苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

カテゴリ: F:フリーテーマ

F-177:“幸福(well-being)”とは? ~「antiwithwellpart-2;幸福はさらに深い自己催眠

 

「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読んだ後、医師&コーチとして考えたことをまとめました↓

F-163~:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404044.html

 

 そのシリーズでは、下記質問について考察するワークに取り組んでいただきました。

 

<ワーク>

    人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福(well-being)”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

    未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』がはじまり」といえます。そのはじまりにある“幸福(well-being)”とはどんなものなのでしょうか?

    人生の終着点(始発点)である「死」をどのように迎えれば(始めれば)よいのでしょうか?

    anti-agingwith-agingの先には何があるのでしょうか?

 

 私は平和に至るマインドの変化が「antiwithwell」であり、そのプロセスそのものが“幸福(well-being)”だと思っています。その“幸福(well-being)”が今回のテーマ。

自分にとっての“幸福(well-being)”を考え抜くことは、「自己の存在と意味」を明らかにし、スピリチュアルペインを克服するきっかけになるはずです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24706915.html

 

 

1; ゴールが幸福を定義する

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/25101418.html

 2;幸福はさらに深い自己催眠

 

 ところで、認知科学者 苫米地英人博士は「幸福」をどのように考えていらっしゃるのでしょうか?

 以下、博士の著書「『感情』の解剖図鑑」(誠文堂新光社)より引用します。

 (7回に分けて引用。今回は2/7です)

 

 

〇幸福は、楽しさよりもさらに深い自己催眠状態

 幸福は、「楽しさ」を進化させた感情であるといえます。

 幸福も、人が進化の過程で作りだしたものであり、本能に基づいた感情ではありません。そして、脳内にドーパミンが放出されて変性意識状態(いわゆるトランス状態)に入り、自己催眠にかかることによって生まれます。

 しかし、幸福の場合は、さらに深く催眠がかかっており、さめにくくなっています。そのため、楽しさに比べ、幸福は長く続く傾向にあります。

 なお、人が幸福を感じるとき、脳内の前頭前野眼窩内側部という部位が活性化することがわかっています。

 

 

 引用元の「『感情』の解剖図鑑」では、「『楽しさ』とは、心が満ち足りてうきうきし、ゆかいで明るい気持ち」と定義されています。それを「進化させた感情」が幸福です。

 

 アメリカの心理学者 アブラハム・マズロー(Abraham Harold Maslow1908~1970年)は、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化しました。「自己実現理論(Maslow’s hierarchy of needs)」です。「欲求段階説」「欲求5段階説」とも呼ばれています↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9963845.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9966391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10116950.html

 

 マズローはその階層を上がることが成長であると考えました(下図)。それは「抽象度を上げる」「抽象度が上がる」ことと見事に重なります。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

自己実現理論(Wikiより引用)

Wikipediaより引用

 

 

 マズローが述べたのは個人の成長ですが、この階層を上がること(=抽象度が上がること)は人類の種としての進化・向上をも示していると考えられます。

 苫米地博士の「幸福は、『楽しさ』を進化させた感情である」という言葉を抽象度とともに考察すると、「『楽しさ』より『幸福』の方が抽象度が高い」といえ、「目先の『楽しさ』よりも『幸福』を優先することで抽象度を上げることができる」「『幸福』の追求は人類の進化・向上を加速させる」と考えることができます。

 

それが「自分にとっての“幸福(well-being)”を考え抜くこと」がとても重要に思える理由の一つです。ぜひオリジナルの答えを追求してください。

 それは“自分”を再定義し、拡大していく貴重な機会になります。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353425.html

 

ただし、「幸福」を追求している際には気をつけるべき点があります。

苫米地博士が指摘されているように、「幸福」は「楽しさ」以上にトランス状態(強い変性意識状態)になります。トランス状態とは、「感じたこと」「考えたこと」などのイメージに対し、物理空間以上に臨場感を感じている状態です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

「夢をかなえる方程式 I×VR」のとおり、強い臨場感(V)を感じたイメージ(I)は現実化します(R)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

 だからトランス状態の時は現実を書き換えやすいのですが、見方を変えるとそれは他者に書き換えられやすい状態であるともいえます。よって、トランス状態であることをしっかり「意識に上げる」ことが重要です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24963004.html

 

「夢をかなえる方程式 I×VR」のとおり、強い臨場感(V)を感じたイメージ(I)は現実化します(R)。ただし、厳密には、“現実化”はその人が認識している世界においてのみ起こっています。一人一宇宙だからです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/11823351.html

 

その「強い臨場感」を共有する人が他にいれば、共有する人たちの間でも“現実化”しています。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_262962.html

 

 たとえば、家族で野球観戦をしていて、まさに今応援するチームがサヨナラ勝ちをした場面を想像してください。大歓声が湧きあがり、球場中が熱狂に包まれています(コロナ前の光景ですね)。

 そんな場面を冷静に分析すると「応援するチームが得点し、試合が終わった」にすぎません。「強い臨場感」を共有していない人 -例えば無理やり連れてこられた子ども- にとっては「やっと家に帰れる」といった感じでしょう。周囲の熱狂は理解できません。

しかし、家族で「強い臨場感」を共有していれば、マインド(脳と心)は「家族とともに最高の瞬間を味わっている」とプラスの意味付けを行います。周囲の熱狂がさらに家族間の「強い臨場感」を強化していきます。

その時の脳内ではドーパミンが大量に分泌されており、次いで分泌されるセロトニンにより幸福感に包まれていきます。

 

 楽しさという感情は、人が変性意識状態に入り、マインドによるこうした意味付けを受け入れたときに引き起こされます。問題はこの「意味付け」です。

 

 たとえば怒りや恐怖などのネガティブな感情は、「自分自身や家族を守る」といった本能に基づいており、人によってそれほど大きくは変わりません。マズローでいうと最下層の「生理的欲求(Physiological needs)」から3層目の「所属と愛の欲求(Social needs/Love and belonging)」あたりです。

 (注:怒りには、低次元の怒り「私憤」「動物的怒り」と高次元の「公憤」「人間的怒り」があります↓)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14107083.html

 

 ところが「楽しさ」は、自己催眠(トランス状態)により生みだされる感情であり、その人自身の価値観に大きく左右されます。そう、ブリーフシステムです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 

 通常、ブリーフは他人や社会から埋め込まれています。その多くは過去です。よって、「楽しさ」を追求するほど本当の“自分”から離れてしまう可能性が高くなるといえます。私がよく用いる表現でいうと、「無人運転」「自動運転」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_369873.html

 

 「楽しさ」のレベルにとどまっていれば、まだ大丈夫。ふつうの催眠状態は眠れば解けるからです。きっと皆さんにも夜が明けたら“夢”からさめてしまった経験があるはずw

 

 ところが、「幸福」の場合、「さらに深く催眠がかかっている」ために「さめにくい」状態になっています。それは思考停止の状態です。

このレベルで他者に仕掛けられてしまうと、完全に人生を乗っ取られてしまいます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14120540.html

 

F-178につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

ところが、「幸福」の場合、「さらに深く催眠がかかっている」ために「さめにくい」状態になっています。それは思考停止の状態です。

このレベルで他者に仕掛けられてしまうと、完全に人生を乗っ取られてしまいます

 

 苫米地博士はそのような他人に乗っ取られた人生(人)を「奴隷」と表現されます。

 では、問題です。私たちの社会にすっかり浸透してしまっている「幸福レベルでの仕掛け」とは何でしょうか? 人を奴隷にしてしまう最強の「仕掛け」とは?

 (答えは次回の追記内で)

 

 

-参考書籍-

「感情の解剖図鑑 仕事もプライベートも充実させる、心の操り方」(誠文堂新光社)

 


F-176:“幸福(well-being)”とは? ~「antiwithwellpart-1; ゴールが幸福を定義する

 

「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読んだ後、医師&コーチとして考えたことをまとめました↓

F-163~:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404044.html

 

 そのシリーズでは、下記質問について考察するワークに取り組んでいただきました。

 

<ワーク>

    人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福(well-being)”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

    未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』がはじまり」といえます。そのはじまりにある“幸福(well-being)”とはどんなものなのでしょうか?

    人生の終着点(始発点)である「死」をどのように迎えれば(始めれば)よいのでしょうか?

    anti-agingwith-agingの先には何があるのでしょうか?

 

 私は平和に至るマインドの変化が「antiwithwell」であり、そのプロセスそのものが“幸福(well-being)”だと思っています。今回はその“幸福(well-being)”がテーマ。

自分にとっての“幸福(well-being)”を考え抜くことは、「自己の存在と意味」を明らかにし、スピリチュアルペインを克服するきっかけになるはずです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24706915.html

 

 

1; ゴールが幸福を定義する

 

 ところで、認知科学者 苫米地英人博士は「幸福」をどのように考えていらっしゃるのでしょうか?

 以下、博士の著書「『感情』の解剖図鑑」(誠文堂新光社)より引用します。

 (7回に分けて引用)

 

 

「幸福」とは

 望んでいたことが叶い、心が満ち足りて、幸せを感じること。幸福感の度合いが強いと、「胸が熱くなる」「涙が出る」などの身体的反応が起こることもある。

 

 

 博士は抽象度の高い次元で「幸福」を定義されています。その定義とは「望んでいたことが叶い、心が満ち足りて、幸せを感じること」。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 まず抽象度の高い次元で定義するのは、「全体像をつくるため」です。ゲシュタルトです。ゲシュタルトとは、「全体性を持ったまとまりのある構造」のこと。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 

 そのポイントは「双方向である」ということです。

 構造主義の時代までは「部分を積み重ねたら全体がわかる」と考えられていました。しかしながら、実際は、全体と部分が双方向的に関係しあいながら「統合的意味をもつ1つのまとまり」が構築されています。それがゲシュタルトです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7383761.html

 

 余談ですが、医療の世界は今でもけっこう構造主義的(行動主義的)です。「ゲシュタルト心理学」に代表されるように「全体と部分の双方向性」が浸透している領域もありますが、現場感覚としては圧倒的に構造主義(行動主義)です。「科目別」「臓器別」という表現がその象徴でしょう(詳しくは追記2に)。

 

 抽象度という軸を知り、より大きなゲシュタルトとして生命現象をとらえることができると、スコトーマがどんどん外れていきます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

その過程でゲシュタルトの統合を繰り返すと、やがて新たなパラダイムシフトが起こります。

時代により医療・福祉業界はパラダイムシフトが求められています。そのシフトは日本に続き少子・高齢化社会を迎える全世界にとっても福音といえる大革命(Revolution)となるはずです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8748974.html

 

私は、コーチ兼医師として、そんな革命の実現を思い描きながら(I)、日々活動しています。このブログもその一環です。コーチングやその根底にある苫米地理論が業界に広がることで(V)、きっと成し遂げることができるはず(R

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

 そんな「I×V=R」のプロセスそのものが私にとっての幸福です。たとえ望んでいた通りにはなっていなくても、心はいつも満ち足りていて、幸せに包まれている感じがしています。ゴールに向かって挑み続けているのだから当然です。

つまり、ゴールがあること自体が幸福

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 認識できないはずのコンフォートゾーンの外側に(=“現状の外”)、止められてもやりたいゴールをたくさん見つけ(=100%want to)、さらに抽象度を上げながら追求(ゴール再設定)し続ける(=自分中心を捨てる)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882609.html

 

 それはコーチの存在なしではできません。ブリーフシステムが書き換わらないから。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 

