苫米地式認定コーチ CoacH T(タケハラクニオ) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学びながら九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

2017/10

PMThe Power of Mind

PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-07:情報空間-4

 

「無限に広がる大宇宙」というフレーズで始まる有名なアニメがありますが、私たちが認識する宇宙とは138億年前にビックバンで始まった物理空間上の宇宙だけではなく、その物理宇宙を底面とし、さらに情報量の大小を表す抽象度の軸まで含め構成されている広大なものです。

 

私たちがふだん宇宙のすべてだと思っている物理空間とは別の次元に、さらに空間(情報空間)が階層的にあり、そこに概念も含むこの世のすべてが存在しています。

 

難しく聞こえるかもしれませんが、ある概念は、どこかの抽象度(階層)に限定して存在しているのではありません。

 

例えば、「さくら」が「ラブラドールレトリーバー」であり、「犬」であり、「哺乳類」であり、「動物」であり、「生物」であるように、すべては様々な抽象度にまたがって同時に存在しています。

 

釈迦哲学でいうと、縁起として存在しています。

 

「世界は無限に広がる情報空間であり、ますます下向きに拡大している。その中で一番下の抽象度に位置するのが物理空間である」

 

では、私たちの目の前に広がる“現実”とは何でしょうか?

 

(つづく)

 

 

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F-003:日本人の微笑み

 

今年もWorldPeaceCoachingに参加しました。

広島を訪れるたびに、人類史上最悪の大量虐殺に対する憤りが湧きあがります。

 

 戦争やテロなどの人災は将来必ずなくなると信じていますが、地震・津波や集中豪雨などの自然災害には備えが必要です。最近、職場に近い新燃岳(5kmほど)が噴火を再開しました。鹿児島には桜島もあり、いつ大噴火が起こってもおかしくない状況です。

 

そんな災害の報道に触れるたびに自問してしまうことがあります。

 

「嘆き悲しむ被災者と向き合ったとき、私はどんな表情をすればいいのだろうか?」

「なんと声をかければいいのだろうか?」

 

 医療・介護の現場で働く者にとっては、じつは、災害のような状況は特別ではありません。老いや死が身近に存在するからです。悲しみや苦しみがあたりまえのようにあるからです。

 

医療に携わる者はどんな表情で働き、どんな言葉をかければいいのでしょうか?

 

 私が働いている病院の理念は、「常に笑みを絶やさず、安心感を与え、信頼される老人医療・介護のスペシャリストとして、社会に必要とされる病院を目指します」というものです。

 

この理念中にある「常に笑みを絶やさず」に対して、「病院では笑ってはいけない場面があるので、この表現は変えた方がいい」という意見が少なくありません。

笑みを絶やさずにいることの是非を、簡単には論じられそうもありません。

 

そもそも「笑み」とは何なのでしょうか?

 

「怪談」などの作品で知られる小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、「日本人の微笑み」の中で、「笑み」の意味に鋭く言及しました。その一節を御紹介いたします。

 

「日本人は死に直面しても微笑することができる。そして事実微笑する。そしてそのとき微笑するのも、それ以外のときに微笑するのも、理由は同じなのである。その微笑には挑戦もなければ偽善もない。また、その微笑を、われわれ西洋人がとかく性格の弱さと結び付けがちな、陰気な諦めの微笑と混同すべきではない。日本人の微笑は長い年月をかけて丹念につくりあげられた礼儀作法の一つなのである」

 

八雲は微笑みを礼節の象徴とし、沈黙の言語と捉えました。

 

ひどく落ち込んでしまったとき、どんなに身近な人であっても、どんなにありがたい言葉であっても、受け入れられないことがあります。慰め、いたわり、励ましがかえってつらく感じられることがあります。

 

そんな時の微笑みは言葉よりも雄弁です。

 

