コミュニティの課題(social needs/love and belonging)からコミュニティ内での相互承認(esteem)へと移行していくというように。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9963845.html

 

 米国の心理学者 アブラハム・マズロー(1908~1970年)は、その欲求の階層の頂点に「自己実現(self-actualization)」があるとし、さらに晩年に「自己超越(self-transcendence)」を加えました。「自己実現理論」「欲求階層説」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9966391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10116950.html

 

 「高度に情報化された空間を共有する」ための「前頭前野が発達した、進化した脳」とは、「自己超越」の階層に属するものであるはずです。私は「“自己”の拡張こそがシンの共感を可能にする」と思っています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353425.html

 

 

 個人が生きていくうえでも、共感する能力が重要

 人が社会の中で生きていくうえでも、共感できる能力は重要です。もちろん、その方が、より円滑な人間関係を築きやすいというメリットもありますが、理由はほかにもあります。

 他者に共感できるということは、共感するべき仮想空間を選び、しかもその空間にホメオスタシスを築いて臨場感を持つことができるということです。

 たとえば、大切な人を失って悲しんでいるAさんに共感し、同情するためには、「大切な人を失った、Aさんの経験や思い」という仮想空間を選び、そこに臨場感を持つことが必要となります。映画や、テレビで観たスポーツ中継に臨場感を持つことができなければ、登場人物や選手に共感することもできないでしょう。

 そして、その能力は、現状の外に設定したゴールを達成するためにも必要です。「現状の外のゴール」という仮想空間を、臨場感を持ってイメージすることができて初めて、ゴール達成に向けての具体的なアイデアが生まれるからです。

 また、共感するべき仮想空間を選ぶ時間や、ホメオスタシスを築くまでの時間は、短ければ短いほどいいでしょう。仕事に集中したかと思えば、すぐに頭を切り替えて趣味に集中するなど、複数のゴールを同時に達成しやすくなるからです。

 

 前回の繰り返しになりますが、臨場感が現実を生みだします。その事実を方程式化したものが「I×V=R」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

 「『現状の外のゴール』という仮想空間」は、通常は認識することができません。スコトーマに隠れているから。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

 そんな認識さえできない何かをゴールとして設定し、しかもその達成のイメージ(I)を臨場感豊かに感じること(V)ができるようになるのは、コーチが存在するからです。コーチとの縁によってゴールはゆるぎない確信に変わり、やがて現実化していきます(R)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

ゴール実現の鍵となる「自分のゴール達成能力の自己評価」をエフィカシー(efficacy)と呼びます。エフィカシーが上がる(高まる)ほど、かつての“現状の外”は“あたりまえ”に変わっていきます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5616012.html

 

 

 他人に同情できるのは、素晴らしいこと

 共感する能力は、人類にさまざまな恩恵をもたらしました。たとえば、数学や物理が発達したのも、数学者や物理学者などが、その世界に強い臨場感を持ったからこそ可能だったのです。

 ただ、ルールを知らなければスポーツ中継を観てもまったく理解できず、臨場感が持てないように、数学や物理など、高度に抽象化された仮想空間に臨場感を持つには、基礎となる知識、教養が必要です。そして本来、大学では、そのための教育を行うべきなのです。

 なお、こうした知識・教養のことを、「リベラルアーツ」、つまり「人を自由にする学問」といい、古代ギリシャやローマでは、奴隷ではなく、自由人として生きていくために必要なものであるとされていました。

 同情という感情を持てるのは、素晴らしいことです。それは、他人に共感できるということであり、そのために必要な教養が身についているということであり、そして、自由に生きられるということだからです。

 

 苫米地博士は「高度に抽象化された仮想空間に臨場感を持つためには基礎となる知識や教養が必要で、そのために教育がある」と語られています。

 その教育の目的は「自由」!

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 

 

Q:現状、〇〇だけでなく様々な管理職としての葛藤を抱きながら、それらを省みる時間も日々の業務に追われるためできずにいて、自身の信念を失いそうになっております

 

 私は「様々な管理職としての葛藤」という言葉の中に、〇〇さん自身の「共感を伴う同情」を感じました。それは組織と〇〇さん自身をさらに高みに引き上げるきっかけとなるはずです。 

前頭前野をフル活用しながら、「ファイト・オア・フライト」を余裕で克服し、ゴールに向かって挑戦し続けてください。その過程で失う信念とは「過去」。

つまり、信念を失うたびに自由を得て、過去と決別するたびに未来の結果として生きることができるようになります。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542317.html

 

だから、「自分の信念を失いそうです」は全然大丈夫。肩の力を抜いて、気楽に楽しんでくださいw

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19980130.html

 

 

 次回、「共感」や「同情」について、コーチ向けに掘り下げます。

 

Q-172につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 臨場感について、いただいた質問を御縁に書き下ろしました↓

 Q-159~:臨場感が薄れても高い抽象度のゴールをイメージし続けるのでしょうか?

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404758.html

 

 

-関連記事-

 PM-05~:苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ(目次)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13077001.html

 

 

-告知-

 青山龍苫米地式認定マスターコーチと私 CoacH Tとのコラボ企画「Fight Coaching ProjectFCP)」がはじまっています(20206月~、月額制)。テーマは「マインド(脳と心)の健康」です。

 参加される皆さんの疑問・質問にもお答えする1年間の双方向(インタラクティブ)オンラインコミュニティの中で、徹底的に「マインドの健康」を追求したいと思っています。

一緒にさらなる“現状の外”へ飛びだしましょう!

(詳細は下記サイトで↓ FCPのみの受付は終了いたしましたが、青山コーチのコーチングクラブ2020に入会することで視聴できます)

http://aoyamacoach.com/fcp/

 

 

「感情」の解剖図鑑ver.2



F-154:チャリティーマラソンで走った人が走った分だけ募金するシステムはおかしい? <後編>

 

F-151で「同一労働同一賃金」について、そしてF-152(前々回)は「人事考課」について取り上げました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23454911.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23534604.html

 

 その流れで労働やボランティアについて考えている時に、「チャリティーマラソンで、走った人が走った分だけ募金するというシステムはおかしいのではないか?」という御質問をいただきました。

 皆さんはどのように感じますか?

 (Don’t think. Feel

 

 前編(F-153)は「個人の情報処理システム」、すなわちブリーフシステムという観点でまとめました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23604962.html

 

 ブリーフシステムとは、「人の行動や行動性向といわれる無意識の行動を決めるシステム」のこと。それは「強い情動を伴った体験の記憶」と「抽象化された情報の記憶」でつくられます。つまり、「私」は他人や社会の価値観で生かされているのです。過去に囚われたまま。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 

 過去の呪縛を断ち切り、本当の“私”を見いだすことができるのは、“現状の外”にゴールを設定するからです。自由を追求しながらゴールを設定することで、私たちは未来から過去に流れる時間を生きれるようになります。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542317.html

 

 ゴールとは、1)心から望むもの、2)自分中心を捨て去ったもの、3)現状の外側に設定するもの

 

「心から望む」ゴールの結果であるはずのモチベーションですが、いつの間にか「have to」になってしまうことがあります。前回の「募金ラン」のケースでは、「物理法則という秩序が働いているから(簡単に言うと疲れるから)」を理由に挙げました。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882609.html

 

 物理空間に対して情報空間では、より制約が少ない(小さい)感じがすると思います。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

しかしながら、むしろ情報空間の方こそ気を付けるべきです。個人の情報処理のミス(エラー、バグ)によりwant tohave toになってしまっているケースは多々あります。

 その場合、心のどこかに必ず解決するべき課題があります。

 (私自身は「F:不安・恐怖」「O:義務感」「G:罪悪感」に気を付けています)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13523715.html

 

課題は社会的なシステムエラーの場合もあります。

 とくに医療・介護現場で「want toだけすることが重要」といった話をすると、必ず「誰もがwant toだけやるようになったら社会は成り立たない」や「want toだけで生活できるなら苦労はしない」といった御意見(主張、claim)をいただきます。そこには私たちの社会が抱える課題が潜んでいます(と私は思っています)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12340209.html