 過去の呪縛を解き放ち、シンの自由を得て、自身の能力を最大限に発揮するためにコーチングは必須です。それ以外に、博士が幸福の定義に用いた「望んでいたこと」を見いだす手段はありません。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 

 

 「幸福感の度合いが強いと、『胸が熱くなる』『涙が出る』などの身体的反応が起こることもある」はホメオスタシス(恒常性維持機能)です。それは結果として起こること。そんな身体的反応自体が目的となることは本末転倒といえます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831660.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971818.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971956.html

 

 心と体は同じものです。心の変化は物理空間で身体に投影され、体の変化は情報空間での新たな情報処理に影響します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23037529.html

 

その関係は確かに双方向ですが、因はより高い抽象度次元にあります。簡単に表記すると「情報→物理」です。

(物理空間は情報空間の一部。抽象度の軸でみたときの底面です)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

 よって、(双方向ではありますが)「ゴール→幸福→身体的反応」といえます。それをコーチング創始者 ルー・タイスさんは「Goal comes first」と表現しました。ゴールが認識を決め、目の前のすべてを生みだします。幸福も身体的反応もゴールの結果です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_262962.html

 

F-177につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

 「幸福感の度合いが強いと、『胸が熱くなる』『涙が出る』などの身体的反応が起こることもある」はホメオスタシス(恒常性維持機能)です。それは結果として起こること。そんな身体的反応自体が目的となることは本末転倒といえます

 

 ゲームやインターネットへの依存がますます問題になっています。とくに子ども・若者において。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542248.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/11385814.html

 

 その対策として、無理やり物理空間に働きかけることは適切ではありません。「ダメ。ゼッタイ。」のように情報空間で一方的に制限するのもNGです↓

 F-082~:ダメ。ゼッタイ。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_352303.html

 

 では、依存を予防(克服)するためにどうすればよいのでしょうか?

 

 強力な方法として「フレームの中断」「フレームの組み換え」があります。下記ブログ記事で紹介しています。ワーク付きです↓

 F-114:情報が書き換わると現実が変わる vol.5;「幸せなら手を叩こう♪」(ワーク付き)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/20477749.html

 

 

-追記2

 現場感覚としては圧倒的に構造主義(行動主義)です。「科目別」「臓器別」とう表現がその象徴でしょう

 

 もちろん「科目別診療」「臓器別診療」はよくないと主張しているのではありません。情報量がどんどん増え細分化していく社会において、ますます専門化していくのは当然のことです。医療に限らず。

ただし、医療の場合、専門化は大学病院や地域の基幹病院(総合病院)における役割です。

 

 日本においては専門医を取得した中堅~ベテラン医師が開業して地域医療に携わるというパターンが多いと思われます。その際に専門医の視点のままでは“全体を診る”ことがなかなかできません。それまでのブリーフにより、大きなゲシュタルトがスコトーマに隠れたままだから。

 だからこそ、抽象度を理解し、より高次元を志向することが重要になります。

 

「生老病死という人生から<全体>、患者さんの“今”をみる<部分>」「トータル(ペイン)という視点で<全体>、訴えを理解する<部分>」「地域のライフライン確保という観点から<全体>、医療資源配置とファイナンスのバランスを判断する<部分>」「世界の人口構成と今後の構造変化を考慮の上<全体>、日本の医療をデザインする<部分>」

 <全体>とは「統合したゲシュタルト」のことです。その統合(connect the dots)は、ゴールに向かって起こります。

 

だから、医療・介護の現場はコーチングを必要としている」というのが私の主張です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12340209.html

 

 

-参考書籍-

「感情の解剖図鑑 仕事もプライベートも充実させる、心の操り方」(誠文堂新光社)

 

 

「感情」の解剖図鑑


F-175:脳内を書き換えると「環境」が変わる

 

 F-163からはじまるシリーズでは、「生老病死(=四苦)」というテーマを「anti-aging」という切り口で考察し、最後に下記のワークに取り組んでいただきました↓

 F-163~:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404044.html

 

<ワーク>

    人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福(well-being)”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

    未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』がはじまり」といえます。そのはじまりにある“幸福(well-being)”とはどんなものなのでしょうか?

    人生の終着点(始発点)である「死」をどのように迎えれば(始めれば)よいのでしょうか?

    anti-agingwith-agingの先には何があるのでしょうか?

 

 私は平和に至るマインドの変化が「antiwithwell」であり、そのプロセスそのものが“幸福(well-being)”だと思っています。次回からの投稿(F-176~)で掘り下げていきます。

あらためて上記ワークに取り組んでください。その取り組みは「自己の存在と意味」を明らかにし、「スピリチュアルペイン克服」のきっかけになるはずです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24706915.html

 

 

 前回は「こんなはずではなかった」という言葉を取り上げました。それもスピリチュアルペインの写像といえるかもしれません。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24979591.html

 

 「こんなはず」が一向に実現せず、「こんなはずではない」ばかりが続くのは、「こんなはずではない」という状況がコンフォートゾーンになっているからです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

 

 コンフォートゾーンはホメオスタシス(恒常性維持機能)によって強力に維持され、その外側は認識することすらできません。スコトーマに隠れているから。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831660.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971818.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971956.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

 しかしながら、“現状の外”に新たなゴールを見いだし、エフィカシーを高めながらその達成を心から確信するようになると、どんどんスコトーマが外れ、「こんなはず」を次々と達成していきます。その様子をコーチングの創始者 ルー・タイスさんは「invent on the way」と表現しました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5616012.html

 

 そのとき、目の前の「世界」は書き換わっています。

そもそも「宇宙」そのものが幻想であり、マインド(脳と心)次第です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_262962.html

 

 よって、「生老病死」という四苦も、スピリチュアルペインも、そして目の前の世界さえも、すべてマインド次第だといえます。前頭葉が十分に発達した人類は、すでに“自由”を手に入れています。「自らに由って存分に生き、自らに由ってしっかり死ぬ」という“自由”です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 

 

 認知科学者 苫米地英人博士の言葉を紹介します。「新・夢が勝手にかなう手帳 2020年度版」からの引用です(11月マンスリーワード)。

 

脳内を書き換えると「環境」が変わる

 「意志力は存在するか」というテーマは、科学的な課題として議論されます。意志力は血中のグルコースに関係するという説もあります。逆に意志力などは存在せず、環境によって決まるという説もあります。

 たとえば昔から「あなたの友人の年収の平均値を計算してみてください。それがあなたの年収です」といわれたりします。だからこそ、「お金持ちの友人をつくりましょう」という結論になるわけです。しかし、友人の平均年収が本当にあなたの年収でしょうか。これは相関関係と因果関係を混同しています。単に「類は友を呼ぶ」というだけの話です。

 意志力や環境という考え方は大事ですが、この議論に欠けている視点があります。環境は、与えられたものではないということです。目の前に広がる物理的現実世界が環境だと考えがちですが、それは違います。ゴールがあり、その写像として現在の環境があるということです。

 時間は未来から流れてきて、今が生じています。ですから、ゴールが変われば、現在は一瞬で変わります。たとえば、自分が手にしている宝くじが当たったと知った瞬間に、世界の風景は一変するでしょう。でもその番号が間違いだと知った瞬間、世界の風景は再度一変するでしょう。

 物理的には何も変わっていません。あなたが紙切れを持って立っている姿は同じですが、前者と後者では「環境」が異なるのです。宝くじではなく、受験の合格通知と考えてもらってもかまいません。

 宝くじや合格通知はいっときのことですが、ゴールはもっと強烈に現在の環境を書き換えます。大事なのはまず脳内を書き換えることです。そうすると目の前の世界が変わりますし、必然的に環境も大きく変わるのです。

 引用終わり

 

 ゴールが生みだす「こんなはず」を新たなコンフォートゾーンとして体感していると、さらに心身がリラックスし変性意識が深まります。あえて言葉にするなら“無我夢中”。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_405002.html

 

 そんな意識状態でいると「時間は未来から流れてきて、今」が生じ、「世界の風景は一変」します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542317.html

 

もちろん、苫米地博士がおっしゃるとおり「物理的には何も変わっていません」。しかしながら、「まず脳内を書き換えること」で「目の前の世界が変わり」、「必然的に環境も大きく変わる」のです。「ゴールがあり、その写像として現在の環境がある」から。

その理を博士が理論化されたものが「超情報場仮説(理論)」です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165789.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165823.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165888.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306380.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306438.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306445.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5445932.html

 

 その超情報場理論は釈迦の「縁起」の思想をベースにしています。よって、縁起から超情報場理論へと至るステップとして「空仮中(空観・仮観・中観)」があると考えることもできます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 ポイントは意識状態です。深い変性意識になれば、抽象度が上がります。抽象度が上がると、スコトーマが外れます。スコトーマが外れると、いままで見えていなかった新しいゴールが見つかります。そのゴールに向かう過程でまた抽象度が上がり、さらにスコトーマが外れていきます それが「生きる」ということです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 本気で生きている間に、マインド(脳と心)は「antiwithwell」と変化していきます。

私は、そのプロセスそのものが“幸福(well-being)”だと思っています。そして、それは「目の前の世界」や「環境」がますます“heaven”に書き換わっていくことでもあります。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24905509.html

 

次回からの投稿(F-176~)で掘り下げていきます。

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

「自らに由って存分に生き、自らに由ってしっかり死ぬ」という“自由”

 それは、もちろん、自殺(自死)を肯定しているわけではありません。自殺を含む殺人に関する私の意見は「〇を〇な」(←鹿児島弁w)です↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19370962.html

 

 

-関連記事-

F-106~:超実写版「ライオン・キング」で描かれた“超現実”を生きる極意

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_383531.html

F-110~:情報が書き換わると現実が変わる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_386190.html

Q-175:脳内の歩くというイメージの臨場感を上げて物理空間で実際に歩いているということになるのでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24963004.html

 

 

新・夢が勝手にかなう手帳 2020年度版ver.2


F-174:こんなはずではなかった

 

 先日(2021122日)、厚生労働省が2020年の自殺者数を発表しました(速報値)。

 厚労省HP>警察庁の自殺統計に基づく自殺等の推移等

 202012-sokuhou (mhlw.go.jp)

 

 日本の自殺者数は2003年の34427人をピークに減少傾向が続いていました。前年を上回ったのはリーマンショック直後の2009年以来で、とくに7月以降は毎月前年同月を上回っています。

朝日新聞の報道(同日)によると、厚労省の担当者は新型コロナ感染症による変化(経済的状況、生活環境、休校、外出自粛など)が影響したと考えているそうです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/22636357.html

 

 1~11月の自殺者19225人について厚労省が分析したところ、年代別で最多は40代ですが(3225人)、増加幅では19歳以下(707人、前年同期比13.8%増)と20代(2287人、同16.8%増)が目立ちました。

小中高生でみると1~11月で440人(前年同期比18.3%増)。これは過去最多だった1986年の年間合計を上回っています。子どもの総数は当時より大きく減少しているはずなのに。

(ちなみに、1986年は女性アイドル歌手が自殺した年です)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/11298916.html

 

 感染の恐怖や社会情勢による不安の増大は、人を大脳辺縁系優位の動物的思考に陥らせます。「ファイト・オア・フライト」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8164566.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8166289.html

 

 日本語にすると「闘争逃走反応(戦うか逃げるか反応)」。自殺は、残念ですが、「逃走」の最終手段と考えることができます。その自殺が増加していることから、もう一方の「闘争」によって、今後ますます人間関係が悪化し、社会全体がギスギスしていくと予想されます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9188068.html

