苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

2018/02

PMThe Power of Mind

PM-03苫米地理論との出会いと実践

PM-03-08鹿児島大学医学部を目指して<ベチロンで考察>

 

ベチロン(苫米地理論)を学んだ今は、過去のつらい思い出も未来でのゴール達成の大切な「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」として解釈することができます。

この章(第三章)では私の経験を紹介し、苫米地理論で考察します。

 

 

鹿児島大学医学部を目指して<ベチロンで考察>

 

 進路指導とは、生徒の「スコトーマ(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html)」を外し、もっとすごい未来を感じさせるものであるはずです。

そして、その未来のイメージ(「ゲシュタルト(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html)」)と現状のギャップが生みだす「認知的不協和(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882652.html)」を、未来に向かいブーストするエネルギーに変えるものであるはずです。

 

ところが、「君には無理だ」という「ドリームキラー(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html)」的なものになったうえに、「工学部に行け」という進路を変えるものになってしまいました。

先生が「時間の流れ(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html)」を理解していなかったからです。

 

 最初はサボっていたはずが本当に体調不良になっていったのは、「この世は心(マインド)がつくっている」という「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」のプリンシプルどおりのことが起こったからであり、超情報場仮説でいうところの情報空間のバグが物理空間で写像として身体にあらわれたからです。
 
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306445.html
 

一方で、お亡くなりになった医師のサポートによる「私はすでに医師として働いている」というセルフイメージは、私を導く力となりました。「夢をかなえる方程式:I×V=Rhttp://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html)」どおりに、医師として働いている「I」は「R」へ、すなわち現実となりました。

 

(つづく)

 

 

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PMThe Power of Mind

PM-03苫米地理論との出会いと実践

PM-03-07鹿児島大学医学部を目指して

 

物理空間での言動には必ず情報空間での因があります。そして「時間の流れ(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html)」を考えると、その因は未来にあるといえます。

苫米地理論を学んだ今は、過去のつらい思い出も未来でのゴール達成の大切な「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」として解釈することができるようになりました。過去を自由に書き換えることができるのです。

この章(第三章)では私の経験を紹介し、苫米地理論で考察します。

 

 

鹿児島大学医学部を目指して

 

 高校三年の秋、進路指導での出来事です。

私は、地元の鹿児島大学医学部だけを受験するつもりでした。

 

担任は、コーチングを学んだ今振り返っても素晴らしい教師といえる方でしたが、はっきりと「君には無理だ」と言い放ちました。「大分医科大なら通るから、大分に行きなさい」と助言していただきましたが、入学後の学費や生活費のことを考えると地元以外の選択肢はありませんでした。

鹿大にしか行かないこと(本当は「いけない」でしたが)を告げると、「それなら工学部に行け」と言われました。

 

「君は鹿大の医学部には通らない。鹿大にこだわるなら工学部を受けなさい」と言われ続けた私は、三学期はほとんど学校に行きませんでした。

最初はわざと行かなかったのですが、徐々に、本当に行けなくなりました。発熱と腹痛に悩まされるようになったのです。

 

 酒浸りで膵臓を壊していた父を診てくださった医師に診察していただき、「体はストレスの影響を強く受けること」「身体の検査も重要だが、それで問題がなければ“安心”が一番の治療となること」「体調が悪くなっても自分を責めなくてよいこと」などを優しく教えていただきました。「医師になったら僕が講師を務める医局においで。一緒に働こう」とも言っていただきました。

 

現役合格はできませんでしたが、一浪の後、鹿児島大学医学部に合格しました。合格発表の後、その医師からお祝いの電話をいただき、後日万年筆もいただきました。

 

御礼と弟子入りのお願いをしようと御自宅に伺いましたが、残念ながらその医師はお亡くなりになっていました。奥様に伺った話では、体調を崩し自宅療養していたその先生は、病床から私に電話をしてくださったということでした。

 