 

「なぜランナーが自分で募金をするの」「チャリティーランってそういうことなのか?意味合い違くない?」「高橋尚子が走った分だけ日テレが寄付という形ならわかるんだけど」という疑問が生じるのとまったく同じ構図のはずなのに、すっかりスコトーマに隠れてしまっている「社会的システムエラー」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

過去のブログ記事(F-026S-04-12)で、ある精神科病院の院長が「外来に来るうつ病患者さん達と話していると、『この人達には薬を渡すより、お金を渡した方が効果があるのではないか?』と思うことがよくある」と発言されたことを紹介しました。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8430748.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23170992.html

 

 それは保健所が主催する精神科病院・クリニック院長が集まる会議での発言です。私自身は内科医ですが、精神科がある病院の院長を務めていたため、11年間その会議に出席し続けました。

 ある年、会議出席依頼の文書に「予算削減のため報酬がだせなくなりました」と書かれていました。報酬はだせないが大事な会議なので出席してほしいというのです。その保健所は31町を管轄しています。一番遠方の先生(“忖度”発言の院長!)は、往復3時間以上移動したうえ、2時間近い会議に参加することになります。それなのに無報酬です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040523.html

 

 それは「走った分自ら募金するランナー」と同じ構図です。本来は支払われるべき報酬分に加え、大切な生命時間も“募金”しています。社会のために。

実際のところ、超多忙の先生方ばかりなのに、ほぼ全員がその後も出席を続けました。

ちなみに、私が先生方を観察していて感じたのは使命感。そして、ゴールが生みだすコンフォートゾーンの共有です(それを心理学用語でラポールと呼びます)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

 

 COVID-19のおかげで多くの人が知るところとなりましたが、日本政府は「地域医療構想」を表看板とした病床削減政策とともに、保健所やその人員の削減も推し進めてきました。1992年には852か所あった保健所は、2019年には472か所にまで減らされています。実際、私が住む地域の保健所長は、別の地域の保健所長も兼務されています(計42町)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8584052.html

 

 そんな縮小・多忙化している医療・福祉現場をCOVID-19が直撃しました。

 日本病院会と全日本病院協会、日本医療法人協会が今年(2020年)65日に発表した「新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査(追加報告)」によると、今年4月にコロナ患者を受け入れた病院の医業利益の赤字割合は全国で78.2%、東京に限ると89.2%に上っています。

新型コロナウイルスに感染した患者を受け入れる病院ほど、現場は疲弊し(身体的苦痛)、バッシングに苦しみ(心理・精神的苦痛)、経営危機にさらされているのです(社会的苦痛)。東京女子医大では看護師400人が退職を希望していることが報道されましたが、この状況での退職は医療人の心に深い傷を刻むばかりか(スピリチュアルペイン)、地域医療崩壊を招きかねません。これは危機的状況(crisis)です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8293317.html

 

 日本国憲法第25条で保障された(主権者である)国民の人権を守り抜くために、そのような危機的状況を打破する責任を負っているのが加藤勝信厚労相と安倍晋三首相です。

その加藤厚労相は、参院厚労委員会(R2.7/2)における共産党 小池晃参院議員の「コロナ感染症対策の先頭に立っている病院が、今、危機に瀕しています」「7月下旬に振り込まれる診療報酬が6月よりもさらに減額となれば、これは資金ショートの危機に直面する。こういう状況に対する対策は用意されているか?」という質問に対して、「資金ショートにならないように当面の資金繰りをおこなうため、二次補正予算においては貸付限度額の引き上げ、あるいは無利子・無担保枠の引き上げをおこない、貸付原資として12700億円を確保しており、しっかり融資が行われるようにする」と答弁しました。

(一方、安倍首相は、国会閉会後記者会見や閉会中審査に姿を見せることはなく、2か月ぶりの会見で突然辞任を発表しました)

 

 病院の資金ショート対策としてしっかり融資が行われるようにする

 

 つまり、病院が自ら借金をしてしのげということ。

この「国民の命を助けたければ、ただ働きしなさい。借金をしなさい」という現状は、「走った分自ら募金するランナー」と同じ、いやそれ以上?の構図です。このような社会システム(およびそのシステムを生みだし維持・強化する思考)そのものがクライシスといえます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_395184.html

 

 前回お伝えしたとおり、私は「募金ラン」自体がおかしいとは思っていません。

しかし、それはあくまで「want to」で走っている場合。自らの意思により、物理空間の制約や心的負担をしっかりマネジメントしながら、無理なく走っている場合です。

 

 私が医療・介護現場で「want toだけすることが重要」といった話を行った際に必ずいただく「誰もがwant toだけやるようになったら社会は成り立たない」「want toだけで生活できるなら苦労はしない」といった御意見は、医療・介護従事者が「want to」で働いていないことを表しています。多くの医療従事者に同意していただけると思いますが、すでに現場は無理を強いられています。コロナ前から。

さらにいうと、それらの言葉は「want toで働けるはずがない」という諦めをも示しているのかもしれません。希望を失いかけているのです。コロナ後ますます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8045695.html

 

COVID-19は今までスコトーマに隠れていた「個人の情報処理のエラー」やその集合である「社会的システムエラー」を明らかにしました。

 今こそ、誰もがコーチングを学び、ゴール側からブリーフシステムをつくりなおしていく時!

自らの自由意思と責任で無理なく「募金ラン」を続けられる社会を実現することは、日本に続き超高齢化社会を迎える国々にとっても希望となるはずです。

そして、それは未来を明るく照らす光(HOPE)になります。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/11301259.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/11386276.html

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

 前回は苫米地博士の著書「テレビは見てはいけない 脱・奴隷の生き方」(PHP新書)を御紹介しました。その本を読み返しながら、あらためて「情報が書き換わると現実が変わる」ことを痛感しました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_386190.html

 

 

-追記2

 厚労省は安倍首相の辞任会見(R2.8/28)と同じ日に新型コロナウイルス感染症の対策パッケージを公表しました。それは「感染症法の入院勧告等の運用見直し」「検査体制の抜本的拡充」「医療提供体制の確保」「治療薬、ワクチン」「保健所体制の整備」「感染症危機管理体制の整備」「国際的な人の往来に係る検査能力・体制の拡充」の7本柱で構成されているそうです。

 首相会見後に緊急会見を開いた加藤厚労相は、「社会経済活動を停止させるのではなく、メリハリの利いた対策を効果的に講じることで、重症者や死亡者をできるだけ抑制する」と発言しています。

 

 

-関連記事-

    PM-00-04:苫米地理論で見える医療・福祉現場のスコトーマ(目次)

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    F-056~:「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」ことなのだろうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_277070.html

    F-146~:トリアージ(triage)をコーチの視点で考える

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_401494.html

    Q-100~:リハビリが必要な状態なのですが、病院からは「早めにでてほしい」と言われています。どうしたらいいでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_378316.html

 

 

日本国憲法第25条



F-153:チャリティーマラソンで走った人が走った分だけ募金するシステムはおかしい? <前編>

 

 前々回(F-151)は「同一労働同一賃金」について、そして前回(F-152)は「人事考課」について取り上げました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23454911.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23534604.html

 

 その流れで労働やボランティアについて考えている時に、「チャリティーマラソンで、走った人が走った分だけ募金するというシステムはおかしいのではないか?」という御質問をいただきました。

 

 テレビを見ない私は知りませんでしたが、今年(20208月)の「24時間テレビ43 愛は地球を救う」(日本テレビ)で、シドニー五輪女子マラソン金メダリスト 高橋尚子さんが発案した「24時間募金ラン」が行われたそうです。

 高橋さんを中心に結成された「チームQ」が、感染症対策として私有地内につくられた15kmのコース(スポンサー企業 日産自動車の追浜試走コース「GRANDRIVE」)を走り、1周走るごとにランナー自身が10万円を募金する企画だったといいます。

 高橋さんと5人のアスリートは計236kmを走破し、470万円を募金したそうです。

 

 ハフポスト日本版(8/23配信)によると、「なぜランナーが自分で募金をするの」「チャリティーランってそういうことなのか?意味合い違くない?」「高橋尚子が走った分だけ日テレが寄付という形ならわかるんだけど」など、走った人が走った分自ら募金するというシステムに対して疑問の声が寄せられたそうです。

 記事では「海外などで行われるチャリティーランで著名人などのランナーが走る場合は、一般から寄付金(募金)を集めてランナーを応援するという形が一般的だ」と紹介されていました。

 

 皆さんはどのように感じますか?

