Q-102:リハビリが必要な状態なのですが、病院からは「早めにでてほしい」と言われています。どうしたらいいでしょうか? <後編>

 

 

Q:母が脳出血で入院しています。まだまだリハビリが必要な状態なのですが、病院からは「いっぱいなので早めにでてほしい」と言われています。どうしたらいいでしょうか?

 

A:医師として、そして苫米地式認定コーチとして助言させていただきます。

 前々回(Q-100)は医師として回答し、前回(Q-101)はコーチとして回答いたしました。

 Q-100:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/18797109.html

 Q-101http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/18911401.html

 

 

 …ところで、私の師である認知科学者 苫米地英人博士の著書に「がんを克服できる脳」(主婦と生活社)という本があります。その第三章は「家族の協力ががんを克服する」です。「がん」を「病気」に置き換えると、大切な家族が何らかの病気になってしまったときの心がまえを学ぶことができます。ぜひ参考にされてください。

 以下、同書から引用します。

 

 看病の目的

 なぜ、私がこんなくどく体感や納得について言うのかといえば、周囲の人々が、患者自身の体感や納得を崩してしまう可能性があるからです。

 看病する期間が長くなったり、容体が悪くなると、病人以上に周囲は動揺してしまいます。そして、本来の目的を忘れてしまって、「少しでも長く生きるにはどうしたらいいか?」「せめて残された日々を素晴らしいものにしてあげたい」といった方向にシフトしてしまいそうになります。

 しかし、そういった気持ちはいずれも、患者の死が前提です。心の底で死を決めてしまっています。その気持ちこそが最もプラセボ効果を引き下げ、患者を本当に死に導いてしまいます。

 あなたは病人を死なせたいですか? 死なせたくないですよね。ならば、あなたの心の中でも死なせてはいけません。

 残された時間を大切にという、あなたがよかれと思ってしていることが、逆に、彼を、彼女を苦しめているかもしれないのです。特に、病と闘おうとしている人にとって、その考え方は得策とはいえません。

 看病の本来の目的は、患者が病を治そうとするのをサポートすること。それを忘れてはいけません。「でも、もしも、本当に死んでしまったらどうするの? やり残したことがいっぱいあったかもしれないのに」と、それでも思うのが家族だと思います。しかし、人間はほぼ全員、何か思い残して死んできます。やりたいことをやり残し、言いたいことを言わずに死んでいきます。そして死はある日突然やってくることだって往々にしてあります。死は逃れようもなく、万人にやってきます。

 たしかに、病人を見ていれば、「残った時間の中で、せめてこれだけでもしてあげたい」という気持ちになるでしょう。しかし、その気持ちは人生のタイムリミットを勝手に決めてしまう行為です。

 つらいとは思いますが、どうか“せめて”という気持ちは捨ててください。それは病を克服して、本人がやればいいことです。

 そもそも残された時間ってなんですか? 医師が言った余命ですか? あれはただの平均値です。がん罹患者全員がそうなるとはかぎりません。しかし、私たちは、医師の言葉をどうしても重く受け止めてしまいます。

 ですから一度冷静になることも必要でしょう。そうすれば、平均値のもとになるデータが実はかなり曖昧だということも見えてくるはずです。

 例えば、生存率曲線というものがあります。これを見ると治療期間が長ければ長いほど生存率も下がっていきます。これによって、がんは治療が難しい、死の病というイメージがついていますが、近藤医師などは、「これは治療をするから死ぬんじゃないの?」というまったく別な分析をしています。要は、データというのは分析の仕方、仮説の立て方次第で、とらえ方は180度変わるということです。

 思い出してください。普通に生活している時、私たちは平均値で物事を判断していますか? どちらかといえば、「平均値でしょ」とバカにしているくらいです。であるのに、なぜ、がんの時だけ、平均値を受け入れてしまうのですか?

 私たちは病気を目の前にすると、通常の判断ができなくなってしまう時があるのです。それがまさに、容体が悪くなってしまったり、余命宣告を受けた時です。

 そういう時こそ、家族は看病の目的に立ち戻らなければいけません。看病の目的とは、患者が病を治そうとするのをサポートすること。これだけです。

 もしも、心の中に“せめて”という言葉が出てきたら、必ずそこで立ち止まって、看病の目的をもう一度考えてください。

 

 

 …脳出血に限らず、病は大変な出来事です。

 しかし、希望を失わずに自分で見つけたゴールに向かって日々を生きることができれば、人は自然と笑顔を取り戻すことができます。希望を失わない限り、笑顔のまま人生を全うすることだって可能です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_268334.html

 

 そんな生き様や死に様は、大切なあたたかい教えとして、愛する人たちに受け継がれていくはずです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

再度述べますが、希望がゴールとして結実するように、ぜひぜひお母さんを導いてあげてください。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8045695.html

 

私は、家庭に、医療・介護現場に、地域に、笑顔が広がっていくことを願いながらコーチングを届ける活動を行っています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15395021.html

 

 パーソナルコーチングはもちろん、コーチングを用いた組織研修等に興味のある方は、ぜひ御連絡ください(ある医療機関ではコーチングを応用したリスクマネジメント研修を行う予定です)。御質問・御相談も受け付けています。

 連絡先(メール):coachfor.m2@gmail.com

 

御連絡をお待ちしております。

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 引用文中に「要は、データというのは分析の仕方、仮説の立て方次第で、とらえ方は180度変わるということです」とありますが、その分析にディベートがとても役に立ちます。現代ディベート論理はトゥールミンロジックと呼ばれています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_254557.html

 

 「The Power of Mind Ⅰ」第六章では、私の“失敗”についてたくさんの仮説を立て(エクスプラネーション・パターン法)、その仮説をもとに修正法を考案しました(トゥイーキング)。

 「The Power of Mind Ⅰ」第六章 目次(PMⅠ-00-06):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15110477.html

 

 

がんを克服できる脳