苫米地式コーチング認定コーチ CoacH T <タケハラクニオ> ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学び九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

カテゴリ:Q:質問等回答編 > Q-265~ 臨場感世界をまったく同じように感じることは可能?

Q-265:臨場感世界をまったく同じように感じることが可能なのでしょうか? <前編;視点>

 

 私は、今、気楽なクラブ活動を楽しんでいます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19980130.html

 

 その名は「コーチング・デ・コンパッションクラブ(CoacHing de Compassion ClubCHCC)」。

 I-060:クラブ活動 はじめます -第1報-

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/27936349.html

 

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 先日のクラブ活動時、苫米地博士の「地球の裏側の人と自分の差がまったくないということを認識する」という言葉について、このような御質問をいただきました。

 

Q:臨場感世界をまったく同じように感じることが可能なのでしょうか?

 

 クラブ参加者との楽しいディスカッションを思い出しながら、あらためて考えてみました。新たに感じたものを言語化します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14120540.html

 

 (注:もちろん守秘義務内の回答です。コンパッションクラブは苫米地博士との間の守秘義務を厳しく守った上で活動を行っています。御理解ください)

 

 前編;視点

 

 

A:あらためて考えてみて、博士の「地球の裏側の人と自分の差がまったくない」の「まったく」と「臨場感世界をまったく同じように感じる」の「まったく」は同じではないと感じました(ややこしいですねw)。

 

 今の私の回答は、「地球の裏側の人と自分の差がまったくないということを認識する」は可能ですが、「臨場感世界をまったく同じように感じる」は△。△とは「そもそもその必要(needs)がない」という意味です。

 ディベートでいうと「ハーム(問題点)」の「シグニフィカンス(重要性)」が低いということ。こちらをどうぞ↓

 S-01-14:ディベートを制する4つのポイント-1 <ハーム>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12808495.html

 

 苫米地博士が語られている「差がまったくない」とは「共感」のことです。御質問の「まったく同じように感じる」は「同調」のように感じられます。いかがですか?

 

 「共感」と「同調」は違う概念です。

 ちなみに、コーチングにおいて重要なのは「共感」の方。「同調」はNGです。「共感」がなければゴール設定のサポートはできず、「同調」したならスコトーマが外せません。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

 再度ディベートでいうなら、「同調」は「ディスアドバンテージ」が大きいということ。

 S-01-16:ディベートを制する4つのポイント-3 <ディスアドバンテージ>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12935916.html

 

コーチングに必要なのは「共感」。「同調」は不要です。

共感はするが、同調はしない

それがコーチングマインドです。詳しくは下記ブログ記事でどうぞ↓

 Q-169~:自身の信念を失いそうです

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_406747.html

 

 

では、「共感」と「同調」の違いは何でしょうか?

 

 答えは「視点」。

今回(前編)は「視点」について。次回(後編)は「視点を上げる」ことについてまとめます。「視点を上げる」ことは“すべて”において大切なポイントです。その理由や「『共感』と『同調』の違い」を意識に上げながら、ゆっくり読み進めてください。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

 

 

 今年はサッカーのワールドカップが開催されます。優秀な選手ほど、空間的にも、時間的にも、ひろい範囲を見ることができます。まるでフィールド全体を真上から見ているかのように把握し、敵味方含めた全選手の動きを予測して行動することができます。

それは空間と時間を包摂する視点。ただし、4次元の物理空間での話です。

 

 大脳(とくに前頭葉)が発達した人間の場合、世界は情報空間にまで拡張しています。情報量の大小を軸にした場合、先程の物理空間は階層をもってひろがる広大な情報空間の底面に過ぎません。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

 情報量の大小という軸とは「抽象度」のこと。よって、視点とは「抽象度の高さ(次元)」といえます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 物理空間で視点が上がるほどひろい世界を見ることができるのと同じように、(物理空間を底面とする)情報空間でも視点が上がるほど、つまり抽象度が上がるほど、より多くの情報にアクセスすることができるようになります。「選択肢がひろがる」「チャンスが増える」と理解してください。

