Q-484:「コーチングは自己実現ではない」ということの意味がわかりました

 

うれしい御報告をいただきました。ありがとうございます。

 その一部にコメントいたします。

 (変更を加えています)

 

 

Q:「コーチングは自己実現ではない」ということの意味がわかりました。その意識状態で自身の言動を振り返ると、関わる相手(とくに子ども)を自分の思いどおりにしたいという願望があることに気がつきました

 

A:「意味がわかりました」とは、「より大きなゲシュタルトができた」ということ。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6193912.html

 

 おそらく、今までよりも抽象度が上がっているはずです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4448691.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4449018.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4516484.html

 

 抽象度が上がると、今までスコトーマに隠れていたことが認識できるようになり、これまでよりも世界がクリアに感じられるようになります(個人的な体感です)。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5721610.html

 

 それは今まで囚われていた次元から開放された「意識状態」だといえるはず。きっと自由を感じるはずです。

しかしながら、「~から開放される(freedom from)」という自由は、本当の“自由”とはいえません。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/10400987.html

 

 釈迦は、弟子たちに「自らを由りどころとし、他のものを由りどころとせずにあれ」と説いたといいます。つまり、「思考や行動の判断基準をほかの何者でもない、自らに置きなさい」ということ。

 F-37620-20-20ルール

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/35798727.html

 

 では、その「自」とは何なのでしょう? 「自らに置く」ためにはどうすればよいのでしょう?

 

 

以下、苫米地博士の著書「『生』と『死』の取り扱い説明書」(KKベストセラーズ、p80)より引用します。「『自』とは何か?」「『自らに置く』」ためには?」と自問しながらゆっくり読み進めてください。

Q-452:コーチングの対象が自分であってもvol.1;コーチングは「自問自答」>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/37854944.html

 

 

「生」と「死」の取り扱い説明書

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免疫システムとしての自我

 自我というものを免疫システムとして見ると、非常にわかりやすくなると思います。

 まずは、免疫システムについて、簡単に触れておきましょう。

 ある程度進化した動物には、免疫システムという、外部から侵入する病原体から身体を防御するシステムが備わっています。さまざまなシステムがあるのですが、ここで問題にするのは、いわゆる抗原抗体反応を起こすときの、抗体の仕組みについてです。

 免疫システムを持った生き物の体内には抗体(免疫グロブリン)と呼ばれるものが備わっています。この抗体は、それ自体では特に何かをするようなものではありません。言ってみれば、ニュートラルなギアに入っているようなもので、単体で何らかの働きをするわけではありません。

 抗原(病原体)が体内に侵入すると、その抗原に合わせて自身を変化させ、抗原を撃退する役割を果たすようになります。病原体にはさまざまな種類がありますし、似た病原体でもさまざまに変化するため、免疫は病原体が侵入するごとに自分を作り替えていかなければなりません。

 はしかや水疱瘡、おたふくかぜなどが、一度罹ると二度と罹らないと言われているのに対し(実際には複数回罹る人もいるようですが、一般的にはこう言っていいでしょう)、インフルエンザには何度も罹ってしまうというのは、前者の病原体は変化が小さいので過去に獲得した免疫が有効に作用するのに対して、後者の病原体は短いサイクルで大きく変わるため、過去の免疫が有効に作用しないからです。

 このように、免疫(抗体)は自分自身では自我というものを持ちません。抗原(病原体)が現れて初めて、自我を獲得できるわけです。

 だとすれば、免疫にとって自我とは「病原体との反応」だということになります。他者との関係によってしか自分を説明できないという点で、人間の自我とそっくりなのです。

 先ほど、自我を定義しようとするとき、重要だと思えるものを順に並べていくということを述べました。これを「重要性関数」もしくは「評価関数」と言います。

 自我とは、宇宙の中で自分にとって重要なものを並び替える重要性関数であるとも表現できるのです。自我の定義はいろいろある、と言うか、一義的に定義できないため、いろいろな側面から見ていくことになるのですが、その一つの側面にこの重要性関数という見方があるわけです。

