苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

タグ:情報空間

L-004:20201月シークレットレクチャー -04;身体と心は○○○○ -後編-

 

20201月にコーチ向けのレクチャーを行いました。守秘義務を結んだ上で行う3回の講義の初回。メインテーマは「スピリチュアルペイン」で、初回のサブテーマは「○○」。

その講義内容をブログ用に再構成してお届けします。

ぜひサブテーマを想像しながらお読みください(漢字二文字ですw)。スピリチュアルペインやトータルペインは過去のブログ記事でも取り上げていますが、きっと新たな発見に驚くはずです。

 

 01;「全人的苦痛(トータルペイン)」と「4つの苦痛」の関係

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24505924.html

 02;身体的苦痛

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24553696.html

 03;身体と心は○○○○ -前編-

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24575354.html

 04;身体と心は○○○○ -後編-

 

 身体と心は同じものです。身体的苦痛と心理・精神的苦痛も同じ。同じものの抽象度の違いです。

「抽象度(ちゅうしょうど)」とは、情報空間における視点の高さを表すもの。情報量がより少ない次元への視点の移動を「抽象度が上がる」と表現し、反対に情報量が多い次元への移動を「抽象度が下がる」と表現します(詳しくは↓)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 では、「情報空間」とはどのようなものでしょうか?

 

 多くの動物は世界と五感でつながっています。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚です。

脳(特に前頭葉)が発達した人類の場合、さらに言語も含めた6つの情報入力で目の前の世界とつながっています。つまり、私たちにとっての世界とは情報であるということ。

その情報の世界は、情報量の大小で階層化されています。その階層を示す軸が抽象度です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

情報量の大小を軸とすると、宇宙は四角錐のような階層構造をしていると考えられます(下図)。

繰り返しますが、宇宙を情報量の大小で並べ替える軸が「抽象度」です。その抽象度は分析哲学上の概念(Levels of Abstraction)で、認知科学者 苫米地英人博士により日本語訳(造語)されました。


 

宇宙の構造


 

最も情報量が多い(情報空間の)底面が「物理空間」「物理宇宙」です。
 (「物理空間=四角」という意味ではありませんw

身体はこの最下層(物理空間)に存在します。そして、心とは、すべての階層にまたがる情報処理(現象)のことです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14106619.html

 

つまり、「すべてが情報であり、その情報処理(心)の底面(物理空間)への写像が身体である」ということ。身体と心はじつは同じもので、抽象度の違いにすぎません。「情報空間では身体のことを心と呼び、物理空間では心のことを身体と呼ぶ」ということです。

 身体的苦痛と心理・精神的苦痛の関係も同様で、「情報空間では身体的苦痛のことを心理・精神的苦痛と呼び、物理空間では心理・精神的苦痛のことを身体的苦痛と呼ぶ」です。

 

これは「身体と心は強い相関関係を持つ」「心身は密接に結びついている」というデカルト的な見方とは異なります。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306445.html

 

 身体と心は同じものです。

 同じとはいっても抽象度が違います。身体は最も情報量の多い物理空間(という情報空間の底面)に存在し、その物理空間には物理法則という強力な秩序(ルール)が働いています。

情報量が多くかつ厳しい制約があるので、物理次元でのリカバーは決して簡単ではありません。もしも事故等で大けがをしてしまったら、なるべく早く、しかも適切な治療を受けなければなりません。

 

しかし、そんな場合でも「身体と心は同じもの」という認識は重要です。

もしも物理空間の身体だけにフォーカスしてしまったなら(=情報空間の心をスコトーマに隠してしまったら)、「体は回復したけれど心はボロボロ」という状況になりかねません。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

身体と心は同じもの

よって、身体だけ、あるいは心だけの健康(well-being)はあり得ないということができます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7859675.html

 

(L-005につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

Preventable Trauma DeathPTD)」という言葉を御存知でしょうか?

 

 これは外傷診療に関連する医学用語で、文字どおり「防ぎうる外傷死」を減らすことを目的(ゴール)に、救急医療の現場で使われている言葉です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 その一つ上の抽象度には、公衆衛生上の概念である「防ぎうる死(preventable deathsavoidable deaths)」が存在します。「うまく対処していれば死なずにすんだであろう症例で発生した死」の外傷版が「Preventable Trauma DeathPTD)」です。

 

 じつは、2000年頃、日本におけるPTDの割合が高いことが明らかになりました。当時はPTDが外傷死亡総数の30%を超えていたとされています。

その後、外傷診療システム(病院前救護、救急病院の診療体制、病院内での医療チーム、適切な紹介転送と安全な搬送)の構築や関わる医療スタッフの診療技術向上の取り組みが進められ、18%台にまで減少したことが報告されています。

 

過去のブログ記事で、「Preventable Trauma DeathPTD)」をコーチの視点で考察しています。今回の内容とも大いに関連しますので、ぜひ確認してください↓

F-075Preventable Trauma Death

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/15833962.html

 

 

-関連記事-

PM-04~:苫米地理論で見える医療・福祉現場のスコトーマ(目次)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13076878.html

Q-064~:認知的不協和の状態にあり頭痛が続いています。適切なアファメーション、ビジュアライゼーションはどうすればよいでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_292583.html

F-122:免疫力をあげる!

