苫米地式コーチング認定コーチ CoacH T <タケハラクニオ> ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

2018/11

F-060BTTF

 

 前回(F-059)、虐待の記憶が遺伝情報として次世代に伝わる可能性を御紹介しました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13523096.html

 

私自身にも虐待の記憶が残っています。今でも「父親が母親に暴力をふるう記憶」、「母親がヒステリックに抵抗する記憶」、そして「私自身に対する身体的暴力や言葉による罵倒の記憶」が痛みとともによみがえります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6854165.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6854341.html

 

 何かをきっかけによみがえってしまったそんな記憶は、私を苦しめるだけでなく、私の行動を支配し縁ある人たちまで苦しめようとしました。縁起のネットワークに汚染が広がるような感じです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

例えば、「子どもたちが大切にしているものを見せしめに燃やしているイメージ」にたびたび襲われました。その時、私の心は、あんなにイヤだった(自分自身の)父親のようになっていました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

幸いにも、幼少時代の私がされたような仕打ちを、私の子どもたちに行ったことはありません。しかし、残酷な衝動に襲われ「ファイト・オア・フライト」に陥った私は、妻や子どもたちにネガティブな働きかけをしてしまっていたはずです。無意識下で。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

さらに「虐待の記憶が遺伝情報として次世代に伝わる可能性がある」というのですから、認知科学者 苫米地博士との出会いがなかったらと思うとゾッとします。マインド(脳と心)について学び、実践することになった御縁には本当に感謝しています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702480.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702640.html

 

虐待は遺伝情報として次世代に伝わるのかもしれませんが、その遺伝情報さえも私たちはきっと介入的にコントロールすることができます。「人間が持つマインドの力(The power of mind)は、莫大なエネルギーと無限の可能性(創造性)を秘めている」というのがコーチとしての私の確信です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

 前回、「トラウマが脳の傷になったり、次世代に引き継がれたりすることを防ぐ」ためのキーワードが「BTTF」であると書きました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13523096.html

 

その「BTTF」とは、

 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー(Back to the future)」のことです(笑)。

 

 

 …1985年の第一作目公開後、二作目(1989年)、三作目(1990年)と続いたトリロジーでは、主人公の高校生 マーティ・マクフライが、科学者で親友のエメット・ブラウン(ドク・ブラウン)が乗用車を改造してつくったタイムマシン(デロリアンDMC-12)に乗ってタイムトラベルを経験します。

 

 未来からやって来たタイムトラベラーは、未来をよりよいものにするため(戻すため)に、過去を変えようと試みます。それは一見「過去が未来を決める」「過去から未来に向かって時間が流れる(過去→未来)」という時間観にたっているように思えますが、じつは「未来が過去を決める」「未来から過去に向かって時間が流れる(未来→過去)」という時間観にたっています(と私は思っています)。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

 なぜなら、映画のタイトルが「バック・トゥ・ザ・フューチャー(Back to the future)」だから(笑)。

 

 

「未来が先にある」「未来に戻る」という感覚は、コーチングを受けたクライアントの心の中でおこる自然な変化と同じです。ゴールという形で未来を設定(創造)すると、現在が変わっていき、過去が変わってしまいます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

RAS(ラス)&スコトーマがダイナミックに変化していくからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721658.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 コーチングでは、「このまま続く延長上の未来」まで含めて「現状(ステイタス・クオ、Status QuoSQ)」と定義します。よってコーチングでいう未来とは、現状の外、すなわち「今のままでは達成不可能な何か」「このままではけっして叶わないこと」をゴールとして設定することではじめて生じるものといえます。

 

 ゴール設定により“未来”が新たにうみだされる

 

 その新たな“未来”に戻る力となるものがエフィカシーです。エフィカシーとは「自身のゴール達成能力の自己評価」のことです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

 ゴールとしてうみだした未来。そして、そこに到達する(戻る)ことができるというエフィカシー。その2つがそろったときに「バック・トゥ・ザ・フューチャー(Back to the future)」が実現します。

 (それを通常のコーチングでは「I×V=R」と表現します)

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

コーチングに過去は一切関係ありません。意識するのは未来だけです。

その未来をつくる最初の行為であるゴール設定において、「ゴールは“現状の外”に設定する」のですから、(繰り返しになりますが)このまま続く時間軸の延長上とは違う未来を新たにうみだすことになります。

 

しかしながら、過去の記憶でできあがった自分のイメージ(現状のコンフォートゾーン)とは違う未来をうみだすことは容易ではありません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

現状は強力なホメオスタシスにより、常に、かつ強力に、保たれているからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971818.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971956.html

 

たとえ何かのきっかけで一瞬“現状の外”に飛びだすことができたとしても、途端に落ち着かない感じがして「いつもの私」に引き戻されてしまいます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882652.html

 

そこでタイムトラベラーの出番!

未来をよりよいものにするため(戻すため)に未来からやって来たタイムトラベラーとは、ゴールを達成した未来のあなた自身です。

 

コーチングマインドで生きる者の意識状態はオールタイム未来です。未来が本来のコンフォートゾーン(CZ)です。だから、日常のすべての行動が「Back to the future」という感覚になります。

 

さあ、ゴールを自由に思い描いてみましょう!

ゴールを設定したあなたはすでにタイムトラベラーです。映画「BTTF」の中でマーティやドク・ブラウンが未来のために過去(今)を変えようとしたように、あなたもあなた自身の未来のために奮闘してください。リラックスしてすべてを楽しみながら。

 

そのときあなたが手にするマインドの力(The Power of Mind)は、トラウマが脳の傷になることを防ぎます。遺伝情報として次世代に引き継がれる「負の連鎖」を断ち切ります。

そして、きっと、人類を退化から救うはずです。

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苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記1

 撮影中に「バック・トゥ・ザ・フューチャー(Back to the future)」というタイトルは変更されそうになったそうです。映画会社の社長によって。その理由は、「futureがタイトルの映画はヒットしない」でした まさに過去に囚われたドリームキラー!

