苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

2018/01

PMThe Power of Mind

PM-03苫米地理論との出会いと実践

PM-03-03最福寺 池口恵観法主に学んだ抜苦与楽の生きざま

 

物理空間での言動には必ず情報空間での因があります。そして「時間の流れ(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html)」を考えると、その因は未来にあるといえます。

苫米地理論を学んだ今は、過去のつらい思い出も未来でのゴール達成の大切な「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」として解釈することができるようになりました。過去を自由に書き換えることができるのです。

この章(第三章)では私の経験を紹介し、苫米地理論で考察します。

 

 

最福寺 池口恵観法主に学んだ抜苦与楽の生きざま

 

 息子を更生させるためにスポーツを始めさせた両親の目論見は見事に当たりました。

小学四年の途中からチームに加わりましたので最初は補欠でしたが、みるみる上達し、六年の時はキャプテンと四番を任されました。ソフトボールに夢中になった私は、祖父母といるとき以外にも光を感じるようになりました。

 

さらに重要な縁起となったのが、「炎の行者」として知られる池口恵観先生との出会いです。恵観先生が住職を務めていた烏帽子山 最福寺に通うようになり、再び仏教を学ぶようになりました(私が通っていた幼稚園は浄土真宗の寺の敷地内にあり、日曜日は祖父と法話を聞きに通っていました。それが私の仏教の原体験です)。

 

最福寺で学ぶ仏教はとてもエキサイティングなものでした。後にそれが真言密教だと知りましたが、さすがに密教というだけあり、私自身も不思議な体験を重ねました。

日本全国より救いを求める方々が途切れることなく来られていましたが、加持によりがんが消え、難病が治っていくということは、最福寺ではごく日常的な出来事でした。

 

仏さまがみんなを救いたいという「大慈大悲」は、この宇宙のあらゆるところにあふれている光である

受け取る人のこころがきれいで静かな水面のような状態ならば、その光を受けてキラキラと輝くことができる。この状態を「加」という

行者はこの光を集め、いっそう輝きを強くする役割を担い、これを「持」という

加持とは、自然治癒力を瞬発的に取り戻すもの。加える「加」と、受け取る「持」と、両方の働きがピッタリ一致して「加持」となる

それは、生命のパワーが響きあうことである

 

そのように教えていただいた私は、「生命のパワーを取り戻せば、がんは消えるのがあたりまえ」と自然に考えるようになっていました。

「世間的にはがんが消えることは特別なこと」だと知ったある日、好奇心を抑えきれなかった私は恵観法主に質問しました。「どうして先生はがんを消すことができるのですか?」と。

 その質問に対する答えは、「わからない。君が解明しなさい」でした。

この言葉が医師を志すきっかけになりました。

 

恵観先生には「抜苦与楽」という言葉も教えていただきました。

目の前の炎に命がけで向き合い護摩行を行う恵観先生の後ろ姿に未来の自分を重ねながら、「社会の苦を抜き、広く楽を供与する存在になる」と思うようになりました。

 

(つづく)

 

 

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PMThe Power of Mind

PM-03苫米地理論との出会いと実践

PM-03-02死が身近だった幼少時代の闇<ベチロンで考察>

 

ベチロン(苫米地理論)を学んだ今は、過去のつらい思い出も未来でのゴール達成の大切な「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」として解釈することができます。

この章(第三章)では私の経験を紹介し、苫米地理論で考察します。

 

 

死が身近だった幼少時代の闇<ベチロンで考察>

 

両親がギャンブル依存だったのは現実から逃避したかったからです。

なぜ現実から逃避したかったのかというと、生きることが「have to」だったからです。「have to」だった理由は、「ゴール(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html)」がうまく設定できていなかったことに尽きます。

 

父は鹿児島大学を卒業していましたが、いつも劣等感に苦しんでいるようでした。他人と自分を比較し、「俺が上だ」と言っては自慢し、自慢できないときは酒を飲み暴れていました。「エフィカシー(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html)」が低かったのです。その大前提として、心から望むゴールがなかったのです。

 