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/21245972.html

 

 

-告知-

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Q-170:自身の信念を失いそうです vol.2;コーチング実践者向け -前編-

 

 メールでのやり取り中に気になる表現を見つけました。コーチング入門者向け(vol.1)と実践者向け(vol.23)、そしてコーチ向け(vol.4)に分けて考察します。

 (プライバシー保護のため一部変更しています)

 

 vol.1;コーチング入門者向け

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24385304.html

 vol.2;コーチング実践者向け -前編-

 

Q:現状、〇〇だけでなく様々な管理職としての葛藤を抱きながら、それらを省みる時間も日々の業務に追われるためできずにいて、自身の信念を失いそうになっております

 

A:前回(Q-169)は「その心情はしっかり理解しています」と前置きした上で、コーチとしての考察を書きました。

 

 その「理解」とは、「憐れみ」ではなく、「同情」のことです。

 では、憐れみと同情の違いは?

 

 憐れみと同情の違いは「共感」の有無です。「共感する能力」はゴール達成の秘訣といえます。なぜでしょうか?

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 以下、認知科学者 苫米地英人博士の「『感情』の解剖図鑑 仕事もプライベートも充実させる、心の操り方」(誠文堂新光社)より2回に分けて引用(青色)し、コーチング実践者向けに解説します。

 

同情は、相手に共感した結果、生まれる感情

同情は、「悲しい」「辛い」など、ネガティブな感情を抱いている相手に共感した結果として、生まれるものです。

「憐れみ」と同情は混同されがちですが、憐れみは共感を伴っておらず、「自分の方が相手よりも恵まれた状態である」という感情が含まれています。両者は、まったく異なる感情なのです。

口では「かわいそうに」「辛かったね」などと言っていても、同情する側が、同情される側に共感し、同じように悲しんだり、辛い気持ちになったりしていなければ、それは同情ではありません。ただの憐れみです。

 

 「悲しい」「辛い」は扁桃体を含む大脳辺縁系での原始的な情報処理のような感じがしますが、じつは様々な部位が関係する複雑な情報処理です。海馬や扁桃体の他に、視床、側坐核、島皮質、腹側被蓋野などが前頭前野と連携しながら、新たな情報を記憶や脳内の認識パターン(ブリーフシステム)と照らし合わせて評価します。

通常は高度な情報処理を行う前頭葉(とくに前頭前野)でコントロールされているのですが、危機的な状況下で「悲しみをもたらす情報である」との判断が下されると、優位関係が逆転し大脳辺縁系優位になってしまいます。その時の「闘うか、逃げるか」という心理状態が「ファイト・オア・フライト」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8164566.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8166289.html

 

「同情」の“情”は2種類考えられます。大脳辺縁系の活動である「動」と前頭前野内側部の活動である「社会的動(感性)」です。

「怒り」で考えると、前者が「動物的怒り」「私憤」、後者が「人間的怒り」「公憤」。ちなみに、その間に前頭前野外側部の活動である「論理」があります。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14107083.html

 

 「相手に共感した結果生まれる同情」は「社会的情動(感性)」に近いはずです。後述する情報空間(情報場)を共有しているから。そして、共有する情報場の抽象度が上がるほど、ますます「社会的情動(感性)」化していくはずです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 対して、「共感を伴わず『自分の方が相手よりも恵まれた状態である』という感情が含まれる同情」は低い抽象度での感情です。文字どおり動物的で、根底に差別が存在します。猿やゴリラのコミュニティにみられる階層(序列)を生みだす差別です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14249741.html

 

 釈迦哲学的にみると、差別を生みだすのは実観といえます。空(くう)が抜け落ちた、誤ったものの見方です。

 (本来の釈迦哲学には「実観」という概念はありません)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 

 共感に必要なのは、仮想空間の共有

 同情について知るためには、共感とは何かを知っておく必要があります。

 人が誰かに共感するとき、2人は同じホメオスタシス空間、それも物理空間より抽象度の高い情報空間、仮想空間を共有しています。経験や思い、文化などの情報を共有するからこそ、相手と同じ感情が、自分の心の中にも生まれてくるわけです。

