F-061:バイオパワー(生権力)-前編-

 

 シリーズ編「S-01-19:コーチング的視点で考えるバイオパワーの問題」に関連して、たくさんの御意見をいただきました。ありがとうございます。

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 フーコーの「監獄の誕生」を片手に、あらためてバイオパワーについて考えてみました。三回に分けてまとめます。

 

 

 まず「バイオパワー(生権力)」について説明いたします。

 

「人々の生活の中で、その営みを行うための日常的な関係の中から自然に生みだされる権力」を「生権力(せいけんりょく)」、英語では「Bio-power」といいます。

 

「バイオパワー(生権力)」は功利主義の原理を確立したイギリスの哲学者ジェレミ・ベンサム(17481832年)の「パノプティコン」という概念がもととなっています。

この概念を拡大して、フランスの哲学者ミシェル・フーコー(19261984年)が著書「監獄の誕生」(1975年出版)で提示した概念が「バイオパワー(生権力)」です。

 

「パノプティコン」とは、最小限の監視費用で犯罪者の更生を実現するための装置として考案された、監獄を見張る一望監視システムのことです。

監獄に設置された高い塔の上に看守がいて、その看守たちが囚人を見張ります。いつも監視されているわけではないのですが「見られているかもしれない」という不安・恐怖が監獄からの逃亡や暴動を防ぎます。

 

フーコーは、そこに「バイオパワー(生権力)」が働いていることを看破しました。

 

近代以前における刑罰は、権力者の威光を示すために犯罪者の肉体に対して直接与えられるものでした。例えば、公開の場で行われる四裂き刑、烙印、鞭打ちなどです。

こういう直接的な力の行使により成立する権力を「主権力」といいます。

 

近代以降の刑罰は、犯罪者を監獄に収容し精神を矯正させるものとなりました。これは人間性を尊重した近代合理主義の成果と一般には思われています。

しかし、フーコーはこうした見方に疑問を呈しました。監獄に収容された人間は、常に権力により監視され(パノプティコン)、家畜のように従順な存在であることを強要されているからです。モチベーションでいえば、「want to」を奪われ、「have to」を強制された状態です。

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 今年(2018年)は、相撲、サッカー、レスリング、アメリカンフットボール、ボクシング、体操とスポーツ業界で不祥事が続きました。もちろん、今話題の日産自動車に代表されるように、様々な業界で同様の問題が生じているはずです。

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 どのケースにおいても、絶対的な権力(既得権益)が存在しています。そして、その権力に楯突く者を排除するという構図が垣間見えます。

見せしめ、嫌がらせ、誹謗中傷、左遷、解任、だまし討ち そんな権力の横暴を見せつけられた人たちは、最初は怒りを感じたとしても、やがては従うことを自ら選択します。

その結果、エネルギーや創造性を徐々に失っていきます。憎しみ、苦しみの先にはダークサイドへの転落が待っています。

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 それは「不安・恐怖によりファイト・オア・フライト(Fight or Flight)の状態に陥ったから」と理由づけられますが、「バイオパワー(生権力)に打ち勝てなかったから」とみることもできます。

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「バイオパワーに勝てなかった」のは、厳しくいうと「自分に克てなかった」からです。「己を愛するを以って敗れた」のです。

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 成長するまでに刷り込まれた他人(親や教師など)の言動や社会の価値観でできあがったブリーフシステムが、「自分に克つ」ことを不可能にしたといえます。

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「他人(親や教師など)の言動」や「社会の価値観」が「バイオパワー(生権力)」として機能しているのです。現代の教育現場でも、「主権力」や「バイオパワー(生権力)」を用いてしまう過ちが続いています。子どもたちをコントロールするために。

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 例として、身近な話題であるゲームについて考えてみましょう。

 世界保健機関(WHO)は、今年(2018年)6月に公表した国際疾病分類 ICD-11に「ゲーム障害」を加えました。1)ゲームをする時間や頻度を制御できない、2)ゲームが他の関心事や行動に優先する、3)問題が起きても続ける、4)個人、家庭、学業、仕事などに重大な支障がでている -の4つが12カ月以上続く場合に「ゲーム障害」とみなします。

 

 では、子どもが「ゲーム障害」になってしまうのを防ぐために、親はどうするべきでしょうか? 皆さんならどうしますか?

 

 

 権力者である親が一方的に罰を与えるのは「主権力」の行使です。体罰や食事を制限するといった直接的なものはもちろんのこと、おこづかいを減らしたり成績などのノルマを設定することも、子どもの心に傷をつけ、やがては脳や体を傷つけることになります。

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 某ゲームメーカーのアプリでは、子どものゲーム時間をネットで監視し制限することができます。それは「主権力」と違い表立った権力の行使ではありませんが、「親に監視されているかも」という疑念(恐怖)や「あとで怒られるかもしれない」という不安を使って間接的に子どもをコントロールしようという「バイオパワー(生権力)」の行使です。

 

 それは「ゲーム障害を予防する」という観点では有用だと思いますが、子どもの成長を阻害する危険が高いといえます。自由な思考を奪い取るからです。

自由は教育の目的であるはずです。よって、「バイオパワー(生権力)」の行使は、本末転倒の誤った行為であるといえます。

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 「主権力」はもちろん、「バイオパワー(生権力)」からも子どもたちを守り、自由を使いこなすための知識とスキル(&自由に伴う責任)を教え導くことは大人の大切な役割です。社会の未来に対する責任です。

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 ところが、忖度(そんたく)や感情労働といった言葉がすっかり浸透してしまったことからもわかるとおり、社会はどんどん強まる「バイオパワー(生権力)」にすっかり覆われ、人はますます飼い馴らされています。
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「ルールに従わなければ殺す(罰する)」という「主権力」の時代ではなくなりつつあるのでしょうが、「人々の生にむしろ積極的に介入し、管理し、方向づける」という「バイオパワー(生権力)」は今後ますます強まるでしょう。

 

 「バイオパワー(生権力)」の呪縛から脱し人間らしさを取り戻すために(あるいは、子どもたちを人間らしく育てるために)、ネットやAIといった変革の荒波にもまれる私たちは、生き方(そして、死に方)自体を痛切に問われています。時代によって。

 

 次回(F-062)は、「バイオパワー(生権力)」の2つのパターンを紹介し、医療・介護現場における課題についてまとめます。

 

 (F-062につづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

-追記-

 トゥールミンロジックを解説するシリーズ(S-01-18:反論力を身につける4つの戦略)で取り上げましたが、「相手の前提となっている価値判断そのものを疑う」戦略としてK戦略(クリティーク)があります。その代表が「バイオパワー(生権力)」です。

 つまり、論理の世界では、「バイオパワー(生権力)」は存在してはならないものであるといえます。

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Panopticon(Wiki)

ベンサムによるパノプティコンの構想図
Wikipediaより引用