苫米地式コーチング認定コーチ CoacH T <タケハラクニオ> ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

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F-199:“あの人”の言葉はなぜ心に響くのだろうか? Vol.3;「こんなにほったらかしにして」を生みだすスコトーマ

 

 “あの人”の言葉はなぜこんなにも心に響くのだろうか?

 

 という文章を目にした今、皆さんはどんなことを連想し、何を考えていますか? 皆さんにとっての“あの人”とは誰のことでしょうか?

 

 湧き上がるイメージを楽しみながら、ゆっくり読み進めてください。

 

この連載では、毎回、認知科学者 苫米地英人博士の著書「近未来のブッダ」(サンガ)から引用しています。その本のサブタイトルは「21世紀を導くリーダーの鉄則」。その“鉄則”もぜひイメージしてください(Don’t think. Feel!)。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14120540.html

 

 

 Vol.1;こんなにほったらかしにして

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26428629.html

 Vol.2;「こんなにほったらかしにして」と言われたら(ワーク付き)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26493850.html

 Vol.3;「こんなにほったらかしにして」を生みだすスコトーマ

 

前回(F-198)、「こんなにほったらかしにして」と言われたときの対応について考えてみました。今回は言う側のマインドについて考えてみましょう。ポイントは同じく「抽象度の高い気づき」です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 「抽象度の高い気づき」を違う表現で言い換えると、「より大きなゲシュタルトをつくりスコトーマを外すこと(外れること)」。ゲシュタルトとは「全体を持ったまとまりのある構造」のことです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 

そのゲシュタルトは「全体と部分の双方向性」で成り立ちます。縁起です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 ゲシュタルト同士を統合(connect)することで、より大きな概念(次元、世界、可能性)を認識できるようになります。例えば「チワワ」「ブルドック」「ラブラドールレトリーバー」という部分を統合(connect)して「犬」という全体ができると、「ビリー」や「ラゴット・ロマーニャ」など珍しい犬種(部分)も「犬」(全体)と理解することができます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7383761.html

 

「ベルガマスコ」のような“謎の生物”もすぐに犬とわかるでしょう。「犬」というゲシュタルトができあがっているので、部分(ベルガマスコ)を認識して全体(犬)の一部であることを理解・評価・判断できるのです。

つまり、より大きなゲシュタルトをつくりあげるほど、スコトーマが外れ、理解が深まるということ。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13628437.html

 

 スコトーマとは「心理的盲点」のことです。私たちは目の前のことすべてを認識していると思いがちですが、実際には大量の情報が抜け落ちています。スコトーマを生みだす/外すポイントは3つ。1)知識、2)重要性、3)役割 です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

 誰かに「こんなにほったらかしにして」と言いそうになったときは、一旦立ち止まり、自分自身のスコトーマについて思いめぐらしてみましょう(止観瞑想)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/18576926.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/18684707.html

 

 まずは「1)知識」。

知識がない(足りない)ことで「こんなにほったらかしにして」と言ってしまった場合、言われた側との関係は微妙になりがちです。ともに不完全性の理解が不十分ならば(←「不完全性」に関するゲシュタルトが不完全)、「こんなにほったらかしにして」という言葉をきっかけに関係が壊れてしまうかもしれません。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6194669.html

 

 次に「2)重要性」。

重要性を決めるものは「ゴール」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

よって、まずは相手のゴールを感じ取り、共感してみましょう。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_406747.html

 

少し細かい話ですが、共感と共有は違います。共有できればもっと理想的です。たとえ自分のゴールとのLUBLeast Upper Bound、最小上界)を見いだせず共有できなかったとしても、共感し続けることはできます。反対に共感なしで共有することはできません。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/18340276.html

 

共感は「相手の立場に立つ」ということ。ゴールとの関連でいうと「2)自分中心を捨てる」ことにつながります。“自分(自我)”を大きくすることができると、ますます理解が深まり、新たなゴールを見いだすことが可能になります。今までの“現状の外側”に。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353425.html

 

 そんな共感をすべての縁に対して持ち続けていると、やがて「縁により起こる」「関係が存在を生みだす」という縁起のイメージ(I)が臨場感豊かに感じられるようになっていきます(V)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

すべてがつながっている

 

 目の前の相手や自分はもちろん、すべての存在が大きなゲシュタルトの大切な一部であることがわかると(空観)、スコトーマのポイントである「3)役割」をすべての事象に見いだすことができるようになります。それが仮観。そして

 

すべてが空(くう)と知りながら、全力で仮(け)を楽しむ

 

 中観です。コーチングを学び実践する間に、「抽象度の高い気づき」を得ながら体得していく生き方です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 

 以下、「近未来のブッダ」から引用します。

 

学習による理解を基盤に実践へ

 チベット仏教では顕教を22~23年やってから密教に入ります。これは、ヨーガの段階と同様に、顕教時代がおそらく修行タイムという位置づけです。密教は完全に大乗の世界で、「雨を降らせるために」ではないですが、この世を変えるために、この世の役に立つために密教をやるのです。顕教は、そのための準備段階・学習期間です。

 こうした「学習・修業期間→本格的な実践」という流れを世俗の現代人に対して言えば、「学校教育→社会での実践」になります。日本の教育制度を享受する現代人なら、学校教育を受けている時代に縁起を理解し、人間の基礎力を養えるはずです。卒業前でもいいですが、いわゆる社会人になったら、密教の人たち同様、「この世の役に立つ慈悲」をバリバリ実践すべきですし、そこまでに実践の準備は整っているはずです。

 引用終わり

 

 

 ここまで3回はケースサイドのイメージで書きました(引用文の表現を用いれば“顕教”のイメージ)。最後はプランサイドのイメージで実践について書いてみたいと思います(“密教”)。お楽しみに。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12658417.html

 

F-200につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-告知-

 今年度(2021-22年)は計8回のオンラインセミナーを予定しています。1年間を通してのテーマは「Well-being」です。

 F-176~:“幸福(well-being)”とは? ~antiwithwellpart

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_408326.html

 

2021年度セミナー予定はこちら↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25412318.html

 

 第4回目は202188日(日)開催。テーマは「夢をかなえる方程式 I×V=R」です。詳細はこちらから↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26384913.html

 

 超情報場でお会いしましょう!

 

<お問い合わせ・申し込み>

 coachfor.m2@gmail.com

 

Bergamasco(Wikipedia)

ベルガマスコ

Wikipediaより引用



L-03020203月シークレットレクチャー -0875歳以上では延命治療は不要?<プランサイド>

 

20203月にコーチ向けのレクチャーを行いました。守秘義務を結んだ上で行う3回の講義の2回目。メインテーマは「スピリチュアルペイン」で、初回(同1月実施)のサブテーマは「自由」でした↓

L-001~20201月シークレットレクチャー

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_407080.html

 

 初回講義のラスト(L-013)に、「部分関数としての『自』を拡大し続けること」が「シンのスピリチュアルペイン克服、シンの自由である」と書きました。

 L-01320201… -13<最終回>;シンのスピリチュアルペイン克服、シンの自由

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24890312.html

 

 自由に続くサブテーマは「貢献」。当日の講義内容をブログ用に再構成してお届けします。

 

 01;スピリチュアルペインを解決するのは自由意思でのゴール設定<前編>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25974037.html

 02;スピリチュアルペインを解決するのは自由意思でのゴール設定<後編>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26014834.html

 03;職業と趣味の違いは「貢献」の範囲(ワーク付き)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26037409.html

 04;老いの実感 ~乗り物酔いリターンズ~

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26077153.html

 0575歳以上では延命治療は不要?

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26099140.html

 0675歳以上では延命治療は不要?<ケースサイド>前編

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26140730.html

 0775歳以上では延命治療は不要?<ケースサイド>後編

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26156803.html

 0875歳以上では延命治療は不要?<プランサイド>

 

仕事とは「付加価値を生みだすこと」「役に立つこと」。もっとシンプルに表現すると「貢献」。決して「お金を稼ぐこと」「お金儲け」そのものではありません。

 そのようなことを話すと、時々こんな質問をいただきます。特に医療・介護現場において。

 介護が必要な老人や障がい者、あるいは寝たきり患者さんは生きる価値はないのでしょうか?

 皆さんはどう思われますか?

 

 …3本前の記事(L-027)で、ペンシルベニア大学 医療倫理・保健政策学部長のエゼキエル・エマニュエル博士(Ezekiel Emanuel1957年~)の「75歳以上では延命治療は不要である」という主張(claim)とその根拠(warrant)や事実(data)を紹介しました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12340209.html

 

 コーチとして考察すると、エマニュエル博士の主張には少なくとも6つの解決するべき課題があります。コーチングと関連して分類すると、1)モチベーション、2)バランホイール、3)時間の流れ、4)不完全性、5)縁起、そして6)空仮中 です。

 前回まで課題についてシンプルに分析しました(ケースサイド)。今回は6つの課題を包摂した視点での解決策を提示します(プランサイド)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12658417.html

 

 

 エマニュエル博士に欠けているのは「関係により存在が生まれる」という縁起の視点!

 では、なぜ縁起の視点が欠けていると断言できるのでしょうか?

 

 答えは「双方向性がスコトーマに隠れているから」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

縁起はいつも「双方向」。その双方向性が課題解決(プランサイド)の糸口です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

例として、エマニュエル博士のこの発言を考えてみましょう。

 

 70歳、80歳、90歳まで元気な人々がしていることを見ていると、そのほとんどが遊びの範囲であり、意味ある仕事ではない。ハイキングやツーリングは価値のあることではあるが、もしもそれらが人生のメインテーマなら、おそらく意味のある人生ではない

 

70歳、80歳、90歳まで元気な人々がしていること」を観察したエマニュエル博士は「そのほとんどが遊びの範囲であり、意味ある仕事ではない」という判断を行い、さらに抽象化して「ハイキングやツーリングは価値のあることではあるが、もしもそれらが人生のメインテーマなら、おそらく意味のある人生ではない」という結論に至っています。

 

 それを縁起の視点で考えると、「70歳、80歳、90歳まで元気な人々がしていること」は「米国を代表する医師が世間を揺るがすほどの論争を引き起こすきっかけとして機能した」とみることができます。

 たとえ「遊びの範囲」であり「意味ある仕事」とはいえなかったとしても、エマニュエル博士の観察という行為により“意味”が生まれたのです。まさに「縁により起こる」=縁起です。

 

 縁起を理解するほど可能性が開きます。「観測者(認識主体)の知識、知能が上がれば上がるほど観測(認識)される宇宙は『たいしたことがある』ものになるという可能性」です。

詳しくはこちらの記事をどうぞ↓

F-034~:「何もないところからレンブラントを発見」は正しい?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268332.html

 

たとえ能動的な働きかけが十分にはできない(できなくなった)としても、縁起のつながりの中で誰かの役にたてば、それは立派な貢献です。よくないこと(人)も“反面教師”として役に立つことが可能です。観察者との縁次第で。

 

価値は双方向的に生まれる

 

わかりやすく言い換えると、「私が何をしたか?」だけではなく、「私から誰かが何かを得たか?」も同様に重要であるということ。

 

その「誰か」は時空を超えます。例えばマズローの提唱する階層を駆け上がった未来人は、その高い抽象思考でどんどん“意味”を見つけていくことでしょう。ますます宇宙は「たいしたことがあるもの」に変わっていきます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9963845.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9966391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10116950.html

 

 私が提案する「6つの課題を包摂した視点での解決策」とは、「縁起を理解し、中観を実践すること」です。それは苫米地式の真髄でもあると思っています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24808708.html

 

その1st.stepは「自由意思でゴールを設定する」こと。そして、「ゴールを目指しながら、自分にしかできない貢献を追求する」ことが2nd.stepです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 1)心から望み、2)自分中心を捨て、3)“現状の外” に設定したゴール(しかもバランスホイール)を目指すうちに、自ずと抽象度が上がっていきます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 すると、目の前の世界での何気ない出来事からどんどん“意味”を見つけていきます。ゲシュタルト同士がつながり(connect the dots)、理解が深まるからです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7383761.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13628437.html

 

 その深まった理解力(高まった抽象思考)で“意味”を見つけた時、その対象者(出来事)は貢献をしたことになります。観察者との縁により宇宙が書き換わるのです。

それが“この世”の理。

その理を理論化しているものが、認知科学者 苫米地英人博士が提唱されている「超情報場仮説(理論)」です↓

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165789.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165823.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165888.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306380.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306438.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306445.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5445932.html

 

 

仕事とは「付加価値を生みだすこと」「役に立つこと」。もっとシンプルに表現すると「貢献」。決して「お金を稼ぐこと」「お金儲け」そのものではありません。

 そのようなことを話すと、時々こんな質問をいただきます。特に医療・介護現場において。

 

 介護が必要な老人や障がい者、あるいは寝たきり患者さんは生きる価値はないのでしょうか?

