苫米地式コーチング認定コーチ CoacH T <タケハラクニオ> ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学び九州で活動するコーチ・ヒーラー・医師 CoacH T(タケハラクニオ)ブログ

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I-015:本物の苫米地式コーチであるか否かを見破る簡単な方法

 

 認知科学者 苫米地英人博士がブログで警鐘を鳴らされています。

 その中で「本物の苫米地式コーチであるか否かを見破る簡単な方法」を紹介されています。

 

 その方法とは

 

  ぜひ苫米地博士の下記ブログ記事を御確認ください。

「偽物のコーチングは受けない方がいいぐらい危ない。認定コーチのリストはhttp://tomabechicoaching.jp/search ここにいない人は偽物だ」

 http://www.tomabechi.jp/archives/51569396.html

 

 本物の苫米地式認定コーチは、下記サイトで探すことができます。

 http://tomabechicoaching.jp/search

 

 「ここにない人は、いくらそれらしいことを宣伝していても偽物だ。私の名前を装ったサイトまであるそうだからよくよく注意して欲しい。上記リストは順不同で、リロード毎に並び変えられるから、順番は経験値とか一切関係ないことを付け加えておく」という博士の文章に補足をさせていただくと、一度の「認定コーチ検索」ではコーチ全員は表示されません。何回かリロードするか、「地域別コーチ一覧」をご覧ください。

 

 

 過去に起きたことは未来に起こることに一切関係ない

 

 

人はだれでも自由に未来を創造することができます

 その未来に向けて、今この一瞬を100% want toで生きることができます

 その過程で“才能”という真の創造力と実行力を覚醒させることができます

 

過去は一切関係ありません。目の前の世界はすべて未来の結果として、ゴールが生みだす縁起として、存在しています。 

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542317.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4654010.html



私たち苫米地式認定コーチは、クライアントの人生の変革を全力でサポートします。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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-関連記事-

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8180980.html

 

 

苫米地式コーチングコーチ検索(竹原)

PMⅠ:The Power of Mind

PM-05苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ

PM-05-24自由を履き違えた人間は、自分もチームも破壊する

 

この章(第五章)では、苫米地理論(ベチロン)で教育を考察していきます。

 

 

自由を履き違えた人間は、自分もチームも破壊する

 

なぜ監督の自主性(すなわち自由)を尊重する方針は機能しなかったのでしょうか?

なぜ高額のスター選手を集めた強いはずのチームが内部崩壊したのでしょうか?

このレッドソックスの監督辞任とPM-05-19(教育の目的である自由とは? ~人形にみる自由と制限の関係~)の二つの人形との関連とは何でしょうか?

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400928.html

 

 

結論からいうと、レッドソックスが崩壊したのは、主力選手三人が自由を履き違えたからです。

 

なぜ自由を履き違えたのかというと、抽象度が低く、社会性がなかったからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

抽象度が低い人達が自主性を尊重する監督の意図を理解できずに自由を履き違えたことで、そして、不幸にもその人達がチームにとって重要な選手だったことで、チームは崩壊しました。

 

 

自由を履き違えた人間は、自分もチームも破壊してしまいます。

 

 

抽象度が低い人は、セルフコントロールができません。

強制された環境では問題を生じなくても、自由を許される環境ではつい抽象度が低い行動をとってしまうので、次々と問題を起こしてしまいます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

抽象度が低い行動とは、煩悩丸出しの行動や自分だけが良ければいいといった言動です。

具体的には、タバコ・酒やギャンブルに溺れ、考えるのは自分の利益ばかりで全体を見渡すことができず、言動が攻撃的・感情的・他罰的になります。食欲、性欲、睡眠欲といった煩悩すら十分にコントロールすることができません。

 

チーム一丸とならなければならなかったシーズン終盤の大切な時期に、試合中にもかかわらず、酒を飲みながらテレビゲームをするといった独善的な行動は、まさに抽象度の低い子供のような行動です。

そんな行動が、チームの士気を下げてしまいました。高い年棒をもらっている主力選手たちの自分勝手な行為が、チームのエフィカシーを下げ、ムードを壊してしまったのです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5616012.html