 (Don’t think. Feel

 

 

 では、苫米地式認定コーチとしての私の考えを述べます。

 

 まずは「個人の情報処理システム」、すなわちブリーフシステムという観点で。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 

 コーチングではゴールを人生のあらゆる領域に設定します。決して安くはない料金を前払いしたクライアントさんは、コーチング開始時には仕事(職業)のゴールにフォーカスしていることがほとんどです。その時、まず私が意識するのが仕事(職業)のゴールとファイナンスのゴールとの切り離しです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 認知科学者 苫米地英人博士は、「仕事(職業)とは『社会に役に立つこと』『価値を提供すること(生みだすこと)』である」とおっしゃいます。

資本主義社会においてその「役に立った」や「価値の提供」がお金に変わりますが、それはあくまで副次的・二次的なことであり、仕事(職業)の本質ではありません。

1.まず何らかの価値を生みだす(=仕事・職業)→2.その価値を金銭的価値に変換する(=ファイナンス)という関係です。

よって、金銭的対価のない仕事もありえますし、むしろお金を使う(支払う)職業があってもおかしくはありません。

ちなみに、11年間病院長を務め、その間に苫米地博士に学び始めた私は、「お金のモノサシをしっかりと切り分けて、『誰か(社会)の役に立つ』ために行動すること」がプロフェッショナルの最初の条件だと確信するようになりました。「何よりも儲けを優先する医者は医療のプロではない」と書くとわかりやすいでしょうかw

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268331.html

 

今回の「募金ラン」にはチャリティーという視点も含まれていますが、そのような仕事(職業)の本質を鑑みると、「ランナーが自分で募金をすることは決しておかしくない」といえます。

ただし、それは「100%want to」「止められてもやりたい」が大前提。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882609.html

 

最初は「100%want to」「止められてもやりたい」であったとしても、走り続けているうちにwant tohave toに変わります。物理空間には物理法則という秩序が働いているからです(簡単に言うと疲れるから)。

今回の「募金ラン」では、複数のランナーだったことと夜間は走らなかった(休息にあてた)ことが評価されているようです。反対にいうと、たとえそれが本人の望みだったとしても、これまでの無理強いされているような走り姿から、多くの視聴者がネガティブな“気”を感じ取っていたということなのでしょう(私は番組を見たことがなくわかりませんが)。

もう「努力」や「根性」の時代ではありません。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19980130.html

 

 物理空間に対して、情報空間には物理的な制約は働きません。だから、心はより自由に「100%want to」「止められてもやりたい」を楽しめるような気がしますが、じつはそう簡単ではありません。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 

 先程「たとえそれが本人の望みだったとしても」と書きましたが、「その『望み』は本当に『本人』のものなのか?」と問われたら、簡単にはYesといえないのです。

 「私」は本当の“私”なのか?

 実際、多くの人は過去に囚われたまま生きています。自由意思で生きているようでいて、じつは「無人運転」「自動運転」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_369873.html

 

 今回は「個人の情報処理システム」、すなわちブリーフシステムという観点で書いています。そのブリーフシステムは、「人の行動や行動性向といわれる無意識の行動を決めるシステム」のことで、「強い情動を伴った体験の記憶」と「抽象化された情報の記憶」でつくられるもの。

 つまり、「私」は他人や社会の価値観で生かされているのです。過去に囚われたまま。

 よって、たとえば「なぜランナーが自分で募金をするの」「チャリティーランってそういうことなのか?意味合い違くない?」「高橋尚子が走った分だけ日テレが寄付という形ならわかるんだけど」などと思ったなら、その思いの中に入り込んでいる他人や社会からの刷り込みを徹底的に吟味し、しっかり思考(思索)していかないといけないのです。

それが自由の必須条件です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14120540.html

 

 事実、ブリーフシステムにより、RASを通過する情報が決まり、スコトーマが生じています。目の前の世界は過去であり、他人や社会の価値観です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721658.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

私たちは常に封じ込まれ、閉じ込められています。そうとは知らずに。

よって、繰り返しますが、自身の思いの中に入り込んでいる他人や社会からの刷り込みを徹底的に吟味し、しっかり思考(思索)したうえで選択することはとても重要です。それが自由であり自己責任です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12794797.html

 

 

 次回は、抽象度を上げて、「社会システム」の観点でまとめます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

「なぜランナーが自分で募金をするの」「チャリティーランってそういうことなのか?意味合い違くない?」「高橋尚子が走った分だけ日テレが寄付という形ならわかるんだけど」という疑問が生じるのとまったく同じ構図のはずなのに、すっかりスコトーマに隠れてしまっている社会のシステムエラーを取り上げます。お楽しみに。

 

F-154につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 苫米地博士に学ぶようになって、私はテレビをまったく見なくなりました。ブリーフシステムが書き換わったからです。

 以下、博士の著書「テレビは見てはいけない 脱・奴隷の生き方」(PHP新書)から引用します(はじめに-テレビという「洗脳装置」 後半部分)。

 

 ちょっと前に「KY」(空気が読めない)という言葉が一時マスコミをにぎわせました。言葉そのものはあっという間にすたれてしまった感がありますが、いまでもなお、いえ、はるか昔から、「空気を読む」ことが日本社会では美徳とされてきたことに変わりはありません。

 しかし、「空気を読む」行為が、これほどまでに言葉の暴力と化して強制されるようになったのは、ここ最近のことです。「そのとき、その場の空気を読んで正しい行動をしなければならない」と、他人と同調することを最優先する価値観を日本人に植えつけてきたのが、まさしくテレビを筆頭とするマスメディアだったのではないでしょうか。

 テレビをはじめとするメディアの「洗脳」によって、自分が生きるほんとうの目的を見失ってしまったり、他人に植えつけられた価値観や目標に縛られている人が、いまの日本には圧倒的に多い。

 (中略)

 この世に、読まなければならない「空気」など本来ありません。

 他人という「ドリームキラー」の洗脳から脱して、本来の自分の目標に邁進する人が、本書をきっかけに一人でもふえることを願います。

 

 

テレビは見てはいけない


Q-134190919リスクマネジメント研修会(医療法人、鹿児島県)Q&A -13

 

 20199月、鹿児島県の医療法人にて、「リスクマネジメント」をテーマとした研修を行いました。タイトルは「すべてはマインド(脳と心)が生みだしている ~イヤな気持ちをエネルギーと創造性に変える科学的方法~」です。

 内容について御紹介し、いただいた御質問や御意見に対して回答いたします。

 研修内容はこちら(Q-122)↓

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21034051.html

 

研修後のアンケートにはたくさんのコメントをいただきました。ありがとうございます。

 アンケート結果概要(Q-123):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21141120.html

 

 いただいた御意見・御質問に回答いたします。今回から「もっと知りたいこと」です。

 

 

・ファイト・オア・フライトについて

・ファイト・オア・フライトの状態の相手をうまくなだめるできるだけ簡単で効果的な方法を知りたいです

 

A:四苦(とくに老病死)を実感しやすい医療・福祉の現場は、とくに「ファイト・オア・フライト」に陥りやすい場です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

 よって、そこで働く人々は、患者(利用者)さんやその家族はもちろん、自分自身や仲間のためにも、「ファイト・オア・フライト」を予防する(すぐにリカバーする)方法を習得するべきです。

 

 その最も重要なものは「ゴール設定」。この記事の最後(4つ下の回答)で取り上げます。

 

