苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

カテゴリ: S:シリーズ編

ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-00:はじめに

 

医師会理事として参加した委員会で貴重な体験をしました。

 司会者の自身の意見(価値観)に対するこだわりが強すぎて、建設的な議論がまったくできなかったのです。

 

 当然、現状を打ち破るような解決策や未来をもっと良くするようなアイデアは何も生まれないまま(見つからないまま)、時間切れとなってしまいました。

 ザラザラとした余韻を感じながら、“議論”について、そして“議論をよりよくすること”について考察してみました。

 PM-02-13http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

 

シリーズでお届けします。

I-017(告知):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html

 

 

 00:はじめに

01:議論の辞書的定義
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613827.html 

02:「それぞれ」が示唆すること
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823351.html

03:幻想の共有が共通の現実(共同幻想)をつくる
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823843.html
 

04:“議論”とは?
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11994979.html
 

05:よりよい“議論”のためにまず必要なこと
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11995099.html
 

06:よりより“議論”のための前提知識
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12167955.html

07:“議論”の先にあるもの
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12168045.html

08:ディベートとは物事の裏表両面をみる視点
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12340084.html

09:ディベートの基本構造としての3要素
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12340209.html

10:基本構造の3要素に加わる3要素=6要素
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12504855.html

11Q理論・R理論の意味
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12507563.html
 

12:三段論法がダメな理由
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658325.html

13:「問題解決力」の強度を測る2つの基準
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

14:ディベートを制する4つのポイント-1 <ハーム>
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12808495.html

15:ディベートを制する4つのポイント-2 <インヘレンシー>
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12808542.html

16:ディベートを制する4つのポイント-3 <ディスアドバンテージ>
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12935916.html

17:ディベートを制する4つのポイント-4 <ソルベンシー>
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12935992.html

18:反論力を身につける4つの戦略
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13076426.html

19:コーチング的視点で考えるバイオパワーの問題
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13076797.html

20:組織・チームの明るい未来のために
   http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13215733.html

 

(つづく)

 

 

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苫米地式認定マスターヒーラー     

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ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-01:議論の辞書的定義

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。
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S-01-00(目次):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html

 

 

01:議論の辞書的定義

 

まず議論の定義から確認してみましょう。

 

 ネットで議論を検索すると、「それぞれの考えを述べて論じあうこと」とあります(Weblio辞書)。

 

次に「考え」、「述べる」、「論ずる」をそれぞれ確認すると

 

考え:考えること。また、考えた内容。考えて得た結論・決意など

述べる:順を追って言葉で言い表す。また、文書にして書きしるす

論ずる:①筋道を立てて、物事を説明する、②とりたてて問題とする、③言い争いをする

 

とあります。

 

 この辞書の定義に沿うと、議論は三種類に分けて考えることができます。

 

 一つ目は、「それぞれが考えた内容を、順を追って言葉で言い表し」→「物事を説明する」

 二つ目は、「それぞれが考えた内容を、順を追って言葉で言い表し」→「とりたてて問題とする」

 三つ目は、「それぞれが考えた内容を、順を追って言葉で言い表し」→「言い争いをする」です。

 

 つまり、辞書的な意味では、議論には「それぞれの考え」と「順を追って言葉で言い表す(=表現する)」が必要で、その上で、「説明する」or「問題とする」or「言い争いをする」ことだといえます。

 

 本当にそれでいいのでしょうか?

 

(つづく)

 

 

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ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-02:「それぞれ」が示唆すること

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

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02:「それぞれ」が示唆すること

 

 前回、「議論には『それぞれの考え』が必要で」と書きましたが、本当は「必要」は不要で、突き詰めれば必ず「それぞれの考え」となります。

ただ、ほとんどの人が「それぞれの考え」を放棄しているだけです。

 

今回は「それぞれ」が示唆することについて考察したいと思います。

 

結論から述べると、この世界(宇宙)は「一人一宇宙」であるから、必ず「それぞれの考え」となるといえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

多くの人が「自分はありのままに世界を認識している」と信じているはずですが、じつは世界(宇宙)のほんの一部しか認識していません。RAS(ラス)があり、スコトーマが生じているからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721658.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

