苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

タグ:二つの怒り

F-155:「怒りと絶望しかありません」という言葉に感じた希望

 

 私は“希望/Hope”という言葉が大好きです。

 

 それは子どもの頃の体験に起因します。私は(のちに)「A NEW HOPE」というサブタイトルがつけられた映画に救われました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615496.html

 

 情動を伴った体験の記憶は私のブリーフをつくり、「つい“希望/HOPE”を見つけてしまう&見つけようとしてしまう」というハビット&アティチュード(habitattitude)としてあらわれます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/18223480.html

 

 “希望/HOPE”と結びつくものが RASのフィルタリングを通過し、それ以外をスコトーマに隠すのです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721658.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

 「なんでそんなに楽観的なのですか?」と聞かれることがありますが、その理由は「無意識が“希望/HOPE”にロックオンしているから」だと思っています。そして、それは医師(&ヒーラー)としてはもちろんのこと、コーチとしての機能に大いに役立っているはずです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/15700744.html

 

最近いただいたメールの中に「怒りと絶望しかありません」という言葉を見つけたときも、私は“希望/HOPE”を感じました。それは漠然としたイメージなのですが、なんとか言語化してみたいと思います(なるべくわかりやすくw)。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14120540.html

 

 

 怒りとはエネルギーに満ちた状態でenergetic。対して、絶望とはエネルギーがない状態でno energyです。それらは、エネルギーという視点で見ると、正反対の概念といえます。「怒り」という感情を自覚している時点で(モニタリング)、すでに絶望を克服しています。“今のところ”は(←後述します)。

よって、本当は「怒りと絶望しかない」ではなく、「不協和を怒りとして感じてばかりいる」なのでは?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882652.html

 

 表現を変えると、「どうやってエネルギーを取り戻すか?」ではなく、「取り戻しつつあるエネルギーをどう導くか?」という段階にあるということ。エネルギー枯渇(不足)という問題(過去のケース)から、それをいかにうまく使うかという課題(未来に向けてのプラン)に焦点が移行しているといえます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12658417.html

 

 エネルギーを上手く使う(導く)のに欠かせないのがゴールです。“現状の外”にゴールを設定するからこそ、新たな未来が時間の流れにのってやってきます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542317.html

 

 その“現状の外”がより高い抽象度次元であるほど、「動物的怒り」は「人間的怒り」に、「私憤」は「公憤」へと変化していきます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14107083.html

 

 「そもそもゴールがない」「ゴール設定を誤っている」「ゴール達成をあきらめかけている」のいずれかの場合、怒りを感じている現状がコンフォートゾーン(CZ)化していきます。そうなると、怒りが解消されることはありません。怒っている状態がCZだからです。

しかしながら、怒りが続くこともありません。ゴールがないままであれば新たなエネルギーや創造性を得ることができず、やがてエネルギーが尽きてしまうからです。解消されることのない「怒り」は次第に「あきらめ」に変わり、再び「絶望」へと堕ちていきます。「怒りと絶望しかない」から「絶望しかない」へと。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

 

「絶望」とはゴールがないかあきらめている状態(no goals)。だからエネルギーがないのです(no energy)。

ゴール設定がなされていれば、本来「あきらめ」「絶望」にはならないはずです。それでもまだ「絶望」と感じるのならばゴールが間違っています。「間違っている」とは、正しくないとか悪いということではなく、「本心ではない」「自身の自由意思ではない」という意味です。

(そもそも絶対に正しいものなどありません)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6194669.html

 

そんな時はまずリラックスしてみましょう。

呼吸を意識しRをゆらがせながら、「本当は自分は何をしたいのか?」「どういう人間になりたいのか?」「自分の存在理由とは何なのか?」などと問い直してみてください。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23645730.html

 

 それは思春期から抱えているスピリチュアルペインを克服するばかりか、ヴィーゼルが言う「生きている状態」に戻る大切なプロセスになります。もちろん、見つけた答えが“シン”のゴールです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_318161.html

 

ゴールはあるがなぜか「絶望」と感じてしまうという場合、「じつはゴールをすでに達成している(達成しかかっている)」か、あるいは「エフィカシーが下がっている」可能性が考えられます。前者ならゴールの再設定(&バランスホイール)に、後者ならエフィカシーを上げることに取り組んでください。

(「エフィカシーを上げる方法」は追記で)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5616012.html

 

ゴールは未達成でありハイエフィカシーだとしても、「絶望」と錯覚することはありえます。その時はゴール側のコンフォートゾーンをチェックし、アファメーションやビジュアライゼーションで臨場感を高めてください。

24時間(←夢の中でもw)ラベリングをし続けることもお勧めします。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/18456250.html

 

