苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

カテゴリ:L:講義・研修・セミナー編 > 2018年01月 教育講演会Q&A

Q-027:霧島市教育講演会(180124 QA vol.13

 

 2018124日(水)に霧島市(鹿児島県)で開催された「第12回学校保健研究協議会」にていただいた御質問・御意見に回答いたします(個人が特定される恐れがある場合は表現を変えています)。

 

 

・教育でも社会でもhave toの場面がでてきますが、want toに切り替える方法ってありますか?

 

 A:個人的には「have to」と「want to」の境界は明確なものではないと感じています。「その時に自分がどう解釈しているか」であり、ちょっとしたムードですぐに変わってしまうのではないでしょうか。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

 例えば、すごく楽しみにしていた旅行なのに直前に体調を崩したことで嫌になったり、一緒に行く恋人や友達とのちょっとしたイザコザで急に苦痛に変わったりした経験はありませんか?

 

 目の前の現実はすべて自分自身のマインドが生みだしています。それを釈迦哲学では「縁起」といいます。さらに突き詰めたものが「空(くう)」で、空なる世界に役割・機能を生みだすことが「仮(け)」です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 大切なのは「自分の言動は自分自身でコントロールする」という意志であり、「自分の心の状態を常にモニターし導くこと」です。

 

 もちろん、その大前提として「心から望むもの」「止められてもやりたいこと」をゴールとしてしっかり設定していることが重要です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 すべての始まりは「ゴール設定」です。

 

 

・「必ずできる」の「必ず」に疑問が生じました。ゴールを具体的にすると「できない」こともあるように、今の私はまだ考えてしまいます。子どもが望むことを抽象化させていくことで「できる」にしてしまっているかもしれないと思う自分もいます

 

 A:「『必ず』という言葉は不完全性や縁起の思想と矛盾するのではないか?」という御意見を時々いただきます。そのとおりです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 そのことを十分理解した上で、それでも私はクライアントに「必ずできる」と声掛けをします。

 「必ずできる」「絶対にうまくいく」という確信(=エフィカシー)が、スコトーマをコントロールする大きな力になるからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 「具体的になる」ということは「より情報量が増える」ということであり、抽象度が下がることを意味します。当然、様々な制約・条件・都合といったものが増えることになるので、その実現は(抽象度が下がるほど)難しくなります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

 私たちが存在する(と感じる)物理空間は、その抽象度が最も低い次元です。

 もともと“現状の外”にあった何かを物理次元で実現するためには様々な困難や障壁が待ちうけています。中にはいつまでたっても実現しないものがたくさんあると思いますが、一方で「絶対に無理」と思われていたことが実現してきたことも事実です。

 

 ライト兄弟が世界初の有人動力飛行に成功したのは1903年、たった115年前です(異論もあるそうですが)。そのわずか66年後の1969年には、人類は月にまで飛んでいきました。

 

 100年前に生きていた人々のほとんど全員が、気軽に空を飛んで移動する時代が来るとは、地球を飛びだして月や火星に行く時代が来るとは、想像もしていなかったはずです。
 
そんなかつての“現状の外”の実現は、「空を飛びたい」という思いと「必ずできる」という確信からはじまりました。

 

 ゴールには、人間の無限の能力を引きだす力があります。

ゴールによってエネルギーと創造性が生まれ、エフィカシーによってがつきます。

 

 だから、「誰もが子どもたちに『必ずできるよ』と言ってあげられる社会を実現したい」と私は願っています。そして、「必ずできる」と信じています。

 

 

・自分の中の盲点に自分自身で気づけるのか?

