苫米地式コーチング認定コーチ CoacH T <タケハラクニオ> ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

2018/07

I-016:一般向け無料医療講演会(鹿児島県霧島市)のお知らせ

 

 201884日(土)に、霧島市立医師会医療センター(鹿児島県霧島市)で開催される、一般向け医療講演のご案内です。

 

 

講演名:市民健康教育公開講座(平成30年度 第5回)

協賛:霧島市、姶良地区医師会、姶良伊佐地域振興局保健福祉環境部、姶良地区歯科医師会

日時:201884日(土) 午前10時開始(1時間予定)

場所:霧島市立医師会医療センター 大会議室(無料駐車場あり)

              http://www.hayato-mc.jp/access/

 

テーマ:がんの総合ケアと疼痛マネジメント

 第一部(20分):三阪高春医師(内科、外来がん化学療法センター長)

 第二部(20分):竹原担当

 第三部(20分):がん性疼痛看護認定看護師、緩和ケア認定看護師、がん薬物療法認定薬剤師、メディカルソーシャルワーカーが各5分ずつ担当

 

参加費:無料

参加資格:特になし(関心のある方はどなたでもご参加ください)

事前申し込み:必要なし(直接会場にお越しください)

お問い合わせ:霧島市立医師会医療センター 地域医療連携室(℡ 0995-42-1171

 

 

私が担当する真ん中の20分は、「がんはもう痛くない!? ~全人的苦痛に対する認知科学的対処法(ワーク付き)~」という演題です(サブタイトルをまじめな感じに変更しました)。

 

 「トータルペイン(Total Pain、全人的苦痛)」の中の「スピリチュアルペイン」にフォーカスを当て、その強力な“治療”としてのコーチングを体感していただこうと思っています。短い講演時間ではありますがワークも行います。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8293317.html

 

医療・介護に携わる方はもちろん、(いい意味で)医療に縁のない方も、ぜひ参加されてください。

 

会場でお会いしましょう!

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

180804医療講演会ポスター



PMⅠ:The Power of Mind

PM-05苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ

PM-05-25監督がチームを去ったことは正しい選択だったのか? -前編-

 

この章(第五章)では、苫米地理論(ベチロン)で教育を考察していきます。

 

 

監督がチームを去ったことは正しい選択だったのか? -前編-

 

では、フランコナ監督はどうすればよかったのでしょうか?

退任したことは責任を放棄したことになるのでしょうか?

 

私は「退任は正しい」と考えます。

監督の役割は「強いチームを作ること」であり、そのためには自主性を尊重し、自由を認める必要があるからです。事実、フランコナ監督は前述したとおり在任八年間で二回もチームを世界一に導いています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10691753.html

 

このケースでは、監督ではなく選手の方に問題があります。

 

ノースイースタン大学のスコット・バルディス教授の研究グループが行った実験を紹介します。ある課題について、二つのやり方で集まった学生たちにアイデアを出してもらいました。

前もって「誰がどんなアイデアを出したかをチェックする」と伝えておいたグループは、あまり活発にアイデアがでることはありませんでした。それに対して、「誰がどういうアイデアを出したかわからないようにして分析する」と伝えておいたグループでは、アイデアの量も質も高まったのです。

 

心理学では、自分以外からの評価を「他者評価」、あるいは「他者懸念」と呼びます。自分以外からの評価、他者の目を意識した時点で思考はパタリと止まり、いいアイデアがでなくなってしまったのです。皆さんも経験がありませんか?

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

プレッシャーは自分で設定するものであり、他の人から与えられるものではない」ということをこの実験が証明しています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

能力を最大限に発揮するためには、モチベーションのコントロールが重要です。

(正確には、「ゴール設定の結果としてモチベーションがコントロールされている」です)

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 


Q-045:「明確にリアルに目標がイメージできた時点でほぼゴールに近づいた」とは具体的にどういうことでしょうか? Vol.4

 

Q:現在自分は目標がありますが、ただ漠然としたイメージの中で目の前の目標に対して取り組んでいます。よく明確にリアルに目標がイメージできた時点でほぼゴールに近づいたと聞きますが、具体的にどういうことなのか教えていただければと思います

 

A:御質問に対する私の回答を、

 

1)認知科学以降に変わった“リアル”の定義、

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400871.html

2)ゴールと現実の関係

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10542791.html

3)よくあるゴール設定の間違い

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10691658.html

4)ゴール達成前にすべきこと

5)“自我”の考察により明らかになる“リアル”の儚さ

に分けて回答いたします。  

 

「ただ漠然としたイメージの中で目の前の目標に取り組むこと」の功罪について理解するための、そして、これからの自分の生き方を“自由意志”で選択するための、大切な知識となるはずです。

 リラックスしながらお読みください。

 

 

4)    ゴール達成前にすべきこと

 

ゴール設定のポイントは、「現状の外」にゴールを設定することです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

