苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

2019/02

Q-072:不言実行はなぜ大切なのか? 有言実行は本当に間違っているのか?

 

 2019年の正月、子どもが書初めで「不言実行」と書くのを見ていました。

 「不言実行が大切なのはなんでだと思う?」と質問していると、別の子が話に加わり「有言実行という言葉は格言としては誤りなんだよ」と教えてくれました。

 

 皆さんに質問です。

 

 格言はなぜ不言実行なのでしょうか? なぜ不言が大切なのでしょうか?

 有言実行は本当に間違っているのでしょうか?

 

 今回はそんな疑問について、コーチの視点で考えていきたいと思います。

 

 

 「不言実行」の不言、つまり「言語化しない」ということには大切な理由がいくつかあります。

 

 一つ目は「言語化した途端にwant toからhave toに変わってしまう」ということ。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

 二つ目は「言語化すると、それを見たり聞いたりした人がドリームキラーになる可能性がある」ということ。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html

 

 三つ目は「言語化によりエフィカシーを下げてしまう可能性がある」ということ。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

 四つ目は「言語化すると抽象度の上限をつくってしまう」ということ。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 もちろん、ゴールのイメージがあることは大前提ですが、それを具体的に言語であらわしてしまうことはイメージを固定化しゲシュタルトを強固にしてしまう危険があります。人間は一つのゲシュタルトで物事を認識していますので、スコトーマが外れにくくなることになります。

 (そもそも具体的に言語化できるものは現状の中にあり、ゴールとはいえません)

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 五つ目は(四つ目と被るかもしれませんが)「言語により構築された世界を超えて非言語情報処理を行うことが困難になる」ということ。

 

 脳の機能でいえば「前頭前野外側部を抑えて、前頭前野内側部を活性化させる」ことが重要です。それは天才が行っている情報処理であり、苫米地理論でいうところの「左脳言語野を抑え、右脳言語野を活性化させる状態」のことです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14120540.html

 

 以上の理由より、格言が「不言実行」であることにはとても意味があるといえます。

 

では、「有言実行」という言葉は間違っているといえるのでしょうか?

 

 

 コーチングでは「有言」も重要視し、積極的に活用します。

 

 その一つがアファメーションです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12645685.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_292583.html

 

 もう一つの例として、ゴールを目指す過程のコミュニケーションツールとして「有言」を利用することがあげられます。ある程度抽象度の高いゴールを目指す場合には、コミュニケーションは必ず必要になります。私たちは縁起として存在しているからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 より具体的に(有言でw)説明します。

ゴールがあると、やるべきことが詳細にわかってきます。それをエンドステートと呼びます。

そのエンドステートを実行するために様々な状況や可能性を想定し(アサンプション)、状況の変化に合わせて更新していくこと(アサンプションアップデート)が必要になります。

その過程で具体的な行動(コース・オブ・アクション、COA)が決まってきます。コース・オブ・アクション(COA)とは「想定される状況を吟味した上での、そのいくつかの状況下で行うべき行動パターン」のことです。

当然、組織の場合、エンドステートやCOAは言語で共有されていなければなりません。よって、「有言」が重要なのです。

 

 

目指すべきゴールはあくまで“現状の外”であり、抽象度の高いものです。

「曖昧で抽象的でよくわからないけれど、なにか漠然とすごく高いところにありそうだというぐらいの認識」、すなわち「不言(より正確には非言)」でかまいません。

 

つまり、ゴールとしては「不言(非言)」が正しく、そのゴールを達成する過程で「有言」を活用するということ。

 

もしもゴールそのものが「有言」に変わってきたならば、すぐにゴールを再設定しなおし「不言(非言)」にすることが大切です。

 

「不言実行」「有言実行」をそのように使い分けてみることをお勧めします。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 エンドステート、アサンプション、コース・オブ・アクションなどについては苫米地博士の著書 「コーポレートコーチング(下)」(開拓社)を御参照ください。

 

 

コーポレートコーチング



F-069Connect the dots 2019(ワーク付き)~経営と医療と教育をコーチングとディベートでつなぐ -後編-

 

 (前半は過去2回と同じ文章ですが、とても大切な知識なのでぜひお読みください。お急ぎの方は「」の部分からどうぞ)

 

 

 「Connect the dots(点をつなぐ)」とは、iPhoneiPadでおなじみのアップル社の共同創設者のひとり スティーブ・ジョブス(19552011年)が、2005年にスタンフォード大学の卒業式で行った講演中の言葉です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7383761.html

 

 それはゲシュタルトをつくることの重要性を言い表しています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html

 