  

 私のまわりでも“怒り”が目につくようになりました。もちろん、「動物的怒り」「私憤」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14107083.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23743308.html

 

 最近も「こんなはずではなかった」という言葉を見聞きしました。その言い回しから滲み出ているのは「認知的不協和」。イライラを伴った怒りが噴出しているようでした。まるで桜島の爆発的噴火のように。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882652.html

 

よく誤解されるのですが、不協和そのものは決して悪いものではありません。期待と現実のギャップは、ちゃんと対処すると、ポジティブなエネルギーと創造性の源になります。

(「ちゃんと対処する」について、下記ブログ記事にまとめました↓)

S-03~:心のエネルギーとは何か? ~カナックス事件に学ぶ“心のエネルギー”をコントロールする方法~(目次)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19879680.html

 

 

 過去の記事で、「ちゃんと対処する」の一例として、アメリカの俳優 マイケル・J・フォックスを紹介しました。「生老病死(四苦)」について考察するシリーズです↓

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404044.html

 

映画「Back to the FutureBTTF)」でブレイクしたマイケルは、キャリア絶頂の20代後半にパーキンソン病を発症しました。医師の予想をいい意味で裏切って俳優を続けていましたが、2018年に脊髄腫瘍を患ってしまいます。術後のリハビリを経ていよいよ俳優復帰という当日、転倒したマイケルは腕を骨折してしまいました。

以下、その時を振り返ったマイケルのコメントです。

 

 間違いなく人生で最悪の瞬間だった。ただ倒れてしまったんだ。キッチンの壁に寄りかかって救急車を待ちながら『まさにどん底だ』って思っていた。すべてに疑問を抱いた瞬間だった。こんな状態で明るい顔なんてできない。これにいい面も明るい面もない。後悔と痛みがあるだけだって思ったんだ。

 (その後、ベッドから動けず1970年代のテレビ番組の再放送を見て過ごしているときに「楽観主義は感謝から生まれるものだ」と悟る)

感謝の気持ちに立ち返ることができれば、楽観的な見方を持ち続けられる。それは受け入れることから生まれるんだ。起きたことをそのまま受け入れる。それは現状を変えようという努力ができないという意味ではない。それに起きたことを自分への罰や自己犠牲として受け入れるということでもない。起きたことを正しい場所に受け止めるということなんだ。そして生きていかなくてはならない残りの人生がどれだけあるかを見る。そうすれば前進できる

 

 マイケルが「感謝」を見いだしたのは「縁起を体得した」からのはずです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 縁起を体得できたのは「抽象度が上がった」から。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

「起きたことを正しい場所に受け止めた」上で「残りの人生がどれだけあるか」みて前進した結果として、抽象度が上がり、縁起を体得し、RASが変化し、ついに感謝を見いだしたのです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721658.html

  

 スコトーマが外れて見いだしたものは感謝だけではないはず。あらためて感動や希望も見つけたに違いありません。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/15395021.html

 

 では、「起きたことを正しい場所に受け止める」ことはなぜできたのでしょうか?

 

 

結果がなかなか伴わないとき、人の気持ちは、自らの課題の検証(ケース)と克服(プラン)ではなく、他への攻撃に向かいがちです。恐怖・不安が強い時はなおさら。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12658417.html

 

 なぜなら、エフィカシーが下がるから。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5616012.html

 

 そんな時につい出てくる言葉が「こんなはずではなかった」。

もしも「こんなはずではなかった」というセルフトークに気づいたときは、「『こんなはずではなかった』と悔やむような状況・状態がコンフォートゾーンになっている」という事実としっかり向き合ってください。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

 

 コンフォートゾーンはホメオスタシス(恒常性維持機能)により強力に維持されています。そのままでは、ますます「こんなはずではなかった」は強化され、どんどん抜け出すことが難しくなっていきます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831660.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971818.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971956.html

 

 マイケルが語った「正しい場所」とは、「ゴールの世界(ゴール側のコンフォートゾーン)」のことです。ゴールという「正しい場所」に「起きたことを受け止める」ことで、ゴール側のCZにホメオスタシスが働き、エフィカシーが上がり、自らの課題の検証(ケース)と克服(プラン)に取り組むことができるのです。もちろん100%want toで。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882609.html

 

 止められても成し遂げたいゴールがある

そう、「起きたことを正しい場所に受け止める」ことができるのは「ゴールがある」

から。

 

 コロナ禍で誰もが苦しむ今こそ、コーチングを学び、実践する時です。社会が、未来が、コーチングを必要としています。そして、誰もがコーチングによって本当の能力(The Power of Mind)を覚醒させ、機能を発揮し、役割を果たすことができます。お互いのエフィカシーをさらに高めあいながら。私はそんな未来を確信しています。

皆さんにも必ずできます。ぜひコーチングに取り組み、新たな未来を切り拓いてください。

皆さん自身のために。そして、縁ある大切な人たちと未来のために。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8430748.html

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

よく誤解されるのですが、不協和そのものは決して悪いものではありません

 

 そもそも「よい」「悪い」を判断する絶対的な基準自体がありません。不完全性・不確定性です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6194669.html

 

 

-追記2

 ゴール設定は必ず“自分”自身でしなければなりません。そうでなければ「こんなはずではなかった」が「他責」となって、縁起宇宙を暗く冷たく重たく書き換えていきます。それが「人間関係の悩み」の本質だと私は思っています↓

 S-04~:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!(目次)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/22305802.html

 

 

-追記3

 反対に、ゴールを自身の自由意思で設定し「起きたことを正しい場所に受け止める」と、「こんなはずではなかった」は「自責」となって、本当の力(The Power of Mind)を目覚めさせるきっかけとなります。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 

 私はそのプロセスそのものが“幸福(well-being)”だと思っています。今後の「フリーテーマ」での投稿(F-176~)で掘り下げていく予定です。お楽しみに。

 

 

-関連記事-

F-060BTTF

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13626536.html

F-035~:クライシス(危機)の本質

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_395184.html

F-156:人間関係リセット症候群

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23823944.html

PM-00~The Power of Mind Ⅰ 序章

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_123516.html

 

 

F-173:コーチとして観る「Field of Dreams」;トウモロコシ畑の中の野球場

 

 前回まで(~F-172)、「生老病死(=四苦)」というテーマを「anti-aging」という切り口で考察し、最後に下記のワークに取り組んでいただきました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404044.html

 

<ワーク>

    人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福(well-being)”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

    未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』がはじまり」といえます。そのはじまりにある“幸福(well-being)”とはどんなものなのでしょうか?

    人生の終着点(始発点)である「死」をどのように迎えれば(始めれば)よいのでしょうか?

    anti-agingwith-agingの先には何があるのでしょうか?

 

 

 私は平和に至るマインドの変化が「antiwithwell」であり、そのプロセスそのものが“幸福(well-being)”だと思っています。今後の「フリーテーマ」での投稿(F-176~)で掘り下げていきます。それまでの間、ぜひ上記ワークに取り組んでください。

 それは「自己の存在と意味」を明らかにする大事な取り組みにもなります。「スピリチュアルペインの克服」です。

 

並行して投稿している下記リンク記事「ブログL20201月シークレットレクチャー」ともテーマが重なり、このところ重たい記事が続いています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_407080.html

 

 そこで3回ほど視点を変えてみたいと思います(フリーテーマ)。今回はライトなネタで。気楽にお読みくださいw

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19980130.html

 

 

 私の趣味の一つに映画鑑賞があります。

 幼少期の思い出は辛いものばかりですが、映画との縁に関していえばラッキーでした。
 鹿児島で上映される映画の多くをフリーで観れる境遇だったため、毎週のように映画館に通っていました。きっと情動を伴った体験の記憶が、今も残る私のブリーフをつくりあげたのですね。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 

 とくに大学浪人中は、本当に毎週映画を観にいきました。確か60本以上観たはず。「人生においてこんなに映画を観れる年はない」という当時の予想は、残念なことに、見事に当たっています。単に「I×V=R」なのかもしれませんがw

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

 その頃観た映画のひとつが「Field of Dreams」です。

 1989年(日本では翌年3月)に公開された「Field of Dreams」は、ウイリアム・パトリック・キンセラの小説「シューレス・ジョー」を原作に、ケビン・コスナー主演で製作されました(監督・脚色:フィル・アルデン・ロビンソン、音楽:ジェームズ・ホーナー)。第62回米国アカデミー賞で作品賞、脚色賞、作曲賞にノミネートされています。

 

過去のブログ記事(F-117118)で、コーチの視点で「Field of Dreams」を考察しています。その中で、2020813日(米国時間)にメジャーリーグ(MLB)の公式戦が映画のロケ地で開催されることを紹介しました↓

F-117~Field of Dreams

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_390942.html

 

御承知のとおり、昨年(2020年)、COVID-19のために世界は激変しました。MLBも影響を受け、2020年シーズンは162試合から60試合に縮小されました。そのあおりを受け、アイオワ州で初開催されるはずだった公式戦「MLB at FIELD of DREAMS」は中止となってしまいました。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/22636357.html

 

 これから時々「Field of Dreams」に関するサイドストーリーを御紹介します(フリーテーマ)。今回はトウモロコシ畑の中につくられた野球場にまつわる話です。

 苫米地博士が提唱される超情報場仮説とリンクさせながら、ぜひ皆さん自身の「Field of Dreams」を感じてください。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165789.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165823.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165888.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306380.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306438.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306445.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5445932.html

 

 

 アイオワ州(State of Iowa)はアメリカ合衆国中西部に位置し、「アメリカのハートランド」と呼ばれているそうです。全米50州中、陸地面積26位、人口30位(約300万人)。開拓者時代から農業に基づく経済基盤が構築され、「コーンベルト」「世界の食料の首都」と呼ばれることもあるそう。

 ちなみに、「アイオワ」という名は、この地に住んでいたアメリカ先住民の部族名に由来します(昔はインディアンと呼ばれていました)。意味は「眠たがり」w

 

 

アイオワ州(Wikipedia)

Wikipediaより引用



映画のロケが行われたダイアーズビルは、州都デモインから北東240kmの場所にあります。小さな町の東端にはトウモロコシ畑と落花生畑が広がっており、その間の砂利道を進むと畑から突き出したナイトゲーム用屋外照明が見えてくるそうです。

幻想的なラストシーンに描かれていた一本道を進むと、芝生に立つ白い家とトウモロコシ畑に囲まれた野球場にたどり着くのだそう。そこが主人公 レイ・キンセラ(ケビン・コスナー)がつくりあげた「Field of Dreams」です。

 

広大なトウモロコシ畑の中には、現在もロケが行われた野球場がそのまま残されています。隣接するギフトショップには記念品が展示され、壁に貼られたアメリカ地図の上に来訪者の名前が書かれた小さな紙が何百枚もピン止めされているそうです。2006年にはケビン・コスナーが再訪し話題となりました。

 

 映画公開後ロケ地は解放されていましたが、いずれは取り壊される予定だったそうです。

世界中からのファンの来訪が途切れないことから保存を望む声が高まりましたが、野球場が作られた土地の権利問題が発生しました。複数の土地所有者間でもめたのでしょう。

 映画公開から27年後の2016年、ついに問題は解決しました。シカゴ在住で投資グループを率いる夫妻が全ての土地を買収したのです。買収の理由は「初めてのデートで観た映画だったから」

まさに「Field of Dreams」! そして、それは縁起のつながりともいえます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

夫妻はレイのつくった「Field of Dreams」を残しながら、さらに夫妻自身の「Field of Dreams」を重ねていきました。劇中の “シューレス”ジョー・ジャクソンや往年の野球選手と同じように外野に広がるトウモロコシ畑に入っていくと

なんと大型の野球施設にたどり着くのだそう!