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html

 

 監督のロバート・ゼメキスやプロデューサーのスティーブン・スピルバーグが奮闘したおかげで、タイトルは本来の「BTTF」に戻りました。「BTTF」のコンセプトどおり、「未来から過去(今)を書き換えた」といえます。

 (ちなみに、社長案は「Spaceman from Pluto <冥王星から来た宇宙人>」だったそうです)

 

-追記2

 第一作目のラストシーンの「TO BE CONTINUED…(つづく)」というテロップは、ビデオソフト化の際に追加されました。「マーティ達の冒険はこれからも続く」という意味のジョーク(本当は続編予定なし)だったそうですが、ファンによる続編制作希望や問い合わせが殺到したため、急遽シリーズ化されることになったそうです。

 まさにI×V=R!「TO BE CONTINUED…」というシンプルな言葉で、“現状の外”の未来をうみだしたといえます。

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-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12794797.html

 

 


PMⅠ:The Power of Mind

PM-06:職場への苫米地式コーチング導入挑戦と明らかになった課題

PM-06-04:訴え続けたことは「抽象度を上げること」

 

この章(第六章)では、「院長を務めていた病院へのコーチング導入“失敗”」という事例について、仮説を立て、トゥイーキングを行っていきます。その目的(ゴール)は、「失敗から学び、“いのちの現場”にコーチングをしっかり届けること」です。

告知:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13216030.html

“失敗”を解決する方法:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13397552.html

 

 

訴え続けたことは「抽象度を上げること」

 

 偉そうに聞こえるかもしれませんが、2007年夏に院長就任を打診されたとき、二つだけ私からも条件をだしました。「お金の話はしない」と「辞職時期は自ら決める」です。

病院管理者が自院の経営状況を知らないなんてありえないと思われるかもしれませんが、この願いは聞き入れられ、事実、私は病院の経済的状況をほとんど知らずにやってきました。

 

 ただし、経営のもう一つの側面については、責任をもって全力を尽くすことをお約束しました。

 

 

 紫式部の書いた「源氏物語」の中に、光源氏と葵の上(あおいのうえ)の間に生まれた子の夕霧(ゆうぎり)を、立派な人に成長するように願った両親が他人に預ける場面があります。

その時の言葉が、「この夕霧をお預け申し上げます。御自分の子と思し召して、夕霧の経営をあげて御一任申し上げます」です。

 

当時から「経営」という言葉には、お金の話とは別に、人間形成という意味があったようです。

その視点で、戦後の日本復興に大きな役割を果たした松下幸之助さんなど名経営者の言動に学ぶと、「経営の本質とは、人間形成(人材育成)である」ということがよく理解できます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

 「職員の経営をうまくやりたい」「その前に自分自身の経営をしっかりやろう」そんな思いで大量の書籍を読み漁るうちに、ついに認知科学者 苫米地英人博士にたどり着きました。ゴールによりスコトーマが外れ、縁がつながったのです。

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 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

夢中になって学ぶうちに、人には心(マインド)があるという当たり前の事実を再発見しました。そして、その心(マインド)について学ぶことで、自分自身を経営できるようになり、職員の経営ができるようになると確信するようになりました。

(正確には、職員が自身の心をコントロールした結果として組織がうまく経営できるようになるという意味です。職員を支配、制御するという意味ではありません)

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 私は、師に学ぶ知識やスキルを、守秘義務ギリギリのところで職員に開示し続けました。計300回の勉強会を開催し、210本のマネジメントレターを書きました。年に2回は職員アンケートを実施して、その結果を踏まえたスタッフミーティングを開催しました。ミーティング後はすべての質問に書面で回答。その過程でお互いに論理的思考ができていないことに気づき、ディベートについても学びはじめました。

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さらに抽象度の高い思考に導くため、毎週の朝礼では話題となっているニュースの裏を論理的に考察する取り組みを行い、お互いのスコトーマを外しあう仕組みもつくりました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

各部門のリーダーに向けては、毎月開催される運営会議後に~45分ほどのレクチャーを行い(計60回)、さらに責任者クラスの20名ほどに関してはパーソナルコーチングセッション(13060分)を実施しました。

 

コミュニケーション不足を痛感していた私は、病院の実質のオーナー(“経営陣”)にお願いし、打ち合わせを毎週行うことにしていただきました。さらに、法人全体のオーナーである理事長にもお願いし、各施設の責任者が参加する会議を毎月開催していただきました。

「この会議は必要なのか?」と何度も苦言をいただきましたが、「ゴールの共有が最重要」という信念の下、開催をお願いし続けました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

霧島市(鹿児島県)で行っていただいた苫米地博士の御講演や青山龍苫米地式マスターコーチにファシリテーターを務めていただいたPX2には、このような“経営”の集大成としての思いを込めていました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702480.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702640.html

 

 私がずっと訴え続けたのは、「抽象度を上げること」でした。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

第一章の終わり(“無敵”の意味)に書きましたが、抽象度が低いと対立が生じます。争いが起こります。いざこざが続きます。

 

 同じ部門内で対立が生じるのは、抽象度が低く個人の視点のままだからです。

お互いに「○○部門の一人」とみて、その機能・役割に注目すれば、いがみ合うのではなく協力し合うべき存在であることに気づくはずです。

 

 病院内で部門間の争いが起こるのは、部門という抽象度で思考しているからです。

「いろいろな部門が集まった○○病院」という視点でみることができれば、その争いは共通の課題を解決するためのきっかけになります。

 

 法人内でいざこざが続くのは、各組織が利害を中心に考えているからです。

「同じゴールを目指し、それぞれの役割を果たすかけがえのないパートナー」とみることができれば、「どちらが上か下か」というような権力争いは生まれようがありません。

 

 繰り返しますが、私の願いは、みんなで「抽象度を上げること」でした。

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記-
 「抽象度を上げる」ことについて、苫米地博士はこのように書かれています。「Dr.苫米地の『脳力』の使い方」(徳間書店)より引用します。

 抽象度が上がるということは、自分の行為が何なのかということ以上の抽象的な思考を持つということであって、それを自我というのです。自分の行為の内省的な認識に意味を持たせるためには、このように、1つ上の認識が生まれなければならないのです。


-関連記事(“無敵”の意味)-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5446097.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5448151.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615695.html

 

 


PMⅠ:The Power of Mind

PM-06:職場への苫米地式コーチング導入挑戦と明らかになった課題

PM-06-03:抗不安薬を常用する医師の叫びで気づいた「FOG

 

この章(第六章)では、「院長を務めていた病院へのコーチング導入“失敗”」という事例について、仮説を立て、トゥイーキングを行っていきます。その目的(ゴール)は、「失敗から学び、“いのちの現場”にコーチングをしっかり届けること」です。

告知:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13216030.html

“失敗”を解決する方法:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13397552.html

 

 

抗不安薬を常用する医師の叫びで気づいた「FOG

 

 日本の南の一地方都市のさらに過疎地に立つ病院です。

看護師や介護士といった職員を集めるのは大変で、もちろん医師についても思いどおりにはいきませんでした。院長の逝去後早急に求人を行いましたが、集まったのはユニークな医師ばかりでした。

(「あなたが一番ユニークだ」とよく言われました w)

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5305837.html

 

 例えば、一年中薄い術衣で過ごす内科医師は、医局の空調を夏は最低、冬は最高温度に設定する人でした。時間にルーズで、書類は書かずにため込んでしまいます。

すぐに怒るうえに人のせいにするので、スタッフとの間によく摩擦が生じていました。

 