 人間は目の前の世界をゲシュタルトとして認識していますから、抽象度を上げてより大きなゲシュタルトをつくりだすことが重要になります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 より大きなゲシュタルトができあがると理解が深まり、「対象の本質をとらえること」が可能になります。その具体例についてQ-063(「ゲシュタルトができあがると理解が深まる」とはどういうことでしょうか?)で取り上げました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13628437.html

 

 私たちが最初に手にするのは、断片的な一つひとつの知識です。

 

 その断片的な知識が蓄積されていくと、そのうちに知識同士がひとまとまりになって繋がり、一つの認識になります。それが「知識のゲシュタルト」です。

 

 そして、その知識のゲシュタルトの量に比例して、人は様々な問題を多角的に深く考慮し解決することができるようになります。問題(ケース)を発見する洞察力やその問題を解決する適応力(プラン)が磨かれるからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

 

 今回は、「Connect the dots 2019」と題して、前編・中編でこのブログ中の記事を使った「より大きなゲシュタルトをつくるワーク」を御紹介します。

そして、後編で「The Power of MindⅠ」第六章の「知識のゲシュタルト」が示す「対象の本質」に迫りながら、具体例として私が経験した心(マインド)の変化をお話しします。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14675375.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14830685.html

 

 今回は副題を「経営と医療と教育をコーチングとディベートでつなぐ」としました。

 

11年間の管理者(病院長)の経験を通じて学んだことを、経営という視点で、「The Power of MindⅠ」第六章にまとめています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124527.html

 

 

その文章(第六章)の多くは、「だまし討ち」にあう前に書き終えていました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13628437.html

 

その一部 -特に禅道場がある病院にふさわしくない差別- については、縁起や空仮中の説明とともにしっかりまとめ、理事長や経営陣、そして別の医療法人を運営する親族にお渡ししていました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14249741.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 現状は亡くなった先代院長が目指していたはずのゴールとはかけ離れたものであり、「終わりの始まり」に思えたからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 そして、経営陣のスコトーマを外すために、私が気づいたことをしっかりと伝えることが病院長の職責だと思っていたからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 

 「だまし討ち」の後、PMⅠ第六章の文章を見直しました。PM-06-21(仮説14:空なき実観の行き着く先にあるもの)で解説しているとおり、すべては私のマインドでの情報処理のミスからはじまっていたといえます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14833876.html

 

そのことを肝に銘じながら、これからどんな人生を歩むかをイメージしました。そして、前編・中編で御紹介した「経営と医療と教育をコーチングとディベートでつなぐワーク」を思いつき、自ら実践してみました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 その結果できあがった「知識のゲシュタルト」によって、それまでの「だまし討ちにあったと被害的に感じていた自我」のままでは決して認識できないものを、はっきりと感じることができました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 

 いわば「対象の本質」

 

  それは「経営陣が本当にだまし討ちしたのは、結局のところ、誰(何)なのか?」という言葉に集約されます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13628437.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8584052.html

 

 

 より大きなゲシュタルトを再構築した瞬間、「経営陣がだまし討ちした真の存在」を理解し、「対象の本質」をとらえることができました。その結果、私の中の怒りは憐れみへと変わっていきました。

 

 Q-069「認知的不協和の状態にあり… Vol.6;セルフヒーリングとセルフコーチングのコツ」にて、病院の顧問弁護士からの突然の通知後に陥ったファイト・オア・フライトから脱するのにセルフコーチングが役立ったことを書きました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14524490.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

 ゴールのバランスホイールを意識し、「職業」や「ファイナンス」とは違う領域(カテゴリー)にフォーカスすることで、幸いにも私のFD症状は消えていきました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 そのバランスホイールの意識や今回御紹介しているゲシュタルトの再構築に共通することとは、「抽象度を上げること」です。抽象度を上げた先には、覚りである「空(くう)への到達」があるはず。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14830941.html

 

 その空へと向かう過程は、「人間形成」の階梯でもあります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

 

 「本質がわかる」ということは、それまでの価値観を捨てる(克服する)ことができるということでもあります。ブリーフシステムが書き換わるからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

怒りが憐れみに変わり、憐れみが3K(感謝・感動・希望)へと昇華されていく

 

そんなブリーフシステムの変化は、「人間の器が大きくなる」ものであり、「抽象度が上がる」ことです。それを可能とする「縁起として目の前のすべての事象を認識できるようになること」が、西郷が「敬天愛人」という言葉に見いだした本質ではないかと思い至りました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_268337.html

 

それが経営と医療と教育をコーチングとディベートでつなぐことで私が得たひらめき(inspiration)です。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 


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