そこには宿泊施設やトレーニングルームが完備され、リトルリーグの試合も行われています。映画公開時には存在さえしていなかった子どもたちが、今は亡き名選手たちと同じようにトウモロコシ畑を通ってグラウンドへ入っていく設計です。

 まさに“heaven”!

 

 以下、映画のクライマックスシーンでのある人物の言葉です。

(ネタバレになるので誰かは明かしません。ぜひ映画で確認してくださいw

 

 

 Thank you. It’s so beautiful here.

 For me ...well, for me it’s like a dream come true.

 Can I ask you something

 (主人公 レイが静かにうなずく)

 Is... Is this heaven

 

 

 感動とともにそのシーンを思い出していたら、急に「MLB at FIELD of DREAMS」のことを確認してみたくなりました。

早速、MLBHPを覗いてみると、なんと、今年(2021年)の812日(米国時間)にMLB公式戦として開催されることが告知されていました。FOX Sportsで生中継されるそうです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882609.html

 

 コロナ禍で中止となった試合は、たとえ今年開催できなくても、いつか必ず実現するのでしょう。みんなの心は(に)すでに「Field of Dreams」に(が)あり、試合はその実装(インプリメンテーション)だから。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404758.html

 

企画に携わる誰もが、きっと“声”を聞いています。

皆さんは“声”を聞いたことがありますか?

まるで“声”に導かれるかのように、夢中に生きていますか?

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_405002.html

 

 

 情報空間には様々な情報場が存在しています。「Field of Hopes」「Field of Peace」「Field of fairness」、そして「Field of Liberties/Freedoms」等々

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

 そんな情報場にアクセスしている時に聞こえてくる“声”の主とは、「未来の自分」に違いありません。ゴールを達成した自分自身です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542317.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 よって、「コーチングは、情報場にアクセスすることで時空を超越し、本当の自分に出会うためにある」ともいえるはず。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353425.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/20576958.html

 

 本当の自分に出会う

 

 今年(2021年)を「本当の自分に出会う」ためのすばらしい一年にしてみませんか?

 

 コーチングを学びスキルを磨きあげるたびに、かつての夢はどんどん現実化していきます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8045695.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/15395021.html

 

 そして、その過程で平和に至るマインドの変化「antiwithwell」を体得し、まるで“幸福(well-being)”に包まれているように感じるのです。
 その時、きっとこう思うはず...

Is this heaven

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

MLB at FIELD of DREAMS

MLB HPより引用

 


F-172:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ -最終回- vol.4-4「死」;well-aging <ワーク付き>

 

 最近、「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読みました。読後に医師&コーチとして考えたことをまとめます。

 

vol.1「生」;好きなことだけやる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

vol.2-1「老」;anti-aging <ワーク付き>

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24337669.html

vol.2-2「老」;anti-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24402109.html

 vol.3-1「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24466811.html

 vol.3-2「病」;with-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24549392.html

 vol.3-3「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24604120.html

 vol.4-1「死」;well-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24655350.html

 vol.4-2「死」;well-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24719389.html

 vol.4-3「死」;well-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24786250.html

 vol.4-4「死」;well-aging <ワーク付き>

 

このように様々な縁起により、「Total」として、一人の人間の命がダイナミックに形成されています。

この「一人の命を構成しているたくさんのいのち」という関係を人類(または地球)と地球上で暮らしている70数億人の関係に当てはめると、「人類(または地球)という一つの大きな命(全体)を構成しているたくさんのいのち(部分)」が私たち一人ひとりの命であるといえます。

つまり、私たち一人ひとりはより大きな人類(地球)という生命の一部。縁起のネットワークのひとつの結び目です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

そして、ひとつの細胞がその役割を果たし終わったら次の細胞に置き換わるように、私たちはいのちをしっかり次世代につないだ後には自らを消すべき存在であるといえます。もしも人間が死ななくなると、人類(地球)が滅びます。死ななくなったがん細胞がその集合である個体を死に追いやるように。

 

個をより大きな存在の一部とみなすことこそ「Total」という概念の重要な部分です。それは「抽象度を上げること」そのものであり、仏教でいう「無分別」の実践です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

そして、それは“無敵”へといたる旅!

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5446097.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5448151.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615695.html

 

その旅の途中に、さらに高次の抽象度空間(情報場)への扉が開かれ、アブラハム・マズローが晩年に付け加えた「自己超越の階層」に到達します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9963845.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9966391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10116950.html

 

では、vol.4-2「死」(F-170)で御紹介したワークに再度取り組んでみましょう。前回の答えはいったん忘れ、まったく新しい“自分”オリジナルの答えを見つけなおしてみましょう。

苫米地博士の著書「『生』と『死』の取り扱い説明書」(KKベストセラーズ)中の下記文章(前回引用のつづき)を参考にされてください。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24719389.html

 

 引用開始

 これに対して、「すべてのものは『空』であるとしても、関係性(縁起)によってそれぞれの役割があり、たとえ仮の存在であっても、その存在や現象の役割を認めて見てみようという見方が「仮観」です。

 存在そのものは「空」であっても、その「空」である存在に役割があるのだから、その役割を積極的に見ていこうとするものの見方です。「空」であることから一旦離れて、役割のほうに注目していこうという見方とも言えます。

 映画にたとえると、常に「映画というのはすべてフィクションなのだ」という視点で映画を見る見方が「空観」で、「映画はフィクションだが、そのストーリーには役割があり、意味があるので、ストーリーの中に積極的に入り込んで臨場感を最大限に感じながら、お話しをしっかりと見ていこう」という視点で映画を見るのが「仮観」と言えるでしょうか。

 そして、この二つの見方の間に立って、同時に成り立たせる見方が「中観」です。「空観」と「仮観」よりも一つ抽象度が高い見方と言えるでしょう。「空観」の視点でフィクションだとしっかり認識しつつ、「仮観」の視点でその役割を認めて、フィクションの世界に価値を見いだす視点が「中観」なのです。

 「仮観」とどう違うのかと思うかもしれませんが、「仮観」は「空観」の対立項で、存在は「空」であるということを知っていても、あえてそうした見方をしないで、役割のほうを見る見方であるのに対して、「中観」は存在が「空」であることも積極的に認め、それをしっかりと認識しながら、同時に役割にも価値を置くという見方です。

 これまでの話で言えば、「妄想だとわかって宗教の壮大なストーリーに価値を見いだす」のが「中観」的ものの見方なのです。「仮観」の場合は、「妄想だが、妄想であるとは見ずに、ストーリーに浸ってしまう」見方と言えるでしょう。

 この「中観」というものの見方は非常に重要です。宗教は妄想ですが、役割があり価値があるなら、妄想だってかまわないと見るわけです。もちろん、妄想であることをしっかりと認識して、同時にその妄想に価値を認めるわけです。

 死が怖いとか、死に接して心の整理がつかないと言って、日々、悶々として生きるよりは、「いや、死は怖くないんだよ」という妄想によって明るく生きたほうがいいわけで、妄想だとわかったうえで、その妄想にあえて乗ってしまうことは何の問題もありません。

 ただし、何度も言う通り、妄想だとはっきり教えてあげないと、戦争が起こってしまいます。本気で唯一絶対の神を信じてしまったら、神が「信じないものは殺せ」と言った場合、本当に殺してしまうわけです。でも、妄想だとわかっていればそんなことは起こりません。映画の主人公が何を言っても、それに従う観客がいないのと同じことです。

 西洋の宗教で問題なのは、「空」の考え方が抜け落ちていることです。「空」の考え方がありませんから、「空観」もありませんし、「仮観」もありません。もちろん、「中観」もあり得ません。

 フィクションを実物だと思い込んでしまう思想なのです。実物だと思ってしまうと、隣の世界を認めることができなくなります。「信じるものは救われる」=「信じないものは救われない」=「信じないものは神が排除してもいいと認めている」という論理になってしまうのです。

 また、すべてのものが「空」ではなく実物であるなら、大きければ大きいほどいいと考えてしまうのも、道理というものです。ビルは高ければ高いほどいいと考え、領土は広ければ広いほどいいと考え、金(マネー)は多ければ多いほどいい、ということになってしまうのです。

 ビルも領土も金も「空」だと知っていれば、そんなものにこだわること自体が無意味だとわかるはずです。

 そもそも金(マネー)というのは、物々交換を媒介する道具です。ところがいつのまにか、その道具ばかりを増やすことに心血を注ぐようになってしまいました。すべてを本当にあるもの、実であると考えてしまったからです。

 引用終わり

 

 

<ワーク>

    人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福(well-being)”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

    未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』がはじまり」といえます。そのはじまりにある“幸福(well-being)”とはどんなものなのでしょうか?

    人生の終着点(始発点)である「死」をどのように迎えれば(始めれば)よいのでしょうか?

    anti-agingwith-agingの先には何があるのでしょうか?

 

 

 いかがですか?

 前回(F-170)と比べて、どんな変化が生じましたか?

 

前回と今回の答えの違いは、抽象度の違いのはず。そうやって抽象度の階梯をのぼっていくことで(人間形成)、人は“The Power of Mind”を手に入れていきます。

もしも「Total」に通じるような大きな何かを感じられたなら、きっとそのちょっと先にはシンの平和が待っています。平和に至るマインドの変化が「antiwithwell」であり、そのプロセスそのものが“幸福(well-being)”といえるはずです。

 今後の「フリーテーマ」での投稿(F-176~)で掘り下げていきます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/16799778.html

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 このシリーズの冒頭(F-163)で、「ウルマンの『悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消滅させる元凶である』という主張(claim)が証明されたといえます」と書きました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

 

 厳密には、この表現は△です。因果関係を考えると、情動(悩み・疑い・不安・恐怖・失望)は結果であり、因ではないから。

 

「情動」も「若さの消滅」と同様に結果にすぎません。「マインドでの情報処理」の結果です。その情報を生みだすのはゴール。だから、コーチングが重要なのです。「ゴールがない」「ゴールが間違っている」「ゴールが不明瞭」というのが、ウルマンの言う“元凶”といえます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24205164.html

 

Goal comes first」(by Mr. Lou Tice)ということです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23715889.html

 

 

-関連記事-

F129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_396235.html

PM-00-06:第六章(職場への苫米地式コーチング導入挑戦と明らかになった課題)目次

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/15110477.html

 

 

「生」と「死」の取り扱い説明書(Kindle ver.)

生と死の取扱説明書(kindle ver.

Kindleへはこちらからどうぞ↓

Amazon.co.jp 「生」と「死」の取り扱い説明書 eBook: 苫米地英人: Kindleストア

 


F-171:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ vol.4-3「死」;well-aging

 

 最近、「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読みました。読後に医師&コーチとして考えたことをまとめます。

 

vol.1「生」;好きなことだけやる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

vol.2-1「老」;anti-aging <ワーク付き>

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24337669.html

vol.2-2「老」;anti-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24402109.html

 vol.3-1「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24466811.html

 vol.3-2「病」;with-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24549392.html

 vol.3-3「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24604120.html

 vol.4-1「死」;well-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24655350.html

 vol.4-2「死」;well-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24719389.html

 vol.4-3「死」;well-aging

 

    人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福(well-being)”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

    未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』がはじまり」といえます。そのはじまりにある“幸福(well-being)”とはどんなものなのでしょうか?