鹿児島では珍しい大雪が降った日、その医師は無断欠勤をしました。

翌日、その医師に「なぜ連絡をせずに休んだのですか?」と質問すると、「ちゃんと病院に行こうとした。ところが道路が渋滞していて40分で10mしか進まなかった。先で何が起きているか僕にはわからない。だから家に帰ったんだ」という答えが返ってきました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8583393.html

 

 予想もしない答えにあっけにとられていると、さらにたたみかけるようにまくしたて、「僕は霧の中でもがいているようで苦しいんだ。苦しくてたまらないんだ。僕がこんなに苦しいのはおまえのせいだ!」と罵倒されました。

 

 確かにその医師は辛そうな表情を見せることがあり、抗不安薬を常用していました。

 

 

 当時は私も苦しんでいました。

 

院長就任後モチベーション云々は考えなくなりましたが、黒く重たい霧の中でもがいているようで、光が見えず、生きている確かな手ごたえは感じていませんでした。

「自分を包むこの霧は、一体どこから生じているのだろうか?」 そんな思いを抱きながら黙々と働いていました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702480.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702640.html

 

マインドについて学ぶようになったある日、“私”という存在が「恐怖(Fear)」「義務感(Obligation)」「罪悪感(Guilty)」によってがんじがらめに束縛され、目の前のすべてが「have to」になっていることに気がつきました。

 

その三つが私の「want to」を「have to」に変え、霧(FOG)を生みだしていたのです(ダジャレのようですけど)。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

 そして、そのすべてが心の中の情報(処理)にすぎないことを理解したときに、幼少の頃から親しんでいたはずなのにすっかり忘れていた概念 -すべては空(くう)である- を体感しました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

その瞬間、まわりの黒い霧は晴れ、クリアな光に包まれた気がしました。

 

 

 前回御紹介した森林療法など、何事もやり始めは「want to」ですが、いつの間にかルーティン化し、当初の目的(ゴール)を見失い、だんだんと「have to」化していきます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

「~だと怒られる」や「逆らうと解雇される」という不安・恐怖、「~しなければならない」という義務感、「~すると(しなければ)迷惑をかけてしまう」という罪悪感が、さらにその「have to」化を加速し、人を霧の中に閉じ込めていきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html

 

それは「ファイト・オア・フライト」の発動であり、ダークサイドへの転落のはじまりです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

 当時の私は、そのループにはまっていました。

 

後に認知科学者 苫米地博士と出会い、コーチングを学びながらゴールを再設定し、それを達成した未来をはっきりと感じ確信するようになったことで、ようやくこのループを抜けだすことができました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

そして、「すべては空であり、自らの心(マインド)がつくりだしたものである」と納得することができました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 残念ながら冒頭の医師が退職した後のことでしたので、その医師に直接伝えることはできませんでした。そのかわりに「ともに働く仲間に伝えたい」という思いが芽生え、いつしか希望へと変わっていきました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045695.html

 

 そしてその希望は、ゴールとして結実し、私の生きる力へと変わっていきました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記-

 認知科学者 苫米地英人博士の著書「『感情』の解剖図鑑 仕事もプライベートも充実させる、心の操り方」(誠文堂新光社)より引用します。

 

 【罪悪感】

 「罪」と「悪」は別物です。罪は法律が決めますが、悪は法では裁かれません。何をもって罪悪とするかは国によっても人によっても違い、結局、罪悪を決めるのは自分自身です。

 罪悪のレベルは、個人のブリーフシステムによって決まっています。非常に強固な信念によって、「それを超えることをやってはいけない」と歯止めがかかるので、人間は、自分が本当に罪悪だと思っていることはやりません。つまり、罪悪感を持つということは本質的にはあり得ないのです。自分で決めた罪悪のラインを超えるのは、「罪悪だと知りながら、それをしなければ命の危険があった」など、よほどの事情があるときだけです。

 私たちが罪悪感だと思っているものは、たいていは自己嫌悪、怒り、後悔などを、罪悪感という言葉でごまかしているだけだといえます。たとえば、浮気をしてしまったときに感じるのは、罪悪感ではなく後悔です。浮気をした時点では、本人は「してもいい」と思っていたはずですが、それを認めたくなくて、「罪悪感」という言葉を使っているだけなのです。

 

 

「感情」の解剖図鑑ver.2


Q-062:犬好きではいけないのですか? <後編>

 

 「The Power of MindⅠ」第一章のラスト「無敵の意味」に関して御質問をいただきました。ありがとうございます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5446097.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5448151.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615695.html

 

 

“無敵”とは「敵が無いこと」と読めます。対立が無いことと考えてもいいかもしれません。それはどういう状態なのでしょうか?

 

私は、“無敵”とは、競争に打ち勝って頂点に君臨している状態ではなく、その視点あるいは生きる情報次元、つまり抽象度が高いことにより対立が生じえない状態と理解しました。より「空(くう)」に近い状態です。


例えば、「あなたはイヌ派ですか?ネコ派ですか?」とか「そば好き?うどん好き?」といった質問があったとします。このときに一つ抽象度を上げ、「動物派です」「麺好きです」と答えることができれば、対立の構図は無くなります。

 

 

 この部分を受けて、「私は犬が好きなのですが、それではいけないのでしょうか?」という御質問です。

 

答えを先に述べると、「動物好きでありながら、その中でも特に犬を愛している」のであればOKです。

 

しかし、「犬だけを愛している」 極端にいえば、「犬だけを大切に扱い、他の動物を虐げる」のであればNGです。

 

前者は「区別」、後者は「差別」だからです。

 

 

以下、前後編に分け、具体的に回答いたします。

前編:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13394812.html

 

 

このように概念は階層を持ちます。その階層を哲学や心理学では「フレーム」や「ゲシュタルト」と表現します。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html

 

ここで抽象度という軸を考えると、階層は下位に下りるほどより具体的となっていきます。情報量が増えるのです。

反対に上位に上るほど具体的な情報は減り、より抽象的になっていきます ただし、上位に上るほど潜在的な情報量は大きくなります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

例えばプロ野球について考えると、「プロ野球ファン」は「ホークスファン」より上位概念となります。そして「プロ野球ファン」より「野球好き」が、「野球好き」より「スポーツ愛好家」の方がより上位の概念となっていきます。

 

このとき上位に上がるほどより抽象的になり、臨場感が下がっていきます。

 

「スポーツ愛好家」というフレームでは「福岡ソフトバンクホークスの日本シリーズ制覇」は大した話題ではないでしょうが、ぐっと(情報)次元を下げて「ホークスファン」というフレームで捉えると、「日本シリーズ制覇」は感涙するほどのうれしい出来事に変わります!