 

 そんな質問をいただいたとき、私は「それはあなた次第ですよ」と答えます。縁起の説明とともに。

 

 医療・介護の現場は老病死(+生で四苦)が露わになりやすい場です(R)。四苦の臨場感が高いから(V)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

だから私は、縁起や空仮中といった叡智を内包する苫米地理論やコーチングを医療・介護現場に届ける活動を続けています。それはコーチ兼医師である私が果たすべき機能であると信じ、必ず成し遂げる貢献であると自負しながら。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5616012.html

 

 もしも私の機能が十分ではなかったとしても大丈夫。

 なぜなら、観察者との縁により、必ずや立派な貢献となるから。

 

皆さんも観察者です。

 私の貢献についても「あなた次第」w

 

 価値は双方向的に生まれます。すべて縁起です。

 

L-031につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

 その深まった理解力(高まった抽象思考)で“意味”を見つけた時、その対象者(出来事)は貢献をしたことになります。観察者との縁により宇宙が書き換わるのです。それが“この世”の理

 

 詳しくは苫米地博士の著書「生と死の取り扱い説明書」(ベストセラーズ)をお読みください。

 

 

-追記2

 苫米地博士との縁により、コーチとして学び、医師として考えたことをリストアップしてみました(PMⅠ&フリーテーマ)。

 

    PM-04~:苫米地理論で見える医療・福祉現場のスコトーマ

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_124524.html

    PM-06~:職場への苫米地式コーチング導入失敗と明らかになった課題

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_124527.html

    F-038~:「若いうちはやりたいこと なんでもできるのさ♪」

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268333.html

    F-044~:笑顔のままお亡くなりになった患者さんから学んだこと

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268334.html

    F-049~:同じ人間なのだから診れるだろう

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268336.html

    F-056~:「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」ことなのだろうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_277070.html

    F-071~:「糖尿病リスク予測ツール」に思う

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_319922.html

    F-082~:ダメ。ゼッタイ。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_352303.html

    F-129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_396235.html

    F-146~:トリアージ(triage)をコーチの視点で考える

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_401494.html

    F-163~:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404044.html

    F-176~:“幸福(well-being)”とは? ~antiwithwellpart

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_408326.html

    F-184~:「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」との縁で気づいたこと

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_410505.html

 

    カテゴリ:自分のリミッターをはずす!

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268324.html

    カテゴリ:医療・介護関連

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268327.html

    カテゴリ:体・健康

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268329.html

    カテゴリ:マインド(脳と心)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_409130.html

 

 

-告知-

 今年度(2021-22年)は計8回のオンラインセミナーを予定しています。1年間を通してのテーマは「Well-being」です。

 F-176~:“幸福(well-being)”とは? ~antiwithwellpart

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_408326.html

 

2021年度セミナー予定はこちら↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25412318.html

 

 第3回目は2021627日(日)開催。テーマは「サイバーホメオスタシス仮説」「エネルギーと創造性の源」です。詳細はこちらから↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26053730.html

 

 超情報場でお会いしましょう!

 

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「生」と「死」の取り扱い説明書



L-02920203月シークレットレクチャー -0775歳以上では延命治療は不要?<ケースサイド>後編

 

20203月にコーチ向けのレクチャーを行いました。守秘義務を結んだ上で行う3回の講義の2回目。メインテーマは「スピリチュアルペイン」で、初回(同1月実施)のサブテーマは「自由」でした↓

L-001~20201月シークレットレクチャー

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_407080.html

 

 初回講義のラスト(L-013)に、「部分関数としての『自』を拡大し続けること」が「シンのスピリチュアルペイン克服、シンの自由である」と書きました。

 L-01320201… -13<最終回>;シンのスピリチュアルペイン克服、シンの自由

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24890312.html

 

 自由に続くサブテーマは「貢献」。当日の講義内容をブログ用に再構成してお届けします。

 

 01;スピリチュアルペインを解決するのは自由意思でのゴール設定<前編>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25974037.html

 02;スピリチュアルペインを解決するのは自由意思でのゴール設定<後編>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26014834.html

 03;職業と趣味の違いは「貢献」の範囲(ワーク付き)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26037409.html

 04;老いの実感 ~乗り物酔いリターンズ~

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26077153.html

 0575歳以上では延命治療は不要?

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26099140.html

 0675歳以上では延命治療は不要?<ケースサイド>前編

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26140730.html

 0775歳以上では延命治療は不要?<ケースサイド>後編

 

仕事とは「付加価値を生みだすこと」「役に立つこと」。もっとシンプルに表現すると「貢献」。決して「お金を稼ぐこと」「お金儲け」そのものではありません。

 そのようなことを話すと、時々こんな質問をいただきます。特に医療・介護現場において。

 介護が必要な老人や障がい者、あるいは寝たきり患者さんは生きる価値はないのでしょうか?

 皆さんはどう思われますか?

 

 前々回(L-027)、ペンシルベニア大学 医療倫理・保健政策学部長のエゼキエル・エマニュエル博士(Ezekiel Emanuel1957年~)の「75歳以上では延命治療は不要である」という主張(claim)とその根拠(warrant)や事実(data)を紹介しました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12340209.html

 

 コーチとして考察すると、エマニュエル博士の主張には少なくとも6つの解決するべき課題があります。コーチングと関連して分類すると、1)モチベーション、2)バランホイール、3)時間の流れ、4)不完全性、5)縁起、そして6)空仮中 です。

 まずは課題についてシンプルに分析し(ケースサイド)、その後6つの課題を包摂した視点での解決策を提示します(プランサイド)。

(今回はケースサイドの後半です)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12658417.html

 

 

 4) 不完全性

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6194669.html

 

 エマニュエル博士は「ハイキングやツーリングは価値のあることではあるが、もしもそれらが人生のメインテーマなら、おそらく意味のある人生ではない」と語っています。

 「意味のある人生」とは一体何でしょうか? 「意味」は誰が、何が決めるのでしょうか?

 

 もちろん、「意味」を決めるのは自分自身。そして、「意味」はゴールが決めます。自分自身の自由意思で決めた本当のゴールです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 「『意味』はゴールが決める」ということは、ゴールの数だけ「意味」があるということ。

たとえ仕事や家庭という観点では意味がないことであっても、趣味として立派な意味があるということはあり得ます。ある人にとっては無意味でも、別の人にとってかけがえのない意味をもつことも。

 

状況は意味により変わり、意味はゴールが生みだす

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25046274.html

 

 だからすべてゴール次第。唯一絶対の基準やモノサシなどありません。

 

 

 5) 縁起

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 絶対的な基準やモノサシを信じる人に欠けているのは、「関係により存在が生まれる」という縁起の視点です。

「縁により起こる」という事実は、“自分”を定義してみるとよくわかります。

 

 では、ここでプチワークw

 今から1分間で自分自身を定義してみてください。どうぞ!

 (初めて会う人に自己紹介するように“自分”を表現してください)

 

 

 きっと「仕事は」「年齢は」「出身は」「趣味は」「夢は」というような説明になったはず。しかし、それは厳密には自分自身のことではありません。

私でいえば「コーチ」「アラフィフ」「鹿児島」「映画・音楽」「“無敵”」といった感じですが、さらに「コーチとは」「50代になると」「鹿児島といえば」「映画の中でも」「“無敵”というのは」と詳しく語るほど、ますます“私”から遠ざかっていきます。

(“無敵”はこちら↓)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5446097.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5448151.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615695.html

 

結局、“自分”は関係性でしか定義できないのです。それを「自我は部分関数である」と表現します(同時に「評価関数」でもあります↓)。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353425.html

 

 “自分”を定義する関係性が認識できないことが「孤独」です。

 孤独は健康に悪影響を及ぼします。例えば米国ブリガムヤング大学(ホルトランスタッド教授)の30万人以上のデータを対象にした研究によって、「社会的つながりを持つ人は、持たない人に比べて、早期死亡リスクが50%低下する」ことが明らかにされています。

 ちなみに、その“つながり”を強化しながら、他者尊重とともに自己評価を高めることができるのが「Guided Autobiography(案内型自伝)」です(詳しくはこちらで↓)。

 F-137The Sweet Hello,… -9SadSweetに書き換えるコーチング<老人向け 後編>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/22488873.html

 

 ところで、なぜ「欠けているのは縁起の視点!」と断言できるのでしょうか?

 

 私の答えは次回(L-030)に。その解決(プランサイド)とともに明らかにします。

 

 

 6) 空仮中

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 縁起が欠けている当然の帰結として、空観(くうがん)ではなくなっています。空観なき仮観(けかん)のことを、苫米地博士は実観(じつがん)と表現されます。それはとても危険な状態です↓

 PM-06-21:仮説14)空(くう)なき実観の行き着く先にあるもの

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14833876.html

 

 簡潔に2点挙げます。

 

 「私はアメリカの不滅崇拝願望を拒否する」は、「不滅」を前提とした上での拒否であるはずです。意図は理解しますが、空観ではありません。

有名な般若心経に「不生不滅不垢不浄不増不減」という一節があります。「六不の教え」と呼ばれています。「不生不滅」とは、「生じることもなく、滅することもない」という意味です。苫米地博士はよく釈迦の説法を引用して説明されます。

 

 釈迦:(若木を指して)この木は生じたのか?

 -弟子:いえ、別の木の種が地面に落ちて生えたものなので、何もないところから生じた訳ではありません

 釈迦:では、種は生じたのか?

 -弟子:いえ、種も木からできたもので、何もないところから生じたわけではありません

 釈迦:(次に枯れ木を指して)この木は滅したのか?