  

 もしも今、「情報空間での視点が上がるほど、より多くの情報を持つ」と思われているのなら、それは誤りです。じつは視点が高くなるほど、情報量は減ります。

 Q-172:自身の信念を失いそうです vol.4;コーチ向け

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24495212.html

 

だからこそ、可能性やチャンスが生まれます。正解は「視点が上がるほど、具体的情報量は減るが、潜在的情報量は増える」。言い換えると、「視点が上がるほど、しがらみや束縛が減り、自由になる」です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 

 詳しくは次回(Q-266)まとめますが、真の問題(課題)やその解決はより高い次元に存在します。だから、視点が低いままでは解決することができず、多くの場合問題に気づくことさえできません。

「何もかもがスコトーマに隠れたまま」ということに気づいていない

それが苦の出発点「無明」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19879896.html

 

 その感覚を理論物理学者 アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein1879~1955年)はこのように表現しました。

 PM-06-18~20:仮説13-1~3)宗教の限界

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14526199.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14687391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14687476.html

 

 

我々の直面する重要な問題は、その問題が生じたのと同じ考えのレベルでは解決することができない

We cant solve problems by using the same kind of thinking we used when we created them.

 

 

 では、視点を知り、その視点を上げていくためにはどうすればよいのでしょうか?

 

 以下、苫米地博士の著書「近未来のブッダ 21世紀を導くリーダーの鉄則」(サンガ)より引用します(p210)。

 

 

変わり者を目指す

 瞑想=修行がうまくいくコツは、それにいかに興味を持つかに尽きます。

 はっきり言うと悟りや慈悲に興味がない人には無理です。普通はほかにやることがたくさんあります。ネットフリックスは見たいし、オリンピックが始まったらボランティアにも行きたいし。みんな、日々やりたいことがあって睡眠不足です。そのすべてのやりたいことの中で悟りや慈悲のために時間をかけるって、考えてみたら「バカじゃん」という感じかもしれません。

 でも、そういうバカな人がいないと、慈悲はこの世にないのです。放っておいても慈悲は生まれないのですから。

 放っておいてもある「慈悲のようなもの」は個の拡大にすぎません。お母さんが自分の子が好きみたいな、東京都が好きな東京都民、大阪が好きな大阪人みたいなところで、ちょっとした抽象化です。しかし、慈悲はそのレベルではありません。

 地球の裏側の人と自分の差がまったくないということを認識する。それが慈悲です。放っておいたらけっして起きないレベルのものです。動物の本能と逆だし、日常の物理空間に見ることと逆ですから。ですから、慈悲を育てるにはよほど強力な瞑想が必要です。ということは、よほど興味がないと無理なのです。

 引用終わり

 

 

 視点を知り、その視点を上げていくためにするべきことは?

 

 苫米地博士なら「いかに興味を持つかに尽きる」と語られるでしょう。

 

 では、興味を持つためには?

 

 そう、ゴール設定。1)心から望み、2)自分中心を捨て去り、3)現状の外に設定する本物のゴールを見つけること。そのゴールが「興味」を生みだします。

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 あとは全力で(かつ気楽に)取り組むだけ。“無我夢中”に生きるだけです。

 F-158~:無我夢中

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_405002.html

 

Q-266につづく)

 

 

 

苫米地式コーチング認定コーチ     

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

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 第4回目(R4.7/24開催)のテーマは「ラポール」。詳しくはこちら↓

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一緒に楽しみましょう!

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-関連記事-

Q-042~:「明確にリアルに目標がイメージできた時点でほぼゴールに近づいた」とは具体的にどういうことでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_262962.html

Q-136~:問題が生じたゴールへの向き合い方

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Q-142~:現状の外にゴールが設定できている状態と現実逃避に陥っている状態とでは何が違っているのでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_400116.html

Q-159~:臨場感が薄れても高い抽象度のゴールをイメージし続けるのでしょうか?

