苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

タグ:モラル

ブログ・シリーズ編

S-02:自由に生きるために ~マナー、ルール、モラルについて考える~

S-02-13:マナー、ルール、モラルと理想的な生き方の関係は?

 

 「マナー」「ルール」「モラル」は(議論を通じて出来上がった)誰もがよりよく生きるための約束事のはずですが、一方でお互いの自由を奪い合う装置として働きます。

ただし、その3つには明確な違いがありそうです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_292569.html

 

 このシリーズ編第2弾(S-02)では、自由に生きることをテーマに、マナーやルール、モラルについて考察します。ぜひ皆さん自身の自由について思いめぐらしながら読み進めてください(Don’t think. Feel!)。

 告知(I-030):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17320680.html

 S-02-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17563396.html

 

 

 

わたしが戦争に反対するのは、直観的な感情による。

わたしは人間を殺すことがたまらなくいやなのだ。

わたしのそうした姿勢は論理的なものではなく、

あらゆる残虐行為と憎悪に対する直観的な反発によるものだ。

 

アルバート・アインシュタイン                

 

 

アインシュタインのこの言葉には、「人類全体が論理のさらに先(抽象度でいえばさらに上)にまで到達できる進化をとげてほしい」という強い願いが込められています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

前頭前野内側部を活性化させながら抽象度をさらに上げていき、「社会的情動(感性)」の次元で生きる(生きようとする)

 

それがアインシュタインが願った21世紀の人類にふさわしい生き方です。

 

 

今回のテーマでいうと、「マナー」とは大脳辺縁系のコントロールであり、それは「情動(感情)」の次元にあります。「ルール」は前頭前野背外側部のコントロールで、それは「論理」の次元にあります。

 

では、前頭前野内側部のコントロールであり、「社会的情動(感性)」の次元を表わす言葉とは何でしょうか?

 

 

私はその言葉、すなわち“超論理空間”にアクセスした状態を表現する言葉が「モラル」だと考えています。

 

「モラル」とは倫理観や良識のことです。それは状況により変化する「マナー」や「ルール」よりも不変的な価値観を含んでいます。抽象度が高い概念だからです。

 

 

「モラル」は、「道徳・道義的な」「教訓」などを意味する言葉が語源です。現実社会や実生活に対する態度や気持ちのありようをいい、法的根拠による強制力はもちません。

 

それは、人間相互の関係性において、「よりよい世界を実現するために共有するべき智慧」を表わしています。

 

不完全性定理をもちろん理解した上でも、「モラル」とは絶対的に守るべき(守られるべき)ものといえます。そのうえで「マナー」や「ルール」をダイナミックに運用する社会が理想的なのではないでしょうか。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

社会が「モラル」(のみ)をそのエネルギーの源にできるようなシステムを構築している

 

それが苫米地式認定コーチとしての私のゴールのひとつです。そのような社会構造上のシステム構築は、一人ひとりのマインドでの情報処理システムのアップデートからはじまります。

 

では、最後に問題です。

 

「モラル」はみんなで遵守するという前提で、理想的な生き方は次のうちどれでしょうか?

 

A:マナー違反もルール違反もしない

B:マナー違反はすることがあるが、ルール違反はしない

C:マナー違反はしないが、ルール違反はすることがある

D:マナー違反もルール違反もすることがある

 

 

いかがでしょうか?

おそらく多くの方が「A」と回答したはずです。

 

結果的に「A」となるのがbetterだと、もちろん、私も思います。

 

しかし、意識状態(あるいは人生に臨む態度)としての理想的な生き方は「D」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

次回以降、その理由についてまとめます。

 

 (S-02-14につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-関連記事-

シリーズ編第一弾(S-01)「よりよい“議論”のために」

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_254557.html

 

 

ブログ・シリーズ編

S-02:自由に生きるために ~マナー、ルール、モラルについて考える~

S-02-12“超論理”を表現する言葉

 

 「マナー」「ルール」「モラル」は(議論を通じて出来上がった)誰もがよりよく生きるための約束事のはずですが、一方でお互いの自由を奪い合う装置として働きます。

ただし、その3つには明確な違いがありそうです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_292569.html