 

人形の例えでいうと、「自由だが制御がきかず、立てなくなった人形」です。

機能を果たせなくなり、自身の価値を下げてしまうことになります。そして、機能を果たせなくなったものの集まりであるチームが、その目的を果たすことはありません。

 

ところで、医師にはアンモラルな人が多いという意見をよく耳にします。

その意見が正しいかどうかには言及しませんが、もしそうなら医師という仕事の抽象度(または自由度)の高さが関係しているように思います。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_123517.html

 

自戒を込めて述べますが、セルフコントロールができない人間は医師になるべきではありません。患者さんやその家族、スタッフなどまわりの人たちへのネガティブな影響がとても大きく、結果としてみんなを不幸にしてしまうからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8164566.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8166289.html

 

(つづく)

 

 

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PMⅠ:The Power of Mind

PM-05苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ

PM-05-23レッドソックスの「崩壊の内側」にみる自由の危険性

 

この章(第五章)では、苫米地理論(ベチロン)で教育を考察していきます。

 

 

レッドソックスの「崩壊の内側」にみる自由の危険性

 

少し古い話になりますが、かつて松坂大輔投手が所属していたボストン・レッドソックス(MLB)の事例をもとに、自由について考えてみたいと思います。

 

在任八年間でチームを二度の世界一に導いたテリー・フランコナ監督は、二年のオプションを残しながら退任してしまいました。

監督は選手の自主性を尊重していましたが、そのためなのか最終年のシーズン終盤には選手から緊張感が消えてしまい、先発ローテーション投手三人が、試合中にもかかわらず、クラブハウスで飲酒をしながらテレビゲームをすることが常習化してしまったそうです。

いずれも禁止事項ではないのですが、大事なペナントレース終盤にも続いていました。

 

チームは勝負どころの九月に失速し、プレーオフ進出を逃してしまいました。地元紙のボストン・グローブは「崩壊の内側」という記事を掲載し、チーム内の雰囲気の悪さを指摘しています。

 

フランコナ監督は退任会見で、「私は彼らを信頼していたんだが、望んだとおりにしてくれなかった。私はもう終わりにしたほうがよいと思った。私はそれにとてもフラストレーションを感じていて、それがこの退任の理由なのかと聞かれれば、そうかもしれない」と発言しています。

 

なぜ監督の自主性(すなわち自由)を尊重する方針は機能しなかったのでしょうか?

 

レッドソックスといえば、総年棒メジャーリーグ四位(当時)の球団です。なぜ高額のスター選手を集めた強いはずのチームが内部崩壊したのでしょうか?

 

このレッドソックスの監督辞任とPM-05-19(教育の目的である自由とは? ~人形にみる自由と制限の関係~)の二つの人形には関連があります。その関連とは何でしょうか?

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400928.html

 

(つづく)

 

 

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Q-044:「明確にリアルに目標がイメージできた時点でほぼゴールに近づいた」とは具体的にどういうことでしょうか? Vol.3

 

Q:現在自分は目標がありますが、ただ漠然としたイメージの中で目の前の目標に対して取り組んでいます。よく明確にリアルに目標がイメージできた時点でほぼゴールに近づいたと聞きますが、具体的にどういうことなのか教えていただければと思います

 

A:御質問に対する私の回答を、

 

1)認知科学以降に変わった“リアル”の定義、

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400871.html

2)ゴールと現実の関係

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10542791.html

3)よくあるゴール設定の間違い

4)ゴール達成前にすべきこと

5)“自我”の考察により明らかになる“リアル”の儚さ

に分けて回答いたします。  

 

「ただ漠然としたイメージの中で目の前の目標に取り組むこと」の功罪について理解するための、そして、これからの自分の生き方を“自由意志”で選択するための、大切な知識となるはずです。

 リラックスしながらお読みください。

 

 

3) よくあるゴール設定の間違い

 

「現在自分は目標がありますが、ただ漠然としたイメージの中で目の前の目標に対して取り組んでいます」ということでしたが、このコメントにはとても重要なポイントが含まれています。