RASとは「Reticular Activating System」の略で、網様体賦活系と訳されます。脳が持つ機能のひとつで、五感で受け取る膨大な情報の中から重要な情報だけを選びだすフィルターの役割を担っています。

その重要性を決めるものがブリーフシステムです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 人の行動や行動性向といわれる無意識の判断を決めるカラクリであるブリーフシステムは、「強い情動を伴った体験の記憶」と「抽象化された情報の記憶」でつくられています。

 過去の記憶によりつくられた重要性により認識する世界(宇宙)が決まり、認識した世界がその重要性をますます強化していきます。その積み重ねにより、「強く信じる考え方・価値観」はどんどん固定化されていきます。

その固定化する力を、ホメオスタシスフィードバックと考えることができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

 

 まとめると、私たちの目の前の世界(宇宙)は、過去の記憶でつくられ、ホメオスタシスで維持される、重要な情報の集まりです。すべて心が生みだすものであり、もっと簡潔に述べると幻想です。

 

そもそもが「一人一宇宙」なのですから、「それぞれの考え」になることはあたりまえだといえます。

 

-参考-

苫米地英人博士著「『生』と『死』の取り扱い説明書」(KKベストセラーズ)

 

(つづく)

 

 

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「生」と「死」の取り扱い説明書



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S-01:よりよい“議論”のために

S-01-03:幻想の共有が共通の“現実”(共同幻想)をつくる

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

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03:幻想の共有が共通の“現実”(共同幻想)をつくる

 

 人間は、ある情報空間の中で、情報を共有することができます。人と人の間にもホメオスタシスが働くからです(詳細には「ホメオスタシスが縁起として双方向的に人々をうみだす」)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 ホメオスタシスとは、恒常性維持機能のことです。

人間はストレスとなりうる外界の環境の変化に対して、常に安定した恒常的状態を保とうとする仕組みを持っています。

ホメオスタシスは、生体を生きながらえさせるために、外界とフィードバックして常に自分の情報を更新します。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

 

 このホメオスタシスが“ある情報空間”とフィードバック関係をもつと、人はその(情報)空間に強い臨場感を感じることができます。臨場感とは、「ある空間に対して、あたかも五感で感じているような感覚」です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971818.html

 

 一つの情報空間にホメオスタシスのフィードバックによって臨場感が高まると、その空間が自分にとっての現実(リアル)になります。目の前の物理宇宙と同じように、本の中の仮想空間や空想でうみだした世界も現実となりえます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971956.html

 

 その認知科学的事実を方程式化したものが、「I×V=R」です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 この「I×V=R」が、人々の間で約束事をうみ、幻想を共有させています。

 ほとんどの人が現実世界だと思っているはずの物理空間も、五感で得た情報でうみだされた、そして物理法則という約束事で保っている、幻想にすぎません。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 つまり、すべてが情報空間の中で共有されている幻想にすぎず、物理的現実世界とは共同幻想なのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

-参考-

苫米地英人博士著「幻想と覚醒」(三才ブックス)

 

(つづく)

 

 

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幻想と覚醒(オーディオブック版)



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S-01:よりよい“議論”のために

S-01-04:“議論”とは?

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

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S-01-00(目次):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html

 

 

04:“議論”とは?

 

 それでは、議論の話題に戻ります。

 

先に説明したとおり、辞書的な意味では、議論には「それぞれの考え」と「順を追って言葉で言い表す(=表現する)」が必要です。その上で、「説明する」or「問題とする」or「言い争いをする」ことが議論だといえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613827.html

 

 しかし、この考え方は不十分です。

 

もともと「一人一宇宙」である人間がわざわざ議論という場を共有するのは、「そこにゴールがあるから」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

よって、議論とは「共有するゴールを実現するための手段」とするべきです。

「説明する」ことでも、「問題とする」ことでも、「言い争いをする」ことでもありません。

 

ゴール達成のために解決するべき問題(課題)を明らかにして、有効な解決策を見つけることが議論の本質です。

 

ゴールを共有する集団は、スコトーマも共有するリスクが生じます。同じような価値観(ブリーフシステム)を持つほど、同じようにRASが働き、同じようなものを見落としてしまうからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721658.html

 

