PMⅠ:The Power of Mind Ⅰ
PMⅠ-04:苫米地理論で見える医療・福祉現場のスコトーマ
PMⅠ-04-12:次世代型緩和ケアの鍵となるもの
この章(第四章)では、医療・福祉現場での常識や取り組みを御紹介しながら、苫米地理論で考察していきます。
次世代型緩和ケアの鍵となるもの
「トータルペイン(Total Pain)」は緩和ケアの概念です。
緩和ケアとは、「患者とその家族のQOL(Quality of Life、生活の質)を改善するための取り組み」のことです。
かつては「まずがんなど病気の治療を最優先に行い、やりつくしたら緩和ケアを開始する」という考えでした。それが現在は「がん等の診断と同時に緩和ケアも開始し、徐々にその比重を大きくする(大きくなる)」という考え方に変わりました。
MaindsガイドラインセンターHPより引用
さらに、その緩和する対象となる問題を「身体的」「心理的(精神的)」「社会的」「スピリチュアル的」と四つに分類し、それぞれ個別に捉えるのではなく全体として捉えるために「トータルペイン(Total Pain)」という概念が生まれました。
前回(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8292888.html)は、それが「抽象度が上がった視点である」ことを記しました。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html
MaindsガイドラインセンターHPより引用
しかしながら、さらに抽象度を上げて考察すると、現在の緩和ケアの概念には次の段階に進むための課題があることに気がつきます。それは「スピリチュアルペイン(引用図では『霊的苦痛』)」の定義に内包されています。
スピリチュアルペインとは何でしょうか?
私が2011年に受講した「症状の評価とマネジメントを中心とした緩和ケアのための医師の継続教育プログラム(PEACE)」では、「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛(無意味、無価値、虚無、孤独など)」と定義されていました。最新版では「自分の存在や意味を問うことに伴う苦痛」です。
みなさんはこの定義のどこかに違和感を覚えませんか?
私は、スピリチュアルペインの定義「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」は間違っているように感じます。“消滅”という言葉に、「一度獲得(または存在)したものが失われる」というニュアンスを感じるからです。
最新版の「自分の存在や意味を問うことに伴う苦痛」についても同様です。はたしてどれだけの人が「自己の存在と意味」をふだんから自覚しているでしょうか?
…スピリチュアルペインの定義は、「自己の存在と意味がわからないことから生じる苦痛」とするべきです。
つまり、がんになって初めてスピリチュアペインが生じるのではなく、がんになり「自分はいつか死ぬ」という当たり前のことをスコトーマが外れて実感することで、「自分の存在と意味」がわからないというスピリチュアルペインをずっと抱えたまま生き続けてきた事実に気がついてしまうということです。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html
「自分の存在と意味」を確信していない人、あるいは「生きる意味(=死ぬ意味)」がわからないまま過ごしている人たちは、すでに潜在的にスピリチュアペインを抱えています。
「自分の存在と意味」を確信していない人や「生きる意味(=死ぬ意味)」がわからない人というのは、もちろん、ゴールがない人のことです。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html
ゴール設定ができていない人には必ず緩和ケアが必要です。この場合の緩和ケアとは「苫米地理論を学び、コーチングを実践すること」です。それが次世代型緩和ケアへの進化の鍵です。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542426.html
現在の緩和ケアは「がん等の診断と同時に緩和ケアも開始し、徐々にその比重を大きくする(大きくなる)」という考え方に変わりました。しかし、それでもまだ遅いのです。
WHOの緩和ケアの定義に予防という言葉が入っているとおり、“もっと早い段階”からスピリチュアルペインに対して取り組むべきです。
そのことに関連する具体的な提言について、「The Power of Mind Ⅰ」第五章の最後で述べさせていただきます。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124525.html
(つづく)
苫米地式認定コーチ
苫米地式認定マスターヒーラー
CoacH T(タケハラクニオ)
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