苫米地式コーチング認定コーチ CoacH T <タケハラクニオ> ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学び九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

2018/11

Q-060:「気軽」という言葉の奥底に潜むもの

 

 先日(20181024日)、認知科学者 苫米地英人博士のtwitter上で興味深いやりとりがありました。博士が返答された文章中の「気軽と無礼の違い」について考えているうちに、「気軽」という言葉の奥底に潜む恐ろしいものが見えた気がしました。さらには“声”まで聞こえてきました(笑)。

 今回は、そのことについてまとめます。

 

 まずは博士のtwitterから引用します(時系列で表示。青文字は博士橙はフォロワー)。

 

 

なんかまた匿名@が増えてる。プロフィールにあるように非実名@は自動的にブロック。内容は関係ない。誰かがリツィートして来たものも自動的に匿名のツィートはブロックしてるので、本人が私に@してない場合もブロックされるので、気を悪くしないように。

 

誤解を恐れず乱暴に言えば、実名を明かせない人に時間かける程暇ではないので。非実名ツィートは大体が言葉とかも乱暴で、時間取るのに値しないものが多いのもある。ただ、内容から判断するのはフェアでないので、私宛ての匿名@は自動的にブロック。というかなんで私に@したいのかな。面識さえないのに

 

ツイッターってそういうところがいいと思う。知らない人と気軽にone to one で繋がれる。匿名とか関係なく

 

気軽と、無礼、無作法の差が分からない子供はこちらに来ないように

 

戦争と差別をなくす。と仰っておられる先生が子供を差別されていては

 

未成年に参政権がないのと同じ。知識や自己責任を含むあらゆる根拠。差別とは根本的に違う。もしも本気で言ってるなら、あなたのような無知、無責任が差別を助長する。

 

 私はまず、「フォロワーが気軽と感じているのは、『自分のことだけしか考えていないから』ではないだろうか?」と考えました。

 

 「私は相手のことを知らない」ために「相手の立場に立って考えることから解放されている」と無意識が理解し、「相手も私のことを知らない」がゆえに「発言に伴う責任を問われない」と(無意識が)判断しているのだと思いました。

 

 そんな社会性から逃避した「気軽」は、freedomという意味で、確かに自由かもしれません。

しかし、相手の存在がスコトーマに隠れているがゆえに、必ず「無礼」に行き着きます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

そのようなことを考えていると、博士が差別という言葉を使ったフォロワーに対して「あなたのような無知、無責任が差別を助長する」という厳しい表現を用いられたのには、重大な理由があるような気がしてきました。

 

 

 freedomとは、「束縛や拘束がなく、義務を免除された状態」のことです。それに対してlibertyは、「選択や行動・発言の権利が保障された状態」です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 

いずれにせよ、その根底には束縛や制約が存在することが前提となっています。Freedomlibertyも「(束縛や制約を前提に)この範囲であなたの権利を認めますよ」ということです。

「自由」の反対に「束縛」、「権利」の反対に「義務」があるといった思考のさらに深いところには、「支配者と奴隷」「ルールを作る側と従う側」という構図が見え隠れします。

そこにあるのは差別です。

 

 フォロワーが使った「気軽」という言葉に、博士は差別の存在を感じ取られたのでしょう。そして、そのことに気づいてもらいたかったのだと思います。自らスコトーマを外して。

だからこそ、「差別」という言葉に厳しく反応されたのではないでしょうか。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

もちろん、フォロワー自身も(本人は気がついていないかもしれませんが)差別される側です。「自由がない君は、このままでは苦しむよ」という博士のあたたかいメッセージも感じ取れます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9034343.html

 

 

西洋的なfreedomlibertyに対して、仏教に由来する日本語本来の「自由」とは、「自らを由(よ)りどころとし、他のものを由りどころとせずにあれ」という釈迦の言葉に由来するものです。それは「思考や行動の判断基準をほかの何者でもない、自らに置きなさい」ということですから、「無知」や「無責任」のままであれば「差別を助長する」ことに確実につながります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10987549.html

 

以上のようなことを考えていたら、突然、“声”が聞こえました。

 

 

大志を抱いて学べ!

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

学びながら人格を形成し、自分の意志で社会に貢献してごらん!

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

そんな責任ある人生に100% want toで挑むとき、君は差別を克服することができ、ゴール達成のための道具として自由を使いこなせるようになるぜ!

