苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

タグ:人間関係

ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-15:本当の幸せを感じられない理由 -5

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

自分以外の人も一緒に幸せになってこそ幸せ すべてが“自分”で“宇宙”まるごと幸せ

 

自分以外の人も一緒に幸せになってこそ、人間の幸せです。

 

S-04-11で、「『自分だけの幸せ』というのは矛盾した言葉の組み合わせなのですが、どこが矛盾しているのかわかりますか?」と質問しました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/23107579.html

 

人間の幸せとは、必ず自分以外の人が含まれているもの。だから「自分だけの幸せ」というものはありえません。人間の幸せとは「みんなが幸せだから、自分も幸せ」と感じるものです。なぜなら、我々は縁起上に存在しているから。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

それがしっかり体得できると、名も知らぬ誰かの笑顔がますます“自分”のことのように感じられます。ミラーニューロンがフル活動する感じで。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11383670.html

 

反対に、「自分さえよければいい」という発想は、その大切な縁起(のつながり)をスコトーマに隠してしまいます。だから、自分中心の人は“本当の幸せ”を感じることができないのです。仏教では、その様を無明(むみょう)と言い表します。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19879896.html

 

人間関係に軋轢を生じ、自分自身の心の傷を深くしてしまい、そして、いつまでも変化(進化、向上)することができず、チームの足も引っ張ってしまう。さらには、“本当の幸せ”を感じることもできない悲しい生き方

それが、「自分中心」という生き方です。

 

 

Q:本当の幸せを感じられない理由は?

A:縁起を理解しておらず、「自分中心」だから 

 

 

自分の快感だけを求める「ゴリラの幸せ」か、他人が幸せであることで自分も幸せを感じる「人間の幸せ」か

 

その違いは抽象度が低いか高いかの違いです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

抽象度が高いほど 自分→家族→友人→チーム→地域社会→国家→人類というように認識する人の数が増えていき、“幸せ”の及ぶ範囲(潜在的情報量、可能世界)が拡大していきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/23177616.html

 

そして、その人の幸せのモノサシは、「たくさんの人を幸せにできるほど、自分の幸せも大きくなっていく」というものになっていきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_268337.html

 

 

幕末の日本に、「藩」ではなく、「日本」という抽象度で思考した男がいました。そしてその男は、「今」ではなく、「3000年後の日本」のために行動しました。

とんでもなく抽象度が高かった男 

それが吉田松陰です。

 

次回、松陰が「自責」の重要性について語った言葉を紹介します。その後、「自分中心」を克服するための“とても身近な方法”について取り上げます。お楽しみに。

 

 (S-04-16につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記1

 (前回も御紹介いたしましたが)私の師匠である苫米地博士は、「自分以外の人も一緒に幸せになってこそ幸せ」「すべてが“自分”で“宇宙”まるごと幸せ」を実践されています。それもとんでもないスケールで。詳細は下記記事で御確認ください↓

 F-123~:「I」を「R」に実装する ~苫米地博士によるFederation of Cyber States(サイバー国連邦)設立提案~

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_393431.html

 

 

-追記2

 「Federation of Cyber States(サイバー国連邦)」については、「新・夢が勝手にかなう手帳 2020年度版」(サイゾー)の【付録①】に詳しく記載されています。タイトルは「ドクター苫米地がサイバー国家の大使に就任。サイバー国家連邦の実現が、結果的に『戦争のない』世界をつくるかも。2020年も、ドクター苫米地の世界平和実現プロジェクトから目が離せない! 日本や世界の情勢を正確に読み解き、2020年度を生き抜くテクニックをアドバイスする!」です。その【付録①】から一部引用します(前回引用の続きです)。

 

2020年、他人のためにお金を使おう

 2020年、いや今後はずっと、自分の利益のためではなく、他人の利益のために生きる人が、よい人生を送れるようになるでしょう。まずは、自分以外の人のために自分は何ができるかについて、徹底的に考える1年にするといいでしょう。

 これは、お金についてもいえることです。究極的には「他人のためにお金を使いましょう」ということです。

 「そんな余裕はない」と言う人も少なくないでしょう。「自分の生活が苦しいのに、他人のためになんて使えない」と思うかもしれません。

 しかし、ご自身の家の家計簿を見てください。本当にそんなに苦しい生活をされているでしょうか。贅沢品をまったく買わない生活をしている人は、ほとんどいないはずです。

 たとえば、お酒をまったく飲まない生活をしている人が、はたしてどれだけいるでしょうか。「仕事上のお付き合いだから」とか「週末ぐらい、飲まないとやっていられない」などと言って、お酒を飲むことを正当化していないでしょうか。あるいは、ちょっとおしゃれな、高価な服を買うなんてことは絶対にしないと言い切れる人がはたしてどれだけいるでしょうか。

 私は「お酒を飲むな」と言いたいわけでも、「服を買うな」と言いたいわけでもありません。あなた自身、本当に今日の食べ物に困るほど、苦しい生活をしているわけではないことに気づいてほしいのです。それは、世界的に見たら、とても恵まれていることです。

 世界には、今日の食べ物にも困るほど、苦しい生活をしている人たちが大勢います。あるいは、政治のせいで、苦しい生活、虐げられた生活を余儀なくされている人たちがたくさんいるのです。そうした人たちの存在にも目を向けて、そういう人たちのために自分は何ができるだろうかと考えてみてほしいのです。

 まずは、あなた自身にとっての必要最低限の支出とはどのくらいなのかを把握して、その分はきちんと自分自身のために使いましょう。その上で、残ったお金を他人のためにどう使うか、と考えてほしいのです。

 もしあなたがお金に余裕のある人なら、逆説的ではありますが、どんどんお金を使っていただいていいと思います。ただし、ご自分のためではなく、他人のために使ってほしいのです。ほしいものを買うという行為も、自分のためというよりは、売ってくれる人の利益のためにと思って使ってほしいのです。

 アベノミクスの失敗で、日本はデフレ脱却どころか、デフレがどんどん悪化しています。そこで、お金を持っている人がさらに消費を控えれば、デフレはよりいっそう深刻化するでしょう。そういう意味でも、お金を持っている人は、世の中のためにどんどんお金を使ってください。

 もちろん、困っている人に直接的にお金が届く使い方が一番効果的です。しかし普通の買い物であっても、それはちゃんと売っている人の利益になっているんだということに気づいてほしいと思います。

 そう考えて生きていく人こそが、広い視野を持てるのであり、本当の意味で幸福な人生を送れるのです。

 引用終わり

 

 

-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)

 

 