 

 A:心理的盲点(=スコトーマ)を生みだすものは三つ。「知識」「重要性」「役割」です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 その三つは同時に「自分」「自我」を定義するものでもあり、行動や行動性向といわれる無意識の行動を決めるものでもあります。

 つまり、「自分」を大きく変えない限り、自分の中の盲点には気づくことはできないのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 よって、しっかりとした知識と技術を持つコーチにスコトーマを外してもらうコーチングがとても重要であるといえます。

 

 「知識」がよいコーチの条件ではありますが、反対にその知識が新たなスコトーマを生みだしてしまいます。コーチには、コーチングの知識や技術と同時に、不完全性や縁起、空仮中といった理をしっかりと理解し実践することが求められます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 苫米地式認定コーチなら大丈夫です。

 全国にはいろいろな“Not Normal”な苫米地式認定コーチがいます。ぜひ公式サイトにアクセスしてください。コーチの顔写真を見るだけでもなかなか楽しいですよ。

 http://tomabechicoaching.jp/

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

Q-028:霧島市教育講演会(180124 QA vol.14

 

 2018124日(水)に霧島市(鹿児島県)で開催された「第12回学校保健研究協議会」にていただいた御質問・御意見に回答いたします(個人が特定される恐れがある場合は表現を変えています)。

 

 

・「後でブログで」認知の重要性を言いながら、ちょっと逆説的では? 少しですが宗教的感覚もあり(狂信的?)、入りにくかった

 

 A:後半部分から回答します。「宗教的な感覚」と「入りにくかった」ことは何の関係もありません。関係するように感じてしまうのは、ブリーフシステムが宗教を拒絶しているからです。あなたには宗教に関する何らかのイヤな記憶、または「have to」があるはずです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 同じ講演会で「宗教くさい」という別の御意見をいただきました。その言葉を生みだす無意識下の情報処理についてQ-016に書いていますので、まずはそちらからお読みください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7554690.html

 

 では、続きです。

 前回(Q-016)は「信じきること」「まったく疑念がないこと」を、「夢をかなえる方程式:I×V=R」と関連して肯定的に述べました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 しかしながら、「信じきること」「まったく疑念がないこと」は夢をかなえるために重要である一方で、大変危険なものでもあります。御指摘のとおり「狂信」は危ないのです。「狂信」の意味を調べると、「冷静な判断力を失って、激しく信じ込むこと」とあります。

 重要なことは「何を信じるか?」「どのように信じるか?」であり、「冷静な判断力を保ったうえで」信じ込むことです。

 

 宗教の定義は様々ですが、それらが「全知全能の存在」を前提としているのであれば、私は宗教を否定する立場です。

釈迦が発見した縁起の思想は、「完全な存在」や「不変の存在」、カント的な表現での「アプリオリな存在」を肯定しません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

釈迦の「関係が存在を生みだす」という考え方は、「存在が関係を生みだす」という西洋的な考え方とはまったく反対です。不完全性定理および不確定性原理によりその正しさはすでに証明されています(2600年もかかったことを思うと、「やっと」と表現すべきかもしれません)。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

「関係が存在を生みだす」という考え方は、「だから普遍的な実体などはなく、物事は常に変わりゆき、永遠に変わらないものなどない」という考え方につながります。それを仏教では「無常」と表現します。

さらに縁起や無常を知らないこと、あるいは知っていても実行できないことを「無明」といいます。「無明」は「誤った認識作用」とも言い換えられます。

 

 つまり、「縁起を理解していないこと」が、あるいは「縁起を忘れていること」が、人を“狂信的”にするのです。

 

 多くの皆さんは次に私が何を述べたいかわかっていらっしゃると思いますが、「その対策として苫米地式コーチングがとても有効」です。

 
次に前半部分に対して回答したいと思いますが 後でブログで(笑)。

 

「逆説」とは、「ある命題から正しい推論によって導き出されているようにみえながら、結論で矛盾をはらむ命題」、あるいは「事実に反する結論であるにもかかわらず、それを導く論理的過程のうちに、その結論に反対する論拠を容易に示しがたい論法」のことです。

いずれにせよ、その理解には論理についての知識が必要です。現代の論理とは非単調論理であり、トゥールミンロジックです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

 

このブログのメイン記事である「The Power of Mind Ⅰ」が終了した後に、トゥールミンロジックを詳しく解説するシリーズを予定しています(ちょうど原稿を書き終えました)。

そこで詳細に解説していきますので、ぜひ「認知の重要性を言いながら、ちょっと逆説的では?」という疑問の答えを見つけてください。

 

 

・ゴールを現状の外側に設定しなければいけないのはなぜ? 現状を変えることが前提ということ? 今よりもよりよく生きるため? →過去だから。これからの未来を生きるため?

