F-110:情報が書き換わると現実が変わる vol.1;言語編
情報が書き換わると現実が変わる
…と言われたら、皆さんはどのようなことをイメージしますか?
私がそんな話をしだすと、多くの方々はまっすぐ聞いてくださいますが、「またバカなこと言っている」「幸せそうですね。宗教ですか」といった冷笑系、「私のせいだと言いたいのですか」「ならばどうしろというのですか」といった挑発系、そして「そんなこと言われてもわかりません」「どうせ私にはムリです」といったパニック/落胆系など、様々な反応をいただきます。
そのような反応に共通しているのは「はなから拒絶」という姿勢。強い偏見や頑なな思い込みが生みだすその姿勢は、過去の何らかの記憶がつくりあげたブリーフシステムの表出です。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html
現実は情報(処理)が生みだしており、情報が書き換わると現実が変わります。
そのことに(おそらく)最初に言及したのは2600年前の釈迦であり、「関係が存在を生みだす」という縁起を用いて説明しました。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html
突き詰めると「この世に絶対はない(アプリオリなものはない)」「この世は心(マインド)がつくっている」といえる縁起の思想は、コーチングにおいて「夢をかなえる方程式 I×V=R」として応用されています。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html
その一方で、ますます進化している情報を書き換える技術は、現実をさらにダイナミックに変えることを可能にし、既得権益の強化に悪用されています。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_383531.html
今回は、身近な話題から国家規模の策略まで、「情報が書き換わると現実が変わる」ことをテーマにシリーズでお届けします。
…まず身近な話題から。
「気楽」をテーマとした前回(F-109)の記事の最後に「take it easy」という言葉を書きました。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/19980130.html
「take it easy」は1)気楽にやる・あせらない という意味で用いられますが、他にも2)「無理せず頑張って」といった励まし、3)「無理言わないで」「落ち着いて」といった声掛け、4)「またね」「じゃあね」といった別れ際の挨拶 として用いられます。
つまり、同じ場所・場面であっても、その状況により意味が変わるのです。これは情報(この場合は「状況」)が書き換わると現実(「意味」)が変わることを示しています。
さらには、状況(情報)によって同じ言葉なのに意味(現実)が変わるだけでなく、同じ状況(この場合は「現実」)なのにそれを表す言葉(「情報」)自体が変わる場合もあります。関係は双方向なのです。
例えば、ネットなどで「笑い」を表現する方法はどんどん変化しています。
以前から雑誌の対談記事などで(笑)が使われてきました。対談相手がここで笑ったということを示すことで、楽しい雰囲気を伝える(臨場感を上げる)ためです。
やがて、それがネットの掲示板に広がり「藁(わら)」といったバリエーションが生まれました。ローマ字入力しかできない媒体などでは(warai)と表示されるようになり、それが短縮され(w)になったといいます。
ニコニコ動画などで再生画面にコメント入力ができるようになると、笑いの度合いをwの数で表すようになりました(「www」「wwwwww」など)。大爆笑時に画面が「wwwwwwwww」で埋め尽くされる様子が草原のように見えることから「笑える=草生える」となり、SNSの普及によりシンプルな「笑=草」という表現が生まれました。
さらに2018年頃からは「草」に代わって「竹」がひろがり、「竹生える」「竹不可逆」等のように使われているそうです。まずは「笑」が「草」で表されるようになり、その度合いにより →「大草原」→「竹(T)」との表現が生まれ、今では →「森」→「山」→「アマゾン」まで広がっているとのこと。まさに無常ですね。
そういえばこのブログでもいつの間にか「笑」が「w」に置き換わっています。真面目でかたいテーマが多いのですが、たくさん「竹生える」ように、今後も取り組んでいきたいと思いますTTT。
(F-111につづく)
苫米地式認定コーチ
苫米地式認定マスターヒーラー
CoacH T(タケハラクニオ)
-追記-
世の中の目を欺き、真実を隠すことを目的とした報道を「スピン報道」と呼ぶそうです。
中島みゆきさんの代表曲「時代」の中に「まわるまわるよ 時代はまわる」という歌詞がありますが、“時代”をまわしてきたのは「スピン報道」に代表される情報(印象)操作なのかもしれません。どんどん発達する技術により、今後ますます「時代はまわる」のでしょう。
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F-034~ 「何もないところからレンブラントを発見」は正しい?
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_268332.html
Wikimedia Commonsより引用
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