その劣等感が低い「コンフォートゾーン(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html)」をつくりました。だから、息子が勉強をすると本気で怒ったのだと思います。「勉強などしたら、俺より偉くなってしまうだろう!」という「ドリームキラー(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html)」の誕生です。

 

戦後の混乱期を母親一人に育てられた父と違って、母は裕福な家庭に育ちました(私を愛してくれた祖父母です)。その母と祖父母の「裕福コンフォートゾーン」が父を苦しめました。父自身の「貧乏コンフォートゾーン」とのギャップが「認知的不協和(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882652.html)」を生みだしたのだと思います。

 

コーチとの縁がありゴールが設定できていれば、きっと父は認知的不協和をエネルギーとし、その能力を存分に発揮できたでしょう。しかし、そのエネルギーは「裕福コンフォートゾーン」の破壊に向かいました。その結果、その象徴である(と父が無意識で感じていた)母を傷つけたのだと思います。

 

母も死にたいくらい苦しかったのであれば、その環境から抜け出すことができたはずです。しかし、母は行動を起こしませんでした。いつの間にか父のコンフォートゾーンと同調していたのだと思います。

明らかなDVがあるのに逃げだせないこの心理は、ブラック企業を辞めずに自殺してしまう現代社会の病理にも通じています。悲劇的な社会的問題を解決するためにも、コーチングが広がっていくことが望まれます。

 

私にとってはつらい幼少期でしたが、勉強に関してはラッキーでした。「プッシュ・プッシュバック(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882703.html)」が働いたからです。厳しく勉強を禁じられたので、その反動で強く知識を求めるようになりました。

 

また、命の危険を感じるほど禁じられたので、巧妙に隠れて、効率的に勉強するようになりました。「創造的回避(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040752.html)」です。

 

この「ブリーフシステム(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html)」は今でも強力に残っています。勉強しているところを見られると、それが家族であったとしても、「しまった!」と一瞬すくんでしまいます。

子供たちの目につくようにあえてオープンスペースに書斎をかまえていますが、今でもつい隠れて勉強してしまうので、子供たちは私の勉強(学習)に対する本気を知らないはずです。

 

(つづく)

 

 

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PM-03苫米地理論との出会いと実践

PM-03-01死が身近だった幼少時代の闇

 

物理空間での言動には必ず情報空間での因があります。そして「時間の流れ(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html)」を考えると、その因は未来にあるといえます。

苫米地理論を学んだ今は、過去のつらい思い出も未来でのゴール達成の大切な「縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)」として解釈することができるようになりました。過去を自由に書き換えることができるのです。

この章(第三章)では私の経験を紹介し、苫米地理論で考察します。

 

 

死が身近だった幼少時代の闇

 

 私は鹿児島県鹿児島市に生まれました。

 父は自営業を営んでいました。もともと厳しい性格の上に、ギャンブル依存、アルコール依存があり、機嫌が悪いと手がつけられないほど暴れていました。母に手を上げることも多く、暴言・暴力の場面が今も脳裏に焼きついています。

その母もギャンブルに依存するようになりました。世間体を気にする両親でしたので、傍から見るとごく標準的な中流家庭に見えていたと思いますが、内情は荒れ果てていました。

 

小学校に通うようになると、私も殴る・蹴るの暴力の対象になりました。親の言うことを聞かない子供でしたので理由のある体罰もありましたが、理不尽なものも少なくはありませんでした(理由があれば体罰を行っていいという意味ではありません。いかなる理由であっても暴力には反対です。心にも傷をつけてしまうから)。

今でも私の右手背には、タバコの火を押し付けられた痕が残っています。物理次元では長い年月をかけて徐々に薄くなっていますが、情報次元では今でも痛みの記憶とともに鮮明に残っています。

物理空間と情報空間、両方の痛みに耐えながら私は育ちました。

 

そんな私の救いになったのが祖父母の存在です。幼児の頃から週末は必ず泊まりに行っていました。祖父母はとても優しく、子供ながらに「愛されている」と感じていました。

祖父母と過ごす土曜午後から日曜夕方までの時間はとても心地よく、明るい光に包まれているようでした。

反対に、実家に帰りながら見ていた夕陽の絶望的で重々しい赤色は、ジリジリとした痛みを生みだす地獄の炎のように感じられました。

 