新・夢が勝手にかなう手帳 2020年度版ver.2

 苫米地英人博士のブログより引用

 http://tomabechi.jp/archives/51598895.html

 

 

 

ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-14:本当の幸せを感じられない理由 -4(ワーク付き)

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

幸せをどのように定義するかで、そのイメージは変わります。そして、そのイメージが新たな現実をつくりだします。「一人宇宙」の「」が書き換わっていくのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823351.html

 

幸せのイメージに合わせて物理的現実世界を変えるのではなく、幸せを定義しなおすことでそのイメージ自体を変えてしまい、新たな“幸せ”を創造していく(もちろん“現状の外”に)

 

それでは、幸せの定義が重要であることを理解していただいたところで、“本当の幸せ”についてあらためて考察していきましょう。

 

 

幸せのイメージは人それぞれ。

ですが、そのイメージ自体がはっきりしていないケースは少なくありません。あらためて問われることで、「自分にとっての幸せがわからない」ということに気づく方もいらっしゃいます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

皆さんはいかがですか? 何をしているときに「幸せだな~」と感じますか?

それではワークです。下の文章の( )に入るものをしっかりイメージしてください。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 <ワーク:自分にとっての“幸せ”を考察する>

 

私は(     )をしているときに幸せを感じる

 

 

( )に入るイメージは人それぞれのはず。そこで、例として下記の3つを考えてみましょう。

 

「食べ歩きが趣味で、おいしいものを食べながらお酒を飲んでいるときに幸せを感じる」

「マラソンが趣味で、公園を走っているときに幸せを感じる」

「魚釣りをしているときに幸せを感じる」

 

ここで質問です。この3つの「幸せ」を、本当に「幸せ」と呼んでいいのでしょうか?

 

答えはNoです。理由は大きく2つあります。

 

「おいしいものを食べて満足する」や「体を動かして気持ちがいい」「大きな魚が釣れてうれしい」というのは、脳でいうと扁桃体を含む大脳辺縁系での情報処理です。大脳辺縁系は古い脳であり、その処理時に感じる情動は抽象度の低い原始的な感情です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

人間は進化の過程で前頭葉が著しく発達しました。特に前頭前野と呼ばれる部位は、「人を人たらしめる思考や創造性の中枢」です。ちなみに、大脳皮質に占める前頭前野の割合は、猫が3.5%、猿で11.5%、そして人では30%といわれています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14107083.html

 

よって、本能的な古い脳(扁桃体)が論理をつかさどる新しい脳(前頭前野)より優位になっている人は、より原始的であり、進化の度合いでいうとサルやゴリラに近いということになります。そんな幸せを“本物の幸せ”とは言いません。それがひとつめの理由です。

 

もうひとつの理由は、さきほどの3つの幸せには「自分」しかいないから。

 

食べ歩きが趣味でおいしいものを食べているときに幸せを感じるという人が、「他の人にもいいお店を知ってもらって、この幸せを感じてほしい」と考え、SNSでお勧めの店の情報提供を始めたとします。その情報を見てお店に行った人から「ほんとにおいしかった!」というコメントがきて、うれしいと感じる。これは「ゴリラの幸せから、人間の幸せに近づいた」といえます。

なぜならこの人は、見知らぬ他人にも幸せを感じてもらいたいと思って、手間をかけて情報を発信しています。そして、他人がおいしいものを食べて喜んだことが、自分の喜びになっているからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11383670.html

 

この幸せは、もう自分だけのことではありません。他人が入っています。そして、他人が入ったことによって、この人はこれまでに味わったことのない大きな幸せを感じたはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

「マラソンが趣味で、公園を走っているときに幸せを感じる」や「魚釣りをしているときに幸せを感じる」という人ならば、「年々きつくなってはいるが今後もマラソン大会に出続けて、同年代の人達に元気を与えるランナーになる」や「釣った魚をさばいて振る舞い、皆に喜んでもらう」ということに幸せを感じるのであれば、人間の幸せに近づいているといえます。

それはもう自分だけの幸せではなく、抽象度が上がっています。言い方を変えると、自分(自我)の定義とともに幸せが拡大しています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8748177.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8900334.html

 

自分以外の人も一緒に幸せになってこそ幸せ すべてが“自分”で“宇宙”まるごと幸せ

 

それが進化した人にとっての“本当の幸せ”であるはず。私の好きな表現でいうと“無敵”です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5446097.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5448151.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615695.html

 

 (S-04-15につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記1

 私の師匠である苫米地博士は、「自分以外の人も一緒に幸せになってこそ幸せ」「すべてが“自分”で“宇宙”まるごと幸せ」を実践されています。それもとんでもないスケールで。詳細は下記記事で御確認ください↓

 F-123~:「I」を「R」に実装する ~苫米地博士によるFederation of Cyber States(サイバー国連邦)設立提案~

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_393431.html

 

 

-追記2

 「Federation of Cyber States(サイバー国連邦)」については、「新・夢が勝手にかなう手帳 2020年度版」(サイゾー)の【付録①】に詳しく記載されています。タイトルは「ドクター苫米地がサイバー国家の大使に就任。サイバー国家連邦の実現が、結果的に『戦争のない』世界をつくるかも。2020年も、ドクター苫米地の世界平和実現プロジェクトから目が離せない! 日本や世界の情勢を正確に読み解き、2020年度を生き抜くテクニックをアドバイスする!」です(長いw)。

 その【付録①】から一部引用します。

 

2020年、他人のためにお金を使おう

 2020年、いや今後はずっと、自分の利益のためではなく、他人の利益のために生きる人が、よい人生を送れるようになるでしょう。まずは、自分以外の人のために自分は何ができるかについて、徹底的に考える1年にするといいでしょう。

 これは、お金についてもいえることです。究極的には「他人のためにお金を使いましょう」ということです。

 引用終わり(続きは次回に)

 

 

-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)

 

 

新・夢が勝手にかなう手帳 2020年度版

苫米地英人博士のブログより引用

ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-13:本当の幸せを感じられない理由 -3

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

私は「うつ病のはじまりはゴール設定のミス」だと思っています。ゴール設定に失敗した結果、「幸せでない状態」に陥っているのがうつ病の正体のはずです。

医師でもある私がそんな発言をすると、多くの反論・異論をいただきます。しかし、「うつ病の人はハッピーではない」ということには必ず同意していただけます。

 

では、どうすればうつ病の人はハッピーになれるのでしょうか?