「ゴール設定→行動→現状が変わる」というプロセスは、自分にとってだけでなく、縁ある人々にとっての“新たなる希望”にもなります。ミラーニューロンの働きで。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/11383670.html

 

だから、「絶望」を感じた時は、「誰かの希望になれる(なる)という希望」からはじめてください。その希望はやがて夢に育ち、夢はゴール設定することでいつしか“現実”にかわっていきます。そのための知識とスキルが凝縮されているのがコーチングです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

  

私はコーチングを、子ども(世代)には生き様とともに、孫(世代)には死に様で、伝えていこうと思っています。希望が満ち溢れる自由でフェアな未来を思い描きながら。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19678041.html

 

 

 ところで、冒頭で御紹介した「A NEW HOPE」とは、「STAR WARS」の第1作目(EpisodeⅣ)のことですw

映画だけでなく、ドラマ、小説、アニメ、ゲーム、テーマパークなど様々な形で今も拡張し続けるSWの世界は、ジョージ・ルーカスというたった一人の人間のイマジネーションからはじまりました。

 最後に、ルーカスが次世代のクリエイター デイブ・フィローニ(「CLONE WARS」総監督)に贈った言葉を紹介します。この言葉を聞いたとき、私はルーカスの思いをしっかりと受け取っていたことに気づきました。42年前のあの日に。非言語で。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/20173981.html

 

 

Remember to make these stories hopeful.

Remember to give that to kids.

Because they really need it.

George Walton Lucas Jr.1944年~) 

 

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 苫米地博士の著書「201冊目で私が一番伝えたかったこと」(ヴィレッジブックス)から「情動を娯楽として楽しみつつ、エフィカシーを上げる方法」を御紹介します。

 

 引用開始

 過去の情動記憶を娯楽として楽しみなさいと言いましたが、ただし注意するべき点があります。それは、情動を思いだすとき、エフィカシーを下げるやり方ではなく、逆に上げる方法を身につけることです。

 最悪なのは、思いだすときに、「あのときの自分はバカだった」とか「自分が許せない」などと過去の自分を否定するようなことを心の中でつぶやくことです。いったん、こういう癖が身についてしまうと、思い出に浸っているときだけでなく、日常のあらゆる局面でエフィカシーを下げるセルフトーク(コーチング用語で自分に対して語る言葉)が出てくることになります。

 情動を娯楽として楽しみつつ、エフィカシーを上げる方法は、自己否定を行うのではなく、「私はあのときベストを尽くした」「私はすごい人間だ」というように、「今-ここ」にいる自分を堂々と肯定する癖をつけることです。そのためには以下の四つのことを心がけましょう。

 

結果論で過去の出来事を評価したり、後悔したりしない。

前頭前野を働かせて、前向きに過去の出来事を評価する。

わざと自分に不利になるように記憶の断片を統合しない。

後悔が無意味であることを前頭前野で理解する。

 

 これらのことを身につければ、どんな不快な出来事でも、過去の情動記憶の反復による堂々巡りの思考の迷路に迷い込むことはないでしょう。

 

  

-関連記事-

F-129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_396235.html

 

 

201冊目で私が一番伝えたかったこと



ブログ・シリーズ編

S-03:心のエネルギーとは何か? ~カナックス事件に学ぶ“心のエネルギー”をコントロールする方法~

S-03-21C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.5-

 

シリーズ編第3弾(S-03)は、「心のエネルギーとは何か?」をテーマに、怒りに代表される情動の正体やその向き合い方について考察したいと思います。ぜひ皆さん自身の経験を振り返りながら読み進めてください(Don’t think. Feel!)。

 告知(I-035):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19792909.html

 S-03-00(目次):

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19879680.html

 

…S-03-10までの分析をシンプルにまとめると、A)概念の階層にエネルギーが生じる→B)無意識レベルでエネルギーを知覚→C)意識化(エネルギーの情動への転換)→D)物理次元で発散 といえます。「怒り」に支配されないためにはどうすればよかったのでしょうか?

 

まず、「概念の階層にエネルギーが生じる」レベルで「心のエネルギー」をコントロールするための「思いっきり概念の階層を上げてしまう」という方法についてまとめました。この方法が問題解決の本質であり、世界平和を可能とする程のパワーを持った最良・最強の解決策です。

まずは概念の階層を上がること、すなわち抽象度を上げることに挑戦してください(私も日々挑んでいます)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/20932747.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21033212.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21133126.html

 

B)「無意識レベルでエネルギーを知覚」するレベルでの「心のエネルギー」のコントロール方法とは、「イライラなどの“違和感”を感じたときに、自身のゴールを見つめなおし、ゴール達成のためのパワーに変えてしまう」というものです。

 

次はC)「意識化(エネルギーの情動への転換)」のレベルについてまとめます。

S-03-17C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.1-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21491283.html