「こんなのもう耐えられない。一緒に死のう」母に何度もそう言われました。

もちろん、子供の私に死ぬということがわかっていたはずはありません。しかし、「この現状よりはましなもの」という認識があり、とても身近なものとして感じていました。とくに日曜の夜はいつも死ぬことを考え、自分が死んでしまったあとに嘆き悲しむ祖父母や友達の姿を想像しては涙するということを繰り返していました。

幼少の頃の思い出に色を付けるとすると漆黒です。幼少時代は闇の中で育ったというのが私の正直な実感です。

 

成長するにつれて、私は、父に反抗するようになりました。といっても直接殴り返すわけではなく、いろいろと悪いことをしては困らせていました。

大人だったら逮捕される立派な罪がばれてしまった九歳のある夏の日の夜、その被害者に謝罪をしに行くために、私は無理やり車に乗せられました。助手席で恐怖を感じていると、運転する父が「俺は子育てを間違えた。俺が悪かった…」とか細い声で呟きました。その頬を大粒の涙が伝っていました。

今でもその時の映像ははっきりと覚えています。そして、「人を悲しませることはやめよう。これからはまっすぐ生きよう」と心に誓ったことも。

 

息子の将来に危機感を感じた両親は、私に習い事をさせようとしました。当時のクラスの78割が塾に通っていたので「勉強がしたい」とお願いしましたが、塾には行かせてもらえませんでした。

昔から私が勉強をしていると、父親はなぜか怒りました。不機嫌になるというレベルではなく、怒りまくるレベルです。親に隠れて宿題をすることが習慣になっていた私にとって、堂々と勉強をすることは憧れでした。「塾に行きたい」と本気でお願いしたはずですが、願いはかないませんでした。

結局、ソフトボール少年団に入れられて、定期的にお寺に連れていかれるようになりました。

 

(つづく)

 

 

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Q-012:ドリームキラーを気にせずに前進するために

 

「ドリームキラー」に関するコメントをいただきました。ありがとうございます。

 

「PMⅠ-02-21 すべてを統合した『苫米地式』-2http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6681143.html)」内に、「苫米地理論を学び、苫米地式を実践していくと、周囲の人たちがドリームキラーへと変貌します」と書きました。

 

すばらしいリーダーほど、必ずドリームキラーに邪魔をされます。リーダーとして正しければ正しいほど、より強力に妨害をされるようになります。

 

 なぜなら、リーダーとは集団のど真ん中にいる人ではなく、先端(それも遥か先)にいる人だからです。だからこそリードする(導く)ことが可能となるのですが、その一方で集団の中心に向かって引き戻される力と常に戦うことになります。

 

 私たち一人ひとりの心の空間には、「昨日までの私」を維持しようとする力が強力に働いています。そして、人が集まることで生まれる集団(チーム、組織)にも「昨日までの私たち」を維持しようとする力が強力に働いています。その働きが「ホメオスタシス(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html)」で、引き戻す力を「ホメオスタシスフィードバック」と呼びます。

 リーダーはそのホメオスタシスフィードバックをコントロールしなければならないのです。

 

 ドリームキラーはマインドの働きが生みだすものです。いわば、あたりまえの存在。

苫米地理論(ベチロン)や苫米地式(ベチシキ)を身につけていくと、その対処が圧倒的にうまくできるようになります。

 

 今回は、前回(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.html)お伝えしたドリームキラー対策の“さらに先”を紹介いたします。

 

 そのポイントは、「抽象度を上げて捉えなおす」ということです。
 抽象度は「The Power of Mind Ⅰ」第一章で確認してください。
 (http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 

 

 ドリームキラーとは、文字どおり、「夢を潰そうとする人」です。

コーチング的に表現すると「コンフォートゾーン(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html)を引き下げる人」であり、「セルフイメージを下げる人」です。「エフィカシー(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html)を引き下げる人」ともいえます。

 

 では、そのドリームキラーの反対の概念とは何でしょうか?