 

前回(S-04-12)触れたとおり、誰もが幸せに関する自分なりのイメージを持っているはずです。例えば、「お金があることが幸せ」「子供がいることが幸せ」「仕事が楽しいことが幸せ」「恋人がいることが幸せ」等々。

そうしたイメージがあるために、現実世界でお金がない自分、子供がいない自分、仕事が楽しくない自分、モテない自分に対してイライラが生じてしまいます。認知的不協和です。

そんな状況(認知的不協和)が続けば、やがては疲弊しながら自身を不幸だと感じるようになるでしょう。不幸が(無意識下で)コンフォートゾーンになってしまう感じです。

コンフォートゾーンの外はスコトーマに隠れ認識できません。本当はいいことも明るい兆しもたくさんあるはずですが、「私は不幸だ」というセルフイメージを肯定する情報しかRASを通り抜けなくなります。それは文字どおり“悲観”の状態。そして、うつと呼ばれる状態に陥っていきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/23170992.html

 

この場合、解決方法は2つあります。

ひとつ目は「物理的現実世界を直接変える」というもの。しかしながら、それは簡単ではありません。物理空間に働く厳しい因果律をしっかりマネジメントする必要があるからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14526054.html

 

ふたつ目の方法は「幸せに関する自分なりのイメージを変えてしまう」というもの。これは情報空間での対処です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654230.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654316.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831442.html

 

先程の例えでいうと、「恋人がいることが幸せ」というイメージを、「恋人がいないと誰にも束縛されずに複数の人と付き合えて幸せ」「これから新しい魅力的な恋人と出会うチャンスがあるから幸せ」「自分の好きなように時間を使えるから幸せ」などと書き換えていきます。

すると、「恋人がいない」という現状は、「不幸な境遇」ではなく、むしろ「幸せな境遇」に変わっていきます。臨場感(V)の高いイメージ(I)が、その人にとっての現実(R)だから。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

さらに、「恋人がいるかいないかはまったく関係ない。自分の決めた夢に向かって自由に生きることが本当の幸せだ」などともっと抽象度の高いイメージを持つことができれば、その人はそれまでは感じられなかったより大きな幸せを見いだしていきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 ブリーフシステムが書き換わり、RASが変化し、スコトーマが外れるから。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721658.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

その時、幸福感に包まれるとともに、脳内ではドーパミンやセロトニンが再び増加していきます。そして、結果としてうつと呼ばれるような状態から脱却していきます。

 (うつ病には医学的介入は要らないという意味ではありません。身体症状や日常生活上の問題を抱えている方は必ず精神科を受診してください。その上での話です)

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15700308.html

 

幸せをどのように定義するかで、そのイメージは変わります。そして、そのイメージが新たな現実をつくりだします。「一人宇宙」の「」が書き換わっていくのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823351.html

 

幸せのイメージに合わせて物理的現実世界を変えるのではなく、幸せを定義しなおすことでそのイメージ自体を変えてしまい、新たな“幸せ”を創造していく(もちろん“現状の外”に)

 

私が「うつはゴール設定のミス」と断言する理由がわかっていただけたでしょうか。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

それでは、幸せの定義が重要であることを理解していただいたところで、“本当の幸せ”についてあらためて考察していきましょう。

 

 (S-04-14につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記-

 ポリアンナ症候群を御存知でしょうか?

 一般的には「直面した問題の中に含まれる(微細な)良い部分だけ見て自己満足し、問題の解決にいたらないこと」「常に現状より悪い状況を想定して、そうなっていないことに満足し、上をみようとしないこと」などとされています。

それは、もちろん、今回御紹介した「幸せに関する自分なりのイメージを変えてしまう方法」とは異なります。

では、両者の決定的な違いとは?

(答えは下記記事でどうぞ↓)

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22754478.html

 

 

-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)

 

 

ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-12:本当の幸せを感じられない理由 -2

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

私は「うつ病のはじまりはゴール設定のミス」だと思っています。ゴール設定に失敗した結果、「幸せでない状態」に陥っているのがうつ病の正体のはずです。

医師でもある私がそんな発言をすると、多くの反論・異論をいただきます。しかし、「うつ病の人はハッピーではない」ということには同意していただけます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

では、どうすればうつ病の人はハッピーになれるのでしょうか?

 

 

私はかつて精神科が主体の病院の院長を務めていました。そのため、私自身は内科医ですが、地元保健所が主催する精神科病院・クリニック院長が集まる会議に毎回参加させていただきました。

ある年の会議中、とても印象深い出来事がありました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15110477.html

 

会議のテーマは「自殺者を減らすためにはどうすればいいか?」というもの。

うつ病は自殺の重要な危険因子と考えられています。よって、精神科医の集まりでは、当然のように、「自殺を減らす」=「うつ病を減らす」というロジックで話しあわれます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html

 

重たい雰囲気の中、ある精神科病院の院長が「外来に来るうつ病患者さん達と話していると、『この人達には薬を渡すより、お金を渡した方が効果があるのではないか?』と思うことがよくある」と発言されました。

県職員の方々は爆笑していましたが、他の院長達は全く同感だと言わんばかりにうなずいていました。苦笑しながら。

 

では、お金を渡せば本当にうつ病の人達はハッピーになれるのでしょうか?

 

私はそうは思いません。

 

誰もが幸せに関する自分なりのイメージを持っているはずです。例えば、「お金があることが幸せ」「子供がいることが幸せ」「仕事が楽しいことが幸せ」「恋人がいることが幸せ」等々。

そうしたイメージがあるために、現実世界でお金がない自分、子供がいない自分、仕事が楽しくない自分、モテない自分に対してイライラが生じてしまいます。認知的不協和です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882652.html

 

そんな状況(認知的不協和)が続けば、やがては疲弊しながら自身を不幸だと感じるようになるでしょう。不幸が(無意識下で)コンフォートゾーンになってしまう感じです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

コンフォートゾーンの外はスコトーマに隠れて認識できません。本当はいいことも明るい兆しもたくさんあるはずですが、「私は不幸だ」というセルフイメージを肯定する情報しかRASを通り抜けなくなります。それは文字どおり“悲観”の状態。そして、うつと呼ばれる状態に陥っていきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721658.html

 

この場合、解決方法は2つあります。

 

ひとつは「物理的現実世界を直接変える方法」です。

先の例えでいえば、たくさんのお金を手に入れたり、養子縁組をして子供を迎え入れたり、やりがいのある仕事を見つけたり、理想的な人物と恋に落ちればよいのです。

 

ちょっと待った。それができないからうつになるのだろ!」と思った方はいませんか?

