苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

カテゴリ:F:フリーテーマ > 社会

F-005:激変緩和措置

 

 霧島市(鹿児島県)の国民健康保険運営協議会に出席しました。

 

 国民健康保険(以下、国保)は、来年度から、財政主体がそれまでの市町村から都道府県に移行します。「都道府県が、都道府県内の統一的な運営方針としての国保運営方針を示し、市町村が担う事務の効率化、標準化、広域化を推進」することが目的とされています。

 

 市町村によっては保険税(料)負担が大幅に上昇するところがあります。そこで「被保険者の保険税負担が急激に増加することを回避するための措置」が三種類検討されており、それを“激変緩和措置”と呼びます。

 

 その“激変緩和措置”について詳細な説明を聞いている間、私は違和感を覚えました。それはコーチとして感じたものでした。

 

 被保険者の負担を(一時的にですが)緩和するための「国民のための配慮」ですので、当然、「とてもいいこと」「すごくありがたいこと」としての文脈で説明は行われていました。

 

 しかし、コーチとしての視点で考えると、“激変緩和措置”は決していいものではありません。

 

 私たちは常に一定の状態を強力に維持しようとしています。それを恒常性維持機能(ホメオスタシス)と呼びます。そして、脳(特に前頭葉)が発達した人間の場合、その維持機能が情報的な空間にまで働いています(サイバーホメオスタシス仮説、CH理論)。

 

 つまり、「私はこれくらい」「私たちはこんなもの」といったイメージを強力に維持してしまっているのです。無意識にです。

 

 もし、それまでの自分(自分たち)のイメージをはるかに超える成果をだしそうになったらどうなるでしょうか?

 

 その場合、急に落ち着かない感じがして、いつもの自分(自分たち)に戻るように無意識が働き、クリエイティブに実行します。例えば、いい言い訳を思いついたり、ケアレスミスを犯したり、お互いに足を引っ張りあったり。その結果、結局はいつもどおりの状態に落ちつくのです。

 

 「もっとすごい私」や「さらに進化・向上する組織」の実現を阻むこのようなネガティブフィードバックが、私たちの心の中にある“激変緩和措置(装置)”です。当然、その装置を解除しなければ、昨日までの記憶でつくられた現状を打ち破って“激変”することはできず、いつまでたっても昨日のような今日を生き、今日のような明日を迎えることになります。
 かつては隆盛を誇った人物や組織が時代の変化に取り残され、やがて信じられないほど没落していくのはそのいい例えです。

 

 前回(F-004:続・楽しいことを見つけたことで発作が止まった患者さんが教えてくれたこと)は「気功」について触れました。その正体は、とくに非言語の働きかけによる「内部表現の書き換え」です。そして、その本質は「変性意識状態(ASCAltered State of Consciousness)」にあると書きました。

 今回のテーマである“激変緩和措置(装置)”は、もちろん、気功でも解除することができます。

 

 しかし、私は、「コーチングを学び、実践すること」を強くお勧めします(もちろん、気功と並行してセルフコーチングやコーポレートコーチングを行えば最高です!)。

 

 ベチロン(苫米地理論)やコーチングを届けるこのブログが、みなさんの「リミッターをはずす!」きっかけになることを心から願っています。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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F-025The Last

 

 「The Last」の意味(weblio辞書)

・飽くまで、最後まで

・納め、限り、前回

・最下位の、最低の

・最上の、この上ない

・最新(流行)の

・最後、結末

 

私の医師としてのキャリアは、霧島リハビリテーションセンター(鹿児島県霧島市)で始まりました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7385143.html

 

 そのリハセンターは今春閉院し、診療・研究・教育機能はすべて鹿児島大学病院(鹿児島市)に移転することになりました。先日、閉院式が開催され、地区医師会会長の代理として私も出席しました。リハセンターとして30年、前身の鹿児島県立霧島温泉療養所から数えると80年の歴史に幕を下ろす瞬間に立ち会いながら考えたことをまとめます。

 

 まず実感したことは、「私たちが見ている目の前の世界は記憶でできている」ということでした。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306445.html

 

 閉院式の30分前に会場入りした私は、センター長室に招かれました。そこは歴代の教授からたくさんのことを教えていただいた思い出の場所です。

 私が部屋に入ったときセンター長(鹿大リハビリテーション科教授)は不在で、代わりに鹿児島大学学長、鹿児島大学病院院長、文部科学省高等教育局医学教育課大学病院支援室長がいらっしゃいました。名刺交換後談笑しているとセンター長が戻られ、霧島市長も来られました。

 地元の医療事情や噴火を再開した新燃岳(しんもえだけ)について話をしながら、私はちょっとした混乱を感じていました。コンフォートゾーンが揺さぶられる感覚です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

 式典5分前となり会場まで案内されました。無人のナースステーションやガランとした病室の前を歩きながら、研修医として働いた20数年前の記憶がよみがえりました。式辞を代読している間にはともに働いた職員の方々とも目が合い、さらにはっきりと昔のことを思いだしました。

すっかり変性意識状態になった私は、11年前病院長に就任したときに「職員の活気、団結力、寛容性、幸福度という点でリハセンターをはるかに超える組織をつくる」と心に誓ったことも思いだしました。

 

現在の私が当時の私にコーチングを行うなら、そのゴールを上書きすることを促すでしょう。他者との比較になっている点がNGだからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

物事には絶対的な指標はなく(=不完全性)、主観はその人それぞれのマインドでの情報処理の結果に過ぎません。他者との比較に意味はなく、あくまでゴールを達成した未来の自分との比較のみが意味を持ちます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

 しかし、不完全ながらもまずは自分なりのゴールがあり、その思いを持ち続けたことがRASを開き、スコトーマが外れたことで苫米地英人博士にたどり着いたことも事実です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721658.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 リハセンターの歴史に自身の軌跡を重ねながら、あらためてゴールの大切さとその設定と達成を可能とするコーチングの重要性を感じました。

 

ところで、Lastという言葉にはいろいろな意味があり、「最低の」と「最上の」、あるいは「最後の」と「最新の」といった正反対のニュアンスで使われています。

その違いは何により生まれるのでしょうか?