    人生の終着点(始発点)である「死」をどのように迎えれば(始めれば)よいのでしょうか?

    anti-agingwith-agingの先には何があるのでしょうか?

 

 前回(F-170)の追記1で、ワークのヒントとして、俳優 マイケル・J・フォックスのコメントを再度紹介しました。その中にある言葉が「起きたことを正しい場所に受け止める」。

マイケルが「楽観主義は感謝から生まれるものだ」と気づいたのは、「起きたことを正しい場所に受け止める」という姿勢(attitude)によりスコトーマが外れ、より高い抽象度で“自分”を再評価することを可能にしたからです。その先にあるのが、大乗でいう「空観(くうがん)」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

その上で「生きていかなくてはならない残りの人生がどれだけあるかを見る」というのは、高い抽象度からの視点を保ったまま物理空間での“一期一会”を思い描くということ。「仮観(けかん)」です。その時のマイケルの心は、「戦い」ではなく、「貢献」の方にフォーカスしていたはずです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23177616.html

 

「空」と「仮」を同時に満たす上位概念が「中観(ちゅうがん)」。

中観とは、すべての存在が「空」であるとする「空観」と、縁起の中での「仮の役割」に注目する「仮観」の2つをバランスよく維持している状態です。

私は、この中観こそがwith-agingを可能にすると思っています。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 私がそのように確信するようになったのは、もちろん、師である認知科学者 苫米地英人博士に学んでいるからです。博士との御縁により、幼少期から慣れ親しんできた仏教と少年の頃から好きな科学、そして青年期から学び続けている医学・医療のゲシュタルトがどんどん結びついていきました。それは縁起の結実。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7383761.html

 

 前々回(F-169)御紹介した「死とは何か(原題:DEATH)」(文響社)を読みながら感じた強烈な違和感も「ゴールへ向かう重要な縁起」と理解しています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

そんな意識状態を保ちながら、苫米地博士の著書「『生』と『死』の取り扱い説明書」(KKベストセラーズ)を読み返してみました。

「死の正体」を明らかにする第二章(「死」は妄想)で、博士は「空観・仮観・中観」を取り上げていらっしゃいます。つまり、「死の本質」を理解するためには釈迦哲学が欠かせないということ。

 以下、同書より引用します。

 

空観、仮観、中観

 

 宇宙とか世界を捉える見方、考え方に「空観」「仮観」「中観」というものがあります。

 「空観」とは、すべてのものは「空」であることを知って、すべてのものを「空」として見るというものです。

 「空」という概念は非常に説明が難しいのですが、「有でもあり、無でもある」あるいは「有でもなく、無でもない」といった概念です。すべてを包含しうる概念と言えます。

 よけいに混乱してしまったかもしれませんが、「あるとも言えるし、ないとも言える」、ということは「あるとも言えないし、ないとも言えない」わけです。

 

 例えば、あなたは森の中にいたとします。では、その「森」というものは本当に存在するのでしょうか。

 「森」と言っても、ただ「木」がたくさん生えているだけです。木はあっても森は「ある」と言い切れるでしょうか。もしかしたら、「森」ではなくて「林」かもしれません。その区別すら、明確にはできないはずです。

 「木がたくさん生えているのが森」だとすれば、その「たくさん」というのはどの程度を言うのでしょうか。どこからが「木」で、どこからが「林」で、どこからが「森」なのでしょうか。

 そんなふうに考えていくと、「森」だと思っていた場所も、実は「森」ではないかもしれないと思えてきます。実際、「森」という存在があるのかないのか、なんとも言い切れなくなってきます。

 こんなふうにすべてのものは、よくよく見てみると、「あるとも言えるし、ないとも言える」ものだということがわかります。

 「でも、『木』はあると言えるんじゃないか」

 そう思う人もいるかもしれません。木が集まって森になる。だとすれば、森があるとは言い切れないが、木はあると言えそうだという主張でしょうか。

 しかし、「木」という存在も「森」と同様に怪しいのです。そもそも、「木」という言葉があるから「木」と認識しているだけであって、「木」という言葉を知らない人が「桜の木」と「つつじの木」を見たとき、同じ「木」だと捉えるかどうかははなはだ怪しいと言わざる得ません。

 また、木は細胞からできています。細胞がたくさん集まって、「木」と呼ばれるものを形作っているわけです。だとしたら、「森」と「木」の関係と同様、細胞はあっても、「木」というものが「ある」と言えるのかどうか怪しいということになります。

 細胞ももっと細かく分けることができます。核とか、細胞質とか、もっと言えば、分子とか原子とか、素粒子レベルまで分けることができます。

 では、素粒子はあると言えるのかと言うと、量子力学の世界をご存じの読者はおわかりのように、ある確率でしか、その場所に存在していると言えないのです。例えば、原子の中の電子の位置を正確に測定することはできません。

 こんなふうに「あるともないとも言えるし、あるともないとも言えない」というのが「空」という概念です。

 存在というのは、実は実体として「ある」とは言い切れず、常に他のものとの関係性の中でしか定義できません。どんなものであっても、「あるともないとも言え、またあるともないとも言えない」のです。

 こんなふうに、「すべてのものは『空』である」としてものごとを見る見方を「空観」と言います。

 引用終わり(続きは次回に)

 

 過去のブログ記事で米ハーバード大学教授の「LIFESPAN 老いなき世界」(F-165)や米イェール大学教授の「死とは何か(原題:DEATH)」(F-169)を取り上げ、『存在→関係』か『関係→存在』かの違い」がポイントであることを指摘しました。

前者(西洋哲学)が「体や老病死がある(存在する)」ことを前提にしているのに対して、後者(釈迦哲学)は「体や老病死はあるともないとも言え、またあるともないとも言えない」という立場。その後者の視点が空観です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23037529.html

 

苫米地博士は、「木と林と森の関係」を、細胞から素粒子のレベルまで抽象度を下げながら考察されていました。同様に、一人の人間の体を、器官から細胞そして素粒子へと抽象度を下げながらみていくと、「あるともないとも言えるし、あるともないとも言えない」ことがわかります。空(くう)です。

 

 私たちは、つい「一人の人間の命はひとつ」と考えてしまいがちですが、一人の体は60兆個をこえるたくさんの細胞の集まりです。その一つひとつが生きているからこそ、全体としての“ひとつの命”が成り立っています。

 無数の細胞(部分)が器官を形成し、たくさんの器官が見事に連携しながら“ひとつの命”(全体)を成り立たせている まさにゲシュタルトです。

 

 そんな“ひとつの命”に関わるのは自らの組織だけではありません。

例えば、腸の中には1003000種類の微生物(主に細菌)が100兆~1000兆個ほど存在するとされています。総重量はなんと1kg以上です。この腸内細菌の種類や数に私たちの健康状態が左右されることは、すでに科学的に立証されています。さらに最近は、人間の心の状態とこれら腸内細菌との相関まで指摘されています。まさに縁起!

このような様々な縁起により、「Total」として、一人の人間の命がダイナミックに形成されているのです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

この「一人の命を構成しているたくさんのいのち」という関係を人類(または地球)と地球上で暮らしている70数億人の関係に当てはめると、「人類(または地球)という一つの大きな命(全体)を構成しているたくさんのいのち(部分)」が私たち一人ひとりの命であるといえます。

つまり、私たち一人ひとりはより大きな人類(地球)という生命の一部。縁起のネットワークのひとつの結び目です。

 

F-172につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 引用文中にある「量子力学の世界」の参考にご覧ください↓



 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14526199.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14687391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14687476.html

 

 

-関連記事-

F129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_396235.html

 

 

「生」と「死」の取り扱い説明書



F-170:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ vol.4-2「死」;well-aging <ワーク付き>

 

 最近、「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読みました。読後に医師&コーチとして考えたことをまとめます。

 

vol.1「生」;好きなことだけやる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

vol.2-1「老」;anti-aging <ワーク付き>

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24337669.html

vol.2-2「老」;anti-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24402109.html

 vol.3-1「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24466811.html

 vol.3-2「病」;with-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24549392.html

 vol.3-3「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24604120.html

 vol.4-1「死」;well-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24655350.html

 vol.4-2「死」;well-aging

 

苫米地理論においては、老いや病はもちろんのこと、生と死さえも空(くう)です。空という意味では「生命=機械」「死=壊」という見方もできるのかもしれませんが、だからといって「私たちは機械にすぎない」「機械は壊れてしまえばもうおしまい」「どの機械もいつかは動かなくなるといったことと比べて、(死は)特別に不思議なわけではない」という結論には至りません。ゼッタイに...です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 では、どのように考えればよいのでしょうか?

 anti-agingwith-agingの先には何があるのでしょうか?

 

 …vol.3-3「病」(F-168)でanti-agingからwith-agingへの進化」を考察しました。それは年を重ねるとともに抽象度の階梯をのぼっていくことで実現します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 抽象度の階梯をのぼることとは「人間形成」と同じ。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9963845.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9966391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10116950.html

 

その人間形成の過程でますます前頭葉(前頭前野)を上手く使いこなせるようになり、高い抽象度次元に強い臨場感を感じることができるようになります。その結果として“The Power of Mind”を手に入れるのです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404758.html

 

 マインド(脳と心)の力を手に入れると、ますますパワフルかつクリエイティブに生きることができるようになります。本人にとって「あたりまえ」の自然な状態(100%want to)は、傍から見ると「高いモチベーション」「努力」「根性」に感じられます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882609.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19980130.html

 

 

 絶望の中に見つけた希望をゴールにし、挑む過程でスピリチュアペインを克服していき、“トータルな幸福”を得る

 

 希望をゴールとして設定し本当にやりたいことだけをやり続けると、まずは心が元気になります。その心の変化は写像である物理空間(情報空間の底面)にあらわれ、やがては体も元気になっていきます。心と体は同じものであり、すべて情報だからです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23743308.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23037529.html

 

 

 絶望の中に見つけた希望をゴールにし、挑む過程でスピリチュアペインを克服していき、“トータルな幸福”を得る

 

 ゴールは“現状の外”にあります。“現状の外”とは今までの「自分(=ブリーフシステム)」を超越する新たな次元のこと。よって、そこを目指す過程はこれまでのコンフォートゾーンを飛びだす“挑戦”と感じられます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

 

 その挑戦の過程で“本当の自分”を作り上げていくことができます。それが「スピリチュアルペインの克服」。これまでの「無人運転」「自動運転」からの脱却です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_407080.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_369873.html

 

 

 絶望の中に見つけた希望をゴールにし、挑む過程でスピリチュアペインを克服していき、“トータルな幸福”を得る

 

 「『無人運転』『自動運転』からの脱却」というのは、自由に行き先を決めるということです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400928.html

 

完全に自由に“自分”自身の手で行き先を決めるからこそ、「身体的」「心理・精神的」「社会的」「スピリチュアル」というすべての面で“トータルな幸福(well-being)”を得ることができます。それがWHOの定義する“健康”です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7859675.html

 

 しかしながら、「生老病死」という人生全体(total)で考えると、「行き先は必ず死」といえます。そこまでの行き方(生き方)は自由に決めることができたとしても、行き着く(生き尽く)ところは必ず「死」です。

未来から過去へと向かう時間の流れを考慮するならば、「『死』がはじまり」といえます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542317.html

 

 

 ここであらためて問い直します。“自分”オリジナルの答えを見いだす取り組みは、世界平和を実現するために、そして「anti-agingwith-agingの先にある境地」に至るために、とてもとても重要なワークとなります。今後のワークとも関係するため、ノート等に記載してください。

 

    人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福(well-being)”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

    未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』がはじまり」といえます。そのはじまりにある“幸福(well-being)”とはどんなものなのでしょうか?