 -弟子:いえ、滅していません。その命は種となって若木を生み、自らは朽ちて土となり、他の植物を育てています

 釈迦:そのとおりだ。すべてが生じることもなく、滅することもないのだ

 

 枯れ木とはいえ、存在が消えてなくなったわけではありません。ただ形が変わっただけ それが空観です。「『不生不滅』を受け入れる」ことと「『不滅(崇拝願望)』を拒否する」ことはまったく意味が違います。

 

 もう1つはこちら。「大人、とくに高齢者に投資するほどには、子どもに投資していない」。抽象度を下げてさらに細かい指摘を行うと、このコメントには3つの課題(問題点)があります。すべて「縁起が欠けている結果、実観になっている」ことが原因です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 まずは「お金の視点が強力」ということ。「投資(investment)」という言葉には「見返りへの期待」が感じられます。もちろん見返りとはお金。政治家にとっては何よりも票が大切なのでしょうが、そこをクリアできたなら次はお金にいきます。例えば、見返り(税収)が望めない高齢者の医療を切り捨てるというように↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13214313.html

 

 次に「大人VS子どもという構図」。このゼロサム的発想は縁起の無理解の典型例といえます↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14401412.html

 

 最後は「区別と差別の違いが不明瞭?」。空であるがゆえに差別はありえませんが、仮としての区別ははっきりつけるべきです。その違いをしっかり理解し実践していることが重要。それが中観の生き方です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14249741.html

 

L-030につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 有名な般若心経に「不生不滅不垢不浄不増不減」という一節があります

 

苫米地博士の著書に「一生幸福になる 超訳 般若心経」(学研)という本があります。般若心経の問題点が明らかにされ(ケースサイド)、なんと添削が行われています(プランサイド)。

「般若心経は間違っている」なんて思いもしなかった私は、読書中に猛烈な衝撃を体感しました。それは文字どおり「世界がひっくり返った感じ」。いわゆる「Rゆらぎ」です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23645730.html

 

と同時に、「観測者(認識主体)の知識、知能が上がれば上がるほど観測(認識)される宇宙は『たいしたことがある』ものになるという可能性」に震えました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/17207221.html

 

その「可能性」が次回(L-030)のテーマ。まずはこちらの記事をどうぞ↓

F-034~:「何もないところからレンブラントを発見」は正しい?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268332.html

 

 

-関連記事-

F-129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_396235.html

F-176~:“幸福(well-being)”とは? ~antiwithwellpart~

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_408326.html

Q-177~:家族ががんで治療中です。どうすればいいでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_408953.html

Q-073~180804医療講演会レポート

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_318161.html

 

 

-告知-

 今年度(2021-22年)は計8回のオンラインセミナーを予定しています。1年間を通してのテーマは「Well-being」です。

 F-176~:“幸福(well-being)”とは? ~antiwithwellpart

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_408326.html

 

2021年度セミナー予定はこちら↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25412318.html

 

 第3回目は2021627日(日)開催。テーマは「サイバーホメオスタシス仮説」「エネルギーと創造性の源」です。詳細はこちらから↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26053730.html

 

 超情報場でお会いしましょう!

 

<お問い合わせ・申し込み>

 coachfor.m2@gmail.com

 

 

超訳般若心経


F-192:「夢をかなえる方程式 I×V=R」実践の秘訣(ワーク付き)

 

 前回まで小泉進次郎環境大臣の発言を考察しました↓

 F-189~:くっきりとした姿が見えているわけではないけど、おぼろげながら浮かんできたんです

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_411502.html

 

 その中で「夢をかなえる方程式 I×V=R」に言及しました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

I×V=R」に関して、よく質問や相談をいただきます。そこで今回は少し抽象度を下げて(具体的に)書き、楽しいワークを紹介します。映画ネタですw

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 

 まずは「I×V=R」について復習しましょう。

 

 「I」とは、imageあるいはimaginationのこと。

よく「自由にイメージする」「自由なイマジネーションを楽しむ」といった表現を見聞きしますが、それは決して簡単なことではありません。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 

 イメージやイマジネーションを行う“自分”の思考自体が、他人の価値観や社会の常識等の影響下にあるからです。私たちはそうとは知らずに束縛を埋め込まれ、大人になるにつれ自分自身をロック(自己制御)していきます。良くも悪くも。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12794797.html

 

 脳内の前頭前野や大脳辺縁系に作りあげられた認識のパターンがブリーフ。そのブリーフが集まってできあがった脳内の統合的なシステムが「ブリーフシステム」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 

 ブリーフシステムが目の前に広がる世界を決めています。重要度の低いこと(もの)はRAS(ラス、網様賦活系)にはじかれ認識することすらできません。それを「スコトーマに隠れる」と表現します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721658.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

 繰り返しますが、ブリーフシステムが目の前に広がる世界を決めています。だから「一人一宇宙」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/11823351.html

 

 その「一宇宙」を拡張・再構築する行為が「ゴール設定」。“現状の外”にゴールを設定し、その実現を確信していると(エフィカシー)、世界(宇宙)がどんどん変化していきます。ブリーフシステムが変わるから。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5616012.html

 

 ゴールの3つのポイントは、1)心から望むものであること、2)自分中心を捨てたものであること、3)“現状の外”にあること

 その3つを意識しながらゴールを人生のあらゆる領域に設定し(バランスホイール)、更新し続けると、シンの「自由」を手に入れることができます↓

 L-02302420203月シークレットレクチャー -0102;スピリチュアルペインを解決するのは自由意思でのゴール設定

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25974037.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26014834.html

 

 すると、イマジネーションの限界を超えていくことができるようになります。最初は「無理ッ」と思えた新たなイメージの世界の臨場感(VVividness)がどんどん高まっていきます。それが「I×V」!

その「I×V」とは、「イマジネーションの限界を壊すことで新たな世界を獲得していくこと」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24808708.html

 

 

 と、ここまで(I×V)が情報空間の話。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

情報空間では「イマジネーションの限界を壊すこと(限界突破)」が重要ですが、そのイメージ(I)を情報空間の底面である物理空間で現実化(RReality)するためには「物理制約下で再構築すること(物理法則内におさめること)」が必要になります。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25936863.html

 

その現実化のための作業のことを「実装(インプリメンテーション)」と呼びます。「I×V」がnot normalであるほど、実装には高いレベルの知識と技術が求められます。

詳しくは映画「スター・ウォーズ」を取り上げたこちらの記事にまとめました↓

Q-159~:臨場感が薄れても高い抽象度のゴールをイメージしつづけるのでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404758.html

 

 

 ところで、いい映画を鑑賞することは「I×V=R」を体験する絶好の機会となります。

 そこで今回は、とんでもない「I×V」を、毎度見事に「R」化している偉大な監督を紹介します。その監督とは

 

 クリストファー・ノーラン(Christopher Nolan1970年~)!

 

ロンドンで生まれたノーランは、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン大学に進学し、英文学を学びながら短編映画の制作に取り組みます。英文学を専攻したのは「視野をひろげるため」、ロンドン大学を選んだ理由は「映画制作施設が整っていたから」だったそう。

まさにルー・タイスさんがおっしゃる「ゴールが先、認識(現実)は後」ですね。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8583393.html

 

 1998年「フォロウィング / Following」で初めて長編映画の監督を務めたノーランは、2作目「メメント / Memento」で注目されはじめます。

 2000年代には新生「バットマン」シリーズの監督に抜擢され、「バットマン ビギンズ / Batman Begins」(2005年)、「ダークナイト / The Dark Knight」(2008年)、「ダークナイト ライジング / The Dark Knight Rises」(2012年)を大成功させました。

 他にも「インセプション / Inception」(2010年)、「インターステラ― / Interstellar」(2014年)、「ダンケルク / Dunkirk」(2017年)、「テネット / Tenet」(2020年)といった内容の濃いオリジナル作品を次々と大ヒットさせ、「作家主義と大作主義の両立に最も成功している一人」と評されています。

 

 そのノーラン映画の特徴を私なりに表現すると、「突飛だがリアル」。

 

今回のテーマに沿うと、「ありえない話(I)なのに、ちゃんとリアルに感じられ(I×V)、おもしろい上に商業映画としても成功している(I×V=R)」

それは個の「Not Normal」が場全体を新たな「Normal」に書き換えていく感じ。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8900334.html

 

 それをコーチングに置き換えると、「“現状の外”のはずなのに(ゴール)、なぜか『必ずできる』と確信でき(エフィカシー)、“無我夢中”で実現していく(ゲシュタルト化&実装)」という感じでしょうか。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_405002.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 

 

 それではワークを紹介します。

 

<ワーク:架空の世界を使って臨場感を高める「クリストファー・ノーラン場瞑想」>

 

 ばれました?

 そう、認知科学者 苫米地英人博士の著書「思うがままに夢がかなう 超瞑想法」(PHP研究所)中の「臨場感を維持するワーク3」のアレンジですw

 

 以下、同書から一部変更しながら引用します(引用は青、変更部分が黒)

 

 架空の世界を使って臨場感を高めよう「クリストファー・ノーラン場瞑想

 <解説>

 お経や聖書にいまいち関心を持てないという人は、マンガや映画を使って瞑想しましょう。

 昔の日本人にはお経は身近なものでした。また、キリスト教の国では今でも聖書はとても身近な書物です。しかし、日本に住む現代人にとっては、お経も聖書も少々縁遠いものかもしれません。

 ならば、自分たちにとってもっとも身近なメディア、たとえばマンガや小説、映画を使って臨場感を強めるのもアリなのです。

 自分や世界を変える力を持っているのは、お経や聖書ではなく、あなた自身の心です。その大原則さえ外さなければ、どんな道具を使って瞑想してもかまいません。

 もちろん瞑想の道具にする小説や映画は吟味しなければいけません。どんな物語を選ぶべきかは、すでにお話ししました。

 たとえば、手塚治虫の漫画「ブッダ」を読めば、釈迦の教えを強い臨場感で瞑想できるかもしれません。

 映画でいえば、今回お勧めするのはクリストファー・ノーラン監督作。

ノーランの作品は毎回テーマが異なっているように感じられますが、じつは共通点があります。それは「ありえないようでいてありえる(かもと思える)」「ありえるようでいてありえない(と感じられる)」という世界観。それは空観です。

その空観の世界観が作品として毎回大成功しているというのは仮観の見事な実践。つまり、空と仮を両立させているノーランは中観を体現しているということ。「その中観を体感しながら作品を鑑賞する」というのがこのワークです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 ここでは「クリストファー・ノーラン場瞑想」と名づけて、「ノーラン作品」を使って瞑想する際のポイントをお教えします。

 <ワーク>

 「クリストファー・ノーラン場瞑想」は、お経と同じく、ひとつひとつのシーンに描かれている情報に意識を向けて、臨場感を強めることが大切です。特に、物語の背後にある空観の世界観に留意する必要があります。

 さらに、「空観の世界観」をリアルにするための科学的探究やリサーチ、商業的に成功するための妥協(←ノーランの本音のはず)といったものを感じながら、再度見直してみましょう。その際は空(作家主義)と仮(大作主義)を両立するバランスに意識を向けてください。きっと抽象度が上がり、ノーランの世界観(=中)をさらに理解できるはずです。

 

 とくに「インターステラー」がお勧め。クライマックスでは「高い抽象度次元の超情報場から物理空間に実装する挑戦」が描かれています。それは「夢をかなえる方程式」そのもの。一念三千宇宙の巨大なエネルギーが一点に凝縮していく一期一会を、ぜひぜひ体感してください。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23177616.html

 

 強い臨場感を維持したまま瞑想することができれば、「あなたの情報場」を書き換えることができます。

 

 それでは映画(ワーク)をお楽しみください。

 サヨナラ サヨナラ サヨナラw

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記1

 さらに臨場感を高める“アップグレード”を紹介します。それは「映画のサントラを聞きながらワーク(瞑想)を繰り返す」というもの。

 

 ノーランは同じ俳優を起用することで知られています(その理由は知りませんが、空観を意識しているのかもしれませんね)。例えば、マイケル・ケインは「バットマン ビギンズ」以降の長編8作品すべてに出演しています。

 音楽ではハンス・ジマー(Hans Florian Zimmer1957年~)。「バットマン ビギンズ」以降の6作品を担当しています。「インターステラー」もジマーです(輸入盤は2枚組)。

 

 ぜひサントラを聞きながらワークに取り組んでください。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516364.html