 「コーヒーと紅茶とどっちが好きですか」と聞かれて、「コーヒーです」と答えたとすれば、それも一つの自我です。そのとき、「私にとっては紅茶よりもコーヒーのほうが重要である」というように、重要性という基準で宇宙の一部を並べ替えているのです。

 ただし、これは本質的な自我ではありません。何度も言う通り、この方法によって自我を完全に定義することは不可能だからです。この方法では、宇宙を自分の基準で評価するものが自我である、あるいは、評価することによって自我が生まれることになってしまいます。本来はそうではないはずです。

 免疫システムでも、病原体によって自我が生まれるというよりは、病原体と免疫との関係、縁起によって自我が生まれると言ったほうが正しいのです。免疫自身が病原体を選んで評価しているわけではなく、何らかの縁起によって出合った免疫と病原体の関係によって、免疫の自我が決定するからです。

 人は自我を、自分の基準で評価する評価主体であると捉えがちです。子どもの自我が芽生えると言うときの自我もたいていはそういう意味です。自分のやりたいこととやりたくないことの区別がつく、好きなものと嫌いなものとの切り分けができるようになることを、子どもの自我が芽生えてきたと表現します。

 しかし、例えば釈迦はそうした評価を下しません。

 たいていの人はABのどちらが好きかと問われれば、何らかの基準によってどちらかを選びだします。例えば「お父さんとお母さんとどちらが好きか」と言われたら、多少迷うことはあるかもしれませんが、何らかの基準で選ぶことは可能です。「お母さんとゴリラ」だったら、迷うこともないでしょう。

 ですが、釈迦はここで迷うのです。釈迦は宇宙の構成要素に順番をつけることができないのです。縁起による重要性がすべて同じだからです。

 本質的な自我は、釈迦のように、宇宙の構成要素を重要な順番に並べるということができません。しかし、子どもが大人になるにつれて、評価関数としての自我を身につけ、どんどん釈迦から遠ざかってしまうというのが現実です。

 引用終わり

 

 

 縁起によって自我が生まれる

 

 苫米地博士が書かれているとおり、私たちは「自分の基準で評価する評価主体」を自我と捉えがち。そして、その「評価主体」と「評価主体」との間に関係が生じていると当たり前のように理解しています。そうですよね?

 

それに対して、釈迦は「すべては他の何かとの関係性で成り立っている」と考えました。つまり、「関係が存在を生みだす」という考え方 それが「縁起」です。

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353044.html

 

 「関係が存在を生みだす」を熟考すると、「普遍的な実体などなく、物事は常に変わりゆき、永遠に変わらないものなどない」という「無常」に行き着きます。

 さらに突き詰めると「この世に絶対はない(アプリオリなものはない)」と「この世は心がつくっている」という2つのプリンシプルに行き着きます。

 Q-065:認知的不協和の状態にあり頭痛が… Vol.2;西洋医学と東洋医学の違い

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/13958654.html

 

 そんな縁起の思想を、後の大乗仏教の天才たちは「中観思想」に発展させました。それは「すべての存在が空(くう)である」という「空観」と、縁起の中での「仮の役割」に注目する「仮観」の2つをバランスよく維持している状態のことです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353367.html

 

 

 本質的な自我は、釈迦のように、宇宙の構成要素を重要な順番に並べるということができません

 

 それが「自我」。「関係によって浮かび上がってくるネットワーク」であり、その本質は「空」です。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6353425.html

 

 そのような自我について、苫米地博士は、著書「Dr.苫米地の『脳力』の使い方」(徳間書店、p199)の中でこのようにも表現されています。

 

 

Dr.苫米地の「脳力」の使い方

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 つまり、抽象度が上がるということは、自分の行為が何なのかということ以上の抽象的な思考を持つということであって、それを自我というのです。自分の行為の内省的な認識に意味を持たせるためには、このように、1つ上の認識が生まれなければならないのです

 引用おわり

 

 

 抽象度が上がる

= 自分の行為が何なのかということ以上の抽象的な思考を持つ

= 自我

 

 さらに博士は「オーセンティック・コーチング2026」(開拓社、アドバンスド)の中で自我を形式的に定義されています。以下、同書(p290)より引用します。

 

 