 S-03-18C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.2-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21580197.html

 S-03-19C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.3-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21664229.html

 S-03-20C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.4-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21747934.html

 

 

 「意識化(エネルギーの情動への転換)」とは、情報空間の階層に蓄積された静的エネルギーを、物理空間で発散される動的エネルギーに変換するということです。変換する際にとても効率がいい「怒り」として利用することがポイントです。ただし、「公憤」として。

 

5回目の今回は、C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」のリアル症例報告です。これは私がまだ病院長として働いていた頃の話。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15110477.html

 

ある日、病棟で大きな「怒り」を感じました。はじまりはこんな感じでした。

相手の発言を橙色私の発言を青色で表記します)

 

「先生、先程(カルテの)指示簿に書いていただいた指示を“インスリン指示簿”にも記載してください」

「何で?」

「そのように決まっているからです」

「何で?」

「リスク部会で決められています。〇病棟ではそうしています」

「何で?」

「何で同じことを2回書くの?無駄じゃない? そもそも、さっきの指示は『血糖測定を毎日から週3回に減らしてね』という内容だよ。インスリン指示じゃないじゃん。しかも、その患者さんインスリンしてないじゃん。『指示簿に書いて、“インスリン指示簿”にも書いて』っておかしくない?」

「でも、そうすることになっているんです!」

 

特に医療・福祉関係者にとってはリアルに感じられるのではw

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

「書くことがめんどうくさい。バカらしい」とか、「何であなたが動かず、まだしっかり歩けない私を呼びつけるのだ」といった理由で怒るのは「私憤」です。

(注:その頃の私は杖を使ってようやく歩ける状況でした)

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702480.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702640.html

 

システム上のエラーに対して生じた「怒り」を、たまたま指示受けしていた個人がうけるのは「巻き添え」「とばっちり」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14249780.html

 

「私は理解できない」という理由で、相手の論理ではなく相手そのものを完全否定するのは「テロリズム」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html

 

 

その時の私は、まず「まあ、いいじゃん。『郷に入らば、郷に従え』だし」と考えました。A)のレベルで思いっきり概念の階層を上げて「怒る理由がなくなる状態」になることを目指したのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/20932747.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21033212.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21133126.html

 

その後、医療崩壊という危機的状況を打開するための「創造的破壊」のエネルギーとして「怒り」を利用することを試みました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13628746.html

 

一度上がった概念の階層をあえて下り、しかし意識化する段階で前頭前野をフル回転し「怒り」という概念自体の階層を上げること(公憤)で、「怒り」をコントロールしつつエネルギーをしっかりと取り出す

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21491283.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21580197.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21664229.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21747934.html

 

そんなプロセスを経て私は怒りました。その思考の流れをシンプルにまとめると、

 

→「まあ、いいじゃん」

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19980130.html

 

→「でもやっぱり変だよね、○○○病院らしくないな。せっかくだからスコトーマを外して“無敵”の組織に近づくために怒ろう!」

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

→「何かがおかしい(怒)。私たちがもっと効率よく機能を発揮するためにどうすればいのか?」

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

→「何かがおかしい(怒怒)。○○君のように道徳洗脳下にいる仲間を救い出すにはどうすればいいだろうか?」

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10256517.html

 

→「何かがおかしい(怒怒怒)。○○君の子供たち、未来の地球人が生権力に支配されず、自由に生きて幸せになるためにどうすればいいだろう?」

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 

(ここで「怒り」のレベルチェック)

 

→「うん、これは前頭前野だ。私らしいぜ。さあ、怒ろう」

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19152931.html

 

こんな感じですw

 

 (S-03-22につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-関連記事-

F-061~:バイオパワー(生権力)

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_292569.html

 

 

ブログ・シリーズ編

S-03:心のエネルギーとは何か? ~カナックス事件に学ぶ“心のエネルギー”をコントロールする方法~

S-03-20C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.4-

 

シリーズ編第3弾(S-03)は、「心のエネルギーとは何か?」をテーマに、怒りに代表される情動の正体やその向き合い方について考察したいと思います。ぜひ皆さん自身の経験を振り返りながら読み進めてください(Don’t think. Feel!)。

 告知(I-035):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19792909.html

 S-03-00(目次):

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19879680.html

 

…S-03-10までの分析をシンプルにまとめると、A)概念の階層にエネルギーが生じる→B)無意識レベルでエネルギーを知覚→C)意識化(エネルギーの情動への転換)→D)物理次元で発散 といえます。「怒り」に支配されないためにはどうすればよかったのでしょうか?