 

 

-追記2

 私は1980年代からハンス・ジマーのファン。正確にいうと「お金を工面しながらなんとか買い集めたお気に入りの映画音楽がジマーばかりだった」という感じ。曲風が作品ごとに違いますし、そもそも作曲家のことは全然意識していませんでした。なので、気がついたときは衝撃でした。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 

具体的には「レインマン」「ブラックレイン」「ドライビング Miss デイジー」「デイズ オブ サンダー」「グリーンカード」「バックドラフト」「トゥルーロマンス」「クールランニング」「ライオンキング」など。さらには「ラストエンペラー」(スコア・プロデューサー)、「ザ ロック」(音楽プロデューサー)もジマーです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7383761.html

 

 そんなジマーの楽曲の中で、私が最も好きなのは「マン オブ スティール / Man of Steel」(2013年)。まるで神話の世界(情報空間)とこの世(物理空間)を丸ごと表現しているかのようなメインテーマは、そのタイトルとともに(What are you going to do when you are not saving the world?)、コーチとしてのイメージを強化(word/picture/emotion)してくれる私のマストアイテムです。

 (「Man of Steel」の監督はザック・スナイダーですが、ノーランも原案と制作に名を連ねています)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13628437.html

 

 

-関連記事-

F-061~:バイオパワー(生権力)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_292569.html

Q-042~:「明確にリアルに目標がイメージできた時点でほぼゴールに近づいた」とは具体的にどういうことでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_262962.html

Q-136~:問題が生じたゴールへの向き合い方

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_397998.html

Q-142~:現状の外にゴールが設定できている状態と現実逃避に陥っている状態とでは何が違っているのでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_400116.html

 

(映画・音楽ネタはこちら↓)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268322.html

 

 

-告知-

 今年度(2021-22年)は計8回のオンラインセミナーを予定しています。1年間を通してのテーマは「Well-being」です。

 F-176~:“幸福(well-being)”とは? ~antiwithwellpart

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_408326.html

 

2021年度セミナー予定はこちら↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25412318.html

 

 第3回目は2021627日(日)開催。テーマは「サイバーホメオスタシス仮説」「エネルギーと創造性の源」です。詳細はこちらから↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/26053730.html

 

 超情報場でお会いしましょう!

 

<お問い合わせ・申し込み>

 coachfor.m2@gmail.com

 

 

クリストファー・ノーラン(2013年、Wiki)

Christopher Nolan2013

Wikipediaより引用

 



F-182:“幸福(well-being)”とは? ~「antiwithwellpart-7;「中観」によって幸福とうまく付き合う

 

「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読んだ後、医師&コーチとして考えたことをまとめました↓

F-163~:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404044.html

 

 そのシリーズの終わりに下記ワークに取り組んでいただきました。

 

<ワーク>

    人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福(well-being)”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

    未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』がはじまり」といえます。そのはじまりにある“幸福(well-being)”とはどんなものなのでしょうか?

    人生の終着点(始発点)である「死」をどのように迎えれば(始めれば)よいのでしょうか?

    anti-agingwith-agingの先には何があるのでしょうか?

 

 私は平和に至るマインドの変化が「antiwithwell」であり、そのプロセスそのものが“幸福(well-being)”だと思っています。その“幸福(well-being)”が今回のテーマ。

自分にとっての“幸福(well-being)”を考え抜くことは、「自己の存在と意味」を明らかにし、スピリチュアルペインを克服するきっかけになるはずです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24706915.html

 

 

1;ゴールが幸福を定義する

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25101418.html

 2;幸福はさらに深い自己催眠

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25175860.html

 3;物理的な現実よりも脳による意味づけに臨場感を覚えている状態

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25236729.html

 4;洗脳によって生まれる幸福

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25303095.html

 5;個のwell-beingから社会全体にひろがるwell-being

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25365643.html

 6;「常識」という洗脳からの解放

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25428736.html

 7;「中観」によって幸福とうまく付き合う

 

 ところで、認知科学者 苫米地英人博士は「幸福」をどのように考えていらっしゃるのでしょうか?

 以下、博士の著書「『感情』の解剖図鑑」(誠文堂新光社)より引用します。

 (7回に分けて引用。今回が最後です)

 

 幸福という感情との付き合い方

 ここでは、幸福という感情との付き合い方を、紹介しましょう。

 

 2:「中観」によって、幸福とうまく付き合う

 これまで見てきたように、幸福もまた幻の感情であり、「怪しい」幸福もたくさんあります。しかし幸福は、人が前向きに生きていくうえで必要でもあります。大事なのは、幸福とうまく付き合うことなのです。

 そこで参考にしたいのが、仏教の「空観、仮観、中観」という考え方です。

 空観、仮観、中観はいずれも、宇宙や世界を捉える観方、考え方です。空観は「この世のすべてのものや現象は『空』であり、実態がない」とする観方であり、仮観は「この世のすべてのものや現象の役割を積極的に認める」観方、中観は「空観と仮観の間に立ち、両方を同時に成り立たせる」観方です。

 幸福を例に挙げると、「幸福というのは実態のない、はかなくむなしいものである」と考えるのが空観、「とにかく積極的に幸福を追い求めよう」と考えるのが仮観、「はかなくむなしいものであることをしっかり認識したうえで、それでも幸福を求めよう」と考えるのが中観です。このうち、空観だけだと人も人類も進歩せず、仮観だけだと、他者や社会から押し付けられた幸福に振り回されることになりかねません。

 そこでおすすめしたいのが、中観によって幸福をとらえることです。冷静さを持ち、「怪しい」幸福をしっかり見極めつつ、自分にとっての本当の幸福=ゴールを目指すのが、もっとも賢い幸福の付き合い方だといえるでしょう。

 引用終わり

 

 

 前回のテーマは「『常識』という洗脳からの解放」。

 引用文中に苫米地博士が書かれていたように、「常識」とは社会による洗脳です。その“洗脳”は私たちのマインド(脳と心)の働きによります。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25428736.html

 

 人は目の前の世界をありのままには認識していません。ブリーフシステムあるいは自我が生みだす重要度の高い情報だけを取捨選択して認識しています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353425.html

 

選別するフィルターがRAS(網様体賦活系)。フィルタリングされて認識にあがらないことを「スコトーマに隠れる」と表現します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721658.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

 つまり、目の前の世界は重要なものの集まりであるということ。だから、自分の中(内)の重要度を変えることで、外であるはずの世界を書き換えていくことができます。

変化は必ず「内が先、外が後」

 その理をコーチングの創始者であるルー・タイスさんは「All meaningful and lasting change starts first on the inside in your imagination and works its way out into reality.  すべての意味のある、永続的な変化は心の中のイマジネーションから始まり、やがて外側の現実を変えていく」と表現されました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/16799778.html

 

 変化は必ず「内が先、外が後」

 

だから教育は重要です。個人にとっても、社会にとっても、学習はとても大切な行為であるといえます。

観測者(認識主体)の知識や知能が上がれば上がるほど、観測(認識)される目の前の世界が豊かになる(素晴らしくなる)ということだから↓

F-036:縁起と宇宙と教育や学習の関係 ~「何もないところからレンブラントを発見」の補足説明~

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9963314.html

 

変化は必ず「内が先、外が後」

 

この「観測者(認識主体)の知識や知能が上がれば上がるほど、観測(認識)される目の前の世界が豊かになる(素晴らしくなる)」という可能性に(おそらく)最初に言及したのが釈迦です。釈迦は「縁起」を用いてこの理を説明しました。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 釈迦の縁起の思想は「すべての存在は関係で成り立っている」というもの。

後の天才たち(ナーガールジュナやツォンカパなど)は、縁起から「中観思想」を生みだしました。それは「すべては空(くう)である」とする空観(くうがん)と縁起の中で仮の役割に焦点をあてる仮観(けかん)の2つをバランスよく維持している状態です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 再度、苫米地博士の言葉を引用すると、「幸福というのは実態のない、はかなくむなしいものである」と考えるのが空観であり、「とにかく積極的に幸福を追い求めよう」と考えるのが仮観。そして、「はかなくむなしいものであることをしっかり認識したうえで、それでも幸福を求めよう」と考えるのが中観です。

 

 では、はかなくむなしいものであることを認識したうえで求める幸福(well-being)というのはどういうものでしょうか? その先には何があるのでしょうか?

 幸福(well-being)のために、私たちは何を行うべきでしょうか?

 

 

 次回(F-183)はこのシリーズの最終回。

 せひ、皆さん自身の“幸福(well-being)”を感じてください。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14120540.html

 

F-183につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 教育について、下記記事で考察しています↓

 PM-05-00:苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ(目次)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13077001.html

 

 

-参考書籍-

「感情の解剖図鑑 仕事もプライベートも充実させる、心の操り方」(誠文堂新光社)

 

 

-関連記事-

F-175:脳内を書き換えると「環境」が変わる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25046274.html

F-110~:情報が書き換わると現実が変わる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_386190.html

F-106~:超実写版「ライオン・キング」で描かれた“超現実”を生きる極意

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_383531.html

 

 

アファメーション



Q-173:苫米地博士のゴールはなぜ「世界平和」ではないのでしょうか?

 

 御質問をいただきました。ありがとうございます。

抜粋した下記部分について、回答させていただきます。

(プライバシー保護の観点で、今回に限らず、変更を加えてあります)

 

Q:苫米地博士のゴールは世界の戦争と差別を無くすですが、なぜ世界平和ではないのでしょうか?

~の無いは無意識にあることを前提としてしまいます。そうなると結果として戦争と差別を肯定してしまわないのでしょうか?

 

A:苫米地博士の意図ははかりしれません。あくまで私の考えだと御理解ください。

 

 鍵になるのは「抽象度のコントロール」だと思います。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 何らかのイメージ(I)の抽象度が高すぎると、臨場感が下がり(V)、“現実”ではなくなります(R)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

 その一方で、抽象度が低すぎると、情報量が増えてマネジメントが難しくなります。抽象度がさらに下がると、矛盾や対立が生まれ、“現状”さえ維持できなくなることでしょう。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5446097.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5448151.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615695.html

 

 だから「世界平和」という一語ではなく、「戦争と差別をなくす」という表現を使われているのだと思います。「戦争と差別をなくす」は、御指摘のとおり、「戦争」「差別」の存在が前提となっています。アファメーションとしては決して理想的ではありません。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14973460.html

 

私は、博士があえてこの表現を使われていることに、アファメーションとは異なるマインド(脳と心)の使い方を示す意図を感じます。うまく表現できませんが「効率のよいエネルギーの取り出し方」といった感じでしょうか。

その感覚は「シリーズ編第3弾」にまとめています。ぜひ参考にされてください↓

S-03~:心のエネルギーとは何か? ~カナックス事件に学ぶ“心のエネルギー”をコントロールする方法~(目次)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19879680.html

 

 簡単にいうと「密教方式」。すべてが空(くう)であるとわかっていながら、あえて霊を認め除霊・浄霊を行う感じです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 霊の存在を前提に除霊や浄霊を行うのは「臨場感をほどよく維持する」ため。そして、そこには「相手のために」という明確な意図が含まれています。それが大乗です。

霊(苦)を実感している人とわざわざ同じように感じてあげて、それを解消(解決)してあげる

それは相手の立場にたった対処法であり、「100%クライアントの利益のため」というコーチの心得にも通じるものです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23512794.html

 

 縁起、すなわち「原因によって結果が起こる」は、釈迦哲学の根幹をなす教えです。そして、それは「自分を含めてすべては他の何かとの関係性で成り立っている」ということであり、「関係が存在を生みだす」ということです。だから