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Q-209:「“現状の外”のゴールの体感」とはどういうのが正しいのでしょうか?

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Q-217:家庭や人間関係のゴール設定はどのようにすればよいでしょうか?

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Q-218:わりとすぐに達成できそうなゴールを設定してもよいですか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/27405307.html

Q-221:ゴール設定のポイントについて確認させてください

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/27497249.html

 

 

近未来のブッダ




Q-266:臨場感世界をまったく同じように感じることが可能なのでしょうか? <後編;視点を上げる>

 

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 先日のクラブ活動時、苫米地博士の「地球の裏側の人と自分の差がまったくないということを認識する」という言葉について、このような御質問をいただきました。

 

Q:臨場感世界をまったく同じように感じることが可能なのでしょうか?

 

 クラブ参加者との楽しいディスカッションを思い出しながら、あらためて考えてみました。新たに感じたものを言語化します。

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 (注:もちろん守秘義務内の回答です。コンパッションクラブは苫米地博士との間の守秘義務を厳しく守った上で活動を行っています。御了承ください)

 

 前編;視点

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/29084873.html

 後編;視点を上げる

 

 

前回(Q-265)は、「視点が上がるほど、具体的情報量は減るが、潜在的情報量は増える」ことについて書きました。言い換えると、「視点が上がるほど、しがらみや束縛が減り、自由になる」です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 

 「視点」とは抽象度のことで、「視点を上げる」とは抽象度を上げること。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 じつは、視点を上げる=抽象度を上げることは、人が生まれながらに持つ能力です。その能力のことを「ゲシュタルト能力」と呼びます。

 

 ゲシュタルト(Gestalt)とは、形態を意味するドイツ語で、「全体性を持ったまとまりのある構造」のことを指します。全体と部分の双方向性で成り立ち、一つの統合的意味を持つまとまりのことです。

 PM-02-12:ゲシュタルト

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 

部分を積み重ねたから全体がわかるのではなく、全体がわかったから部分の意味が決まることともいえます。例えば、「ハシをつくる工〇」という言葉を目にしたとき、その「ハシ」が「箸」なのか「橋」なのかは判断ができません。ところが、「〇」に入る文字が「場」なら「ハシ」は「箸」だと分かり、「事」なら「ハシ」が「橋」だと分かります。

「ハシをつくる工場」という全体が分かってはじめて、「ハシ」が「箸」だとわかる

つまり、「全体がわかることで部分がわかる」。これが人が持つゲシュタルト能力です。

F-019:「Connecting the dotsby スティーブ・ジョブス

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7383761.html

 

 ゲシュタルトができると、それまで意味をなさなかった部分が、全体の中で意味を持ってあらわれてきます。もちろん、全体は部分がなければ成立しません。

 この全体と部分が双方向的に関係していることがゲシュタルトです。

 

 このブログは言語を用いて書いているわけですが、その言語もゲシュタルトの関係で成り立っています。以前は、個々の単語に意味があって、その単語が組み合わさって全体の意味ができあがると考えられてきました。

 しかし、全体の意味がわかっていなければ、個々の単語の意味は決まりません。文脈によって単語の意味が決まってくるということであり、文脈が変われば意味が変わるということです。

 F-110:情報が書き換わると現実が変わる vol.1;言語編

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/20086131.html

 

 

 これは実体験なのですが、11年間院長を務めた病院の経営陣から、打ち合わせ中に「どうせ先生はその頃はいないから」と言われたことがあります。その時、私は意味が理解できませんでした。とくに「どうせ」という言葉の意味が。

 その後、「だまし討ち」という文脈を理解したことではじめて言葉の意味がわかりました。「どうせ」の意味も。滲みだす悪意とともに。

 Q-063:「ゲシュタルトができあがると理解が深まる」とはどういうことなのでしょうか?