御自分の体調がすぐれないのに最後まで私への配慮を欠かさなかったその医師は、それ以上に御家族や患者さん、医療に携わる仲間のことを思い続けていらっしゃったはずです。

先生のその姿、その思いは、私の医師としての原点となりました。

 

 医師国家試験合格後だったかもしれませんが、最福寺の池口恵観先生からも万年筆をいただきました。私の名と恵観先生の名が刻まれたその万年筆は、今も白衣の胸ポケットにあります(インクは入っていませんが)。

「がんを消し難病を治す加持の力を解明したい」という初心を忘れないためです。

 

(つづく)

 

 

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Q-014:人生には、なぜゴールが必要なのですか?

 

ゴールの重要性、必要性に関しての質問をいただきました。

Q:人生には、なぜゴールが必要なのですか?

 

 A:私の答えは、「ゴールが目の前のすべてを生みだすから」です。

 

 ゴールがない人にとっての目の前の世界(宇宙)は、「昨日までの記憶により生みだされた現状」に過ぎません。ゴールがあったとしても、それが“現状の外”に設定されていなければ、その延長上にある未来は「現状(SQStatus Quo、ステイタス・クオ)」です。

 

 現状維持にひらめきや創造性は不要です。生きる力でさえ、さほど必要とはしていません。無意識にとっては。

 

 「I×V=Rhttp://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html)」で紹介したとおり、認知科学以降「現実(Reality)」の定義は変わりました。

目の前の世界(宇宙)、すなわち「現実」をつくりだすものは臨場感を伴ったイメージです。「臨場感を伴ったイメージ」があなたにとっての「現実」です。

 

 臨場感は、もともと人間が持っている感覚能力がつくりだします。その感覚とは、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感で得られる情報が生みだします。人間の場合、さらに言語情報が加わり、六つ(数学が得意な人は数学まで入れ七つ)の情報入力経路(モーダルチャンネル)からの情報をもとに臨場感をつくりあげます。

 人間はある世界に強い臨場感を持つと、その世界が仮想空間であってもリアルだと認識します(もっと正確に表現すると、「強い臨場感を感じる仮想世界が”リアル”としてマインドで生みだされる」)。

 

 「ある世界」を最初に決める行為が「ゴール設定」です。

よって、ゴール設定とは、「未来を創るもの」であり、「時間の流れを生むもの」であり、「認識する世界(宇宙)を変えるもの」であり、「ひらめきの源」「創造力の源」であり、そして、「生きる力の源泉」であるといえます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 さらに、「縁により起こる」という釈迦哲学を用いてゴールについて再考察すると、もっと大きなものが見いだせるようになります。下記記事を参考に、ぜひゴールが生みだす現実(リアル)について思いめぐらしてみてください。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 

 最後に、多くの反対にもめげず、“夢の国”を物理空間に生みだしたウォルト・ディズニーの言葉を紹介いたします。次回からは、この言葉を紹介させていただいた「第12回霧島市(鹿児島県)学校保健研究会」(180124開催)でいただいた御質問・御意見に対しての私の回答を投稿いたします。お楽しみに。

 

 

夢を追い求め続ける勇気さえあれば、それは実現できるんだ。

いつだって忘れないでほしい。何もかもすべて一匹のねずみから始まったということを。

 

 All our dreams can come true, if we have the courage to pursue them.

 I only hope that we don’t lose sight of one thing – that it was all started by a mouse.