「微笑み」とは、八雲風に述べると、日本人に受け継がれた礼節の象徴であり、慈悲・慈愛を表す「無言の言葉」です。ベチシキ(苫米地式)で表現すると、非言語での内部表現書き換えです。

 

慈悲・慈愛に包まれたあたたかい「微笑み」を常に絶やさない存在でありたいと思います。

 

 ところで、最近「微笑み」という言葉について、ありがたい御意見をたくさんいただいています。“あの本”の中の私のインタビュー記事に関してです(微笑)。

 

 次回(F-004)は、そのインタビュー内容に関連したことをお伝えします。

 「続・楽しいことを見つけたことで発作が止まった患者さんが教えてくれたこと」です。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971739.html

 

 

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-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8159377.html

 

 

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PMⅠ:The Power of Mind

PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-06:情報空間-3

 

 中国の西遊記に、孫悟空と釈迦のエピソードがでてきます。

 

 自慢の筋斗雲に乗り、世界の果てのような遠くにまで行った悟空がその証拠に自分の名前を柱に書いて残したら、その柱はじつは釈迦の指であったという話です。

「上には上がいるので慢心するな」という例えで使われています。

 

 例えば、「あの人の存在は大きい」と言うときは、それは「あの人の情報的な重要性(機能、役割、影響力)は大きい」という意味であり、「あの人の体は物理的に大きい」という意味ではないことは当たり前のように理解できると思います。

 

しかしながら、私たちは物理的な視点に囚われ、つい低い抽象度で物事を認識してしまいます。

 

苫米地理論を未体験のほとんどの方々は、西遊記のこの話で例えられる釈迦の存在の大きさは物理的な大きさであると無意識に理解しているはずです。

 

でも、この話は釈迦の情報空間における大きさの例えであり、それは釈迦の抽象度がとんでもなく高かったことを表しています。

 

(つづく)

 

 

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PMThe Power of Mind

PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-05:情報空間-2

 

 総務省「ビッグデータの流通量の推計及びビッグデータの活用実態に関する調査研究(平成27年)」によると、データ流通量は2005年の約1.6エクサバイトから2014年には約14.5エクサバイト(見込)となり、2005年から2014年の9年間で約9.3倍に増大しているそうです。

 

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総務省「ビッグデータの流通量の推計及びビッグデータの活用実態に関する調査研究(平成27年)」より引用

 

情報量が増えているということは抽象度が下がっていることを意味しており、それはすなわち情報空間(情報宇宙)が下向きにますます拡大し続けていることを表しています。

 

 さらに、生命現象には時間という物理制約があることと合わせて考えると、「抽象度を調整し、本当に重要な情報のみを認識するスキル(=不要な情報はスコトーマに隠すスキル)」が情報化社会を生き抜く鍵であるといえます。

 

抽象度を下げることは容易にできますので、情報化社会を生き抜く鍵とは「抽象度を上げること」です。

 ここまでをまとめると、

 

・宇宙は情報空間であり、その中で一番下の抽象度に位置するのが物理空間である(物理も情報です念のため)

逆に表現すると、抽象度が最も低い物理空間の上に、広大な情報空間が階層的、多次元的に広がっている

・物理空間を底面とする情報空間(情報宇宙)は、どんどん(抽象度の)下向きに拡大している

・よって、「抽象度を上げること」で認識する情報量を調整する能力が、今後ますます重要となる

 

です。  

 

(つづく)

 

 

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F-002:ベチロン(苫米地理論)で「remember」を考察

 

 前回(F-001:やり場のない)のブログ内容について補足します。

 

 コーチングを受けると目の前の宇宙が大きく変化したように感じられます。同じ風景を見て、同じ言葉や音楽を聞いているようであっても、「認識↔理解↔評価↔判断」がそれまでと大きく変わっていくからです。

 

 例えば、「remember」という言葉。

 

 ふつうは「思いだす」「覚えている」「忘れずにいる」という意味で用いられます。要するに「記憶にとどめていて必要により引きだすことができる」ということです。

 

 それはベチロン(苫米地理論)を学び、ベチシキ(苫米地式)を実践する認定コーチも同じなのですが、一般の方々とコーチとは決定的に異なることがあります。

 

 コーチング未体験の方々にとってスコトーマ(心理的盲点)になっているものが何かわかりますか?

