F-149:トリアージ(triage)をコーチの視点で考える vol.4;トリアージの問題点/課題 <後編>
私は2007年から11年間にわたって病院長を務め、その間に300回の研修会を開催しました。今回御紹介するのは、コーチングを導入しようと奮闘していた院長時代に作成したもの。テーマは「トリアージ(triage)」です。
(実際には“奮闘”ではなく“粉砕”しましたw)
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15110477.html
2008年(苫米地理論と出会う前)に作成後2011年(苫米地理論と出会った後)に作り直したものをベースに、さらに2020年(認定コーチ6年目)の視点で「connect the dots」したいと思います。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7383761.html
vol.1;トリアージとは?
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/23110775.html
vol.2;トリアージの問題点/課題
<前編>
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/23211097.html
vol.3:トリアージの問題点/課題 <中編>
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/23264809.html
vol.4;トリアージの問題点/課題 <後編>
前回までトリアージにおける問題点/課題をコーチの視点で考察しました。今回はさらに抽象度を上げて、以下の疑問について考察します。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html
Q3:「限られた資源で多くの患者を診なければならない」
…このフレーズを聞いて何か思い当たりませんか?
A3:2020年夏、新型コロナウイルス感染者が再び増加する中、“空前絶後”の予算額1兆6794億円を投じる「Go To キャンペーン」が始まりました。しかも、「前倒し」「終了時期未定」「直前の東京外し&キャンセル料?(Go To トラベル)」といったドタバタ感全開で。
(ちなみに「休業補償の雇用調整助成金」は8000億円、「感染拡大防止策と医療提供体制の整備および治療薬の開発」のための厚労省補正予算は計6695億円です)
「冷房と暖房の両方をかける(by小池東京都知事)」ような大混乱の中、よく耳にするのが「経済を回す必要がある」と「医療提供体制は逼迫した状況ではない」という言葉です。
医療提供体制は逼迫した状況ではない
…私の正直な感想は「医療提供体制はとっくに逼迫している」です。そしてその原因は、COVID-19ではなく、もっと根深いところにあると思っています。
以下、病院長として働いていた2008年に書いた文章を転載します。
「限られた資源で多くの患者を診なければならない」という状況下で行うトリアージには、「最大数の命を救うために、全ての命を救う努力を放棄する」ことが厳しく求められている事実をイメージしながらお読みください。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html
-転載開始(具体例やデータは2008年当時のものです)-
ところで「限られた資源で多くの患者を診なければならない」 …このフレーズを聞いて何か感じませんか?
「医療崩壊」と語られる現在の医療情勢で、介護士・看護師・医師不足がやっと認識されるようになってきました。世界標準と比較すると看護師は4万5千人、医師は13万人不足しているといわれています。
日本では看護師さんがいかに少ないか! …ベッド100床あたりの日本の看護師さんは54.0人です。アメリカが233.0人、イギリス224.0人、ドイツ108.6人、フランス91.1人と厚生労働省が発表しています。
日本の医療費は国内総生産(GDP)比で、1998年の時点で世界18位です。2004年では更に後退しOECD加盟30か国中22位に位置します。この事実が示すのは「日本の医療費は安い」ということ。
参考までに身近な疾患である虫垂炎(いわゆる盲腸)の入院費を国際比較すると、ホノルルで232万円、ニューヨークは195万円。日本は30~40万円で、これはサンパウロより安くマニラより高いというポジションに位置し、ソウルの半分くらいだそうです。
では、世界で一番長寿の国はどこでしょうか?
もちろん日本です。2002年WHOから発表された人口100万人以上の国149カ国の平均寿命の比較にて、日本は堂々の1位(男性:78.4歳、女性:85.3歳、平均:81.9歳)。ちなみに最下位はシエラネオレで平均34.0歳です。
これからの日本は、世界が初めて経験する超高齢化社会を迎えます。
「限られた資源(医療費、マンパワー)で多くの患者さん(これからますます増える高齢者)を診る」という厳しい状況はすでに当たり前になっています。これがいろいろ言われている医療崩壊の本質だと私は思っています。
WHOはそんな限られた医療資源で何とか行われている日本の医療を世界1位と評価しています。先日は、ヒラリー・クリントンさんが「日本の医療従事者は聖職者のようだ」と驚きを持って賞賛したことが報道されていました。
日本の医療費抑制は1983年にはじまったといわれています。この年、「社会保険旬報」に掲載された「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」という題目で、当時の厚生省保険局長である吉村仁氏がいわゆる「医療費亡国論」を執筆しました。政府官僚は忠実にこの論文を信じて突き進み続けたようです。
ちなみに1995年における旧厚生省の2025年度医療費試算は141兆円でした。しかし現時点の医療費は32兆円。2005年に厚労省から発表された2025年の医療費予測は69兆円になっています。たった10年で医療費予測が72兆円も下方修正されたのです。億でなく兆オーダーの修正です。
とてもいいかげんな予測だったといえますが、「医療費の増大が日本をダメにする」という印象を植え付けるための仕込みだったと噂されています。
4月から75歳以上の「後期高齢者」の新たな保険制度が実施されます。今年1月に
一体どういう意味なのでしょうか?