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10543825.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10543909.html

 

 

それはまるで、目の前で苫米地博士のコーチングを受けているような感覚でした。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9817539.html

 


F-057:「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」ことなのだろうか? <中編>

 

 前回(F-056)は、「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」という発言に麻生太郎財務相が「いいことを言う」と同調されたことについて、「国民をだまそうとしていない」という理由で肯定的に評価いたしました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13076011.html

 

 

 コーチとしてよく相談されることがあります。

 

「なかなか“現状の外”にゴールが設定できない」「そもそも“現状の外”というのがわからない」というものです。

 

その感覚はとてもよくわかります。私は、「現状の外を認識できていない」としっかり認識していること自体が素晴らしいと思います。

 

人は自分にとって重要なものだけを認識し、それを世界だと信じ込んでいます。その重要性は過去の記憶によりつくられたものです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

よって、「自分が正しいと思っていたことをすべて否定すると、現状の外側がすっと見えてくる」ことになります。

 

試しに、自分が信じて疑わないものを疑ってみてください。

例えば、

 

 「コーチングは本当に効果があるのだろうか?」

 

「(愛おしくて仕方がないパートナー等について)本当に愛おしいのだろうか?」

(あるいは、「愛は冷めてしまったのだろうか?」)

 

「地球は本当に温暖化しているのだろうか?」

 

 

私たちが認識する世の中のすべてに情動が張り付いています。世界を情動や“自分”から切り離して評価・判断しなおすために、ディベートが大変役にたちます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

 

ブログシリーズ編>「S-01:よりよい議論のために」では、現代ディベート論理であるトゥールミンロジックを御紹介しています。それは“現状の外”を認識し、新たな可能世界の扉を開くための大いなる力となるものです。

ディベート初心者の方にとっては難解に感じられるかと思いますが、ぜひ繰り返しお読みください。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_254557.html

 

 

 それでは前回の続きに入ります。厚労省を抑える財務省のトップ、そして副総理としての立場をふまえた上で考察を続けることで浮かび上がる解決するべき課題(=ケース)についてまとめます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

 

 私が感じたケースとは、1)健康が目的化している(さらには国民の義務になっている)、2) 「不摂生が理由で病気」の本質を見誤っている、3) お金のモノサシが入り込んだうえに、健康そのものより(お金のモノサシが)重要とみなされている、4)国の義務を放棄し、国民の権利をないがしろにする憲法違反となっている、の4つです。

 以下、説明いたします。

 

 

1)    健康が目的化している(さらには国民の義務になっている)

 

そもそもWHOの「健康」の定義自体に無理があります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859675.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859828.html

 

コーチングとの関連でいうと、健康は数あるゴールの中で大切な一領域(バランスホイールを構成するひとつのカテゴリー)ではありますが、ゴールそのものではありません。そこを間違えると「健康のためなら死んでもいい」というアメリカンジョークのような生き方に陥ってしまいます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

苫米地式で考える「健康」については、下記のブログ記事を御参照ください。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859896.html

 

 

2)    「不摂生が理由で病気」の本質を見誤っている

 

 健康の定義同様、病に関する認識も間違っているといえます。麻生財務相の発言からは、病気の主因を不摂生と考えていることと不摂生は個人のだらしなさが原因と認識している思考パターン(ブリーフシステム)が読み取れます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 最近の医学研究をふまえると、病気=不摂生とは言い切れません。例えば2型糖尿病は、「贅沢病」でも「不摂生病」でもなく、むしろ「ストレス病」や「長時間労働病」「貧困病」だという指摘がなされています。

 

例えば、ドイツの研究機関の調査では、「強いストレスにさらされている人は、そうでない人と比較すると2型糖尿病を発症するリスクは45%も上昇する」と報告されています。

 

全日本民主医療機関連合会(民医連)が2018619日に行った記者発表によると、「HbA1c値が1年後に7%以上(不良)になる頻度は、週労働時間35時間未満の労働者と比べて60時間以上の労働者は2.92倍にのぼる」と指摘されており、さらに「糖尿病網膜症の発症が大卒を1とした場合、中卒だと1.92」「糖尿病腎症の発症は正規労働者を1とすると、非正規では2.83」と発表されています。

「全日本民医連が記者発表 『長時間労働が健康を阻害』 -若年2型糖尿病調査から-」:https://www.min-iren.gr.jp/?p=35327

 

富裕層にくらべて貧困層ほど糖尿病発症リスクが高いことは、アメリカやイギリスの研究でも明らかになっています。例えば、アメリカでは約14%の家庭が食料不安の状況にあります。食料不安のある家庭の糖尿病リスクは、食料不安のない家庭の2.5倍に上るそうです。

 

したがって、2型糖尿病に代表される生活習慣病の改善は、労働環境の改善や経済格差の是正といった国の政治力にかかっているといえます。

 