 

ポイントは「いつの記憶か?」ということです。

 

 コーチングを受けると「未来の記憶」ができあがります。

 

 ぼんやりとしたイメージ(picture)を言語化し(word)、それに過去の情動(「うれしい」「楽しい」などのemotion)を張り付けていくことで、そのイメージはリアルに変わっていきます。詳細はこのブログで解説していきます。

 

 まずは、コーチングを受けた人が「remember」するものは“未来”であることを理解してください。

 

 その「未来の記憶」を自らつくりだすスタートが「ゴール設定」です。

 

 

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Q-001:三現主義

 

コメントをいただきました。ありがとうございます。

 

「今回のブログも楽しみに待ってました。さて抽象度について改めてイメージできました。仕事柄、臨場感を忘れないように三現主義を意識し、なりたい自分をイメージする時には抽象度を上げることを意識して取り組んでおりますが、タケハラさんのブログで再認識できました。」

 

 

「三現主義」を調べると、「問題解決するときの1つの姿勢。『現場』に出向いて『現物』に直接触れ、『現実』をとらえることを重視する。 生産分野においてとくに重要とされてきたもので、日本の高度経済成長を支えた精神として認識されることもある。空理空論を展開するのではなく3つの『現』にアプローチすることは、あらゆる領域の問題解決において共通して重要である」(コトバンク)とあります。

 

 「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」というセリフが印象的な映画もありましたが、現場は一番情報量が多い空間ですので、現場感覚抜きではスコトーマができてしまう危険性があります(スコトーマ等のコーチング用語については第二章で解説します)。

 

 しかし、一方で、現場感覚にとらわれてしまうと、より自由な発想ができません。

 

そこで「抽象度」がポイントになります。

 

高い抽象度の情報空間と情報量の多い物理空間(現場)を行き来できる感覚が保てれば理想です。“現状の外”にある未来を志向した上で、高い抽象度で思考し、現場で施行する感覚でしょうか。
 苫米地博士がよく話される表現でいうと”ゲバラ主義”です。

 

「臨場感を忘れないように三現主義を意識し、なりたい自分をイメージする時には抽象度を上げることを意識して取り組んでおります」という言葉には、その感覚が含まれています。苫米地式認定コーチとして、私はあなたの成功を保証します。ぜひ新たな環境を楽しみながら、そのまま取り組んでください。

 

 最後に、今回のテーマをシンプルに語っているセオドア・ルーズベルト(アメリカ合衆国 第26代大統領)の言葉を紹介いたします。

 

どんな時でも目は星に向け、両足は大地を踏みしめよ

セオドア・ルーズベルト

 

 

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PMThe Power of Mind

PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-04:情報空間-1

 

 これまで「抽象度とは、情報空間における視点の高さをあらわす言葉である」と説明しました。

 

では、「情報空間」とは何でしょうか?

 

じつは、前回の思考実験は、「私たちが生きているこの世界が情報の世界であることを理解するワーク」でもあります。

 

 「ラブラドールレトリーバー」と「生物」は抽象度http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.htmlの違う概念でした。

抽象度は情報量で変わるので、その二つは情報量が違う概念といえます。

 

抽象度が上がるほど具体的情報量が減り、その結果臨場感が下がりイメージしにくくなった(はっきりと感じられなくなった)ということは、臨場感は情報が決めているということになります(より正確には「情報の記憶」です)。

 

 動物の多くは世界と五感でつながっています。見える情報(視覚)、聞こえる情報(聴覚)、匂える情報(嗅覚)、味わえる情報(味覚)、そして触れる情報(触覚)です。

 