 

もちろん、「ドリームサポーター」です。

 

 ドリームキラーもドリームサポーターも「ドリームに興味を持ってくれている人」というのは同じです。ただ、そのエネルギーがドリームの実現に向かうか(=サポーター)、ドリームを潰すように使われるか(=キラー)の違いにすぎません。

 

よって、ドリームキラーを対決する対象と捉えるのではなく、「ドリームサポーターと同じ抽象度の逆向きのもの」と考え、一つ上の抽象度で「自分に興味を持ってくれている人」と思えばいいのです。

 

 - 興味をもってくれている -

 

それがどれだけありがたいことなのかは、縁起(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html)を学び、量子論を学ぶと、とてもクリアに感じられるようになります。

 

 ドリームキラーに出会ったときは、一つ上の抽象度で「自分に興味をもってくれている人」と考えてください。そして、「“私”という存在を生みだす大切な縁起の一部であるという事実」を感じてください。感謝の念とともに。

 

 きっと、今までと全く違った宇宙(世界)が認識できるようになります。ヒーラーとしての感覚でいうと「氣が流れる」ようになります。

 

 最後に、今回のテーマと関連する言葉を紹介いたします。

マザーテレサの言葉として有名ですが、1986年にノーベル平和賞を受賞したエリ・ヴィーゼル氏がオリジナルのようです。いずれにせよ、より高い抽象度で宇宙をとらえている名言です。

 

 

 愛の反対は憎しみではない。無関心だ

 美の反対は醜さではない。無関心だ

 信仰の反対は異端ではない。無関心だ

 生の反対は死ではない。生と死の間にあるものへの無関心だ

 

      The opposite of love is not hate, it’s indifference.

      The opposite of beauty is not ugliness, it’s indifference.

      The opposite of faith is not heresy, it’s indifference.

      And the opposite of life is not death, but indifference between life and death.

 

 

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F-016:泣こよっかひっ翔べ! ~霧島市(鹿児島県)での講演会を終えて~

 

 先日、「第12回霧島市学校保健研究協議会」で講演を行いました。

90分という長時間の講演でしたが、会場を埋め尽くす皆さまからあふれでる熱気を感じながら、とても楽しく話をさせていただきました。

 

 当日は午前中から役員の先生方、PTAの方々が準備をしてくださっていました。事前の打ち合わせを含め、見事なチームワークで、完璧な運営を行われた関係者の皆さまに心よりお礼を申し上げます。ありがとうございます。

運営に携わった方の、参加してくださった方々の、そしてもちろん私自身の、モチベーション(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5882609.html)が「want to」だったからこそ素晴らしい講演会が実現したとコーチとして感じました。

 

 講演は三部構成でした。一部がコーチング用語の説明、二部が「夢をかなえる方程式 I×V=Rhttp://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html)」の説明とその具体的事例の紹介、そして三部が“スピリチュアルペイン”をキーワードとした教育と医療の現場に共通の課題に対する解決策の提案です。

 

合間に「スコトーマ(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html)」を体験していただくための仕掛けをたくさん仕込んでいました(笑)。「何度も鳥肌が立ちました」や「涙が...」といったうれしいコメントをいただきましたが、認識のメカニズムの不思議とともにマインドに眠る無限の可能性を体感していただけたのではないかと思います。

 

 後日、講演終了時に書いていただいたアンケートを事務局からいただく予定です。

ご質問やご意見に対してこのブログにて回答いたしますので、ぜひフォローしてください。質問等はメール(coachfor.m2@gmail.comやブログのコメント欄でも受け付けています。

 

「思うこと」と「行動すること」の間には大きな壁が存在します。

 

しかし、一度その壁を乗り越えることができると、つまり行動を起こすと、次からはスムーズに動けるようになります。

 

ブリーフシステム(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html)が書き換わり、コンフォートゾーン(http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.html)が変わるからです。

 

もちろん講演に参加できなかった方からのコメントもお待ちしています。ぜひ行動してください。

最後に講演でも用いたこの言葉を。

 

「泣こよっかひっ翔べ!」 by 西郷どん 

 

 