 誰かに共感するうえで、必ずしも物理空間を共有している必要はありません。人は、会ったこともないような人に共感することもできるからです。ただ、「同じ家に住む」「同じ会社で働く」など、物理的な空間を共有していれば、家庭内、会社内の文化や出来事といった情報も共有することになるため、結果として、共感しやすくはなります。

 

 「物理空間より抽象度の高い情報空間」とありますが、その両者は別物ではありません。情報量の違いであり、包摂関係です。「すべてが情報空間であり、その底面(一番情報量が多く、物理因果が働く次元)を物理空間と呼ぶ」という感じです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

 前頭葉が発達した私たち人間は、物理空間だけでなく、情報空間にもホメオスタシス(恒常性維持機能)が働いています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831660.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971818.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971956.html

 

 ただし、通常はホメオスタシスが働く情報空間(ホメオスタシス空間)は一つだけ。たくさんの可能世界あるいはイメージ(I)を同時に持つことはできますが、選ばれるのはその時一番臨場感が高いもの(V)だけです。

そのホメオスタシス空間が現実(R)です。そして、その現実(=ホメオスタシス空間)を共有することが「共感」といえます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

 もっとコーチングっぽく表現すると、共感とは「コンフォートゾーンの共有」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

 

 

 共感にはミラーニューロンが関与している

 人が誰かに共感するとき、脳内ではミラーニューロンが働いていると考えられます。

 まだ十分に解明されているとは言い難いのですが、ミラーニューロンは、霊長類や鳥類などの脳内に存在するとされる神経細胞で、ほかの個体が何らかの行動をするのを見たとき、自分が同じ行動をしたときと同様に反応します。

 映画やお芝居を観て登場人物に感情移入する、スポーツ中継を観てハラハラする、他人が笑っているのを見て、自分も楽しい気持ちになるなど、ほかの人の行動や体験を、まるで自分のものであるかのようにリアルに感じることができるのは、そのためです。

 また、ミラーニューロンには、他者の行動パターンを脳に吸収しようとする働きがあり、ものまねや模倣をするうえでも、大きな役割を果たしているといわれています。

 

シンプルにまとめると、相手の行動と同じ行動をするための神経回路網がミラーニューロンです。例えば、目の前の人が右手を上げたのを見た場合、視覚野が発火するだけでなく、運動野も発火していると考えられています。まるで自分が右手を上げているかのように。

子どもの頃、「仁義なき戦い」などの任侠映画を観終わった大人達が肩で風を切るように歩く姿をおもしろいと思いながら眺めていたことを覚えています。歩容の変化は、変性意識と臨場感で説明することも可能ですが、ミラーニューロンによるミラーリングにより起こっていたと考えられます。

もちろん、その様子を観察していた私の脳でもミラーニューロンが発火していたはずです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/11383670.html

 

以前のブログ記事で、観測者(認識主体)の知識・知能が上がれば上がるほど観測(認識)される宇宙は『たいしたことがある』ものになるという可能性についてまとめました。

F-034~:「何もないところからレンブラントを発見」は正しい?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_268332.html

 

その「『たいしたことがある』ものになるという可能性」は、ミラーニューロンによって周囲の人々に広がります。そして、その広がりをきっかけとした周囲の人々のそれぞれの知識・知能の向上を、今度は“私”がミラーリングすることで(自分の)知識・知能がさらに向上し、観測される宇宙がさらに「たいしたことがある」ものになっていきます。

周囲を「宇宙」と表現すると、「自分」をアップデートすることで「宇宙」をアップデートすることができ、アップデートした「宇宙」から(ミラーニューロンにより)影響を受けることで「自分」をさらにアップデートできる

それがミラーニューロンを持つ人間と宇宙の理です。まさに縁起!

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 ミラーニューロンが吸収しようとする「他者の行動パターン」とは、「思考パターンの写像」のこと。そして、それはコーチングでいう「ブリーフシステム」のことです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 

 つまり、私たちは、ミラーニューロンの働きにより、相手を理解し、情報空間を共有しています。そのプロセスが「共感」であり、その結果生まれる社会的情動(感性)が「同情」です。

 

Q-171につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

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http://aoyamacoach.com/fcp/

 

 

「感情」の解剖図鑑



Q-147191019/20 鹿児島セミナーレポート -04;心と身の関係

 

201910月に、鹿児島県鹿児島市(191019)と霧島市(191020)で、一般向けのコーチングセミナーを開催しました。両会場ともテーマは「万全の心身で“今”を生きる」。

ぜひ「人生の最終段階(End of Life Stage)でのゴール(機能・役割)」についてイメージしながら読み進めてください。

 

 01;セミナー概要

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22818842.html

 02;「未来からの時間の流れ」~未来をうみだすものは?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22896681.html

 03;「時間の流れにのる」~時間の流れにのった結果、到達するのはどこ?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22979265.html

 04;「万全の心身」~心と身の関係は?