 脳(特に前頭葉)の発達した人間は、さらに言語情報も含め世界を認識しています。

五感+言語という六つの情報入力経路(=モーダルチャンネルなんと、この言葉も苫米地博士の造語です)により得られた情報を処理して、私たちは「世界」としているのです。

 

つまり、私たちにとって目の前の世界とは、どこまでいっても情報だけで構築されている「情報空間」であるわけです。

 

 その「情報空間」のうち、五感ではっきりと感じられる世界のことを特別に「物理空間」と呼びます。

 

物理空間には物理法則という共通のルールが存在します。

共通のルールは「制約」や「秩序」と言い表すこともできます。さらには「恒常性維持機能(ホメオスタシス)」と考えることもできます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4831660.html

(つづく)

 

 

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PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-03抽象度とは? -3

 
抽象度が上がると具体的な情報量が減る分、より自由な想像を楽しむことはできますが、はっきりとしたイメージはしづらくなります(=臨場感が下がる)。

 

ちょっと思考実験をしてみましょう。

 

まず深呼吸を数回繰り返してください。

リラックスしたら、目をつぶり、「ラブラドールレトリーバーをなでている」場面をイメージしてください。実際に手を動かしたりしてありのままに感じてください。

 

どうですか?

 

柔らかい体毛の感触、弾むような息遣い、楽し気に揺れるしっぽ、うれしそうな瞳等々、あたかも目の前にいるように「ラブラドール」が感じられたのではないでしょうか。

 

では、同じようにリラックスして目をつぶったら、「生物をなでている」場面をイメージしてください。

 

先程と比べ、触れている感覚や見て、聞いている五感でのイメージが湧きづらい(作りにくい)のではないでしょうか。それが「臨場感が下がる」という体感です。

 

この「抽象度」と「臨場感」の関係は、コーチングはもちろん、ヒーリングにおいてもとても重要なポイントになりますのでぜひ実感されてください。

 

(つづく)

 

 

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-追記-

 「抽象度が上がると臨場感は下がる」というのは、じつは、コーチング入門者向けです。認知科学者 苫米地英人博士は「臨場感についての認識の誤解」とおっしゃいます。

抽象度と臨場感はまったく異なる軸です。情報量の大小は臨場感には影響していません。

詳しくは下記記事で↓

Q-159~:臨場感が薄れても高い抽象度のゴールをイメージし続けるのでしょうか?

https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_404758.html

 

F-001:やり場のない

 

 TOCANAで面白い記事を見つけました。

 簡単に説明すると、脳内での連結性の良さと音楽を聞いている時の鳥肌体験が関係しているそうなのです。

(「音楽を聴いて鳥肌が立つ人は『特別な脳』の持ち主であることが判明! 学者が大絶賛する脳構造とは?」http://tocana.jp/2017/10/post_14639_entry.html

 

 音楽を聞いて鳥肌立ちする人は「聴覚野と感情を処理する領域の神経線維の密度が高い」ということです。感情(情動)に関わる扁桃体は海馬の近傍にあり記憶とも強く関連していることより、「より深い審美的反応」には記憶が大いに関係していると想像できます。

 

 音や音楽には何かしらの記憶が強く紐づいています。

 

ベチロン(苫米地理論)的に表現すると「音楽がきっかけ(トリガー)となり、埋め込まれた記憶(アンカー)が容易に呼び起こされる」といえます。

 

 私は先週末、約20年ぶりにスキッド・ロウ(Skid Row)の「40 Seasons1998年リリース)」を聞きました。息子の送り迎えをする間に聞くために無作為に取りだしたのがたまたまそのアルバムだったのですが、久しぶりに聞いて“ある情動”が湧きあがりました。

 

 それは「やり場のない怒り」「抑えようのないフラストレーション」でした。

 