正しいゴール設定が行われた場合、最初は実現方法が全くわかりません。ゴール実現のためのあらゆる可能性やアイデアが、すべてスコトーマに隠れているからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

そこでスキルを用いて、ゴールに近づく方法を徐々に明らかにしていきます。

その過程でブリーフシステム(または自我)が変わった瞬間に、スコトーマが外れ、いきなりゴールがリアルに感じられるようになり、その達成方法を“発明”します。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 

それが“覚醒”の時であり、新たなゲシュタルトを構築した瞬間であり、ジョブズ風にいうと「Connecting the dots」の実現です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7383761.html

 

ゴールがリアルに感じられたらしめたもので、あとは時間が経過すれば必ず実現します。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

しかし、このときに新たな落とし穴が生じます。

 

ゴールの世界がリアルに感じられるということは、その世界が「現状(Status Quo)」になったということです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

それはゴール実現という意味では成功なのですが、しかし、そのままではその人を「かつてのゴールの世界」に縛ってしまいます。新たな進化を阻んでしまうのです。

何らかの革新的な事業で躍進した企業でも30年もたてば寿命を迎えてしまうのは、これが原因です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

ということは、ゴールの世界をリアルに感じられるようになった瞬間(あるいはその少し前)に、「現状の外」に新たなゴールを設定しなければならないということになります(もちろん want to で。)

「ゴールは更新するものである」という裏には、そんな大きな理由があります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

ところで、我が子に質問されて調べてみたのですが、東京商工リサーチの2017年の調査によると、倒産企業の平均寿命は23.5年ということです。

詳細には、業歴10年未満の新興企業が全体の倒産件数に占める割合は24.5%、業歴30年以上の老舗企業が31.2%。産業別の平均寿命では、製造業32.9年、運輸業27.0年、卸売業27.3年と続き、金融・保険業が16.4年で最も短命でした。

最近の特徴として、「人手不足による収益悪化」が大きな要因となっているようです。

 

 意識してゴールを更新し続けないと、いつの間にか現状維持がゴールとなってしまいます。現状維持では進化・向上は不可能なため、環境(縁起)の変化に適応できず、いつかその組織は終焉を迎えることになります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 現状維持を是とする組織が人手不足に陥るのは偶然ではありません。現状維持がゴールの組織ではエネルギーや創造性が発揮されることがなく、そこでの仕事は「つまらない」と感じられるはずだからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

個人にとっても、組織にとっても、そして業界や地域にとっても、ゴールの更新がとても重要です。

今日と違う明日を求めるからこそ、エネルギーと創造性が湧きあがります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

私たちは進化・向上のために、つまり抽象度を上げ続けるために、ゴールを更新し続ける必要があります。もちろん、人生の様々な領域に(それをバランスホイールといいます)。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 


F-042:「若いうちはやりたいこと なんでもできるのさ ♪」後編(ワーク付き)

 

 2018516日に、昭和を代表する歌手 西城秀樹さんが亡くなられました。63歳という若さでした。

 

 「ヒデキ」と聞くと、私が思いだすのは「YOUNG MAN」です。さわやかに歌いながら踊る姿をよくまねたものです。

 

 当時の記憶を思いだしながら、「YOUNG MAN」の歌詞を読みあげてみました。すると、サビの部分に少し気になるところがありました。

 

 

 素晴らしい YMCA YMCA

 憂鬱など吹き飛ばして 君も元気だせよ

 素晴らしい YMCA YMCA 

 若いうちはやりたいこと なんでもできるのさ

 

 

 「今の若者たちは『なんでもできる』という言葉を素直に受け入れるのだろうか?」という視点で、前編(F-038)を書きました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10256356.html

 

「若いうちはやりたいこと なんでもできるのさ」という言葉の裏には、「老いていくとやりたいことはできなくなっていく」というネガティブなイメージが潜んでいます。

 

 やりたいことがなんでもできるのは、本当に“若いうち”だけなのでしょうか?

私の答えは、半分はYes、半分はNoです。

 

中編ではYesの理由について、医療・介護現場が抱える課題を紹介しながら考察しました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10542737.html

 

 今回(後編)はNoの理由について、苫米地式認定コーチとして考察します。

 

 

 鍵となるのは、「宇宙の構造」の理解です。

 

 おそらく地球上に生きるほとんどの人が宇宙だと思っているものは、物理空間上に限定される宇宙のはずです。

 

 スコトーマで気がついていないだけで、私たち人間はすでに情報次元にまで拡張した空間に生きています。進化の過程で前頭葉が発達し、情報空間にまでホメオスタシス(恒常性維持機能)が働くようになったからです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

 詳しくは「抽象度」「情報空間」「サイバーホメオスタシス仮説」「超情報場仮説」について解説している「The Power of Mind:第一章 苫米地理論とは?」を確認してください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