 

ウォルト・ディズニー(19011966年、アメリカ合衆国のアニメーター)

 

 

 

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F-018:続・すぐに行動する

 

 前回(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7030948.html)に引き続き、医師としての大先輩の姿から「すぐに行動する」ということを考えてみたいと思います。

 

 先日、ある会議に出席するために、私の働く医療圏の中核を担う病院を訪問しました。

会議終了後、廊下で先輩医師と立ち話をしているところに看護師さんが加わりました。挨拶をしていると、「あっ、この前の朝礼で院長が話していた先生ですね♪」と言われました。

 

「笑み」について、笑みを生みだす「医療人自身のマインドの状態」について、そして、そのマインドの状態の根源にあるべき「自分の存在と意味」について、私のことを取り上げながら、その大病院の朝礼で院長先生が話をされたそうなのです。

 

私はしばらく唖然としていましたが、徐々に状況を理解しました。

「きっと、苫米地博士のあの本を読んでくださったに違いない」

 

 年明け早々、今まで御世話になった先生方に、これまでの感謝とともに「あと半年で院長職を辞職し、コーチとしての活動を加速させること」を報告するために手紙を送らせていただきました。その中で、これからの医療にますます重要となる気功について書かれている「自分のリミッターをはずす! 完全版 変性意識入門」(ビジネス社)を紹介いたしました。

 

 医療現場で気功の話題になると、ネガティブな反応がかえってくることが少なくありません。今までは私から積極的に気功を取り上げることはなく、なんとなく質問されたらそれとなく回答する程度でした(守秘義務の関係もあります)。

 なので、私の唐突な「気功ヒーラー宣言」に対して、ビックリされたり、敬遠されたり、批判されたりすることは覚悟していました。

 

「自分のリミッターをはずす!」内の私の文章は、事情により、気功そのものというよりはコーチングによせたものとなっています。それでも医療現場、特に救命救急の現場で働く専門職の方々には、あるいは西洋医学を極める先生方には、強い衝撃を与える内容となっているはずです。

「果たして受け入れていただけるのだろうか?」と半信半疑だったのが私の正直な気持ちでした。

でも、そんな私の心配は、その大病院にいる間に消え去りました。

 

立ち話中に安堵を感じはじめた頃、なんと、その病院の院長先生が現れました。

本について伺うと、手紙を読んですぐに注文されたということでした。そして、本が届いたら早速読みはじめ、散歩中には逆腹式呼吸を実践している!ということでした。

その院長先生は、大変なはずの院長業務をこなしながら、さらに外科医として第一線で御活躍されています。とてもとても多忙な先生です。

そんな超多忙な生活にもかかわらず、「興味を持ったらすぐに学び、いいと思ったらすぐに実践すること」をあたりまえにされているのです。

 

この「どんどんインプットして、すぐさま自分流にアレンジし、アウトプットしていく」という生き方が、その人の人生をつくりあげます。いわば“ライフデザイン”です。

 

 「先生、ぜひ今度、院内研修会の講師をしてください」

 

 突然のオファーをいただきながら、私は、「誰もが認める外科医であり院長でもある大先生が、なぜこんなにも軽やかに行動することができるのだろうか?」と思いめぐらしました。

 一体何が、私のような地域医療の異端児に対して偏見なく応対してくださることを可能とするのでしょうか?

 

 私は、院長として、地区医師会理事として、様々な公的・専門的会合に出席しています。

「私にしかできない視点の提供」を常に意識し、いつも積極的に発言していますが、予定調和的な会合や現状維持を目的とした会議においては、“空気を乱す存在”となってしまうことが少なくありません。

今回取り上げさせていただいている院長先生の病院についても、厳しい発言を行ったことがたびたびあります。

 

 ある会合後、その院長先生に生意気な発言を連発していることを謝罪したことがあります。きっと嫌われていると思っていた私は、嫌味の一つ二つを言われることを覚悟していました。しかし、院長先生の応対は予想の正反対でした。

「僕は若い人と議論をするのが好きだ」と話され、積極的な発言にむしろ感謝されたのです。

 

「なぜ議論が好きなのだろうか?」と思索しながらその後もたくさんの会合等で御一緒させていただいていますが、その理由として一番感じるのはその院長先生の「向上心」です。

 

すでに誰もが認める存在でありながら向上心を保ち続けることができるのは、(無意識下に)さらなるゴール(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html)があり、それを「成し遂げたい」という強い願望(希望)と「成し遂げることができる」というエフィカシー(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html)があるからに違いありません。