 細かいことは忘れたままにしておきますが、「40 Seasons」を買った頃はいろいろと問題を抱えていました。理不尽なことが多く、毎日がストレスフルでした(ちょうど結婚した頃ですが妻のことではありません...笑)。

 

 しかし、コーチとしての視点で振り返ると、問題なのはストレス源そのものではなく、「やり場がない」という感覚の方です。

 

 コーチングにより“現状の外”にゴールを設定し、アファメーション等でその臨場感を高めることができると、「やり場」ができあがります。

そうなると「怒り」や「フラストレーション」は、現状を打破し、ゴールの世界に向けて自らをブーストするエネルギーとなります。ゴールを実現するための創造性の源へと変わります。

 

20年前の私が今の私に語りかけているような気がしました。

「人々を苦しみから解放するために、ベチロン(苫米地理論)という福音を届けてくれ」

「あの苦しみを忘れることなく、コーチングで次世代を救ってくれ」と。

 

I remember you」を口ずさみながら、私は、思わず鳥肌が立っていました。

 

 

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171013ブログ用-2

 

PMThe Power of Mind

PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-02抽象度とは? -2

 

このように概念は階層を持ちます。

その階層を哲学や心理学では「フレーム」や「ゲシュタルト」と表現し、その階層を認識する視点の高さを「抽象度(ちゅうしょうど)」と呼びます。

 

階層は下位に下りるほどより具体的となっていきます。情報量が増えるのです。

反対に上位に上るほど具体的な情報は減り、より抽象的になっていきます。ただし、上位に上るほど潜在的な情報量は多くなります。

 

例えば、「犬」という概念は「ラブラドールレトリーバー」より具体的な情報は減りますが、「ラブラドール」や「チワワ」、「ブルドック」などすべての犬種を含んでいます。

 

ちなみに、この関係を数学的には、「『犬』は『ラブラドール』を包摂(または包含)する」、「『ラブラドール』は『犬』の外延である」と表現します。

 

 「抽象度が高い」ほど視点が上がるため、見渡せる情報世界は広くなります。

 よく「リーダーは俯瞰して思考せよ」などと表現されますが、この「俯瞰する」が抽象度を上げることに相当します。

 

抽象度が高いということは、それだけ高い視点より物事を見ており、よりたくさんの情報にアクセスすることが可能となるわけですので、あとで解説するスコトーマ(心理的盲点)を外しやすくなります。

 

 「組織はリーダーのレベルを超えることができない」や「リーダーの限界が組織の限界を決める」などの言葉は、リーダーの抽象度の高さが見渡せる情報世界(クリプキのいう可能世界)を決めてしまうことを表しています(本当に決めるかは、コンフォートゾーンなど他の概念やマインドの力も関わってきます)。

 

 一方、抽象度が高いほど見渡せる世界は広がるのですが、具体的な情報量は減っていくので漠然としていきます。それを「臨場感が下がる」と表現します。

 

 「ラブラドールレトリーバーをイメージしてください」と「生物をイメージしてください」では、だいぶ想像するものが違いますよね。

 

抽象度が上がると具体的な情報量が減る分、より自由な想像を楽しむことはできますが、はっきりとしたイメージはしづらくなります(=臨場感が下がる)。

 

(つづく)

 

 

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PMThe Power of Mind

PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-01抽象度とは? -1

 

「抽象度(ちゅうしょうど)」は、苫米地博士のことをご存じの方にはおなじみの言葉です。

 

 「抽象度」とは、情報空間http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516539.htmlにおける視点の高さを表すもので、分析哲学の中の存在論における「Levels of Abstraction」という概念の日本語訳です。

有名な話ですが、日本語訳の際に「抽象度」と造語されたのは苫米地博士です。

 

 例えば、我が家には「さくら」という名前の物理的実体が存在します。

ひとつ視点を上げてみると、「さくら」は「ラブラドールレトリーバー」となります。

 

さらに視点を上げると「犬」。さらに上がっていくと「哺乳類」→「動物」→「生物」となります。

この視点の移動を「抽象度が上がる」「抽象度を上げる」と表現します。

 

