苫米地理論&定理を学び、苫米地式を実践する <竹原邦雄 / CoacH T>

認知科学者 苫米地英人博士に学び活動するコーチ・ヒーラー・医師 <竹原邦雄 / CoacH T> ブログ

 このブログにアクセスしてくださり、ありがとうございます。
 「一人ひとりの心の平和がひろがり、WorldPeaceが実現している」というゴールに向かいながら「幸せの種を残す」ために、苫米地理論&定理を学び、苫米地式を実践するブログです。未読の方はぜひ「The Power of Mind Ⅰ(全九章)」をお読みください↓
 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_123516.html

 現在は金曜日に「F:フリーテーマ」を、他の日に「L:講義・研修・セミナー編」「Q:質問回答編」やセミナー告知などの「I:お知らせ」を投稿しています。
 最新のセミナー案内はこちら↓
 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/38131903.html

 コーチング案内はこちら↓
 https://coaching4m2-edge.blog.jp/archives/cat_176695.html

 研修や講演等の御依頼は下記アドレスに御連絡ください。
 メールアドレス:coachfor.m2@gmail.com

F-003:日本人の微笑み

 

今年もWorldPeaceCoachingに参加しました。

広島を訪れるたびに、人類史上最悪の大量虐殺に対する憤りが湧きあがります。

 

 戦争やテロなどの人災は将来必ずなくなると信じていますが、地震・津波や集中豪雨などの自然災害には備えが必要です。最近、職場に近い新燃岳(5kmほど)が噴火を再開しました。鹿児島には桜島もあり、いつ大噴火が起こってもおかしくない状況です。

 

そんな災害の報道に触れるたびに自問してしまうことがあります。

 

「嘆き悲しむ被災者と向き合ったとき、私はどんな表情をすればいいのだろうか?」

「なんと声をかければいいのだろうか?」

 

 医療・介護の現場で働く者にとっては、じつは、災害のような状況は特別ではありません。老いや死が身近に存在するからです。悲しみや苦しみがあたりまえのようにあるからです。

 

医療に携わる者はどんな表情で働き、どんな言葉をかければいいのでしょうか?

 

 私が働いている病院の理念は、「常に笑みを絶やさず、安心感を与え、信頼される老人医療・介護のスペシャリストとして、社会に必要とされる病院を目指します」というものです。

 

この理念中にある「常に笑みを絶やさず」に対して、「病院では笑ってはいけない場面があるので、この表現は変えた方がいい」という意見が少なくありません。

笑みを絶やさずにいることの是非を、簡単には論じられそうもありません。

 

そもそも「笑み」とは何なのでしょうか?

 

「怪談」などの作品で知られる小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、「日本人の微笑み」の中で、「笑み」の意味に鋭く言及しました。その一節を御紹介いたします。

 

「日本人は死に直面しても微笑することができる。そして事実微笑する。そしてそのとき微笑するのも、それ以外のときに微笑するのも、理由は同じなのである。その微笑には挑戦もなければ偽善もない。また、その微笑を、われわれ西洋人がとかく性格の弱さと結び付けがちな、陰気な諦めの微笑と混同すべきではない。日本人の微笑は長い年月をかけて丹念につくりあげられた礼儀作法の一つなのである」

 

八雲は微笑みを礼節の象徴とし、沈黙の言語と捉えました。

 

ひどく落ち込んでしまったとき、どんなに身近な人であっても、どんなにありがたい言葉であっても、受け入れられないことがあります。慰め、いたわり、励ましがかえってつらく感じられることがあります。

 

そんな時の微笑みは言葉よりも雄弁です。

 

「微笑み」とは、八雲風に述べると、日本人に受け継がれた礼節の象徴であり、慈悲・慈愛を表す「無言の言葉」です。ベチシキ(苫米地式)で表現すると、非言語での内部表現書き換えです。

 

慈悲・慈愛に包まれたあたたかい「微笑み」を常に絶やさない存在でありたいと思います。

 

 ところで、最近「微笑み」という言葉について、ありがたい御意見をたくさんいただいています。“あの本”の中の私のインタビュー記事に関してです(微笑)。

 

 次回(F-004)は、そのインタビュー内容に関連したことをお伝えします。

 「続・楽しいことを見つけたことで発作が止まった患者さんが教えてくれたこと」です。
 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4971739.html

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 


-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8159377.html

 

 

IMG_3833

PMⅠ:The Power of Mind

PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-06:情報空間-3

 

 中国の西遊記に、孫悟空と釈迦のエピソードがでてきます。

 

 自慢の筋斗雲に乗り、世界の果てのような遠くにまで行った悟空がその証拠に自分の名前を柱に書いて残したら、その柱はじつは釈迦の指であったという話です。

「上には上がいるので慢心するな」という例えで使われています。

 

 例えば、「あの人の存在は大きい」と言うときは、それは「あの人の情報的な重要性(機能、役割、影響力)は大きい」という意味であり、「あの人の体は物理的に大きい」という意味ではないことは当たり前のように理解できると思います。

 

しかしながら、私たちは物理的な視点に囚われ、つい低い抽象度で物事を認識してしまいます。

 

苫米地理論を未体験のほとんどの方々は、西遊記のこの話で例えられる釈迦の存在の大きさは物理的な大きさであると無意識に理解しているはずです。

 