 脳が進化した人類にとっての宇宙とは、どこまでいっても情報だけで構築されている「情報空間」です。その情報空間のうち、五感ではっきりと感じられる世界のことを特別に「物理空間」と呼びます。

 抽象度が最も低い情報空間の底面である物理空間には、物理法則というルール(制約、秩序)が働いています。

 

 前回(F-040、中編)は、その物理空間にフォーカスして書きました。

 物理空間には物理的制約が働いています。1日生きると、1日分残された生命時間(寿命)は短くなり、その分身体が死に向かって老いていきます。年をとるごとに、確実に身体機能は衰えていきます。

 その事実をしっかりと受け入れ、「だからこそ、若いうちから限りある命を大切に生きよう!」というのが前回の趣旨です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10542737.html

 

 しかし、それは物理空間に囚われた偏狭な発想です。私たち人類が存在している宇宙とは情報空間(物理空間はその底面)だからです。

 

 物理空間から“ほんの少し”抽象度が上がった瞬間に、物理法則(制約、秩序)は働かなくなります。体力や身体機能の低下などの物理の因果から解放され、時空の制約を受けなくなります。

 

 情報空間、つまり心の空間では、物理空間の変化(時間の経過)に合わせて老いる必要などまったくなく、いつまでも“青春”でいいのです。

 サミュエル・ウルマンの「青春とは人生の一期間のことではなく心のあり方のことだ」という言葉は、そのことを言い表しています。

 

 

 物理空間の変化(生老病死)は受け入れつつも、情報空間では(心は)いつまでも若く生きる

 

 

 それが進化した人類の本当の生き方です。

 

 「いつまでも若く生きる」ことができるのは、心からワクワクするようなゴールを“現状の外”に設定し続けるからです。限界に挑戦し続けるからです。

 (その“限界への挑戦”とは物理的な意味ではなく、情報的なもの、例えば「私にはできない」といった過去の記憶でつくられたブリーフシステムを超えることです)

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 本当の「宇宙の構造」を意識した時、“現状の外”とは、必然的に、より高い抽象度次元へ向かうものとなります。よって、“現状の外”にゴールを設定し続ける生き方とは、抽象度を上げ続ける生き方と表現することもできます。

 それはアブラハム・マズローのいう欲求の階層を駆け上がる生き方であり、「人間の欲求が、最も抽象度の低い物理空間(脳幹レベルの欲求)から、しだいに抽象度の高い情報空間(前頭葉レベルの欲求)へと段階的に上がっていく生き方」(by 苫米地英人博士)です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

 

 素晴らしい YMCA YMCA

 憂鬱など吹き飛ばして 君も元気だせよ

 素晴らしい YMCA YMCA 

 若いうちはやりたいこと なんでもできるのさ

 

 

 情報空間では人はいつまでも若くあり続けることができ、それを決めるのは自分自身です。その意味で(物理的制約に対する配慮や工夫は必要ですが)「やりたいこと なんでもできるのさ♪」は年齢にかかわらず真実であるといえます。

さらに、「やりたいこと」の抽象度を上げることができれば(欲求の階層を上がることができれば)、物理的制約から完全に解放された私たちは、さらに「やりたいこと」を「なんでもできる」という真の自由力を手に入れることができます。

 

 それではワークです。

 すべての束縛から解き放たれ自由に生きている自分をイメージしながら、以下のサミュエル・ウルマンの詩を音読してください。

 

 

YOUTH(青春)

青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ。

若くあるためには、創造力・強い意志・情熱・勇気が必要であり、

安易(やすき)に就こうとする心を叱咤する冒険への希求がなければならない。

人間は年齢(とし)を重ねた時老いるのではない。理想をなくした時老いるのである。

歳月は人間の皮膚に皺を刻むが情熱の消失は心に皺を作る。

悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消滅させ、

雲ひとつない空のような心をだいなしにしてしまう元凶である。

六十歳になろうと十六歳であろうと人間は、驚きへの憧憬・夜空に輝く星座の

煌きにも似た事象や思想に対する敬愛・何かに挑戦する心・子供のような探究心・

人生の喜びとそれに対する興味を変わらず胸に抱くことができる。

人間は信念とともに若くあり、疑念とともに老いる。

自信とともに若くあり、恐怖とともに老いる。

希望ある限り人間は若く、失望とともに老いるのである。

自然や神仏や他者から、美しさや喜び・勇気や力などを感じ取ることができる限り、

その人は若いのだ。

感性を失い、心が皮肉に被われ、嘆きや悲しみに閉ざされる時、人間は真に老いるのである。

そのような人は神のあわれみを乞うしかない。

サミュエル・ウルマン 「80歳の年月の高見にて」より 

 

 

 「いつまでも若々しい私」というセルフイメージがセルフトークを生みます。そのセルフトークによりイメージをさらに強化していくことで、ホメオスタシスが「いつまでも若々しい私」を維持するように働きます。そのための大切なワークです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

 