 

私は、その違いをうみだすものとは「時間の流れ」の解釈だろうと思っています。

過去→未来の人にとっては「今までの終わり」であり「終着点」、未来→過去の人にとっては「未来に一番近いこと」であり「出発点」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

いずれにせよ、その本質は「空(くう)」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

明後日より新年度。

ぜひ、身近にあるいろいろな「The Last」を、未来志向で考察してください。

 

 

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-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542066.html

 

 

180323 リハセンター-02


F-026:最近の研究・調査で明らかになった日本の課題とその解決法

 

 最近の研究・調査を御紹介いたします。

 

 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)のグループは、「脳に残る恐怖の記憶を無意識のうちに書き換え、その記憶が起こす心身の反応を和らげる手法」を開発しました(日本経済新聞 2018/3/7)。

 

 その手法とは「脳が恐怖を感じたと推定される際にお金を渡す」というものです。

 

 私自身は内科医ですが精神科のある病院の院長を務めていたことから、精神科医が集まる会合に参加する機会がよくありました。ある公的な会議にて、「うつ病の患者さんには、薬を処方するよりお金を渡した方が効果があるのではないかと思うときがある」と精神科病院長が発言されたことがありました。ずっと冗談だろうと思っていましたが、本心だったのかもしれません。

 近い将来、クライシスサイコロジーに「お金を渡す」と書き足されるのでしょうか?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8159377.html

 

 次に、お金と健康の関係についての研究を御紹介します。

 

 お金(年収)と「人生の満足度(life evaluation)」「感情面での幸福度(emotional well-being)」との関係を調査した米パデュー大学心理学部 アンドリュー・ジェブ氏らによって、「収入が一定額以上に達した場合、それ以上増えたとしても、その人の幸福度が高まるわけではない」という研究結果が報告されています(「Nature Human Behavior2018/1/8オンライン版)。

 

 「人生の満足度」を得るためには95000ドル(約1000万円)、「感情面での幸福度」を得るためには6万~75000ドル(約640800万円)の収入が必要であることが明らかになった一方で、収入がそれ以上増えたとしても「満足度や幸福度は増すことはなく、むしろ低下する」ということが判明しました。

 

 お金は恐怖を書き換え心身を和らげるということでしたが、ある量を超えると満足度や幸福度をむしろ下げてしまうらしいのです。

WHO(世界保健機関)の定義では「健康=well-being」ですので、「たくさんのお金が人を不健康にする」ともいえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859675.html

 

人生対する満足感や幸福感、そして健康の重要なポイントは、どうやらお金とは別のところにありそうです。

 

 最後は幸福度に関する調査報告です。過去のブログ記事でも紹介いたしましたが、国連の関連機関が毎年「世界幸福度ランキング」を発表しています。2012年からはじまり、今年で6回目です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859828.html

 

 先日発表された2018年度版では、日本は156カ国中54位で、前年よりさらに3つ順位を落としてしまいました。もちろん、G7の中では断トツの最下位です。

 

幸福度は6つの具体的指標と1つの総合的指標の計7つで評価されています。

6つの指標とは、2つの客観的評価と各国1000人へのアンケート調査による4つの主観的評価です。

客観的評価は「一人当たりのGDP」「平均寿命」、主観的評価は「社会的援助(Social support)」「人生の選択の自由」「寛容性」「政治腐敗レベル」です。

 

 その指標ごとの評価を分析すると、現在の日本が抱えている問題点が浮かび上がります。

 

日本は「一人当たりのGDP」は22位、「平均寿命」は2位で客観的評価は低くはありません。
 しかし、主観的評価になると著しく低い結果となり、特に「人生の選択の自由」は総合86位の中国より下でした。国家による検閲やネット遮断が公然と行われている中国より、日本人の「人生の選択の自由」の自己評価が低いというのは驚きです。

私はこの結果を知ったとき、苫米地式認定コーチとしてはもちろん、医師としても「やばい」と思いました。

 

スタンフォード大学のアルバート・バンデューラ博士は、「エフィカシー理論」における世界的な権威です。エフィカシーとは「ゴール達成能力の自己評価」のこと。高いエフィカシーが実際のゴール達成能力にどのような影響を与え、さらには人生全体にいかなる影響を与えるかを科学的に研究し理論化されたものが「エフィカシー理論」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

 その理論の中でバンデューラ博士は、「人生をコントロールする能力の程度に対する信念が健康に影響を与える」と述べています。

 繰り返しになりますが、WHOの定義では健康とは「well-being」、すなわち幸福と同義です。実際に「選択の自由がない」という認識(=不幸)は、ストレスとなって免疫系の弱化など体へ悪影響を及ぼします。不幸が不健康の引き金になるといえます。

 

 よって、日本人の幸福度の低さ、特に「選択の自由」に対する低評価は、今後確実に日本人の健康を蝕んでいくと予想することができます。

日本人は、GDPや平均寿命で日本よりはるかに劣る国々と比べても幸福度が顕著に低く、そのため今後ますます心身ともに不健康になっていくのです。

 

では、今、私たちはどのような対処をするべきなのでしょうか?

 

じつは、その答えは私の師である苫米地英人博士がすでに示されています。

苫米地博士がレギュラー出演されているTV番組「バラいろダンディ」(TOKYO MX)でこの問題を取り上げられていました(2018315日放送回)。

 

博士がその対策として話されたのは「ハイエフィカシーなカルチャーを日本に導入すること」です。それはコーチングを日本中に広めることで実現できます。

 

「寛容性がないとか選択の自由がないというのは、『お互いがお互いを縛りあっている』ということ」

「みんなでコーチングを学び、エフィカシーを高めあう。やりたいことだけをやりたいだけやることをお互いに高く評価し、うまくいったら『君らしい』、うまくいかなかったら『君らしくない』と言ってあげる文化をつくる(ただし、子供には自己責任という概念も同時に教えてあげる)」

 そんなことを熱く語っていらっしゃいます。ネットで視聴できますので、ぜひ確認してください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html

 

発言の最後には、「他者のアラ探しや悪口は一生に一度もしない言わない世代を育てる」とおっしゃっていました。

 