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 一人ひとりの心に平和が訪れた結果(証)として世界平和が実現する

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/16799778.html

 

そんな「心の平和→世界平和」のために、「まずは各自が自身の心に潜む『戦争(争い)』『差別』に気づいてね」(ケースサイド)、「そして、それらを余裕で解決していってね」(プランサイド)という博士の思いがこめられているのではないでしょうか。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12658417.html

 

 さらに言うと、世界平和そのものというよりは、平和を希求する人生で各人が実現する進化・向上こそが博士の願いであり、期待であるような気がします。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9963845.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9966391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10116950.html

 

 以上が私の見解です。

 御質問ありがとうございました。

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 一人ひとりの心に平和が訪れた結果(証)として世界平和が実現する

そんな「心の平和→世界平和」のために「まずは各自が自身の心に潜む『戦争(争い)』『差別』に気づいてね」(ケースサイド)、「そして、それらを余裕で解決していってね」(プランサイド)という博士の思いがこめられているのではないでしょうか。

さらに言うと、世界平和そのものというよりは、平和を希求する人生で各人が実現する進化・向上こそが博士の願いであり、期待であるような気がします

 

 その進化・向上を「ゴール設定&達成を強力にサポートすること」で実現することが、私たち苫米地式コーチの機能・役割です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 

-関連記事-

Q-042~:「明確にリアルに目標がイメージできた時点でほぼゴールに近づいた」とは具体的にどういうことでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_262962.html

Q142~:現状の外にゴールが設定できている状態と現実逃避に陥っている状態とでは何が違っているのでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_400116.html

Q-159~:臨場感が薄れても高い抽象度のゴールをイメージし続けるのでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404758.html

 

 

-告知-

 青山龍苫米地式認定マスターコーチと私 CoacH Tとのコラボ企画「Fight Coaching ProjectFCP)」がはじまっています(20206月~、月額制)。テーマは「マインド(脳と心)の健康」です。

 参加される皆さんの疑問・質問にもお答えする1年間の双方向(インタラクティブ)オンラインコミュニティの中で、徹底的に「マインドの健康」を追求したいと思っています。

一緒にさらなる“現状の外”へ飛びだしましょう!

(詳細は下記サイトで↓ FCPのみの受付は終了いたしましたが、青山コーチのコーチングクラブ2020に入会することで視聴できます)

http://aoyamacoach.com/fcp/

 

 

F-172:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ -最終回- vol.4-4「死」;well-aging <ワーク付き>

 

 最近、「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読みました。読後に医師&コーチとして考えたことをまとめます。

 

vol.1「生」;好きなことだけやる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

vol.2-1「老」;anti-aging <ワーク付き>

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24337669.html

vol.2-2「老」;anti-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24402109.html

 vol.3-1「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24466811.html

 vol.3-2「病」;with-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24549392.html

 vol.3-3「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24604120.html

 vol.4-1「死」;well-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24655350.html

 vol.4-2「死」;well-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24719389.html

 vol.4-3「死」;well-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24786250.html

 vol.4-4「死」;well-aging <ワーク付き>

 

このように様々な縁起により、「Total」として、一人の人間の命がダイナミックに形成されています。

この「一人の命を構成しているたくさんのいのち」という関係を人類(または地球)と地球上で暮らしている70数億人の関係に当てはめると、「人類(または地球)という一つの大きな命(全体)を構成しているたくさんのいのち(部分)」が私たち一人ひとりの命であるといえます。

つまり、私たち一人ひとりはより大きな人類(地球)という生命の一部。縁起のネットワークのひとつの結び目です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

そして、ひとつの細胞がその役割を果たし終わったら次の細胞に置き換わるように、私たちはいのちをしっかり次世代につないだ後には自らを消すべき存在であるといえます。もしも人間が死ななくなると、人類(地球)が滅びます。死ななくなったがん細胞がその集合である個体を死に追いやるように。

 

個をより大きな存在の一部とみなすことこそ「Total」という概念の重要な部分です。それは「抽象度を上げること」そのものであり、仏教でいう「無分別」の実践です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

そして、それは“無敵”へといたる旅!

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5446097.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5448151.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615695.html

 

その旅の途中に、さらに高次の抽象度空間(情報場)への扉が開かれ、アブラハム・マズローが晩年に付け加えた「自己超越の階層」に到達します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9963845.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9966391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10116950.html

 

では、vol.4-2「死」(F-170)で御紹介したワークに再度取り組んでみましょう。前回の答えはいったん忘れ、まったく新しい“自分”オリジナルの答えを見つけなおしてみましょう。

苫米地博士の著書「『生』と『死』の取り扱い説明書」(KKベストセラーズ)中の下記文章(前回引用のつづき)を参考にされてください。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24719389.html

 

 引用開始

 これに対して、「すべてのものは『空』であるとしても、関係性(縁起)によってそれぞれの役割があり、たとえ仮の存在であっても、その存在や現象の役割を認めて見てみようという見方が「仮観」です。

 存在そのものは「空」であっても、その「空」である存在に役割があるのだから、その役割を積極的に見ていこうとするものの見方です。「空」であることから一旦離れて、役割のほうに注目していこうという見方とも言えます。

 映画にたとえると、常に「映画というのはすべてフィクションなのだ」という視点で映画を見る見方が「空観」で、「映画はフィクションだが、そのストーリーには役割があり、意味があるので、ストーリーの中に積極的に入り込んで臨場感を最大限に感じながら、お話しをしっかりと見ていこう」という視点で映画を見るのが「仮観」と言えるでしょうか。

 そして、この二つの見方の間に立って、同時に成り立たせる見方が「中観」です。「空観」と「仮観」よりも一つ抽象度が高い見方と言えるでしょう。「空観」の視点でフィクションだとしっかり認識しつつ、「仮観」の視点でその役割を認めて、フィクションの世界に価値を見いだす視点が「中観」なのです。

 「仮観」とどう違うのかと思うかもしれませんが、「仮観」は「空観」の対立項で、存在は「空」であるということを知っていても、あえてそうした見方をしないで、役割のほうを見る見方であるのに対して、「中観」は存在が「空」であることも積極的に認め、それをしっかりと認識しながら、同時に役割にも価値を置くという見方です。

 これまでの話で言えば、「妄想だとわかって宗教の壮大なストーリーに価値を見いだす」のが「中観」的ものの見方なのです。「仮観」の場合は、「妄想だが、妄想であるとは見ずに、ストーリーに浸ってしまう」見方と言えるでしょう。

 この「中観」というものの見方は非常に重要です。宗教は妄想ですが、役割があり価値があるなら、妄想だってかまわないと見るわけです。もちろん、妄想であることをしっかりと認識して、同時にその妄想に価値を認めるわけです。

 死が怖いとか、死に接して心の整理がつかないと言って、日々、悶々として生きるよりは、「いや、死は怖くないんだよ」という妄想によって明るく生きたほうがいいわけで、妄想だとわかったうえで、その妄想にあえて乗ってしまうことは何の問題もありません。

 ただし、何度も言う通り、妄想だとはっきり教えてあげないと、戦争が起こってしまいます。本気で唯一絶対の神を信じてしまったら、神が「信じないものは殺せ」と言った場合、本当に殺してしまうわけです。でも、妄想だとわかっていればそんなことは起こりません。映画の主人公が何を言っても、それに従う観客がいないのと同じことです。

 西洋の宗教で問題なのは、「空」の考え方が抜け落ちていることです。「空」の考え方がありませんから、「空観」もありませんし、「仮観」もありません。もちろん、「中観」もあり得ません。

 フィクションを実物だと思い込んでしまう思想なのです。実物だと思ってしまうと、隣の世界を認めることができなくなります。「信じるものは救われる」=「信じないものは救われない」=「信じないものは神が排除してもいいと認めている」という論理になってしまうのです。

 また、すべてのものが「空」ではなく実物であるなら、大きければ大きいほどいいと考えてしまうのも、道理というものです。ビルは高ければ高いほどいいと考え、領土は広ければ広いほどいいと考え、金(マネー)は多ければ多いほどいい、ということになってしまうのです。

 ビルも領土も金も「空」だと知っていれば、そんなものにこだわること自体が無意味だとわかるはずです。

 そもそも金(マネー)というのは、物々交換を媒介する道具です。ところがいつのまにか、その道具ばかりを増やすことに心血を注ぐようになってしまいました。すべてを本当にあるもの、実であると考えてしまったからです。

 引用終わり

 

 

<ワーク>

    人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福(well-being)”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

    未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』がはじまり」といえます。そのはじまりにある“幸福(well-being)”とはどんなものなのでしょうか?

    人生の終着点(始発点)である「死」をどのように迎えれば(始めれば)よいのでしょうか?

    anti-agingwith-agingの先には何があるのでしょうか?

 

 

 いかがですか?

 前回(F-170)と比べて、どんな変化が生じましたか?

 

前回と今回の答えの違いは、抽象度の違いのはず。そうやって抽象度の階梯をのぼっていくことで(人間形成)、人は“The Power of Mind”を手に入れていきます。

もしも「Total」に通じるような大きな何かを感じられたなら、きっとそのちょっと先にはシンの平和が待っています。平和に至るマインドの変化が「antiwithwell」であり、そのプロセスそのものが“幸福(well-being)”といえるはずです。

 今後の「フリーテーマ」での投稿(F-176~)で掘り下げていきます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/16799778.html

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 このシリーズの冒頭(F-163)で、「ウルマンの『悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消滅させる元凶である』という主張(claim)が証明されたといえます」と書きました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

 

 厳密には、この表現は△です。因果関係を考えると、情動(悩み・疑い・不安・恐怖・失望)は結果であり、因ではないから。

 

「情動」も「若さの消滅」と同様に結果にすぎません。「マインドでの情報処理」の結果です。その情報を生みだすのはゴール。だから、コーチングが重要なのです。「ゴールがない」「ゴールが間違っている」「ゴールが不明瞭」というのが、ウルマンの言う“元凶”といえます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24205164.html

 

Goal comes first」(by Mr. Lou Tice)ということです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23715889.html

 

 

-関連記事-

F129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_396235.html

PM-00-06:第六章(職場への苫米地式コーチング導入挑戦と明らかになった課題)目次

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/15110477.html

 

 

「生」と「死」の取り扱い説明書(Kindle ver.)

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F-171:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ vol.4-3「死」;well-aging

 

 最近、「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読みました。読後に医師&コーチとして考えたことをまとめます。

 

vol.1「生」;好きなことだけやる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

vol.2-1「老」;anti-aging <ワーク付き>

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24337669.html

vol.2-2「老」;anti-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24402109.html

 vol.3-1「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24466811.html

 vol.3-2「病」;with-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24549392.html

 vol.3-3「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24604120.html

 vol.4-1「死」;well-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24655350.html

 vol.4-2「死」;well-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24719389.html

 vol.4-3「死」;well-aging

 

    人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福(well-being)”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

    未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』がはじまり」といえます。そのはじまりにある“幸福(well-being)”とはどんなものなのでしょうか?

    人生の終着点(始発点)である「死」をどのように迎えれば(始めれば)よいのでしょうか?

    anti-agingwith-agingの先には何があるのでしょうか?