 05;「万全の心身」~心身が万全(=健康)とは?

 06;「“今”を生きる」~“今”とは?

 07;「“今”を生きる」~生きるとは?

 08;「“今を生きる」~“今”を生きるために必要/重要なことは?

 

 

04;「万全の心身」~心と身の関係は?

 

 セミナーのテーマは「未来からの時間の流れにのって、万全の心身で“今”を生きる」。

時間の流れの源である未来をうみだすものはゴール。その流れにのった結果到達するのは「空(くう)」のはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 次に「万全の心身」について考えましょう。まずは心と身の関係から。

 

私の母校である鹿児島大学医学部には心身医療科があります。じつは日本の心身医学の草分け的存在で、その誕生は九州大学に続いて第一内科(当時)に心身症グループが立ち上がった40年以上前までさかのぼります。

現在でも心療内科の講座と診療科の両方がある大学は、九州大学、東京大学、東邦大学、関西医科大学、そして鹿児島大学の5大学のみということですから、私はかなりラッキーな学生だったといえます(さらに当時国立では2校にしかなかったリハビリテーション科もありました)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306438.html

 

医療の現場にいると日々痛感しますが、日本の医療は西洋哲学がベースになっています。

「存在があり、関係が生まれる」というその根底にある考え方を医療に当てはめると、「病があり、それを診断し治療する」という感じです。

 

「病が“ある”」「体が“ある”」といえるのは、(あたりまえと感じるでしょうが)「物理空間が“ある”」ことが大前提になっています。

 

 ルネ・デカルト(15961650年)に代表される物心二元論(実体二元論)は、「この世界にはモノとココロという本質的に異なる独立した二つの実体が“ある”」というものです。実体とは「他の何にも依らずそれだけで独立していて存在しうるもの」のことで、アプリオリ(ア・プリオリ)と表現されます。

 

 物理空間に実在する体と、体とは別にどこかに存在する心が、「強い相関関係をもつ」というのが心身医学(心療内科)の根底にある考え方です。それを心身相関と表現します。体と心が別々のものであるという大前提のもと、体を対象にしているのが心療内科で、心を対象としているのが精神科です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13958654.html

 

不完全性定理や不確定性原理が証明された現代においては、「神が創造した完全なる宇宙では始まりにすべてが決まっている。そして、その初期値と連続する因果の当然の帰結として現在の個々の思考や行動がある」という西洋哲学の因果律は完全に崩壊しました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

「病が“ある”」「体が“ある”」ことを真とする「物理空間が“ある”」という大前提が崩れたのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654230.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654316.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831442.html

 

 では、心と身(体)の関係について、どのように考えればよいのでしょうか?

 

 そのヒントとなるのが、前回(Q-146)御紹介した「宇宙の構造」です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22979265.html

 

情報量の大小を軸とすると、宇宙は四角錐のような階層構造をしていると考えることができます(「物理空間=四角」という意味ではありませんw)。その軸のことを「抽象度(Levels of Abstraction)」と呼びます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 

宇宙の構造



最も情報量が多い宇宙の底面が物理空間(物理宇宙)です。もちろん、身体はこの最下層(物理空間)に存在します。そして、心とは、すべての階層にまたがる情報処理(現象)のことです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14106619.html

 

つまり、「すべてが情報であり、その情報処理(心)の底面(物理空間)への写像が身体である」ということ。心と身、心と体は同じもので、抽象度の違いにすぎません。「情報空間では体のことを心と呼び、物理空間では心のことを体と呼ぶ」ということです。

それは、「心と体は強い相関関係を持つ」「心身は密接に結びついている」というデカルト的な見方とは全く異なります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306445.html

 

心と身(体)は同じもの

よって、心だけ、あるいは身体だけの健康というものはあり得ないといえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859675.html

 

Q-148につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

 「心と体は同じもので抽象度の違いにすぎない」のと同様に、「わたし」と「あなた」も同じもので抽象度の違いにすぎません。その理解が「本当の幸せ」を得る鍵となります。

シリーズ編第4弾で取り上げます(目次はこちら↓)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

-追記2

 「わたし」と「あなた」が違うことを前提に、「わたし」の利益を最大化しようとする考え方が「ゲーム理論」です。それは釈迦が説く「縁起」とはまったく異なります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14401412.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 今回取り上げた心身の捉え方の違いは、ゲーム理論と縁起の違いと同様に“まったく異なるもの”です。ヒーラーとしてはもちろん、コーチとしての技量も左右する、とてもとても大切な知識といえます。