 

 A:疑問が次々に湧きあがる様子が伝わってきます。日常の中では考えることがなかったはずのそんな疑問が、さらなる成長・進化のきっかけになるはずです。きっとスコトーマが次々に外れていき、まったく違った世界を認知するようになっていきますよ。楽しみですね。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

「ゴールを現状の外側に設定する」のは、すべてが過去の記憶でつくられているからです。すべてとは「自分」のことだけではなく、「自分が認識する世界」も含め“すべて”です。“現状の外”にゴールを設定しなければ、昨日のような今日を生き、今日のような明日を生き続けることになります。そのループから抜けるために“現状の外”なのです。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

よって、「現状を変えることが前提ということ?」はそのとおりです。

現状維持は無意識にとって楽な選択ですが、それではエネルギーも創造性も気づきも得られません。

「今よりもよりよく生きるため」ともいえますが、もっと本質的な意味で「生きるため」です。

 

ルー・タイス氏が創設したTPIとアメリカ政府機関が共同で行った研究により、「ゴールを失った人は平均18カ月で死亡している」という事実が明らかになっています。「ゴールを失った人」とは、夢を諦めた人や希望をなくした人のことです。同じことを第二次世界大戦中にナチスにより強制収容所に送られた精神科医 ヴィクトール・E・フランクルが「夜と霧」の中に書いています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045695.html

 

「ゴールを失った人」とは、じつは、夢や希望をなくした人だけのことではありません。その中には「ゴールを達成した人」も含まれています。例えば、アメリカンドリームを成し遂げたような若い成功者でも平均18カ月しか生きれていないのです。新たなゴールを見つけることができなければ。

 

ゴールは生きるために必ず必要なものです。

生存や現状維持といった人間の無意識に書き込まれたゴールが人類を導いてきたといえますが、少なくとも先進国ではそのような根源的なゴールの役目は終わっています。“現状の外”に、つまり情報空間にゴールを思い描く自由を手に入れたのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.html

 

「その自由を行使しないのであれば生きれないほどに人類は進化しつつある」ということができます。それが発展途上国と比較して先進国でうつ病や自殺が圧倒的に多い理由だと思います。

 

 世界トップレベルの国のはずなのに国民の幸福度が著しく低い日本にとって、ゴール設定を可能とするコーチングの重要性はとても高いものであるといえます。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

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-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8430748.html

 

Q-029:霧島市教育講演会(180124 QA vol.15finale

 

 2018124日(水)に霧島市(鹿児島県)で開催された「第12回学校保健研究協議会」にていただいた御質問・御意見に回答いたします(個人が特定される恐れがある場合は表現を変えています)。

 

 

・人を動かす、ゴールを達成するということ。先生の熱意を感じました。ゴールありきでの熱意なら、ゴール設定がまず大事なのかなと思いました

 

 A“熱意”について考えてみたいと思います。

 

まず理解していただきたいのは、「モチベーションが高いからゴールを達成するのではなく、しっかりとしたゴールがあるからモチベーションが高くなる」という因果関係です。

モチベーションは熱意のもとになるものではなく、ゴール設定の結果です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 PM-02-06http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html)で「コーチングはモチベーションを『建設的動機』と『強制的動機』の二つに分類します」と書きましたが、正確には四つに分類されます。「Constructive」「Negative」「Restrictive」「Inhabit」です。そのうち「Constructive」が「建設的動機」で、その源泉は「価値(value)」です。そして「Restrictive」が「強制的動機」で、その源泉は「不安・恐怖(fear)」です。