壁にぶつかり前に進めないと感じたとき

煩雑な毎日に流されていると感じたとき

何かをきっかけに身体の老いを感じてしまったとき

 

そんなときに、このワークを繰り返してみてください。あなたのマインドは forever young です。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記1

 80歳の時に世界最高齢でのエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さんの健康の秘訣は、「夢いつまでも」なのだそうです。「『いつまでも夢を追い続けよう』と自分に言い聞かせている」と語られています。

 

-追記2

 私が好きなカナダのミュージシャン ブライアン・アダムスのアルバムに「18 Til I Die」というものがあります(1996年発表)。「死ぬまで18歳!」と歌うBAは、今年59歳となりますが、今でも現役バリバリのロッカーです。

 

 

18 Til I Die(BA)




I-015:本物の苫米地式コーチであるか否かを見破る簡単な方法

 

 認知科学者 苫米地英人博士がブログで警鐘を鳴らされています。

 その中で「本物の苫米地式コーチであるか否かを見破る簡単な方法」を紹介されています。

 

 その方法とは

 

  ぜひ苫米地博士の下記ブログ記事を御確認ください。

「偽物のコーチングは受けない方がいいぐらい危ない。認定コーチのリストはhttp://tomabechicoaching.jp/search ここにいない人は偽物だ」

 http://www.tomabechi.jp/archives/51569396.html

 

 本物の苫米地式認定コーチは、下記サイトで探すことができます。

 http://tomabechicoaching.jp/search

 

 「ここにない人は、いくらそれらしいことを宣伝していても偽物だ。私の名前を装ったサイトまであるそうだからよくよく注意して欲しい。上記リストは順不同で、リロード毎に並び変えられるから、順番は経験値とか一切関係ないことを付け加えておく」という博士の文章に補足をさせていただくと、一度の「認定コーチ検索」ではコーチ全員は表示されません。何回かリロードするか、「地域別コーチ一覧」をご覧ください。

 

 

 過去に起きたことは未来に起こることに一切関係ない

 

 

人はだれでも自由に未来を創造することができます

 その未来に向けて、今この一瞬を100% want toで生きることができます

 その過程で“才能”という真の創造力と実行力を覚醒させることができます

 

過去は一切関係ありません。目の前の世界はすべて未来の結果として、ゴールが生みだす縁起として、存在しています。 

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654010.html



私たち苫米地式認定コーチは、クライアントの人生の変革を全力でサポートします。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

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-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8180980.html

 

 

苫米地式コーチングコーチ検索(竹原)

PMⅠ:The Power of Mind

PM-05苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ

PM-05-24自由を履き違えた人間は、自分もチームも破壊する

 

この章(第五章)では、苫米地理論(ベチロン)で教育を考察していきます。

 

 

自由を履き違えた人間は、自分もチームも破壊する

 

なぜ監督の自主性(すなわち自由)を尊重する方針は機能しなかったのでしょうか?

なぜ高額のスター選手を集めた強いはずのチームが内部崩壊したのでしょうか?

このレッドソックスの監督辞任とPM-05-19(教育の目的である自由とは? ~人形にみる自由と制限の関係~)の二つの人形との関連とは何でしょうか?

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400928.html

 

 

結論からいうと、レッドソックスが崩壊したのは、主力選手三人が自由を履き違えたからです。

 

なぜ自由を履き違えたのかというと、抽象度が低く、社会性がなかったからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

抽象度が低い人達が自主性を尊重する監督の意図を理解できずに自由を履き違えたことで、そして、不幸にもその人達がチームにとって重要な選手だったことで、チームは崩壊しました。

 

 

自由を履き違えた人間は、自分もチームも破壊してしまいます。

 

 

抽象度が低い人は、セルフコントロールができません。

強制された環境では問題を生じなくても、自由を許される環境ではつい抽象度が低い行動をとってしまうので、次々と問題を起こしてしまいます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

抽象度が低い行動とは、煩悩丸出しの行動や自分だけが良ければいいといった言動です。

具体的には、タバコ・酒やギャンブルに溺れ、考えるのは自分の利益ばかりで全体を見渡すことができず、言動が攻撃的・感情的・他罰的になります。食欲、性欲、睡眠欲といった煩悩すら十分にコントロールすることができません。

 

チーム一丸とならなければならなかったシーズン終盤の大切な時期に、試合中にもかかわらず、酒を飲みながらテレビゲームをするといった独善的な行動は、まさに抽象度の低い子供のような行動です。

そんな行動が、チームの士気を下げてしまいました。高い年棒をもらっている主力選手たちの自分勝手な行為が、チームのエフィカシーを下げ、ムードを壊してしまったのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

人形の例えでいうと、「自由だが制御がきかず、立てなくなった人形」です。

機能を果たせなくなり、自身の価値を下げてしまうことになります。そして、機能を果たせなくなったものの集まりであるチームが、その目的を果たすことはありません。

 