「不摂生は個人のだらしなさが原因」なのかについては、後編でプラン(解決策)とともに取りあげます。

 

 

3)    お金のモノサシが入り込んだうえに、健康そのものより重要とみなされている

 

「お金は重要ではない」とか、「お金のことを考えてはいけない」などと主張したいのではありません。お金は間違いなく重要なものです。ただし、それは「ゴールを達成するための道具として」です。お金自体が目的化すると、健康が目的化するのと同様に人生を見失い、満足度や幸福度が下がることが判明しています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8430748.html

 

 健康やお金は、あくまでもゴールを達成するための道具であり、手段です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 お金のために健康をないがしろにした結果ゴール達成ができなくなることが本末転倒であるのと同じように、国家レベルにおいても国の財政のために国民の健康をないがしろにすることは本末転倒の大問題です。それではとてもプロとはいえません。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8582928.html

 

なぜなら、それは立憲民主主義国家の根幹を揺らがす愚行ともいえるからです。次に説明します。

 

 

4)    国の義務を放棄し、国民の権利をないがしろにする憲法違反となっている

 

 日本の医療は、主権者である日本国民のためにあります。より詳しく述べると、国民一人ひとりの基本的人権(医療・福祉の場合は生存権)の保障のためにあるといえます。

 

 つまり、日本国民には健康に暮らす権利があり、日本国には国民の健康を実現する義務があります。それは日本国憲法第三章第二十五条に明記されています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8584289.html

 

 「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」という発想は、国民の権利をないがしろにした上に、堂々と国の義務を放棄しています。よって、その発想は憲法違反といえます。

 

 

 以上、この中編ではケース(問題、課題)についてまとめました。次回は、プラン(解決策)を提示したいと思います。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

(後編につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

日本国憲法第25条



PMⅠ:The Power of Mind

PM-00:序章

PM-00-05:第五章(苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ)目次

 

 

PM-05:苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124525.html

 

 

PM-05-01:そもそも教育とは? ~教育の定義~

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9034222.html

 

PM-05-02:そもそも教育とは? -1)教え育てること

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9034343.html

 

PM-05-03:そもそも教育とは? -2-1)望ましい知識・技能・規範

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9188609.html

 

PM-05-04:そもそも教育とは? -2-2)望ましい知識・技能・規範

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9188708.html

 

PM-05-05:そもそも教育とは? -2-3)望ましい知識・技能・規範

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9367579.html

 

PM-05-06:そもそも教育とは? -3-1)学習を促進する

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9367702.html

 

PM-05-07:そもそも教育とは? -3-2)学習を促進する

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9533528.html

 

PM-05-08:そもそも教育とは? -3-3)学習を促進する

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9533623.html

 

PM-05-09:そもそも教育とは? -4)意図的な働きかけ

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9672735.html

 

PM-05-10:そもそも教育とは? -5-1)望ましい方向へと変化させること

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9672774.html

 

PM-05-11:そもそも教育とは? -5-2)望ましい方向へと変化させること

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9817539.html

 

PM-05-12:そもそも教育とは? -5-3)望ましい方向へと変化させること

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9817603.html

 

PM-05-13:そもそも教育とは? -6-1)人間形成

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

 

PM-05-14:そもそも教育とは? -6-2)人間形成

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

 

PM-05-15:そもそも教育とは? -6-3)人間形成

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

PM-05-16:そもそも教育とは? -7-1)(人間形成に作用する)すべての精神的影響

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10117071.html

 

PM-05-17:そもそも教育とは? -7-2)(人間形成に作用する)すべての精神的影響

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10256517.html

 

PM-05-18:そもそも教育とは? -8)家庭教育・学校教育・社会教育

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10256634.html

 

PM-05-19:教育の目的である自由とは? ~人形にみる自由と制限の関係~

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400928.html

 

PM-05-20:西洋的な自由の概念と仏教での自由

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 

PM-05-21:現代分析哲学を用いた「自我=私」の定義から明らかになる自由の意味 -前編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10543825.html

 

PM-05-22:現代分析哲学を用いた「自我=私」の定義から明らかになる自由の意味 -後編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10543909.html

 

PM-05-23:レッドソックスの「崩壊の内側」にみる自由の危険性

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10691753.html

 

PM-05-24:自由を履き違えた人間は、自分もチームも破壊する

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10692725.html

 

PM-05-25:監督がチームを去ったことは正しい選択だったのか? -前編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10829331.html

 

PM-05-26:監督がチームを去ったことは正しい選択だったのか? -後編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10829408.html

 

PM-05-27:自由を求める人に必要な「自己責任」の意味

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10987549.html

 