 

前回(Q-043)、「過去にゴールがある人も少なからず存在します」と書きましたが、じつは、ほとんどの人が同じような過ちを犯しています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10542791.html

 

本屋に行くと様々な“成功本”が目につきます。その多くに「ゴールは達成可能なもので、より具体的なものを」といったことが書かれています。

 

これが致命的な間違いなのです。

 

私たちの認識する“現実”は、過去の記憶で成り立っています。

よって、現時点で「達成可能」で「より具体的」なゴールは、過去の延長にあるといえます。

つまり、達成可能なゴールを設定した時点で、人は“過去の延長上にある未来”に縛られてしまうことになります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

コーチングでは、過去の延長上の未来も含んで「現状(SQStatus Quo、ステイタス・クオ)」と呼びます。

その「現状」の中にゴールを設定してしまうと、決してブリーフシステムは変化せず、スコトーマが外れることはありません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

それは縁起のネットワークが動かず、自我が変化しないことを意味します。

その状況では進化・向上はできません。決してブレイクスルーは訪れません。新しい1日を過ごしたように感じても、それはただ過去を繰り返したに過ぎません。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353425.html

 

よって、質問してくださった方が、ゴールを「ただ漠然としたイメージ」と表現したことは正解だといえます。「漠然としている」ということは、ゴールが「現状の外」にあるといえるからです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

その漠然としたイメージを“リアル”にするのはスキルです。

そのコツさえつかめれば、自由自在に未来を創りだすことができます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542426.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

ただし、ここで新たな注意点が生じます。

 

先日、我が子に「企業の寿命が30年なのはなぜか?」と質問されました。

その質問に対する答えが、留意すべき注意点です。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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F-041:桂歌丸さんが最後まで危惧していた「笑えない笑点」

 

 201872日、落語家の桂歌丸さんがお亡くなりになりました。81歳でした。

 

 歌丸さんは、1966年の放送開始から50年にわたって「笑点」(日本テレビ)に出演し続け、2016522日の放送をもって勇退されています。

 

 勇退後も笑点のことをとても気にかけていらっしゃったそうです。

御逝去後の特集記事をいくつか読みましたが、笑点そのものを気にかけていたというよりは、落語業界全体のことを大切に思っていたことが伝わってきました。

 そんな歌丸さんの言葉から強く滲みでているものは、笑いを育む平和への思い、そして、笑いを殺してしまう戦争への怒りでした。

 

 歌丸さんが最後まで危惧していたのは「笑えない笑点」

戦争によって笑うことができない世の中になってしまうことだったようです。

 

歌丸さんは「特定秘密保護法」や「安保関連法」が次々と強行採決されたときにも、反対の声をあげていました。

 

「今、日本は色んなことでもめてるじゃないですか。戦争の『せ』の字もしてもらいたくないですよね。あんな思いなんか二度としたくないし、させたくない」

「テレビで戦争が見られる時代ですからね。あれを見て若い方がかっこいいと思ったら、えらいことになる」

人間、人を泣かせることと人を怒らせること、これはすごく簡単ですよ。人を笑わせること、これはいっちばん難しいや人間にとって一番肝心な笑いがないのが、戦争をしている所」

朝日新聞デジタル(20151019日)より引用 

 

戦争には笑いがない

 

…歌丸さんがこう語る背景には、空襲により横浜の生家が全焼してしまった悲しくつらい体験があります。さらには、戦中の落語界が当時の体制に半ば強制されるようなかたちで53種の噺を高座にかけないよう自粛し(=忖度)、戦意高揚を煽るような新作落語を次々と発表することで戦争に加担した過ちへの反省があります。

 

情動を伴った体験と情報の記憶により、戦争を忌み嫌うというブリーフシステムが形成されたのです。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

そもそも落語とは人間の業を笑うものです。

それなのに、戦時下において(19409月)、「時局柄にふさわしくない」として53種の噺が禁じられてしまいました(禁演落語)。

 