    人生の終着点(始発点)である「死」をどのように迎えれば(始めれば)よいのでしょうか?

    anti-agingwith-agingの先には何があるのでしょうか?

 

F-171につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

 ワークのヒントとして、vol.3-3「病」(F-168)で取り上げた俳優 マイケル・J・フォックスのコメントを再掲します。

 

感謝の気持ちに立ち返ることができれば、楽観的な見方を持ち続けられる。それは受け入れることから生まれるんだ。起きたことをそのまま受け入れる。それは現状を変えようという努力ができないという意味ではない。それに起きたことを自分への罰や自己犠牲として受け入れるということでもない。起きたことを正しい場所に受け止めるということなんだ。そして生きていかなくてはならない残りの人生がどれだけあるかを見る。そうすれば前進できる。

 

 

-追記2

 前回(F-169)の追記で「死とは何か(原題:DEATH)」(文響社)の著者 シェリー・ケーガン教授の「自殺」に関する結論を御紹介しました。この重たいテーマを、著者は合理性と道徳性という観点で考察しています。

 

 合理性:原則として自殺は合理的な選択となりうるのだ。

 道徳性:相手がよく考え、妥当な理由を持ち、必要な情報を得ていて、自分の意思で行動していることを確信できたとしよう。そんなケースでは、その人が自殺することは正当であり、本人の思うようにさせることも正当だと思える。

 

 納得できますか? 落ち着かない感じがしませんか?

 では、私の意見(claim)を簡潔に述べます。

議を言な(ぎをゆな)!

 (↑鹿児島弁です。詳細はこちらでどうぞ↓)

 S-02-15:マナーやルールに潜む罠 -2

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19370962.html

 

 

-関連記事-

F129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_396235.html

 

 

F-169:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ vol.4-1「死」;well-aging <ワーク付き>

 

 最近、「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読みました。読後に医師&コーチとして考えたことをまとめます。

 

vol.1「生」;好きなことだけやる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

vol.2-1「老」;anti-aging <ワーク付き>

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24337669.html

vol.2-2「老」;anti-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24402109.html

 vol.3-1「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24466811.html

 vol.3-2「病」;with-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24549392.html

 vol.3-3「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24604120.html

 vol.4-1「死」;well-aging <ワーク付き>

 

人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

 未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』ははじまり」ともいえます。そのはじまりにある“幸福”とはどんなものなのでしょうか?

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542317.html

 

 今回御紹介する本は、「死とは何か イェール大学で23年連続の人気講座」(文響社)。米国イェール大学で道徳哲学や規範倫理学を教えるシェリー・ケーガン教授の「死」をテーマとした講義をまとめたものです。原題は「DEATH」。

 その本(講義)はこんな文章ではじまります。

 

 どのような生き方をするべきか?

 “誰もがやがて死ぬ”ことがわかっている以上、この問いについては慎重に考えなければなりません。どんな目的を設定するか、どのようにその目的の達成を目指すか、念には念を入れて決めることです。

 もし、死が本当に“一巻の終わりならば、私たちは目を大きく見開いて、その事実に直面するべきでしょう。

-自分が何者で、めいめいが与えられた“わずかな時間”をどう使っているかを意識しながら。

 引用終わり

 

 「死」をテーマとしているはずなのに冒頭から「どのような生き方をするべきか?」と問いかけていることに興味を持ち、ワクワクしながら読みはじめました。そして、著者の描く「どんな目的を設定するか」「どのようにその目的の達成を目指すか」に大きな期待を感じながら読み進めました。

 「目的」とはゴールのはずで、「目的の達成」はコーチングに通じるに違いないと思ったからです。それは「with-agingwell-agingに引き上げる何か」であるはず。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 ところが、読後感は、with-agingを感じた「脳科学は人格を変えられるか?」よりも、むしろanti-agingの「LIFESPAN 老いなき世界」に近いと感じました。

それは私にとって想定外であり、強い違和感を覚えました。認知的不協和です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882652.html

 

LIFESPAN」の著者 デビッド・A・シンクレア教授は老化研究の第一人者です。よって、専門家であるが故にその視点が情報空間の底面(物理空間)にフォーカスされていることは理解できます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

一方、「死とは何か(原題:DEATH)」の著者 シェリー・ケーガン教授は哲学や倫理学が専門であり、より高次の抽象度で「死」を考察する立場です。確かに「死(DEATH)」は物理空間での現象ですが、「何か」は情報空間に存在します。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

私の無知と無理解が著者の意図をスコトーマに隠してしまうことがないように、ソクラテスの「無知の知」という忠告を何度も意識しながら読み進めました。不協和を感じるたびに。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19879896.html

 

その上で率直に述べますが、私には著者の思考の抽象度が物理空間(または物理に近い低次元)に囚われているように感じられました。その象徴ともいえる表現を「死についての最終講義」から引用します。

 

 魂など存在しない。私たちは機械にすぎない。もちろん、ただのありきたりの機械ではない。私たちは驚くべき機械だ。愛したり、夢を抱いたり、創造したりする能力があり、計画を立ててそれを他者と共有できる機械だ。私たちは人格を持った人間だ。だが、それでも機械にすぎない。

 そして機械は壊れてしまえばもうおしまいだ。死は私たちには理解しえない大きな謎ではない。つまるところ死は、電灯やコンピューターが壊れうるとか、どの機械もいつかは動かなくなるといったことと比べて、特別に不思議なわけではない。

 

 ポイントはやはり「『存在→関係』か『関係→存在』かの違い」なのでしょう。

vol.2-2「老い」(F-165)で言及したとおり、前者の「存在があり関係が生まれる」という見方は西洋哲学がベースになっています。

 そして、その見方は、物理空間では不確定性原理により、情報空間では不完全性定理によって、完全に否定されました。「アプリオリはなく、すべては決定的ではない」ということはすでに証明されています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6194669.html

 

対して、後者の「関係があり存在が生まれる」という見方は釈迦の縁起の思想をベースにしています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 この「関係があり存在が生まれる」「関係が存在を生みだす」という見方は、「だから普遍的な実体などはなく、物事は常に変わりゆき、永遠に変わらないものなどない」という考え方に行き着きます。「無常」です。

 さらに、「すべてのものは他との関係性の網の中で形作られていて、普遍的な実在はない」という縁起を理解することは、抽象度の軸で見たときの情報宇宙の頂点(T)とした「空(くう)」の体得を可能にします。

空とは「なによりも情報量が少なく(なにもないに等しい)、かつ、潜在的な情報量はなによりも多い(とてつもなくある)」こと。この宇宙の見方が「空観(くうがん、くうかん)」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 認知科学者 苫米地英人博士に学んでいる方々は、まずはこの空観に由っています。もちろん私もです。

 だから、「私たちは機械にすぎない」「機械は壊れてしまえばもうおしまい」と断言されると猛烈な違和感を覚えるのです。抽象度の高い空間にあるコンフォートゾーン(苫米地情報場)から大きく逸脱するからです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

 

 苫米地博士の提唱する苫米地理論は縁起ベースです。その代表が「超情報場仮説(理論)」。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165789.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165823.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5165888.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306380.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306438.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5306445.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5445932.html

 

苫米地理論においては、老いや病はもちろんのこと、生と死さえも空(くう)です。空という意味では「生命=機械」「死=壊」という見方もできるのかもしれませんが、だからといって「私たちは機械にすぎない」「機械は壊れてしまえばもうおしまい」「どの機械もいつかは動かなくなるといったことと比べて、死は特別に不思議なわけではない」という結論には至りません。ゼッタイに...です。

 

 では、どのように考えればよいのでしょうか?

 anti-agingwith-agingの先にはどんな境地があるのでしょうか?

 

F-170につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 もうひとつ、「『死』とは何か」が抱える重大な課題(ケースサイド)を御紹介します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12658417.html

 

 同書の第9講は「自殺」がテーマ。その重たいテーマを、著者は合理性と道徳性という観点で考察しています。「シェリー先生の結論」にはこのように記載されています。

 

 合理性:原則として自殺は合理的な選択となりうるのだ。

 道徳性:相手がよく考え、妥当な理由を持ち、必要な情報を得ていて、自分の意思で行動していることを確信できたとしよう。そんなケースでは、その人が自殺することは正当であり、本人の思うようにさせることも正当だと思える。

 

 いかがですか?

 自殺に関するイェール大学教授のこの“結論”について考えてください。それが今回のワークです。これは世界平和を実現するためのとても重要なワークになります。

 「anti-agingwith-agingの先にある境地」に至るためにも重要です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/16799778.html

 

 私の意見は次回(F-170-追記2- 中に記します。一言です。

 

 

-関連記事-

PM-06-18~:仮説13)宗教の限界

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14526199.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14687391.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14687476.html

F129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_396235.html



「死」とは何か

  

F-168:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ vol.3-3「病」;with-aging <ワーク付き>

 

 最近、「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読みました。読後に医師&コーチとして考えたことをまとめます。

 

vol.1「生」;好きなことだけやる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

vol.2-1「老」;anti-aging <ワーク付き>

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24337669.html

vol.2-2「老」;anti-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24402109.html

 vol.3-1「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24466811.html

 vol.3-2「病」;with-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24549392.html

 vol.3-3「病」;with-aging <ワーク付き>

  

もしも「老い」「病」に明るくあたたかい何かを感じられるのなら、それはより大きなゲシュタルトで再解釈(統合)できていることを意味します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7383761.html

 

 このシリーズではまず「LIFESPAN 老いなき世界」(東洋経済新聞)を紹介しました。その中では(情報空間の底面である)物理空間に限局した視点で「老=病」という定義がなされ、「老いは克服できる」と主張されていました。anti-agingです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

 次に取り上げたのが「脳科学は人格を変えられるか?」(文藝春秋)。以前はアプリオリを前提とする立場だった著者は、俳優 マイケル・J・フォックスとの縁により、「遺伝子は確かに私たちを規定するが、必ずしも絶対的な力ではない」「環境が変われば遺伝子の発現も変わり、脳が物理的に変化する」という立場にあらためます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 それは機械論的自然観や実体二元論(substance dualism)といった西洋哲学の立場から、不完全性定理や不確定性原理を経て、東洋哲学の立場に移行したということ。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6194669.html

 

 東洋哲学の立場とは縁起のことです。さらに突き詰めると、「『生老病死』が空(くう)だと理解した上で、生きる意味を仮(け)として見いだし、実践すること(=中観)」といえます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 読書中、抽象度という軸を手に入れたであろう著者の思考が、底面である物理空間から解き放たれ、高次の情報空間にどんどん拡大していくのを感じました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

そして、著者の関心は“幸福”へと移っていきます。もはや「老い」や「病」は戦うべき存在ではなく、“幸福”に至る重要なきっかけにさえ思えてきます。自我が拡大しているからです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353425.html

 

それは「anti-agingからwith-agingへの進化」と考えることができます。

 

 実例として取り上げられた俳優 マイケル・J・フォックスの生き様は、私たちに重要なことを教えてくれます。with-agingの力です。それは年を重ねるとともに抽象度の階梯をのぼっていくこと(人間形成)で手にしていく“The Power of Mind”。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9963845.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/9966391.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10116950.html

  

 絶望の中に見つけた希望をゴールにし、挑む過程でスピリチュアペインを克服していき、“トータルな幸福”を得る

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

 「ゴール設定後本当にやりたいことだけをやり続けることでまず心が元気になり、その心の変化が写像である物理空間にあらわれて体も元気になった」マイケルは、パーキンソン病という難病を発症しながらも“奇跡”といえるような俳優復帰を果たしました。「悲観的な遺伝子型」を持っているはずなのに。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8045695.html

 

 「心と体は同じもの」であり情報です。同じものの抽象度の違いであり、そのすべてが情報です。その情報を、情報空間では心といい、底面(物理空間)では体と表現しているだけです。だから、心が元気になると、写像である体もいい状態になる

 

 それは紛れもない事実ですが、その一方で(情報空間の底面である)物理空間には物理法則という強力な秩序が働いています。「LIFESPAN」で示されているようなコントロールが実現するにしても、「生老病死」という四苦を完全に克服することはできないはずです。

 すべての生命が、確実に老い、多くは病を抱えながら、必ず死んでいくのです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8045827.html

 

 では、人生の終わりに待つ「死」まで見据えた上で、あらためて“幸福”を考えるとどのようなことがいえるでしょうか?