 

 前回(F-170)の追記1で、ワークのヒントとして、俳優 マイケル・J・フォックスのコメントを再度紹介しました。その中にある言葉が「起きたことを正しい場所に受け止める」。

マイケルが「楽観主義は感謝から生まれるものだ」と気づいたのは、「起きたことを正しい場所に受け止める」という姿勢(attitude)によりスコトーマが外れ、より高い抽象度で“自分”を再評価することを可能にしたからです。その先にあるのが、大乗でいう「空観(くうがん)」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

その上で「生きていかなくてはならない残りの人生がどれだけあるかを見る」というのは、高い抽象度からの視点を保ったまま物理空間での“一期一会”を思い描くということ。「仮観(けかん)」です。その時のマイケルの心は、「戦い」ではなく、「貢献」の方にフォーカスしていたはずです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23177616.html

 

「空」と「仮」を同時に満たす上位概念が「中観(ちゅうがん)」。

中観とは、すべての存在が「空」であるとする「空観」と、縁起の中での「仮の役割」に注目する「仮観」の2つをバランスよく維持している状態です。

私は、この中観こそがwith-agingを可能にすると思っています。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 私がそのように確信するようになったのは、もちろん、師である認知科学者 苫米地英人博士に学んでいるからです。博士との御縁により、幼少期から慣れ親しんできた仏教と少年の頃から好きな科学、そして青年期から学び続けている医学・医療のゲシュタルトがどんどん結びついていきました。それは縁起の結実。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7383761.html

 

 前々回(F-169)御紹介した「死とは何か(原題:DEATH)」(文響社)を読みながら感じた強烈な違和感も「ゴールへ向かう重要な縁起」と理解しています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

そんな意識状態を保ちながら、苫米地博士の著書「『生』と『死』の取り扱い説明書」(KKベストセラーズ)を読み返してみました。

「死の正体」を明らかにする第二章(「死」は妄想)で、博士は「空観・仮観・中観」を取り上げていらっしゃいます。つまり、「死の本質」を理解するためには釈迦哲学が欠かせないということ。

 以下、同書より引用します。

 

空観、仮観、中観

 

 宇宙とか世界を捉える見方、考え方に「空観」「仮観」「中観」というものがあります。

 「空観」とは、すべてのものは「空」であることを知って、すべてのものを「空」として見るというものです。

 「空」という概念は非常に説明が難しいのですが、「有でもあり、無でもある」あるいは「有でもなく、無でもない」といった概念です。すべてを包含しうる概念と言えます。

 よけいに混乱してしまったかもしれませんが、「あるとも言えるし、ないとも言える」、ということは「あるとも言えないし、ないとも言えない」わけです。

 

 例えば、あなたは森の中にいたとします。では、その「森」というものは本当に存在するのでしょうか。

 「森」と言っても、ただ「木」がたくさん生えているだけです。木はあっても森は「ある」と言い切れるでしょうか。もしかしたら、「森」ではなくて「林」かもしれません。その区別すら、明確にはできないはずです。

 「木がたくさん生えているのが森」だとすれば、その「たくさん」というのはどの程度を言うのでしょうか。どこからが「木」で、どこからが「林」で、どこからが「森」なのでしょうか。

 そんなふうに考えていくと、「森」だと思っていた場所も、実は「森」ではないかもしれないと思えてきます。実際、「森」という存在があるのかないのか、なんとも言い切れなくなってきます。

 こんなふうにすべてのものは、よくよく見てみると、「あるとも言えるし、ないとも言える」ものだということがわかります。

 「でも、『木』はあると言えるんじゃないか」

 そう思う人もいるかもしれません。木が集まって森になる。だとすれば、森があるとは言い切れないが、木はあると言えそうだという主張でしょうか。

 しかし、「木」という存在も「森」と同様に怪しいのです。そもそも、「木」という言葉があるから「木」と認識しているだけであって、「木」という言葉を知らない人が「桜の木」と「つつじの木」を見たとき、同じ「木」だと捉えるかどうかははなはだ怪しいと言わざる得ません。

 また、木は細胞からできています。細胞がたくさん集まって、「木」と呼ばれるものを形作っているわけです。だとしたら、「森」と「木」の関係と同様、細胞はあっても、「木」というものが「ある」と言えるのかどうか怪しいということになります。

 細胞ももっと細かく分けることができます。核とか、細胞質とか、もっと言えば、分子とか原子とか、素粒子レベルまで分けることができます。

 では、素粒子はあると言えるのかと言うと、量子力学の世界をご存じの読者はおわかりのように、ある確率でしか、その場所に存在していると言えないのです。例えば、原子の中の電子の位置を正確に測定することはできません。

 こんなふうに「あるともないとも言えるし、あるともないとも言えない」というのが「空」という概念です。

 存在というのは、実は実体として「ある」とは言い切れず、常に他のものとの関係性の中でしか定義できません。どんなものであっても、「あるともないとも言え、またあるともないとも言えない」のです。

 こんなふうに、「すべてのものは『空』である」としてものごとを見る見方を「空観」と言います。

 引用終わり(続きは次回に)

 

 過去のブログ記事で米ハーバード大学教授の「LIFESPAN 老いなき世界」(F-165)や米イェール大学教授の「死とは何か(原題:DEATH)」(F-169)を取り上げ、『存在→関係』か『関係→存在』かの違い」がポイントであることを指摘しました。

前者(西洋哲学)が「体や老病死がある(存在する)」ことを前提にしているのに対して、後者(釈迦哲学)は「体や老病死はあるともないとも言え、またあるともないとも言えない」という立場。その後者の視点が空観です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23037529.html

 

苫米地博士は、「木と林と森の関係」を、細胞から素粒子のレベルまで抽象度を下げながら考察されていました。同様に、一人の人間の体を、器官から細胞そして素粒子へと抽象度を下げながらみていくと、「あるともないとも言えるし、あるともないとも言えない」ことがわかります。空(くう)です。

 

 私たちは、つい「一人の人間の命はひとつ」と考えてしまいがちですが、一人の体は60兆個をこえるたくさんの細胞の集まりです。その一つひとつが生きているからこそ、全体としての“ひとつの命”が成り立っています。

 無数の細胞(部分)が器官を形成し、たくさんの器官が見事に連携しながら“ひとつの命”(全体)を成り立たせている まさにゲシュタルトです。

 

 そんな“ひとつの命”に関わるのは自らの組織だけではありません。

例えば、腸の中には1003000種類の微生物(主に細菌)が100兆~1000兆個ほど存在するとされています。総重量はなんと1kg以上です。この腸内細菌の種類や数に私たちの健康状態が左右されることは、すでに科学的に立証されています。さらに最近は、人間の心の状態とこれら腸内細菌との相関まで指摘されています。まさに縁起!

このような様々な縁起により、「Total」として、一人の人間の命がダイナミックに形成されているのです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

この「一人の命を構成しているたくさんのいのち」という関係を人類(または地球)と地球上で暮らしている70数億人の関係に当てはめると、「人類(または地球)という一つの大きな命(全体)を構成しているたくさんのいのち(部分)」が私たち一人ひとりの命であるといえます。

つまり、私たち一人ひとりはより大きな人類(地球)という生命の一部。縁起のネットワークのひとつの結び目です。

 

F-172につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 引用文中にある「量子力学の世界」の参考にご覧ください↓



 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14526199.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14687391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14687476.html

 

 

-関連記事-

F129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_396235.html

 

 





F-169:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ vol.4-1「死」;well-aging <ワーク付き>

 

 最近、「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読みました。読後に医師&コーチとして考えたことをまとめます。

 

vol.1「生」;好きなことだけやる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

vol.2-1「老」;anti-aging <ワーク付き>

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24337669.html

vol.2-2「老」;anti-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24402109.html

 vol.3-1「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24466811.html

 vol.3-2「病」;with-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24549392.html

 vol.3-3「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24604120.html

 vol.4-1「死」;well-aging <ワーク付き>

 

人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

 未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』ははじまり」ともいえます。そのはじまりにある“幸福”とはどんなものなのでしょうか?

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542317.html

 

 今回御紹介する本は、「死とは何か イェール大学で23年連続の人気講座」(文響社)。米国イェール大学で道徳哲学や規範倫理学を教えるシェリー・ケーガン教授の「死」をテーマとした講義をまとめたものです。原題は「DEATH」。

 その本(講義)はこんな文章ではじまります。

 

 どのような生き方をするべきか?

 “誰もがやがて死ぬ”ことがわかっている以上、この問いについては慎重に考えなければなりません。どんな目的を設定するか、どのようにその目的の達成を目指すか、念には念を入れて決めることです。

 もし、死が本当に“一巻の終わりならば、私たちは目を大きく見開いて、その事実に直面するべきでしょう。

-自分が何者で、めいめいが与えられた“わずかな時間”をどう使っているかを意識しながら。

 引用終わり

 

 「死」をテーマとしているはずなのに冒頭から「どのような生き方をするべきか?」と問いかけていることに興味を持ち、ワクワクしながら読みはじめました。そして、著者の描く「どんな目的を設定するか」「どのようにその目的の達成を目指すか」に大きな期待を感じながら読み進めました。

 「目的」とはゴールのはずで、「目的の達成」はコーチングに通じるに違いないと思ったからです。それは「with-agingwell-agingに引き上げる何か」であるはず。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 ところが、読後感は、with-agingを感じた「脳科学は人格を変えられるか?」よりも、むしろanti-agingの「LIFESPAN 老いなき世界」に近いと感じました。

それは私にとって想定外であり、強い違和感を覚えました。認知的不協和です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882652.html

 

LIFESPAN」の著者 デビッド・A・シンクレア教授は老化研究の第一人者です。よって、専門家であるが故にその視点が情報空間の底面(物理空間)にフォーカスされていることは理解できます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

一方、「死とは何か(原題:DEATH)」の著者 シェリー・ケーガン教授は哲学や倫理学が専門であり、より高次の抽象度で「死」を考察する立場です。確かに「死(DEATH)」は物理空間での現象ですが、「何か」は情報空間に存在します。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

私の無知と無理解が著者の意図をスコトーマに隠してしまうことがないように、ソクラテスの「無知の知」という忠告を何度も意識しながら読み進めました。不協和を感じるたびに。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19879896.html

 

その上で率直に述べますが、私には著者の思考の抽象度が物理空間(または物理に近い低次元)に囚われているように感じられました。その象徴ともいえる表現を「死についての最終講義」から引用します。

 

 魂など存在しない。私たちは機械にすぎない。もちろん、ただのありきたりの機械ではない。私たちは驚くべき機械だ。愛したり、夢を抱いたり、創造したりする能力があり、計画を立ててそれを他者と共有できる機械だ。私たちは人格を持った人間だ。だが、それでも機械にすぎない。

 そして機械は壊れてしまえばもうおしまいだ。死は私たちには理解しえない大きな謎ではない。つまるところ死は、電灯やコンピューターが壊れうるとか、どの機械もいつかは動かなくなるといったことと比べて、特別に不思議なわけではない。

 

 ポイントはやはり「『存在→関係』か『関係→存在』かの違い」なのでしょう。

vol.2-2「老い」(F-165)で言及したとおり、前者の「存在があり関係が生まれる」という見方は西洋哲学がベースになっています。

 そして、その見方は、物理空間では不確定性原理により、情報空間では不完全性定理によって、完全に否定されました。「アプリオリはなく、すべては決定的ではない」ということはすでに証明されています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6194669.html

 

対して、後者の「関係があり存在が生まれる」という見方は釈迦の縁起の思想をベースにしています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 この「関係があり存在が生まれる」「関係が存在を生みだす」という見方は、「だから普遍的な実体などはなく、物事は常に変わりゆき、永遠に変わらないものなどない」という考え方に行き着きます。「無常」です。

 さらに、「すべてのものは他との関係性の網の中で形作られていて、普遍的な実在はない」という縁起を理解することは、抽象度の軸で見たときの情報宇宙の頂点(T)とした「空(くう)」の体得を可能にします。

空とは「なによりも情報量が少なく(なにもないに等しい)、かつ、潜在的な情報量はなによりも多い(とてつもなくある)」こと。この宇宙の見方が「空観(くうがん、くうかん)」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 認知科学者 苫米地英人博士に学んでいる方々は、まずはこの空観に由っています。もちろん私もです。

 だから、「私たちは機械にすぎない」「機械は壊れてしまえばもうおしまい」と断言されると猛烈な違和感を覚えるのです。抽象度の高い空間にあるコンフォートゾーン(苫米地情報場)から大きく逸脱するからです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

 

 苫米地博士の提唱する苫米地理論は縁起ベースです。その代表が「超情報場仮説(理論)」。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165789.html

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 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306445.html

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苫米地理論においては、老いや病はもちろんのこと、生と死さえも空(くう)です。空という意味では「生命=機械」「死=壊」という見方もできるのかもしれませんが、だからといって「私たちは機械にすぎない」「機械は壊れてしまえばもうおしまい」「どの機械もいつかは動かなくなるといったことと比べて、死は特別に不思議なわけではない」という結論には至りません。ゼッタイに...です。

 

 では、どのように考えればよいのでしょうか?

 anti-agingwith-agingの先にはどんな境地があるのでしょうか?