オーセンティック・コーチング2026

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自我の二つの定義と統合

 自我を、自分にとって一番重要なコンフォートゾーンを選び出す(重要度で並び変える)関数とする定義と、自我を、自分にとって一番重要なゴールを選び出す(重要度で並び変える)関数とする定義を統合すれば、自我とは、すべての現在あり得るコンフォートゾーンを、自分にとって一番重要な未来のゴールに従い、選び出す(重要度で並び変える)関数と定義することが出来る。

 

 1w ∀y∃x sSelf (x,y) } x,y ∈all comfort zones in all possible worlds

 

 - Function s that reorders all comfort zones

  自我とはすべての存在し得るコンフォートゾーンを自分にとっての重要度で並び変える関数

 

 2 w ∀y∃x sSelf (x,y) } x,y ∈all goals in all possible worlds

 

 - Function s that reorders all goals

  自我とはすべての未来の得るゴールを自分にとっての重要度で並び変える関数

 

 3 integration 統合

 

 - Function s that reorders all comfort zones based on all goals

  自我とはすべてのコンフォートゾーンをすべてのゴールに従い並び変える関数

 引用終わり

 

 

 新しい自我の定義が「すべての存在し得るコンフォートゾーンを自分にとっての重要度で並び変える関数」と「すべての未来の(存在し)得るゴールを自分にとっての重要度で並び変える関数」。

 それを統合すると、自我とは「すべてのコンフォートゾーンをすべてのゴールに従い並び変える関数」。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/6040892.html

  

 「統合(Integration)」とは、「複数のゲシュタルトを包摂し、より大きなゲシュタルトを創造する」こと。その本質は「抽象度を上げる」ことです。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/7383761.html

 

 私は「コーチングそのものが、統合=抽象度を上げる縁起になる」と確信しています。とくにゴールのバランスホイールが、その鍵となるはず↓

 F-334:分断緩和のための vol.5;「ワークライフバランス」の落とし穴 <plan-side

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/33619443.html

 

 苫米地博士は、「オーセンティック・コーチング2026」の中で、コーチングを「並列宇宙(可能世界)w1から別の並列宇宙(可能世界)w2への移行を促す行為」と定義されました。その移行に必要なのはたった一つ高いエフィカシー!

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/5616012.html

 

 

  Efficacyw1)→ w2

 

 

 このエフィカシー関数「Efficacyw1)→ w2」と、元々博士が自我の定義として教示されていた「f自我(宇宙)→ 自分」が“同じ”と感じられることが、「『コーチングは自己実現ではない』ということの意味がわかる」ことだと私は思っています。

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4831660.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971818.html

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/4971956.html

 

 

ブログQ-484用(部分関数としての自我、エフィカシー関数)

 

 

 以上、コメントを読んで浮かんだイメージを言語化してみました。

 御連絡ありがとうございました。YesYou’re good

 

 

CoacHing4M2 EDGE         

竹原邦雄 / CoacH T   

 

 

 

-追記-

しかし、子どもが大人になるにつれて、評価関数としての自我を身につけ、どんどん釈迦から遠ざかってしまうというのが現実です

 

 世界的なチェロ奏者 ヨーヨー・マ(Yo-Yo Ma1955~)の言葉を紹介します(Disney+「ジョン・ウィリアムズ 伝説の映画音楽」)。

 

 子どもの頃から疑問だったなぜ音楽のジャンルにはたくさんの壁があるのか?

 ジョンの音楽はすべてのジャンルを網羅していた

 

 このコメントは「評価関数としての自我」を自問し続けているブリーフのあらわれだと感じました。

 F-448:音楽から引退することはvol.2;「映画音楽はあまり好きではなかった」>

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/38335373.html

 

 

-告知1

私の意図は「縁起の力により、ゴール側の世界(未来)を創り、ゴールに向かってブーストしていく!」

 L-258202212… -07;「ゴール間の縁起の力」「メンバー間の縁起の力」

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/38385551.html

 

 コーチとしての活動を大幅に見直すことにしました。現在、いろいろ思索中です。

 

 

-告知2

 クラブ活動を行っています。その名は「コーチング・デ・コンパッションクラブ」。

一緒に楽しみましょう!

 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_418055.html

 

 

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