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13628437.html

 

 概念を使って考えたり、言葉にしているとき、人はこのゲシュタルト能力を使っています。

 ある現象があったとき、その現象を部分部分の個々の集まりとして認識するのではなく、全体に意味を持たせて認識することができるのもゲシュタルト能力のおかげです。

それが「視点を上げる」ということ。

「犬」と「猫」というまったく違う概念を、視点を上げて「動物」(全体)と等しく認識したとき、「犬」「猫」(部分)は同じ「動物」(全体)と理解できます。それが苫米地博士の「地球の裏側の人と自分の差がまったくないということを認識する」という言葉中の「差がまったくない」の意味です。

Q-061~:犬好きではいけないのですか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_284899.html

 

 

 私は、視点を上げて(=抽象度を上げて)より大きなゲシュタルトをつくり理解することが「共感」、視点を上げずに(=同じ抽象度のままで)そのまま感じることが「同調」だと理解しています。

 Q-169~:自身の信念を失いそうです

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_406747.html

 

 「共感」がなければゴール設定のサポートはできず、「同調」したならスコトーマが外せない理由を感じていただけたでしょうか。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

  

 やはり、大切なのはゴール設定。

そして、1)心から望み、2)自分中心を捨て去り、3)現状の外に設定する本物のゴールを目指し、悟りや慈悲に興味をもち続けながら、全力で(かつ気楽に)生き続けることです。

 Q-221:ゴール設定のポイントについて確認させてください

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/27497249.html

 

 

 最後に、苫米地博士の著書「近未来のブッダ 21世紀を導くリーダーの鉄則」(サンガ)より、前回と同じ部分を再度引用します(p210)。博士が語られる言葉の“意味”を感じてください。

 もしも前回と違った体感が得られたなら、それは視点が上がり新たなゲシュタルトができた証なのかもしれません。リラックスしながら、ゆっくりお読みください。

 

 

変わり者を目指す

 瞑想=修行がうまくいくコツは、それにいかに興味を持つかに尽きます。

 はっきり言うと悟りや慈悲に興味がない人には無理です。普通はほかにやることがたくさんあります。ネットフリックスは見たいし、オリンピックが始まったらボランティアにも行きたいし。みんな、日々やりたいことがあって睡眠不足です。そのすべてのやりたいことの中で悟りや慈悲のために時間をかけるって、考えてみたら「バカじゃん」という感じかもしれません。

 でも、そういうバカな人がいないと、慈悲はこの世にないのです。放っておいても慈悲は生まれないのですから。

 放っておいてもある「慈悲のようなもの」は個の拡大にすぎません。お母さんが自分の子が好きみたいな、東京都が好きな東京都民、大阪が好きな大阪人みたいなところで、ちょっとした抽象化です。しかし、慈悲はそのレベルではありません。

 地球の裏側の人と自分の差がまったくないということを認識する。それが慈悲です。放っておいたらけっして起きないレベルのものです。動物の本能と逆だし、日常の物理空間に見ることと逆ですから。ですから、慈悲を育てるにはよほど強力な瞑想が必要です。ということは、よほど興味がないと無理なのです。

 引用終わり

 

 

 いかがですか?

 

以上、私の回答です。

 御質問ありがとうございました。

 

 

苫米地式コーチング認定コーチ     

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記-

私は、視点を上げて(=抽象度を上げて)より大きなゲシュタルトをつくり理解することが「共感」、視点を上げずに(=同じ抽象度のままで)そのまま感じることが「同調」だと理解しています

 

 その「共感」の先には“無敵”がひろがっているはずです。

 PM-01-18~20:“無敵”の意味

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5446097.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5448151.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615695.html

 

 

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 第4回目(R4.7/24開催)のテーマは「ラポール」。詳しくはこちら↓

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 クラブ活動をはじめました。その名は「コーチング・デ・コンパッションクラブ」。

一緒に楽しみましょう!