話が少し逸れますが、禁演落語が指定された後、高座にかけることを禁じられた噺たちを弔うために、浅草の本法寺に「はなし塚」という塚がつくられたそうです。当時の落語家たちによる洒落っ気のこもったささやかな反抗ですが、「この苦い経験を忘れないように」と今でも落語芸術協会による法要が続けられているそうです。

 

この禁演落語の措置は当時の講談落語協会による自主規制の体裁を取っていましたが、事実上は国からの強制でした。19402月には警視庁が興行取締規則を改正し、落語家・歌手・俳優などすべての芸能関係者が「技芸者之証」を携帯するように義務付けています。

 

政府は、芸人たちの表現を生権力(バイオパワー)によって管理したのです。

生権力とは、「人々の生活の中で、その営みを行うための日常的な関係の中から自然に生みだされる権力」のことで、英語ではBio-powerといいます。

功利主義の原理を確立したイギリスの哲学者 ジェレミ・ベンサム(17481832年)の「パノプティコン」という概念が生権力のもととなっています。

この概念を拡大して、フランスの哲学者 ミシェル・フーコー(19261984年)が著書「監獄の誕生」(1975年出版)で提示した概念が生権力です。

 

巨大な権力により、噺家たちは国が推進する軍隊賛美や債券購入、献金奨励などを物語の中に組み込んだプロパガンダのような新作落語をつくることも強いられました(国策落語)。

たとえば、当時のスローガン「産めよ殖やせよ」をテーマにつくられた「子宝部隊長」という落語では、子どもを産んでいない女性に向けられるこんなひどい台詞が登場します。

 

何が無理だ。産めよ殖やせよ、子宝部隊長だ。

国策線に順応して、人的資源を確保する。それが吾れ吾れの急務だ。

兵隊さんになる男の子を、一日でも早く生むことが、お国の為につくす一つの仕事だとしたら、子供を産まない女なんか、意義がないぞ。

お前がどうしても男の子を産まないんなら、国策に違反するスパイ行動として、憲兵へ訴えるぞ

 

これは単なる「昔話」ではありません。

 

国境なき記者団が毎年発表する「報道の自由度ランキング」において、今年の日本は67位でした。前年の72位からやや改善したものの、主要国7カ国(G7)では最下位です。

1位はノルウェー、2位はスウェーデン、3位がオランダで、ドイツ(15位)、カナダ(18位)、スペイン(31位)、フランス(33位)、イギリス(40位)、韓国(43位)、アメリカ合衆国(45位)と続きます。

 

繰り返しますが、日本の報道の自由度は67位で、G7では最下位です。

日本において「表現の自由」はすでに失われているということができます。

 

情報が制限されると、私たちのマインドでの情報処理は制限されてしまいます。

RASがコントロールされてしまうことで、権力者にとっての“不都合な真実”がスコトーマに隠されてしまいます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721658.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

それは、自由そのものが奪われていることを意味します。

 

 自ら戦争を体験し、業界自体も戦争に加担したという苦い記憶を持つ落語家 桂歌丸さんが心から求めていたものとは平和でした。そして、最後まで危惧していたことは笑いがなくなる世の中になってしまうことでした。

 その鍵となるものが自由といえます。

 

 では、歌丸さんの危惧が現実化しないために、私たちがするべきことは何でしょうか?次世代に伝えるべきことは何でしょうか?

 

 私は、マインド(脳と心)について学び実践することで、まず自らの心の中に小さな平和を見いだすことだと思っています。自ら定めたゴールに向かって生きる過程(=自由)にこそ、本当の喜びがあり、真の平和があります。

 そして、笑みを絶やさない心で同世代や次世代と向き合い、マインドについての知識・スキルとともに、そんな生き様(=自由)自体を広げ伝えることだと信じています。

 

 それはコーチングの祖 ルー・タイス氏から受け継いだメッセージであり、歌丸さんの言葉が突きつける喫緊の課題に対するコーチとしての私の解決策です。

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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 CoacH T(タケハラクニオ)     

 


監獄の誕生(ミシェル・フーコー)



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