 

臨場感が上がるのです。

 

以前の私は野球観戦が大好きでした。学生時代にはバイトでお金を貯めては彼女(現在の妻)と一緒に福岡ドームに応援に行っていました。その頃は「ホークスファン」というフレームでしか思考できていなかったため、勝てばとってもうれしいのですが、負けるとすごく不機嫌でした。そして対戦相手やそのファンを“敵”として捉えていました。

“対立”があったのです。

 

苫米地博士に学ぶようになってから、勝った試合は「ホークスファン」というフレームで喜びを爆発させますが、負けたときは「野球好き」というフレームで野球観戦を楽しめたことに幸せを感じるようになりました。

 

そんな私の変化に気づいた家族や友人からは「大人になったね~」とずいぶん冷やかされましたが、その本質は「概念の階層を自由に上り下りできるようになった」ことといえます。

 

ここで大切なことは、概念の階層は、上から下に下りることは簡単にできますが、下から上に上がることはなかなかできないということ。

 

概念の階層を自由自在に移動するためには訓練が必要です。

そしてその大前提として、「人は、4次元の物理次元(時空)のはるか上に階層を持って広がる情報次元にまたがって存在している」ということ、すなわち「宇宙の構造と生命現象の本質」を体得する必要があります。

それを苫米地博士が理論化されたものが「超情報場仮説(理論)」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5165789.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5165823.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5165888.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306380.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306438.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306445.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5445932.html

 

 

それでは質問に戻ります。

Q「私は犬が好きなのですが、それではいけないのでしょうか?

 

A:「犬好き」というフレームでしか考えることができなければ、“対立”を生じる可能性があるため危険です。「犬好き」という“こだわり”が、差別や争いの元凶になりかねません。

 

もし「動物好き」というフレームで思考することができれば、「犬好き」か「猫好き」かは“どうでもいい対立”です。しかし、それでは臨場感が下がってしまうので「動物好き」という視点を保ちながら、あえて「犬好き」のフレームに下りるのです。

「動物好き」でありながら同時に「(とくに)犬好き」であることは、何の問題もありません。

 

そういう見方ができれば、ステーキやハンバーガーを食べながら「クジラはかわいそうだから殺すな」と強いる愚行は犯さないはずです。

 

低い次元では差別や対立、そして争いが生じます。

情報次元の階層性を理解し上を目指すことは、世界の平和を実現するためにも、すべての人々が挑戦すべき生き方だと思います。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html
 

仕事の話でいうと、ともに働く仲間がゴールを共有し、高い情報次元で思考・行動することができれば、職場でのイザコザは無くなります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

そして、意見の対立をお互いのスコトーマを外す縁起に変えて、756倍の生産性を発揮するようなadaptive cultureを実現していくはずです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13076797.html

 

そんな働き方、生き方に挑戦してみたいとは思いませんか?

 

 コーチングをみんなで学び、お互いにサポートしあいながら実践していけば、きっと家庭でも、職場でも、地域でも、“無敵”を実現できます。

 その時、「人生の満足度(life evaluation)」「感情面での幸福度(emotional well-being)」は自ずと高まり、希望ある社会が現実化しているはずです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8430748.html

 

 もう一度伺います。そんな働き方、生き方に挑戦してみたいと思いませんか?

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 “無敵”を目指す私ですが、過去には痛い“失敗”をしました。

しかし、そこから学び、改めることでゴール達成の確信はむしろ強まりました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

そのゴールと達成の確信(エフィカシー)が新たな未来をつくりだし、「I」を「R」に変えていきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

失敗から得た気づきに関しては、「The Power of MindⅠ」第六章にまとめます。ぜひフォローしてください。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124527.html

 

 


F-059:虐待で残る「分子の傷跡」

 

今回はjiji.com2018103日配信)の記事から御紹介します。タイトルは「児童虐待、被害者に残る『分子の傷跡』 研究」です。

https://www.jiji.com/jc/article?k=20181003037726a&g=afp

 

 ポイントは、

 

 ・虐待を受けた子どもは、そのトラウマ(心の傷)を示す物質的特徴が細胞の中に刻み込まれている可能性がある

 

 ・過去の虐待歴を調査する犯罪捜査の助けとなる可能性を秘めている

 

 ・トラウマが世代間で受け継がれるのか否かをめぐる長年の疑問解明への一歩ともなりえる

 

3点です。 

 

 以前のブログ記事でも、「情報的な心の傷が、物理的な脳の傷となる」ことを御紹介しました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10114934.html

 

 今回の記事中のカナダ・ブリティッシュコロンビア大学などの研究は、「精子細胞のDNA12の領域に、トラウマの痕跡が、『メチル化』として知られるDNAの改変として刻まれている」というものです。

 研究チームのニコル・グラディッシュ氏によると、「遺伝子を電球とみなすと、DNAメチル化はそれぞれの光の強度を制御する調光スイッチのようなもの」で、「細胞がどのように機能するかに影響を及ぼす可能性がある」ということです。

 

 遺伝子をめぐっては、これまでは受精時においてすでにプログラムが完了しているものと考えられていました。しかし現在は、環境要因や個人の人生経験によって活性化・非活性化される遺伝子が存在することが明らかになっています。

 

 つまり、遺伝子の働きさえも縁起に由るのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 この驚くような事実は、超情報場仮説(理論)でクリアに説明することができます。

 「まず先に高い抽象度で因として情報があり、その情報(処理)がより低い抽象度で果として表れ、ついには物理空間に実体として現れている」という見方が、苫米地博士が提唱する超情報場仮説(理論)が導きだす重要なポイントです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5165888.html

 

もちろん、物理空間も情報であり、物理空間上の実体(今回の場合、遺伝子やDNA)も情報です。よって、情報の操作により(今回の場合、トラウマ体験やその後の人生経験により)書き換わっていくことは十分に想定できます。

 

 「抽象度」とは、情報空間における視点の高さを表すもので、分析哲学の中の存在論における「Levels of Abstraction」という概念の日本語訳です。

(ちなみに、日本語訳を造語されたのは苫米地博士です)

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 抽象度の高い情報空間の「心」と、情報空間の底面といえる物理空間での「脳(DNA、遺伝子、体物理空間上の存在)」が、そもそも一つのものであり、観察する抽象度での違いにすぎないと納得できるかが大きなポイントとなります。

それは「心と脳」や「心と体」で一語であると実感できるかどうかであり、「情報空間では体のことを心といい、物理空間では心のことを体という」という事実をしっかり受け入れられるかどうかということです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306438.html

 

「メチル化の度合いには経時変化が見られるため、被験者の男性の細胞を調べることで、虐待の行われた大まかな時期についても知ることができる」というのですから驚きです。

やはり、情報は常にアップデートされ(書き換えられ)、物理空間に刻まれていくのです。

 

とくに教育に関わる者や子育て中の親は、この事実にしっかり向き合い、自分の言動を厳しくコントロールする必要があります。不安や恐怖を使って子どもたちを支配するなど論外です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9815429.html

 

論文の筆頭執筆者 アンドレア・ロバーツ氏は、精子細胞内に含まれる虐待の痕跡が、受精後も元の状態のままかどうかについてはまだほとんど明らかになっていないが、今回の研究によりトラウマが次の世代に伝えられるかどうかの解明に向けて「少なくとも一歩近づいている」とコメントしています。

 

つまり、トラウマの記憶は当人を苦しめるだけではなく、次世代にも受け継がれる「負の連鎖」となる可能性があるということ。それが事実だとすれば、いまだに戦争が続き、ますます貧困が拡大する現代社会の行く末は、大変暗いものになってしまうといえます。

 

大脳辺縁系での情報処理から前頭前野での情報処理に変わっていったことが人類の進化といえます。それは抽象度の階梯を上がっていったこととも言い表せます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

次世代に引き継がれるトラウマ記憶により「ファイト・オア・フライト」がますます起こりやすくなった未来においては、人類はそれまでの進化と逆行し一気に退化してしまうのかもしれません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

では、トラウマが脳の傷になったり、次世代に引き継がれたりすることを防ぐにはどのようにすればよいのでしょうか?