 

もちろん、そのとおりです。

物理的現実世界を直接変えるのには大変な知恵と労力が必要になります。物理空間に働く厳しい因果律をしっかりマネジメントする必要があるからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14526054.html

 

ある精神科病院長の「うつ病患者さんにはお金を渡した方が効果があるのではないか?」は、この物理次元での対処法です。お金(予算)をどうやって準備(確保)するか? 必要性(妥当性)をどうやって判断するか? 他とどのように整合性を採るか? フェアネスをどのようにして担保するか?等々、問題山積みです。

 

仮に渡すことができたとしても、どれくらい渡せば満たされるのかがはっきりしません。その患者さんが「一億円ないとハッピーじゃない」と思い込んでいれば、100万円や1000万円をあげたところで決して幸せにはなれないでしょう。

 

 さらに言うと、お金だけでは必ずしもハッピーにはなれないことはすでに明らかにされています。過去のブログ記事(F-026)で御紹介したとおり、お金(年収)と「人生の満足度(life evaluation)」「感情面での幸福度(emotional well-being)」との関係を調査した米パデュー大学心理学部の研究によって、「収入が一定額以上に達した場合、それ以上増えたとしてもその人の幸福度が高まるわけではなく、むしろ低下する」ことが判明しています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8430748.html

 

 (S-04-13につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記-

 お金だけでは必ずしもハッピーにはなれない

 

 かつての辛い体験は、その事実を私に厳しく教えてくれました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7555985.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7556082.html

 

 

-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)

 

 

ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-11:本当の幸せを感じられない理由 -1

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

これまで「軋轢を生じる理由」「心に深い傷を負う理由」「自分を変えることができない理由」がすべて、「縁起を理解しておらず、『自分中心』であるから」であるとお伝えしました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

勘が鋭い方はすでに予想していると思いますが、今回のテーマの「本当の幸せを感じられない理由」も、「縁起を理解しておらず、『自分中心』だから」です。

 

「自分中心」な人の世界には、「自分だけの幸せ」しかありません。

それが、本当の幸せを感じられない最大の理由です。なぜだかわかりますか?

 

「自分だけの幸せ」というのは、じつは、矛盾した言葉の組み合わせです。どこが矛盾しているのかわかりますか?

 

それでは“本当の幸せ”について考察していきましょう。

 

 

イメージしやすいように「うつ病」を例に考えてみましょう。

私は「うつ病のはじまりはゴール設定のミス」だと思っています。ゴール設定に失敗した結果、「幸せでない状態」に陥っているのがうつ病の正体のはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

医師でもある私がそんな発言をすると、多くの反論・異論をいただきます。しかし、「うつ病の人はハッピーではない」ということには同意していただけます。「私、超ハッピーだけどうつ病です!」なんて人はなかなかいませんよね。 

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8430748.html

 

少し医学的な話をすると、うつ病の本当の原因は、じつは、まだよくわかっていません。

治療の中心である薬物療法は、「モノアミン仮説」を根拠に行われています。モノアミン神経伝達物質とは、アミノ基を一個だけ含む神経伝達物質(または神経修飾物質)の総称で、セロトニン、ノルアドレナリン、アドレナリン、ヒスタミン、ドーパミンなどが含まれます。ちなみに、このうちノルアドレナリン、アドレナリン、ドーパミンはカテコール基をもつためカテコールアミンと呼ばれます。

「モノアミン仮説」では、うつ病の原因を、ノルアドレナリン、ドーパミン、そしてセロトニンが不足することと考えます。よって、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)などで物理的に脳内のセロトニン量を増やそうとするのです。

 

では、物理的にセロトニンを増やせば、その人は本当にハッピーになれるのでしょうか?

 

一時的にはうつ病の症状は改善されるかもしれません。しかしながら、本質的にはハッピーにはならないでしょう。

厚生労働省のHPには、「いったん改善しても約60%が再発しますし、2回うつ病にかかった人では70%3回かかった人では90%と再発率は高くなります」と記載されています(下記リンク)。そのうつ病の再発率の高さが、セロトニンを増やしても本質的にはハッピーになれない何よりの証拠です。

厚生労働省「うつ対応マニュアル-保健医療従事者のために-」資料1:うつ病について

https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/01/s0126-5g.html#s1

 

では、どうすればハッピーになれるのでしょうか?

 

 (S-04-12につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記1

「モノアミン仮説」では、うつ病の原因を、ノルアドレナリン、ドーパミン、そしてセロトニンが不足することと考えます。よって、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)などで物理的に脳内のセロトニン量を増やそうとするのです

 これ↑は情報空間の最底面である物理次元でのアプローチです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14106619.html

 

 

-追記2

 日本におけるこれまでの調査により、「総人口の約20%程度が慢性疼痛を有している」ことが明らかになっています。慢性疼痛(まんせいとうつう)とは「3ヶ月以上続く中等度以上の痛み」で、腰や肩が圧倒的に多いとされています。

 腰痛は急性腰痛と慢性腰痛に大きく分けられます。ほとんどの症例が4週間以内で自然に治る急性腰痛に対して、痛みがだらだらと続いたり、あるいはよくなったり悪くなったりを繰り返す慢性腰痛は、精神的要因が大きく関与しているとされています。ストレスや不安、うつによって脳にある「痛みを和らげる仕組み」がうまく働かなくなるのです。その仕組みとは「痛み刺激↑→ドーパミン↑→オピオイド↑→ノルアドレナリン&セロトニン↑→痛み知覚↓」というもの。

 うつ病では肝心な神経伝達物質(ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン)がそもそも減少しています。「だから外からの刺激で補充しよう」というのが薬物療法。そして、「内(心)に働きかけ分泌を促そう」というのが心理・精神療法です。

 (念のため。「外」「内」という考え方は西洋哲学がベースです↓)

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/23037529.html

 

 私がコーチングを重視している理由は「心理・精神療法として有用だから」ではありません。人間のもっと根源的なところ、例えばスピリチュアルペインと呼ばれるような本質的な部分(次元)で一気に解決に導くことができるからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8293317.html

 

もちろん、「すべては情報」であり「一人一宇宙」であるという前提のもと。釈迦哲学でいうと「空(くう)」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823351.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823843.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

人間のもっと根源的なところ、例えばスピリチュアルペインと呼ばれるような本質的な部分(次元)で一気に解決に導くことができる

 

 それが青山龍マスターコーチと取り組むFCPFight Coaching Project)で目指していることです。それは「全抽象度での『マインドの健康』」。賛同される方、興味のある方、ぜひ下記サイトを御確認ください↓

 http://aoyamacoach.com/fcp/

 

 

-追記3

 関連記事をまとめてみました。こちらもどうぞw

    PM-04-13:まずは医療・福祉従事者にこそ緩和ケアが必要!