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西郷どん


PMThe Power of Mind

PM-02苫米地理論における重要用語解説

PM-02-23偽善とは?-2

 

 

 この章では、苫米地理論の中でとくに重要な概念をピックアップし、解説いたします。
 第二章目次:
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12936581.html


偽善とは?-2

そもそも「善」が絶対ではないのですから、「偽」も絶対ではありません。

あくまで視点や立場の違いであり、認識主体の主観です。

よって、「他人に偽善者と言われても、自分のゴールに確信があるのなら気にしなくていい」というのが私の意見です。

 

一般的に「偽善」というのは、「本心からではない上辺の善行」といった使い方がされています。本当は相手のことなどまったく考えていないのに、「あなたのため」「みなさんのため」といった言動を行うことを偽善というのでしょうが、この場合はすぐにわかりますので、相手の言動を注意深く観察していれば大丈夫です。

 

厄介なのは、その“本心”に自分自身でも気づいていないケースです。

コーチング的に表現すると「人生の本当のゴールを見つけていない状態」といえます。

 

意識上のゴールと無意識下のゴールがずれていることそれが、私の「偽善」の定義です。

 

意識と無意識のずれを解消するためには抽象度を上げていくことが必要ですが、残念ながら、それは困難です。

ほとんどの人は、過去に、そして他人(社会)に影響を受けた記憶により自我を形成してしまっているからです。
 
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html
 

「私は“本当の私”ではない」のです。

 

“本当の私”を見つけるために、自身でも瞑想などに取り組みつつ、しっかりとしたスキルを持つコーチにスコトーマhttp://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.htmlを外してもらうそれが理想です。

 

この世に生きる全員が苫米地理論を学び、苫米地式を実践することで、スコトーマを外しあい、そしてエフィカシーhttp://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.htmlを高めあうコーチになることができれば、私たち人類はさらに“ヒルクライミング”することができます。

 

その実現のために、私は世界の頂点から学び続け、苫米地式認定コーチとして、そして認定マスターヒーラーとしてフルに活動しています。

 

私の偽りのない「善」です。

 

 

「第二章:苫米地理論における重要用語解説」完

 

 

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PM-02苫米地理論における重要用語解説

PM-02-22偽善とは?-1

 

 

 この章では、苫米地理論の中でとくに重要な概念をピックアップし、解説いたします。
 第二章目次:
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12936581.html


偽善とは?-1

「偽善」という言葉を分割すると、「偽」と「善」に分けることができます。

まず、「善」について考えてみましょう。

 

先に答えを述べると、「善」とは絶対的なものではなく相対的なものであるため、明確には定義できません。

 

「善」は文脈(context)により決まります。その文脈を決めるものがゴールです。

したがって、その人(その集団)にとってのゴールに近づくためのものが「善」で、ゴールから遠ざけるものが「悪」であるといえます。
 
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html
 

例えば、「イスラム(原理主義)の世界をつくる」という人々にとって自爆テロは「善」なのかもしれませんが、そのゴールを共有しない人々にとっては「悪」です。

今のテロリズムを生みだしたといえる「アメリカの正義」はその時代の多くのアメリカ人にとって「善」だったのでしょうが、当時虐げられた人々にとっては「悪」でした。

そして、現在はすべての人にとって「悪」といえます。

 

情報空間での不完全性定理、物理空間での不確定性原理が示すことは、「この世に絶対の基準はない」ということです。「善か?悪か?」は単純には決められないということです。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

それを大乗仏教では「空(くう)」と表現します。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html
 

よって、私たちは絶対的に正しい答えがないことをしっかりと認識しながら、それでも、より“正しい”答えを求め思考し続けなければならないのです。

より多くの人達と共有できる、より正しい答えは、抽象度の高い空間にあります。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615695.html
 

そこに到達(ヒルクライミング)するために思考し続けるのです。

 

(つづく)

 

 

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PMⅠ:The Power of Mind

PM苫米地理論における重要用語解説

PM-02-21すべてを統合した「苫米地式」-2

 


 この章では、苫米地理論の中でとくに重要な概念をピックアップし、解説いたします。
 第二章目次:
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12936581.html


すべてを統合した「苫米地式」-2

 