さらに、臨場感を強く共有するほど仲が良くなっていきますが(=コンフォートゾーンの共有、ラポール)、その一方でスコトーマをますます外しにくくなっていきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

しかしながら、完全にスコトーマが一致することはありません。それぞれの記憶の違いがブリーフシステムの微妙な違いを生み、RASが少しずれることで、スコトーマにも違いが生じているからです。ブリーフシステムは価値観とすることもできます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721658.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

そこで、議論が大きな意味を持つことになります。

 

つまり、“議論”とは、「ゴールを共有した集団が、お互いの情報処理の違いによりスコトーマを外しあい、ゴール達成のために解決するべき問題(課題)を明らかにして、有効な解決策を見つけていくこと」といえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

 

(つづく)

 

 

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S-01:よりよい“議論”のために

S-01-05:よりよい“議論”のためにまず必要なこと

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

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05:よりよい“議論”のためにまず必要なこと

 

“議論”とは、「ゴールを共有した集団が、お互いの情報処理の違いによりスコトーマを外しあい、ゴール達成のために解決するべき問題(課題)を明らかにして、有効な解決策を見つけていくこと」です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11994979.html

 

 では、その議論をよりよいものへとするためにはどうすればよいでしょうか?

 

 

 議論というと、多くの方々は、二人(二つ)または複数の人や集団が、相手の間違いを指摘し、自分の正しさを主張しながら相手を言い負かす(論理空間で打ちのめす)ことをイメージするのではないでしょうか。

 議論の間はお互いに興奮し(ドーパミンやアドレナリンが分泌されています)、時に感情的に叫びながら熱くなっている様を想像しませんか?

 

 しかしながら、このようなイメージは完全に間違ったものです。

 

議論とは、論題を自らの情動と切り離し、相対化して、物事の裏表両方を見る視点で、論理的に行うものです。

それはまるで情報空間に巨大な構造物をつくっていくような行為です。そのプロセスには一切情動の入る余地はありません。情動が入った瞬間に構造物は崩れていきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654230.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654316.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831442.html


情動とは大脳辺縁系を中心とする原始的な脳の働きであり、情動優位となっている時にはIQが必ず下がっており、判断能力が低下しているからです。「戦うか、逃げるか」といった心理状態に陥ることは、その代表例です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

反対に考えると、よりよい議論のためには、大脳辺縁系ではなく、進化で獲得した前頭前野を十分に使えばよいということになります。

 

 

よりよい“議論”のためにまず必要なこととは、情動をコントロールすること

 

 

ところが、情動をコントロールすること(情動から逃れること)は、決して簡単なことではありません。

 

ブリーフシステムとは、一般には人格や個性と表現されるもので、「強い情動を伴った体験の記憶」と「抽象化された情報の記憶」で形成されています。古い認知科学の用語でいうと内部表現(IRInternal Representation)に相当します。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

つまり、自分のブリーフ(=信念、価値観)に基づいて行動するとき、自分では冷静であるつもりであっても、その根底には強い情動が潜んでいるのです。その情動が、そして情動でつくられたブリーフが、巨大なスコトーマ(心理的盲点)を生みだします。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

だからこそ、ゴールを共有した仲間との議論が必要で、情動をコントロールしながら、お互いにスコトーマを外しあうことが重要となるのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

それは覚りの境地にいたるための「空観」や「中観」にも通じます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 よりよい“議論”のためには、まずは情動をコントロールすることが必要です。その力は人間形成のプロセスで獲得することができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

それを脳科学的に述べると、情動レベルの大脳辺縁系処理から論理である前頭前野外側部での情報処理に成長し、さらに、社会的情動(あるいは感性)という超論理を可能とする前頭前野内側部での情報処理へと進化していくことといえます。

 

そういう意味では、議論とは、情動→論理→社会的情動という進化・向上のきっかけになるもの(=縁起)、すなわち覚りへの階梯であると表現することもできます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 もちろん、それは抽象度を上げ続け、“無敵”になるということでもあります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5446097.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5448151.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615695.html

 

(つづく)

 

 

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ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-06:よりより“議論”のための前提条件

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

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06:よりより“議論”のための前提条件

 

 前回、議論とは、「情動→論理→社会的情動という進化・向上のきっかけになるもの(=縁起)、すなわち覚りへの階梯である」と書きました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11995099.html