PM-05-28:自分を縛るたったひとつのルール -前編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10987618.html

 

PM-05-29:自分を縛るたったひとつのルール -後編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11142365.html

 

PM-05-30:教育現場の疲弊

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11142435.html

 

PM-05-31:自殺対策白書が示唆すること

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11298916.html

 

PM-05-32:子どもたちへの最大のプレゼント <前編:HOPE GAPを克服するために>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11301259.html

 

PM-05-33:子どもたちへの最大のプレゼント <後編:スピリチュアルペインはすでに始まっているのだから>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11386276.html

 

PM-05-34:子どもにも大人にも生きる喜びを伝えるために ~苫米地式教育コーチング~

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11386572.html

 

 

 

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ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-19コーチング的視点で考えるバイオパワーの問題

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

PM-02-13http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

I-017(告知):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html

S-01-00(目次):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html

 

 

19:コーチング的視点で考えるバイオパワーの問題

 

前回、K戦略の技術として有名なものにバイオパワー(BP=生権力)という論理があることを御紹介しました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13076426.html

 

「相手側の論理の背景には、直接的な抑圧ではなくても、生活に組み込まれた目に見えない順応を強いるバイオパワーがあり、これが人々を戦争に駆りだしたり、市民間での生活破壊の元凶となっている」といった論理のことです。

 

ディベートでは、「肯定側の論理はバイオパワーを生み出している。したがって、そのような論理は有効とされるべきではない」という主張を行いますが、正しい議論が行われないとチームの潜在意識にバイオパワーが生みだされることになります。

バイオパワーに関しては、ミシェル・フーコー著「監獄の誕生」(新潮社)を御参照ください。

 

 バイオパワーに支配された強制的・強迫的文化(coercive culture)の下では、ほとんどのスタッフのマインドは「~ねばならない(have to)」となってしまうため、その豊かな潜在能力を発揮することはできず、その結果として、組織も廃れていくことになります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

 ブログ記事や講演会でよく引用する話ですが、ハーバード大ビジネススクール名誉教授のジョン・P・コッター氏がフォーチュン500社の200社以上を10年以上追跡し分析した研究によると、「~したい(want to)」が文化の会社と「~ねばならない(have to)」が文化の会社の間では、生産性(利益率)で756倍の違いが生じていたことが明らかになっています(「CORPORATE CULTURE AND PERFORMANCE残念ながら日本語訳は出版されていません)。

 

 ちなみにコッター教授は「want to」を「Adaptive Culture」、「have to」を「Non-Adaptive Culture」と表現しています。

 

 

 Adaptive Culture:協調性が高く、社員が自発的で、クリエイティブな発想の下で働ける文化

 

 Non-Adaptive Culture:競争相手の会社に負けないために常に攻撃的。社内的にはちょっとしたミスでも給料を下げ、クビになる不安や恐怖で社員を押さえつける文化

 

 

 間違った議論や議論そのものが封殺されてしまうことで生じるバイオパワーは、じわじわとスタッフの心を蝕みます。そして、各人の豊かな潜在能力を潰していきます。それは「人を大切にする」という多くの会社や組織が標榜する理念とは正反対の姿です。
 そして、その悪影響は、やがて社会全体に広がっていきます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10691562.html

 

 バイオパワーにより組織や社会を荒廃させないためにも、よりよい“議論”の実現が必要です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11995099.html

 

-参考-

苫米地英人博士著「ディベートで超論理思考を手に入れる」(CYZO

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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監獄の誕生(ミシェル・フーコー)



PMⅠ:The Power of Mind

PM-00:序章

PM-00-04:第四章(苫米地理論で見える医療・福祉現場のスコトーマ)目次

 

 

PM-04:苫米地理論で見える医療・福祉現場のスコトーマ

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124524.html


 

PM-04-01WHO(世界保健機関)の「健康」の定義

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859675.html

 

PM-04-02WHO版「健康」の三つの間違い

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859828.html

 

PM-04-03:苫米地理論で考える「健康」とは?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859896.html

 

PM-04-04:収容所生活中にフランクルが発見した「健康」の源泉とコーチングの関係

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045695.html

 

PM-04-05:病とは何か?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045827.html

 

PM-04-06:生老病死の四苦とスコトーマ

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045953.html

 

PM-04-07:医療・介護現場で生じる苦しみの悪循環 ~ファイト・オア・フライト(Fight or Flight)~ 前編

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

 

PM-04-08:医療・介護現場で生じる苦しみの悪循環 ~ファイト・オア・フライト(Fight or Flight)~ 後編

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

PM-04-09:ますます緊張する医療・介護現場の福音となるもの

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166400.html

 

PM-04-10:すでに始まっている医療に抽象度を取り入れる試み -前編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8292888.html

 

PM-04-11:すでに始まっている医療に抽象度を取り入れる試み -後編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8293064.html

 

PM-04-12:次世代型緩和ケアの鍵となるもの

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8293317.html

 

PM-04-13:まずは医療・福祉従事者にこそ緩和ケアが必要!

