ブログ・シリーズ編

S-02:自由に生きるために ~マナー、ルール、モラルについて考える~

S-02-01ケース別考察 -1

 

 「マナー」「ルール」「モラル」は(議論を通じて出来上がった)誰もがよりよく生きるための約束事のはずですが、一方でお互いの自由を奪い合う装置として働きます。
 ただし、その3つには明確な違いがありそうです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_292569.html

 

 このシリーズ編第2弾(S-02)では、自由に生きることをテーマに、マナーやルール、モラルについて考察します。ぜひ皆さん自身の自由について思いめぐらしながら読み進めてください(Don’t think. Feel!)。

 告知(I-030):

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17320680.html

 S-02-00(目次):

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/17563396.html

 

 

01:ケース別考察 -1

 

皆さんはマナーとは何か不思議に思ったことはありませんか?

 

ある場面(地域)では「良いマナー」だったことが、違う場面(地域)では「悪いマナー」として非難されたことはありませんか?

 

子供に「マナーとは何?」「ルールとはどう違うの?」と聞かれたらどのように答えますか?

 

まずは、いろいろなケースで考察してみましょう。

 

 

case 1> 
 食後にげっぷをしてしまった

 

「マナー違反」と感じる方が多いと思いますが、じつは中国では食後にげっぷをすることは儀礼に適っているのだそうです。よって、欧米では「マナー違反」、中国では「マナー違反ではない」ということになります。

 

たとえげっぷに厳しいアメリカであっても罰せられることはないでしょう。よって、「ルール違反ではない」と(たぶん)いえます。

 

もし、他に誰もいない状況であれば、マナー違反でもルール違反でもないはずです。

 

 

case 2

映画を見ているが、携帯電話の電源を切らず、マナーモードにもしていない

 

映画館であれば「マナー違反」です。

 

映画館の会員であり、同意した利用規約中に「映画中は携帯電話の電源は切る」ということが明示されていれば、上記行為は「ルール違反」といえます。実際に罰せられるかどうかはまた別の論理です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

 

もし、映画を見ているのが自宅であればどうでしょうか?

 

一緒に見ている人が嫌がれば「マナー違反」といえます。もしも「○○家の掟」みたいな共有する約束事があれば「ルール違反」にもなります。

 

先程のケースと同じく、他に誰もいない状況であれば、マナー違反でもルール違反でもありません。

 

 

case 3

会社内で上司とすれ違ったときに、(挨拶ではなく)会釈をした

 

これは相手(上司)の状況によります。

 

その上司が他の人(とくに社外の人)と会話中であったり、電話中であれば、声をだして挨拶することの方が「マナー違反」といえます。

 

一般的には部下が上司に挨拶や会釈をしないことは「マナー違反」だといえますが、たとえ会釈をしなかったとしても「ルール違反」となることはないでしょう。

 

 (S-02-02につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

-追記-

ときどき教育現場での厳しい校則が話題になります。たとえ校則違反ではなかったとしても、学校で生徒が先生にあいさつや会釈をしなかったら、きっと怒られるでしょう。

そのように私に思わせるのは、情動記憶でつくられた(私の)ブリーフシステムです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 

-関連記事-

シリーズ編第一弾(S-01)「よりよい“議論”のために」

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_254557.html