ここでは「できるだけ簡単で効果的な方法」をお伝えしましょう。その簡単な方法とは「笑顔」。マザー・テレサは「平和は笑顔とともにはじまる(Peace begins with a smile)」と語りましたが、それは紛れもない科学的事実といえます。

通常、視覚情報は脳の後方(後頭葉)にある視覚野に送られ処理されます。そして、記憶との照合や前頭前野での判断を経て、「それがなんであるか」が認識されるのです。ところが、その経路とは別に、視神経から扁桃体に直結する経路が存在することが明らかになっています。

扁桃体とは「ファイト・オア・フライト」のときに活性化している場。人間の場合、その扁桃体で相手の表情を読み取ることがわかっています。笑顔だとポジティブに、怒り顔だとネガティブに。つまり、笑顔はダイレクトに扁桃体に働きかけるのです。もちろんポジティブに。

ぜひ目の前の相手に対して微笑んでください。いつも微笑むことできる心境でいてください。それは「簡単だがとても効率的」な方法です。もちろん、あなた自身のためにも。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11294790.html

 

 

・イライラしないようにすること

 

A:イライラは決して悪いことではありません。それは(ゴールが生みだす)理想があるゆえに生じる認知的不協和といえるからです。「イライラ」という心のエネルギーを上手く利用することで、理想に向かって現状を改善することができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882652.html

 

 ただし、イライラは「ファイト・オア・フライト」のひとつの表現ともいえ、うまく大脳辺縁系から前頭前野優位に戻さないと(リカバーしないと)墓穴を掘ることになります。

 うまく前頭前野優位に戻すための「簡単だがとても効率的」な方法が「笑顔」。そして、最も重要な方法が この記事の最後(3つ下の回答)でw

 

 

PTSDについて(複数回答)

 

APTSDとはPost Traumatic Stress Disorderの略で、心的外傷後ストレス障害と訳されます。厚労省のHPには「生死にかかわるような実際の危険にあったり、死傷の現場を目撃したりするなどの体験によって強い恐怖を感じ、それが記憶に残ってこころの傷(トラウマ)となり、何度も思いだされて当時と同じような恐怖を感じ続けるという病気」と記載されています。

 厚生労働省>みんなのメンタルヘルス>専門的な情報>PTSD

 https://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_ptsd.html

 

私は「本当は誰もがPTSDに苦しんでいる」と考えています。みんな最初は被害者だからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21034051.html

 

 

・心の傷を解決する方法をもっと知りたいです

・理不尽度、興味あります

 

A:「もっと知りたい」「興味がある」とは重要度が高いということ。私たちは目の前の世界をありのままに認識しているわけではなく、知識があり(すでに知っていて)、重要度が高いもののみを認識しています。その他の情報はスコトーマに隠れ、認識にあがりません。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 その重要度は過去の記憶によりつくられていきます。その多くは他人や社会からの刷り込みです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 その過去や他人による呪縛から自らを開放する行為が「ゴール設定」。“現状の外”にゴールを設定することではじめて、本当の自分の人生を生きることができるようになります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 自ら設定したゴールに向かって生きていると、目の前の世界がすべてゴール達成のための大切なきっかけに感じられるようになります。スコトーマが外れ、ゴールに関係する情報をどんどん見つけていくからです。

そんな体験を繰り返すと、「すべてがつながっている」と実感するようになります。縁起の体得です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 目の前の世界はすべてゴール設定の結果 そのように無意識が納得したとき、理不尽度はなくなります。すべてが自分の選択だから、すべてが“自分自身”だからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 

 理不尽度ゼロはストレスフリーの状態。その時、人は真の自由を実感するはずです。真の自由とは、「自らに由る」という釈迦の教えに由来する自由。思考や行動の判断基準を自らに置いた心の状態のことです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 

 ぜひ自由に生きてください。自由に生きるほど、心の傷は癒えていきます。

 繰り返しますが、それはゴール設定からはじまります。そして、そのゴール設定は、自分の未来に興味と責任を持つことからはじまります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

Q-135につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

F-107:超実写版「ライオン・キング」で描かれた“超現実”を生きる極意 <後編>

 

 前々回(F-101~105)は、映画館での体験をきっかけに考えたことをまとめました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_380649.html

 

 今回も映画に関する話題です。2019年夏に公開された映画「ライオン・キング(The Lion King)」から得たインスピレーションをまとめます。

 前回(F-106)は“超実写”という言葉にフォーカスをあてて考察しました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19678238.html

 

…AERAのインタビュー中に「コンピューターでこれほどリアルな映像を作れるとなると、フェイクニュース動画も簡単に作ることができそうです。映像技術を極めたからこそ、これはやってはいけないと自分を律していることはあるのですか?」と質問されたジョン・ファブローは、「技術の進歩は誰にも止められない。でも技術で一番大事なのは人々を結びつける力だと思う。社会のいろんな問題も技術で解決できる。そういう技術の可能性に対する感受性や責任感を持つことが大事だと思う」と答えています。

 

 では、その感受性や責任感を持つために欠かせないこととはなんでしょうか?

 

 …答えはもちろん「ゴール」です。ゴールが目の前のすべてを生みだします。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7199706.html

 

 今回は、ゴール設定の際に重要になるあるポイントについて取り上げます。じつは、そのポイントとは「ライオン・キング」で描かれたテーマそのものでもあります。

 

 

 …「ライオン・キング」の監督 ジョン・ファブローは、MCU(Marvel Cinematic Universe)ではアイアンマン/トニー・スタークの運転手兼ボディーガード ハッピー・ホーガンを演じています。前回も取り上げたMCUの最新作「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム(SFFH)」では準主役級の活躍を見せていました。

 

 監督であり俳優でもあることについて質問されたあるインタビューでは、「僕にとっては監督も俳優も、どちらも同じ『ストーリーテリング』なんだよね」と答えています。

 

これは「監督」と「俳優」という違うもの(機能)を、ひとつ上の次元(LUB:Least Upper Bound、最小上界)で同じ「ストーリーテリング」という機能とみる視点であり、抽象度が上がっています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 「ライオン・キング」のストーリーも、ファブローのコメントと同じように、抽象度を上げることの重要性を訴えていました。

 

 (ここからネタばれを含みます。未視聴の方は、「…ところで、監督 ジョン・ファブローの~」まで読み飛ばしてください)

 

 幼い頃心に傷を負った主人公 シンバは、青年時代は自分にプレッシャーをかけずに、リラックスした自由な生活を楽しみます。合言葉は「ハクナ・マタタ(Hakuna Matata)」。スワヒリ語で「どうにかなるさ、くよくよするな」という意味です。

 そんな楽しい生活に幼なじみのナラが現れます。危機に瀕する王国を救うべく助けを求めて旅をしていたのです。逡巡したシンバでしたが、みんなのために運命に立ち向かうことを決意します。

 

 それは自分の役割・機能を自ら選択し(ゴール設定)、自身の意志で王という束縛に戻ったことを意味します。「ハクナ・マタタ」的な自由は失いますが、「自らに由る」という釈迦哲学における自由を得る行為といえます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 

 その時、シンバのマインドでは抽象度が上がりました。自分一人の幸せより王国全員の幸せを優先しているからです。それは個の存在を、より大きな存在の一部とみなすことでもあります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 そして、それはより大きなゲシュタルトをつくりあげること。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7383761.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13628437.html

 

 ゴールの抽象度を上げる!