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-関連記事-

F-175:脳内を書き換えると「環境」が変わる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25046274.html

Q-182~185:家族ががんで… -06~09;「I×V=R」を用いた2nd. Step<ゲシュタルトを巨大化する>実践編vol.1~4(ワーク付き)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25217507.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25259581.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25282178.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25324197.html

 

近未来のブッダ


 

Q-267:臨場感世界をまったく同じように感じることが可能なのでしょうか? <補足;compassion

 

 前回(Q-265266)まで、苫米地博士の「地球の裏側の人と自分の差がまったくないということを認識する」という言葉に関連した御質問に回答しました。

 

Q:臨場感世界をまったく同じように感じることが可能なのでしょうか?

 

 前編;視点

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/29084873.html

 後編;視点を上げる

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/29135063.html

 

 

 先の博士の言葉は「近未来のブッダ 21世紀を導くリーダーの鉄則」(サンガ)からの引用です。その著書では「慈悲」が定義されています。その中にこんな記載があります(p89)。

 

 

 施しや憐れみは慈悲ではありません。慈悲かどうかを見分けるポイントは、ズバリ「上から目線かどうか」です。慈悲は上から目線ではありません。

 日本語の「慈悲」は、どうしても上から目線のニュアンスが入ります。英語のコンパッションは、「パッションを共にする」ということで相手と同列ですから、サンスクリット語からの翻訳は、その意味では正しいのです。だけど日本語の「慈悲」は施しのニュアンスが強すぎます。

 

 

 この部分を読むと、「パッションを共にする=compassion」は、確かに「臨場感世界をまったく同じように感じる」ことを意味しているように感じられます。

 

そこで今回は、補足として、あらためて「compassion」を確認していきます。「近未来のブッダ」の第4章「慈悲を知る 『縁起』という大発見をしたブッダ、人の役に立ってなんぼの大乗仏教」(P76~)を読み解きながら。

 働きかけは言語ですが、ぜひ言語を超えた次元で感じてください。Feel

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14120540.html

 

 

 縁起という人類の大発見

 縁起を発見したのは釈迦です。それは「すべては他の何かとの関係で成り立っている」という真理。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 真理とは、一般的には、「ほんとうのこと」「いつどんなときにも変わることのない、正しい物事の道筋」といった意味。

しかしながら、釈迦の縁起が導くのは、「普遍的な実体などはなく、物事は常に変わりゆき、永遠に変わらないものなどない」という無常であり、「この世に絶対はない」「この世は心がつくっている」という教えです。つまり、絶対的真理の否定。

 それを現代哲学では「不完全性」と表現します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6194669.html

 

 縁起による存在は「ネットワークの網目の交点」。もちろん、「私」という存在(自我)も交点です。固定的なものではなく、実態もありません。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353425.html

 

 交わりがないと存在が成り立たないので、“点”は確実にあるといえます。しかし、固定的ではなく面積を持たない(部分ではない)交点ですので、“点”はないともいえます。

「ある(有)」とも「ない(無)」ともいえる(「ある」とも「ない」ともいえない)

つまり、“点”は「空(くう)」。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 

 慈悲の大乗は役に立ってなんぼ

 ブッダの発見(縁起)と、その思想を継承しているのが仏教です。中でも大乗仏教は「人の役に立ってなんぼ」と考えます。「小さな煩悩はほどほどに」「大きな煩悩は徹底的に」という立場です。大きな煩悩を肯定するためにとても重要なのが、

 

自分の一生は自分以外の人たちのためにある」というルール

 

 これはゴールのポイント「2)自分中心を捨て去る」のことでもあります。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

*ルールについてはこちらをどうぞ↓

 S-02~:自由に生きるために ~マナー、ルール、モラルについて考える~(目次)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/17563396.html

 

 

