F-011:もっと忖度できる医師を派遣してください

 

大学医局から医師を派遣してもらっている各病院の代表が一年に一回集まる会合での話です。

 

教授・医局長は純粋に意見交換の場と捉えていらっしゃると思いますが、医師を派遣していただいている病院にとっては次年度の病院機能を左右する大切なお願いの場となります。

会議では各病院長がスピーチを行うのですが、当然、どの院長も丁寧な言い回しで、とてもきれいな話をされます。

 

鹿児島の中でもさらに過疎地にある(私が当時勤めていた)病院にとっては、地域医療を守る意味でもとてもとても大切なアピールの場となります。地域代表として、今までの派遣への感謝(過去)と医師派遣継続の希望(未来)を伝えようと、毎回必死の思いで話をさせていただきました。

 

当然謙虚に徹するべきなのですが、元来の「権力嫌い」というブリーフシステムhttp://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.htmlに加え、苫米地式コーチングを学ぶことで身についた「常に“現状”というRを揺らがす」というアティチュードにより、常識的に考えると言葉にしてはいけないようなことを発言したり、事前アンケートに書いてしまうこともありました。

それなのに医師派遣が途切れることがなかったのは、私利私欲のような低い抽象度ではなく、純粋に鹿児島県の医療全体を見た中で、教授と医局長が御判断くださったからだと感謝しております。

 

ところで、そんな私の「Rゆらぎ」をはるかに超えるレベルで、「いつも“場”を動かし、必ず“空気”をかえる」すごい院長がいらっしゃいます。私は、毎回その先生の発言を楽しみにしていました。

 

その院長の今年の(教授に向けた)発言は、「もっと忖度できる医師を派遣してください」でした。

 

忖度(そんたく)とは「他人の心をおしはかること」です。

本来は「心をおしはかる」という意味だけで、「その上で配慮をする」という意味はなかったそうなのですが、モリカケ問題などで「権力者に媚を売る」といったイメージがつき、2017年を象徴するブラックな流行語となってしまいました。

 

少し踏み込んで書くと、忖度とは、「何らかの基準による縦の関係性においての上から下への無言のプレッシャーをおしはかり、下から上に向けての配慮を行うこと」といえます。

「無言のプレッシャー」は生権力(せいけんりょく、Bio-power)に置き換えることができ、「上に向けての配慮」は媚び諂いと言い換えることができます。いずれにせよ、根底にあるのは差別思想です。

 

文脈上、その院長もいい意味では使っていないようでした。よって、「忖度できる医師」とは「権力者の言いなりになる奴隷のような医師」というニュアンスになってしまいます。

 

教育者でもある大学教授や医局長がそのような発言を認めるはずがありません。もちろん、コーチング的にも完全にアウトです。

 

ところが、重苦しかった場はその発言により一瞬で軽やかな雰囲気に変わりました。

教授も医局長も感情的に言い返されることはなく、その後に行われた忘年会冒頭の教授あいさつでは上品な笑いに昇華されていました。

 

幸運にも忘年会では「忖度できる医師」発言をされた院長の隣に座ることになりました。その真意をそれとなく伺いましたが、予想どおり発言は抽象度http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.htmlの高い意図から発せられていました。それを教授との大人の信頼関係の中できわどい笑いに変えていたのです。

 

言葉だけで判断するときっと嫌な思い(大脳辺縁系処理)がしたことでしょう。しかし、その言葉に発言者の世界観が加わることで、そしてその世界観をほとんどの人が共有していたことで、嫌な思いがするはずの発言は、現状(R)を揺らがし、発言者の意図したもっと高い抽象度空間(前頭前野処理)へいざなうトリガーとなりました。

 

20数名の病院長が集まった場にて、一番教授に忖度しなかったのは「忖度できる医師」発言をされた院長です。

あらためて私は、自分自身は権力に媚びないその医師の姿に敬意を感じました。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)