 

 例えば、家庭や職場内に「~すれば(or ~しなければ)」「怒られる」「嫌われる」「おこずかい(給料)が減らされる」「勘当(解雇)される」などの雰囲気(文化)があるのなら、そこでのモチベーションは「強制的動機」となり、結果として才能や潜在能力は大きく制限されてしまいます。可能性がどんどん潰されていくのです。

 そんな環境ではなかなか熱意は生まれません。

 まずはしっかりとゴール設定を行い、まわりにも働きかけながら常に「建設的動機(want to、~したい)」を維持することが重要です。

 

 ゴール設定によりモチベーションが生まれても、熱意はまだ生じません。
 
ゴールにより生まれたモチベーションをブーストするものがエフィカシーです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

 エフィカシーとは「ゴール達成能力の自己評価」です。「私はゴールを達成できる」「私たちはやり遂げられる」といった確信ですが、過去に関係なく(何の根拠もなく)確信を持つことを可能とする重要な因が本物のコーチとの縁起です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 ゴールを設定し、エフィカシーが高まると心にがつきます。そのを熱意にまで昇華させるものが「抽象度の高さ」です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

 例えば、「我が子がすこやかに成長してほしい」→「学校でのいじめや差別をなくしたい」→「若い世代はもちろんすべての世代で自殺がなくなる社会を目指す」→「世界中の飢餓や貧困をなくし、争いを解決する」→「戦争や差別といった概念さえない未来を実現している」となるほど抽象度が上がっており、対象が広がり、時間を超越しています。

 もちろん抽象度が上がると臨場感は下がるのですが、より高い抽象度次元により高い臨場感を感じるほどエネルギーは高まっていきます。その抽象度が上がる過程で“熱意”へと変わっていくのです。

 

 コーチングに対して好意的な人でさえ、「そうそう、先生のゴールは世界平和ですもんね」など冷めたコメントを発してしまうことがあります。悪意なく、無意識的に。
 
そんなドリームキリングをものともせず進み続けることができるのは、「ゴール」「エフィカシー」「高い抽象度」が生みだす“熱意”が心の中にみなぎっているからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html

 

 もし私の中にそんな“熱意”を見てくださったのなら、とてもうれしく思います。

 そのコーチとしての“熱意”は、ヒーラーとしての私の“気”でもあります。

 

 

・「寄り添う」ということ。隣にいるということではなく、未来空間で寄り添うということを感じることができました

 

 A:私たち人間は、情報空間にもホメオスタシスが働いています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971818.html

 

 よって、人の場合、「寄り添う」ということは物理空間を共有することだけではなく、情報空間も共有していることが求められます。

「ゴールの共有」です。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

反対に、情報空間でしっかり「寄り添う」ことができれば、必ずしも物理空間を共有する必要はないくらいです。生物の中で遠距離恋愛が成立するのは人間だけではないでしょうか?(念のため物理空間は一番情報量の多い次元であり、情報空間の一部〔抽象度で並べ替える場合は底面〕です)

 
その情報空間には無限の可能性が眠っています。無数の可能世界が存在しています。スコトーマに隠れ認識することができないだけです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 可能世界(Possible World)の扉を開くのは、自らのマインド(脳と心)です。

 コーチングを学ぶことで、マインドを操作し、自らの意志で自分の人生を構築していくことができるようになります。それは自由を獲得していくことでもあります。

 

個人がよりよく幸せで豊かに生きられるためのコーチング 

それは同時に、世界をよりよく幸せで豊かにしていくためのコーチングです

 

世界平和を可能とするほどの強力なツールであるコーチングが“いのちの現場”で広がっていくことを、私は願い、そして信じています。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

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