苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

タグ:一念三千

Q-149191019/20 鹿児島セミナーレポート -06;「“今”を生きる」の“今”とは?

 

201910月に、鹿児島県鹿児島市(191019)と霧島市(191020)で、一般向けのコーチングセミナーを開催しました。両会場ともテーマは「万全の心身で“今”を生きる」。

ぜひ「人生の最終段階(End of Life Stage)でのゴール(機能・役割)」についてイメージしながら読み進めてください。

 

 01;セミナー概要

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22818842.html

 02;「未来からの時間の流れ」~未来をうみだすもの

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22896681.html

 03;「時間の流れにのる」~時間の流れにのった結果、到達するのはどこ?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22979265.html

 04;「万全の心身」~心と身の関係は?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/23037529.html

 05;「万全の心身」~心身が万全(=健康)とは?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/23108517.html

 06;「“今”を生きる」~“今”とは?

 07;「“今”を生きる」~生きるとは?

 08;「“今を生きる」~“今”を生きるために必要/重要なことは?

 

 

06;「“今”を生きる」~“今”とは?

 

 セミナーのテーマは「未来からの時間の流れにのって、万全の心身で“今”を生きる」。

時間の流れの源である未来をうみだすものはゴール。その流れにのった結果到達するのは「空(くう)」のはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 では、未来から過去に流れる時間において、“今”とは何でしょうか?

 

 理解の鍵になるのは、やはり「抽象度(ちゅうしょうど、Levels of Abstraction)」という概念。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 Q-146で御紹介したとおり、実在するものはもちろんのこと、(実在はしていない)概念だけのものもすべて、抽象度により階層化された「宇宙(の構造)」に分散的かつダイナミックに存在しています。

 例えば、我が家の「さくら」は、物理空間では11歳の具体的な存在ですが、ひとつ上の抽象度の階層では「ラブラドールレトリーバー」という抽象的な概念に変わります。更に上位の抽象度に上がるごとに →「犬」→「哺乳類」→「動物」→「生物」→となります。

このように「宇宙」は階層化された概念の集合です。

下位の階層に降りる(「抽象度が下がる」「抽象度を下げる」)ほど情報量が増え具体的になります。「犬」→「ラブラドールレトリーバー」→「さくら」というように。

反対に、上位の階層に上がる(「抽象度が上がる」「抽象度を上げる」)ほど情報量が減り抽象的になっていきます。「犬」→「哺乳類」→「動物」というように。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22979265.html

 

 抽象度が上がるほど具体的な情報量は減っていく

 

しかし、その一方で、抽象度が上がるほど潜在的な情報量はむしろ増えていきます。「潜在的な情報量」を「可能性」に置き換えると、抽象度が上がるほど可能性は大きくなると考えることができます。

例えば、「動物」は「犬」より具体的な情報は少ないのですが、「猫」も「牛」も「豚」も潜在的に含んでいます(=包摂)。「犬」の抽象度では「猫」「牛」「豚」である可能性は閉ざされますが、「動物」の抽象度に上がると、「猫」や「牛」や「豚」である可能性が開かれているのです。もちろん、「鳥」や「魚」の可能性も。

さらに「動物」と「植物」を包摂する「生物」の抽象度まで上がると、「犬」はもちろん、「木」や「花」の可能性も生まれます。

 

以前、「『物理空間(という情報空間の一部)を底面として、抽象度という軸上に階層性をもって広がっている情報空間』が宇宙の構造なのです。抽象度が上がるほど情報量が減っていくのですから、宇宙は四角錐のような構造とイメージできます」と書きましたが、抽象度が上がるほど増える潜在的情報量(=可能性)で考えると、宇宙は逆円錐のような構造とイメージしなおすことができます。

(情報空間の階層が円だという意味ではありませんw

 

 

潜在的情報(可能世界)


 繰り返しになりますが、緑色の逆円錐で示されているものは潜在的情報量です。潜在的情報量が最も少ない(=具体的情報量が最も多い)抽象度0の次元が物理空間ですので、逆円錐の頂点は物理空間上に存在すると考えることができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654230.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654316.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831442.html

 

 情報空間の底面である物理空間のイメージ(赤枠の平面)を重ねるとこんな感じ

 

 

潜在的情報(可能世界)と物理空間


  その物理空間上の点が、「“今”を生きる」という時の“今”です。

 

 “今”とはあらゆる可能性が結実している刹那瞬

 

 そして、それは医療や介護現場でもよく用いられる「一期一会(いちごいちえ)」という言葉が指し示す真理でもあります(と私は思っています)。

 

Q-150につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

 逆円錐の潜在的情報量と物理空間の関係は、苫米地博士の著書「思うままに夢がかなう超瞑想法」(PHP)中の挿絵(p55p29)に示されています。

「『情報場』にアクセスして操作するパワー」=「超瞑想力」について言及され、さらにはたくさんのワークが記されている驚愕の書です。ぜひ御確認ください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306445.html

 

 

-追記2

 苫米地博士がサインとともに書かれる言葉に「一念三千」があります。以下、博士の著書「洗脳護身術」(開拓社より再販)より引用します。

 

 「空」は、ありのままの今だけではなく、過去、未来、そして物理空間から精神世界までのすべてが、ダイナミックに詰まった状態を指す。あらゆる仮想世界が一瞬に凝縮された状態、「一念三千」と呼ばれる状態である。ダイナミックなのは、それら無限の構成要素の関係(仏教用語で「縁」)が、新たな関係を常に生み出している(「起」)からである。そしてこの「縁起」の世界が空なのだ。もちろん、その構成要素のどれか一つを、指で指し示したところで、構成要素自体はあらゆる動的な関係で成立しているため実態はない。もの(概念)は、関係の集合で表されるという現在的な見方、現代分析哲学における【】の記号で書かれる完全自由変数が空なのである。