 

まず、「概念の階層にエネルギーが生じる」レベルで「心のエネルギー」をコントロールするための「思いっきり概念の階層を上げてしまう」という方法についてまとめました。この方法が問題解決の本質であり、世界平和を可能とする程のパワーを持った最良・最強の解決策です。

まずは概念の階層を上がること、すなわち抽象度を上げることに挑戦してください(私も日々挑んでいます)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/20932747.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21033212.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21133126.html

 

B)「無意識レベルでエネルギーを知覚」するレベルでの「心のエネルギー」のコントロール方法とは、「イライラなどの“違和感”を感じたときに、自身のゴールを見つめなおし、ゴール達成のためのパワーに変えてしまう」というものです。

 

次はC)「意識化(エネルギーの情動への転換)」のレベルについてまとめます。

S-03-17C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.1-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21491283.html

 S-03-18C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.2-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21580197.html

 S-03-19C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.3-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21664229.html

 

 

今回は4回目。前回(S-03-19、松下幸之助さんの著書「指導者の条件」から引用しました。その文章をきっかけに、私は「怒りには『爬虫類的怒り』と『人間的怒り』がある」ことを確信するようになったのですが、初めて読んだときは納得いきませんでした。今思うと、道徳教育という名の“洗脳下”にあったのでしょう。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10256517.html

 

しかし、納得がいかないながらも、なぜか心に強く響きました。何かがスコトーマに隠れている気がしたのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

松下幸之助さんに見えていて、私に見えていないものは何だろう?

 

そのようなことを考えているうちに気がついたのが、「怒りというエネルギーのパワーとその正しい運用方法」についてでした。そのすさまじいエネルギーは“創造”をもたらしますが、使い方を誤ると“破壊”をもたらします。原子力と同じ「諸刃の剣」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21323801.html

 

「『怒り』に支配されないためにどうすればよいか?」という今シリーズのテーマにおいて、ベストアンサーは「A)のレベルで思いっきり概念の階層を上げてしまい、怒る理由がなくなる状態を作り出すこと」です。「怒る」理由がなくなるのですから「怒り」に支配されてしまうこともありません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/20932747.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21033212.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21133126.html

 

しかしながら、この解決策には欠点があります。概念の階層(抽象度)が高くなりすぎると臨場感が下がってしまうのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

臨場感が下がると“現実”ではなくなります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

それは危機的状況でリーダーがのんびりしていたらダメなのと同じ。「まあ、いいじゃん」では大問題ですよねw

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/search_tags?qt=1182798

 

概念の階層を思いっきり上げて一度は「怒り」を超越し(「まあ、いいじゃん!」の境地に達し)、そこからまたC)「意識化(エネルギーの情動への転換)」のレベルに移動して意図的に「怒る」

それこそが「怒り」に支配されずに、「怒り」をゴール達成のエネルギーとして活用する方法です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

なぜ「怒り」を超越した後再び「怒り」に戻るのかというと、エネルギー効率が優れているからです。概念の階層にある情報的なエネルギーを、物理空間での具体的なエネルギーに変換する際に効率がいいのが「怒り」。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21580197.html

 

そして、その「怒り」は、「爬虫類的」な「私憤」ではなく、「人間的」な「公憤(または義憤)」でなければならない、と松下幸之助さんは教えてくれています。

「私憤」とは扁桃体レベルでの価値判断であり、低い概念の階層での「怒り」です。

「公憤」とは前頭前野レベルでの価値判断であり、高い概念の階層での「怒り」です。

 

怒りを感じたときには、その「怒り」が「私憤」なのか? それとも「公憤」なのか? 自問してください。もしも「公憤」であると確信できるのであれば、あなたは怒るべきです。

 

 (S-03-21につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記-

それは危機的状況でリーダーがのんびりしていたらダメなのと同じ。「まあ、いいじゃん」では大問題ですよねw

 

もちろん、抽象度が低すぎるのも問題です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_395184.html

 

 

-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14107083.html

 

 

ブログ・シリーズ編

S-03:心のエネルギーとは何か? ~カナックス事件に学ぶ“心のエネルギー”をコントロールする方法~

S-03-19C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.3-

 

シリーズ編第3弾(S-03)は、「心のエネルギーとは何か?」をテーマに、怒りに代表される情動の正体やその向き合い方について考察したいと思います。ぜひ皆さん自身の経験を振り返りながら読み進めてください(Don’t think. Feel!)。

 告知(I-035):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19792909.html

 S-03-00(目次):

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19879680.html

 

…S-03-10までの分析をシンプルにまとめると、A)概念の階層にエネルギーが生じる→B)無意識レベルでエネルギーを知覚→C)意識化(エネルギーの情動への転換)→D)物理次元で発散 といえます。「怒り」に支配されないためにはどうすればよかったのでしょうか?