人類を退化から救うために、どのようなことに取り組めばよいのでしょうか?

 

その方法について、次回(F-060)考察したいと思います。キーワードは「BTTF」です(笑)。お楽しみに。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13626536.html

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

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PMⅠ:The Power of Mind

PM-06:職場への苫米地式コーチング導入挑戦と明らかになった課題

PM-06-02:禅道場をもつ病院

 

この章(第六章)では、「院長を務めていた病院へのコーチング導入“失敗”」という事例について、仮説を立て、トゥイーキングを行っていきます。その目的(ゴール)は、「失敗から学び、“いのちの現場”にコーチングをしっかり届けること」です。

告知:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13216030.html

“失敗”を解決する方法:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13397552.html

 

 

禅道場をもつ病院

 

私は、2018年春まで、鹿児島県の病院で内科医として働いていました。病院のほかにも介護老人保健施設や特別養護老人ホームなどの関連施設があり、地域の医療・福祉を幅広く支える法人でした。

 

温泉施設も運営するエキセントリックな病院でしたが、その一番の特徴は敷地内に禅道場があることでした。以前の私は、「禅道場を持つことが21世紀の医療の象徴になる」と考えていました。

 

アルベルト・アインシュタイン博士(18791955年)の下記の言葉に共感していたからです。

 

 

宗教なき科学は不具合であり、科学なき宗教は盲目である

Science without religion is lamereligion without science is blind

 

 

もともと禅道場は、病院の開設者でもある先代院長の病気をきっかけに建立されました。おそらく、病の苦しみや死の恐怖から逃れるために必要だったのだと思います。
 2007年にその院長が急逝され、私が院長職を継ぎました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7556145.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702279.html

 

 今思えば、経営陣は院長就任当初から、やがて時が来たら(用が済んだら)私を排除するつもりだったのかもしれません。前兆はたびたびありました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6681205.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6681282.html

 

 例えば、院長二年目の2008年頃にはこんなことがありました。

法人が所有する広大な森林を開拓して憩いの場を作り、「森林療法」を始めようというビッグプロジェクトが動き始めました。東京農業大学の准教授(当時)に指導していただきながら、看護・介護職はもちろん、事務職員から厨房職員まで全職種が参加して、自らの手で作業を行い「病院敷地内の森林を治療・療養の場にする」というものです。

 

しかし、“全職種”の中に医局は入っておらず、院長の私さえもそのプロジェクトの存在自体を知りませんでした。

 

 ある日、見知らぬ方々が、理事長とは別にいる経営者とその部下(“経営陣”)と歩いているところを目撃しました。登山家のような姿は明らかに病院には不釣り合いで違和感を覚えました。

近くのスタッフに「あの人たちは誰?」と質問すると、凍りついた表情で「えっ、院長は知らないんですか?東京農大の先生方ですよ」と教えてくれました。

その時初めて「森林療法」の存在を知りました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

院長に内緒のまま病院全体で取り組むビッグプロジェクトを推し進めようというのは、通常の組織ではありえない“not normal”な発想だと思います。

 

苫米地理論を学ぶ今は、トップダウンによる「have to」の押し付けではなく、ボトムアップでの「want to」の実現を推し進める文化は素晴らしいと思っています。

しかし、それを医局にはあえて教えないという思考と行動は、とても危険だと思いました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9815429.html

 

「森林療法」は主に認知症患者さんの症状軽減を目的として2009年から本格的に始まり、地域の方々にも開放されました。夏の暑さや冬の寒さにも負けずに行う週一回の活動は、今も続いているはずです。病院をあげたユニークな活動は評判となり、複数のメディアから取材を受けました。

 

余談ですが、そのマスコミ取材中、「ただでさえ忙しい医療現場で、なぜ診療報酬というインセンティブのない活動が続いているのですか?」と質問されたことがあります。

 

私の答えは「やりたいから」の一言でしたので、質問者は困惑した様子でした。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7554690.html

 

Albert_Einstein_Head(Wiki)

アルベルト・アインシュタイン博士

Wikipediaより引用

 


PMⅠ:The Power of Mind

PM-06:職場への苫米地式コーチング導入挑戦と明らかになった課題

PM-06-01:過去の“失敗”をもとに問題を解決する方法

 

この章(第六章)では、「院長を務めていた病院へのコーチング導入“失敗”」という事例について、仮説を立て、トゥイーキングを行っていきます。その目的(ゴール)は、「失敗から学び、“いのちの現場”にコーチングをしっかり届けること」です。

告知:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13216030.html

 

 

過去の“失敗”をもとに問題を解決する方法

 

脳はある記憶特性を備えています。

それは「失敗した時にモノを覚える」というものです。専門的には「失敗駆動型処理」と呼びます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9533528.html

 

物事がうまく運ばないときには、必ずどこかに失敗や期待外れ(思惑違い)があります。じつはそんなときほど、私たちはもっと実用的に思考することでスコトーマを外すことができます。さらには、より正確に記憶することができます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

脳の働きにおいても「失敗は成功の母」といえるのです。

時間の流れをふまえて表現すると、「未来で成功しているから、今、“失敗”から気づきを得ている」といえます。そういうセルフトークが自然にできることが、「過去に囚われない」ということであり、「前向きに生きる」ということです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11297824.html

 

 

ところで、エクスプラネーション・パターン法を御存知でしょうか?

