ブログ・シリーズ編

S-04:さぁ「人間関係の悩みを克服する旅」をはじめよう!

S-04-07:心に深い傷を負う理由-2

 

問題です。

鏡の中の自分に微笑んでもらうためにはどうすればいいでしょうか?

私の答えは、このシリーズの最後でw

 

 告知(I-038):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22227952.html

 S-04-00(目次):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22305802.html

 

 

心の傷がトラウマになるか否か、うつなどの病気を引き起こすか否かは、じつは、出来事そのものの大きさとは関係がありません。ものすごく衝撃的な出来事でも、トラウマになる人もいれば、ならない人もいます。

では、両者で何が違うのでしょうか?

両者を分けるものは「本人にとっての理不尽度」。そして、その理不尽度は「自己責任感の大小」で決まります。

 

ショックな出来事に対して「自分にも責任がある」と感じる人にとって、その出来事の理不尽度は小さく、反対に、その出来事に対して「自分には責任がない」と感じる人にとっては、理不尽度はとても大きくなります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/22669112.html

 

つまり、「自分にも責任がある」と考える人の心の傷は深くはならず、その一方で、「自分には責任がない」と考える人の心の傷はとても深くなってしまうのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/21491494.html

 

S-04-04と同じ事例で考えてみましょう。

認知症によるBPSDBehavioral and Psychological Symptoms of Dementia …以前は周辺症状と呼ばれていた暴力、不潔行為、幻覚、せん妄などの行動・心理症状)として徘徊が目立っていた高齢男性患者さんが肺炎のため入院しました。

幸い呼吸状態は改善しましたが、治療の間に下肢筋力が低下してしまいました。歩行はとても不安定でしたが、病識がなく徘徊しようとするため転倒の危険が高まっていました。

そこで病院は転倒事故防止のために腰ベルトを用いた車イス離床を行うことを提案しました。ところが「親父を縛りつけるのか!」と家族が強く反対するため、なかなか実行できないでいました。そうこうするうちに患者さんが転倒してしまい、大腿骨頸部(太ももの骨の付け根)を骨折してしまいました。

担当者は御家族に連絡し、丁寧に説明しました。すると、「骨折とはどういうことだ!この病院の安全管理はどうなっているんだ!! 責任者を出せ!!! 」と怒りまくっています。

そのキレ方があまりにも激しいので、担当者はとてもショックを受けました

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このような場合、担当者には2つの対応の仕方があります。

 

「だから、腰ベルトを用いた車イス管理にしましょうと言ったではないですか。『それはやめろ』と言ったのはあなたでしょう!」と、自分には責任がないことを前提に相手を責めるパターン。

もうひとつは、相手を責めたい気持ちをぐっとこらえて、「それだけ父親を思っているのだな。転倒により骨折する可能性はしっかり伝えたはずだが、しっかりイメージできていなかったんだな。もっといい伝え方はできなかったかな?」と、客観的に状況を見ようと努め、自分の責任も認めるパターン。

 

前者が「他責」、後者が「自責」です。

 

後者のように「自分にも責任がある」、あるいは「自分の責任は何か?」と考えることができる場合、家族にキレられたショックを引きずる可能性はかなり低くなります。

 

理不尽な出来事に遭遇したときに、「なんの責任もないのに自分だけひどい目に遭った」と相手を責めるだけの人は「自分中心」な人です。自分中心な人は、同じ出来事を前にしても、自分中心ではない人よりも心の傷が深くなります。そして、その心の傷に長く囚われてしまいます。

 

人間関係に軋轢が生じるだけでなく、自分自身の心の傷も深くしてしまう生き方

それが、「自分中心」という生き方です。

 

 

Q:心に深い傷を負う理由は?

A:縁起を理解しておらず、「自分中心」だから

 

 

もちろん、この世が縁起である以上、起こる事象そのものを思いどおりにコントロールできるわけではありません。

しかし、その事象をどのように認識し、理解し、そして評価・判断するかは自分で完全にコントロールすることができます。それが自己責任という言葉の本当の意味です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

大切なのは、「自分のマインド(脳と心)は、自分自身の自由と責任でコントロールする」という意志。そして、「自分自身の心の力(The Power of Mind)で未来を創造する」という覚悟です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13958864.html

 

マインドでの情報処理を、過去の記憶でつくられたブリーフシステムではなく、未来の記憶によってつくりあげたブリーフシステムで行うことができるようになると、未来から流れる時間を生きれるようになります。そして、(本来の)“死”までの“生”を存分に生きることができるようになります。

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http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

次回は、「自分を変えることができない理由」です。

 

 (S-04-08につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記-

 本文中に「『自分にも責任がある』と考える人の心の傷は深くはならず、その一方で、『自分には責任がない』と考える人の心の傷はとても深くなってしまう」と書きましたが、これは大人の場合です。

 子どもはマインド(脳と心)の成長段階にあり、“責任”に関係なく心に深い傷を負います。そして、その心の傷はやがては脳の傷となり生涯影響を与え続けます。

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マインドについてしっかりと理解し、子どもを方向付けるのではなく、子どもが自ら方向付けを行えるように導くことこそが、真の子育てであり教育である

そのように私は考えています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/18096464.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13077001.html

 

 

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http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15833962.html

 

 

-参考書籍-

苫米地英人コレクション3

「『頭のゴミ』を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」(開拓社、復刊版)