 

 

-関連記事-

Q-064~:認知的不協和と頭痛(ヒーリングとコーチングの関係)

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_292583.html

F-038~:「若いうちはやりたいこと なんでもできるのさ♪」

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_268333.html

F-044~:笑顔のままお亡くなりになった患者さんから学んだこと

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_268334.html

F-129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_396235.html

 

 

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Q-120:情報空間の移動と身体の軸について

 

 御質問をいただきました。ありがとうございます。

抜粋した下記部分について、回答させていただきます。

(プライバシー保護の観点で、今回に限らず、変更を加えてあります)

 

Q整体について調べてみました。そこで緩めることと身体の軸(背骨、重心の位置)が大切だと教わったのですが、私の感覚では身体の軸が固まってしまうと情報空間の移動が困難になる感覚があります。軸を意識にあげさせて洗脳されてしまうのではと感じました。

先生は情報空間の移動と身体の軸についてどうお考えになりますでしょうか?

 

A:身体から心に、すなわち物理空間(次元)から情報空間(次元)に、アプローチできるのは事実です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654230.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654316.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831442.html

 

物理的身体は生命(現象)という情報的存在の物理空間への写像であり、そもそも「体と心」「脳と心」「脳と体」は同じものだからです。表記する抽象度の違いにすぎません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14106619.html

 

 古武術では物理空間でのコンタクトによって、一瞬で情報を書き換えます。気功では物理に近い情報空間での操作によって、物理とより高次の情報を同時に書き換えます。よって、「軸を意識にあげさせて洗脳されてしまう」ことは起こりえると思います。ただし、それは苫米地理論と縁がない人の話です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 まずは逆腹式呼吸を行いながらリラックスを維持しましょう。その上で、「絶対はなく(不完全性・不確定性)、すべてはマインドがつくりだしている」という事実(縁起)を理解していれば大丈夫です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

なぜなら「身体の軸」も空(くう)であり、自分次第だからです。私はそのように考えています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 

 御質問ありがとうございました。

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-05:よりよい“議論”のためにまず必要なこと

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

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05:よりよい“議論”のためにまず必要なこと

 

“議論”とは、「ゴールを共有した集団が、お互いの情報処理の違いによりスコトーマを外しあい、ゴール達成のために解決するべき問題(課題)を明らかにして、有効な解決策を見つけていくこと」です。

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 では、その議論をよりよいものへとするためにはどうすればよいでしょうか?

 

 

 議論というと、多くの方々は、二人(二つ)または複数の人や集団が、相手の間違いを指摘し、自分の正しさを主張しながら相手を言い負かす(論理空間で打ちのめす)ことをイメージするのではないでしょうか。

 議論の間はお互いに興奮し(ドーパミンやアドレナリンが分泌されています)、時に感情的に叫びながら熱くなっている様を想像しませんか?

 

 しかしながら、このようなイメージは完全に間違ったものです。

 

議論とは、論題を自らの情動と切り離し、相対化して、物事の裏表両方を見る視点で、論理的に行うものです。

それはまるで情報空間に巨大な構造物をつくっていくような行為です。そのプロセスには一切情動の入る余地はありません。情動が入った瞬間に構造物は崩れていきます。

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情動とは大脳辺縁系を中心とする原始的な脳の働きであり、情動優位となっている時にはIQが必ず下がっており、判断能力が低下しているからです。「戦うか、逃げるか」といった心理状態に陥ることは、その代表例です。

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反対に考えると、よりよい議論のためには、大脳辺縁系ではなく、進化で獲得した前頭前野を十分に使えばよいということになります。

 

 

よりよい“議論”のためにまず必要なこととは、情動をコントロールすること

 

 

ところが、情動をコントロールすること(情動から逃れること)は、決して簡単なことではありません。

 

ブリーフシステムとは、一般には人格や個性と表現されるもので、「強い情動を伴った体験の記憶」と「抽象化された情報の記憶」で形成されています。古い認知科学の用語でいうと内部表現(IRInternal Representation)に相当します。

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つまり、自分のブリーフ(=信念、価値観)に基づいて行動するとき、自分では冷静であるつもりであっても、その根底には強い情動が潜んでいるのです。その情動が、そして情動でつくられたブリーフが、巨大なスコトーマ(心理的盲点)を生みだします。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

だからこそ、ゴールを共有した仲間との議論が必要で、情動をコントロールしながら、お互いにスコトーマを外しあうことが重要となるのです。

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それは覚りの境地にいたるための「空観」や「中観」にも通じます。