これは人工知能の研究から生まれたもので、情報の分析と次の展開の予想に使われる方法です。具体的には、失敗や期待外れが生じた際に「なぜそうなったのか?」という理由をいくつも考えていきます。

 

ここで重要なことは「真相を探ることが目的ではない」ということです。もちろん真相が判明するにこしたことはありませんが、やるべきことはあくまで仮説を立てることです。それもできるだけたくさんの仮説を立てていきます。

 

たくさんの仮説をたてたら、次に「トゥイーキング」という技術に移行します。

トゥイーキング(tweaking、直すという意味)とは、過去の失敗の仮説をもとに「今起こっている問題」をすみやかに解決するための修正法をつくるシステムです。

 

そもそも過去に起きた失敗の真相を突き止めても、それは責任の所在がはっきりするだけで、次の失敗に対する予防策としては不十分です。なぜなら、まったく同じ出来事というのは二度と発生しないからです。

 

釈迦哲学的に述べると、この世は縁により起こるものであり、無常なものです。時間とともに状況は必ず変化していきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

よって、二度と発生しないような出来事の真相を懸命に追うより、「なぜ失敗したのか?」の仮説をたくさん立てて、今後似たような出来事が発生した時に備えておくほうが断然役にたちます。時間は未来から過去へ流れているからともいえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

この章(第六章)では、「院長を務めていた病院へのコーチング導入“失敗”」という事例に対して、仮説を立て、トゥイーキングを行っていきます。

目的(ゴール)は真相追及でも責任転嫁でもありません。失敗から学び、“いのちの現場”にコーチングをしっかり届けることです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

次回からは、勤務していた病院にコーチングを導入しようとした背景を説明します。その後、仮説とトゥイーキングに入ります。

 

なお、失敗駆動型の記憶特性を使った記憶法など、脳の仕組みをフル活用した記憶法や暗記術などについては苫米地英人博士の著書「脳を鍛える『超』記憶法」(アスコム)を御参照ください。“記憶”の本当の役割についても解説されています。

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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脳を鍛える「超」記憶法




Q-061:犬好きではいけないのですか? <前編>

 

 「The Power of MindⅠ」第一章の「無敵の意味」中の下記文章に関して、御質問をいただきました。ありがとうございます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5446097.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5448151.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615695.html

 

 

“無敵”とは「敵が無いこと」と読めます。対立が無いことと考えてもいいかもしれません。それはどういう状態なのでしょうか?

 

私は、“無敵”とは、競争に打ち勝って頂点に君臨している状態ではなく、その視点あるいは生きる情報次元、つまり抽象度が高いことにより対立が生じえない状態と理解しました。より「空(くう)」に近い状態です。


例えば、「あなたはイヌ派ですか?ネコ派ですか?」とか「そば好き?うどん好き?」といった質問があったとします。このときに一つ抽象度を上げ、「動物派です」「麺好きです」と答えることができれば、対立の構図は無くなります。

 

 

 この部分を受けて、「私は犬が好きなのですが、それではいけないのでしょうか?」という御質問です。

 

答えを先に述べると、動物好きでありながら、その中でも特に犬を愛している」のであればOKです。

 

しかし、「犬だけを愛している」 極端にいえば、「犬だけを大切に扱い、他の動物を虐げる」のであればNGです。

 

前者は「区別」、後者は「差別」だからです。

 

 

以下、前後編に分け、具体的に回答いたします。

 (前編は過去のブログ記事の内容と被りますが、重要な知識なのでぜひお読みください)

 

 

私は一匹の犬を飼っています。ラブラドールレトリーバーで「さくら」という名前の女の子です。

私が“犬”という言葉をイメージしたとき、そのイメージはこの世に一匹しかいない「さくら」のことです。実在する具体的な存在です。妻が私に「犬を散歩に連れて行って」とお願いしたとき、その「犬」とは「さくら」のことです。

 

その「さくら」の上位概念が「ラブラドールレトリーバー」です。

具体的な存在である「さくらという名のラブラドールレトリーバー」ではなく「ラブラドールレトリーバー」と考えた場合、「さくら」はもちろんカナダにいる「ラブラドール」も、今は生きていない過去の「ラブラドール」も、これから生まれる未来の「ラブラドール」も全て含まれることになります。

 

具体的な存在(物理空間での実在)が抽象的な概念(情報空間での存在)へと変わったことを意味します。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654230.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654316.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831442.html

 

そして「ラブラドールレトリーバー」の上位概念である「犬」という考え方をすると、「チワワ」や「ダックスフンド」、「柴犬」や「セントバーナード」などすべての「犬」が含まれます。

当然その「犬」という概念には(ちょっと古いですけど)「ラッシー」「カール」「ベンジー」そして「ベートーベン」といったTVや映画の中の犬も、「流れ星 銀」など空想上の犬も含まれます。

 

「犬」の上位概念である「動物」と考えたときは、「猫」や「キリン」、「鷹」や「ヒラメ」も含まれます。もちろん「人間」である「わたし」や「あなた」もです。

 

このように概念は階層を持ちます。その階層を哲学や心理学では「フレーム」や「ゲシュタルト」と表現します。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html

 

階層は下位に下りるほどより具体的となっていきます。情報量が増えるのです。

反対に上位に上るほど具体的な情報は減り、より抽象的になっていきます ただし、上位に上るほど潜在的な情報量は大きくなります。

 

例えば「犬」という概念は「ラブラドールレトリーバー」より具体的な情報は減りますが、「ラブラドール」や「チワワ」、「ブルドック」などすべての犬種を含んでいます。

 

ちなみに、この関係を数学的には、『「犬」は「ラブラドール」を包摂(または包含)する』、『「ラブラドール」は「犬」の外延である』と表現します。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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-関連記事(抽象度)-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 


F-058:「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」ことなのだろうか? <後編>

 

「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」という発言に麻生太郎財務相が「いいことを言う」と同調されたことをテーマにしたブログ記事の3本目です。

 

前編(F-056)は、「国民をだまそうとしていない」という点で肯定的に評価いたしました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13076011.html

 

中編(F-057)は、厚労省を抑える財務省のトップ、そして副総理としての立場をふまえた上で考察を続けることで浮かび上がる「解決するべき課題」についてまとめました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13214313.html

 

 前回あげた課題(問題点)は、トゥールミンロジックでいうとケースに当たります。今回はケースを解決するためのプランについて、私の意見を述べさせていただきます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

 

 

 権利をどのように考え行使するかは、国民一人ひとりの自由であるはずです。

仮に自らの自由意思による不摂生の結果病気になってしまったとしても、国には国民の「健康で文化的な最低限度の生活」を保証する義務があります。その根拠は日本国憲法第25条です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8584289.html

 

 以前は成人病と呼ばれていた糖尿病などが生活習慣を主因とする病であるということは、昨年105歳でお亡くなりになった日野原重明先生らの御尽力で広く知られることになりました。

厚労省は生活習慣病予防として、「運動施策の推進」「栄養・食育対策」「たばこ対策」「アルコール対策」「睡眠対策」などをあげています。

 厚労省HP>生活習慣病予防:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/seikatsu/seikatusyuukan.html

 

 しかし、例えば糖尿病でみると、「糖尿病が強く疑われる者」の割合は12.1%(男性16.3%、女性9.3%)で、H9年以降増加し続けています。

 一般社団法人 日本生活習慣病予防協会HPより:http://www.seikatsusyukanbyo.com/statistics/2017/009436.php

 

 高齢化が増加の一因であることは間違いありませんが、生活習慣病の対策、すなわち生活習慣をあらためる取り組みがうまくいっているとはいえないことも間違いないようです。

 

では、なぜ生活習慣の改善はうまくいかないのでしょうか?