ところで、医師にはアンモラルな人が多いという意見をよく耳にします。

その意見が正しいかどうかには言及しませんが、もしそうなら医師という仕事の抽象度(または自由度)の高さが関係しているように思います。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

自戒を込めて述べますが、セルフコントロールができない人間は医師になるべきではありません。患者さんやその家族、スタッフなどまわりの人たちへのネガティブな影響がとても大きく、結果としてみんなを不幸にしてしまうからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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PMⅠ:The Power of Mind

PM-05苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ

PM-05-23レッドソックスの「崩壊の内側」にみる自由の危険性

 

この章(第五章)では、苫米地理論(ベチロン)で教育を考察していきます。

 

 

レッドソックスの「崩壊の内側」にみる自由の危険性

 

少し古い話になりますが、かつて松坂大輔投手が所属していたボストン・レッドソックス(MLB)の事例をもとに、自由について考えてみたいと思います。

 

在任八年間でチームを二度の世界一に導いたテリー・フランコナ監督は、二年のオプションを残しながら退任してしまいました。

監督は選手の自主性を尊重していましたが、そのためなのか最終年のシーズン終盤には選手から緊張感が消えてしまい、先発ローテーション投手三人が、試合中にもかかわらず、クラブハウスで飲酒をしながらテレビゲームをすることが常習化してしまったそうです。

いずれも禁止事項ではないのですが、大事なペナントレース終盤にも続いていました。

 

チームは勝負どころの九月に失速し、プレーオフ進出を逃してしまいました。地元紙のボストン・グローブは「崩壊の内側」という記事を掲載し、チーム内の雰囲気の悪さを指摘しています。

 

フランコナ監督は退任会見で、「私は彼らを信頼していたんだが、望んだとおりにしてくれなかった。私はもう終わりにしたほうがよいと思った。私はそれにとてもフラストレーションを感じていて、それがこの退任の理由なのかと聞かれれば、そうかもしれない」と発言しています。

 

なぜ監督の自主性(すなわち自由)を尊重する方針は機能しなかったのでしょうか?

 

レッドソックスといえば、総年棒メジャーリーグ四位(当時)の球団です。なぜ高額のスター選手を集めた強いはずのチームが内部崩壊したのでしょうか?

 

このレッドソックスの監督辞任とPM-05-19(教育の目的である自由とは? ~人形にみる自由と制限の関係~)の二つの人形には関連があります。その関連とは何でしょうか?

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400928.html

 

(つづく)

 

 

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Q-044:「明確にリアルに目標がイメージできた時点でほぼゴールに近づいた」とは具体的にどういうことでしょうか? Vol.3

 

Q:現在自分は目標がありますが、ただ漠然としたイメージの中で目の前の目標に対して取り組んでいます。よく明確にリアルに目標がイメージできた時点でほぼゴールに近づいたと聞きますが、具体的にどういうことなのか教えていただければと思います

 

A:御質問に対する私の回答を、

 

1)認知科学以降に変わった“リアル”の定義、

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400871.html

2)ゴールと現実の関係

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10542791.html

3)よくあるゴール設定の間違い

4)ゴール達成前にすべきこと

5)“自我”の考察により明らかになる“リアル”の儚さ

に分けて回答いたします。  

 

「ただ漠然としたイメージの中で目の前の目標に取り組むこと」の功罪について理解するための、そして、これからの自分の生き方を“自由意志”で選択するための、大切な知識となるはずです。

 リラックスしながらお読みください。

 

 

3) よくあるゴール設定の間違い

 

「現在自分は目標がありますが、ただ漠然としたイメージの中で目の前の目標に対して取り組んでいます」ということでしたが、このコメントにはとても重要なポイントが含まれています。

 

前回(Q-043)、「過去にゴールがある人も少なからず存在します」と書きましたが、じつは、ほとんどの人が同じような過ちを犯しています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10542791.html

 

本屋に行くと様々な“成功本”が目につきます。その多くに「ゴールは達成可能なもので、より具体的なものを」といったことが書かれています。

 

これが致命的な間違いなのです。

 

私たちの認識する“現実”は、過去の記憶で成り立っています。

よって、現時点で「達成可能」で「より具体的」なゴールは、過去の延長にあるといえます。

つまり、達成可能なゴールを設定した時点で、人は“過去の延長上にある未来”に縛られてしまうことになります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

コーチングでは、過去の延長上の未来も含んで「現状(SQStatus Quo、ステイタス・クオ)」と呼びます。

その「現状」の中にゴールを設定してしまうと、決してブリーフシステムは変化せず、スコトーマが外れることはありません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

それは縁起のネットワークが動かず、自我が変化しないことを意味します。

その状況では進化・向上はできません。決してブレイクスルーは訪れません。新しい1日を過ごしたように感じても、それはただ過去を繰り返したに過ぎません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 