 

そのゴールとエフィカシーを源泉とする向上心が「すぐに行動する」ことを可能としているのだと思いました。そんな生き様が院長先生のライフデザインとなり、さらなる革新につながっているのだと思います。

 

 私も大先輩のような“ライフデザイン”を行い続けたいと思っています。

 そして、コーチングの知識とともに、そんな生き方を広げていきたいと願っています。

 

最後に、「すぐに行動する」ことや「向上心」に関するエマーソンの言葉を二つ紹介いたします。

 

 

 すべての出会う人から、

 私たちは何かを学ぶことができる

 

野心なくしては、何も始まらない

 働かなければ、何事もなしえない

 褒美は与えられるものではなく、あなたが勝ち取らねばならないものだ

 

ラルフ・ワルド・エマーソン(18031882年、アメリカ合衆国の思想家) 

 

 

-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721215.html

 

 

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自分のリミッターをはずす!

I-009:コインチェック事件に関する苫米地英人博士(認知科学者)の見解

 

 よく「現状の外にゴールを設定するコツは?」や「抽象度を上げる秘訣は?」といった御質問をいただきます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

 一言で答えると、「意志」だと思います。

 

 もう少し具体的に述べると、「現状の外にゴールを設定し続けている」や「抽象度を上げ続けている」という状態をコンフォートゾーンにするようなゴール設定に対する意欲とその達成の確信(エフィカシー)です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

その詳細やより具体的な話については、直接的に、あるいは間接的に、このブログに投稿する文章中に埋め込んでいます(埋め込んでいきます)。

リラックスし、楽しみながら読み込んでください。自然にその感覚を身につけることができるはずです。

 

 

意志が「現状の外」あるいは「より高い抽象度」へ進むことを可能とすることは間違いありませんが、本当に実現するためには絶対に欠かせないものがあります。

 

それは知識です。

 

とくに現在のブリーフシステムでは重要とは感じられないような事柄に関する大量の知識が、新たな世界への扉を開く鍵となります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 

最近、“コインチェック事件”が話題となっていますが、皆さまの関心はいかがでしょうか?

 

「まったく関係ない」「興味がない」と思っている方はぜひ、苫米地博士の見解を確認してください。

 

コンピューターサイエンスの世界で独走しているカーネギーメロン大学の博士(Ph.D.)であられる苫米地英人先生は、認知科学の権威であるとともに、離散数理、自然言語処理、計算言語学、そして人工知能のスペシャリストでもあります。

 

そんな大天才から授けられる本物の知識が、分厚いスコトーマをはずすきっかけになります。

 

ぜひぜひ下記のリンクから御確認ください。

 

180207夕刊フジ 認知科学者・苫米地英人氏がコインチェック手法を喝破 「被害者は銀行に実印預け、お金を引き出せないも同然」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180207-00000005-ykf-soci

 

・苫米地英人博士ブログ記事

www.tomabechi.jp/archives/51560934.html

www.tomabechi.jp/archives/51560563.html

www.tomabechi.jp/archives/51560493.html

www.tomabechi.jp/archives/51560371.html

www.tomabechi.jp/archives/51560309.html

 

 

 

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PM-03苫米地理論との出会いと実践

PM-03-06傷だらけの青春 ~禁じられたギター、破壊されたアンプ~<ベチロンで考察>

 

ベチロン(苫米地理論)を学んだ今は、過去のつらい思い出も未来でのゴール達成の大切な「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」として解釈することができます。

この章(第三章)では私の経験を紹介し、苫米地理論で考察します。

 

 

傷だらけの青春 ~禁じられたギター、破壊されたアンプ~<ベチロンで考察>

 

ポイントは二つ。

自分の行動(の結果)を未来で取り戻そうとしたこと。

そして、他人になんと言われようが自分で決めたことに責任を持ったことです。

 

「時間の流れ(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html)」を考慮して言語化すると、「自分で決めた未来の結果としての“今”を自由に生き、その自由に伴う責任を全うした」と表現できます。