 

F-170につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 もうひとつ、「『死』とは何か」が抱える重大な課題(ケースサイド)を御紹介します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12658417.html

 

 同書の第9講は「自殺」がテーマ。その重たいテーマを、著者は合理性と道徳性という観点で考察しています。「シェリー先生の結論」にはこのように記載されています。

 

 合理性:原則として自殺は合理的な選択となりうるのだ。

 道徳性:相手がよく考え、妥当な理由を持ち、必要な情報を得ていて、自分の意思で行動していることを確信できたとしよう。そんなケースでは、その人が自殺することは正当であり、本人の思うようにさせることも正当だと思える。

 

 いかがですか?

 自殺に関するイェール大学教授のこの“結論”について考えてください。それが今回のワークです。これは世界平和を実現するためのとても重要なワークになります。

 「anti-agingwith-agingの先にある境地」に至るためにも重要です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/16799778.html

 

 私の意見は次回(F-170-追記2- 中に記します。一言です。

 

 

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PM-06-18~:仮説13)宗教の限界

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F129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

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「死」とは何か

  

F-168:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ vol.3-3「病」;with-aging <ワーク付き>

 

 最近、「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読みました。読後に医師&コーチとして考えたことをまとめます。

 

vol.1「生」;好きなことだけやる

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vol.2-1「老」;anti-aging <ワーク付き>

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vol.2-2「老」;anti-aging

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 vol.3-1「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24466811.html

 vol.3-2「病」;with-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24549392.html

 vol.3-3「病」;with-aging <ワーク付き>

  

もしも「老い」「病」に明るくあたたかい何かを感じられるのなら、それはより大きなゲシュタルトで再解釈(統合)できていることを意味します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7383761.html

 

 このシリーズではまず「LIFESPAN 老いなき世界」(東洋経済新聞)を紹介しました。その中では(情報空間の底面である)物理空間に限局した視点で「老=病」という定義がなされ、「老いは克服できる」と主張されていました。anti-agingです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

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 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

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 次に取り上げたのが「脳科学は人格を変えられるか?」(文藝春秋)。以前はアプリオリを前提とする立場だった著者は、俳優 マイケル・J・フォックスとの縁により、「遺伝子は確かに私たちを規定するが、必ずしも絶対的な力ではない」「環境が変われば遺伝子の発現も変わり、脳が物理的に変化する」という立場にあらためます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 それは機械論的自然観や実体二元論(substance dualism)といった西洋哲学の立場から、不完全性定理や不確定性原理を経て、東洋哲学の立場に移行したということ。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6194669.html

 

 東洋哲学の立場とは縁起のことです。さらに突き詰めると、「『生老病死』が空(くう)だと理解した上で、生きる意味を仮(け)として見いだし、実践すること(=中観)」といえます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 読書中、抽象度という軸を手に入れたであろう著者の思考が、底面である物理空間から解き放たれ、高次の情報空間にどんどん拡大していくのを感じました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

そして、著者の関心は“幸福”へと移っていきます。もはや「老い」や「病」は戦うべき存在ではなく、“幸福”に至る重要なきっかけにさえ思えてきます。自我が拡大しているからです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353425.html

 

それは「anti-agingからwith-agingへの進化」と考えることができます。

 

 実例として取り上げられた俳優 マイケル・J・フォックスの生き様は、私たちに重要なことを教えてくれます。with-agingの力です。それは年を重ねるとともに抽象度の階梯をのぼっていくこと(人間形成)で手にしていく“The Power of Mind”。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9963845.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9966391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10116950.html

  

 絶望の中に見つけた希望をゴールにし、挑む過程でスピリチュアペインを克服していき、“トータルな幸福”を得る

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 「ゴール設定後本当にやりたいことだけをやり続けることでまず心が元気になり、その心の変化が写像である物理空間にあらわれて体も元気になった」マイケルは、パーキンソン病という難病を発症しながらも“奇跡”といえるような俳優復帰を果たしました。「悲観的な遺伝子型」を持っているはずなのに。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8045695.html

 

 「心と体は同じもの」であり情報です。同じものの抽象度の違いであり、そのすべてが情報です。その情報を、情報空間では心といい、底面(物理空間)では体と表現しているだけです。だから、心が元気になると、写像である体もいい状態になる

 

 それは紛れもない事実ですが、その一方で(情報空間の底面である)物理空間には物理法則という強力な秩序が働いています。「LIFESPAN」で示されているようなコントロールが実現するにしても、「生老病死」という四苦を完全に克服することはできないはずです。

 すべての生命が、確実に老い、多くは病を抱えながら、必ず死んでいくのです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8045827.html

 

 では、人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

 未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』ははじまり」ともいえます。そのはじまりにある“幸福”とはどんなものなのでしょうか?

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542317.html

 

 

 “奇跡”のような俳優復活を成し遂げたマイケルにも、「老い」や「病」が忍び寄りました。2018年に脊髄に異常があると診断されたのです。この異常は1991年に発病したパーキンソン病とは関係のないものだったといいます。「腫瘍が脊髄を圧迫していた。手術をしなければ麻痺してしまうと言われた」と当時の状況をインタビューで語っています。

幸い手術は成功し、リハビリで歩けるようになりました。しかし、いよいよ俳優に復帰するという当日、転倒したマイケルは腕を骨折してしまいます。

 

「間違いなく人生で最悪の瞬間だった。ただ倒れてしまったんだ。キッチンの壁に寄りかかって救急車を待ちながら『まさにどん底だ』って思っていた。すべてに疑問を抱いた瞬間だった。こんな状態で明るい顔なんてできない。これにいい面も明るい面もない。後悔と痛みがあるだけだって思ったんだ」

 

パーキンソン病発症後も希望を失わなかったマイケルですが、このときばかりは楽観的な思考ができなかったそうです。きっと大脳辺縁系優位の「ファイト・オア・フライト」の状態だったのでしょう。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8164566.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8166289.html

 

ところが、ベッド上で1970年代のテレビ番組の再放送を見ているとき、突然、変化が訪れました。「楽観主義は感謝から生まれるものだ」とわかったそうです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13628437.html

 

「感謝の気持ちに立ち返ることができれば、楽観的な見方を持ち続けられる。それは受け入れることから生まれるんだ。起きたことをそのまま受け入れる。それは現状を変えようという努力ができないという意味ではない。それに起きたことを自分への罰や自己犠牲として受け入れるということでもない。起きたことを正しい場所に受け止めるということなんだ。そして生きていかなくてはならない残りの人生がどれだけあるかを見る。そうすれば前進できる」

 

起きたことを正しい場所に受け止める

 

 前回の記事(F-167)で米上院予算員会でのマイケルのスピーチを紹介しました。その中に「パーキンソンとの戦いは勝てる戦いです。僕はその勝利のために貢献すると決めました」という表現があります。「戦い」とは、「老い」や「病」と対峙するということ。つまり、anti-agingです。当然、意識は情報空間の底面である物理空間にあります。

 

 落胆したマイケルが「楽観主義は感謝から生まれるものだ」と気づいたのは、「起きたことを正しい場所に受け止める」という姿勢(attitude)によりスコトーマが外れ、より高い抽象度で“自分”を再評価することを可能にしたからです。大乗でいう「空観(くうがん)」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

その上で「生きていかなくてはならない残りの人生がどれだけあるかを見る」というのは、高い抽象度からの視点を保ったまま物理空間での“一期一会”を思い描くということ。「仮観(けかん)」です。その時のマイケルの心は、「戦い」ではなく、「貢献」の方にフォーカスしていたはずです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23177616.html

 

「空」と「仮」を同時に満たす上位概念が「中観(ちゅうがん)」。

中観とは、すべての存在が「空」であるとする「空観」と、縁起の中での「仮の役割」に注目する「仮観」の2つをバランスよく維持している状態です。

 

私は、この中観こそがwith-agingを可能にすると思っています。

 

 

 最後に、認知科学者 苫米地英人博士の著書「『感情』の解剖図鑑 仕事もプライベートも充実させる、心の操り方」(誠文堂新光社)より引用します。

 ぜひ「老い」や「病」の先に待つ「死」の迎え方について考えてください。そして、その「死」まで見据えた上での“幸福”(あるいは、時間の流れのはじまりにある“幸福”)について思いめぐらしてください。それが今回のワークです。

 

 楽しんでもいい不安もある

 不安にはさまざまなものがありますが、その中には、「感じてもいい不安」と「感じる必要のない不安」があります。

 「感じてもいい不安」として、まず挙げられるのは、「老い」や「死」に対する不安です。

 人類はあるとき、「人は必ず老いる」「人は必ず死ぬ」「それを人間の力でコントロールすることはできない」ということに気づきました。おそらくそのときから、老いや死に対する不安が生まれたはずです。

 そうした不安に対処するために生まれたのが、宗教や哲学です。

 生きている限り、自分ではどうすることもできないことは必ずあり、不安も生じます。そして不安があるからこそ、人は人生と向き合い、思考を深めることができます。

 ですから、「老い」や「死」への不安のように、感じてもいい不安に関しては、「自分が不安を抱いている」ことをしっかり認め、無理になくそうとせず、その感情を楽しめばよいのです。

 

F-169につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-関連記事-

F129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_396235.html

 

 

「感情」の解剖図鑑



F-159:無我夢中 <後編>

 

 「無我夢中」という言葉を聞いたら、どんなイメージが浮かびますか?