よって、質問してくださった方が、ゴールを「ただ漠然としたイメージ」と表現したことは正解だといえます。「漠然としている」ということは、ゴールが「現状の外」にあるといえるからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

その漠然としたイメージを“リアル”にするのはスキルです。

そのコツさえつかめれば、自由自在に未来を創りだすことができます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542426.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

ただし、ここで新たな注意点が生じます。

 

先日、我が子に「企業の寿命が30年なのはなぜか?」と質問されました。

その質問に対する答えが、留意すべき注意点です。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 


F-041:桂歌丸さんが最後まで危惧していた「笑えない笑点」

 

 201872日、落語家の桂歌丸さんがお亡くなりになりました。81歳でした。

 

 歌丸さんは、1966年の放送開始から50年にわたって「笑点」(日本テレビ)に出演し続け、2016522日の放送をもって勇退されています。

 

 勇退後も笑点のことをとても気にかけていらっしゃったそうです。

御逝去後の特集記事をいくつか読みましたが、笑点そのものを気にかけていたというよりは、落語業界全体のことを大切に思っていたことが伝わってきました。

 そんな歌丸さんの言葉から強く滲みでているものは、笑いを育む平和への思い、そして、笑いを殺してしまう戦争への怒りでした。

 

 歌丸さんが最後まで危惧していたのは「笑えない笑点」

戦争によって笑うことができない世の中になってしまうことだったようです。

 

歌丸さんは「特定秘密保護法」や「安保関連法」が次々と強行採決されたときにも、反対の声をあげていました。

 

「今、日本は色んなことでもめてるじゃないですか。戦争の『せ』の字もしてもらいたくないですよね。あんな思いなんか二度としたくないし、させたくない」

「テレビで戦争が見られる時代ですからね。あれを見て若い方がかっこいいと思ったら、えらいことになる」

人間、人を泣かせることと人を怒らせること、これはすごく簡単ですよ。人を笑わせること、これはいっちばん難しいや人間にとって一番肝心な笑いがないのが、戦争をしている所」

朝日新聞デジタル(20151019日)より引用 

 

戦争には笑いがない

 

…歌丸さんがこう語る背景には、空襲により横浜の生家が全焼してしまった悲しくつらい体験があります。さらには、戦中の落語界が当時の体制に半ば強制されるようなかたちで53種の噺を高座にかけないよう自粛し(=忖度)、戦意高揚を煽るような新作落語を次々と発表することで戦争に加担した過ちへの反省があります。

 

情動を伴った体験と情報の記憶により、戦争を忌み嫌うというブリーフシステムが形成されたのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

そもそも落語とは人間の業を笑うものです。

それなのに、戦時下において(19409月)、「時局柄にふさわしくない」として53種の噺が禁じられてしまいました(禁演落語)。

 

話が少し逸れますが、禁演落語が指定された後、高座にかけることを禁じられた噺たちを弔うために、浅草の本法寺に「はなし塚」という塚がつくられたそうです。当時の落語家たちによる洒落っ気のこもったささやかな反抗ですが、「この苦い経験を忘れないように」と今でも落語芸術協会による法要が続けられているそうです。

 

この禁演落語の措置は当時の講談落語協会による自主規制の体裁を取っていましたが、事実上は国からの強制でした。19402月には警視庁が興行取締規則を改正し、落語家・歌手・俳優などすべての芸能関係者が「技芸者之証」を携帯するように義務付けています。

 

政府は、芸人たちの表現を生権力(バイオパワー)によって管理したのです。

生権力とは、「人々の生活の中で、その営みを行うための日常的な関係の中から自然に生みだされる権力」のことで、英語ではBio-powerといいます。

功利主義の原理を確立したイギリスの哲学者 ジェレミ・ベンサム(17481832年)の「パノプティコン」という概念が生権力のもととなっています。

この概念を拡大して、フランスの哲学者 ミシェル・フーコー(19261984年)が著書「監獄の誕生」(1975年出版)で提示した概念が生権力です。

 

巨大な権力により、噺家たちは国が推進する軍隊賛美や債券購入、献金奨励などを物語の中に組み込んだプロパガンダのような新作落語をつくることも強いられました(国策落語)。

たとえば、当時のスローガン「産めよ殖やせよ」をテーマにつくられた「子宝部隊長」という落語では、子どもを産んでいない女性に向けられるこんなひどい台詞が登場します。

 

何が無理だ。産めよ殖やせよ、子宝部隊長だ。

国策線に順応して、人的資源を確保する。それが吾れ吾れの急務だ。

兵隊さんになる男の子を、一日でも早く生むことが、お国の為につくす一つの仕事だとしたら、子供を産まない女なんか、意義がないぞ。

お前がどうしても男の子を産まないんなら、国策に違反するスパイ行動として、憲兵へ訴えるぞ

 

これは単なる「昔話」ではありません。

 

国境なき記者団が毎年発表する「報道の自由度ランキング」において、今年の日本は67位でした。前年の72位からやや改善したものの、主要国7カ国(G7)では最下位です。