 

 このシリーズ編第2弾(S-02)では、自由に生きることをテーマに、マナーやルール、モラルについて考察します。ぜひ皆さん自身の自由について思いめぐらしながら読み進めてください(Don’t think. Feel!)。

 告知(I-030):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17320680.html

 S-02-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17563396.html

 

 

このアインシュタインの“直観”は、論理空間をはるかに超えた空間(次元)へのアクセスにより生まれました。そこは“ひらめき”が生まれる超次元

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306445.html

 

そのアクセスを可能とするのは、前頭前野内側部の活性化(発火)です。

脳幹・大脳辺縁系の活性化は「情動(感情)」。前頭前野背外側部の活性化は「論理」。そして、前頭前野内側部の活性化が「社会的情動」または「感性」。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14107083.html

 

「情動(感情)」→「論理」→「社会的情動(感性)」という変化は、生命の進化そのものです。そして、それは抽象度が低い次元から高い次元への飛翔でもあります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

前頭前野が発達した人類は、論理空間、そして超論理の空間へのアクセスが可能となり、他の生物とはまったく異なる存在に進化しました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

 

人類以外の生物は論理を駆使して他を説得することはできません。威嚇したり直接的に傷つけたりするなど、「情動(感情)」に働きかけることしかできないはずです。「他者を気遣う気持ちの表れ」であるマナーや「言語により具体化した“規制”」であるルールを遵守するはずがなく、そもそもそれらを認識・理解することすらできません。

 

S-02-06で取り上げた<遅刻を繰り返す専門職A>は、自分の思い通りにいかないと悪態をつき、「経営者を連れてこい!」など大声を上げてまわりを威嚇していたそうです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/18339924.html

 

物理空間で直接的に他者を傷つけてはいないかもしれませんが、生命の進化過程でいうと「サル・ゴリラ」レベルといえます。抽象度が低く「情動(感情)」の次元だからです。

 

S-02-09の<自分の都合で契約を一方的に破棄した専門職B>は<専門職A>よりは進化した存在です。「情動(感情)」をしっかりとコントロールしながら、自分の保身のために「論理」を用いようとしました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/18684416.html

 

しかし、より高い視点で組織の中における自分とまわりとの関係性を認識し再構築することはできませんでした。抽象度が「自分中心」を超えられなかったから。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 

「自分だけよければよい」という発想はスコトーマを生みだします。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html


その結果、さらなる進化・向上は不可能となります。けっして“無敵”にはなれないのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5446097.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5448151.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615695.html


 

わたしが戦争に反対するのは、直観的な感情による。

わたしは人間を殺すことがたまらなくいやなのだ。

わたしのそうした姿勢は論理的なものではなく、

あらゆる残虐行為と憎悪に対する直観的な反発によるものだ。

 

 

アインシュタインのこの言葉には、「人類全体が論理のさらに先(抽象度でいえばさらに上)にまで到達できる進化をとげてほしい」「“無敵”になってほしい」という強い願いが込められているように感じました。

 

前頭前野内側部を活性化させながら抽象度をさらに上げていき、「社会的情動(感性)」の次元で生きる(生きようとする)

 

それがアインシュタインが願った21世紀の人類にふさわしい生き方です。

 

 

今回のテーマでいうと、「マナー」とは大脳辺縁系のコントロールであり、それは「情動(感情)」の次元にあります。「ルール」は前頭前野背外側部のコントロールで、それは「論理」の次元にあります。

 

では、前頭前野内側部のコントロールであり、「社会的情動(感性)」の次元を表わす言葉とは何でしょうか?

 

 

私はその言葉、すなわち“超論理空間”にアクセスした状態を表現する言葉が「モラル」だと考えています。

 

「モラル」とは倫理観や良識のことです。それは状況により変化する「マナー」や「ルール」よりも不変的な価値観を含んでいます。抽象度が高い概念だからです。

 

 (S-02-13につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-関連記事-

シリーズ編第一弾(S-01)「よりよい“議論”のために」

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_254557.html

 

 

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