 

 前々回(F-157)、自分の死に自ら意味を見いだしたことで情報(心)を書き換え、その写像である物理(体)を書き換えていった高齢女性の例を御紹介しました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23874668.html

 

 その様子はまさに“無我夢中”

 私が「指一本でも役に立ちたい」と願う患者さんに感じた“無我夢中”は、「冷静さを欠いている」「視野が狭くなっている」というネガティブなニュアンスの「無我夢中」ではありません(詳しくは前編で↓)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23944294.html

 

 

「指一本でも役に立ちたい」と願う高齢女性は、子どもたちからも「お人好し」と評価されていました。それは一生かけて作り上げてきたブリーフシステムといえます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 

しかし、その「お人好し」ゆえに家族とは疎遠になっていました。誰彼かまわずお金を貸してしまうため(O:義務感)、子どもたちとの間で喧嘩が絶えなかったようです。結局は踏み倒されることを繰り返したため、いつしか本人もお金に困るようなったそう(F:不安・恐怖)。後悔とともに感じる子どもたちへの罪悪感(G)が、さらに患者さんを苦しめたに違いありません。
 きっと霧(FOG)の中をさまよっているように感じていたはずです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13523715.html

 

 その状況をコーチの視点で分析すると、「バランスを見失っている状態」といえます。つまり、「冷静さを欠いている」「視野が狭くなっている」という意味での「無我夢中」です。

 ゴールは人生のあらゆる領域に設定するものです。そして、そのバランスに留意しながら達成していきます。「仕事は大成功したけれど、家庭は崩壊した」も、「お金持ちになったけれど、体が壊れた」もNGです。仕事も、家庭も、ファイナンスも、健康も…etc、同時に達成していくことをバランスホイールといいます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

人生のあらゆる領域を同時に観るというのは「抽象度を上げる」訓練にもなります。高い視点から俯瞰(ふかん)することができるほど、さらにゴールを達成しやすくなります。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

だから私は、ゴールのバランスホイールをとても重要視しています。それは「天秤にかけバランスをとる」ということではなく、「高い抽象度ではひとつのものを(全体)、抽象度を下げた次元においてバランスよく配分する(部分)」という感覚。ゲシュタルトです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 

 蛇足ですが、バランスホイールはセルフヒーリング&セルフコーチングの秘訣でもあります(と私は思っています)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14524490.html

 

話を高齢患者さんに戻します。

「お人好し」であるがゆえに経済的な不安を抱え(社会的苦痛)、後悔と罪悪感に苛まれる患者さんに(心理・精神的苦痛)、感染症が襲いかかりました(身体的苦痛)。医学的に「せん妄」と呼ばれる不穏状態に陥ったとき、ひょっとしたらスピリチュアルペインに苦しんでいたのかもしれません。
 それら4つの苦しみを、医療の現場では「全人的苦痛」「トータルペイン」と表現します。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8293317.html

 

四重苦に陥った患者さんは、死を目前にしても「お人好し」を貫きました。ずっと意識下(無意識)にあった「死後も社会に貢献したい」はいつしかゴールとなり、「献体」というエンドステートになって意識に上がりました。その間に自然に発した言葉(セルフトーク)が「指一本でも役に立ちたい」です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14973460.html

 

 「献体」という行為で完遂する患者さんのゴールは、最初は完全に“現状の外”でした。死後の自分の体の取り扱いは自身ではどうすることもできず、肝心の家族が強固に反対していたからです。

それまで子どもたちと対立してきた患者さんは、自身の態度を改めました。どうしても成し遂げたい本物のゴールがあり、かつエフィカシーが高かったから(覚悟を決めていた)。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882609.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5616012.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19033189.html

 

 結果、患者さんの中で自我が拡大しました。死後に体を預けることになる子どもたち(家族)まで含めて“私”というように。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353425.html

 

 ゴールを共有したとき、“自我の拡大”は患者さんの家族にも起こったはずです。苦笑いしながら「母らしい」とつぶやいたときの息子さんの目には、それまでとは全く違う優しい光が宿っていました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268334.html

 

 その時、私は、ネガティブなニュアンスの「無我夢中」が、「抽象度が上がる(上げる)」方向性での“無我夢中”に変わったと確信しました。

 

この場合の“無我”は「“私(我)”の定義を拡張する」という意味です。

“私”の抽象度を上げていくと →家族→チーム(組織)→地域→国→地球→太陽系→と空間的に広がっていきます。更に時間も含めると→10年後→100年→138億年+未来→と拡張していきます。ここまでが物理空間の話。

 物理空間は情報空間の写像ですので、物理空間での拡張は、抽象度が上がったことの投影といえます。その感覚を表現した言葉が「俯瞰」や「克己」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

 抽象度が上がるほど、情報的に大きな存在になることができます。情報的に大きな存在になるほど、未来志向で優しく書き換えることができるようになります。本当は“私”である他人も。もちろん、“私”自身の心身も。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268337.html

 

 実際に、「死後も役に立てる」という希望を抱いた患者さんは、「うれしい~」という言葉とともにどんどん回復していきました。まるで“奇跡”のように。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8045695.html

 

 

 私たちは自由意思でゴールを設定することで、ゴールに向かう日々を“夢中”に生きることができます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 

ゴール側のコンフォートゾーン(I)に臨場感を感じるほど(V)、そのゴールは実現に近づいていき(R)、その過程で新たな可能性(I´)を見つけだします。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

そして、リミッターをはずしながら新たな可能性(I´)に向かい、その過程でさらなる可能性(I)を見つけ

その過程で無限に近いような潜在的能力をどんどん発揮していきます(ロック解除)。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12794797.html

 

「モチベーションの違いで756倍の差が」というデータ(事実)は、その一つにすぎません。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12340209.html

 

私たちは自由な心でゴールを設定することができます

“夢中”を体現しながら、日々の課題に挑戦することができます

 

人生のあらゆる領域に存在しているゴールを俯瞰しながら、それぞれを再設定して挑み続けていると、“無我”はやがて“空我”へ書き換わっていきます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

空我夢中

 

それは無としての自我、すなわち部分関数が宇宙サイズに拡大していくプロセスでもあります。アブラハム・マズローは、それが「人間形成」だと喝破しました。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9963845.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9966391.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10116950.html

 

その人間形成の過程で「我を忘れている」という意味での「無我」は、「宇宙と自分を切り分けることができない」という意味の“無我(=空我)”となります。

たとえそこまでたどり着けなかったとしても、「人間形成」の階梯を駆け上がるプロセス自体にホメオスタシスが働いている状態は、とても自然で心地のよい“無我夢中”です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831660.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971818.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971956.html

 

苫米地博士が語るコーチの基本条件は「いい人である」こと。死さえ希望に書き換えた老婆との縁で、私はその意味を体感した気がしました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 キーワードは「社会性」「利他(unselfishness)」。

(その上で)重要なのは行動することではなく、ゴールを設定し、ブリーフシステムを書き換えて、その結果として行動につなげること(つながること)。

その過程で人は“若さ”を取り戻します。次回から(F-160~)はそんなテーマで。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268333.html

 

 

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F-094~:私はイヤなことは心の中で握りつぶす

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F-121:「あぁ生まれてきてよかったな」で思いだす一例

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F-136~137The Sweet Hello, The Sweet GoodbyeSadSweetに書き換えるコーチング<老人向け>

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/22424986.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/22488873.html

 

 

Q-158:ストレッサー→ストレス反応→心身の不調悪化となった状態ではゴール設定はできないのではないでしょうか?

 

 御質問をいただきました。ありがとうございます。

 その内容を簡単にまとめると、「ストレッサー→ストレス反応→心身の不調悪化となった状態では、『多角的に見る』『まっさらな視点で見る』ことができないので、ゴール設定はできないのではないでしょうか?」というもの。

 

 私の答えは「そのとおり」ですが、少しばかり補足させていただきます。気楽に読んでくださいw

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19980130.html

 

 「ストレッサー→ストレス反応→心身の不調悪化となった状態では『多角的に見る』ことができない」はそのとおりです。ストレス反応が生じると、大脳辺縁系優位に陥りがちです。その状態をファイト・オア・フライトと呼びます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8164566.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8166289.html

 

 ファイト・オア・フライトのままでは「多角的に見る」ことはできません。抽象度が低い(上げることができない)から。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 低い抽象度のままでは、当然、ゴール設定は困難です。自分中心を捨てることができず、“現状の外”に飛びだすこともできません。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 

一方、「ストレッサー→ストレス反応→心身の不調悪化となった状態では『まっさらな視点で見る』ことができない」は△。ストレスは「まっさらな視点で見る」ことができない主因ではありません。

 

「まっさらな視点」とは「先入観ゼロ」のこと。それは評価関数がゼロの完全なる無分別の状態であり、悟りの境地です。いわば、RAS(ラス)がフルオープンして、スコトーマがゼロになった状態。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721658.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

 評価関数とは自我の定義に使われる関数のひとつ。もう一つが部分関数です。

先程の「まっさらな視点」を部分関数で考えると、宇宙から自分を切り分けることができない状態といえます。つまり、「自分=宇宙」ということ。それは抽象度が極限まで上がり空(くう)に達している状態です。

よって、「まっさらな視点」は簡単には実現できないでしょうw  ストレスのあるなしにかかわらず。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353425.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 では、「まっさらな視点」で見ることが難しい私たちは、いったいどのような視点で目の前の世界を見ているのでしょうか?

 

 答えは過去であり、他人であり、社会の価値観です。じつは「私」や「その『私』が認識する目の前の世界」は記憶でつくられています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 

 受け入れがたいことかもしれませんが、ほとんどすべての人にとって、「私」は本当の“私”ではありません。「無人運転」か、よくて「自動運転」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_369873.html

 

 それでは、本当の“私”になるために、シンの“私”を生きるために、いったいどうすればいいのでしょうか?

 

 答えは、もちろん、ゴール設定!

 止められてもやりたいような100%want toの何かを“現状の外”、すなわち今までの人生でつくりあげてきたコンフォートゾーンを超えたところに見つけたとき、「本当の“私”」「シンの“私”」がはじまります。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882609.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

 

 それは「本当は思春期から抱えているのに、すっかり感じなくなってしまっているスピリチュアルペイン」を克服していくことでもあります。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8293317.html

 

 “現状の外”にゴールを設定し、未来から過去に向かう時間の流れを体感しはじめると、自然にストレスは解消し、かつてのストレッサーは気にならなくなります。

(なぜだかわかりますよねw

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542317.html

 

 

 ところで、「ストレッサーがある」「ストレス反応がある」というのは西洋哲学的です。「存在があり関係が生じる」という西洋哲学に対して、東洋(釈迦)哲学では「関係があり存在が生じる」と考えます。縁起です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

認知科学者 苫米地英人博士はうつ病への対処として「うつやめたらいいじゃん」とおっしゃいますw 今回の話題でいえば「ストレスやめたらいいじゃん」「ストレッサーって君次第なんだぜ」という感じww

博士がそのようにおっしゃるのは、すべてマインドでの情報処理活動であり、「一人一宇宙」だからです。それは「すべてが完全に“自分”次第」ということ。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/11823351.html

 

すべてが縁起であり空

その空なるものに仮の役割を与えるものがゴール

ゴールが“自分”を定義し、認識する世界を生みだす

 

つまり、「ゴールの存在によってストレッサーやストレス反応が縁起として生じ、そのつながり(対処)の中でゴールを達成していく」ということ。

多くの人がネガティブに捉えているであろう「ストレッサー」や「ストレス反応(状態)」さえもゴール達成の大切な縁になっている

それがコーチングの成果であり、すべての人がもともと持っているマインドの力(The Power of Mind)の覚醒です。

 

 マインドの力(The Power of Mind)の覚醒

 

 コーチングに本気で取り組んでみませんか?

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

コーチの存在なくしては“現状の外”を感じることはできません。

よって、コーチとの縁起がストレッサーやストレス反応をゴール達成の力に変えるともいえます。

 

 

-関連記事-

Q-136~:問題が生じたゴールへの向き合い方

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-告知-

 青山龍苫米地式認定マスターコーチと私 CoacH Tとのコラボ企画「Fight Coaching ProjectFCP)」がはじまっています(20206月~、月額制)。テーマは「マインド(脳と心)の健康」です。

 参加される皆さんの疑問・質問にもお答えする1年間の双方向(インタラクティブ)オンラインコミュニティの中で、徹底的に「マインドの健康」を追求したいと思っています。

一緒にさらなる“現状の外”へ飛びだしましょう!

(詳細は下記サイトで↓ FCPのみの受付は終了いたしましたが、青山コーチのコーチングクラブ2020に入会することで視聴できます)

http://aoyamacoach.com/fcp/

 

 

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