 …そんな映画のテーマ(願い)が、主題歌のタイトル「サークル・オブ・ライフ(Circle of Life)」に込められています。

 

 そして、抽象度を上げることは、前回(F-106)の最後で触れた「情報を操作する(操作される)ことで、世界を書き換える(書き換えられる)」ことを悪用しない(させない)ための「感受性や責任感」の鍵となるものでもあります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

 

…ところで、監督 ジョン・ファブローのインタビュー記事で興味深いコメントを見つけました。以下、withnewsからの引用です(2019年8月5日配信)。

 

一人で生きているつもりでも、どこかで結局、関わってしまう。すべてはバランスなんだ。人生をストーリーだとすれば、そこには生や死、幸運も悪運、喜ばしいこともそうでないこともあって、我々はその両面にどうリアクションするか、常に問われている。
 大事なことは、サークル・オブ・ライフもハクナ・マタタもどっちもあって、それぞれ必要。だからこそ、「責任」「自由」のどちらかに偏ってしまうのは危ぶまれることだ。
 世界はみんなつながっている。テクノロジーによって、それはさらに狭くなった。この時代に、自分と他者との関わりについて、動物たちの物語をきっかけにぜひ、考えてみてほしいな。物語っていうのは、そういうことのためにあるわけだからね。

 

 …コーチングでいうと、職業や社会に対してのゴール(サークル・オブ・ライフ)も、趣味のゴール(ハクナ・マタタ)も、同じように大切にしてバランスをとるということ。

 

つまり、「ゴールの抽象度を上げることバランスホイールをうまくとることを両立させることが、“超現実”を生きる極意といえそうです。

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 「ゴールの抽象度を上げること」と「バランスホイールをうまくとること」

 …それを意識し続ければ、MCUでのファブローの役名のとおり“ハッピー”になれるはず!

 (もっとも、映画の中ではハロルド・“ハッピー”・ホーガンはいつも仏頂面でしたけどw)

 

 

-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_268332.html

 

 

ブログ・シリーズ編

S-02:自由に生きるために ~マナー、ルール、モラルについて考える~

S-02-17:洗脳ではなく教育であり続けるための大切な問い

 

 「マナー」「ルール」「モラル」は(議論を通じて出来上がった)誰もがよりよく生きるための約束事のはずですが、一方でお互いの自由を奪い合う装置として働きます。

ただし、その3つには明確な違いがありそうです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_292569.html

 

 このシリーズ編第2弾(S-02)では、自由に生きることをテーマに、マナーやルール、モラルについて考察します。ぜひ皆さん自身の自由について思いめぐらしながら読み進めてください(Don’t think. Feel!)。

 告知(I-030):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17320680.html

 S-02-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17563396.html

 

 

 過去3回の記事では「マナーやルールに潜む罠」について考察しました。

 罠-1http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19262882.html

 罠-2http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19370962.html

 罠-3http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19477029.html

 

 それらの罠にはまると自由を失います。そして、誰もが本来持っているエネルギーや創造性を徐々に奪われていきます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

 反対に、マナーやルールにとらわれることなく、自らの意志で設定(更新)したゴールに向かって生き続けると、自由を貫くことができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 

 その「ゴールに向かって自由を貫く生き方」こそが、前頭前野内側部の活性化を実現し、さらに抽象度を高めていくことを可能とし、そして、社会的情動の次元へと至る扉を開きます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

社会的情動の次元がコンフォートゾーンになると、ごく自然にモラルを堅持することができるはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

 S-02-13にまとめたとおり、「前頭前野内側部を活性化させながら抽象度をさらに上げていき、社会的情動(感性)の次元で生きる(生きようとする)」ことが、21世紀の人類にふさわしい生き方です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19152788.html

 

 そのような大切な生き方を次世代に伝えることが教育の重要な機能。そして、自らがそんな生き方に挑戦しながら子どもたちにしっかりと示すことが親や教師の役割です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 以下、苫米地英人博士の「現代洗脳のカラクリ」(ビジネス社)から引用します。

 

洗脳されることに慣れている私たち

私たちが批判的に物事を見ることができない理由は洗脳されることに慣れていることに起因します。

ここで、「いやいや、私はこれまで一度も洗脳されたことがない」と思ったら、要注意です。

事実はその逆で私たちは誰でも洗脳経験者ですし、洗脳されることで成長してきたと言っても過言ではないくらいなのです。

実は、私たちにとって最も身近な洗脳者は親であり、洗脳機関は学校です。

教育こそが私たちが最初に経験する洗脳になります。

覚えているでしょうか?

本書の冒頭部分で、「私たちは洗脳から逃れることは絶対にできないのです」と書きました。

それは私たちが洗脳されることによって人格を形成してきたからです。親からの洗脳、教師からの洗脳、社会からの洗脳によって私たちは人間社会における生き方を学んできました。

勉強しなさい。社会のルールを守りなさい。働きなさい。人には優しくしなさい、などなど。

こういったことが重要だと刷り込まれることで、私たちは社会生活を円滑に進めることができるようになります。人間社会のほうでも構成員の一人ひとりが社会のルールを覚えてくれることで初めて成り立ちます。

もちろん、これは悪いことではありません。

しかし、一人の人間をルールが遵守できるように仕立て上げることは基本的に洗脳と変わりません。

では、洗脳と教育を分ける境目は何でしょうか?

それは本人の利益になっているか、本人以外の第三者の利益になっているか、です。情報操作の結果が本人にとって利益となるのであれば洗脳とは言わず、教育となるわけです。

ただし、やり方そのものは教育も洗脳も大差ありませんから、私たちが洗脳経験者であることは動かしがたい事実なのです。

引用終わり

 

私たちは洗脳から逃れることは絶対にできない

 

 よって、親や教師は、「本当に本人の利益になっているか?」「本人以外の第三者の利益になっていないか?」と自ら問い続けなければなりません。

 その上で「抽象度を高める」生き方をその問いとともに伝授することができれば、子どもたちは自然に人間形成の階段を駆け上がっていくはずです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

マナーやルールに縛られることなく、100%want toで。自由を貫きながら、モラルに反することなく。

 

 (S-02-18につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-関連記事-

PMⅠ第五章「苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ」目次

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13077001.html

 

 

現代洗脳のカラクリ



F-092:無人運転と自動運転の違い ~シーサイドライン逆走に思う~:vol.4 <ワーク付き>

 

201961日、横浜市の新交通システム「シーサイドライン」の新杉田駅(同市磯子区)で無人運転の車両が逆走し、乗客14人が重軽傷を負う事故が発生しました。

 

「バラ色ダンディ」(東京MX、同63日放送回)に出演された認知科学者 苫米地英人博士は、この事故について「無人運転と自動運転が混同されている」とコメントされていました。

 

博士のコメントを考察してみました。シリーズでお届けします。

 Vol.1http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17722318.html

 Vol.2http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17868025.html

 Vol.3http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17985750.html

 

 前回(F-091)は、無人運転と自動運転の違いを人のマインドでの情報処理に置き換え、AIArtificial Intelligence時代にふさわしい生き方を考察しました。

 その生き方とは「ゴール設定でイマジネーションの限界を超え続ける」というものです。

 

 

人間の限界はイマジネーションの限界がつくる

イマジネーションによって人は限界を作り、それを壊すことで新しい世界を獲得していく

 

 

私たち人類は長い歴史の中で何度もイマジネーションの限界を打ち破ってきました。絶望的な苦難を新たなイマジネーションで克服してきました。

 

 AIが身近になった現代は、その驚くような演算処理能力を使って、ますますイマジネーションを現実化しやすくなっているといえます。かつての夢を実現できるのです。鍵は「自由自在なイマジネーション」。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 

 その「自由」を獲得することが教育の真の目的です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9034343.html

 

 ところが、実際は親や教育者自身の目的(利益)のために教育が行われているケースが目につきます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9672774.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9817539.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9817603.html

 

 それはhave toの押し付け。それでは子どもの潜在能力を引きだすことはできません。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

 さらに心を傷つける暴言や体を傷つける体罰などが加われば、生涯にわたって負の影響を与え続けることになるでしょう。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13523096.html

 

 

 人生が「無人運転」や「自動運転」で終わらないためにコーチングが必要です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17985750.html

 

 ゴール設定でイマジネーションの限界を超え続ける」ために、自由に生きるために、今すぐコーチングが必要です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 

 