 

まず、「概念の階層にエネルギーが生じる」レベルで「心のエネルギー」をコントロールするための「思いっきり概念の階層を上げてしまう」という方法についてまとめました。この方法が問題解決の本質であり、世界平和を可能とする程のパワーを持った最良・最強の解決策です。

まずは概念の階層を上がること、すなわち抽象度を上げることに挑戦してください(私も日々挑んでいます)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/20932747.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21033212.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21133126.html

 

B)「無意識レベルでエネルギーを知覚」するレベルでの「心のエネルギー」のコントロール方法とは、「イライラなどの“違和感”を感じたときに、自身のゴールを見つめなおし、ゴール達成のためのパワーに変えてしまう」というものです。

 

次はC)「意識化(エネルギーの情動への転換)」のレベルについてまとめます。

S-03-17C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.1-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21491283.html

 S-03-18C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.2-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21580197.html

 

 

「無意識レベルでのエネルギー」をイライラなどの違和感として感じると、そのエネルギーは扁桃体の情報処理で「快」「不快」といった原始的な情動に変わります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882652.html

 

例えば爬虫類など進化の早い段階にある種は、この過程で静的なエネルギーが動的なものに変わりはじめます。扁桃体で生みだされた「不快」は、攻撃行動や逃避行動を動機づけます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

この扁桃体レベルで「不快」が「怒り」に変換されるとする学説があります。ここではその扁桃体レベルの「怒り」を「爬虫類的怒り」と表現します。

 

前頭前野が発達した私たち“人間”は、より高度な情報処理を行うことが可能です。「高度」とは、「抽象度が高い」と同じ意味です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

「不快」を「喜び」や「楽しみ」と認識するようにシステムを再構築することも可能ですし(S-03-17参照)、「不快」をより高度な「怒り」という情動(感情)に変換することも可能です。ここではその前頭前野レベルの「怒り」を「人間的怒り」と表現します。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21491283.html

 

前回(S-03-18)、「ものすごく怒られたのに、じつはうれしかったという思い出はありませんか?」「ものすごく怒ったのに、むしろ感謝されたことは?」と質問しました。

いかがでしょうか?

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21580197.html

 

…Yesだった方は、その時の状況をしっかりと再現してください。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

怒られたのにうれしく思った時の(あるいは怒ったのに感謝された時の)「怒り」は、「爬虫類的怒り」ではなく、「人間的怒り」だったはずです。

 

私は「怒り」という情動(感情)自体に善悪などの価値判断はないと考えています。不完全性が働くからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

しかしながら、あきらかに異質の「怒り」が混在していることも感じています。「悪」に近い「爬虫類的怒り」と「善」といえる「人間的怒り」です。そのことを確信したのは、松下幸之助さんの下記の文章を読んだことがきっかけでした。

以下、「指導者の条件」(PHP研究所)より引用します。

 

引用開始

「怒りを持つ」

指導者は指導者としての公の怒りを持たなくてはならない

西ドイツの首相であったアデナウアーが、アメリカのアイゼンハウアー大統領に会った時、こんなことをいったという。第一は、「人生というものは七十歳にしてはじめてわかるものである。だから七十歳にならないうちは、ほんとうは人生について語る資格がない」ということ、第二には、「いくら年をとって老人になっても、死ぬまで何か仕事を持つことが大事だ」ということである。この二つはよくいわれることでもあり、またわかりやすい。けれども三番目にいったことはちょっとちがう。「怒りをもたなくてはいけない」というのである。

これはいささか奇異な感じがする。怒りを持つ、腹をたてるということは、ふつうはむしろ好ましくないとされている。できるだけ腹をたてずに、円満に人と接し、いわば談笑のうちに事を運ぶ、それが一番望ましいとだれもが考えるだろう。ところが、アデナウアーは“怒りを持て”という。いったいどういうことだろうか。

これは、単なる個人的な感情、いわゆる私憤ではないと思う。そうでなく、もっと高い立場に立った怒り、つまり公憤をいっているのであろう。指導者たるもの、いたずらに私の感情で腹をたてるということは、もちろん好ましくない。しかし指導者としての公の立場において、何が正しいかを考えた上で、これは許せないということに対しては大いなる怒りを持たなくてはいけないといっているのであろう。

第二次世界大戦でどこよりも徹底的に破壊しつくされた西ドイツを、世界一といってもよい堅実な繁栄国家にまで復興再建させたアデナウアーである。その西ドイツの首相として、これは国家国民のためにならないということに対しては、強い怒りを持ってそれにあたったのであろう。占領下にあって西ドイツが、憲法の制定も教育の改革も受け入れられないという確固たる自主独立の方針をつらぬいた根底には、首相であるアデナウアーのそうした公憤があったのではないかと思う。