 

なぜ不摂生になってしまうのでしょうか?

 

 

原因の一つは中編(F-0572))で取り上げた社会的な要因です。労働環境や経済格差の改善が進まなければ、生活習慣病の改善は難しいといえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13214313.html

 

コーチングの視点で考えると、不摂生の理由は「コンフォートゾーンが変わっていないから」といえます。意識上で「生活習慣を改善したい」と思っても、無意識が「不摂生」を“心地よい”と認識している限り、かなり頑張らないと摂生はできません。たとえ摂生できたとしても無理な頑張りは長くは続かず、いつの間にか元の不摂生に戻ってしまいます。ダイエットなどでよく言われている「リバウンド」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

では、なぜコンフォートゾーンが変わらないのでしょうか?

 

 

答えは、「不摂生が摂生に変わることをあたりまえとするゴールが明確ではないから」です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

止められても成し遂げたいゴールがあり、その実現のために「健康でいることがあたりまえ」「病気になっている場合ではない」と思える状況であれば、無意識は不摂生をクリエイティブに回避し、健康を維持するためにエネルギッシュに働くようになります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040752.html

 

 つまり、生活習慣(病)の改善はやる気や方法論の問題ではなく、ゴール設定の問題なのです。

 

 健康とはゴール設定の結果です。

 そして、同時に、そのゴールを達成するための大切な要因となります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045695.html

 

ゴール設定を行い、本当にやりたいことだけをやり続けることで、心(マインド)の状態を良好に保つことができます。まず情報空間で健康になります。やがてその変化は写像として物理空間にあらわれ、身体が健康になっていきます。心→体の順で健康になるのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654230.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654316.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831442.html

 

勘違いしやすいところですので念を押しますが、心と体、すなわち情報空間と物理空間は同じものです。同じ一つのものの抽象度の違いです。因がより高い抽象度次元、すなわち心(マインド)にあるということです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

いずれにせよ、ゴールを設定することで心身の健康を手に入れた人は、その健康な心身でゴールを達成していきます。これが健康と苫米地理論およびコーチングの関係です。

つまり、「国民の生存権の保障のためには、コーチングの普及が欠かせない」のです。

 

じつは、一つ目の労働環境や経済格差の改善のためにもコーチングは有効です。

様々な研究により、「希望・夢・ゴールがある子どもとない子どもでは、その後の人生がまったく異なってしまう」という結果が明らかになっています。「希望・夢・ゴール」がエネルギーと創造性の源となり、劣悪な環境や貧困を自ら克服していくのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045695.html

 

つまり、「ホープギャップ」を克服するための「希望を与えること」や「夢やゴールの設定の仕方を教えること」といった情報的支援が、社会的課題の解決の鍵ともなるといえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11301259.html

 

 

シンプルにまとめると、

 

摂生=want to

不摂生=have to

 

その「want to」や「have to」は、もともと「want to」として、あるいは「have to」として存在しているのではありません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

すべては本人のマインドでの情報処理次第です。そして、その情報処理を決めるものはゴール!

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 

というわけで、「日本国民を『不摂生が理由で病気になる』ことから救うために、コーチングをすみやかに導入するべきである」というのが、苫米地式コーチとしての私のプラン(解決策)です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

 

私は、病気になった人が医療・福祉現場でのコーチングにより「不摂生」から救われることを願っています。そして、子どもたちを「不摂生」から守るために教育現場にもコーチングを届けたいと思っています。

 

コーチングに興味のある医療・福祉関係者、教育関係者の方は、ぜひ御相談ください。もちろん個人的な相談も大歓迎です。連絡をお待ちしております。

 連絡先:coachfor.m2@gmail.com

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615641.html

 

 


I-022:ブログ更新予定変更のお知らせ ~意見の対立が、問題の意味についての理解を深める~

 

 世界中の経営者に影響を与えたオーストリア生まれの経営学者 ピーター・F・ドラッカー(19092005年)の言葉を紹介いたします。代表的著作「マネジメント-課題、責任、実践」(ダイアモンド社)からの引用です。

 

 

 マネジメント上の意思決定は、全会一致によって行えるようなものではない。対立する見解が衝突し、異なる視点が対話し、いくつかの判断からの選択があって、はじめて行うことができる。意思決定の原則とは、意見の対立がないときには決定を行わないことである。

 

 GMのスローンは、「では全員の意見が一致していると考えてよいか」と聞き、異論が出ないときには、「では、意見の対立を生み出し、問題の意味について理解を深めるための時間が必要と思われるので、次回また検討することにしたい」といった。

 

 意見の対立を促すのには三つの理由がある。第一に、組織の囚人になることを防ぐことである。必ず誰かが何かを求めている。第二に、代案を手にすることである。いかに熟慮しようとも、代案なしでは決定は賭けに終わる。第三に、想像力を引き出すことである。

 

 

 「マネジメント上の意思決定は、対立する見解が衝突し、異なる視点が対話し、いくつかの判断からの選択があって、はじめて行うことができる」というドラッカーの言葉とは、私がちょうど病院長を務めはじめた頃に出会いました。

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 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702279.html

 

 「『異なる視点の対話』とは何か?」「『異なる視点の対話』を実現するためにはどうすればよいのか?」そんな自問を続けたことでスコトーマが外れ、コーチングやディベートとの縁につながったのだと思っています。

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 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

苫米地博士のもとで学びながら、私はともに働く仲間に届けようと試みました。理事長の同意の下、病院長の職責として。

しかし、その試みは“失敗”しました。結果的に、6名在籍していた常勤医師のうち(私を含む)4名が病院を去ることになりました。わずか1年の間に。

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http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7702640.html

 

医師をはじめとする医療専門職の確保は、病院の経営、ひいては地域の安心・安全に直結する最優先事項のはずです。しかし、驚いたことに、経営陣との前向きな議論や話し合いは全く行われませんでした。

(正確には経営陣を話し合いの場に引っ張りだすことには成功していたのですが、本音を引き出すことはできませんでした)

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http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6681282.html

 

いまでも「経営陣の『議論を避けたい』という強い思いの根底にあるものはなんだったのだろうか?」と考えてしまうことがあります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html

 

いずれにせよ、そのようなブリーフシステムはドラッカーの言葉と真逆の発想であり、1)組織を囚人化し、2)代案を失い、3)想像力を封印することで、組織を破滅に導いてしまう誤った価値観です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

ドラッカーの警鐘にもかかわらず、「反対意見は許さない」「文句がある奴は排除する」という発想は、スポーツの世界から政治の世界まですっかり蔓延してしまっています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9815429.html