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8430972.html

    PM-05-33:子どもたちへの最大のプレゼント<後編;スピリチュアルペインはすでに始まっているのだから>

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11386276.html

    F-121:「あぁ生まれてきてよかったな」で思いだす一例

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21142618.html

    Q-073~180804医療講演会レポート(「がんはもう痛くない」)

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_318161.html

    Q-064~:認知的不協和と頭痛(ヒーリングとコーチングの関係)

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_292583.html

 

 

-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)

 

 

FCP 告知動画(青山マスターコーチ ブログより引用)

FCP(青山コーチ&CoacH T

青山龍苫米地式認定マスターコーチ ブログより引用

 http://blog.livedoor.jp/r_aoyama/


ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-10:自分を変えることができない理由 -3

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

人は、コンフォートゾーンを変えない限り、この制約から逃れる術はありません。

つまり、「すべての重要な変化は、まずは心の中で生みだされ、現実化し、世界に広がっていく(by ルー・タイス氏)」ということ

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

では、そのことを踏まえた上で、今回もこのケースを例に考えてみましょう。

認知症によるBPSDBehavioral and Psychological Symptoms of Dementia …以前は周辺症状と呼ばれていた暴力、不潔行為、幻覚、せん妄などの行動・心理症状)として徘徊が目立っていた高齢男性患者さんが肺炎のため入院しました。

幸い呼吸状態は改善しましたが、治療の間に下肢筋力が低下してしまいました。歩行はとても不安定でしたが、病識がなく徘徊しようとするため転倒の危険が高まっていました。

そこで病院は転倒事故防止のために腰ベルトを用いた車イス離床を行うことを提案しました。ところが「親父を縛りつけるのか!」と家族が強く反対するため、なかなか実行できないでいました。そうこうするうちに患者さんが転倒してしまい、大腿骨頸部(太ももの骨の付け根)を骨折してしまいました。

担当者は御家族に連絡し、丁寧に説明しました。すると、「骨折とはどういうことだ!この病院の安全管理はどうなっているんだ!! 責任者を出せ!!! 」と怒りまくっています。

そのキレ方があまりにも激しいので、担当者はとてもショックを受けました

 

このような場合、担当者には2つの対応の仕方があります。

「だから、腰ベルトを用いた車イス管理にしましょうと言ったではないですか。『それはやめろ』と言ったのはあなたでしょう!」と、自分には責任がないことを前提に相手を責めるパターン。

もうひとつは、相手を責めたい気持ちをぐっとこらえて、「それだけ父親を思っているのだな。転倒により骨折する可能性はしっかり伝えたはずだが、しっかりイメージできていなかったんだな。もっといい伝え方はできなかったかな?」と、客観的に状況を見ようと努め、自分の責任も認めるパターン。

前者が「他責」、後者が「自責」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22599317.html

 

後者の「自責」の場合、無意識は「転倒は望ましくないこと」、つまり「コンフォートゾーンの外側の出来事」と認識します。「転倒事故が起こったという事実」は「私(私たち)らしくない」と認識されるのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882652.html

 

すると、ホメオスタシスフィードバックが「転倒事故が起こらない」ように働きます。その実現(転倒再発予防)に向けて創造的無意識が働き、スコトーマが外れ、今まで気付かなかった新たな取り組みをどんどん“発見”していきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

当然、その時の心の状態は「want to」。傍から見ると、モチベーションがとても高く、やる気がみなぎっているように見えるはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

それに対して、前者の「他責」の場合、「転倒は自分のせいではない。だから、仕方がない」とセルフトークを行っていることになり、ホメオスタシスフィードバックが「現状肯定」「現状維持」に働きます。つまり、無意識が「(自分は)何もする必要はない」あるいは「(自分は)何も変えなくていい」と判断してしまうのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971818.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971956.html

 

さらに厄介なのは、もしもまわりが転倒再発予防のために「何かを変えよう」とすると、その取り組みを妨害してしまうこと。「他責」の人にとっては「転倒事故が起こる現状」がコンフォートゾーンになってしまっているからです。「何かを変えること」はコンフォートゾーンを壊す不快な行為に感じられます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13628746.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13837769.html

 

医療・介護に携わる人々は誰もが、意識下では、「転倒事故は起こって欲しくない」と願っているはずです。

しかし、「他責」を選択した瞬間に、無意識は「転倒が起こった現状」を維持しようとしてしまいます。その結果、その人が個人的に変化(進化、向上)できないだけではなく、変化しようとするチームの足も引っ張ってしまうことになります。
 ドリームキラーの誕生です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html

 

人間関係に軋轢を生じ、自分自身の心の傷を深くしてしまい、そして、いつまでも変化(進化、向上)することができず、チームの足も引っ張ってしまう

 

それが、「自分中心」という生き方です。

 

 

Q:自分を変えることができない理由は?

A:縁起を理解しておらず、「自分中心」だから

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 

自分を変えるために必要なのは、何者にも束縛されない本来の自分を取り戻し、自分本来の“幸せ”を求めていく強い意志です。そのためには「自分にとっての“幸せ”とは何か?」をしっかり定義しておく必要があります。

しかし、多くの人は自分の“幸せ”がわかりません。自分のことなのに、なぜ“幸せ”を感じられないのでしょうか?

 

次回からは「本当の幸せを感じられない理由」がテーマです。

 

 (S-04-11につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)

 

 

ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-09:自分を変えることができない理由 -2

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

何か変化を起こしたいときは、この「ホメオスタシスフィードバック」をコントロールすることがポイント。そのために、まずは“いつもの私”、すなわち「自己イメージ(セルフイメージ)」を変えていきます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

「ホメオスタシス」が働く情報空間のことを、コーチングでは「コンフォートゾーン」と呼びます。それは「自己イメージ(セルフイメージ)」そのものです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

その「コンフォートゾーン=自己イメージ(セルフイメージ)」は、じつは、過去の記憶によって作られています。そして、過去の記憶から作られる“現状”とその延長線上の未来を維持するために、ホメオスタシスが強力に働いています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/20932824.html

 

「コンフォートゾーン」とは「自分にとってちょうどいい状態」のことですが、それは同時に「ホメオスタシスによってそのまま維持される現状」のことを指しています。喫煙者はタバコを吸うことが、肥満の人は太っていることが、コンフォートゾーンとなりいつまでも維持されてしまいます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971818.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971956.html

 

“いつもの私”あるいは“私は○○だ”という無意識下の自分に対するイメージが、その人のすべての言動を制約しています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12794797.html

 