 先日、早急にコーチングを導入するべきであることを示す事例がありました。親による子への体罰を禁止する改正児童虐待防止法の成立です。背景には“しつけ”と称した暴力により幼い命が奪われている社会病理があります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10114934.html

 

 「体罰を法律で禁止する」という考え方には大きな盲点(スコトーマ)があります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 以下の引用文(2018621日付 南日本新聞「南風録」より)を参考に、その盲点について考えてください。それが今回のワークです。

 

 

 引用開始

 「島津に暗君なし」といわれるほど、島津家歴代の殿様はすぐれた人物が多かったという。中でも中興の祖とされる忠良(日新斎、じっしんさい)は人格者で、自ら編んだ「日新公いろは歌」は薩摩武士の精神的支柱となった。

 そんな名君も幼少時はやんちゃだったようだ。勉強嫌いで、目を離すとすぐに遊びに行ってしまう。ついに教育係だった寺の和尚から柱に縛り付けられた。日置市の伊佐小学校に展示されている「日新柱」はその時の柱と伝わる。

 子をどう教え導けばいいか、いつの時代も大人は頭を悩ませてきた。今週成立した改正児童虐待防止法には、親による子への虐待防止がはっきりと書き込まれた。

 背景には幼い命が奪われた東京や千葉、札幌での虐待死事件がある。殴る、蹴る、食事を与えない。しつけとかけ離れた仕打ちの実態を聞き、親を選べない子の悲しさを思う。こんな悲劇をもう繰り返さないため、あらゆる手だてを講じるべきだ。

 どんな行為が体罰なのか、法は示していない。国は今後、ガイドラインを作って体罰の定義を明確にする。子育ての在り方を見直す議論を深め、体罰と決別する意志を共有しなければならない。

 日新斎を縛った和尚は未来の君主への仕打ちに対して、重い処罰を受ける覚悟を決めていた。子をしつける大人の真剣さを伝える逸話といえよう。ただし、今なら絶対に許されない体罰に違いない。

 引用終わり

 

 

 いかがですか?

 「体罰を法律で禁止する」という考え方に潜む大きな盲点(スコトーマ)を感じ取ることができましたか?

 

 では、私の考えを述べます。

 

 「体罰を法律で禁止する」は本質的な解決策(プラン)になっていません。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

 

医療・介護現場で用いられる概念「3つのロック」で例えると、体罰は「フィジカルロック」に相当します。それは物理空間で方向付けを行うものです。

 その体罰を法律で禁止するという行為は「スピーチロック」に相当します。それは情報空間での方向付けといえます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12794797.html

 

 結局、抽象度が違うだけで「方向付け」であることは変わりません。それでは自由を奪われ、have toを強いられ、エネルギーと創造性を封印されてしまいます。

それが私が感じた「大きな盲点(スコトーマ)」です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

解決するべき点は「方向付け」にあります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12808542.html

 

繰り返しますが、方向付けを他人に許すことは自由を奪われることです。他から与えられた自由なき人生でいくら頑張ったとしても、それは無人運転が自動運転に変わるくらいの違いでしかありません。

 

 重要なことは“自分”で方向付けを行うこと。

 教育の場合、子どもに“自分”で方向付けを行う術を教えること。そして、その実現のためにも親や教師自身が自らの方向付けをしっかりと行っていることです。

 

それは“現状の外”へのゴール設定で始まります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 つまり、ゴール設定を可能とするコーチングの知識とゴール達成を可能とするコーチングのスキルが真の解決策です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12935992.html

 

 引用文中にあるとおり「子育ての在り方を見直す議論」はとても大切ですが、その際に「コーチングに取り組むこと(取り入れること)」こそが最も重要であると私は思っています。

 

「子をどう教え導けばいいか?」 そんな親や教育者自身の悩みを自ら解決に導くものもコーチングです。

 

子どもたちに、子どもを導く親や教育者に、コーチングをしっかり届けるために、私は全力で活動しています(もちろん100%want toで)。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 今回御紹介した苫米地博士の言葉は、「すごい私になれる魔法の名言」(主婦と生活社)からの引用です。以下、同書の「おわりに」から一部御紹介します。

 

 このように、イマジネーションによって人は限界を作り、それを壊すことで新しい世界を獲得しています。

 そして、イマジネーションとは言葉と言い換えることもできるでしょう。

 不幸な出来事も、幸せなひとときも、すべては言葉とイマジネーションの中のものなのです。

 ならば、不幸な出来事など、言葉とイマジネーションの力を使って書き換えることは誰にだってできるはず。

 そのためのきっかけが、本書で紹介した言葉になるのではないかと思っています。

 

 「ロックを自ら解除し、イマジネーションの限界を超え続ける力」が皆さんのマインドに眠っています。その力を覚醒させるものがコーチングです。

 

 一緒に取り組んでみませんか?

 

 連絡先:coachfor.m2@gmail.com

 

 

すごい私になれる魔法の名言



ブログ・シリーズ編

S-02:自由に生きるために ~マナー、ルール、モラルについて考える~

S-02-03ケース別考察 -3

 

 「マナー」「ルール」「モラル」は(議論を通じて出来上がった)誰もがよりよく生きるための約束事のはずですが、一方でお互いの自由を奪い合う装置として働きます。

ただし、その3つには明確な違いがありそうです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_292569.html

 

 このシリーズ編第2弾(S-02)では、自由に生きることをテーマに、マナーやルール、モラルについて考察します。ぜひ皆さん自身の自由について思いめぐらしながら読み進めてください(Don’t think. Feel!)。

 告知(I-030):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17320680.html

 S-02-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17563396.html

 

 

03:ケース別考察 -3

 

皆さんはマナーやルールとは何か不思議に思ったことはありませんか?

まずは、いろいろなケースで考察してみましょう。

 01http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17707498.html

 02http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17857553.html

 

 

case 7

スーパーに設置された「お客様用製氷機」から氷を大量に持ち帰った

 

他の客が不利益を被る程大量に持ち帰った場合は「マナー違反」です。

 

「ルール違反」といえるかどうかはグレーですが、スーパーで買い物をしていなかった場合は「ルール違反」を問われる可能性があるそうです。

実際、2014年にはスーパーの「無料」の氷を持ち帰った49歳の男性が「窃盗罪」で現行犯逮捕されています。

 

 

case 8

窃盗の被害を受けたお店が、防犯カメラに写った「犯人」に対して、「顔をネットで公開されたくなければ、指定した期限までに盗品を返還せよ」とネット上で警告

 

これも実際にあったケースです。当たり前のことですが、窃盗は「マナー違反」かつ「ルール違反」です。

 

その窃盗という罪を犯した「犯人」の素顔をネットで公開するとした被害者(お店)の行為は、大きな社会的議論を引き起こしました。皆さんはどのように考えますか?

 

 

マナーやルールを突き詰めると、自由と責任に行き着きます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13958864.html

 

ネットでの素顔公開を「マナー違反」と考えた方々の根拠は、「犯罪の被害者が自ら被害回復を実行していくと、社会に大きな混乱をもたらす可能性がある」というものでした。報復するという被害者の自由に制限を加えるべきという考え方です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10692725.html

 

実際のケースでは、その店は素顔の公開を行いませんでした。マナーを守ったのです。もし公開を強行していたならば、(お店も)「ルール違反」になる可能性がありました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10987549.html

 

お店は盗まれた商品について正当な権利を持っています。しかし、犯人の社会的評価(名誉)をおとしめるという手段でこの権利を回復しようとした場合、名誉棄損という「ルール違反」にあたります。

 

さらに、「正当な権利があっても、その権利行使に違法性が認められる場合には、全体が違法になる」というのが裁判所の考え方です。例えば、お金を貸した相手が返済しないからといって「借金を返さないとうちの若いもんが何をするのかわからないぞ」と脅して返済させた場合、お金を貸して(約束どおり)返済してもらった側が恐喝罪となります。

「盗品を返還しないとモザイクを外すぞ」と脅して盗品を取り返した場合、お店側が恐喝罪という「ルール違反」を犯したとみなされます。

 