だから、一国の首相は首相としての怒りを持たなくてはならないし、会社の社長は社長としての怒りを持たなくては、ほんとうに力強い経営はできないといってもいい。まして昨今のように、日本といわず世界といわず、難局に直面し、むずかしい問題が山積している折には、指導者はすべからく私情にかられず、公のための怒りを持って事にあたることが肝要であろう。

引用終わり

 

 (S-03-20につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14107083.html

 

 

指導者の条件


ブログ・シリーズ編

S-03:心のエネルギーとは何か? ~カナックス事件に学ぶ“心のエネルギー”をコントロールする方法~

S-03-18C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.2-

 

シリーズ編第3弾(S-03)は、「心のエネルギーとは何か?」をテーマに、怒りに代表される情動の正体やその向き合い方について考察したいと思います。ぜひ皆さん自身の経験を振り返りながら読み進めてください(Don’t think. Feel!)。

 告知(I-035):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19792909.html

 S-03-00(目次):

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19879680.html

 

…S-03-10までの分析をシンプルにまとめると、A)概念の階層にエネルギーが生じる→B)無意識レベルでエネルギーを知覚→C)意識化(エネルギーの情動への転換)→D)物理次元で発散 といえます。「怒り」に支配されないためにはどうすればよかったのでしょうか?

 

まず、「概念の階層にエネルギーが生じる」レベルで「心のエネルギー」をコントロールするための「思いっきり概念の階層を上げてしまう」という方法についてまとめました。この方法が問題解決の本質であり、世界平和を可能とする程のパワーを持った最良・最強の解決策です。

まずは概念の階層を上がること、すなわち抽象度を上げることに挑戦してください(私も日々挑んでいますw)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/20932747.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21033212.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21133126.html

 

B)「無意識レベルでエネルギーを知覚」するレベルでの「心のエネルギー」のコントロール方法とは、「イライラなどの“違和感”を感じたときに、自身のゴールを見つめなおし、ゴール達成のためのパワーに変えてしまう」というものです。

 

次はC)「意識化(エネルギーの情動への転換)」のレベルについてまとめます。

S-03-17C)「意識化(エネルギーの情動への転換)」でのコントロール -vol.1-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21491283.html

 

 

前回(S-03-17)は前頭前野の情報処理を、1)「不快」をpositiveな感情に転換する、2)「不快」をnegativeな感情に転換する の2つに分け、1)について説明しました。

そしてこんな質問をしていました。

 

「怒り」という情動(感情)は、本当にいけないものなのでしょうか?

 

皆さんはどのように考えますか?

...私は「怒り」という情動(感情)自体に「善悪」などの価値判断はないと考えています。道徳教育などにより「怒りは良くないものだ」と思いこまされているだけです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

もっとはっきりといえば、古くは儒教教育、そして教育勅語、さらにはGHQによる占領下教育(WGIPWar Guilt Information Program)といった三層構造によって、「怒りは良くないもの」と植えつけられてしまっているといえます。仏教の“三毒”の概念も日本人の無意識に大きな影響を与えているはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10256517.html

 

世間的な常識は捨て去って、ピュアな「怒り」という情動(エネルギー)をイメージしながら読んでください。きっとスコトーマが外れます。そして、「怒り」のエネルギーをもっとうまく使えるようになるはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 

カナックス事件では、地元チームが敗れたことで生じた「怒り」が「破壊活動」に変わりました。「破壊活動」という結果から見ると、「怒り」はいけないものといえます。しかし、それは「怒り」を「破壊活動」として発散した方法論の問題です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/20377205.html

 

「無意識レベルでのエネルギー」自体には価値判断がないのと同じように、エネルギーを意識化した時点でもその情動(感情)そのものには価値判断はありません。つまり、この時点での「怒り」などの情動(感情)には、「善悪」「正誤」「是非」といった価値判断はまだ入り込みません。純粋なエネルギーが、より具体的な情動のエネルギーに変換されただけです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21323801.html

 

「より具体的になった」ということは、概念の階層(抽象度)が下がったということ。それはもともと高い概念の階層に蓄えられた静的なエネルギーが動き始めたことを意味します。「位置エネルギーが運動エネルギーに変わり始めた」という感じ。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

ただし、情動(感情)により抽象度の階層が違うため、位置エネルギーから運動エネルギーへの変換は情動(感情)ごとに差異が生じます。

 

「怒り」は「ねたみ」「憎しみ」に比べより具体的です。「怒り」の概念の階層がより低い分、その大きな落差が(「怒り」の)エネルギーを増幅します。「ねたみ」や「憎しみ」よりもさらに大きなパワーとなって発散されるのです。

ものすごく「怒っている」人の方が、ものすごく「ねたんでいる」人よりも、発散されるエネルギー量は大きくなります。

 