人は、コンフォートゾーンを変えない限り、この制約から逃れる術はありません。

つまり、「すべての重要な変化は、まずは心の中で生みだされ、現実化し、世界に広がっていく(by ルー・タイス氏)」ということ

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/16799778.html

 

「自分を変えたい」と本気で考えている人は、マインド(脳と心)についてしっかり学び、ホメオスタシスを味方につけてください。その知識とスキルがコーチングには詰まっています。
 “現状の外”にゴールを設定し、アファメーション等の技法でその臨場感を高めていくと、「理想の自分」「望むどおりの未来」を手に入れることができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 (S-04-10につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記-

 最近(2020628日)、興味深い記事を読みました。「もともと直毛だったイギリスの14歳少年が、9日間の昏睡状態から目覚めた後にカーリーヘアに変わった」というものですwTechinsight

 

 超情報場仮説で考察すると、「昏睡中に高位の情報場での情報が書き換わり、(情報空間の底面である)物理空間において直毛からカーリーヘアへの変化としてあらわれた」とみることができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306445.html

 

 鍵は高位の超情報場での情報処理。その情報処理をゴール設定という形で行っていくのがコーチングです。ゴールとして生みだしたイメージは、やがては“現実”に変わっていきます。本気で望めば、直毛がカーリーヘアになるように、スカスカがフサフサなっていきます(半分冗談ですw)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15096276.html

 

  

-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)

 

ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-08:自分を変えることができない理由 -1

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

私がまだ駆けだしの医師だった頃、頚髄損傷患者さんを担当させてもらったことがあります。

 

頚髄を損傷してしまった患者さんは、手足の麻痺や排尿の異常だけではなく、様々な機能異常が生じます。体温調節も困難になってしまうため、ちょっと直射日光に当たっただけで、すぐに体温が40℃を超えてしまうのです。みるみる体温が上がっていく患者さんを目の当たりにして、とても驚いたことを覚えています。

 

では、なぜ私たち健常者は体温が変わらないのでしょうか?

 

答えは、「恒常性維持機能(ホメオスタシス)」が働いているからです。

暑いと汗をかくことで体温を下げようとし、寒いと震えることで体温を上げようとします。その反応は意識していないのに起こり、自然に適温に調整されています。

生まれてから一度も心臓が止まることなく動き続けているのも、どんなに熱中していても呼吸することを忘れないのも、すべてホメオスタシスの働きです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

 

じつは、人間の場合、ホメオスタシスが働くのは物理空間ばかりではありません。

 

私たち人間は進化の過程で大脳の前頭葉(とくに前頭前野)がとても発達しました。

その結果、この「恒常性維持機能(ホメオスタシス)」が、物理空間だけではなく情報空間(心の空間)にも働くようになったのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654230.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654316.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831442.html

 

例えば、ゴルフやボーリングで前半は調子が良かったのに後半崩れてしまうのも(その逆も)、ダイエットに成功したのにすぐにリバウンドしてしまうのも、お酒やタバコがなかなかやめられないのも、すべて、この「情報空間に働く恒常性維持機能(ホメオスタシス)」が原因です。

ホメオスタシスによって“いつもの私”に引きもどされてしまいます。その「引きもどす力」のことを「ホメオスタシスフィードバック」と呼びます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971818.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971956.html

 

何か変化を起こしたいときは、この「ホメオスタシスフィードバック」をコントロールすることがポイント。そのために、まずは“いつもの私”、すなわち「自己イメージ(セルフイメージ)」を変えていきます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 (S-04-09につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記1

 ゴールとは“現状の外”に設定するもの

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 しかしながら、「ホメオスタシス(フィードバック)」を変更することなく“現状の外”にある何かを継続すると、必ず“無理”が生じてしまいます(無理強い)。その“無理”はストレスとなり心を蝕み、やがては身体に悪影響を及ぼします。心と体はそもそも同じものであり、抽象度の違いにすぎないからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14106619.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14248940.html

 

 その「“現状の外”にある何か」が“正しい”ほど、あるいは“行うべき”であるほど、ストレスは大きくなるはずです。ますますhave toが強まるから。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13523715.html

 

 だから私は、簡単に「ダメ。ゼッタイ。」と言うべきではないと思っています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_352303.html

 

 

-追記2

 高齢者向けの健康講話で「ホメオスタシス」について説明させていただくことがあります。その際、本文中にあるように「生まれてから一度も心臓が止まることなく動き続けているのも、どんなに熱中していても呼吸することを忘れないのも、すべてホメオスタシスの働きです」といった話をします。すると、たまにですが、「私は心臓がとまったことがある」と発言される御老人に遭遇します(そんなことを明るく発言される方はみんなお元気です)w

 

なんらかの因果で停止した心臓が、適切な処置で再び動きだし、その後拍動を続けることも「ホメオスタシス(フィードバック)」といえます。そして、そのネタで講話を盛り上げてくださることも。

 そんな御老人に会うたびに、コーチとしての私は、心の内にあるゴールを伺いたくなります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 

-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)

 

ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-07:心に深い傷を負う理由-2

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

心の傷がトラウマになるか否か、うつなどの病気を引き起こすか否かは、じつは、出来事そのものの大きさとは関係がありません。ものすごく衝撃的な出来事でも、トラウマになる人もいれば、ならない人もいます。

では、両者で何が違うのでしょうか?

両者を分けるものは「本人にとっての理不尽度」。そして、その理不尽度は「自己責任感の大小」で決まります。

 

ショックな出来事に対して「自分にも責任がある」と感じる人にとって、その出来事の理不尽度は小さく、反対に、その出来事に対して「自分には責任がない」と感じる人にとっては、理不尽度はとても大きくなります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22669112.html

 

つまり、「自分にも責任がある」と考える人の心の傷は深くはならず、その一方で、「自分には責任がない」と考える人の心の傷はとても深くなってしまうのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21491494.html

 

S-04-04と同じ事例で考えてみましょう。

認知症によるBPSDBehavioral and Psychological Symptoms of Dementia …以前は周辺症状と呼ばれていた暴力、不潔行為、幻覚、せん妄などの行動・心理症状)として徘徊が目立っていた高齢男性患者さんが肺炎のため入院しました。

幸い呼吸状態は改善しましたが、治療の間に下肢筋力が低下してしまいました。歩行はとても不安定でしたが、病識がなく徘徊しようとするため転倒の危険が高まっていました。

そこで病院は転倒事故防止のために腰ベルトを用いた車イス離床を行うことを提案しました。ところが「親父を縛りつけるのか!」と家族が強く反対するため、なかなか実行できないでいました。そうこうするうちに患者さんが転倒してしまい、大腿骨頸部(太ももの骨の付け根)を骨折してしまいました。