 

 (繰り返しになりますが)ここでいう「進化・向上」とは、「抽象度を上げる」ことと同じ意味です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

 よって、よりよい“議論”のための前提条件とは、抽象度を上げるための前提条件といえます。

 

 よりより“議論”のための前提条件として、私は下記の三つを特に重要視しています。

 

1)     ゴールの共有

2)     不完全性・不確定性の理解

3)     スコトーマの理解

 

それぞれを説明いたします。

 

1)     ゴールの共有

ゴールとは、人生の目的であり、未来をつくりだすものです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

よりよい“議論”のためには、「なぜ議論を行っているのか?」という議論自体の目的を全員が理解し、共有している必要があります。

ゴールは常に“現状の外”にありますので、議論の目的は「ゴールを達成するための新たな方法を、スコトーマを外して見つけだすため」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

そもそも「アリバイ作り」や「現状維持」のために行うものは議論ではありません。そんな会議や会合には一切参加する必要はありません。

 

2)     不完全性・不確定性の理解

 「すべては決定的ではなく、不完全(不確定)である」という事実は、すでに証明されています。情報空間(宇宙)においては不完全性定理、物理空間(宇宙)では不確定性原理として。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

 「不完全である」という事実は決してネガティブなことではなく、「だから、もっと良くなる可能性がある」という意味であり、「永遠に進化・向上し続けることができる」という希望にもつながります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045695.html

 

 さらに、不完全性を突き詰めていくと、縁起や空仮中といった釈迦哲学の真髄に至ることができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 「不完全なのは、必ずスコトーマがあるから」と考えることもできます。

 

3)     スコトーマの理解

 スコトーマとは「心理的盲点」のことです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 スコトーマをうみだすものは、「知識」「重要性」「役割」の三つです。

 よって、「必ずゴールを達成する」という思いをみんなで共有し(重要性の認識)、それぞれの価値観の違いを尊重し(役割の認識)、お互いの知識と経験を持ち寄ること(知識の認識)が、スコトーマをはずす上で重要になります。

 

 そのために議論があるのです。

 

 ちなみに、「スコトーマがある」という事実を知らないことを、釈迦哲学では「無明(むみょう)」と言い表します。それがすべての苦のはじまりであるという教えが十二支縁起(十二因縁)です。

 医療や介護の現場はとくに、無明が苦の源泉となります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045953.html

 

(つづく)

 

 

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-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7199706.html

 

 


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S-01:よりよい“議論”のために

S-01-07:“議論”の先にあるもの

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

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S-01-00(目次):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html

 

 

07:“議論”の先にあるもの

 

 ここまで、“議論”とは、「ゴールを共有した集団が、お互いの価値観の違いを使ってスコトーマを外しあい、ゴール達成のために解決するべき問題(課題)を明らかにして、有効な解決策を見つけていくこと」であることを説明しました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 そのために情動をコントロールする必要があり、「ゴールの共有」「不完全性・不確定性」「スコトーマ」といったものを理解しておく必要があると書きました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 今回は、そんな“議論”の先にあるものについて考察いたします。

 じつは、その答えはすでに明かしてあります。

 

 それは「抽象度を上げること」です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

 

 繰り返しになりますが、スコトーマをはずすためには知識が必要です。まずは知識がスコトーマをはずす大前提となります。その知識は、議論によって効率よく得ることができます。お互いにスコトーマをはずしあうことによって、さらに知識を獲得することができます。

 

 その大量の知識が、ゲシュタルトをつくります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html

 

 知識の集合であるゲシュタルトがたくさん集まると、つまり、学習や議論によりもっと大量かつ多様な知識を得ていくと、さらに大きなゲシュタルトを再構築することができます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7383761.html

 

 それが「抽象度が上がる」ことであり、「ひらめき(inspiration)」です。

 

 そうやって抽象度を上げ続けた先には、きっと“無敵”があります。

 一人また一人と“無敵”に到達し、人類のすべてが“無敵”に達したときには真の平和が達成されているはずです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5446097.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5448151.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615695.html

 

 

 真の平和に至る大切な縁起として“議論”が存在している

 

 

