F-107:超実写版「ライオン・キング」で描かれた“超現実”を生きる極意 <後編>

 

 前々回(F-101~105)は、映画館での体験をきっかけに考えたことをまとめました。

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 今回も映画に関する話題です。2019年夏に公開された映画「ライオン・キング(The Lion King)」から得たインスピレーションをまとめます。

 前回(F-106)は“超実写”という言葉にフォーカスをあてて考察しました。

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…AERAのインタビュー中に「コンピューターでこれほどリアルな映像を作れるとなると、フェイクニュース動画も簡単に作ることができそうです。映像技術を極めたからこそ、これはやってはいけないと自分を律していることはあるのですか?」と質問されたジョン・ファブローは、「技術の進歩は誰にも止められない。でも技術で一番大事なのは人々を結びつける力だと思う。社会のいろんな問題も技術で解決できる。そういう技術の可能性に対する感受性や責任感を持つことが大事だと思う」と答えています。

 

 では、その感受性や責任感を持つために欠かせないこととはなんでしょうか?

 

 …答えはもちろん「ゴール」です。ゴールが目の前のすべてを生みだします。

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 今回は、ゴール設定の際に重要になるあるポイントについて取り上げます。じつは、そのポイントとは「ライオン・キング」で描かれたテーマそのものでもあります。

 

 

 …「ライオン・キング」の監督 ジョン・ファブローは、MCU(Marvel Cinematic Universe)ではアイアンマン/トニー・スタークの運転手兼ボディーガード ハッピー・ホーガンを演じています。前回も取り上げたMCUの最新作「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム(SFFH)」では準主役級の活躍を見せていました。

 

 監督であり俳優でもあることについて質問されたあるインタビューでは、「僕にとっては監督も俳優も、どちらも同じ『ストーリーテリング』なんだよね」と答えています。

 

これは「監督」と「俳優」という違うもの(機能)を、ひとつ上の次元(LUB:Least Upper Bound、最小上界)で同じ「ストーリーテリング」という機能とみる視点であり、抽象度が上がっています。

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http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

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 「ライオン・キング」のストーリーも、ファブローのコメントと同じように、抽象度を上げることの重要性を訴えていました。

 

 (ここからネタばれを含みます。未視聴の方は、「…ところで、監督 ジョン・ファブローの~」まで読み飛ばしてください)

 

 幼い頃心に傷を負った主人公 シンバは、青年時代は自分にプレッシャーをかけずに、リラックスした自由な生活を楽しみます。合言葉は「ハクナ・マタタ(Hakuna Matata)」。スワヒリ語で「どうにかなるさ、くよくよするな」という意味です。

 そんな楽しい生活に幼なじみのナラが現れます。危機に瀕する王国を救うべく助けを求めて旅をしていたのです。逡巡したシンバでしたが、みんなのために運命に立ち向かうことを決意します。

 

 それは自分の役割・機能を自ら選択し(ゴール設定)、自身の意志で王という束縛に戻ったことを意味します。「ハクナ・マタタ」的な自由は失いますが、「自らに由る」という釈迦哲学における自由を得る行為といえます。

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 その時、シンバのマインドでは抽象度が上がりました。自分一人の幸せより王国全員の幸せを優先しているからです。それは個の存在を、より大きな存在の一部とみなすことでもあります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

 そして、それはより大きなゲシュタルトをつくりあげること。

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 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7383761.html

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 ゴールの抽象度を上げる!

 …そんな映画のテーマ(願い)が、主題歌のタイトル「サークル・オブ・ライフ(Circle of Life)」に込められています。

 

 そして、抽象度を上げることは、前回(F-106)の最後で触れた「情報を操作する(操作される)ことで、世界を書き換える(書き換えられる)」ことを悪用しない(させない)ための「感受性や責任感」の鍵となるものでもあります。

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 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

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…ところで、監督 ジョン・ファブローのインタビュー記事で興味深いコメントを見つけました。以下、withnewsからの引用です(2019年8月5日配信)。

 

一人で生きているつもりでも、どこかで結局、関わってしまう。すべてはバランスなんだ。人生をストーリーだとすれば、そこには生や死、幸運も悪運、喜ばしいこともそうでないこともあって、我々はその両面にどうリアクションするか、常に問われている。
 大事なことは、サークル・オブ・ライフもハクナ・マタタもどっちもあって、それぞれ必要。だからこそ、「責任」「自由」のどちらかに偏ってしまうのは危ぶまれることだ。
 世界はみんなつながっている。テクノロジーによって、それはさらに狭くなった。この時代に、自分と他者との関わりについて、動物たちの物語をきっかけにぜひ、考えてみてほしいな。物語っていうのは、そういうことのためにあるわけだからね。

 

 …コーチングでいうと、職業や社会に対してのゴール(サークル・オブ・ライフ)も、趣味のゴール(ハクナ・マタタ)も、同じように大切にしてバランスをとるということ。

 

つまり、「ゴールの抽象度を上げることバランスホイールをうまくとることを両立させることが、“超現実”を生きる極意といえそうです。

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 「ゴールの抽象度を上げること」と「バランスホイールをうまくとること」

 …それを意識し続ければ、MCUでのファブローの役名のとおり“ハッピー”になれるはず!

 (もっとも、映画の中ではハロルド・“ハッピー”・ホーガンはいつも仏頂面でしたけどw)

 

 

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