でも、この話は釈迦の情報空間における大きさの例えであり、それは釈迦の抽象度がとんでもなく高かったことを表しています。

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

PMThe Power of Mind

PM-01苫米地理論とは? ~抽象度と超情報場仮説

PM-01-05:情報空間-2

 

 総務省「ビッグデータの流通量の推計及びビッグデータの活用実態に関する調査研究(平成27年)」によると、データ流通量は2005年の約1.6エクサバイトから2014年には約14.5エクサバイト(見込)となり、2005年から2014年の9年間で約9.3倍に増大しているそうです。

 

 n5403030

総務省「ビッグデータの流通量の推計及びビッグデータの活用実態に関する調査研究(平成27年)」より引用

 

情報量が増えているということは抽象度が下がっていることを意味しており、それはすなわち情報空間(情報宇宙)が下向きにますます拡大し続けていることを表しています。

 

 さらに、生命現象には時間という物理制約があることと合わせて考えると、「抽象度を調整し、本当に重要な情報のみを認識するスキル(=不要な情報はスコトーマに隠すスキル)」が情報化社会を生き抜く鍵であるといえます。

 

抽象度を下げることは容易にできますので、情報化社会を生き抜く鍵とは「抽象度を上げること」です。

 ここまでをまとめると、

 

・宇宙は情報空間であり、その中で一番下の抽象度に位置するのが物理空間である(物理も情報です念のため)

逆に表現すると、抽象度が最も低い物理空間の上に、広大な情報空間が階層的、多次元的に広がっている

・物理空間を底面とする情報空間(情報宇宙)は、どんどん(抽象度の)下向きに拡大している

・よって、「抽象度を上げること」で認識する情報量を調整する能力が、今後ますます重要となる

 

です。  

 

(つづく)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

F-002:ベチロン(苫米地理論)で「remember」を考察

 

 前回(F-001:やり場のない)のブログ内容について補足します。

 

 コーチングを受けると目の前の宇宙が大きく変化したように感じられます。同じ風景を見て、同じ言葉や音楽を聞いているようであっても、「認識↔理解↔評価↔判断」がそれまでと大きく変わっていくからです。

 

 例えば、「remember」という言葉。

 

 ふつうは「思いだす」「覚えている」「忘れずにいる」という意味で用いられます。要するに「記憶にとどめていて必要により引きだすことができる」ということです。

 

 それはベチロン(苫米地理論)を学び、ベチシキ(苫米地式)を実践する認定コーチも同じなのですが、一般の方々とコーチとは決定的に異なることがあります。

 

 コーチング未体験の方々にとってスコトーマ(心理的盲点)になっているものが何かわかりますか?

 

ポイントは「いつの記憶か?」ということです。

 

 コーチングを受けると「未来の記憶」ができあがります。

 

 ぼんやりとしたイメージ(picture)を言語化し(word)、それに過去の情動(「うれしい」「楽しい」などのemotion)を張り付けていくことで、そのイメージはリアルに変わっていきます。詳細はこのブログで解説していきます。

 

 まずは、コーチングを受けた人が「remember」するものは“未来”であることを理解してください。

 

 その「未来の記憶」を自らつくりだすスタートが「ゴール設定」です。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

Q-001:三現主義

 

コメントをいただきました。ありがとうございます。

 

「今回のブログも楽しみに待ってました。さて抽象度について改めてイメージできました。仕事柄、臨場感を忘れないように三現主義を意識し、なりたい自分をイメージする時には抽象度を上げることを意識して取り組んでおりますが、タケハラさんのブログで再認識できました。」

 

 

「三現主義」を調べると、「問題解決するときの1つの姿勢。『現場』に出向いて『現物』に直接触れ、『現実』をとらえることを重視する。 生産分野においてとくに重要とされてきたもので、日本の高度経済成長を支えた精神として認識されることもある。空理空論を展開するのではなく3つの『現』にアプローチすることは、あらゆる領域の問題解決において共通して重要である」(コトバンク)とあります。

 

 「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」というセリフが印象的な映画もありましたが、現場は一番情報量が多い空間ですので、現場感覚抜きではスコトーマができてしまう危険性があります(スコトーマ等のコーチング用語については第二章で解説します)。

 

 しかし、一方で、現場感覚にとらわれてしまうと、より自由な発想ができません。

 

そこで「抽象度」がポイントになります。

 

高い抽象度の情報空間と情報量の多い物理空間(現場)を行き来できる感覚が保てれば理想です。“現状の外”にある未来を志向した上で、高い抽象度で思考し、現場で施行する感覚でしょうか。
 苫米地博士がよく話される表現でいうと”ゲバラ主義”です。

 

「臨場感を忘れないように三現主義を意識し、なりたい自分をイメージする時には抽象度を上げることを意識して取り組んでおります」という言葉には、その感覚が含まれています。苫米地式認定コーチとして、私はあなたの成功を保証します。ぜひ新たな環境を楽しみながら、そのまま取り組んでください。

 

 最後に、今回のテーマをシンプルに語っているセオドア・ルーズベルト(アメリカ合衆国 第26代大統領)の言葉を紹介いたします。

 

どんな時でも目は星に向け、両足は大地を踏みしめよ

セオドア・ルーズベルト

 

 

苫米地式認定コーチ                       

苫米地式認定マスターヒーラー     

 CoacH T(タケハラクニオ)    

 

 

 

このページのトップヘ