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 よりよい“議論”のためには、まずは情動をコントロールすることが必要です。その力は人間形成のプロセスで獲得することができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

それを脳科学的に述べると、情動レベルの大脳辺縁系処理から論理である前頭前野外側部での情報処理に成長し、さらに、社会的情動(あるいは感性)という超論理を可能とする前頭前野内側部での情報処理へと進化していくことといえます。

 

そういう意味では、議論とは、情動→論理→社会的情動という進化・向上のきっかけになるもの(=縁起)、すなわち覚りへの階梯であると表現することもできます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 もちろん、それは抽象度を上げ続け、“無敵”になるということでもあります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5446097.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5448151.html

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(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 


F-042:「若いうちはやりたいこと なんでもできるのさ ♪」後編(ワーク付き)

 

 2018516日に、昭和を代表する歌手 西城秀樹さんが亡くなられました。63歳という若さでした。

 

 「ヒデキ」と聞くと、私が思いだすのは「YOUNG MAN」です。さわやかに歌いながら踊る姿をよくまねたものです。

 

 当時の記憶を思いだしながら、「YOUNG MAN」の歌詞を読みあげてみました。すると、サビの部分に少し気になるところがありました。

 

 

 素晴らしい YMCA YMCA

 憂鬱など吹き飛ばして 君も元気だせよ

 素晴らしい YMCA YMCA 

 若いうちはやりたいこと なんでもできるのさ

 

 

 「今の若者たちは『なんでもできる』という言葉を素直に受け入れるのだろうか?」という視点で、前編(F-038)を書きました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10256356.html

 

「若いうちはやりたいこと なんでもできるのさ」という言葉の裏には、「老いていくとやりたいことはできなくなっていく」というネガティブなイメージが潜んでいます。

 

 やりたいことがなんでもできるのは、本当に“若いうち”だけなのでしょうか?

私の答えは、半分はYes、半分はNoです。

 

中編ではYesの理由について、医療・介護現場が抱える課題を紹介しながら考察しました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10542737.html

 

 今回(後編)はNoの理由について、苫米地式認定コーチとして考察します。

 

 

 鍵となるのは、「宇宙の構造」の理解です。

 

 おそらく地球上に生きるほとんどの人が宇宙だと思っているものは、物理空間上に限定される宇宙のはずです。

 

 スコトーマで気がついていないだけで、私たち人間はすでに情報次元にまで拡張した空間に生きています。進化の過程で前頭葉が発達し、情報空間にまでホメオスタシス(恒常性維持機能)が働くようになったからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 詳しくは「抽象度」「情報空間」「サイバーホメオスタシス仮説」「超情報場仮説」について解説している「The Power of Mind:第一章 苫米地理論とは?」を確認してください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

 脳が進化した人類にとっての宇宙とは、どこまでいっても情報だけで構築されている「情報空間」です。その情報空間のうち、五感ではっきりと感じられる世界のことを特別に「物理空間」と呼びます。

 抽象度が最も低い情報空間の底面である物理空間には、物理法則というルール(制約、秩序)が働いています。

 

 前回(F-040、中編)は、その物理空間にフォーカスして書きました。

 物理空間には物理的制約が働いています。1日生きると、1日分残された生命時間(寿命)は短くなり、その分身体が死に向かって老いていきます。年をとるごとに、確実に身体機能は衰えていきます。

 その事実をしっかりと受け入れ、「だからこそ、若いうちから限りある命を大切に生きよう!」というのが前回の趣旨です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10542737.html

 

 しかし、それは物理空間に囚われた偏狭な発想です。私たち人類が存在している宇宙とは情報空間(物理空間はその底面)だからです。

 

 物理空間から“ほんの少し”抽象度が上がった瞬間に、物理法則(制約、秩序)は働かなくなります。体力や身体機能の低下などの物理の因果から解放され、時空の制約を受けなくなります。

 

 情報空間、つまり心の空間では、物理空間の変化(時間の経過)に合わせて老いる必要などまったくなく、いつまでも“青春”でいいのです。

 サミュエル・ウルマンの「青春とは人生の一期間のことではなく心のあり方のことだ」という言葉は、そのことを言い表しています。

 

 

 物理空間の変化(生老病死)は受け入れつつも、情報空間では(心は)いつまでも若く生きる

 

 

 それが進化した人類の本当の生き方です。

 

 「いつまでも若く生きる」ことができるのは、心からワクワクするようなゴールを“現状の外”に設定し続けるからです。限界に挑戦し続けるからです。

 (その“限界への挑戦”とは物理的な意味ではなく、情報的なもの、例えば「私にはできない」といった過去の記憶でつくられたブリーフシステムを超えることです)

