ブログ・シリーズ編
S-01:よりよい“議論”のために
S-01-20:組織・チームの明るい未来のために…
このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。
PMⅠ-02-13:http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html
I-017(告知):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html
S-01-00(目次):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html
20:組織・チームの明るい未来のために…
ディベートについて御理解いただけたでしょうか?
そのほとんどを、我が師 苫米地英人博士の「ディベートで超論理思考を手に入れる(CYZO)」から引用しています。詳しくはそちらで御確認ください。
このシリーズの冒頭に、「論題を自らの情動と切り離し、相対化して、物事の裏表両方を見る視点を養えるのがディベート」であり、それを学ぶ目的は、「論理脳を鍛え、最短時間で最適解を見つけるようになること」であると書きました。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11995099.html
さらに、その先にあるのは、「論理的思考を徹底的に極めることによって、論理という系の外に出ること」であると書きました。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12168045.html
…そのもっと先にある究極のゴールとは、「論理を超越した世界で“自由”を手に入れること」です。その自由を獲得するためには、コーチングについての知識とスキルが必要です。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html
なぜなら、この宇宙は“縁起”によりつくられているからです。
縁起とは、「自分を含めてこの世のすべては他の何かとの関係性で成り立っている」というものです。
それは突き詰めると「関係が存在を生みだす」ということになるので、それぞれの事物、事象は単独であらかじめ存在しないという論理になり、「…だから普遍的な実体などなく、物事は常に変わりゆき、永遠に変わらないものなどない」という考え方につながります。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html
「物事は常に変わりゆき、永遠に変わらないものなどない」という考えを仏教では「無常」といいますが、それは「はかない」という意味でも、「だからあきらめろ」という冷やかしでもなく、「明日はもっと良くなる可能性がある。だから思考し続けよ」という励ましです。
釈迦の縁起は、そして、その発展としての空観は、数学では不完全性定理により、現代物理学では不確定性原理により証明されています。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html
私たち人類は、“現状の外”へのゴール設定により新たな縁起を生みだし続けることができる存在です。そして、ゴールに向かう過程で思考を続け、抽象度の階段を駆け上がり、ヒルクライミング(進化・向上)し続けることができる存在です。
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html
http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html
そのためにディベートがあり、コーチングが存在しています。 縁起として。
-参考-
苫米地英人博士著「ディベートで超論理思考を手に入れる」(CYZO)
S-01:よりよい“議論”のために(完)
苫米地式認定コーチ
苫米地式認定マスターヒーラー
CoacH T(タケハラクニオ)
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