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8430972.html

 

PM-04-14:抽象度を上げて死を克服するワーク:トータルハッピネス(Total Happiness) -前編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8431066.html

 

PM-04-15:抽象度を上げて死を克服するワーク:トータルハッピネス(Total Happiness) -後編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8431170.html

 

PM-04-16:地域医療構想に潜む三つのスコトーマ

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8584052.html

 

PM-04-17:スコトーマ① 日本の医療は誰のため? 何のため?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8584289.html

 

PM-04-18:スコトーマ② 地域医療構想に取り入れてほしい「時間の流れ」

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8584437.html

 

PM-04-19:スコトーマ③ 地方に自治権はあるのか?

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8748808.html

 

PM-04-20:超高齢化社会に求められる医療のパラダイムシフト

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8748974.html

 

PM-04-21:「抽象度を上げる」ときにマインド(脳と心)で起きる変化 -前編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8749123.html

 

PM-04-22:「抽象度を上げる」ときにマインド(脳と心)で起きる変化 -後編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8900535.html

 

PM-04-23:次世代の医療・福祉のための提言(第四章のまとめ)

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8900705.html

 

PM-04-24:医師およびコーチとしての限界を超えるために ~苫米地式ライフコーチング~

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8900786.html

 

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 


ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-18反論力を身につける4つの戦略

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

PM-02-13http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

I-017(告知):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html

S-01-00(目次):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html

 

 

18:反論力を身につける4つの戦略

 

ここまで説明してきた反論の技術を使った、もう少し大きな視点で見た、相手を論理で打ち負かすための4つの戦略を解説します。

 

 

1.      ストックイシュー(Stock Issues

 

ケースサイド(必要性)のハーム(問題)のシグニフィカンス(重要性)とインヘレンシー(内因性)を否定して、相手のプランのソルベンシー(解決性)の低さを指摘するものです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12808495.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12808542.html
 
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12935992.html

さらに、同時に、肯定側のプランのディスアドバンテージを主張することは、ハームを相対的に弱めるので有効な戦術となります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12935916.html

 

 

2.      カウンタープラン(Counter plan

 

ケース=必要性を認めた上で、相手の出したプランよりもいいプラン(より効果的に解決するプラン)を出すというものです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

 

カウンタープランは、肯定側のプランと競合的(同時に行えない、もしくは行うことは望ましくない)である必要があります。

 

 

3.      カウンターワラント(Counter Warrant競技ディベートでは通常禁じ手

 

ディベートには論題(Resolution)がまずあります。その論題そのものを否定しようというのがカウンターワラントです。

 

ディベート全体が論題を中心としたトゥールミンロジックになっています。肯定側にとって最終的なクレームが論題の採択であり、データがケースサイド(必要性)、ワラントがプランサイド(有効性)です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12340209.html

 

肯定側が問題にしているケースとはまったく異なるケースを問題とし、否定側による論題の別の解釈が大きな問題を持つというということで論題を否定する戦略です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

 

「ディベートは、肯定側が選び出した可能世界における命題の真偽値を競う論理の戦いにしなければ、ディベートそのものが形式論理の枠組みでは成り立たなくなる」というのが、カウンターワラントが論理学的には不当であるという理論的な根拠となります。もしくは、「メタ数理における非実在に対する排中律の拒否と同様な論拠ともいえる。肯定側が選択していない空間は論理空間として非実在であるという考え方が成り立つから」(by 苫米地博士)です。

 

ディベートは、厳密な分析哲学や数理論理の論理式を評価する場ではなく、もともとトゥールミンロジックという非形式的な定性推論をベースとしたものなので、様相論理などの視点からカウンターワラントも正当性を云々するのは的外れです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12167955.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658325.html

 

ディベートを「複数の論理を並列的に同時に自在に展開できるトレーニング」と考えると、複数の可能世界の論理を同時に、高度に抽象化された思考で行うパラレル思考法としてカウンターワラントは有効といえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

さらに、実社会ではカウンターワラントは重要な技術となります。実社会では、論題はもともと肯定側にも否定側にも自由に解釈されるものだからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823351.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11823843.html

 

 

4.      クリティーク(Kritik

 