1位はノルウェー、2位はスウェーデン、3位がオランダで、ドイツ(15位)、カナダ(18位)、スペイン(31位)、フランス(33位)、イギリス(40位)、韓国(43位)、アメリカ合衆国(45位)と続きます。

 

繰り返しますが、日本の報道の自由度は67位で、G7では最下位です。

日本において「表現の自由」はすでに失われているということができます。

 

情報が制限されると、私たちのマインドでの情報処理は制限されてしまいます。

RASがコントロールされてしまうことで、権力者にとっての“不都合な真実”がスコトーマに隠されてしまいます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721658.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

それは、自由そのものが奪われていることを意味します。

 

 自ら戦争を体験し、業界自体も戦争に加担したという苦い記憶を持つ落語家 桂歌丸さんが心から求めていたものとは平和でした。そして、最後まで危惧していたことは笑いがなくなる世の中になってしまうことでした。

 その鍵となるものが自由といえます。

 

 では、歌丸さんの危惧が現実化しないために、私たちがするべきことは何でしょうか?次世代に伝えるべきことは何でしょうか?

 

 私は、マインド(脳と心)について学び実践することで、まず自らの心の中に小さな平和を見いだすことだと思っています。自ら定めたゴールに向かって生きる過程(=自由)にこそ、本当の喜びがあり、真の平和があります。

 そして、笑みを絶やさない心で同世代や次世代と向き合い、マインドについての知識・スキルとともに、そんな生き様(=自由)自体を広げ伝えることだと信じています。

 

 それはコーチングの祖 ルー・タイス氏から受け継いだメッセージであり、歌丸さんの言葉が突きつける喫緊の課題に対するコーチとしての私の解決策です。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)     

 


監獄の誕生(ミシェル・フーコー)



PMⅠ:The Power of Mind

PM-05苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ

PM-05-22現代分析哲学を用いた「自我=私」の定義から明らかになる自由の意味 ―後編-

 

この章(第五章)では、苫米地理論(ベチロン)で教育を考察していきます。

 

 

現代分析哲学を用いた「自我=私」の定義から明らかになる自由の意味 ―後編-

 

西洋の現代分析哲学を用いて「自我=私」を定義することで自由の意味を考えると、どのようにいえるでしょうか?

 

前回は、部分関数を使って「自我=私」を定義しました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10543825.html

 

「自我=私」は、評価関数を使って定義することもできます。

 

評価関数とは、「自分にとっての重要度で宇宙を並べかえる関数」です。

前回は「私」を定義するために、「私の家族は○○」「私の仕事は○○」などと考えましたが、それは自分にとって重要なものを取り上げ、その順番で(自分の)宇宙を決めていることといえます。

この時の重要性の順番が、「私」を定義することになります。

 

 ここまで何度も述べてきたとおり、「評価関数」のほとんどが親の影響により決められています。具体的には「情動を伴った体験の記憶」と「抽象化された情報の記憶」です。

表現を変えると、「人は、過去の記憶によって、他人に作られている」といえます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

ここで、抽象度を考えます。

現代分析哲学において、情報量の大小で概念を階層化する際に、情報量の少ない状態を「抽象度が高い」と表現し、情報量が多い状態を「抽象度が低い」と表現します。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

抽象度とは、パソコンのフォルダ(階層)構造のようなものです。より大きいフォルダを作ることが「抽象度を上げる」ということです。例えば、<犬、猫、動物>という集合を考えたとき、抽象度で考えると「犬」と「猫」は同じ抽象度の階層にあり、「動物」はひとつ上の抽象度にあると考えることができます。

 

「猫より犬が好き」な人は「犬」を「猫」より重要と考える、つまり「犬」と「猫」を分別する「自我」で宇宙を並べかえています。このときに「犬」と「猫」を分別せず、抽象度を上げて「動物」と考えられる人は、自由度もひとつ上がっているといえます。

 

「犬か?、猫か?」というこだわりがなくなることで、マインド(脳と心)が解放され、思考が自由にできるようになるのです。

 

二つのもののどちらがより重要かという評価をなくしていくこと

 

これが自由になる秘密です。そして、それは「“無敵”になること」ともいえます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5446097.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5448151.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615695.html

 

「自我=私」について考える時に「部分関数」や「評価関数」を抽象度を上げて捉えなおすことが重要です。

 

「私」の抽象度を上げ、「私」の定義を広げていく生き方こそが、現代分析哲学が示唆する“自由な生き方”といえます。

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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PMⅠ:The Power of Mind

PM-05苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ

PM-05-21現代分析哲学を用いた「自我=私」の定義から明らかになる自由の意味 ―前編-

 

この章(第五章)では、苫米地理論(ベチロン)で教育を考察していきます。

 

 

現代分析哲学を用いた「自我=私」の定義から明らかになる自由の意味 ―前編-

 

では、西洋の現代分析哲学を用いて「自我=私」を定義することで自由の意味を考えると、どのようにいえるでしょうか?