さらに時間軸を考慮すると、「怒り」に変わったエネルギーはあっという間に概念の階層を落下するといえます。それに対して「ねたみ」や「憎しみ」の落下は緩やかです。「怒り」は急勾配、「ねたみ」「憎しみ」はなだらか勾配といった感じ。

 

「怒り」はその時に発散されるエネルギーは大きいのですが長続きしません。「ガーッ」と怒っておしまいです。それに対して、「ねたみ」「憎しみ」は時間をかけてじわじわと発散されていきます。「ネチネチ」と表現されるような、少量ずつかつ持続的なイメージです。

 

「怒り」の発散後にスッキリした経験は誰にでもあると思いますが、「ねたみ」「憎しみ」の後に「あ~スッキリした」なんてことはありませんよねw

「ねたみ」「憎しみ」がねちっこいのは、そのエネルギー変換のされ方に原因があるといえます。

 

いずれにせよ、この情動(感情)レベルでのエネルギーは、それまでの静的なものではなく動き始めたものであるため、なかなか制御ができません。スピードの違いがあるにせよ必ず何らかの形で発散されてしまいます。引き金は引かれてしまったのです。

 

「怒り」に変わったエネルギーの流れを“内”に向けると、自分の心や体に悪影響がでます。本当は怒っているのだけれども平静を装っている場合などです。機能性ディスペプシアや過敏性腸症候群などはその典型例といえます(怒りだけが原因ではありませんが)。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14524490.html

 

「怒り」に変わったエネルギーの流れを“外”に向けた場合、自分を中心とした関係性(縁起)に影響を与えます。「『怒り』が周囲に影響を与える」と聞くと、何かとんでもない悪い影響が起こってしまうような気がすると思いますが、じつはそうともいえません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

たとえば、ものすごく怒られたのに、じつはうれしかったという思い出はありませんか?

あるいは、ものすごく怒ったのに、むしろ感謝されたことは?

 

次回は、「怒り」を「善」「正」「是」のエネルギーとして利用する方法についてまとめます。

 

 (S-03-19につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14107083.html

 

 

PMⅠ:The Power of Mind

PM-06:職場への苫米地式コーチング導入挑戦と明らかになった課題

PM-06-11:仮説06)二つの「怒り」とその間にある論理的思考

 

この章(第六章)では、「院長を務めていた病院へのコーチング導入“失敗”」という事例について、仮説を立て、トゥイーキングを行っていきます。その目的(ゴール)は、「失敗から学び、“いのちの現場”にコーチングをしっかり届けること」です。

告知:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13216030.html

“失敗”を解決する方法:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13397552.html

 

 

仮説06)二つの「怒り」とその間にある論理的思考

 

 Panasonicの創始者である松下幸之助さんは、著作「指導者の条件」(PHP研究所)の中で、「指導者は、指導者としての公の怒りを持たないといけない」と書かれています。

 

 父親譲りの「瞬間湯沸かし器」を自認していた私は、初めてこの言葉にふれたときに衝撃を受けました。「どのようにして怒りを鎮めるか」「怒りといかに無縁になるか」ということばかりを考え、怒りという情動(感情)を完全にネガティブなものと捉えていたからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

「公の怒りを持たなければならない」という言葉に触れ、スコトーマがガツンと外れた気がしました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 苫米地理論を学ぶようになり、怒りという情動についても、「善悪」など価値判断をするための絶対的な基準はないことを理解しました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

「善悪」はその人のおかれた状況により変わります。そして、その状況はゴール設定により自らつくりだすものです。

(組織の場合、状況はリーダーがゴール設定によりつくりあげます)

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

ただし、怒り自体にアプリオリな意味はありませんが、明らかに性質の違う二種類の怒りが存在しています。「動物的怒り」と「人間的怒り」です。松下幸之助さんの表現に当てはめると、「動物的怒り」は「私憤」、「人間的怒り」は「公憤」といえます。

 

「動物的怒り」「私憤」とは扁桃体レベルでの価値判断であり、低い抽象度の階層での怒りです。「ファイト・オア・フライト」時にみられる感情的な怒りともいえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

それに対して、「人間的怒り」「公憤」とは前頭前野レベルでの価値判断であり、高い抽象度の階層での怒りです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 

 私たちの脳には階層性があります。その階層性は脳の進化と関係しています。

脊椎動物の脳は、脳幹、小脳、大脳で構成されています。この基本構造はどの脊椎動物でも共通ですが、各パーツの大きさやその機能は進化の度合いで大きく異なっています。

 

魚類や両生類の大脳は大脳辺縁系だけで大脳皮質はありません。爬虫類には大脳皮質がありますがごく小さいもので、大脳辺縁系がほぼむきだしです。

大脳辺縁系は旧皮質といわれる「本能を司る脳」で、食欲や性欲などの本能や、怒りや恐れといった原始的な感情に関係しています。

 

