F-044:笑顔のままお亡くなりになった患者さんから学んだこと 前編:布施

 

 この世は無常です。

 

 生じたものには、必ず滅するときがやってきます。

 生あるものには、必ず死が訪れます。

 

 その死までの道程に深く関わる医療・介護現場では、辛いことですが、老病死がとても身近に感じられます。

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 医師としての本音でいえば患者さんにはいつまでも元気でいてもらいたいのですが、自然な(そして楽な)最期を迎えられるようにお手伝いすることも、私たちの大切な機能・役割だと思っています。

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先日、穏やかな看取りに立ち会いました。

 

患者さんは70代の男性でした。詳しくは書けませんが、アルコール依存が原因で家族とは疎遠だったようです。

 

その患者さんは、肺炎を繰り返すたびに老衰が進行していきました。血液中の酸素量を示す酸素飽和度(SpO2)の低下があり、酸素吸入を必要とする時間がどんどん増えていきました。

 

でも、そんな状況にもかかわらず、私が診察に伺ったときはいつも、とびきりの笑顔で迎えてくださいました。

 

死の2週間前からは、とてもとても辛そうな呼吸をされていました。

しかし、スタッフには必ず笑顔で応えてくださいました。死のほんの直前まで。

 

そんなあたたかい看取りに携わりながら学び考えたことを、3回に分けてまとめます。初回のテーマは「布施」です。

 

 

 「布施(ふせ)」とは、「分け与えること」です。

 

「お布施」と聞くと金品を提供することを思い浮かべる方が多いのではないかと思いますが、それは数ある布施のひとつで財施(ざいせ)といいます。他にも法施(ほっせ:教えること)、無畏施(むいせ:恐怖心を取り除くこと)などがあり、その三つのことを三施(さんせ)と呼びます。

 

この布施とは、迷いの世界から悟りの世界へ至るための菩薩の修行のひとつとされています。その修行を波羅蜜(はらみつ)といい、大乗仏教では六つの実践を六波羅蜜(ろくはらみつ)としてまとめています。

 

六波羅蜜とは、布施波羅蜜(ふせはらみつ)に加え、

 

持戒波羅蜜(じかいはらみつ:戒を守ること=自分をコントロールすること)、

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忍辱波羅蜜(にんにくはらみつ:怒りや恨みの心を抱かず寛容であること=すべてが空<くう>であることを理解し、情動をコントロールすること)、

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精進波羅蜜(しょうじんはらみつ:ゴールに向かってどんどん進んでいくこと)、

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禅定波羅蜜(ぜんじょうはらみつ:瞑想すること=さらに抽象度の高い思考を行いながら、縁起空間をしっかりと観ること)、

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智慧波羅蜜または般若波羅蜜(ちえはらみつ、はんにゃはらみつ:諸法の究極的な実相を見極め、真理を悟ること=時空を超え、中観宇宙を自由自在にうみだすこと)

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です。  

 

 

 話を布施に戻すと、釈迦は人に与える金品や知識がないという人のために「無財の七施」を説かれています(雑宝蔵経、ぞうほうぞうきょう)。その七施とは下記の七つの行為です。

 

 眼施(げんせ、がんせ:やさしいまなざし)

 和顔施(わがんせ:和やかな明るい顔)

 言辞施(ごんじせ:やさしい言葉)

 身施(しんせ:行動での奉仕)

 心施(しんせ:慈悲心での気配り)

 牀座施(しょうざせ:たとえば席や場所を譲る行為)

 房舎施(ぼうじゃせ:たとえば自身の家を休憩・宿泊のために提供する行為)

 

 事情により、私は子どもの頃より真言宗のお寺に通っていました。そこで法主の池口恵観先生から多くのことを学びました。私が医師を志すようになったのも恵観先生との御縁からです。

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 当時子どもだった私には、提供する金品(財施)や知識(法施)はありませんでした。そのため自然に「無財の七施」に取り組むようになりました。恵観先生から「和顔愛語」の大切さを教えていただいたこともあり、七施は私のブリーフシステムとなりました。

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 今回取り上げている患者さんの姿は、まさに眼施であり、和顔施でした。看護・介護する者に、とてもあたたかい無言のメッセージとして伝わっていました。

 

残念ながら、身体的にはとても苦しいはずなのにどうしてあのような素敵な笑顔が続けられたのかを伺うことはできませんでした。しかし、たとえ働けなくなっても、たとえ動くことさえできなくなっても、布施という機能は最後まで発揮することができるという確信を得ることができました。患者さんにはとても感謝しております。

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 ところで、最新の医学研究を学ぶうちに、「無財の七施」には人間社会にとってとても重要な意味があることを実感するようになりました。

 これから2回にわたって、とくに眼施や和顔施に隠されている科学的事実について考察していきます。次回(F-045)のテーマは「ブラインドサイト」です。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

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