私のゴールに、また一つ新たなイメージが加わりました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 

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-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045695.html

 

180315バラダン(DrT twitterより引用)

苫米地英人博士 twitterより引用

F-031:「人間関係が嫌になった」

 

 先日、愛媛県今治市の松山刑務所大井造船作業場から脱走した受刑者(27)が、脱走から23日目に広島市内で逮捕されました。なんと夜間に海を泳いで本州に渡ったのだそうです。

 

 大井造船作業場は全国でも4カ所しかない開放的施設です。他の刑務所のような塀はなく、内側から窓や玄関扉の鍵を開けることができるそうです。

通常に近い環境で過ごすことで社会への適応性を向上させるという狙いがあり、罪が比較的軽く、模範的な態度の受刑者が収容されています。実際、そこを出所した受刑者の再犯率は低いそうで、「社会への適応性を向上させる」という取り組みは成功しているといえます。

 

 一方で、1961年の開設以来、今回を含めて1720人の逃走事案が発生しています。法務省内の検討委員会では、再発防止策に顔認証技術を導入する案が浮上しているそうです。

脱走予防のための何らかの対策は必要だと思いますが、一方でそれを強化しすぎれば開放的施設の良さが失われる可能性があります。

 

では、「社会への適応性を向上させる」ための取り組みを継続しつつ脱走を防ぐために、どのような対策をとればいいのでしょうか?

 

私は、今回のケースのポイントは、「物理次元ではなく情報次元にある」と感じました。

よって、その対策は情報次元で行うべきだと考えます。情報次元での対策とは「マインド(脳と心)について学び、実践すること」です。

 

あと半年で出所予定だった受刑者が脱走し、夜に海を泳いでまで逃げようとしたそもそもの動機は、「刑務所での人間関係が嫌になった」でした。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

「(寒い・臭いなどの理由で)居心地が悪い」とか「食事がまずい」といった物理的なことが原因だった訳ではなく、「人間関係」という情報的な要因、もっと言えば「(人間関係の)本人の解釈」が主因でした。

 

「本人の解釈」を決めるものは、ブリーフシステムです。

それは過去の記憶によりつくられ、人の行動や行動性向と呼ばれる無意識の行動を決定します。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

そのブリーフシステムが、「人間関係」をきっかけに、脱走という行動を引き起こしました。「あと半年で出所できる」「脱走を試みたら出所が遠のく」等の考えはすっかりスコトーマに隠れ、「逃げる」ことを肯定することしか思い浮かばなかったはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721658.html

 

海を泳いで渡り、23日間もの長期間にわたって逃げ続けるという行動のエネルギー源になったものは、「この人間関係から逃れたい」という思いでした。その正体は、本来のコンフォートゾーンになんとか戻ろうとするホメオスタシスフィードバックです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971956.html

 

私たちの無意識には、「押されたら、押し返す」という「Push – Push back」の働きが埋め込まれています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882703.html

 

頭では理解しているつもりでも心から納得していなければ、つまり「want to」でなければ、私たちはその違和感を何とか解決しようとします。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882652.html

 

その時、その違和感が強ければ強いほど、つまり「have to」であるほど、情報空間でより“クリエイティブ”に、物理空間でよりエネルギッシュに、解決しようとします。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040752.html

 

 

すべてはマインド(脳と心)での情報処理からはじまっている

 

 

その情報処理への介入なしに顔認証や施錠など物理的な拘束を強めてしまえば、脱走などトラブルのリスクはむしろ悪化するかもしれません。「Push – Push back」が強まってしまうからです。

 

今回の事件が示唆することは、「マインド(脳と心)について学び、実践する」という情報次元での対策の必要性です。そのためにコーチングがとても役に立ちます。刑務所等でコーチングについて学ぶ機会を増やしていくことが、脱走予防や再犯予防に大いに役立つものと考えます。

 

もっと重要なことは、より早い段階でコーチング等を通じてマインド(脳と心)について学ぶことです。小・中学校、高校といった早期の段階から、家庭や学校でコーチングを学ぶことができれば、もっと豊かな社会を実現できます。

 

このブログのメインである「The Power of Mind Ⅰ」は、教育を苫米地理論で考察する第五章に入りました。ぜひ御確認ください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124525.html

 

 

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F-043:「感情労働」という問題とその解決のイメージ

 

ある日の昼下がり、妻と食事にでかけたときの出来事です。

 

料理の注文後しばらくして、店員さんが謝罪をしにやってきました。注文した品の一品が手違いで提供できないらしいのです。

 

「では、次に来た時に注文しますね」と笑顔で取り下げましたが、その時と料理を持ってきてくれた時、そして帰り際の計三回も謝罪をされました。「どうもすいませんでした」と深く頭を下げながら。

 

私には過剰な謝罪のように感じられました。そして、店員さんの心が無言で訴える「辛い」という叫びを聞いた気がしました。

 

have to」が店員さんの無意識に入り込んでいる

 

そう思った瞬間、「感情労働」という問題とその解決のイメージが浮かびました。

 

 

感情労働(Emotional Labor)とは、アメリカ合衆国の社会学者 アーリー・ラッセル・ホックシールド氏が提唱した働き方の概念です。「肉体労働」「頭脳労働」に続く第3の労働形態とされ、「感情の抑制や鈍麻、緊張、忍耐などを不可欠の職務要素とする労働」と定義されています(コトバンク)。

具体的には、旅客機の客室乗務員などの接客業、営業職、医療・介護職、教職などとされています。しかし、実質的にはすべての業種に当てはまるようです。

 

感情の鈍麻、緊張、忍耐などが「不可欠の職務要素」となってしまうのは、「相手(顧客)の精神を特別な状態に導くために自分の感情を誘発、または抑圧することが職務だから」とされています。

もっとはっきりと表現すれば、「顧客に対して自発的な喜びや親愛、誠実さ、責任感などのイメージを与えるように『心の商品化』が要求される」(Wikipedia)です。

 

つまり、「会社からの管理・指導のうえで、本来の感情を押し殺して業務を遂行することが求められる『精神と感情の協調が必要な労働』」が“感情労働”といえそうです。

 