ひょっとしたら、このケースでは「顔をネットで公開されたくなければ、指定した期限までに盗品を返還せよ」と警告した時点で「ルール違反」なのかもしれません。

しかし、実際には、マナーを守ったお店側に対して「ルール違反」は適用されませんでした。

 

 (S-02-04につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記1

 自由に生きるために必要な「ルール」について、下記記事にまとめています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10987618.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11142365.html

 

 

-追記2

 「正当な権利があっても、その権利行使に違法性が認められる場合には、全体が違法になる」という考え方と似ているのが、ディベートにおけるK戦略(クリティーク、Kritik)。

その基本は「相手の前提となっている価値判断そのものを疑う」ことです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13076426.html

 

 

-関連記事-

シリーズ編第一弾(S-01)「よりよい“議論”のために」

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_254557.html

 


F-081:鹿児島ミツバチ騒動 ~女王蜂と働き蜂の関係に思う~

 

 全国ニュースで報道されたので御存知の方も多いと思いますが、先日、鹿児島市の繁華街 天文館(てんもんかん)でちょっとしたハプニングがありました。

 

 市電(路面電車のこと)の電停にミツバチが大量に発生したのです。現場は一時騒然となったようです。

 

 

190403 鹿児島天文館で大量ミツバチ

朝日新聞デジタル(201943日配信)より引用



 朝日新聞によると、市電運転士から連絡を受けた交通局職員が殺虫スプレーや携帯型送風機を使って追い払おうとしましたが、まったく効果がなかったそうです。

 困り果てた時に養蜂家が到着しました。密集したハチの中にいた女王蜂をつまみだし持参した巣箱に入れると、他のハチたちが次々と後に続き騒動はおさまりました。

 

 付近では3月上旬から「天文館みつばちプロジェクト」と称した試みが始まっており、商業施設の屋上で蜂蜜をつくるためにミツバチが育てられていました。

今回の騒動のミツバチはそのプロジェクトのハチと同じセイヨウミツバチ。セイヨウミツバチは群れの中で新しい女王蜂があらわれると、古い女王蜂が群れを出ていく習性(巣分かれ)があるそうです。

古い巣を出た女王蜂は4月頃に新しい巣を探します。女王蜂が休む間は働き蜂が新しい巣となる場所を探し、女王蜂の元に戻って情報を伝えるそうです。
 今回の騒動は新たな巣探しの途中の出来事だったようです。

 

 女王蜂を巣箱に入れると追随する働き蜂

 

 このニュースを読んだ後、私はすこし悲しくなりました。決して少なくない人たちが、習性で動く働き蜂と同じような生き方(have to)を強いられているように思えるからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

 

 女王蜂を「権力者」、働き蜂を「権力に盲従する者」と考えると、社会のあちらこちらで同じような構図が見え隠れします。例えば、トップとナンバー2の地元を結ぶ道路が話題の“一強”総理&副総理と“忖度”副大臣の関係、あるいはカルロス・ゴーン氏の再逮捕で揺れる日産に代表されるような独裁的経営者と太鼓持ち役員の関係など。

そのような構図は皆さんの身近なところにも必ずあります。スコトーマに隠れていて目につかないだけです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 女王蜂と働き蜂と同様の構図の根底にあるものは「差別」。その先に待つのは対立や争いであり、破滅です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14249741.html

 

 このような構図には、社会レベルだけでなく、個人レベルでも問題が生じます。

 

 遺伝子に書き込まれたプログラムに従うミツバチは大丈夫なのでしょうが、人間の場合は葛藤が生じ、悩み苦しむことになります。マインド(脳と心)があるからです。

進化した人間には遺伝子的な判断とは別に、情動があり(扁桃体含む大脳辺縁系)、論理があり(前頭前野外側部)、さらには社会的情動があります(前頭前野内側部)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14107083.html

 

よって、権力に盲従する自分の姿に疑問を感じてしまった瞬間に、それまでスコトーマに隠れていた苦しみが噴出し、いきなり辛くなります。それはスピリチュアルペインに相当する大きな(かつ根源的な)痛みであるはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8293317.html

 

 人間は働き蜂ではありません。

 

 私たちは誰もが自由意志で、未来から流れる時を生きることができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

 縁起が紡ぐ世界(宇宙)の中で、自身の自由と同じように、お互いの自由を尊重することができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823351.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823843.html

 

 「私が自由に生きれるはずがない」

 「このまましがみついていくしかない」

 「潰されるよりはじっと我慢しているほうがいい」 

 

 そんな思いに襲われる方は、まずは深呼吸をしながらリラックスし、落ち着いたらしっかりと考えてください。

 

 

 私の人生とは何なのか?

 

 私は何のために生まれてきたのか?

 

 本当はどのように生きたいのか?

 

 

 みんなエフィカシーが不当に下がっています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

権力者とその盲従者たちが、自分たちの既得権益を守るために、ドリームキリングを仕掛けているから。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html

 

人間は働き蜂ではありません。

 

過去のしがらみや他人の価値観、社会の常識に縛られることなく、完全に自由に生きることができます。ただし自己責任で。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 

 私の人生とは何なのか?

 私は何のために生まれてきたのか?

 本当はどのように生きたいのか?

 

 

 もし、何かぼんやりとしたものでも感じられたら、それをしっかり記憶してください。

 それがあなたの希望であり、夢であり、そしてゴールとなるものです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045695.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

 女王蜂を「親」、働き蜂を「子ども」と考えると、「子離れ/親離れができない親子関係」というゲシュタルトで教育の問題としてとらえることができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13077001.html

 

 

-追記2

 CNNの記事(2019212日配信)によると、オーストラリア ロイヤルメルボルン工科大学(RMIT大学)の研究者が「ミツバチに訓練を施せば、足し算と引き算を学習できる」との研究結果を発表しています。

 もしミツバチに高い情報処理能力があるのなら、コーチングを学んだミツバチはさらなる進化を遂げるはずです。

 

 


F-074:「糖尿病リスク予測ツール」に思う vol.4AI時代に求められるもの

 

 「糖尿病リスク予測ツール」をテーマに、4回に分けてお届けします。

 

 F-071vol.1)は、医師の視点で、国立国際医療研究センター(NCGMNational Center for Global Health and Medicine)が開発した予測ツールを紹介しました。未確認の方はぜひ(F-071の)文末のリンクからアクセスし、予測ツールをお試しください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15236875.html

 

 残り3回は、コーチの視点で、「糖尿病リスク予測ツール」について考察します。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15394923.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15548671.html

 

 

 このシリーズで御紹介している「糖尿病リスク予測ツール」を、国立国際医療研究センター(NCGM)が最初にウェブサイトで公開したのは20181024日でした。

ところが、翌日には公開中止となりました。厚生労働省から「医薬品医療機器法に触れる可能性がある」と指摘を受けたからです。

 

 指摘を行った厚労省 医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課は、「個人の健診結果からその人の糖尿病発症リスクを評価し、それを本人に伝えることは診療行為に当たる可能性がある。これを目的としたツールも医療機器プログラムに該当する可能性がある」とコメントしています(医療維新 2018116日配信記事より引用)。

 

 つまり、「医師が行うべき診療行為に関わる(可能性がある)からダメ」ということ。

 

 さらに厚労省の担当課は、「(ツールの)開発者が診断を目的としていなかったとしても、第三者が診療行為を目的としていると取りかねない表現だと問題になる可能性がある」としています(同引用)。

 

 「診療目的ではなくても、第三者にそのような誤解を与えるものはダメ」ということです。

 

厚労省の指摘を受け、国立国際医療研究センター(NCGM)は診療行為との誤解を与えかねない文言について修正を行ったそうです。その結果、「糖尿病リスク予測ツール」は再公開の運びとなりました。

 

 

私はこの経緯を知り、従来の人間の仕事が人工知能(AIArtificial Intelligence)に置き換わっていく一例だと思いました。

 

AIは医療現場にも広がろうとしています。

 

例えば、先日(2019225日)オリンパスは内視鏡と組み合わせて大腸がんなどの早期発見に使うAI診断ソフトウェアを発売すると発表しました。

 大腸のポリープががんになる恐れのあるものかどうかを診断するには熟練した技術が必要です。熟練医以外の検査では7割前後の診断率なのに対して、AIの診断率は9割以上で熟練医と同等だそうです。

 さらに、従来の検査時には採取した組織の精密な検査(病理検査)まで必要とすることが多いのですが、AIの導入によりその手間とコストをカットできる可能性があるといいます。患者さんにとっては出血のリスクが減り、検査時間が短くなるというメリットがあります。社会的な視点でみても、深刻な病理医不足問題を解決するきっかけになるはずです。

 

 他の例を挙げると、国立がん研究センターは関連病院までを含む薬剤部等の多施設共有データベースの構築とAIを活用した問い合わせシステムの構築を目指しています。対話形式で情報が得られるAI質疑応答システム(AIチャットボット)のもととなるのはIBM Watsonです。

 

 AIや自動化により、これまでの仕事の形はダイナミックに変化していきます。もちろん医療以外でも。

 

 では、そんな時代に向けて、私たちはどのような準備をするべきなのでしょうか?