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 本当の「宇宙の構造」を意識した時、“現状の外”とは、必然的に、より高い抽象度次元へ向かうものとなります。よって、“現状の外”にゴールを設定し続ける生き方とは、抽象度を上げ続ける生き方と表現することもできます。

 それはアブラハム・マズローのいう欲求の階層を駆け上がる生き方であり、「人間の欲求が、最も抽象度の低い物理空間(脳幹レベルの欲求)から、しだいに抽象度の高い情報空間(前頭葉レベルの欲求)へと段階的に上がっていく生き方」(by 苫米地英人博士)です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

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 素晴らしい YMCA YMCA

 憂鬱など吹き飛ばして 君も元気だせよ

 素晴らしい YMCA YMCA 

 若いうちはやりたいこと なんでもできるのさ

 

 

 情報空間では人はいつまでも若くあり続けることができ、それを決めるのは自分自身です。その意味で(物理的制約に対する配慮や工夫は必要ですが)「やりたいこと なんでもできるのさ♪」は年齢にかかわらず真実であるといえます。

さらに、「やりたいこと」の抽象度を上げることができれば(欲求の階層を上がることができれば)、物理的制約から完全に解放された私たちは、さらに「やりたいこと」を「なんでもできる」という真の自由力を手に入れることができます。

 

 それではワークです。

 すべての束縛から解き放たれ自由に生きている自分をイメージしながら、以下のサミュエル・ウルマンの詩を音読してください。

 

 

YOUTH(青春)

青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ。

若くあるためには、創造力・強い意志・情熱・勇気が必要であり、

安易(やすき)に就こうとする心を叱咤する冒険への希求がなければならない。

人間は年齢(とし)を重ねた時老いるのではない。理想をなくした時老いるのである。

歳月は人間の皮膚に皺を刻むが情熱の消失は心に皺を作る。

悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消滅させ、

雲ひとつない空のような心をだいなしにしてしまう元凶である。

六十歳になろうと十六歳であろうと人間は、驚きへの憧憬・夜空に輝く星座の

煌きにも似た事象や思想に対する敬愛・何かに挑戦する心・子供のような探究心・

人生の喜びとそれに対する興味を変わらず胸に抱くことができる。

人間は信念とともに若くあり、疑念とともに老いる。

自信とともに若くあり、恐怖とともに老いる。

希望ある限り人間は若く、失望とともに老いるのである。

自然や神仏や他者から、美しさや喜び・勇気や力などを感じ取ることができる限り、

その人は若いのだ。

感性を失い、心が皮肉に被われ、嘆きや悲しみに閉ざされる時、人間は真に老いるのである。

そのような人は神のあわれみを乞うしかない。

サミュエル・ウルマン 「80歳の年月の高見にて」より 

 

 

 「いつまでも若々しい私」というセルフイメージがセルフトークを生みます。そのセルフトークによりイメージをさらに強化していくことで、ホメオスタシスが「いつまでも若々しい私」を維持するように働きます。そのための大切なワークです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

 

壁にぶつかり前に進めないと感じたとき

煩雑な毎日に流されていると感じたとき

何かをきっかけに身体の老いを感じてしまったとき

 

そんなときに、このワークを繰り返してみてください。あなたのマインドは forever young です。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

 80歳の時に世界最高齢でのエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さんの健康の秘訣は、「夢いつまでも」なのだそうです。「『いつまでも夢を追い続けよう』と自分に言い聞かせている」と語られています。

 

-追記2

 私が好きなカナダのミュージシャン ブライアン・アダムスのアルバムに「18 Til I Die」というものがあります(1996年発表)。「死ぬまで18歳!」と歌うBAは、今年59歳となりますが、今でも現役バリバリのロッカーです。

 

 

18 Til I Die(BA)




PMThe Power of Mind

PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-07:情報空間-4

 

「無限に広がる大宇宙」というフレーズで始まる有名なアニメがありますが、私たちが認識する宇宙とは138億年前にビックバンで始まった物理空間上の宇宙だけではなく、その物理宇宙を底面とし、さらに情報量の大小を表す抽象度の軸まで含め構成されている広大なものです。

 

私たちがふだん宇宙のすべてだと思っている物理空間とは別の次元に、さらに空間(情報空間)が階層的にあり、そこに概念も含むこの世のすべてが存在しています。

 

難しく聞こえるかもしれませんが、ある概念は、どこかの抽象度(階層)に限定して存在しているのではありません。

 

例えば、「さくら」が「ラブラドールレトリーバー」であり、「犬」であり、「哺乳類」であり、「動物」であり、「生物」であるように、すべては様々な抽象度にまたがって同時に存在しています。

 

釈迦哲学でいうと、縁起として存在しています。

 

「世界は無限に広がる情報空間であり、ますます下向きに拡大している。その中で一番下の抽象度に位置するのが物理空間である」

 

では、私たちの目の前に広がる“現実”とは何でしょうか?