私が「犬」という言葉をイメージしたとき、そのイメージはこの世に一匹しかいない我が家の「さくら」のことです。物理空間に実在する具体的な存在です。妻が私に「犬を散歩に連れて行って」とお願いしたとき、その「犬」とは「さくら」のことです。

その「さくら」の上位概念が「ラブラドールレトリーバー」です。

 

具体的な存在である「さくらという名のラブラドールレトリーバー」ではなく「ラブラドールレトリーバー」と考えた場合、「さくら」はもちろんカナダにいる「ラブラドール」も、今は生きていない過去に存在した「ラブラドール」も、これから生まれる未来の「ラブラドール」も、全て含まれることになります。

 

具体的な存在(物理空間での実在)が、抽象的な概念(情報空間での存在)へと変わったことを意味します。

 

そして「ラブラドールレトリーバー」の上位概念である「犬」という考え方をすると、「チワワ」や「ダックスフンド」、「柴犬」や「セントバーナード」などすべての犬種が含まれます。

 

当然その「犬」という概念には(ちょっと古いですけど)「ラッシー」「カール」「ベートーベン」といったTVや映画の中の犬も、「流れ星 銀」など空想上の犬も含まれます。

 

「犬」の上位概念である「哺乳類」と考えたときは、「牛」や「馬」、「猫」や「キリン」も含まれ、さらに上位の「動物」では「ヒラメ」や「カエル」、「ヘビ」や「ニワトリ」も含まれます。

 

もちろん「人間」である「わたし」や「あなた」もです。

 

(つづく)

 

 

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PMThe Power of Mind Ⅰ

PM-00:序章

PM-00-00:はじめまして

 

はじめまして。

後に詳しく述べさせていただきますが、私は幼少の頃より仏教に触れていたこともあり「縁」を意識して生きてきました。

このブログにアクセスし、そして読み始めてくださったことが、皆さんと皆さんを支える方々の未来を、さらに素晴らしい方向に導く“いい御縁”になることを願っています。

 

あらためまして、こんにちは。

私は苫米地式認定コーチ、同認定マスターヒーラーのCoacH Tです。

 

地元の鹿児島大学医学部を卒業し、鹿大リハビリテーション科に入局した後、禅道場をもつ病院に内科医として就職しました。

2007年夏に突然院長に就任することになり、病院の代表として鹿児島県の精神医療に携わるようになりました。さらに地元の地区医師会理事として、医療・福祉行政にも深く関わるようになりました。

 

そんな私を知る方々は、仕事でも、プライベートでも、充実した日々を送るエネルギッシュな若手院長と思っていたはずです。実際に、職場でも家庭でもつねに笑顔に囲まれていた私は、「やっとここまで来た」という満足感とともに確かな幸せを感じていました。

 

しかし、そんな満足感の一方で、私には世間のすべてが色あせて見えていました。

 

黒い霧の中に閉じ込められているような感覚に不意に襲われ、動悸やめまいにより日常生活に支障をきたすことがよくありました。

 

「何かがおかしい」

 

そんな漠然とした不安にとらわれていた200910月、私は、認知科学者 苫米地英人博士と情報的に出会いました。まるで雷に打たれたような衝撃を感じたことを、今でもはっきりと覚えています。

 

その日を境に、私の人生は激変しました。博士との御縁により、宇宙がダイナミックに変化し続け、どんどん立体的に、そして多次元的になり、明るく輝いて感じられるようになったのです。

 

The Power of Mind

 

博士に学び続ける中で、日に日に強く、そして鮮明に感じるようになったものが、この「The Power of Mind」という言葉で表されるイメージです。そのイメージはますます大きくなり、「博士に学ぶ知識やスキルを日本中に届けたい」「医療・福祉や教育の世界とコーチングをconnectしたい」という強い思いに変わっていきました。