 

 趣味のゴールを持ったということも、「ゴール(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html)」のバランスホイールという観点から重要な意味がありました。再び「ドリームキラー(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html)」化した父の言動を無視し続けようとしたのは正解でしたが、挑発にのってしまったことで悪影響を受けてしまいました。

 

 この時期、父の嫌がらせは物理空間から情報空間http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.htmlに移行していきました。

物理的なコンタクトと違って、情報空間では自分自身が受け入れるかどうかが大きく影響していることを学べたのは幸運でした。父への対策として、身体的成長に伴い情報的にも大きくなっていく「自我(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html)」のイメージを持つことが自然にできました。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654316.html

 

余談ですが、高校時代はガンズ・アンド・ローゼズ(GN’R)の「アペタイト・フォー・デストラクション」を聞きまくっていました。特にギターのスラッシュに憧れていた私は、「次はレスポール」と秘かに決めていました。

残念ながらレスポールはまだ持っていませんが、そのスラッシュが親友で、自らも超絶技巧ギタリストである苫米地博士に学んでいることに「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」を強く感じています。

 

(つづく)

 

 

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俺のギター

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PM-03苫米地理論との出会いと実践

PM-03-05傷だらけの青春 ~禁じられたギター、破壊されたアンプ~

 

物理空間での言動には必ず情報空間での因があります。そして「時間の流れ(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html)」を考えると、その因は未来にあるといえます。

苫米地理論を学んだ今は、過去のつらい思い出も未来でのゴール達成の大切な「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」として解釈することができるようになりました。過去を自由に書き換えることができるのです。

この章(第三章)では私の経験を紹介し、苫米地理論で考察します。

 

 

傷だらけの青春 ~禁じられたギター、破壊されたアンプ~

 

 幸運にも新設の私立中学に入学できた私は、先生方や友人に恵まれ楽しく学びました。

医師になるという目標をなんとなく周囲に話し、なんとなく受け入れられていきました。父は相変わらずでしたが、勉強していても激怒はしなくなりました。

 

 中学三年の梅雨時期に両親に頼み込んで、進学塾の夏季講習に通わせてもらえることになりました。さらに、通学のための自転車まで買ってもらいました。

あこがれていた塾の初日。最初の授業。ワクワクしながら先生を待ったあの感激は今でも忘れません。しかし、一時間後、私は家に帰っていました。よくは覚えていませんが、数学の先生の口調がたまらなく嫌で教室を飛びだしたのです。その後、その塾には行きませんでした。

「ひと夏の体験」という言葉を聞いたときに私が思いだすのは、恋愛のような甘い思い出ではなく、この生涯一日限りの塾体験です(笑)。

 

 「もう塾には行かない」と両親に打ち明けると、父はもちろん、母まで怒りだしました。

経済的に苦しい中何とか塾に通わせてあげたらなんと一時間で辞めてきたのですから、両親が怒る気持ちはよく理解できます。

私は、生まれて初めて、「勉強をしなかった」という理由で怒られました。当然のようにボコボコにされましたが、やっと普通の家庭になったようで少しホッとしたように記憶しています。

 

結果的には、この経験が私の心にをつけました。

「自分で選択した」という事実が、いつも私を励ましてくれました。志望校に落ちたらかっこ悪いからではなく、父に半殺しにされるからではなく、誰かに勝ちたいからではなく、「それを自分自身が心から望んでいるから」という思いで勉強できました。

そして、翌年、志望校に合格しました。

 

 地元の難関高校に合格したということで、祖父母はとても喜んでくれました。

おそらくその時のお祝い金でだったと思いますが、私はずっと欲しかったフェンダーのギターとアンプを買いました。当時はブライアン・アダムスやブルース・スプリングスティーン、U2やスティングを聞きまくり、単純に憧れていました。

 

