F-085:「ダメ。ゼッタイ。」を超える! -2/5

 

 過去のブログ記事(フリーテーマ)で、医療目的で大麻が用いられるケースがあることに触れました。

 F-082http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/16660575.html

 F-083http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/16800020.html

 

日本では大麻を医療目的で使用することはできません。大麻どころか、すでに認められている医療用麻薬(オピオイド)の消費量も国際比で圧倒的に少ないことが明らかになっており、人権の観点で問題視されています。

 その一方で、麻薬の規制が緩く「生権力」という束縛から解放されているはずの国々では、「オピオイドクライシス」と呼ばれる過剰摂取や中毒死の問題が生じています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_292569.html

 

 では、どうすればよいのでしょうか?

 

 その具体的解決法について、コーチとして提言します。

過去の記事(F-082083)は、ディベートでいえばケースサイドに相当します。さらにケースを検証し(F-084F-085)、その後ケースに対するプランを提案します(F-086F-087)。最後(F-088)はワークです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

 F-084:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/16948245.html

 

 キーワードは「内部表現の書き換え(情報場の移動)」。

 そして、その「内部表現の書き換え」のポイントは

このシリーズの最後で。            

 

 

 今の日本はまだ「オピオイドクライシス」とは無縁です。「ダメ。ゼッタイ。」に代表されるような活動が功を奏しているからです。

(悪く言うと、「生権力(バイオパワー)」として機能しているから)

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_292569.html

 

 しかし、米国でのオピオイド蔓延の引き金になったとされる非がん性慢性疼痛に対してのオピオイド処方は、(条件付きではありますが)2010年から日本でも解禁されています。

 つまり、ここ日本でも「オピオイドクライシス」は起こりえるのです。

すでに専門の医師からはオピオイド鎮痛剤を慢性疼痛に用いることの問題点が指摘され始めています。

 

 そのポイントは、「がん患者のような劇的な効き目はほとんどないが依存は強い」「身体的な痛みの緩和といった当初の目的とは異なる目的 -例えば、不安の解消、憂鬱や倦怠感の緩和― で使用されていることが多い」「身体以外の辛さを改善してしまうことが依存化の原因になっている」というものです。

 

 日本で多く用いられる鎮痛剤(ロキソニンやボルタレンなど)は非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDNon-Steroidal Anti-Inflammatory Drug)で、炎症が生じている局所(末梢)で抗炎症作用や鎮痛作用を発揮します。

 それに対してオピオイドは中枢神経に作用する薬であり、情動や認識・理解・評価・判断といった高次の情報処理、そして、その結果としての行動にまで影響を与えます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/15833962.html

 

スポーツや芸術の世界でたびたび薬物が問題になるのは、オピオイドが精神にまで作用することで「ケガは治ったがなかなか調子があがらない」や「以前のような作品がつくれない」といった心理・精神的、あるいは社会的なストレスまで軽減するからです。

しかし、薬物の影響が薄れるとまた不調に陥ることになります。そこでまた薬物に手をだす そんな悪循環の結果、依存が完成します。

 

 この構図は、緩和ケアの領域で用いられるトータルペイン(Total Pain)の概念を用いると理解しやすいはずです。

 

現在の緩和ケアは、その緩和する対象となる問題(苦痛)を「身体的」「心理的(精神的)」「社会的」「スピリチュアル的」の4つに分類します。さらに、それぞれ個別に捉えるのではなく全体として捉えるために「トータルペイン(Total Pain)」として考えます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8293317.html

 

 「身体的」「心理的(精神的)」「社会的」「スピリチュアル的」という様々な問題(苦痛)を「トータルペイン」と一つにみなすこと、そして、それと同時に「トータルペイン」という全体からそれぞれの問題(苦痛)の意味を考えることは、ゲシュタルト(部分と全体の双方向性の関係性)としてとらえることです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6193912.html

 

 それは抽象度を上げて人生全体を考えることになり、個を超えて“自分”を定義しなおすことにつながります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 

そしてそれは、「宇宙の構造と生命(現象)の関係」を正しく認識することではじめて可能となります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/14106619.html

 

 

 具体的に、オピオイド鎮痛剤を慢性疼痛に用いることの問題点(「がん患者のような劇的な効き目はほとんどないが依存は強い」「身体的な痛みの緩和といった当初の目的とは異なる目的 -例えば、不安の解消、憂鬱や倦怠感の緩和― で使用されていることが多い」「身体以外の辛さを改善してしまうことが依存化の原因になっている」)で考えてみましょう。

 

がん患者は増大するがんそのものや転移による物理的な刺激で強い痛みを感じています。そんな物理空間の痛みに対して、局所(末梢)の抗炎症とともにオピオイドで中枢神経に働きかけることはとても有効です。

一方、慢性疼痛は物理的な刺激よりも精神的(情報的)な要因が大きいといわれています。例えば、日本に3000万人いるとされる腰痛でいえば、原因が特定できるのが約15%。残りの85%は原因特定が難しく、その多くはストレス性です。

 

つまり、慢性疼痛に対してのオピオイドは、「そもそもがんに比べ物理的な刺激が少ないために思ったほどの効果がでない」といえ、その一方で「心理・精神的な要因を一時的に(多少なり)解決するので依存になりやすい」のです。効果が一時的なのは、物理法則に従い薬効が時間とともに弱まっていくからです。

 

 ところで、これからの日本を脅かすであろう「オピオイドクライシス」に対して、新たな“オプション”を有効活用しようという主張(クレーム)があります。その“オプション”とは「カンナビジオール(CBDCannabidiol)」。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

 

 CBDは麻(薬用の大麻以外にも)に含まれるカンナビノイドのひとつです。カンナビノイドとは麻(大麻草)に含まれる化学物質の総称で、窒素を含まずに酸素・水素・炭素からなるのでアルカロイドには分類されません。

精神運動学習や心理的な機能への影響がなく、乱用・依存・身体依存・耐性といった問題がないため、医療への応用が可能と考えられています。日本でもすでにCBDを含有する健康食品が流通しています。

 

 私のCBDに対する立場は△です。確かに有効な“オプション”かもしれませんが、治療の本質ではないからです。

 

F-086につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

オピオイド-2(Wiki)

Wikipediaより引用