肯定側の推進する論理の背景もしくは前提にある哲学、思想、世界観、利用される用語などが望ましくないものであれば、肯定側のケースやプランの有効性にかかわらず、現実の世界では、肯定側のプランが国会で採択されてはならないという議論です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

つまり、K戦略の基本は、相手の前提となっている価値判断そのものを疑うということです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10117071.html

 

K戦略の技術として有名なものにバイオパワー(BPBio Power、生権力)という論理があります。相手側の論理の背景には、直接的な抑圧ではなくても、生活に組み込まれた目に見えない順応を強いるバイオパワーがあり、これが人々を戦争に駆り出したり、市民間での生活破壊の元凶となっているといった論理です。

「肯定側の論理はバイオパワーを生み出している。したがって、そのような論理は有効とされるべきではない」という主張を行います。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10256517.html

 

他にも、K戦略として、キャピタリズム(相手の前提にある資本主義が正しいという論理が間違っている)、ブッディズム(肯定側のあらゆるハームは瞑想で乗り越えられる)などがあります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

-参考-

苫米地英人博士著「ディベートで超論理思考を手に入れる」(CYZO

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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Q-059:今まで「仕事をしなければならない」という気持ちが強いでした

 

 

いただいた御意見に回答いたします。ありがとうございます。

 

Q:今まで「仕事をしなければならない」という気持ちが強いでしたが、ブログを読ませていただくうちに「私が自分で思い込んでいた」と思い当たることがあり、少し気持ちが楽になりました。人間の脳はおもしろいものなんだと感じています。これまではhave toになっていたことが多かったので、want toになれるように考え方を変えていければと思います

 

A:お役に立ててうれしく思います。

 

 仕事を「我慢して行う苦行」のように思っている方もいらっしゃいますが、それは間違いです。

仕事とは「社会に機能を提供すること」であり、「誰かの役に立つこと」です。「苦しいからすばらしい」わけでも、「楽しんでるから間違っている」わけでもありません。

 

ハーバード大ビジネススクールの研究により、「want to(~したい)」は「have to(~ねばならない)」に対して756倍の生産性が発揮されることが明らかになっているのですから、より効率的に機能を提供し最大限役にたつために、自身のモチベーションを自らコントロールすることが求められます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

そのためにはゴールをしっかり設定する必要があります。

よって、コーチングを学び実践することは、個人にとっても、組織(会社など)にとっても、そして社会にとっても、とても大切なことであるといえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 

私は苫米地博士に学ぶようになってから、目の前のすべてを未来の結果と思えるになりました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

医師としての仕事も、リーダーとしての責任も、親としての役割も、すべてwant toと捉えることができるようになりました。過労や睡眠不足が重なりhave to感に襲われたときも、物理的因果による休息のサインと素直に受け止め対処することができるようになりました。

 

そんな私を身近な人たちはあたたかくサポートしてくれましたが、決して好意的な人ばかりではありませんでした。私がドリームキラーと感じた人たちは、最初は無視し、徐々に陰口を叩き、次第に妨害するようになり、最終的にはだまし討ちをして排除しようとしました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html

 

 今春、私を中傷する(はずの)文書が、調停の証拠として裁判所に提出されました。申立て内容にまったく関係ないばかりか、かえって自らの主張を否定してしまうことになったその文書には、「タケハラはいつもwant toばかりしている」といった内容が書かれていました(苦笑)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html

 

 調停では取り上げられることがなかった文書ですが、私の心にはとても大きく、そして悲しく響きました。「我慢することが仕事」「苦しみの対価として報酬がある」「この苦しみから抜け出すことは許されない」 そんなドリームキラー達の断末魔の叫びを感じたからです。

 

彼・彼女らも、「感情労働」という誤った価値観の犠牲者なのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10987351.html

 

 

 「want toか? have toか?」を決めるものはゴールです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 そのゴールの設定も含め、情報処理のすべてがマインドで行われます。

そのための知識をぜひ手に入れて、実践してください。そして、大切な人たちにも伝えてあげてください。

 

 

 過去の最適化が重要視された時代は過ぎ去りました。すでにある答えをいち早く見つけたものが勝ち上がる時代はとっくに終わっています。

 人工知能を手に入れた世界では、過去の延長ではない未来、すなわち“現状の外”にあるまったく新しい答え(プラン)を、問題(ケース)ごと創造する力(innovation)が求められます。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

 

 その創造(innovation)のためには、ひらめき(inspiration)が必要です。

ひらめき(inspiration)は、ゴール設定(goal setting)とゴール達成の確信(efficacy)により生じます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