Wikipediaには「相手に尊厳の無償の明け渡しを半ば強制される健全とは言いがたい精神的な主従関係や軽度の隷属関係の強要である」とあり、さらに「一般的な頭脳労働と比べ、人間の感情に労働の負荷が大きく作用し、労働が終了した後も達成感や充足感などが得られず、ほぼ連日、精神的な負担、重圧、ストレスを負わなければならないという点に感情労働の特徴がある」と記載されています。

その当然の結果として、感情労働による疲労や心の傷は回復しにくく、メンタルヘルスの不調を引き起こすことも少なくないようです。

 

疲労というと筋肉など体のダメージが原因と考える方が多いと思いますが、最近の研究により、身体の疲れはストレスによる脳内の自律神経中枢のダメージが原因であることがわかっています。

つまり、抽象度の高い情報空間に原因があり、それが疲労や病気となって表れているのです。当然、感情労働を継続する限り、ストレス状態は継続し、不調が続くことになります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306380.html

 

 モチベーションが「have to」の状態は、労働者の健康面だけでなく、経営的視点から考えても決していいものではありません。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

 前頭前野に対して扁桃体が優位になってしまうことで、本来の能力を発揮することができなくなり、より情動的になってしまいます。働く仲間の多くがそんな状態では、職場はますますギスギスしていくことでしょう。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9815429.html

 

 ギスギスしていった結果として人間関係がさらに悪化してしまうと、ますますIQが下がり、とんでもない言い訳や不適切な行動が蔓延するようになってしまいます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9188068.html

 

働く者にとっても、経営者にとっても、そしてサービスを受ける顧客にとっても、「lose-lose」の最悪の縁起であるというのが感情労働の実態です。

米ペンシルバニア州立大学の心理学者 アリシア・グランデ―氏は、「本来の感情を長期間にわたって抑える感情労働の強制は、労働者の精神や肉体に甚大な悪影響を及ぼす。企業はそうした人々をもっとサポートすべきであり、感情労働そのものが不当で禁止されるべきものである」と発言しています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

それなのになぜ、「本来の感情を押し殺して業務を遂行すること」がまかりとおるのでしょうか?

 

そんなことを思いながら調べていると、あるサイトでこんな文章を見つけました。

 

「体を使った作業を賃金に変える『肉体労働』、頭を使って創出したアイデアなどを賃金に変える『頭脳労働』に対して、『感情労働』とはその名のとおり、感情を抑えることで賃金を得ます。このように、対人の仕事につく多くが、決められた感情の管理を求められ、規範的な感情を商品価値として提供しているのです」

 

この文章には致命的な誤りが含まれています。人から幸せを奪う危険な思想がスコトーマに隠れてしまっています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

その誤った危険な思想とは、「お金のモノサシ」です。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8582928.html

 

「お金のモノサシ」を正しくコントロールすることができなければ、たとえ想像できないほどの大金を手に入れたとしても、「人生の満足度(life evaluation)」や「感情面での幸福度(emotional well-being)」は満たされません。それは米パデュー大学心理学部の研究により明らかにされています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8430748.html

 

 幸福度(well-being)というのは、WHOWorld Health Organization:世界保健機関)の健康の定義中にもでてくる言葉です。19467月に署名されたWHO憲章において、健康は次のように定義されています。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859675.html
 

Health is a state of complete physical, mental, and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

 健康とは、身体的に、精神的に、そして社会的に、完全に幸福な状態(満たされた状態)であることであり、単に病気がないとか、弱っていないということではない

 

 「お金のモノサシ」を抱えたまま感情労働を続ける限り、つまり、「have to」で生きる限り、健康からはますます遠ざかり、どんどん不幸になっていきます。

 繰り返しになりますが、心の問題(バグ)はやがて物理的な身体にもあらわれてきます。心の傷が脳の傷となってしまうことは、最新の医学研究がどんどん明らかにしている事実です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10114934.html

 

 

 問題の本質は、「感情労働」という概念を生みだし、いまだに存在し続けることを許容する社会のシステムにあります。

 そして、そのシステムは、人間の認識により生みだされ、現状維持を是とするマインドのメカニズムによりコンフォートゾーンとして強力に保たれています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

 その問題を解決するイメージとは、コーチングが世界中に広がり、あたりまえとなった世界です。みんなが自身のゴールを自分自身で決めることができ、お互いのゴールを尊重できる未来です。

 

 そんな世界(未来)は、今この瞬間の、一人ひとりのゴール設定からはじまります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 

Goal comes firstreality is second.

By Lou Tice

 

 

 

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-追記1

 今回はフリーテーマの記事を「感情労働」をテーマにつないでみました。私なりの「Connecting the dots」です。ぜひ、リンクを張っている記事も読みなおしてみてください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7383761.html

 

より大きなゲシュタルトができることで、新たな“化学反応”が起こるかもしれません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html

 

-追記2

WHOの健康の定義は、1998年に以下のような新しい提案がなされ、WHO執行理事会で採択されています(ただし、その後のWHO総会では採択が見送られているそうです)。

 

 Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual, and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

 

 いずれにせよ、WHOの健康の定義には無理があります。

 ぜひ、自分自身の“健康”について定義してください。それは健康というカテゴリーのゴール設定を行うことにもなります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124524.html

 

 

WHO 健康の定義



F-139:沈黙の春

 

 2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により、世界は大きく変わってしまいました。

 

首相や知事などのリーダーは「不要不急」の外出を控えるように訴え続け、マスメディアによってコロナ関連の話題が連日報道されました。情報が書き換わることで現実が変わってしまったのでしょう、緊急事態宣言がだされる前の3月中旬頃には町から人が消えはじめました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_386190.html

 

様変わりした風景を眺めながら、私は、東京が、日本が、死んでいくような錯覚に襲われました。そして、レイチェル・カーソン(Rachel Louise Carson19071964年)の「沈黙の春/Silent Spring」(新潮文庫)を思いだしました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654010.html

 