そのように私は考えています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 

 では、次回から、“議論”の具体的な方法であるディベートについて説明いたします。

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 


ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-08ディベートとは物事の裏表両面をみる視点

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

PM-02-13http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

I-017(告知):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html

S-01-00(目次):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html

 

 

08:ディベートとは物事の裏表両面をみる視点

 

 論題を自らの情動と切り離し、相対化して、物事の裏表両方を見る視点を養えるのがディベートです。ディベートを学ぶ目的は、「論理脳」を鍛え、最短時間で最適解を見つけるようになることです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

 

そのさらに先にあるのは、論理的思考を徹底的に極めることによって、論理という系の外に出ることです。自分の頭で考えていると思っても、たいていは他人の頭を使って考えています。他人に言われたことを利用して考えています。

 

繰り返しになりますが、意識・無意識下の判断基準であるブリーフシステムは、「情動を伴った体験の記憶」と「抽象化された情報の記憶」でつくられています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

それはすべて、他人や社会の価値観であり、過去です。

 

不完全性定理により「この世に絶対的な真実はない」ことが明らかになりました。

真実と思われることでも必ず裏と表があります。だから常に疑ってみることが重要であり、そのための方法がディベートといえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

ディベートを学ぶことで、私たちは自我から離れ、自分の頭で物事を考え、一段高い抽象度で物事を捉えることができるようになります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 

現代ディベート論理は、トゥールミンロジックと呼ばれています。

トゥールミンロジックは、イギリスの分析哲学者 スティーブ・トゥールミンにより1960年代に提唱された論理構築法で、いわゆる三段論法で代表される形式論理の方法論が実社会における論理構築の手段として適さないと考えて提唱された現代の論理技術です。

 

実際は別途、特に米国のソール・クリプキ以降の分析哲学の進化により、人間の思考に近い論理学が分析哲学の世界では生まれてきましたが、60年代までは一階の述語論理(命題の内部構造である主語・述語の関係を中心に分析する論理)という三段論法が教えられており、これよりも優れた実践的な論理構築法として生み出されました。

三段論法との違いは後で解説いたします。

 

-参考-

苫米地英人博士著「ディベートで超論理思考を手に入れる」(CYZO

 

(つづく)

 

 

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ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-09ディベートの基本構造としての3要素

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

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I-017(告知):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html

S-01-00(目次):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html

 

 

09:ディベートの基本構造としての3要素

 

 ディベートの基本構造は、「データ(事実)」「ワラント(根拠)」「クレーム(主張)」の3つです。

 

データ(DataD理論

【データ・事実】論理の根拠となる、状態、事実など最初に提示される説明情報

 

ワラント(WarrantW理論

【根拠】クレームの根拠としてデータが利用可能であることを正当化する情報

 

クレーム(ClaimC理論

【主張】論理として構築されるひとつの主張

 

 

 例えば、「優秀な成績で卒業する看護学生に対して、医師会長賞の副賞として4000円ほどの多機能ペンを贈る」という論題の場合、「優秀な成績」がデータ(D)、「副賞として多機能ペンを贈る」がクレーム(C)です。

 

日常の多くの場面では、データ(D)→クレーム(C)だけでワラント(W)がない(もしくは不明瞭な)ことが大多数です。

 

 このケースでは、「医師会長賞に値する」がワラント(W)となります。

 

-参考-

苫米地英人博士著「ディベートで超論理思考を手に入れる」(CYZO

 

(つづく)

 

 

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ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-10基本構造の3要素に加わる3要素=6要素

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

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S-01-00(目次):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html

 

 

10:基本構造の3要素に加わる3要素=6要素

 

 前回は、ディベートの基本構造である3要素を説明しました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12340209.html

 

さらに下記の3つを足して、6要素でディベートは行われます。

 

 

バッキング(BackingB理論

【裏付け】ワラントが正しいことを支持する証拠、証言、統計、価値判断、信憑性などの情報

 

クオリファイアー(QualifierQ理論

【限定・確率】クレームの相対的強度の定性的な表現

(英語では possiblyprobablyusuallycertainlyabsolutely などの用語)

可能であれば90%などの定量的な表現

 

リザベーション(ReservationR理論

【反駁はんばく・例外】クレームに対する例外を主張する論理

 

 

