苫米地式コーチング認定コーチ CoacH T <タケハラクニオ> ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学び九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

カテゴリ:F:フリーテーマ > F-098~ なぜ2位ではいけないのだろうか?

F-098:なぜ2位ではいけないのだろうか? ~「順位づけをすり込むことはよくないが、1位を目指さないといけない」の意味~ <前編>

 

 東京オリンピック開催まで1年を切りました。我が家でオリンピックの話題になった際に、「なぜ銀ではいけないのだろうか?」「本当に2位ではいけないのだろうか?」という話になりました。

 

 皆さんはどう思いますか? どのように子どもに話しますか?

 

 ところで、オリンピックに関する私の見解は、「人の無意識に順位づけをすり込む洗脳手段」です。それは私のブリーフシステムが導く結論であり、情動を伴った体験の記憶と受け入れた情報の記憶による判断です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 もちろんそれは、私が師事する認知科学者 苫米地英人博士の見解でもありますが、当の博士御自身は「1位を目指さないといけない。2位で満足してはいけない」という発言もされています。

 

 順位づけをすり込むことはよくないが、1位を目指さないといけない

 

 一見矛盾するようなこのコメントを考察してみました。

 

 

 まず「順位づけをすりこむことはよくない」から。

 

 答えは、もちろん、「差別」を生むから。

順位づけ自体は問題ありません。しかし、そこに「偉い」といった価値観や主従という支配の論理が入り込むと、順位は差別を強化するための道具に成り下がります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14249741.html

 

 区別のための順位づけは“あり”ですが、差別のための順位づけは“なし”です。大乗仏教でいうと、仮(仮観)としての順位づけはありですが、空(空観)が抜けた順位づけはなし。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

「生まれながらにして偉い」と勘違いしているような二代目(三代目~)と出会う機会がありますが、その勘違いは苦しみとなって自らに跳ね返っているようです。差別思想が強ければ強いほど。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9034343.html

 

 順位に限らず、何らかの評価や評価基準そのものを“絶対”と思い込むことは不幸のはじまりです。「ゼッタイ」と思った瞬間に、その「ゼッタイ」以外の世界(可能世界)が認識できなくなるのだから。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 それは自我を小さく限定してしまう行為であり、宇宙を閉ざす悪癖であるといえます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823351.html

 

よって、不完全性の理解はとても重要です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

F-099につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 苫米地博士の著書「現代洗脳のカラクリ」(ビジネス社)に、オリンピックが取り上げられています。以下、引用します。

 

 オリンピックを否定することが脱洗脳の第一歩

 重ねて言いますが、現在のオリンピックにやる価値などありません。

 スポーツの祭典が見たければ世界選手権で十分です。

 選手の素晴らしい技術も精神力も、国の威信を懸けた戦いにしても、オリンピック以外のイベントで十分に味わうことは可能です。

 オリンピックだけは特別、オリンピックがスポーツの頂点という思い込みこそが拝金主義洗脳につながる道なのです。

 逆にいえば、これを打ち破ることが、超富裕層が仕掛けた拝金主義洗脳を壊すことでもあるのです。

 脱オリンピック。これこそが、脱拝金主義のきっかけだと私は思っています。

 といっても「オリンピック選手を凄いと思わないようにする」なんてことを言いたいのではありません。オリンピック選手を素晴らしいと思うのは自然です。そういった自然な気持ちを否定する必要はまったくありません。

 そうではなく、私がやってほしいのは、オリンピックもごく普通のスポーツイベントだと冷静に理解することなのです。

 オリンピックには魔物が住んでいるだとか、参加することに意義があるだとか、そんなことに意味などないとちゃんとわかって楽しむ姿勢を身に付けてほしいのです。

 そうすれば、必要以上に金メダルを神格化することもなくなります。

 オリンピック選手が、政治家に向いているという見方もなくなるでしょう。

 拝金洗脳を解くきっかけにもなっていきます。

 

 

現代洗脳のカラクリ



F-099:なぜ2位ではいけないのだろうか? ~「順位づけをすり込むことはよくないが、1位を目指さないといけない」の意味~ <後編>

 

 東京オリンピック開催まで1年を切りました。我が家でオリンピックの話題になった際に、「なぜ銀ではいけないのだろうか?」「本当に2位ではいけないのだろうか?」という話になりました。

 

 皆さんはどう思いますか? どのように子どもに話しますか?