 DDTdichlorodiphenyltrichloroethane、有機塩素系の農薬)などの化学物質の危険性を鳥などの動物たちがいなくなった春の風景を通して訴えた「沈黙の春」は、1962年にアメリカ合衆国で出版されました。初めて日本語訳が出版された当時(1964年)のタイトルは、「生と死の妙薬-自然均衡の破壊者<科学薬品>」だったそうです。

 

 自然均衡の破壊者

 

 今回はその破壊者とはウイルスだったわけですが、おかげで今まで認識にあがっていなかった(スコトーマに隠れていた)“均衡”を、多くの国民が実感することになりました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 医師でもある私は当然のように「感染症の封じ込め」をまずイメージするわけですが、そんな私から見ても疑問を感じるようなバランスを欠いた提言や施策が続きました。そのためなのか「コロナで崩れた“均衡”を取り戻そうとして、より大きな“均衡”を破壊してしまう感覚」が日に日に強まっていきました。例えば、免疫力が高い若者と低い高齢者との“均衡”、流行地域と非流行地域の“均衡”、感染症対策と経済対策の“均衡”

 

思考のポイントとなるのは抽象度です。2つ、あるいは3つ以上のものを包摂する視点がなければ、複雑かつダイナミックな社会での“均衡”を保つことはできません。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14120540.html

 

よく「経済がまわる」「経済をまわす」といった表現を見聞きします。それを生命現象で例えると、「血液が体中をくまなくまわること(循環)で“生”が保たれている」といった感じでしょうか。

御承知のように、血液の循環が止まることは“死”を意味します。厳密には心臓の動きがとまることは“死”そのものではないはずですが、一般的には心拍停止をもって死亡を確認することになります。心拍停止のままであれば“死”を回避できないからです。

 

経済も同様です。お金の循環が止まることは経済的な“死”を意味します。厳密には生産・消費活動がとまることが社会にとっての“死”そのものではないはずです。しかしながら、(とくに資本主義の)社会においては、経済活動の停止(停滞)は“死”に相当するインパクトを引き起こします。血液の循環が止まることが生命現象にとっての“死”であることと同じように。現実の問題として、コロナ感染症そのものによる死者よりも、コロナに関連する経済的な理由での死者の方が多くなってしまうことが危惧されています。

(ちなみに、コーチングでは「職業<付加価値の創造>」と「ファイナンス」を別のカテゴリーとして分け、それぞれゴール設定を行います<バランスホイール>)

 

新型コロナウイルスは、もちろん災いではありますが、大切なものを教えてくれてもいます。それは「存在自体が縁により起こっている」「この世のすべてがつながっている(つながりを持っている)」という事実。すなわち縁起です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

どんな存在であったとしても、個は全体の中の一部であり、“まわる(まわす)”ものです。反対に、個が存在し“まわる(まわす)”からこそ、全体が成り立ち存続しているともいえます。それは双方向の関係であり、ゲシュタルトと考えることもできます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html

 

ここでいう“まわる(まわす)”とは、「機能を発揮する」「役割を果たす」ということ。その機能や役割を自らの自由意志で決めることが「ゴール設定」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 「コロナ禍」と呼ばれる今こそ、自分が心から望んでいる未来を思い描くとき。多くの人が「ファイト・オア・フライト」に陥っている今だからこそ、お互いがお互いのゴール設定をサポートしあうことが重要になります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

 「大変だったし辛かったけれど、コロナをきっかけによりよい社会を実現できた」といえる未来のイメージを共有する人が増えるたびに、そのイメージは“現実”にかわっていくのでしょう。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 そんな「未来のイメージ」をより多くの方々と共有し実現していくことも、青山龍マスターコーチと取り組む「Fight Coaching Project」の機能・役割だと思っています。

一緒に取り組んでみませんか?

 Fight Coaching ProjectHP

 http://aoyamacoach.com/fcp/

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

鍵は「臨場感空間の移動」です。ゴールのバランスホイールを意識することはヒーリング&コーチングのポイントにもなります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13825164.html

 

 

-追記2

 コロナ自粛の最中、世間で盛んに叫ばれた言葉が「不要不急」。それって一体どういうことなのでしょう?

次回(F-140~)より考察していきます。

 

 

-関連記事-

続・クライシスの本質 ~首相による「一斉休校要請」と社会の反応を読み解く~

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21664055.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21664503.html

 

 

レイチェル・カーソン(Wiki.)

レイチェル・カーソン(1907~1964年)

1940年、合衆国魚類野生生物局 勤務時代

Wikipediaより引用

 

F-151:同一労働同一賃金

 

 先日、「同一労働同一賃金」についてレクチャーを受ける機会がありました。その間ずっと感じていた違和感を掘り下げます。

 

 まず「同一労働同一賃金」の定義を確認してみましょう。

以下、Wikipediaより引用します。

 

 

 同一労働同一賃金(どういつろうどうどういつちんぎん、英:equal pay for equal work)とは、同一の仕事(職種)に従事する労働者は皆、同一水準の賃金が支払われるべきだという概念。性別、雇用形態(フルタイム、パートタイム、派遣社員など)、人種、宗教、国籍などに関係なく、労働の種類と量に基づいて賃金を支払う賃金政策のこと。さらに同一価値労働同一賃金(どういつかちろうどうどういつちんぎん)とは、職種が異なる場合であっても労働の質が同等であれば、同一の賃金水準を適用する賃金政策のこと。

 国際労働機関(ILO)では、同原則をILO憲章の前文に挙げており、基本的人権の一つとされている。また世界人権宣言の第23条において「すべての人は、いかなる差別をも受けることなく、同等の勤労に対し、同等の報酬を受ける権利を有する」と規定されている。さらに国際人権法でも、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約の第7条と人及び人民の権利に関するアフリカ憲章の第15条において、勤労権に関して『同一労働同一賃金』を明記している。

 経済学的には一物一価の法則(自由市場では需要と供給の関係から、標準的な相場が形成される)を、労働市場に当てはめたものである。

 

 

 最後の「一物一価の法則」はまだ理解できます。モノという物理的存在を、カネという基準で一律に評価しようというものだから。コロナ禍でマスクの転売が禁止になった根拠(ワラント)には、この法則も含まれているはずです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12340209.html

 

 でも本当にそうでしょうか?