 広がりゆく存在の意識

 前回(Q-266)のテーマだった「視点を上げる=抽象度を上げる」を実践すると、自分という存在が宇宙全体にひろがっていきます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 その感覚、マズローでいうなら「自己超越」の意識状態で行う行為が慈悲です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9963845.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9966391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10116950.html

 

 慈悲に関して、苫米地博士はこのように書かれています。

そうした自分が存在するこの世の中でなんだかんだと役に立つことが大乗の世界、慈悲の世界です。大きな煩悩を認める。その瞬間に前頭前野を使って「私は何をできるか」を考える。その行為を慈悲というのです。

 

そして、こうも

大事なのは、慈悲は必ず行為を伴うということです。行為のない慈悲はあり得ません。自分以外の人に役立つ行為が慈悲なのです。

 

 シンプルにまとめると

 

◇慈悲の定義

 慈悲は情動ではない

 慈悲は行動するもの

 きわめてIQの高い前頭前野を使った行動

 苦行や瞑想からほど遠いもの

 徹底的に自分以外のこと

 慈悲は上から目線ではない

 他者の苦しみを最小化する

 他者の幸せを最大化する

 

 ◇ポイント

 人間は、自分以外の人の喜びしか自分の幸せにならない、だから慈悲は幸せの道だということ

 

 ◇慈悲の体感

 めちゃくちゃハッピー

 

 

 慈悲を英語で表現した「compassion­=パッションを共にする)」が、「臨場感世界をまったく同じように感じる」とは違うことを感じていただけたでしょうか?

 

 もしも「?」なら、こちらもぜひ確認してください↓

 F-009:本物の“向上心”、本当の“上から目線”

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721215.html

 

 

 最後にもうひとつ「近未来のブッダ」から引用します(p171~)。

 

 

 慈悲を乗り越える

 もし、私が「百年後の日本人」に書いたように、いずれみんながつながって個がなくなる時代に来たら、他人の痛みは自分のものになります。じゃあ、そうなったら慈悲は不要になるかといったら、とんでもありません。というか、より飛躍のチャンスです。

 人類が一つになったら、違う星の生命体に対する人類の慈悲が発揮できるようになります。あるいは人類が一つの意識をほぼ共有しても、それぞれの個はあるから完全共有ではありません。そのとき、ますます慈悲が重要になります。たくさんの個が集まれば力を持ちますから、それが間違った方向に行けば、人類じゃなくてもイルカやクジラを殺しまくってしまうかもしれません。あるいは、隣の星に行くことができるようになっていれば、隣の星を滅ぼすかもしれません。その危険性は今の世の中と同じです。それをしない慈悲はつねに必要なのです。つながっていたら、なおさら必要になります。

 端的に言えば、他者がある限り慈悲が必要です。他者がない概念をいつか覚えないといけません。それはつまり、慈悲を乗り越えるということです。

 そう、実は、慈悲はいつか乗り越えるべきものなのです。抽象度が極限まで上がれば、すべてが自であり他になり、同情や憐れみなどを持ち得なくなるのですから。私たちは慈悲を乗り越えるものとして設定して、いつか乗り越えることができるということを確信し、そこに向かって実際に役立つ行動を起こさなくてはなりません。

 行為はものすごくたくさんあります。相手の状況によって行為がぜんぶ違ってきますから、何が慈悲の行為かを先に定義することはできませんが、他者は自分の延長ですから、やりたいこと、やるべきことだと思えることはすぐに決まるでしょう。

 引用終わり

 

 

 以上、補足として「compassion」についてまとめました。

 「compassion」を“共にする”のが「コーチング・デ・コンパッションクラブ(CoacHing de Compassion ClubCHCC)」です。御参加をお持ちしております。気楽にどうぞw

 I-060:クラブ活動 はじめます -第1報-

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/27936349.html

 

 *最新の案内はこちら↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_418055.html

 

 

 

苫米地式コーチング認定コーチ     

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

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