しかし、私がギターを手にすると、父が冷ややかにささやきます。「どうせお前にギターは弾けない」「ギターなんか弾いていても決して幸せにはなれない」。

必ずというほど邪魔をしてくる父を無視し続けましたが、一度だけ腹が立って何を根拠にそんなことを言うのか問いただしたことがあります。

その答えは、「兄がギターを持っていたが、飾っているだけで弾かなかったから」でした。

 

父の妨害は情報空間での攻撃だけではありませんでした。

きっかけは覚えていませんが、怒り狂った父にアンプを壊されたことがあります。大きなハサミや工具を手に暴走し電源コードを切り裂き本体を破壊する父の姿を、震えながら(そして泣きながら)ただ見届けることしかできなかった無力感と理不尽な悔しさは、今でもギターを手にした瞬間に鮮明によみがえります。

 

(つづく)

 

 

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PM-03苫米地理論との出会いと実践

PM-03-04最福寺 池口恵観法主に学んだ抜苦与楽の生きざま<ベチロンで考察>

 

ベチロン(苫米地理論)を学んだ今は、過去のつらい思い出も未来でのゴール達成の大切な「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」として解釈することができます。

この章(第三章)では私の経験を紹介し、苫米地理論で考察します。

 

 

最福寺 池口恵観法主に学んだ抜苦与楽の生きざま<ベチロンで考察>

 

 「夢中になる」ということは、「RAShttp://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721658.html)」が働き、“夢中なもの”以外は認識できなくなっている状態です。実際、ネガティブなことは「スコトーマ(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html)」に隠れ、気にならなくなりました。

 

光を感じるようになったのは、スポーツに熱中している時にたっぷりと分泌されていたドーパミンやセロトニンによる影響と考えられます。

もちろん同時期に学び始めた真言密教の教えも大きく影響しています。子供ながらに大日(如来)の巨大なエネルギーに包まれている感覚をリアルに感じていました。

 

そして、好奇心とも結びついたそのエネルギーが、恵観先生の助言により「医師になる」というゴールに結実し、塾に通ったことすらない私が医学部を目指す「モチベーション(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html)」となりました。

正確には、「医師になる」は職業選択の話であり、「ゴール(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html)」とはなりません。その間違いが医師になった後の私の姿に影響しました(その話は後ほど)。

 

 「がんは恐ろしい病気」という先入観がまったくない状態で、「がんが消えること」をあたりまえのように体感していたことはとても大きかったと思います。確信を得たからです。

 

その確信は、医師としてはもちろん、苫米地式認定コーチや同認定マスターヒーラーとしての「エフィカシー(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html)」の源泉となっています。

 

(つづく)

 

 

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Q-013:「経験をもたらす観察」のために重要なこと

 

 2018124日の講演会(霧島市、鹿児島県)後に、「スコトーマにびっくりしました」という意見をたくさんいただきました。ありがとうございます。

びっくりさせようと念入りに仕込んでいましたので、驚いていただき大変うれしいです(笑)。

 

 スコトーマ(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html)がはずれた瞬間の「あっ、わかった!」「うわっ、見えた!!」という体感をしっかり記憶していてください。そして、目の前にはスコトーマに隠れて見えていない(感じられていない)感謝や感動や希望、可能性(可能世界)といったものが無限にあることを確信してください。

ぜひ、お子さんたちにもその感覚を伝えてあげてください。

 

 講演会は教育関係者やPTAが対象でしたが、市の看護師・保健師の方々にもたくさん参加していただきました。

 

今回は「近代看護教育の母」として知られるナイチンゲールの言葉を引用し、スコトーマについて考えていきたいと思います。

 

 

経験をもたらすのは観察だけなのである。

観察をしない女性が、50年あるいは60年病人のそばで過ごしたとしても、決して賢い人間にはならないであろう

 

フローレンス・ナイチンゲール(18201910年) 「看護覚え書」より 

 

 

ナイチンゲールが医療人に向けて観察の重要性を説いているのは、それだけ観察が難しいことだからです。

 

なぜ、難しいのでしょうか?