 

 同じはずのモノであっても、価値がまったく異なる(評価が変わる)ケースはたくさんあります。例えばギター。まったく同じ型の新品ギターであったとしても、 実際の“鳴り”の違いで評価は変わってくるはず。

中古となるとさらに複雑です。ギター自体の“鳴り”や保存状態はもちろんですが、前の所有者の情報など、(物理的な)ギター以外の部分で大きく評価が変わります。例えば、前のオーナーがエリック・クラプトンだったら評価は爆上がりでしょうし、ジミ・ヘンドリックス(James Marshall “ Jimi” Hendrix1942~1970年)やジョン・レノン(John Winston Ono Lennon1940~1980年)などの故人であれば、実質的にはプライスレスです。ファンにとっては。

 このように「ある人にとってはただの品物だとしても、別の人にとっては無比の宝物になる」という事例はたくさんあります。皆さんもすぐに思いつくのでは?

 

 評価が異なる(変わる)理由は、「この世は縁によって起こっている」から。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 縁起ゆえに、認識主体との関係によって相対的(流動的)に価値が決まります(生みだされる)。物理的な存在自体に絶対的な(アプリオリな)価値があるのではありません。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_268332.html

 

 言い方を変えると、物理空間の価値(素材や劣化具合etc)だけではなく、より高次の情報空間の価値(鳴り、前所有者etc)に大きく左右されるということ。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654230.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654316.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831442.html

 

 価値は認識する人の評価により変わるわけですが、同じ人であったとしても、日々蓄積していく知識により変わっていき、評価時点の重要度でさらにダイナミックに変わります。

RASの変化により、スコトーマはリアルタイムに変化していきます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721658.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 それを苫米地博士は「一人一宇宙」と表現されます。その「一宇宙」の「一」はどんどん変わっていくものであり固定できません。無常です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823351.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/23234058.html

 

 ここまでが「一物一価の法則」の話。では、「同一労働同一賃金」はどうでしょうか。

 

 「同一賃金」の達成は、今の日本ではそれほど難しくはないでしょう。同じ額を支払うだけですから。

 (日本というゲシュタルトを飛びだすと、日本の法貨である円と米ドルなど他国の通貨の関係は刻一刻と変動するため「同一賃金」にはなりえません)

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html

 

今後は仮想通貨(暗号資産)を含めた複数通貨の時代になるという予想があります。それはノーベル経済学賞を受賞したフリードリヒ・ハイエク(Friedrich August von Hayek18991992年)が提唱した「通貨間の自由競争」の実現です。

もしもそうなれば、「同一賃金」はますます不可能になります。「お金のモノサシ」と表現するときの「モノサシ」が無数に存在することになるから。

 

さらに問題なのは「同一労働」という言葉。抽象度あるいは情報空間という概念が抜けている限り、そもそも労働を“正しく”評価することは不可能です。物理空間では同じような労働であったとしても、情報空間では必ず違いが生じています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 そして、今後、労働はますます情報空間に移行していきます。コロナ禍で急速に「リモートワーク」が普及しているのは、もともと労働が情報空間に移行してきたことの証左であり、これからますます加速しながら移行していく潮流の表れです。

 

そんなウィズコロナの時代では「どんな付加価値を生みだすか?」という労働の本質がますます問われるようになります。付加価値とは「より多くの人にとってますます役に立つ何か」。そして、その付加価値が新しく希少であるほど、圧倒的なパワーが生まれます。

(「新しく希少」とは、奇抜さではなく、視点の高さ=抽象度のことです)

 

そんな「高い次元での付加価値の創造」を実現するのがコーチングです。具体的には、「“現状の外”へのゴール設定」をサポートし、「ゴール達成の自己評価(エフィカシー)」を高めていきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

 ウィズコロナの時代のキーワードは“現状の外(より高い抽象度)”

 

 

 「同一労働同一賃金」を掲げる社会では、人々はますます既存の価値観に囚われ、現状に縛られていきます。そこからイノベーションは生まれないことは歴史が証明しています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/16380278.html

 

キーワードは“現状の外(より高い抽象度)”

 

圧倒的なパワーを生みだす“現状の外”へのゴール設定とその実現にチャレンジしてみませんか?

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

そんなウィズコロナの時代では「どんな付加価値を生みだすか?」という労働の本質がますます問われるようになります。付加価値とは「より多くの人にとってますます役に立つ何か」。そして、その付加価値が新しく希少であるほど、圧倒的なパワーが生まれます。

(「新しく希少」とは、奇抜さではなく、視点の高さ=抽象度のことです)

 

 そこに「お金のモノサシ」が入り込むとプロフェッショナルではなくなると私は思っています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8582928.html

 

 

-追記2

 厚生労働省のホームページ(同一労働同一賃金特集ページ)には、「同一労働同一賃金の導入は、同一企業・団体におけるいわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を目指すものです」と記載されています。

 厚生労働省HP>政策について>>雇用・労働>>同一労働同一賃金特集ページ

 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html

 

 「同一労働同一賃金」を説明するWiki.中の文章からは自由や権利を守り差別を根絶する意図が感じられますが、厚労省の表現からは違う意図が感じられます。皆さんはどう思いますか?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13958864.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13959033.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14249741.html

 

 

フリードリヒ・ハイエク(Wiki.)