 

 

 私の答えは、「マインド(脳と心)について学び、コーチングを実践する」です。

 “現状の外”にゴールを設定し、そのゴールに向けてエネルギーと創造性を発揮し続けると、新たな価値を生みだすことができます。イノベーションです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

 スコトーマを外すことでそれまで誰も気づいていなかったこと(もの)を発見し、実現(実装)していくことこそ、AI時代の人間に求められる機能・役割です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 「糖尿病リスク予測ツール」公開時の混乱は、時代のダイナミックな変化とコーチングやその理論的根拠である苫米地理論を学び実践することの重要性をはっきりと示しています。

 

 自由自在に思考することで、自らを未来からコントロールする生き方こそが、各人の中に眠る才能を覚醒させる最高の(そして唯一の)縁起です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14120540.html

 

 そして、それは「生と死の間にあるもの」を見つけ、スピリチュアルペインを克服する鍵でもあります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_318161.html

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13076206.html

 


F-064:「第九」に込められたベートーヴェンの思い

 

 2018年も残すところあとわずかになりました。皆さまはどうお過ごしでしょうか?

 今年最後のフリーテーマは、年末らしく、「第九」をテーマにしたいと思います。

 

 「第九」は、ベートーヴェン(17701827年)が1824年に作曲した9番目にして最後の交響曲です。正式名称は「ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲 交響曲第9番 ニ短調作品125」。

 

 この頃のベートーヴェンは耳が完全に聞こえなくなっていました。その原因として鉛中毒が疑われています。当時のワインには甘味料として酢酸鉛が使われており、ワイン好きだったとされるベートーヴェンの毛髪からは基準の40100倍超の鉛が検出されています。

 アルコールによる肝硬変も患っていたベートーヴェンは、体調がすぐれなかったにもかかわらず、死の3年前にこの大作を完成させました。

 

 私が初めて「第九」を生で聞いたのは、30年程前の「(鹿児島)県民第九演奏会」でした。第3楽章までの落ち着いたイメージと打って変わって、大合唱団も加わった燃え上がるようなフィナーレにとても感動したことを思いだします。

 

 その後医師となり肝硬変の患者さんを診させてもらうようになると、重度難聴だったベートーヴェンが肝硬変さえも克服して「第九」を書き上げたことは奇跡だと感じるようになりました。

 

奇跡を引き起こしたのは、もちろん、ベートーヴェン自身です。

 「日ごとに悪化する難聴への絶望とともに、芸術家としての運命を全うするために肉体および精神的な病気を克服したいという希望を記した」とされる家族への手紙が発見されています(ハイリゲンシュタットの遺書、1802106日付)。

 希望が奇跡のはじまりだったのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045695.html

 

 希望はやがてゴールに変わり、エネルギーと創造性の源になったはず。では、そのゴールとはどんなものだったのでしょうか?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 

 コーチングを学ぶようになってから、年末を迎えるたびにそんなことを考えるようになりました。時空を超越し、200年前のドイツ人の情報場にアクセスする感じで。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5165888.html

 

そして今冬、スコトーマが外れ、ついにその謎が解けました!

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 答えは、第4楽章の歌詞中にありました。

 

 

 以下、Wikipediaより引用です。

 4楽章は独唱および合唱を伴って演奏され、歌詞にはシラーの詩「歓喜に寄す」が用いられる。第4楽章の主題は「歓喜の歌」としても親しまれている。原曲の歌詞はドイツ語だが、世界中のあらゆる言語に翻訳されており、その歌詞で歌われることもある。古典派の以前の音楽の集大成ともいえるような総合性を備えると同時に、来たるべきロマン派音楽の時代の道標となった記念碑的な大作である。

 第4楽章の「歓喜」の主題は欧州評議会において「欧州の歌」としてヨーロッパ全体を称える歌として採択されているほか、欧州連合においても連合における統一性を象徴するものとして採択されている。

 引用終わり

 

 引用文中のシラーとは、ヨーハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラー(17591805年)のことです。シラーはドイツの思想家(詩人、歴史学者、劇作家)で、ゲーテとならぶ古典主義の代表者とされています。

 

 シラーは1785年に「自由賛歌」を発表しています。1785年はアメリカ合衆国が独立する前年。この時代の自由とはfreedomのことで、民衆が王族支配から自由になるという意味でした。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 

 ドリームキラー化した既得権益(王侯貴族)対策なのでしょうか、シラーは「自由賛歌」の詩を改訂し、タイトルも「歓喜に寄す」と変更して出版しました。その本を手にしたのが、当時15歳だったベートーヴェンです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6854056.html

 

 それから約40年の間、ベートーヴェンの心にはいつも自由を希求する思いがあったに違いありません。そして、その思いがついに「第九」となり、物理空間に結実したのです。

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 ベートーヴェンの思い描く自由の先には、もっと抽象度が高く壮大なビジョンがありました。さらに先のゴールの世界です。

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 2007年から7年半にわたりフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者を務めるなど国際的に活躍されている指揮者 篠崎靖男氏は、「必ず合唱団に話す(「第九」)曲中の歌詞がある」とビジネスジャーナルでの連載記事内に書かれています(「世界を渡り歩いた指揮者の目」、2018.12.15)。

 

 それは「Alle Menschen werden Brüder」という一節です。日本語訳すると「すべての人々が兄弟となる」という意味。この部分は、シラーの1785年初稿では「物乞いは君主らの兄弟となる」というものだったそうです。

 

篠崎氏は、「この“兄弟”というのは、“仲間”という意味です。つまり、貴族であっても、平民であっても、物乞いであっても、みんな同じ。国籍、年齢、性別、肌の色、宗教すべてを乗り越えて、全世界の人たちが仲間になろうという、強いメッセージです。これを年末に歌いあげる日本という国は、なんと素晴らしいのだろうと、僕は思います」と記されています。

 

 私もまったく同じ思いです。何の音楽的素養もないはずの私ですが、「第九」を聞くと確かに心が揺さぶられるのは、シラーやベートーヴェンが創造した高い抽象度の情報場に触れているからだと納得しました。そのイメージを無理やり言語化すると“無敵”!

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 さて、2018年は皆さんにとってどのような年だったでしょうか?

 そして、2019年はどのような一年になる(する)と思い描いていますか?

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 大国のトップが堂々と「自国ファースト」と叫ぶ時代だからこそ、私たちは未来に向けて高らかと「第九」を歌うべきなのかもしれません。シラーやベートーヴェンの思いとともに。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 ところで、なぜ年末に「第九」が演奏されるのか御存知ですか?

 

 答えは「楽団員の年越し費用を稼ぐため~」だそうです。

 「チコちゃんに教えてもらった」という(私の)家族に教えてもらいました(笑)。

 

 

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Beethoven(Wiki)

ベートーヴェン
Wikipediaより引用

 



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