苫米地博士に学ぶ同志は必ず体験しているはずですが、苫米地理論を学び、苫米地式を実践していくと、周囲の人たちがドリームキラーhttp://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040935.htmlへと変貌します。

“現状の外”へゴールhttp://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.htmlを設定した人の存在が、その周囲の人たちのコンフォートゾーンhttp://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6040892.htmlをかき乱してしまうからです。

 

ドリームキラー達は、「そんなに頑張って大丈夫?」「あなたが傷つくのが心配」など、その人のことを思っているかのようでありながら、心の底では(無意識下では)失敗を願っています。

 

ゴール設定を行い、高いエフィカシーhttp://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.htmlで生きている人には、ドリームキラーの優しい忠告は届きません。説得力がないからです。

やがてドリームキラー達は、多くは陰で、あなたを非難しはじめます。「むかつく」「きらい」「気持ちが悪い」「一緒にいると疲れる」等々

 

このブログを読んでくださっている皆さんは、これから確実に陰口を叩かれるようになっていきます。でも、残念に思わないでください。それは、あなた自身が変わり始めたことの証拠でもあるからです。

 

強力なドリームキラーほど、本当は、あなたが自分を救ってくれることを求めています。

一時期のドリームキリングに屈することなく、すべて空(くう)だと認識しながら余裕でゴールに向かって歩み続けるうちに、いつの間にか強力なドリームサポーターに変わってくれるはずです。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

 それではこの章の終わりに、みなさんもおそらく言われるであろう「偽善」という言葉について、苫米地理論で考察してみます。

 

(つづく)

 

 

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Q-011:人に「have to」を仕掛けないためにはどうすればいいでしょうか?

 

 いただいた御質問に回答いたします。

 

Q:人に「have to」を仕掛けないためにはどうすればいいでしょうか?

 

A:一番大切なことは、自分自身が「want to」で生きることです。

そのためには自分自身の自由意志でゴールを設定できていることが絶対に欠かせません。

ゴールのポイントは3つ。1)心から望むもの(want to)であること、2)自分中心を捨て去ること、3)現状の外側に設定すること、です。

 

人に「have to」を仕掛けないために二番目に重要なことは、「何がhave toを生みだすのかを知ること」です。

私は、恐怖・不安、罪悪感、義務感が「have to」を生みだすものだと感じています。それら「have toを生みだすもの」を、人を支配する目的で使わないことです。

 

三番目に不完全性定理、不確定性原理から導きだされた真実を忘れないこと。

それは「この世に完全情報は存在しない」という事実です。世の中に「絶対正しいこと」は存在しません。自分自身の心の中で「絶対正しい」はかまいませんが、それを人に強要すると、そこに「have to」が生まれます。

 

四番目は、ゴールを重ねていくことです。

ゴールを共有していること、それは「同じ未来のイメージに対して、同じように臨場感を感じていること」ともいえます。

 

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I-008:【お願い】1/24(水)霧島市無料講演会に参加希望の方へ

 

 2018118日に鹿児島市で開催された苫米地式マスターコーチ 青山龍さんのセミナーに参加された方から、「1/24開催の霧島市での無料講演会(竹原/CoacH T)に参加希望のメールを送ったが返信がない」と教えていただきました。

同じように参加希望のメールをしたが返信が来ていないという方は、このブログ記事のコメント欄にご自分のメールアドレスを記載しコメントしてください。

よろしくお願いします。

 

講演会に関しては、2018114に投稿した記事(【最終案内】 霧島市(鹿児島県)での無料講演会の御案内、http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542248.html)を御確認ください。

 

 

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F-015:先生に出会えてよかった

 

 先日、外来診療中に「先生に出会えてよかった」と言われました。

 

 私はその言葉を聞きながら、感謝が“私”から無限のつながりに広がっていくような感覚を味わいました。

 

患者さんに「出会えてよかった」と言われる私自身が、「出会えてよかった」という様々な縁により支えられているからだと思います。そして、そのたくさんの繋がり全部を含めて肯定してもらっている気がしました。

 