担当者は御家族に連絡し、丁寧に説明しました。すると、「骨折とはどういうことだ!この病院の安全管理はどうなっているんだ!! 責任者を出せ!!! 」と怒りまくっています。

そのキレ方があまりにも激しいので、担当者はとてもショックを受けました

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22599317.html

 

このような場合、担当者には2つの対応の仕方があります。

 

「だから、腰ベルトを用いた車イス管理にしましょうと言ったではないですか。『それはやめろ』と言ったのはあなたでしょう!」と、自分には責任がないことを前提に相手を責めるパターン。

もうひとつは、相手を責めたい気持ちをぐっとこらえて、「それだけ父親を思っているのだな。転倒により骨折する可能性はしっかり伝えたはずだが、しっかりイメージできていなかったんだな。もっといい伝え方はできなかったかな?」と、客観的に状況を見ようと努め、自分の責任も認めるパターン。

 

前者が「他責」、後者が「自責」です。

 

後者のように「自分にも責任がある」、あるいは「自分の責任は何か?」と考えることができる場合、家族にキレられたショックを引きずる可能性はかなり低くなります。

 

理不尽な出来事に遭遇したときに、「なんの責任もないのに自分だけひどい目に遭った」と相手を責めるだけの人は「自分中心」な人です。自分中心な人は、同じ出来事を前にしても、自分中心ではない人よりも心の傷が深くなります。そして、その心の傷に長く囚われてしまいます。

 

人間関係に軋轢が生じるだけでなく、自分自身の心の傷も深くしてしまう生き方

それが、「自分中心」という生き方です。

 

 

Q:心に深い傷を負う理由は?

A:縁起を理解しておらず、「自分中心」だから

 

 

もちろん、この世が縁起である以上、起こる事象そのものを思いどおりにコントロールできるわけではありません。

しかし、その事象をどのように認識し、理解し、そして評価・判断するかは自分で完全にコントロールすることができます。それが自己責任という言葉の本当の意味です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

大切なのは、「自分のマインド(脳と心)は、自分自身の自由と責任でコントロールする」という意志。そして、「自分自身の心の力(The Power of Mind)で未来を創造する」という覚悟です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13958864.html

 

マインドでの情報処理を、過去の記憶でつくられたブリーフシステムではなく、未来の記憶によってつくりあげたブリーフシステムで行うことができるようになると、未来から流れる時間を生きれるようになります。そして、(本来の)“死”までの“生”を存分に生きることができるようになります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

次回は、「自分を変えることができない理由」です。

 

 (S-04-08につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記-

 本文中に「『自分にも責任がある』と考える人の心の傷は深くはならず、その一方で、『自分には責任がない』と考える人の心の傷はとても深くなってしまう」と書きましたが、これは大人の場合です。

 子どもはマインド(脳と心)の成長段階にあり、“責任”に関係なく心に深い傷を負います。そして、その心の傷はやがては脳の傷となり生涯影響を与え続けます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10114934.html

 

マインドについてしっかりと理解し、子どもを方向付けるのではなく、子どもが自ら方向付けを行えるように導くことこそが、真の子育てであり教育である

そのように私は考えています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/18096464.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13077001.html

 

 

-関連記事-

F-059:虐待で残る「分子の傷跡」

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13523096.html

F-075Preventable Trauma Death

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15833962.html

 

 

-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)

 

ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-06:心に深い傷を負う理由-1

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

日本はいまだに自殺大国です。

多くの人が心にたくさんの傷を抱えたまま生きています。心の傷から生じる感情に振り回されているケースもたくさん目にします。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/search_tags?qt=1028229

 

私たちは生きている限り心に傷を負います。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こすような衝動的な心の傷は「トラウマ(心的外傷)」と呼ばれます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15833962.html

 

人間は誰でも心に傷を負っていますが、それがトラウマとなって心や体の病を引き起こすこともあれば、病とならずに癒えていくこともあります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10114934.html

 

その違いはどこにあるのでしょうか?

 

心の傷がトラウマになるか否か、うつなどの病気を引き起こすか否かは、じつは、出来事そのものの大きさとは関係がありません。

ものすごく衝撃的な出来事でも、トラウマになる人もいれば、ならない人もいます。

 

では、両者で何が違うのでしょうか?

 

両者を分けるものは、じつは、「本人にとっての理不尽度」です。

そして、その理不尽度は「自己責任感の大小」で決まります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22669112.html

 

 (S-04-07につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-関連記事-

F-094~:私はイヤなことは心の中で握りつぶす

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_375251.html

 

 

-告知-

 青山龍苫米地式認定マスターコーチと私 CoacH Tとのコラボ企画「Fight Coaching Project」がはじまっています(20206月~、月額制)。テーマは「マインド(脳と心)の健康」です。

 参加される皆さんの疑問・質問にもお答えする1年間の双方向(インタラクティブ)オンラインコミュニティの中で、徹底的に「マインドの健康」を追求したいと思っています。

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-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)

 

 

ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-05:自責の意味

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

前回(S-04-04)、「他責」と「自責」について定義しました。自分には責任がないことを前提に相手を責めるのが「他責」、客観的に状況を見ようと努め自分の責任も認めるのが「自責」です。

「他責」、すなわち「自分には責任がない。あなたが悪い」という態度は、相手との間に軋轢が生じる原因になります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22599317.html

 

その「責任」に関連して、よくいただく御質問があります。

それは「自然災害で被災した場合や先天的な障がいを持って生まれてきた場合も、『自責』である必要があるのでしょうか?」というものです。

 

「自責」とは、「災害が起こる場所にいた自分が悪い」「あたりまえに生まれてこなかった私が悪い」と自身を責めることではありません。以下、参考としている苫米地英人博士の著書「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)から引用します。

 

 理不尽な出来事に遭遇したときに、「なんの責任もないのに自分だけひどい目に遭った」と相手を責めるだけの人は「自分中心な人」、いわゆる「自己チューな人」です。自分中心な人は、同じ出来事を前にしても、自分中心ではない人よりも心の傷が深くなります。そして、その心の傷に長くとらわれてしまうことになります。

 ここでいう「自分にも責任がある」とは、例えば夜道を一人で歩いていて暴漢に襲われた女性に対し、不用心な彼女にも責任がある、などと責めることとは違います。そうではなく、私たちは生きていく以上、さまざまな理不尽を引き受けていかねばなりません。それが生きていくということだからです。さまざまな理不尽を引き受け、この世界の理を踏まえて生きていく心構えのことを「責任」と言っているのです。