 未来から過去へと向かう時間の流れを考慮すると、「『死』ははじまり」ともいえます。そのはじまりにある“幸福”とはどんなものなのでしょうか?

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542317.html

 

 

 “奇跡”のような俳優復活を成し遂げたマイケルにも、「老い」や「病」が忍び寄りました。2018年に脊髄に異常があると診断されたのです。この異常は1991年に発病したパーキンソン病とは関係のないものだったといいます。「腫瘍が脊髄を圧迫していた。手術をしなければ麻痺してしまうと言われた」と当時の状況をインタビューで語っています。

幸い手術は成功し、リハビリで歩けるようになりました。しかし、いよいよ俳優に復帰するという当日、転倒したマイケルは腕を骨折してしまいます。

 

「間違いなく人生で最悪の瞬間だった。ただ倒れてしまったんだ。キッチンの壁に寄りかかって救急車を待ちながら『まさにどん底だ』って思っていた。すべてに疑問を抱いた瞬間だった。こんな状態で明るい顔なんてできない。これにいい面も明るい面もない。後悔と痛みがあるだけだって思ったんだ」

 

パーキンソン病発症後も希望を失わなかったマイケルですが、このときばかりは楽観的な思考ができなかったそうです。きっと大脳辺縁系優位の「ファイト・オア・フライト」の状態だったのでしょう。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8164566.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8166289.html

 

ところが、ベッド上で1970年代のテレビ番組の再放送を見ているとき、突然、変化が訪れました。「楽観主義は感謝から生まれるものだ」とわかったそうです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13628437.html

 

「感謝の気持ちに立ち返ることができれば、楽観的な見方を持ち続けられる。それは受け入れることから生まれるんだ。起きたことをそのまま受け入れる。それは現状を変えようという努力ができないという意味ではない。それに起きたことを自分への罰や自己犠牲として受け入れるということでもない。起きたことを正しい場所に受け止めるということなんだ。そして生きていかなくてはならない残りの人生がどれだけあるかを見る。そうすれば前進できる」

 

起きたことを正しい場所に受け止める

 

 前回の記事(F-167)で米上院予算員会でのマイケルのスピーチを紹介しました。その中に「パーキンソンとの戦いは勝てる戦いです。僕はその勝利のために貢献すると決めました」という表現があります。「戦い」とは、「老い」や「病」と対峙するということ。つまり、anti-agingです。当然、意識は情報空間の底面である物理空間にあります。

 

 落胆したマイケルが「楽観主義は感謝から生まれるものだ」と気づいたのは、「起きたことを正しい場所に受け止める」という姿勢(attitude)によりスコトーマが外れ、より高い抽象度で“自分”を再評価することを可能にしたからです。大乗でいう「空観(くうがん)」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

その上で「生きていかなくてはならない残りの人生がどれだけあるかを見る」というのは、高い抽象度からの視点を保ったまま物理空間での“一期一会”を思い描くということ。「仮観(けかん)」です。その時のマイケルの心は、「戦い」ではなく、「貢献」の方にフォーカスしていたはずです。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23177616.html

 

「空」と「仮」を同時に満たす上位概念が「中観(ちゅうがん)」。

中観とは、すべての存在が「空」であるとする「空観」と、縁起の中での「仮の役割」に注目する「仮観」の2つをバランスよく維持している状態です。

 

私は、この中観こそがwith-agingを可能にすると思っています。

 

 

 最後に、認知科学者 苫米地英人博士の著書「『感情』の解剖図鑑 仕事もプライベートも充実させる、心の操り方」(誠文堂新光社)より引用します。

 ぜひ「老い」や「病」の先に待つ「死」の迎え方について考えてください。そして、その「死」まで見据えた上での“幸福”(あるいは、時間の流れのはじまりにある“幸福”)について思いめぐらしてください。それが今回のワークです。

 

 楽しんでもいい不安もある

 不安にはさまざまなものがありますが、その中には、「感じてもいい不安」と「感じる必要のない不安」があります。

 「感じてもいい不安」として、まず挙げられるのは、「老い」や「死」に対する不安です。

 人類はあるとき、「人は必ず老いる」「人は必ず死ぬ」「それを人間の力でコントロールすることはできない」ということに気づきました。おそらくそのときから、老いや死に対する不安が生まれたはずです。

 そうした不安に対処するために生まれたのが、宗教や哲学です。

 生きている限り、自分ではどうすることもできないことは必ずあり、不安も生じます。そして不安があるからこそ、人は人生と向き合い、思考を深めることができます。

 ですから、「老い」や「死」への不安のように、感じてもいい不安に関しては、「自分が不安を抱いている」ことをしっかり認め、無理になくそうとせず、その感情を楽しめばよいのです。

 

F-169につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-関連記事-

F129~The Sweet Hello, The Sweet Goodbye

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_396235.html

 

 

「感情」の解剖図鑑



F-167:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ vol.3-2「病」;with-aging

 

 最近、「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読みました。読後に医師&コーチとして考えたことをまとめます。

 

vol.1「生」;好きなことだけやる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

vol.2-1「老」;anti-aging <ワーク付き>

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24337669.html

vol.2-2「老」;anti-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24402109.html

 vol.3-1「病」;with-aging <ワーク付き>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24466811.html

 vol.3-2「病」;with-aging

 

 前回(F-166)の最後に「脳科学は人格を変えられるか?」から引用し、「その意味するところを考えるワーク」を行っていただきました。いかがでしたか?

 

 引用した部分は「幸福になるためにはどうしたらいいのか」。

フォックス教授は「人がほんとうの意味で幸福になれるのは次に述べる三つの要素があわさったときだけ」とした上で、1)ポジティブな感情や笑いを数多く経験すること、2)生きるのに積極的にとりくむこと、3)今日明日ではなくもっと長期的な視野で人生に意義を見出すこと の3つを挙げていました。

 

 

 2)生きるのに積極的にとりくむ」は、シンプルに「高いモチベーション」と表現できます。コーチングを学んでいる人にとってはあたりまえのことですが、じつは、モチベーションとは原因ではなく結果です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882609.html

 

 そう、ゴール設定の結果。ゴールを正しく設定できたから、高いモチベーションが生じます。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 

もっと正確に表現すると、「100%want toのゴールに向かう自然な状態が、はたからみるとモチベーションが高いように感じられる」ということ。本人にとっての“あたりまえ”が「高いモチベーション」であり、その正体はホメオスタシス(恒常性維持機能)です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831660.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971818.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971956.html

 

 

パーキンソン病の診断後も事実を伏せたまま映画・TVの出演を続けていたマイケル・J・フォックスでしたが、症状が進行するにつれて俳優としての職業上のゴールを失っていきました。「絶望し、浴びるように酒を飲んだ」と後に告白しています。

 しかしながら、マイケルは違う人生の領域に新たなゴールを見つけました。そして、パーキンソン病の研究助成活動に「積極的にとりくむ」うちに元気を取り戻し、俳優としての復帰を果たしました。

 

 これは「ゴール設定後本当にやりたいことだけをやり続けることでまず心が元気になり、その心の変化が写像である物理空間にあらわれて体も元気になった」ということ。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8045695.html

 

 もちろん、心の変化で必ず難病が治るわけではありません。しかし、傍から見ると“奇跡”と思えるような劇的な変化が実際におこることも事実。皆さんにもきっと思い当たる経験があるはずです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23874668.html

 

 大切なのは「心の変化」。コーチング用語でいえばブリーフが変わること。そのブリーフの変化を引き起こすための最初の重要な作業がゴール設定です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721531.html

 

 

3)今日明日ではなくもっと長期的な視野で人生に意義を見出す」とは、「ゴールの抽象度を上げる」と同義です。それは「心の変化」をもっと大きくかつダイナミックなものにするということ。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 前々回(F165)、情報空間と物理空間の関係を説明しました。心は情報空間にあり、体は物理空間に(心の写像として)存在します。

そして、ここが超重要なポイントなのですが、「心と体は同じもの」であり情報です。同じものの抽象度の違いであり、そのすべてが情報です。その情報を、情報空間では心といい、底面(物理空間)で体と表現しているだけです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

 では、ゴールとして新たにうみだす情報の抽象度が上がるとどうなるでしょうか?

 

 「もっと長期的な視野で人生に意義を見出す」ことがますます可能になります。

そのたびに、人は「本当は思春期以降ずっと抱えているのにスコトーマに隠れ感じられなくなっている根源的な痛み」を克服していきます。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

 その根源的な痛みとは「スピリチュアルペイン」のこと。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8293317.html

 

 「スピリチュアルペイン」を克服すると、「身体的苦痛」「心理・精神的苦痛」「社会的苦痛」も解決していくはずです。「全人的苦痛(トータルペイン)」をしっかり克服し、文字どおり“トータルな幸福”を手に入れるのです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24321116.html

 

 絶望の中に見つけた希望をゴールにし、ゴールに向かう過程でスピリチュアペインを克服しながら“トータルな幸福”を得る

 

 そんな心の変化を、マイケル自身が米国議会で語っています。1999年の上院予算員会でのスピーチを御紹介します。

 

 ここにいる皆さんの多くは、僕のことを、テレビや映画で御存知かと思います。でも、今日ここで語ることはセレブリティーとは何の関係もありません。僕が初めてパーキンソン病のことを明かしたとき、多くの人は驚きました。1つは、僕がまだ若いことです。

 僕が病気のことを隠していたのは、恐怖、認めたくないという気持ちがあるからでした。それに、黙ってこれを乗り越えようとも思っていました。でも、公にしたときの反響に、僕は感動し、喜びを感じ、インスピレーションを受けました。同じ病気に悩む人々が、僕を勇気づけてくれたり、自身の体験を語ってくれたりしたのです。それは、苦しみ、フラストレーション、そして希望の話でした。

 パーキンソンとの戦いは勝てる戦いです。僕はその勝利のために貢献すると決めました。セレブリティーとして僕ができることは、人々にこの問題に注目してもらい、研究のために必要とされているお金を獲得することです。

 引用終わり

 