 

医師としての日々の診療の中でいつも感じていることがあります。

「自身のマインドの力を取り戻した人は、心も体もどんどん元気になっていく」ということです。

その元気が身近な人に広がっていけば、家庭が、職場が元気になります。

それが世の中に広がっていけば、いつかきっと差別のない平和な世界が実現します。

心からその実現を願い、そして、その実現を確信するようになったとき、私のゴールは苫米地博士のゴールと重なりました。

 世界から戦争(争い)と差別をなくす

...その後幸運が重なり、苫米地博士に直接学ぶようになり、私は苫米地式認定コーチ、そして苫米地式認定マスターヒーラーとなりました。

 

医師で、院長で、認定コーチで、認定マスターヒーラー

 

博士からマインドについて教わり、それを実行することで、すべては順調に進むはずでした。しかし、実際は、私が苫米地理論を届けようとすればするほど、職場から笑顔は消えていきました(少なくとも経営レベルでは)。「このままではヤバい」と思った私は、「なんとかしたい」という願いとともに全力で挑み続けました。

 しかし、残念ですが、思いどおりにはいきませんでした。

 

一度立ち止まり、自らを見つめなおし、そして、再び“現状の外”に飛びだすために明らかになった問題点とその解決策を言語化しようと決意したことが、文章化のスタートとなりました。

 

ベチロン(苫米地理論)自体は、博士御自身が書籍や講義DVD、会員限定サイト「クラブ苫米地」、そして無料で視聴できるYou Tube公式チャンネルといった様々な媒体で、ものすごいペースで、とてもクリアに御教授されています。さらにアカデミーやワークス、単発のセミナー等で直接指導をされています。

その教えを受けた者が、実際に実装化していく様を泥臭く伝えてみるのも大きな意味を持つのではないかと思ったのが、文章化の2つ目の理由です(苫米地博士には「うまくいかない」はなさそうですもんね)。

 

3つ目の理由は 第七章に書きました。ぜひ、最後までお読みください。

 

第一章は、ベチロン(苫米地理論)の核である超情報場仮説とその理解に必要な抽象度や情報空間という概念についてまとめました。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12893266.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html


第二章は、ベチロン(苫米地理論)の中で基礎的な概念を解説いたします。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12936581.html
 
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124522.html

第三章は、自己紹介を兼ねてこれまでの人生をベチロン(苫米地理論)で振り返ります。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12936675.html
 
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124523.html

第四章は、医療・介護現場での常識や取り組みをベチロン(苫米地理論)で考察いたします。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13076878.html
 
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124524.html

第五章は、教育の現場でのスコトーマをベチロン(苫米地理論)で外していきます。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13077001.html
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124525.html

第六章は、第三章でも取りあげる院長として働いていた職場への苫米地式コーチング導入の取り組み(挑戦)が“失敗”してしまった理由を検証し、進化・向上し続ける組織をつくるための重要なポイントについてまとめます。これからベチシキ(苫米地式)を導入しようという方々への有意義な参考(戒め)となれば幸いです。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15110477.html
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124527.html

 

最後の第七章は、未来について書きました。新たなゴールです。

“現状の外”へのゴール設定が、強力なコンフォートゾーンを抜けだすエネルギーと創造性を生みだします。ぜひ私の“気”を感じてください。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/16947223.html
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124528.html

 

このブログを通じて私がお伝えしたいことは、「抽象度を上げること」の重要性です。それはもちろん、ベチロン(苫米地理論)の根幹にあるものです。

 

「抽象度を上げるとはどういうことか?」、そして、「なぜそれが重要なのか?」を問いながらお読みいただくとスコトーマが外れやすくなるように書いています。可能な限り繰り返しお読みください。

それではリラックスして、お楽しみください。

ようこそ、苫米地情報場ワールドへ

 

 

苫米地式認定コーチ                        
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CoacH T(タケハラクニオ)  

 

 

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