 引用終わり

 

さまざまな理不尽を引き受け、この世界の理を踏まえて生きていく心構えが「責任」

 

すなわち、「自責」とは、自分の自由意志でこの世界を生き抜くという決意のこと。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13958864.html

 

それは、無人運転や自動運転ではなく、自分自身の思考で未来を切り拓いていくという覚悟のことでもあります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_369873.html

 

 もっとシンプルにいうと「ゴールを自分で決める」という意思。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 「この世界の理」とは“縁起”のことです。「関係が存在を生みだす」という“縁起”を突き詰めると、「この世に絶対はない(アプリオリなものはない)」と「この世は心(マインド)が生みだしている」という2つのプリンシプルにいきつきます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 それは西洋の哲学や科学がたどり着いた結論でもあります。不完全性であり、不確定性です。理不尽はある一定の確率で起こりえますが、一方で“現状の外”を見いだすことも起こりえるのです。コーチングを学び実践することで、「“現状の外”を見いだす確率」を高めていくことができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

 よって、「さまざまな理不尽を引き受け、この世界の理を踏まえて生きていく心構えが『責任』」という苫米地博士の言葉を踏まえた上で「責任を果たす」という言葉を考察すると、「自由意志でゴール設定をしっかり行う(更新し続ける)こと」と考えることができます。

 そして、それが「自責」の意味だといえます。

 

次回は、「心に深い傷を負う理由」を考察します。

 

 (S-04-06につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記1

コロナ禍をきっかけに、最近、「リーダーの責任」についてよく考えます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14526054.html

 

さまざまな理不尽を引き受け、この世界の理を踏まえて生きていく心構えが『責任』」という苫米地博士の言葉を踏まえた上で「リーダーの『責任を果たす』という言葉」を考察すると、「自由意志で抽象度の高いゴール設定を行い(更新し続け)、しっかり実装すること」といえるのではないでしょうか。やはり、鍵は抽象度といえそうです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 

-追記2

 最近、親友の一人に会いました。抽象度の低いリーダーからひどいパワハラを受けたと聞いていたので、じつは少し心配していました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22463773.html

 

しかし、友が発する言葉に「他責」は一切なく、しっかり未来を向いていました。私は「さすがK。やっぱりすごい野郎(86)だぜ~」と伝えました。非言語で。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

理不尽な思いは、“正しい”ゴール設定によって、未来を切り拓くエネルギーとクリエイティビティに変わります。怒りや悲しみ、悔しさといったネガティブな感情を、余裕で克服している友のさらなる飛躍がとても楽しみです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19879680.html

 

 

-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)

 

 

ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-04:軋轢が生じる理由 -3

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

「自分中心」は縁起を理解できていないことが原因。そして、それは“責任”に対する態度としてもあらわれます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22527815.html

 

なにか問題が生じたり、嫌なことが起こった場合に、「○○が悪い」などと自分以外のところに責任を転嫁してしまうことを「他責」といいます。それとは反対に、「自分の注意が足りなかったのでは?」などと自身の言動を振り返ることが「自責」です。

 

医療・介護現場で起こりえるケースを例に考えてみましょう。

認知症によるBPSDBehavioral and Psychological Symptoms of Dementia …以前は周辺症状と呼ばれていた暴力、不潔行為、幻覚、せん妄などの行動・心理症状)として徘徊が目立っていた高齢男性患者さんが肺炎のため入院しました。

幸い呼吸状態は改善しましたが、治療の間に下肢筋力が低下してしまいました。歩行はとても不安定でしたが、病識がなく徘徊しようとするため転倒の危険が高まっていました。

そこで病院は転倒事故防止のために腰ベルトを用いた車イス離床を行うことを提案しました。ところが「親父を縛りつけるのか!」と家族が強く反対するため、なかなか実行できないでいました。そうこうするうちに患者さんが転倒してしまい、大腿骨頸部(太ももの骨の付け根)を骨折してしまいました。

担当者は御家族に連絡し、丁寧に説明しました。すると、「骨折とはどういうことだ!この病院の安全管理はどうなっているんだ!! 責任者を出せ!!! 」と怒りまくっています。

そのキレ方があまりにも激しいので、担当者はとてもショックを受けました

 

医療・介護に携わっている方々にとって、きっと臨場感が高い(V)事例だと思います。「ゾッとする感じ」「イヤ~な感じ」(I)を体感している(R)のではないでしょうか?

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

このような場合、担当者には2つの対応の仕方があります。

 

「だから、腰ベルトを用いた車イス管理にしましょうと言ったではないですか。『それはやめろ』と言ったのはあなたでしょう!」と、自分には責任がないことを前提に相手を責めるパターン。

もうひとつは、相手を責めたい気持ちをぐっとこらえて、「それだけ父親を思っているのだな。転倒により骨折する可能性はしっかり伝えたはずだが、しっかりイメージできていなかったんだな。もっといい伝え方はできなかったかな?」と、客観的に状況を見ようと努め、自分の責任も認めるパターン。

 

前者が「他責」、後者が「自責」です。

 

前者のように「自分には責任がない。あなたが悪い」と考える場合、相手との間に軋轢が生じるのは必至です。

「自分の責任は考えず、相手を責めてばかりいる」ときは、自分の都合しか見えていない状態です。つまり「自分中心」。相手の立場や心情はスコトーマに隠れてしまい、一切考慮できなくなります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

「自分中心」を捨て去り「自分にも責任がある」「自分の責任は何か?」と考えることは、「良好な人間関係」のための大切なポイントです。

 

 

Q:軋轢が生じる理由は?

A:(お互いが、あるいは、どちらかが)縁起を理解しておらず、「自分中心」だから

 

 

次回は、「自責」に関してよくいただく質問を御紹介します。

 

 (S-04-05につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記-

 さすがに大人の社会においては「○○が悪い」「△△のせいだ」と声高に叫ぶ人は少数派かもしれません。しかしながら、発言に「他責」が滲み出ているケースは少なくありません。最近話題になった「発熱4日待機ルールは保健所と国民の誤解」や「訓告は検事総長の判断」という発言に「他責」は忍び込んでいないのでしょうか?

 たとえ発言者の心に「他責」が存在していなかったとしても、受け取る側が「他責」を感じ取ってしまったなら、やはり軋轢が生じてしまいます。すべては双方向の縁起だからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14401412.html

 

 

-関連記事-

F-0543つのロック(&1つのキー)<ワーク付き>

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12794797.html

 

 

-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)

 

 

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