 シンプルにまとめると、パーキンソン病発症:恐怖・否定=絶望 →公表後大反響:感動・喜び・インスピレーション=希望 →同病者との交流:病に勝利するための貢献を決意=ゴール(エンドステート;研究資金獲得)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/14973460.html

 

 

 ゴールに向かう過程でスピリチュアペインを克服していったマイケルは、「1)ポジティブな感情や笑いを数多く経験」したはずです。そして、「ゴール設定後本当にやりたいことだけをやり続けることでまず心が元気になり、その心の変化が写像である物理空間にあらわれて体も元気になる」という変化が起こりました。それは「マイケルにとっては“あたりまえ”」だけど「専門家にとっては“奇跡”」といえる変化。

 

じつは、パーキンソン病と診断されたとき、「2000年頃までには俳優はできなくなる」と医師に宣告されていたそうです。ところが、マイケルはそんな悲観的な予想を見事に覆しました。2010年から弁護士ドラマ「グッド・ワイフ」で「神経疾患で運動機能障害を持つ弁護士」を演じ、2013~14年にはついにTVドラマの主演にも返り咲きました(「Michael J. Fox Show」)。

 

私は、フォックス教授が幸福の要素とする「1)ポジティブな感情や笑いを数多く経験すること」は、幸福のための必要条件ではなく、結果だと思っています。ゴール設定後に未来(ゴールの世界)から流れる時間を存分に生きている結果。そして、抽象度を上げたさらなるゴールを目指しつつスピリチュアルペインを克服していく結果です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542317.html

 

 様々な研究により、「ポジティブな感情」「笑い」と健康や幸福との相関が明らかになっています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/18456250.html

 

 当然です。心の元気が自然に「ポジティブな感情」「笑い」としてあらわれるのであり、そんな状態こそが健康や幸福そのものなのだから。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7859896.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8430748.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_303640.html

 

 そのように考えると、きっとスコトーマが外れるはず。「老い」や「病」が今までとは違って感じらませんか?

 

 もしも「老い」「病」に明るくあたたかい何かを感じられるのなら、それはより大きなゲシュタルトで再解釈(統合)できていることを意味します。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13628437.html

 

F-168につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

マイケル・J・フォックス(Wikipediaより)

マイケル・J・フォックス&トレーシー・ポラン(妻)

エミー賞授賞式(1988年)

Wikipediaより引用

 


F-166:アンチ(anti)からウィズ(with)、そしてウェル(well)へ vol.3-1「病」;with-aging <ワーク付き>

 

 最近、「生命は老いるようにはできていない」「老いは治療できる病である」「もはや老いを恐れることはない」と主張(claim)する衝撃的な本を読みました。読後に医師&コーチとして考えたことをまとめます。

 

vol.1「生」;好きなことだけやる

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24281579.html

vol.2-1「老」;anti-aging <ワーク付き>

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24337669.html

vol.2-2「老」;anti-aging

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/24402109.html

 vol.3-1「病」;with-aging <ワーク付き>

 

じつは、西洋哲学をベースとするはずの医学の世界でも、抽象度を上げる方向での考察がどんどんなされています。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 その一例として今回御紹介する書籍が「脳科学は人格を変えられるか?」(文藝春秋)。オックスフォード大学感情神経科学センターを率いるエレーヌ・フォックス教授が書かれています。

 

 フォックス教授が2009年に発表した論文は、「セロトニン運搬遺伝子」の型が楽観・悲観を決めることを示唆する内容でした。セロトニンは気分の安定に関わる神経伝達物質です。

つまり、もともとフォックス教授は「性格は生まれながらの遺伝子型で決まってしまう」という立場だったのです。

 

 話が少しそれますが、世界で最初に日本が経験する少子・高齢化社会に備えて、平成19年に改正医療法が施行されました。医療計画制度のもと、いわゆる4疾病5事業ごとに医療連携体制を構築することが決まりました。

平成25年度からは「5疾病5事業および在宅医療」とされています。5疾病とは「がん」「脳卒中」「急性心筋梗塞」「糖尿病」「精神疾患」で、5事業とは「救急医療」「災害時における医療」「へき地の医療」「周産期医療」「小児救急医療を含む小児医療」です。

その5疾病のひとつ「精神疾患」の中心がうつ病に代表される気分障害です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/15236875.html

 

うつ病の本当の原因は、じつは、まだよくわかっていません。

治療の中心である薬物療法は、「モノアミン仮説」を根拠に行われています。モノアミン神経伝達物質とは、アミノ基を一個だけ含む神経伝達物質(または神経修飾物質)の総称で、セロトニン、ノルアドレナリン、アドレナリン、ヒスタミン、ドーパミンなどが含まれます。

その「モノアミン仮説」では、うつ病の原因を、ノルアドレナリン、ドーパミン、そしてセロトニンが不足することと考えます。よって、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)などで物理的に脳内のセロトニン量を増やそうとするのです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/23107579.html

 

 オックスフォード大学教授が注目した「セロトニン運搬遺伝子」は、セロトニンを適正に保つ働きを担っています。脳細胞とその周辺から余剰なセロトニンを再吸収する「セロトニン運搬遺伝子」には3つの型が存在するそうです。働きが活発なLL型、鈍いSS型、そしてその中間のSL型です(Data)。

 改訂版楽観性尺度(LOT-RLife Orientation Task-Revised)という心理テストで楽観度が高かった人はLL型の持ち主が多く、悲観度が高い人はSS型が多いということが明らかになり(Warrant)、「遺伝子型が楽観的か悲観的かの性格を決める」という仮説がたてられました(Claim)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/12340209.html

 

 さらに研究が進み、「被験者に様々な画像を見せたとき、楽観的な画像(明るい・楽しい等)と悲観的な画像(暗い・怖い等)のどちらに最初に注意を払うか?」といったことを調べる「注意プローブテスト」等の方法により、遺伝子型と認知バイアスとの関係が明らかになっていきました。その結果は、「LL型は楽観的な画像に引き寄せられ、SS型やSL型は悲観的画像に引き寄せられる」というもの。

 研究を重ねるにつれて、フォックス教授は「セロトニン運搬遺伝子は『楽観性を生む遺伝子』である」との確信を深めたそうです。

 (認知バイアスは、RAS&スコトーマで理解することができます↓)

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721658.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

 ところが、ある俳優との縁をきっかけに、教授は自説を覆すことになりました。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

その俳優とはマイケル・J・フォックス。大ヒット映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー(Back to the futureBTTF)」の主演俳優です。

 

俳優としてのキャリア絶頂の頃、20代後半だったマイケルはパーキンソン病を発病しました。TVドラマを降板するなど第一線からいったんは退きましたが、パーキンソン病の研究助成活動をはじめ、そのための財団も設立しました。2010年から弁護士ドラマ「グッド・ワイフ」の準レギュラー(「神経疾患で運動機能障害を持つ弁護士」役!)として俳優復帰した後、2013~14年にはTVドラマの主演にも返り咲きました(「Michael J. Fox Show」)。

まさに難病をものともしないポジティブ中のポジティブ! 自他ともに認める「ザ・楽観論者」です。

 

 そんなマイケルがフォックス教授に連絡をとり、遺伝子検査や注意プローブテストを受けることになったそうです。その結果、意外な事実が判明しました。

マイケルの遺伝子型は悲観的なタイプに分類されるものだったのです。

 

 この矛盾を解決するために研究の見直しが進み、悲観的と思われていた遺伝子の型は「外界の影響を受けやすい型にすぎない」ということがわかったそうです。

具体的には「ネガティブな経験をすると悲観的になるが、ポジティブな経験をすればよりよい幸福を感じられる」ということ。それをフォックス教授は「逆境に打ちのめされやすい一方で、よいことから最大の利益を引き出せるタイプ」と表現しています。

 

 じつは先に御紹介した改訂版楽観性尺度(LOT-R)で最も楽観度が高かった人の多くは、LL型の持ち主ではなく、SS型の保有者でした。つまり、「一般的には『LL=楽観』『SS=悲観』であるが、SSの一部は超楽観になる」ということ。

 今までの研究結果の新たな解釈(ゲシュタルト)が、マイケルとの縁をきっかけに、一気にできあがったのです。まさに閃き! これぞconnect the dots !!

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7383761.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13628437.html

 

 遺伝子は確かに私たちを規定します。

 しかし、それが物理空間上の存在であることを考慮すると、「遺伝子は原因ではなく、結果である」といえるはずです。より高次の抽象度空間(情報空間)に存在する“情報”の写像であるという意味です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516539.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654230.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4654316.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831442.html

 

 私は、その“情報”とは「希望」であり「夢」だと思っています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/8045695.html

 

そして、「“情報”をゴールにすることで新たな現実をうみだせる」と確信しています(I×V=R)。マイケル・J・フォックスや彼との縁で自説をアップデートした教授のように。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5615935.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6542364.html

 

 次回(F-166)は今回御紹介したエピソードを踏まえながら、あらためて「老い」や「病」を苫米地式コーチ&ヒーラーとして考えてみたいと思います。

 最後に、「脳科学は人格を変えられるか?」から引用します。その意味するところをぜひ考えてください。それが今回のワークですw

 

 幸福になるためにはどうしたらいいのか

 幸福を追い求めるさいに重要なその他たくさんの要素を、心理学の研究はあきらかにしてきた。人が自分をとりまく風景の意味に気づくために不可欠な、いわばレーダーの役目を果たすのがレイニーブレインとサニーブレインの回路だ。脳のこの領域のはたらきいかんで、思考は悲観的にも楽観的にもなる。

 (中略)

 もうひとつ重要な発見が、科学的な研究からもたらされている。それは、人がほんとうの意味で幸福になれるのは次に述べる三つの要素があわさったときだけだということだ。一つ目は、ポジティブな感情や笑いを数多く経験すること。ふたつ目は、生きるのに積極的にとりくむこと。そして三つ目は、今日明日ではなくもっと長期的な視野で人生に意義を見出すことだ。

 (中略)

 それよりも人を幸福にするのは、自分にとって大きな意味のある何かに積極的にとりくむことだ。これこそが楽観主義者の本物の証明だ。楽観主義者とは、大きな目的に向かって没頭したり、意義ある目標に到達するために努力を重ねたりできる人々なのだ。

 

F-167につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

 今回は、楽観や悲観と関係する遺伝子型(セロトニン運搬遺伝子のLLSSSL)を御紹介しました。

フォックス教授の書籍では触れられていませんが、じつは、日本人は欧米人に比べS型の遺伝子保有率が5割も高いそうです。

つまり、「逆境に打ちのめされやすい一方で、よいことから最大の利益を引き出せるタイプ」が日本にはたくさんいるということ。

 よって、今シリーズのテーマは、日本人にとってはとくに重要であるといえます。

 

 

-追記2

 矛盾を解決するためのエネルギーと創造性の源は「認知的不協和」といえます。

その認知的不協和をうみだすものは「イメージと現実とのギャップ」。そのイメージを、自身の自由意志で、未来側(しかも“現状の外”)に、新たに創造するのがゴール設定!

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5882652.html

 

 今回のケースでは、マイケルの熱意が教授の縁起空間を動かしたとみることができます。その正体はゴール&エフィカシー(コレクティブエフィカシー)でしょう。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5616012.html

 

私は「『熱意≒ゴール&エフィカシー=覚悟』→爆発」だと思っています。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/19033189.html

 

 

-関連記事-

Q-073~180804医療講演会レポート

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_318161.html

S-04~:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!(目次)

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/22305802.html

 

 

脳科学は人格を変えられるか?



このページのトップヘ