 

 ところで、オリンピックに関する私の見解は、「人の無意識に順位づけをすり込む洗脳手段」です。それは私のブリーフシステムが導く結論であり、情動を伴った体験の記憶と受け入れた情報の記憶による判断です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 もちろんそれは、私が師事する認知科学者 苫米地英人博士の見解でもありますが、当の博士御自身は「1位を目指さないといけない。2位で満足してはいけない」という発言もされています。

 

 順位づけをすり込むことはよくないが、1位を目指さないといけない

 

 …一見矛盾するようなこのコメントを考察してみました。

 前編はこちら:

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/18797248.html

 

 

 …次に「1位を目指さないといけない」です。

 

 忘れてはならないのが「人間の無意識は常に現状維持を求める」という事実。エネルギッシュでクリエイティブな無意識は、24時間365日“激変緩和”のために働いています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5165658.html

 

 一定の状態を維持するこの働きのことを恒常性維持機能(ホメオスタシス)と呼びます。脳が発達した人間においては、その維持機能は情報空間にまで拡張しています(サイバーホメオスタシス仮説、CH理論)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971818.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971956.html

 

 この機能は時空を超えて働きます。「私にはムリ」「2位でいい」と思うと、達成の方法がまったく認識できなくなり、1位を目指すモチベーションを失います。自分で勝手に限界を作り、豊かな未来の可能性を自ら閉ざすことになるのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

 「私にはムリ」「2位でいい」というセルフトークは、「2位くらいが私らしい」というセルフイメージをますます強化していきます。セルフイメージはコンフォートゾーン(「2位くらいが心地いい」)と同義です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

 コンフォートゾーンを外れた時、人は認知的不協和を感じます。認知的不協和(Cognitive dissonance)とは心理学の言葉で、「人が認知している自分の内側の現実と外側の現実に矛盾が生じたときに、その不協和を解決しようとする心の作用」のこと。それがモチベーションの正体です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882652.html

 

 例えば、「2位くらいが私らしい」と思っている人が10位になったとします。その時、無意識はコンフォートゾーンを外れたことを察知し、認知的不協和が「悔しさ」となり、自身を突き動かします。その結果、2位に戻っていくことになります(ホメオスタシスフィードバック)。これはコンフォートゾーンや認知的不協和のポジティブな面です。

 

 同じ人が1位になった時はどうでしょうか? 最初は「うれしい」という気持ちに包まれるかもしれません。しかし、やがては落ち着かない気分が上回るようになり、心身ともこわばります。ありえないミスを繰り返し、自然と「私らしい」ポジション、すなわち2位に落ち着きます。これがコンフォートゾーンや認知的不協和のネガティブな一面です。

 

 ちなみに、このコンフォートゾーンを突き破るきっかけになるのがゴール設定です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 “現状の外”にゴールを設定し、ゴールを達成した未来の記憶によって新たなコンフォートゾーンをつくることができると、強力なホメオスタシスを味方にすることができます。自然に夢がかなうのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 順位づけというすり込みを超えたところで1位(頂点)を目指し続ける生き方が「Not Normal」を生みだします。「ぶっちぎり」を実現します。私はそれが「克己」だと思っています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_268337.html

 

 そして、それはリーダーに求められる資質でもあります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14526054.html

 

 

 さらにいうと、「1位を目指さないといけない」理由は個人レベルにとどまりません。より高い次元を志向する情熱は、個人の枠を大きく超えて、広く社会にひろがっていきます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

そのエネルギーと創造性は、まるでビックバンの“爆発”のように、時空を超えて何かを生みだします。縁あるものの心の中で。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

…次回(F-100)は、エネルギーと創造性に満ちた、情熱の塊のような先人を取り上げます。

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1-

 Q:問題です。その“先人”とは誰でしょうか?

 その方の代表的ワードを本文中に書きました(笑)。エネルギーと創造性に満ちあふれた日本人芸術家です。お楽しみに。

 

-追記2-

 「順位づけというすり込みを超えたところで1位(頂点)を目指し続ける生き方」は、コンフォートゾーンや認知的不協和のポジティブな面やネガティブな面を包摂する次元にあります。それはより空(くう)に近づいた生き様といえます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 

-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13628746.html

 

 

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