鳥類や哺乳類の大脳皮質は大きく発達しており、運動野や感覚野といった高度な機能を持つ部位がここに宿っています。鳥が巧みに空を飛んだり、哺乳類が素早く行動できるのはこの大脳皮質の働きのおかげです。

哺乳類でも霊長類になると、大脳皮質に連合野が現れます。その中でも、思考や創造、推論、意欲、情操といった人間ならではの行動の源、さらには自我や意識などの根源と考えられているのが前頭前野です(前頭連合野とも呼ばれます)。

 

ちなみに、大脳皮質に占める前頭前野の割合は、ネコが3.5%、サルで11.5%、人間では30%といわれています。霊長類の中で最も進化した人間が、高度な認知や行動を行えるのはこの前頭前野のおかげです。

 

さらに前頭前野は、論理的な判断をつかさどる外側部と社会的情動にかかわる内側部に分かれます。ディベート中に活性化するのは、論理脳である前頭前野外側部です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_254557.html

 

このように階層性は脳の進化と関係しており、進化した脳ほど抽象度は高く、階層的に高い世界に臨場感を感じることができます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

余談ですが、教育の目的は、人類の進化といえるこの脳の変化を、個人の成長に落とし込むことです。それは「人間形成」という形で実現していきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

 

階層的に上位にある脳は低位にある脳よりも優位にあるため、その情報処理に容易に介入することができます。ところが、第四章でも御紹介したとおり、危機に瀕すると「ファイト・オア・フライト」という心理状態に陥り、上位であるはずの前頭前野の活動が抑えられ、扁桃体を含む大脳辺縁系の活動が活発になります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

これはより確実に生き残るための本能的な働きではありますが、人間らしさを失い、ただの動物に成り下がってしまう原因にもなります。

今回のテーマでいうと、前頭前野での怒りが「人間的怒り」「公憤」に相当します。「ファイト・オア・フライト」の状態での大脳辺縁系での怒りが「動物的怒り」「私憤」です。

 

まとめると、進化の過程で「私憤」→「論理」→「公憤」となりますが、不安・恐怖がコントロールできないと突然「私憤」優位に陥ります。その様をSW風に表現すると(笑)、「ダークサイドに堕ちる」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html

 

 この章(第六章)で取り上げている事例でいうと、「私憤」が 1)組織を囚人化し、2)代案を失い、3)想像力を封印する結果を招いたといえます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13216030.html

 

繰り返しになりますが、「公憤」が大切なのは「高いIQを維持したまま、問題の本質を見極め(ケース)、解決策を見つけるため(プラン)」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html


 さらに、「現状を打破するための大きなエネルギーを生みだすため」という理由もあります。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882652.html

 

超情報場仮説(理論)では、抽象度が上がるほどポテンシャルエネルギーが大きくなると考えます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5165789.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5165823.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5165888.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306380.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306438.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306445.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5445932.html

 

つまり、大きなエネルギーを得るために高い抽象度を意味する「公」が重要で、そのエネルギーをしっかりと物理空間で発揮するために「憤」が必要なのです。

 

 松下幸之助さんが「指導者の条件」で伝えたかった「公憤」とは、“現状”を打破する鍵となるものです。創造的破壊のポイントともいえます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13628746.html

 

 リーダーは、「私憤」に陥らないように気をつけながら、「公憤」を保ち続ける(燃やし続ける)必要があります。それを可能とするのは抽象度の高いゴールとその達成の確信です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 

<仮説06:人類の脳は「私憤」→「論理」→「公憤」と進化してきたが、不安・恐怖などをきっかけに容易に「私憤」に陥ってしまう。「私憤」を克服し、「公憤」を維持するために抽象度の高いゴール(の共有)が必要>

 

<トゥイーキング06:ゴールを更新し続けることで、公憤(公の怒り)を燃やし続ける>

 

    人間の脳は「私憤」→「論理」→「公憤」と進化してきた

    「私憤」とは「動物的怒り」で扁桃体・大脳辺縁系の活動。「公憤」とは「人間的怒り」で前頭前野内側部の活動

    その間に前頭前野外側部の活動である論理がある

    不安・恐怖をコントロールし前頭前野優位をしっかりと保つことで、高い抽象度のエネルギーを利用することが可能となる

    そのために「ゴール設定」が必要

 

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記-

二回目のPX2を開催してはならない理由を経営陣に質問しましたが、なかなか明確な返答は得られませんでした。コメントの多くは情動(感情)レベルで、「私憤」に思えました。そんな経営陣に対し、私は「公憤」を貫いたと思っています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702480.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702640.html

 

 

指導者の条件



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