フリードリヒ・ハイエク(18991992年)

ノーベル経済学賞を受賞した20世紀を代表する思想家

 


F-152:人事考課

 

 前回(F-153)、「同一労働同一賃金」について感じた違和感を掘り下げました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23454911.html

 

 「同一労働同一賃金」について考えている時期に、ある組織の経営会議に参加する御縁がありました。新たに人事考課を導入するというその組織の目的は、「本当に頑張っている人がちゃんと評価されるため」「職員にやる気をもってもらうため」、そして「職員のやりがいをサポートするため」でした。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

「本当に頑張っている人がちゃんと評価されるため」は前回(F-153)の内容と重複しますので割愛します。

 

「職員にやる気をもってもらうため」はモチベーションに関係しますが、忘れてならないのが「やる気は、原因ではなく、結果である」という事実。もちろん、ゴール設定の結果です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

「やる気」があるからうまくいくのではなく、ゴールに合致しているからwant toの状態でいられ、自然にハイパフォーマンスを発揮できるのです。よく引用されるハーバードビジネススクール(ジョン・P・コッター名誉教授)の研究によると、建設的動機(want to)と強制的動機(have to)の違いにより、10年間で756倍の生産性の違いが生じることが判明しています。

この研究は1980年代にはじまり、1990年代に書籍化されたものです。当時と比べ物にならないくらいテクノロジーが発達した現代においては、さらに大きな差が生じるはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

 先程はスルーしましたが「本当に頑張っている人」という表現には注意が必要です。本人が「頑張っている」と自覚している場合、have toが入り込んでいる可能性があります。

その場合、止観(瞑想)してwant toを確認できれば問題ありません。その時の「頑張っている」は物理空間の因果に対してであり、マネジメントの話だから。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/18576926.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/18684707.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14526054.html

 

繰り返しますが、やる気は人の心の内に自然に生まれるものです。内に自然に生まれるのはゴールがあるから。それはゴールの世界(コンフォートゾーン)に向かうホメオスタシス活動(恒常性維持機能)といえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971818.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971956.html

 

よって、人事考課の評価基準(モノサシ)となるのは「自身の自由意思で決めたゴール」であり、評価する人は「すでにゴールを達成している未来の自分」であるといえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

 「自身の自由意思で決めたゴール」を基準にした「すでにゴールを達成している未来の自分(の今あるべき姿)」と「現在の自分(の姿)」とのギャップがエネルギーと創造性の源です。そして、ゴール側の臨場感が高まるほど(ゴール側の自分>現在の自分)、未来のイメージはどんどん“現実化”していきます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882652.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

 その臨場感は「すでにゴールを達成している未来の自分」の確信度が生みだします。エフィカシーです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5616012.html

 

昇進や昇給など、いわゆる“アメ”でやる気をコントロールすることは、確かに効果を発揮するかもしれません。しかし、その効果は一時的、いつかは必ず破綻します。どこかでhave toになってしまうからです。心からのwant toでなければ、エフィカシーが高くなる(上がる)ことはありません。

ましてや“ムチ”は論外。エフィカシーが低くなる(下がる)一方だから。たとえムチのつもりがなかったとしても、「ダメ。ゼッタイ。」のような強制(矯正)はアウト。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_352303.html

 

 “アメ”や“ムチ”は、かつて“動物”に行われていた調教の手段です。人は“動物”ではなく、マシンでもありません。前頭葉が発達した人類は、「無人運転」「自動運転」のまま一生を終えるわけにはいきません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_369873.html

 

まわりから「頑張っている」と評価されているのはかまいませんが、自分自身の心の中に「頑張っている」があったなら要注意。「努力」や「根性」も同様です。

ゴールが生みだすコンフォートゾーンにホメオスタシスが働く状態は、もはや「うれしい」「楽しい」でさえなく、「あたりまえ」という感覚です。それは心拍や呼吸と同じような「あたりまえ」。意識しなくても勝手にやってしまっている感じです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19980130.html

 

 最後に、「職員のやりがいをサポートするため」について。

 「やりがい」は職員一人ひとりのゴールが生みだします。そして、本当の「やりがい」は高い抽象度次元にあります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

そのゴール設定をサポートすることはとても重要で、職員にとっては一生ものの財産になります。決してお金では手に入れられない財産です。なぜなら、スピリチュアルペインを克服するから。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8293317.html


職員に「やりがいを持って欲しい」「成長してほしい」「幸せになってほしい」と願う経営者は、ぜひコーチングの導入を決断してください。

やりがいを持ち、成長しながら、ますます幸せになっていく仲間とともに、今はまだ想像すらできない未来を創造する挑戦の日々が始まります。それはみんなの夢をかなえる挑戦です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/15096276.html

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

 「他人に評価されている」「見張られている」という感覚は、人を不自由にします。その時生まれる権力が「バイオパワー(生権力)」。下記ブログ記事で解説しています↓

 F-061~:バイオパワー(生権力)

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_292569.html

 

 

-追記2

 スピリチュアルペイン(トータルペイン)と健康の関係について、霧島市(鹿児島県)の「市民健康教育公開講座」でお話しさせていただきました。医療・介護関係者はもちろん、教育関係者にもぜひ知っていただきたい大切な情報です↓

 Q-073~180804医療講演会レポート

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_318161.html

 

 

-関連記事-

F-117~Field of Dreams

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_390942.html

 

 

F-174:こんなはずではなかった

 

 先日(2021122日)、厚生労働省が2020年の自殺者数を発表しました(速報値)。

 厚労省HP>警察庁の自殺統計に基づく自殺等の推移等

 202012-sokuhou (mhlw.go.jp)

 

 日本の自殺者数は2003年の34427人をピークに減少傾向が続いていました。前年を上回ったのはリーマンショック直後の2009年以来で、とくに7月以降は毎月前年同月を上回っています。

朝日新聞の報道(同日)によると、厚労省の担当者は新型コロナ感染症による変化(経済的状況、生活環境、休校、外出自粛など)が影響したと考えているそうです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/22636357.html

 

 1~11月の自殺者19225人について厚労省が分析したところ、年代別で最多は40代ですが(3225人)、増加幅では19歳以下(707人、前年同期比13.8%増)と20代(2287人、同16.8%増)が目立ちました。

小中高生でみると1~11月で440人(前年同期比18.3%増)。これは過去最多だった1986年の年間合計を上回っています。子どもの総数は当時より大きく減少しているはずなのに。

(ちなみに、1986年は女性アイドル歌手が自殺した年です)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/11298916.html

 

 感染の恐怖や社会情勢による不安の増大は、人を大脳辺縁系優位の動物的思考に陥らせます。「ファイト・オア・フライト」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8164566.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8166289.html

 

 日本語にすると「闘争逃走反応(戦うか逃げるか反応)」。自殺は、残念ですが、「逃走」の最終手段と考えることができます。その自殺が増加していることから、もう一方の「闘争」によって、今後ますます人間関係が悪化し、社会全体がギスギスしていくと予想されます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9188068.html