<ケース2>
77歳女性。左大腿切断あり。関節リウマチにて他院通院中。
食欲不振・倦怠感を主訴に当院外来予約。事前に満床のため入院受け入れはできないことをMSW(医療ソーシャルワーカー)が説明していたが、「どうしても10日間入院させて欲しい」と予約日前日に来院。繰り返し入院治療を要求…
<ケース3>
82歳女性。自宅一人暮らし。
1週間前から食欲がなかった。入院の準備をして長男と外来受診。来院直後に「仕事が忙しいから。入院させて欲しい」と言い残し、母を残したまま長男は去ってしまう…
日本政府は未だに医療崩壊の現実に目を向けていません。このままでは必ず医療難民・介護難民が大量発生します。一番の不幸は国民の皆さんがその事実を実感していないこと。
医療スタッフは、混乱する日々の医療現場で、「最大数の命を救うために、全ての命を救う努力を放棄する」ことをすでに強いられています。そして、今後ますますその状況は悪化していきます。
外来予約受付をしてくださっているスタッフ、各種相談に対応しているスタッフの方々。辛く、苦しく、やるせない気持ちで働いていませんか?
私自身、「医療者は慈悲を封印し、トリアージの感覚で医療を行うのがアタリマエ」という悲しい思いとともに、苦しい日々を送っています。
-転載終わり-
日本国民には健康に暮らす権利があり、日本国には国民の健康を守る義務があります。それは日本国憲法にはっきりと記されています。第二十五条です。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13214313.html
日本国憲法 第三章第二十五条
「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」
日本国憲法第二十五条に謳われた国民の権利は「生存権」、つまり「餓死しなければいい権利」ではなく、「健康で文化的な最低限の生活」のことです。医療や福祉の充実は、国民の権利であり、国の義務です。
多くの人は、権利と義務の関係を、「権利があるから義務がある。義務があるから権利がある」という補完の関係と誤って認識しています。しかしながら、正確には「権利があって初めて義務が発生する」という権利が主、義務が従の関係です。
つまり、憲法第25条で保障された国民の権利を前提として、納税等の義務が生じているのです。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13959033.html
「権利が主、義務は従」という正しい関係性の理解は、コーチングにおいてもとても重要なポイントになります。
社会や身近なコミュニティ内に存在するあらゆるマナーやルールに紐づくものは、義務ではなく権利です。それらが権利だとわかれば積極的に守ろうとし、運用しづらければすぐに改めようとするはず。
一方で、マナーやルールが義務だと思うと何とか抜け道を探そうとするのが、「プッシュ・プッシュバック」や「創造的回避」と表現される人の性です。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882703.html
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040752.html
権利だとしっかり自覚することで、その行動は「want to」になります。権利を行使するにしても放棄するにしても、そこにあるのはゴールに向かうベストな判断です。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html
反対に、義務だと感じた途端に「have to」になります。その状態では豊かな才能を発揮することはできません。行き過ぎた義務感は、不安・恐怖や罪悪感とともに、人を霧の中に閉じ込めてしまいます。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13523715.html
今回の新型コロナウイルスの騒動は、国民のスコトーマを外し、「医療提供体制は逼迫した状況ではない」という言葉が覆い隠す真実を露わにしようとしています。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html
今こそ「とりあえず受け入れるが、決してあきらめない」姿勢、すなわち「大乗仏教でいう『空(くう)』をよりどころにしながら、不完全性を忘れることなく思考し続け、ゴールを再設定し続ける生き方」が求められているといえます。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html
…次回はこのシリーズの最終回。サブテーマは「トリアージの応用」です。
vol.2(F-147)本文中に書いたトリアージの表現(下記)は2008年時点の私の考えです。苫米地博士に学び始めた後、この考え方には大きな問題点(課題)があることに気づきました。
Q4:下記の表現に潜む問題点(課題)とは何でしょうか?
1)
手を尽くしても助けられない人には何もしない
2)
放っておくと死ぬけれども、すぐ手を尽くせば助かる人をまず最初に治療する
3)
放っておくとよくないが、とりあえず少しは待てる人を次に
4)
放っておいても死なない人は後回し
(F-150につづく)
苫米地式認定コーチ
苫米地式認定マスターヒーラー
CoacH T(タケハラクニオ)
-追記-
日本の2018年の対GDP保健医療支出は10.9%。OECD加盟36カ国中6位です。本文で御紹介した1998年や2004年の状況よりは改善していますが、高齢化率等を考慮するとまだ十分とはいえないのかもしれません。
医療関連データの国際比較について、日本医師会総合政策研究機構のレポート(日医総研リサーチエッセイ No.77)に詳しくまとめられています。ぜひ御確認ください。
医療関連データの国際比較-OECD Health Statistics 2019-
https://www.jmari.med.or.jp/download/RE077.pdf
-関連記事-
□
PMⅠ-04~:苫米地理論で見える医療・福祉現場のスコトーマ(目次)
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13076878.html
□
F-056~:「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」ことなのだろうか?
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_277070.html
□
F-071~:「糖尿病リスク予測ツール」に思う
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_319922.html
□
F-140~:不要不急
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_400247.html
□
S-02~:自由に生きるために ~マナー、ルール、モラルについて考える~(目次)
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17563396.html
□
S-03~:心のエネルギーとは何か? ~カナックス事件に学ぶ“心のエネルギー”をコントロールする方法~(目次)
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19879680.html
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