現代認知科学はその原因を、そしてその解決法を、すでに解き明かしています。

 

…“観察が難しいのは、私たちの認識に必ず「スコトーマ」があるからです。

 

私はスコトーマを生みだすものとして三つのことを意識しています。

一つ目は「知識」、二つ目が「重要性」、三つ目が「役割」です。

 

長男が生まれた頃、私はポケットベル(ポケベル)を使っていました。若い方はイメージしにくいと思いますが、まだ携帯電話が普及していない時代には連絡を取るためのとても大切なツールでした(今もフードコートなどで使われています)。

ポケベルが鳴ると私はすぐに目が覚めますが、隣の妻はピクリともしません。反対に子供が泣くと妻がすぐに目覚め、私が起きることはめったにありませんでした。

 その理由がスコトーマに関係します。

 

 妻はもちろんポケベルのことは知っていましたが重要ではなかったので、その音はスコトーマに隠れ認識にあがらなくなっていたのです。

 反対に、私は子供に関して知識も重要性もありましたが、授乳という役割を自覚していなかったので、その声が届きにくくなっていました。当時は不思議に思ったものですが、妻の体調がすぐれず「休ませてあげたい」と思っている日は、妻より先に子供の泣き声に反応して必死にあやしていました(結局は妻を起こすことになるのですが)。

 

 これがスコトーマ(心理的盲点)です。

 

 いくら目の前にあったとしても、知識がないと認識できません。

 知識があったとしても、重要性がなければ認識できません。

 知識も重要性もあったとしても、役割を感じていなければ(責任を自覚していなければ)認識できません。

 

 ナイチンゲールが述べる“観察”とは、「知識と重要性と役割がそろってはじめて可能となる認識」のことです。そして、それが“経験”をもたらし、“賢い人間”への成長を可能とします。

 

 “観察”のために、つまりスコトーマをはずすために、重要なことは「ゴール設定」です。

 

 心から望むものをゴールとして設定できてはじめて無意識レベルで重要性と役割が生まれ、成功に向かって自然に生きることができるようになります。

 

 講演会(1/24)の内容と関連して述べると、「心から望むゴール」とは「自己の存在と意味」を決めるものであり、それを自らの意思で見つけていくことは「本当の自分について知る」ための取り組みになります。

ゴールが、“自分”についての知識を得ることを可能とするのです。

 

そして、その「自己の存在と意味」である「心から望むゴール」に向かって生きるプロセスだけが、本当は皆が潜在的に抱えているスピリチュアルペインの克服を可能とします。

 

人生とは、「“本当の自分”を知るための旅」といえます。

 

もちろん、ゴール(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html)とは“現状の外”に設定するものです。つまり、“本当の自分”は、「現状がこのまま続く未来Status Quo」では決して見つけることはできません。

 

認識できないはずの“現状の外”へのゴール設定が可能となるのは、マインドのコントロールに精通したコーチが徹底的にサポートをするからです。

 

 したがって、近代看護教育の母の思いを現代風に言い換えると、「コーチングを学び、互いに実践せよ」と表現できます。それは看護師に限らず、すべての教育者や親、そして未来に向けた言葉でもあります。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

F-017:すぐに行動する

 

前回、「『思うこと』と『行動すること』の間には大きな壁が存在します。しかし、一度その壁を乗り越えることができると、つまり行動を起こすと、次からはスムーズに動けるようになります」と書きました。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6853885.html

 

 2018124日に霧島市(鹿児島県)で開催された私の講演で、「夢をかなえる方程式:I×V=Rhttp://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html)」の具体例として、霧島市での苫米地英人博士(認知科学者)の講演会実現のプロセスをお話させていただきました。

 今回はその苫米地博士の講演会に関連して、「すぐに行動する」ことについて書かせていただきます。

 

 先日(1/24)の講演会にお越しいただいた方は覚えていらっしゃると思いますが、私が院長として勤務している病院のベテラン医師が参加してくださっていました。講演後の質疑応答のときに真っ先に手を挙げてくださったH先生です。