 そして自分の自由意志で設定したゴールに向かう日々の中でこそ、真の心の平和が得られます。スピリチュアルペインを克服するからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8293317.html

 

 このブログは、そんな心の平和を実現するために、そしてその平和をひろげるために存在しています。ぜひ皆さまに縁ある方々に広げてください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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F-056:「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」ことなのだろうか? <前編>

 

 まずは下記の記事をお読みください。JIJI.COMから引用します(20181023日配信)。

 

 引用開始

 麻生太郎財務相は23日の閣議後の記者会見で、不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは「あほらしい」と指摘した知人の発言を紹介した上で、「いいことを言う」と同調した。

 

 健康維持の必要性を訴える趣旨とみられるが、病気になった人に対する心ない表現として批判が出る可能性がある。

 

麻生氏の発言は、政府が検討している予防医療推進に関する質問への答えの中で飛び出した。78歳の麻生氏は「病院で世話になったことはほとんどない」と強調。生活習慣の乱れで自ら病気を招いた人の医療費を負担するのは不公平との考えをにじませた。

 

ただ麻生氏は「人間は生まれつきがある。一概に言える簡単な話ではない」とも語り、やむを得ない事情で病気になった人の医療費を保険制度で賄うことに理解を示した。 

 引用終わり

 

 

 この記事に関して、私が思ったことをまとめます。

 

 まずは大前提から。

 意見を述べたり議論をしたりするときに忘れてはならないのは、「世の中に絶対の基準(評価・判断、価値観、モノサシ)はない」ということです。その事実は、情報空間では不完全性として、物理空間では不確定性として明らかにされています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

 

 絶対的なモノが存在しないということは、すべては相対的であるということです。何を基準とするか、あるいはどういう立場をとるかで、「正しい」とも「間違っている」とも評価できます。

 

 それを釈迦哲学では「空(くう)」と表現します。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

「空」とは、「すべては縁により起こる」という釈迦の縁起の教えをもとに、後の大乗仏教にあらわれた天才たち(ナーガールジュナ、ツォンカパなど)が築きあげた概念です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 すべてが「空」、すなわち「正しいともいえるし、正しくないともいえる」のであれば、意見を述べたり議論をしたりすることは無意味であると思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

個人が自身の意見をしっかりと述べることができ、組織(チーム、会社、社会)内でしっかりと議論できるということは、とても大切なことです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

 

なぜなら、ゴールがあるからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

ゴールは“現状の外”に設定するものですが、たとえうまくスコトーマを外し設定できたとしても、その達成方法も“現状の外”、すなわちそれまでの記憶でつくられたブリーフシステムの外にあり、コンフォートゾーンの外にあるのですから、なかなか見つけられないうえに、うまく実行することもできません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

だから、ある立場で意見を考え、そして違う立場で検証する必要があるのです。

議論は「ゴール達成のために解決するべき問題(課題)を明らかにして、有効な解決策を見つけること」ですが、その本質は「抽象度を上げること」です。そして、抽象度を上げることで平和(涅槃、幸せ)が実現します。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11994979.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12168045.html

 

 

前置きが長くなってしまいましたが、「私の意見が絶対的に正しいというつもりはない」とお断りした上で、この前編では肯定的意見を述べます。さらに中編でケース(問題、課題)を明らかにしたうえで、後編でプラン(解決策)を提示したいと思います。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

 

シリーズ編の第一弾としてブログ連載中のディベート(トゥールミンロジック)の話題とも連動しながらまとめていきますので、リンク記事と合わせてお読みください。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_254557.html

 

 

それでは、まずは肯定的意見から。

 

私は政治家が一番やってはいけないことは、「嘘をつくこと」だと思っています。

 

間接民主主義において、国民(県民、市町村民)は自分の代理を選挙で選びます。国民(県民、市町村民)の代理である政治家は、(選挙前だけに限らず常に)自分の価値感(ブリーフシステム)や公約(目標、ゴール)を明示する必要があります。変更する場合には、自ら率先してその理由を丁寧に説明するべきです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

マスメディアによる健全な監視により、「表の発言と本心が一致しているのか」「発言と行動が一致しているのか」を国民がチェックし、次の投票行動に反映させます。

 

ところが、政治家に嘘があり、マスメディアによってその嘘が暴かれることがなければ、権力の腐敗は加速し、民主主義は崩壊することになります。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10691562.html

国民がもっとも警戒しなければならないのは、権力者の偽善です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6681205.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6681282.html

 

私には、決して少なくない数の政治家の方々が偽善と感じられます。その点、麻生財務相の発言にはうしろめたさがありません。

いくつか御紹介します。

 

 