 どのような情報と掛け合わされても(単一化されても)、それは無矛盾である。情報がない状態であり、だからこそすべての情報を内包(包摂)している状態なのだ。故に止観は、考えを止めているだけではなく、ありったけのことを同時に考えているともいえるだろう。「一念三千」という言葉はまさにここに由来してる。そしてこの「ありったけ」は、その人の脳内情報処理の限界を意味し、人間の脳は、訓練するととてつもない情報処理を発揮するようになる。悟った脳は全仮想空間を一瞬で体験するのである。

 引用終わり

 

 本文中で触れた「一期一会」は、「ありったけ」を示す「一念三千」と対になる言葉であるはずです。それは“仮”と“空”の関係と同じ。ならば「一期一会」と「一念三千」を同時に観ることが“中観”だといえます。そして、それは「超瞑想力」の実践です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 

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超瞑想法&洗脳護身術



Q-084181122福祉講演会(鹿児島県)- 06

 

 20181122日に、鹿児島県の福祉施設にて、コーチングをテーマとした講演を行いました。講演後にいただいたコメントに回答いたします。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15981131.html

 

そもそも不完全な宇宙に生きている、必ずスコトーマを持った私たちが、「よりよく生きるために心がけるべきこと」とはなんでしょうか?

私の答えはこのシリーズの最後で)

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 

「何が印象に残りましたか?」というアンケートに対する皆さまの御意見です。

 

・トリックアートの見方によって全く違うものがみえるが、なかなかわからないものもあった。心の柔軟性も必要だと反省しました

 

 A:スコトーマを外すこと、すなわち、今まで気づいていなかった改善点を見つけるという意味において、“反省”はするべきです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

ただし、反省には危険な面があり、注意が必要です。

 

 私たちの記憶のメカニズムは失敗駆動型です。失敗の記憶がより強く刻まれてしまい、それがセルフイメージをつくりあげます。過去の失敗の集まりが現在の「私」。だからネガティブになりがちなのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9533623.html

 

 セルフイメージ=「私」はブリーフシステムとも言い換えられます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 よって、過度な反省をすることは、失敗の記憶を強化することでセルフイメージ(自己評価)を不当に下げてしまうことになります。その結果、「私ってダメな○○」というイメージが強化され、そのイメージに沿った言動がブリーフをさらに強固にし、「私ってダメな○○」が現実化していきます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 同じ過ちを繰り返さないためにスコトーマは外すべきです。「何がいけなかったのか?」「次はどうすればいいのか?」と自問することは大切ですが、その際は必ず「私らしくなかった」とセルフトークをしてください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13397552.html

 

 その時の「私」とは、ゴールを達成した未来の私であり、過去の失敗の集合としての私ではありません。「反省」という言葉の中にある「省みる」ものとはつねに未来。そして、その未来をうみだすものがゴールです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 

・本当の指導過去に囚われず、未来をうみだすもの。今まで過去に囚われることが多かった

 

A:「今まで過去に囚われることが多かった」と反省しすぎるのも「過去への囚われ」ですよ(笑)。時間はどんどん未来から流れてきます。終わったことは一切忘れてしまいましょう。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

「私らしくなかった」というセルフトークでエフィカシーを高めつつ、すぐにゴール(未来)にフォーカスしてください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

 

・時間が早く感じました。今日の講義の終わりに○○の未来が解けて、なんだか幸福な気持ちを持てました

 

A:時間は体感です。早く感じる時もあれば、遅く感じる時もあります。

 

 先日、なかなか開かない踏切の遮断機を切断したとして、53歳の男性が器物損壊容疑で逮捕されました。踏切が閉じたまま長時間待たされたことに腹を立てたということでしたが、きっと時間の流れを遅く感じたに違いありません。

 確かに(いくら事故処理のためとはいえ)30分は長すぎます。大きくニュースで取り上げられたのは、それだけ男性への同情が大きかったからでしょう。

 しかしながら、責任は男性にもあります。遮断機切断という行動で表出した(時間の体感や怒りを含む)マインドのコントロール不全に対する責任です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13958864.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14107083.html

 

 「The Power of Mind Ⅰ」第二章の「時間の流れ」の中で、物理学者 アルベルト・アインシュタイン博士(18791955年)の言葉を紹介しました。その「過去、現在、未来の区別は頑固に引き続いている幻想にすぎない」という言葉は、友人の死に際して残された遺族に贈られた言葉です。

 

 「彼はこの奇妙な世界を、私よりも少しだけ先に旅立ちました。でも、そのことには何の意味もありません。私たちのように物理学を信じる者にとって、過去、現在、未来の区別は幻想にすぎないのです。その幻想は頑固で根深いものではありますが

 

 じつは、時間は流れていません。それが現代物理学の結論です。

 時間は流れているのではなく幻想。そして、ある一瞬に過去・現在・未来が同時に存在しているのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823351.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823843.html

 

 驚くべきごとに、同じ発想が古い仏教用語にも垣間見えます。それは認知科学者 苫米地博士が座右の銘とされている「一念三千(いちねんさんぜん)」です。中国天台宗の開祖である天台大師 智顗(ちぎ)の言葉だとされています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9188537.html

 

この「一念三千」という言葉は「世界のすべて、過去・現在・未来を含めたすべてが、私たちの一瞬の心の中に入っている」ということを表現しています。そして、これがアインシュタイン博士などの研究により明らかになった物理学の結論でもあります。

 

 時間は流れておらず、ある一瞬に過去・現在・未来のすべてが含まれています。それがわかれば、過去も現在も未来も自由自在に書き換えられるようになります。

 

 すべてマインド次第ということです。

 

Q-085につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 


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