私は本当に多くのあたたかい縁に支えられています。

友人、師、同志・仲間、先輩・後輩、クライアントや患者さん、そして家族

 

中には、辛さや怒り、悲しみや憎しみを感じた縁もありました。それまでの感謝が突然憤りに変わったものもあります。

 

 でも、そのすべてを含めて「ありがたい」と感じています。

 

 時間は未来から過去へ流れており、今が幸せなら振り返った過去もすべて幸せに感じられるからです。そして、今の幸せは、どうやって達成していいかわからないけれどもきっと成し遂げる心から望むゴール、つまり未来が生みだしています。

 

 私がそのように感じられるようになったのは、最福寺の池口恵観先生から学んだ空海や釈迦の教えがあり、そしてなんといっても師である苫米地英人博士との出会いがあったからです。

 さらに「戦争や差別、飢餓や貧困といった概念さえない世界をつくる」というゴールを共有した同志の存在のおかげで、ますますハイエフィカシーとなっているからです。

 

 昨日は、“WorldPeaceCoaching”という言葉で私たちコーチの目指すゴールの世界の臨場感を高めてくださっている大先輩 青山龍苫米地式マスターコーチが、鹿児島市でセミナーを開催してくださいました。

その場でまた新たな出会いがあり、「九州で苫米地式コーチングを広げている」「医療・介護や教育といった“いのちの現場”にコーチングを届けている」というセルフイメージの臨場感がさらに高まりました。

 うれしいことに「タケハラさんのブログで青山コーチのセミナーを知り、はじめて参加しました」という方もいらっしゃいました。

 

 過去の様々な縁が新たな縁と繋がり、そして、未来に、より高い抽象度空間に、ますます広がっていくそんな体感を楽しみながらセミナーを受講しました。

大切な家族と一緒に。同志と一緒に。夢に向かって鹿児島を離れた友の思いと一緒に。

 

 これまでの縁に、そしてこれから出会うすべての縁に、心をこめてお伝えします。

 

 あなたに会えてよかった

 

 

-追記-

 青山コーチのセミナー参加者から「1/24開催の霧島市での無料講演会(竹原/CoacH T)に参加希望のメールを送ったが返信がない」と教えていただきました。同じように参加希望のメールをしたが返信が来ていないという方は、このブログ記事のコメント欄にご自分のメールアドレスを記載しコメントしてください。よろしくお願いします。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

PMThe Power of Mind

PM-02苫米地理論における重要用語解説
PM-02-20すべてを統合した「苫米地式」-1


 この章では、苫米地理論の中でとくに重要な概念をピックアップし、解説いたします。
 第二章目次:
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12936581.html

 

すべてを統合した「苫米地式」-1

西洋哲学やそれをベースとした西洋科学、そして東洋哲学までも網羅した苫米地理論を熟知し、マインドの使い方を教えつつ、介入的に働きかけを行うことが「苫米地式」です。

 

言語も用いますが、非言語で強力な働きかけを行っています。

強力に働きかけることができるのは、より高い抽象度次元(場)にアプローチするからです。初めは臨場感が下がらない程度の「ほんの少し高い抽象度」から働きかけを行います。
 
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

 

クライアントの抽象度が上がっていくと、その自我http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.htmlは大きく変化し、認識する宇宙そのものがまったく違ったものに変わっていきます。

抽象度が上がるほど、部分関数としての自我を拡大することができ、過去の呪縛を断ち切って自由に評価関数をつくりなおすことができるからです。

 

非言語で行うのは言語を超えるためです。

言語化すると視点が固定され、抽象度の上限が生まれてしまいます。スコトーマを作りやすくなってしまうのです。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

自我を「情報が物理空間(情報空間の底面)で実体化している」という超情報場仮説で見ると、物理的身体は情報の写像であり、病とは自己表現といえます。もちろん健康も自己表現です。
 
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5306445.html

違う言い方をすると「病とは情報空間のバグ」といえ、仮観的には「何らかの機能・役割」といえます。
 
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html
 

その「バグ」や「機能・役割」といったものを、より高次の抽象度次元(場)で書き換えていくのが「苫米地式」です。
 
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5165888.html 

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

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