 世間的には後期高齢者と呼ばれる年代ですが、いつもパワフルで、そして、とても楽しそうに仕事をされています。

 

 H先生は二年前の苫米地博士の講演会(「健康は気から」、霧島市民会館)にもお越しいただきました。その時の講演は

 

 ・仕事と趣味はとても似ている

 ・両方とも「止められてもやりたいこと」

 ・その「止められてもやりたいこと」で、社会の役に立つことを「仕事」といい、誰の役にもたたないことを「趣味」という

 ・いずれにせよ、「止められてもやりたいこと」をしていると、人はどんどん元気になる(健康になる)

という内容でした(ほんの一部です)。 

 

 「やりたいことだけをやるべきなのに、本当はやりたくないことを頑張って(我慢して)やっている人があまりにも多い」そんな苫米地博士の講演を聞きながら、H先生は数十年前の記憶を思い出されたそうです。

 

「画家になりたい」

 

 敗戦後日本が復興に向かう頃、画家志望であることを父親に打ち明けたH先生は、猛反対されたそうです。コーチング理論でいえば、父親が「ドリームキラー(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html)」となってしまったのです。

 

 「画家になる」という夢を心の奥にしまい込み、H先生は医師になりました。心の中でずっと眠っていたその思いが、苫米地博士の話をきっかけによみがえりました。

 

 「そうだ。私は画家になりたかったんだ!」

 

 かつての熱き志、忘れていた夢がよみがえったH先生は、なんと、講演中に博士を描き始めました。そして、あふれだす思いを物理空間で絵という形に実体化していきました。

 

 私は舞台袖で苫米地博士の講演を聞いていましたのでH先生の様子を見ていたわけではありませんが、後日その時の話を御本人から伺いながら、ほとばしるH先生の活気が会場中に広がっていくのをはっきりと見たような気がしました。

 

 そのひと月後に職場でクローズド開催されたセルフコーチングプログラム「PX2(ピーエックスツゥー、http://bwf.or.jp/what_is_px2)」にも、H先生は参加されました。事務局(BWF international)に確認はしていませんが、おそらく最高齢参加者だと思います。

しかしながら、その時に一緒に参加した仲間も、ファシリテーターを務めてくださった苫米地式認定マスターコーチ 青山龍さんも、PX2中はH先生の年齢をすっかり忘れていたはずです。

とても熱心に学ばれ、心から嬉しそうなお姿は青春そのものでした。

 

青山コーチに二日間の感動と感謝を伝えながらサインをおねだりするH先生を見つめながら、私は不覚にも涙がでました。

なぜだかわかりませんが、そのお姿に、とてもピュアで、すごくクリアなエネルギーを感じたのだと思います。

 

さすがに物理空間ではお年相応の変化もみられますが、情報空間http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.htmlでのH先生はますます若返っています。ますます元気になっています。そして、さらにあたたかくなられています。

そんな人生の大先輩の姿が、ともに働く仲間に与える良い影響は計り知れないものです。

 

 まさに正真正銘のコーチ

 

H先生の姿を見るたびに、そんな思いが湧きあがります。

 

 講演中に「画家になりたかった」ことを思いだしたら、すぐに絵をかいてしまう

そんな「すぐに行動するコーチングマインド」の体現を、私もいつも実践したいと思っています。

 

最後に、殺されなければ、きっとH先生のような元気な高齢者になっていたに違いない人物の言葉を紹介いたします。

 

能はざるに非ざるなり、為さざるなり

by 吉田松陰

 

 

-追記-

 苫米地博士の講演中にH先生が書かれた絵を添付いたします。絵からは「want to」マインドが生みだす気があふれだしています。それは「すぐに行動する」ことを可能とするエネルギーそのものです。

 絵の公開を快諾していただいたH先生の御厚意に心より感謝申し上げます。
 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

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