PMⅠ:The Power of Mind Ⅰ
PMⅠ-03:苫米地理論との出会いと実践
PMⅠ-03-12:「いい先生」と言われて ~謎の自己嫌悪と驚きのプレゼント~<ベチロンで考察>
ベチロン(苫米地理論)を学んだ今は、過去のつらい思い出も未来でのゴール達成の大切な「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」として解釈することができます。
この章(第三章)では私の経験を紹介し、苫米地理論で考察します。
「いい先生」と言われて ~謎の自己嫌悪と驚きのプレゼント~<ベチロンで考察>
リハビリテーション医学を語る立場にはありませんが、キャリアのスタートがリハ科だったことは、私にとってはラッキーでした。その理由には第四章で触れます。
ところで、「いい先生」とはどんな先生でしょうか?
なぜ、医療側と患者側で違いがある(と感じた)のでしょうか?
…どう見ても若葉マークをつけているのが明らかな私が「いい先生」と評価されたのは、「抽象度と関係している」と思っています。「患者さんを、ある臓器ではなく、特定の疾病でもなく、一つの生命現象としてとらえていた」ということだったのではないでしょうか。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html
さらに「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」の視点により、患者さんの職業や家族、未来まで含めて“その人”と捉えていました。
そして、とても大切なことですが、私のその捉え方が、非言語で患者さんやその家族にしっかりと伝わっていたのだと思います。
当然ですが、医療者は医学的な知識やスキル、実績を重要視します。
情報量の多い世界、つまり物理空間に近い次元で評価するのですから、研修医の私が「いい先生」であるはずがありません。
つまり、「いい先生」の意味は医療側と患者側で、文字どおり、次元が違うのです。
面白いことに、リハ科の後、循環器科→脳外科→リハ科→消化器科(救急)とまわりましたが、急性期病院になるほど患者側と医療側の評価のギャップは縮まりました。
「急性期では物理に近い低い抽象度で濃密に、慢性期になるとより高い抽象度も含めて幅広く対応する必要がある」ということではないでしょうか。
西洋医学は西洋哲学がベースになっています。それは「存在が関係を生みだす」という見方であり、「関係が存在を生みだす」という東洋的見方、つまり「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」の哲学とは正反対です。
存在を突き詰めていくと、どんどん情報量が増えていきます。抽象度が下がるのです。それを「専門性」と呼びます。
必ずしも「急性期=専門性」とはいえないかもしれませんが、命にかかわる救急の場面ではまず一番重要なところに集中する必要があるという意味で「急性期≒専門性」といえます。
専門性(情報量)を重視する医学教育を受けた者には、患者さんのより高次の情報空間はなかなか認識できません。情報量の多い物理空間についフォーカスしてしまい、高次元の空間が「スコトーマ(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html)」に隠れるからです。
本をくださった女性には、私は情報空間のスコトーマが外れているように感じられたのでしょう。その感触が「先生ならわかってくださると思って」という言葉にあらわれています。ちなみに、プレゼントしていただいた本のタイトルは「家庭でできる自然療法」でした。
超情報場仮説を意識しているかどうかはわかりませんが、より高い抽象度の情報空間まで医療の枠でカバーしようという取り組みも始まっています。
例えば、2008年1月に順天堂大学医学部附属順天堂医院にて開設された「がん哲学外来」です。提唱者である樋野興夫医師の著書によると、病理医として「がん」を学んできた樋野先生は、多忙な医療現場と患者さんとの間にぽっかりとすき間が空いていることやがんにまつわる様々な悩みがいかに深刻かということに気づき、日本初の「がん哲学外来」を始めることを決意されたそうです。
現状の外へのゴール設定といえます。そして、それはより高い抽象度の空間に向かうものです。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html
今後の医療には、ますます高次の情報空間での対応(情報操作)が求められていくはずです。その実現のために苫米地理論の理解と実践がとても役に立ちます。
(つづく)
苫米地式認定コーチ
苫米地式認定マスターヒーラー
CoacH T(タケハラクニオ)
コメント