「(終末期医療について)さっさと死ねるようにしてもらうとか、考えないといけない」

「(延命治療について)その金が政府のお金でやってもらっているなんて思うと、ますます寝覚めが悪い」

20131月 社会保障国民会議にて 

 

「憲法はある日気づいたらワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」

20137月 国家基本問題研究会にて 

 

90(歳)になって老後が心配とか、訳の分からないことを言っている人がテレビに出ていたけど、『お前いつまで生きているつもりだ』と思いながら見ていました」

20166月 北海道小樽市で開催された自民党支部大会での講演にて 

 

「(政治家は)結果が大事なんですよ。いくら動機が正しくても何百万人殺しちゃったヒトラーは、やっぱりいくら動機が正しくてもダメなんですよ」

20178月 横浜市内で開催された自民党・麻生派の研修会にて 

 

 「(福田淳一前財務事務次官のセクハラ問題について)セクハラ罪っていう罪はない」「殺人とか強制わいせつとは違う」

20185月 外遊先の記者会見にて 

 

「(森友学園をめぐる財務省の公文書改ざんについて問われ)どの組織だってありえる話だ。会社だってどこだって、ああいうことをやろうと思えば個人の問題でしょうから」

20185月 外遊先の記者経験にて 

 

 

いかがですか?

きっと本心を隠さず、思ったとおりのことを口にされているのではないかと思います。

 

 「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」という発言に「いいことを言う」と同調されたことについて、「国民をだまそうとしていない」という点において、私は肯定的に受け止めています。

 

 

 しかし、厚労省を抑える財務省のトップ、そして副総理としての立場をふまえた上で考察を続けると、解決するべき課題が浮かび上がります。

(中編につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 もう一つ、麻生財務相の発言を御紹介します。

 

 「(地方の医師確保について問われ)はっきり言って、医者は社会的常識がかなり欠落している人が多い」

200811月 全国知事会議にて 

 

 

 嘘をついてはいけないのは、政治家ばかりではありません。

 せめてリーダーの立場にある方々は、本心を隠して嘘をつき続けることはやめていただきたいと願います。因果応報の「果」や「報」が“自分”だけにとどまらないからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12645423.html

 

 チーム医療において医師がリーダーなのは間違いありません。

私が知る限り「医者は社会的常識がかなり欠落している人が多い」ことはありませんが、私はむしろ社会的常識に縛られない“Not Normal”な医療従事者が増えている未来を強くイメージしながら、コーチングを“いのちの現場”に届ける活動を行っています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 


PMⅠ:The Power of Mind

PM-00:序章

PM-00-03:第三章(苫米地理論との出会いと実践)目次

 

 

PM-03:苫米地理論との出会いと実践

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124523.html

 

 

PM-03-01:死が身近だった幼少時代の闇

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6854165.html

 

PM-03-02:死が身近だった幼少時代の闇<ベチロンで考察>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6854341.html

 

PM-03-03:最福寺 池口恵観法主に学んだ抜苦与楽の生きざま

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6854577.html

 

PM-03-04:最福寺 池口恵観法主に学んだ抜苦与楽の生きざま<ベチロンで考察>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7031387.html

 

PM-03-05:傷だらけの青春 ~禁じられたギター、破壊されたアンプ~

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7031488.html

 

PM-03-06:傷だらけの青春 ~禁じられたギター、破壊されたアンプ~<ベチロンで考察>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7031602.html

 

PM-03-07:鹿児島大学医学部を目指して

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7199779.html

 

PM-03-08:鹿児島大学医学部を目指して<ベチロンで考察>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7199884.html

 

PM-03-09:霊におびえた学生時代

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7199964.html

 

PM-03-10:霊におびえた学生時代<ベチロンで考察>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7384947.html

 

PM-03-11:「いい先生」と言われて ~謎の自己嫌悪と驚きのプレゼント~

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7385143.html

 

PM-03-12:「いい先生」と言われて ~謎の自己嫌悪と驚きのプレゼント~<ベチロンで考察>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7385278.html

 

PM-03-13:両親との絶縁と宇宙再構築の気づき

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7555985.html

 

PM-03-14:両親との絶縁と宇宙再構築の気づき<ベチロンで考察>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7556082.html

 

PM-03-15:突然の院長就任

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7556145.html

 

PM-03-16:突然の院長就任<ベチロンで考察>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702279.html

 

PM-03-17:苫米地理論との出会い ~現状の外のイメージ実現と挫折~

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702480.html

 

PM-03-18:苫米地理論との出会い ~現状の外のイメージ実現と挫折~<ベチロンで考察>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702640.html

 

 

 

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