 

現代分析哲学では、概念および存在を部分関数(Partial Function)で定義します。部分関数とは「分ける関数」のことです。

部分関数の考え方では、部分を定義することにより、その補集合、つまり定義した部分以外のすべても定義することができます。例をあげると、自然数の中の偶数という部分関数を定義すれば、偶数以外のすべての自然数、つまり奇数が定義されるという感じです。

 

さらに概念だけでなく、物理的な存在も部分関数で定義できます。

ある特定の個人の存在を定義する場合なら、宇宙をその個人とその個人以外のものに分けます。そうして、その個人を完璧に定義することができれば、その個人を除く全宇宙を定義できたことになります。

 

この部分関数を使って「自我=私」を定義します。

 

「私」を定義しようとすると、「私の家族は○○」「私の仕事は○○」「私の住んでいるところは○○」「私の通った学校は○○」「私の好きな食べ物は○○」など情報をたくさん並べて定義しようとします。

 

しかし、どこまで説明しても、それは「私」の定義とはなりません。

 

「私」を語ったはずが、「私」と何かの関係性を語っているだけだからです。しかもその関係性は詳しく定義するほど(例えば「家族とは○○」「仕事とは○○」と定義の定義をするほど)、どんどん「私」から離れ、まわりに広がっていきます。

「私」を語ろうとして、「私以外の宇宙のすべて」を語っていくことになるのです。

 

それは、「私以外の宇宙のすべて」が「私」を定義していると考えることもできます。

 

つまり、「私」と「宇宙」は表裏一体なのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 

このことを釈迦は、「縁起」という概念を用いて説明しました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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Q-043:「明確にリアルに目標がイメージできた時点でほぼゴールに近づいた」とは具体的にどういうことでしょうか? Vol.2

 

Q:現在自分は目標がありますが、ただ漠然としたイメージの中で目の前の目標に対して取り組んでいます。よく明確にリアルに目標がイメージできた時点でほぼゴールに近づいたと聞きますが、具体的にどういうことなのか教えていただければと思います

 

A:御質問に対する私の回答を、

 

1)認知科学以降に変わった“リアル”の定義、

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400871.html

2)ゴールと現実の関係

3)よくあるゴール設定の間違い

4)ゴール達成前にすべきこと

5)“自我”の考察により明らかになる“リアル”の儚さ

に分けて回答いたします。  

 

「ただ漠然としたイメージの中で目の前の目標に取り組むこと」の功罪について理解するための、そして、これからの自分の生き方を“自由意志”で選択するための、大切な知識となるはずです。

 リラックスしながらお読みください。

 

 

2)    ゴールと現実の関係

 

「“現実”とは何か?」を理解できたら、次はゴールの世界について考察していきましょう。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

たいていの人にとって、ゴールは未来にあります。

過去にゴールがある人も少なからず存在します。それは過去に閉じ込められた生き方であり、根本的な間違えを抱えたまま彷徨いながら生きている状態といえます。過去から脱却するための糸口は、「時間の流れ」の理解です)

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 

では、ゴールの世界、すなわち未来とは何でしょうか?

 

前回(Q-042)の復習ですが、私たちの“現実”は記憶でできています。リアルタイムの目の前の世界は記憶の再合成で成り立っています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400871.html

 

つまり、臨場感の高い記憶の世界が“現実”です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971818.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971956.html

 

それは「ホメオスタシスを維持している情報場」と表現することもできます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5165888.html

 

じつは、“未来”も記憶でできています。“現実”と全く同じように、“未来”も記憶の再合成で成り立つのです。

 

御質問は、「明確にリアルに目標がイメージできた時点でほぼゴールに近づいたとは具体的にどういうことか?」ということでしたが、もう理解できたのではないでしょうか。

 

ゴールの世界は、記憶の再合成でつくられます。

その世界の臨場感が高まり、そこにホメオスタシスが働くようになると不思議なことが起こります。

スコトーマが次々に外れ、ゴールを達成するための方法がどんどん見えてくるのです。自分が何をやるべきかがはっきりとわかってきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

ゴールが「want to」であれば、ゴール達成のための行動はすべて「want to」になります。傍から見ると「頑張っている」ように見えても、本人は「楽しみながら行動している」と感じ、さらには「あたりまえ」という感覚に変わっていきます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html

 

つまり、ゴールの世界を「いかに“リアル”にするか」が成功の鍵なのです。

 

ゴールはそもそも“現状の外”にあり、はっきりしないものです。しかし、そのゴールを達成した時の自分のまわりの状況(コンフォートゾーン、ビジョン)はしっかりと感じることができるはずです。それを“リアル”にしていくのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 

その方法はスキルであり、突きつめるとアートです。テクノロジーではなく、人間の感性であるともいえます。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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