 

 でも、そんな時代だからこそ、ドラッカーのいう“マネジメント”に取り組む意義があるといえます。そのマネジメントは、ディベートとコーチングの実践によって実現することができます。

 

しかしながら、ただディベートを取り入れるだけでは、あるいはコーチングを導入するだけでは、組織は決して生まれ変わりません。過去に成功している組織ほど、その成功体験に囚われてしまうからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

 そのことを私は、自身の失敗を通じて、痛いほど実感しました。

 

 

次週から再開する「The Power of Mind Ⅰ」の第六章では、医療・社会福祉法人理事長の同意の下行ったはずの苫米地式コーチング導入が“失敗”してしまった理由を検証し、明らかになった「進化・向上し続ける組織をつくるための重要なポイント」についてまとめていきます。

 

その目的は、スコトーマを外し、これからベチシキ(苫米地式)を導入しようという方々への有意義な参考(戒め)となることです。そして、よりよい未来を実現することです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 よりよい未来とは、ゴールとして自ら生みだすものです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 そのゴールの設定も含め、情報処理のすべてがマインドで行われます。そして、自身のマインドで設定したゴールに向かう日々の中でこそ、真の心の平和が得られます。スピリチュアルペインを克服するからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8293317.html

 

 医療・福祉でいうと、従事者自身のスピリチュアルペインが克服されてはじめて、生老病死という四苦に苦しむ患者さんを救うことが可能となります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8430972.html

 

 このブログは、心の平和を実現するために、そしてその平和をまわりにひろげるために存在しています。ぜひ皆さまに縁ある方々に広げてください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

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ピーター・F・ドラッカー(Wiki.)

ピーター・F・ドラッカー

Wikipediaより引用

 


ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-20組織・チームの明るい未来のために

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

PM-02-13http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

I-017(告知):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html

S-01-00(目次):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html

 

 

20:組織・チームの明るい未来のために

 

 ディベートについて御理解いただけたでしょうか?

 

 そのほとんどを、我が師 苫米地英人博士の「ディベートで超論理思考を手に入れる(CYZO)」から引用しています。詳しくはそちらで御確認ください。

 

このシリーズの冒頭に、「論題を自らの情動と切り離し、相対化して、物事の裏表両方を見る視点を養えるのがディベート」であり、それを学ぶ目的は、「論理脳を鍛え、最短時間で最適解を見つけるようになること」であると書きました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11995099.html

 

さらに、その先にあるのは、「論理的思考を徹底的に極めることによって、論理という系の外に出ること」であると書きました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12168045.html

 

そのもっと先にある究極のゴールとは、「論理を超越した世界で“自由”を手に入れること」です。その自由を獲得するためには、コーチングについての知識とスキルが必要です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 

なぜなら、この宇宙は“縁起”によりつくられているからです。

 

縁起とは、「自分を含めてこの世のすべては他の何かとの関係性で成り立っている」というものです。

それは突き詰めると「関係が存在を生みだす」ということになるので、それぞれの事物、事象は単独であらかじめ存在しないという論理になり、「だから普遍的な実体などなく、物事は常に変わりゆき、永遠に変わらないものなどない」という考え方につながります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

「物事は常に変わりゆき、永遠に変わらないものなどない」という考えを仏教では「無常」といいますが、それは「はかない」という意味でも、「だからあきらめろ」という冷やかしでもなく、「明日はもっと良くなる可能性がある。だから思考し続けよ」という励ましです。

 

釈迦の縁起は、そして、その発展としての空観は、数学では不完全性定理により、現代物理学では不確定性原理により証明されています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

私たち人類は、“現状の外”へのゴール設定により新たな縁起を生みだし続けることができる存在です。そして、ゴールに向かう過程で思考を続け、抽象度の階段を駆け上がり、ヒルクライミング(進化・向上)し続けることができる存在です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 そのためにディベートがあり、コーチングが存在しています。 縁起として。

 

 

-参考-

苫米地英人博士著「ディベートで超論理思考を手に入れる」(CYZO

 

 

S-01:よりよい“議論”のために(完)

 

 

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DrT ディベート本




I-021:無料講演会「米国トップコーチが教えるリーダーマインドの青少年育成プログラム」開催のお知らせ

 

 「子どものためのセルフコーチング・プログラム PX2(ピーエックスツ―)」を運営する一般財団法人 BWFインターナショナルより無料講演会のお知らせが届きました。

 

 

演題:米国トップコーチが教えるリーダーマインドの青少年育成プログラム

日時:平成301122日(木)16時~18

場所:参議院 議員会館 講堂

東京都千代田区永田町2-1-1

(注:当日は入場の際に身体検査が行われます)

主催団体:一般財団法人 BWFインターナショナル

規模:200名程度

入場料:無料

講師:マーク・シューベルト氏(元米国オリンピック代表水泳チーム監督)

解説:一般財団法人 BWFインターナショナル代表理事 苫米地英人博士

参加者:スポーツコーチ並びに学校関係者等、日本全国から募集

参加対象者:

13歳~27歳の学生

・教員・教育委員会の方

・教育関係者

・スポーツ関係者

27歳以下のスポーツ現役選手

28歳以上のスポーツ現役選手

 

 

 講演者のマーク・シューベルト氏は、米国オリンピック代表水泳チームの元代表監督で、マイケル・フェルプス選手の幼少時代から現在に至るまでのコーチを務めている方です。

 マイケル・フェルプス選手は、紹介は不要だと思いますが、歴代最多となるオリンピックメダル通算獲得数28個(そのうち金メダルが23個)の「水の怪物」と呼ばれるほどの水泳選手です。

 

 マーク・シューベルト氏は、コーチングの元祖 故ルー・タイス氏に学んだことを指導に用いて大成功をおさめました。

 講演では、その「顕著な成果を収める為のマインドの仕組みや最新の方法論」を解説されます。

 

 さらに、故ルー・タイス氏が開発したスポーツ並びに青少年の育成とマインドの強化プログラム「PX2(ピーエックスツ―)」に関して、主催団体であるBWFインターナショナル代表理事 苫米地英人博士が、教育現場での実績などを御紹介されます。

 苫米地博士は故ルー・タイス氏の顧問メンバーとして「PX2」を日本向けにアレンジされ、日本における総責任者として普及に努めていらっしゃいます。

 

 ぜひBWFインターナショナルのホームページをご覧ください。

ちなみにBWFとは「The Better World Foundation」の略で、世界中の子どもたちと、子どもたちに関わるすべてに、「人生の可能性の開き方」を広め、戦争と差別のない、よりよい世界の実現を目指す非営利団体です(HPより)。

http://bwf.or.jp/

 

講演会の詳細(及びお申込み)はこちらからどうぞ

http://bwf.or.jp/archives/1462

 

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

181122 PX2講演会



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