前回の例でいえば、「医師会長賞に値する」というワラント(W)の裏付けがバッキング(B)です。

 

成績優秀者に贈られる医師会長賞ですが、じつはすべての学生が対象となっている訳ではありません。最初から対象者となる条件があり、それを満たしていることが必要なのです。さらに、成績が全生徒中トップの学生には県知事賞が贈られるため、前提条件を満たしていても医師会長賞の対象からは除外されます。

それらもろもろの条件が、このケースでのバッキング(B)になります。

 

「医師会長賞に値する」のバッキング(B)が、「かわいいから(ハンサムだから)」だとか、「会員医師の子どもだから」とかであれば、それは思考停止であり、情動処理です。

そんなバッキング(B)であれば学校関係者だけではなく、ゆくゆくは地域全体にネガティブな(シラケた)ムードが広がっていくことになります。

 

ワラント(W)およびバッキング(B)はとても重要なポイントになるため、しっかりと熟慮する必要があります。

 

クオリファイアー(Q)は、クレーム(C)の相対的強度です。シンプルに表現すると「どれくらいか?」ということです。

このケースでは「副賞として多機能ペンを贈る」というクレーム(C)に対して、「必ず贈るのかどうか」ということになります。

 

リザベーション(R)は例外です。「対象者ではないが多大な貢献があったので、今年に限って贈る」や「素行が悪く全体に悪影響を与えるので、今年は副賞は見送る」などです。

 

 ところで、クオリファイアー(Q)やリザベーション(R)には、とても重要な意味が込められています。次回、そのことに関してまとめます。

 

-参考-

苫米地英人博士著「ディベートで超論理思考を手に入れる」(CYZO

 

(つづく)

 

 

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ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-11Q理論・R理論の意味

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

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11Q理論・R理論の意味

 

トゥールミンは、ディベート論理を形式論理とは異なり実際の議論の論理構築法として提唱したので、その主張の相対的強度としてusuallyなどのQ論理をつけることを提唱しました。

 

また、トゥールミンロジックでは、「クレームは常に正しいとは限らない(Universally Trueではない)」とされています。ここは非常に重要です。

 

リーダーのポジションにある人がこの事実、つまり西洋哲学的には不完全性定理、現代物理学的には不確定性原理、そして釈迦哲学的には空観(または縁起)で表される「絶対的なものはない」という真理を理解できないと、必ず破滅に向かいます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

今回のケースでいうと、「(副賞として)多機能ペンを贈る」というクレーム(C)が「必ず正しいとは限らない」という視点が抜けると非常に危険です。

 

「多機能ペンを贈る」というクレーム(C)では平和な話題過ぎてピンとこないかもしれませんが、例えば「反対意見を述べる医師=データ」を→「経営者が許せない=ワラント」から→「(揚げ足をとったり、嫌がらせをして)辞めさせる=クレーム」という場合、ワラント(経営者が許せない)やそのバッキング(創業家には逆らわせない?、許せないものは許せない??)に対する検討を十分に行ったうえでしっかりとまわりに納得してもらわないと、地域の医療を崩壊させるきっかけになりかねません。

 

“議論”とは、「ゴールを共有した集団が、お互いの情報処理の違いによりスコトーマを外しあい、ゴール達成のために解決するべき問題(課題)を明らかにして、有効な解決策を見つけていくこと」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11994979.html

 

その実現のために、「ゴールの共有」「不完全性・不確定性の理解」「スコトーマの理解」という前提知識と情動のコントロール、そして抽象度を上げることが必要です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12167955.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12168045.html

 

逆説的ですが、その情動のコントロールのためにもディベート技術を用いた論理的考察はとても有用で、とくにQ理論、R理論の検証は欠かせません。

 

米国の分析哲学では、このような考え方(「クレームは常に正しいとは限らない(Universally Trueではない)」)は別途、可能世界論や様相論理として発展しましたが、トゥールミンは同様な制約をディベート論理にR論理として導入しました。

このように、クレームが適用されない例外を呈示するのがR理論です。

 

ここまでを図示すると、下記のようになります。

トゥールミンロジックの6要素



-参考-

苫米地英人博士著「ディベートで超論理思考を手に入れる」(CYZO

 

(つづく)

 

 

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