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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PMⅠ:The Power of Mind

PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-06:情報空間-3

 

 中国の西遊記に、孫悟空と釈迦のエピソードがでてきます。

 

 自慢の筋斗雲に乗り、世界の果てのような遠くにまで行った悟空がその証拠に自分の名前を柱に書いて残したら、その柱はじつは釈迦の指であったという話です。

「上には上がいるので慢心するな」という例えで使われています。

 

 例えば、「あの人の存在は大きい」と言うときは、それは「あの人の情報的な重要性(機能、役割、影響力)は大きい」という意味であり、「あの人の体は物理的に大きい」という意味ではないことは当たり前のように理解できると思います。

 

しかしながら、私たちは物理的な視点に囚われ、つい低い抽象度で物事を認識してしまいます。

 

苫米地理論を未体験のほとんどの方々は、西遊記のこの話で例えられる釈迦の存在の大きさは物理的な大きさであると無意識に理解しているはずです。

 

でも、この話は釈迦の情報空間における大きさの例えであり、それは釈迦の抽象度がとんでもなく高かったことを表しています。

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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PMThe Power of Mind

PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-05:情報空間-2

 

 総務省「ビッグデータの流通量の推計及びビッグデータの活用実態に関する調査研究(平成27年)」によると、データ流通量は2005年の約1.6エクサバイトから2014年には約14.5エクサバイト(見込)となり、2005年から2014年の9年間で約9.3倍に増大しているそうです。

 

 n5403030

総務省「ビッグデータの流通量の推計及びビッグデータの活用実態に関する調査研究(平成27年)」より引用

 

情報量が増えているということは抽象度が下がっていることを意味しており、それはすなわち情報空間(情報宇宙)が下向きにますます拡大し続けていることを表しています。

 

 さらに、生命現象には時間という物理制約があることと合わせて考えると、「抽象度を調整し、本当に重要な情報のみを認識するスキル(=不要な情報はスコトーマに隠すスキル)」が情報化社会を生き抜く鍵であるといえます。

 

抽象度を下げることは容易にできますので、情報化社会を生き抜く鍵とは「抽象度を上げること」です。

 ここまでをまとめると、

 

・宇宙は情報空間であり、その中で一番下の抽象度に位置するのが物理空間である(物理も情報です念のため)

逆に表現すると、抽象度が最も低い物理空間の上に、広大な情報空間が階層的、多次元的に広がっている

・物理空間を底面とする情報空間(情報宇宙)は、どんどん(抽象度の)下向きに拡大している

・よって、「抽象度を上げること」で認識する情報量を調整する能力が、今後ますます重要となる

 

です。  

 

(つづく)

 

 

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PMThe Power of Mind

PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-04:情報空間-1

 

 これまで「抽象度とは、情報空間における視点の高さをあらわす言葉である」と説明しました。

 

では、「情報空間」とは何でしょうか?

 

じつは、前回の思考実験は、「私たちが生きているこの世界が情報の世界であることを理解するワーク」でもあります。

 

 「ラブラドールレトリーバー」と「生物」は抽象度http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.htmlの違う概念でした。

抽象度は情報量で変わるので、その二つは情報量が違う概念といえます。

 

抽象度が上がるほど具体的情報量が減り、その結果臨場感が下がりイメージしにくくなった(はっきりと感じられなくなった)ということは、臨場感は情報が決めているということになります(より正確には「情報の記憶」です)。

 

 動物の多くは世界と五感でつながっています。見える情報(視覚)、聞こえる情報(聴覚)、匂える情報(嗅覚)、味わえる情報(味覚)、そして触れる情報(触覚)です。

 

 脳(特に前頭葉)の発達した人間は、さらに言語情報も含め世界を認識しています。

五感+言語という六つの情報入力経路(=モーダルチャンネルなんと、この言葉も苫米地博士の造語です)により得られた情報を処理して、私たちは「世界」としているのです。

 

つまり、私たちにとって目の前の世界とは、どこまでいっても情報だけで構築されている「情報空間」であるわけです。

 

 その「情報空間」のうち、五感ではっきりと感じられる世界のことを特別に「物理空間」と呼びます。

 

物理空間には物理法則という共通のルールが存在します。

共通のルールは「制約」や「秩序」と言い表すこともできます。さらには「恒常性維持機能(ホメオスタシス)」と考えることもできます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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