  

 私のまわりでも“怒り”が目につくようになりました。もちろん、「動物的怒り」「私憤」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14107083.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23743308.html

 

 最近も「こんなはずではなかった」という言葉を見聞きしました。その言い回しから滲み出ているのは「認知的不協和」。イライラを伴った怒りが噴出しているようでした。まるで桜島の爆発的噴火のように。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882652.html

 

よく誤解されるのですが、不協和そのものは決して悪いものではありません。期待と現実のギャップは、ちゃんと対処すると、ポジティブなエネルギーと創造性の源になります。

(「ちゃんと対処する」について、下記ブログ記事にまとめました↓)

S-03~:心のエネルギーとは何か? ~カナックス事件に学ぶ“心のエネルギー”をコントロールする方法~(目次)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19879680.html

 

 

 過去の記事で、「ちゃんと対処する」の一例として、アメリカの俳優 マイケル・J・フォックスを紹介しました。「生老病死(四苦)」について考察するシリーズです↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404044.html

 

映画「Back to the FutureBTTF)」でブレイクしたマイケルは、キャリア絶頂の20代後半にパーキンソン病を発症しました。医師の予想をいい意味で裏切って俳優を続けていましたが、2018年に脊髄腫瘍を患ってしまいます。術後のリハビリを経ていよいよ俳優復帰という当日、転倒したマイケルは腕を骨折してしまいました。

以下、その時を振り返ったマイケルのコメントです。

 

 間違いなく人生で最悪の瞬間だった。ただ倒れてしまったんだ。キッチンの壁に寄りかかって救急車を待ちながら『まさにどん底だ』って思っていた。すべてに疑問を抱いた瞬間だった。こんな状態で明るい顔なんてできない。これにいい面も明るい面もない。後悔と痛みがあるだけだって思ったんだ。

 (その後、ベッドから動けず1970年代のテレビ番組の再放送を見て過ごしているときに「楽観主義は感謝から生まれるものだ」と悟る)

感謝の気持ちに立ち返ることができれば、楽観的な見方を持ち続けられる。それは受け入れることから生まれるんだ。起きたことをそのまま受け入れる。それは現状を変えようという努力ができないという意味ではない。それに起きたことを自分への罰や自己犠牲として受け入れるということでもない。起きたことを正しい場所に受け止めるということなんだ。そして生きていかなくてはならない残りの人生がどれだけあるかを見る。そうすれば前進できる

 

 マイケルが「感謝」を見いだしたのは「縁起を体得した」からのはずです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 縁起を体得できたのは「抽象度が上がった」から。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

「起きたことを正しい場所に受け止めた」上で「残りの人生がどれだけあるか」みて前進した結果として、抽象度が上がり、縁起を体得し、RASが変化し、ついに感謝を見いだしたのです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721658.html

  

 スコトーマが外れて見いだしたものは感謝だけではないはず。あらためて感動や希望も見つけたに違いありません。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/15395021.html

 

 では、「起きたことを正しい場所に受け止める」ことはなぜできたのでしょうか?

 

 

結果がなかなか伴わないとき、人の気持ちは、自らの課題の検証(ケース)と克服(プラン)ではなく、他への攻撃に向かいがちです。恐怖・不安が強い時はなおさら。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12658417.html

 

 なぜなら、エフィカシーが下がるから。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5616012.html

 

 そんな時につい出てくる言葉が「こんなはずではなかった」。

もしも「こんなはずではなかった」というセルフトークに気づいたときは、「『こんなはずではなかった』と悔やむような状況・状態がコンフォートゾーンになっている」という事実としっかり向き合ってください。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

 

 コンフォートゾーンはホメオスタシス(恒常性維持機能)により強力に維持されています。そのままでは、ますます「こんなはずではなかった」は強化され、どんどん抜け出すことが難しくなっていきます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831660.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971818.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971956.html

 

 マイケルが語った「正しい場所」とは、「ゴールの世界(ゴール側のコンフォートゾーン)」のことです。ゴールという「正しい場所」に「起きたことを受け止める」ことで、ゴール側のCZにホメオスタシスが働き、エフィカシーが上がり、自らの課題の検証(ケース)と克服(プラン)に取り組むことができるのです。もちろん100%want toで。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882609.html

 

 止められても成し遂げたいゴールがある

そう、「起きたことを正しい場所に受け止める」ことができるのは「ゴールがある」

から。

 

 コロナ禍で誰もが苦しむ今こそ、コーチングを学び、実践する時です。社会が、未来が、コーチングを必要としています。そして、誰もがコーチングによって本当の能力(The Power of Mind)を覚醒させ、機能を発揮し、役割を果たすことができます。お互いのエフィカシーをさらに高めあいながら。私はそんな未来を確信しています。

皆さんにも必ずできます。ぜひコーチングに取り組み、新たな未来を切り拓いてください。

皆さん自身のために。そして、縁ある大切な人たちと未来のために。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8430748.html

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

よく誤解されるのですが、不協和そのものは決して悪いものではありません

 

 そもそも「よい」「悪い」を判断する絶対的な基準自体がありません。不完全性・不確定性です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6194669.html

 

 

-追記2

 ゴール設定は必ず“自分”自身でしなければなりません。そうでなければ「こんなはずではなかった」が「他責」となって、縁起宇宙を暗く冷たく重たく書き換えていきます。それが「人間関係の悩み」の本質だと私は思っています↓

 S-04~:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!(目次)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/22305802.html

 

 

-追記3

 反対に、ゴールを自身の自由意思で設定し「起きたことを正しい場所に受け止める」と、「こんなはずではなかった」は「自責」となって、本当の力(The Power of Mind)を目覚めさせるきっかけとなります。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 

 私はそのプロセスそのものが“幸福(well-being)”だと思っています。今後の「フリーテーマ」での投稿(F-176~)で掘り下げていく予定です。お楽しみに。

 

 

-関連記事-

F-060BTTF

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13626536.html

F-035~:クライシス(危機)の本質

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_395184.html

F-156:人間関係リセット症候群

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23823944.html

PM-00~The Power of Mind Ⅰ 序章

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_123516.html

 

 

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